「かくれられる所を教えて」
足元にぷるぷる震える小さい人間がいる。
柔らかい銀の前髪を上げたら、藍色の眼がすごい潤んでいた。
「どうしました、咲夜ちゃん」
「パチュリーさまが怒ったの」
なるほど。だから図書館全体に脱出を不可能にする魔網が張っていると。
「どうして怒ったの?」
「……知らないもん」
人間の子どもっていいな、と思う。嘘をついても可愛い。
悪魔の言葉は一から十まで疑わないといけないから、非常に疲れるのだ。こんな風に、可愛いなんて思う余裕がない。
とりあえず宥めようと抱き上げた。
あれ、と違和感。いつもの温かさじゃない。
「咲夜ちゃん、熱くない?」
「熱いよ」
顔、赤い。首に触れる小さなおてて、熱い。
咲夜の頬に手を当てて、あらまと気づいた。
「風邪?」
「違うもん! お薬はいらないよ!」
まぁなんて分かりやすい。
『咲夜』
「ひゃっ!」
拡声魔法で響いたパチュリー様の声に驚く咲夜に、くいっと耳が引っ張られる。
「かくれて!」
「はいはい」
意味無いけどなぁと思いつつ、パチュリー様がいつも居る場所から離れる。
図書館はわが主の城だ。魔法による沢山の糸、網、それどころか言葉一つで発動する凶悪な罠だって張り巡らされている。
それらによって私も咲夜もどこに居るかはお見通しなので、その気になれば即、私ごと召集魔法で手元にドンだ。
私が咲夜を抱き上げた時点でそれをしなかったということは、別に急ぎじゃないんだろう。
もしくは、私に何か期待しているか。
咲夜が細い体からしぼりだす、苦しげな咳をした。
「いつから風邪をひきました?」
「ひいてないってば」
「そっか。じゃあお熱はいつから?」
「えと、昨日の夜から」
風邪のひき始めといったところか。こじらせる前になんとかしたい。
どうしようかと悩んでいるうちに童話の棚に来た。
「白いネコさんのつづき読みたい」
「分かりました。えーっと、あった、ってあれ?」
「?」
棚に張られた障壁に手を遮られた。
『風邪っぴきに読ませる本は無いわ』
「……ですって」
「ううう」
咲夜の眼から涙が零れる。よろしくない。泣くと体力を消耗してしまう。
そして予想通りにぐったりとしてくる身体が、ちょっと重い。
「パチュリーさま、ごほっ、私のこと嫌いなのかなぁ」
「そんなことは無いですよ」
「ううっ、でも、お薬苦い」
「薬ですからねぇ」
このくらいの年の子に良薬口に苦しという言葉を説いても、きっと理解してくれないだろう。
困る。パチュリー様が悪いわけでもなく、咲夜が悪いわけでもない。もちろん薬だって悪くない。
この三つの折り合いをつけるにはどうしたらいいか。
「お薬がお菓子ならいいのに」
「ほんとですねぇ」
それだと最早薬じゃないわけだが、言いたいことはわかる。
……ん?
「甘ければ、飲めますか?」
「あるの?」
ポケットを探る。あった。
「持ってますよ」
「なら飲む」
あっさり了承する咲夜。なんとも、子どもらしい。思わず笑う。
しかし、悪魔である私の言うことをこんなに素直に聞いてくれるとは。ほんと、人間の子は可愛いと思う。
「パチュリー様、聞きました?」
『しかと』
一瞬の拘束感と浮遊感のあと、パチュリー様の眼の前に立っていた。
きゅっと耳を握りしめられる。
「こあくま?」
「パチュリー様のお薬を甘くする薬を持っているのですよ」
「分かった、飲む。パチュリーさま、お薬ください」
「覚悟は出来てるのね?」
「何故脅かすんですか」
パチュリー様の膝に咲夜を座らせて、粉薬を受け取る。
「あーん」
「あー」
一気に口に流しこんで、コップを渡す。
みるみるうちに水を飲み干す咲夜の視線が痛い。嘘だとばれたか。
「ふぇっ」
「よく出来ました。はいあーん、飲み込んじゃ駄目ですよ」
今度は砂糖で出来た薬を放り込んでやった。
これなんだろうという顔で、ころころと口の中で転がしている様子。
「苦い薬を飲んだ子だけにしかあげない、小悪魔特製のお薬です。おいしいですか」
「うん」
「偉い子には読書をする権利がある。さっきの本は部屋に送っておいたから」
「わ、ありがとうございます!」
変わり身が早いと言うか、なんというか。
膝からおりて頭を下げる咲夜は、晴れやかな笑顔だった。
子どもらしく走って図書館を出て行く、って、
「おとなしくするんですよ! 布団の中で温かくして読むように!」
「はーい!」
返事だけは一人前だ。もう見えない。きっと風邪をひいてることを忘れて遊び、完治までしばらくかかるだろう。
けれど、それもいいと思う。こんなに距離が近いのも、きっと今だけ。
人間の成長は早いからすぐ嘘に敏感になって、私を信じてくれなくなるんだ。仕方ないこと。
「これ夜の分。よろしく」
「分かりました」
喜んで受け取る。
騙すも、甘やかすも。
今のうち、今のうち。
私の目線より上にある藍色の眼が、すごい潤んでいる。
「小悪魔、お薬頂戴」
「しょうがないですねぇ」
足元にぷるぷる震える小さい人間がいる。
柔らかい銀の前髪を上げたら、藍色の眼がすごい潤んでいた。
「どうしました、咲夜ちゃん」
「パチュリーさまが怒ったの」
なるほど。だから図書館全体に脱出を不可能にする魔網が張っていると。
「どうして怒ったの?」
「……知らないもん」
人間の子どもっていいな、と思う。嘘をついても可愛い。
悪魔の言葉は一から十まで疑わないといけないから、非常に疲れるのだ。こんな風に、可愛いなんて思う余裕がない。
とりあえず宥めようと抱き上げた。
あれ、と違和感。いつもの温かさじゃない。
「咲夜ちゃん、熱くない?」
「熱いよ」
顔、赤い。首に触れる小さなおてて、熱い。
咲夜の頬に手を当てて、あらまと気づいた。
「風邪?」
「違うもん! お薬はいらないよ!」
まぁなんて分かりやすい。
『咲夜』
「ひゃっ!」
拡声魔法で響いたパチュリー様の声に驚く咲夜に、くいっと耳が引っ張られる。
「かくれて!」
「はいはい」
意味無いけどなぁと思いつつ、パチュリー様がいつも居る場所から離れる。
図書館はわが主の城だ。魔法による沢山の糸、網、それどころか言葉一つで発動する凶悪な罠だって張り巡らされている。
それらによって私も咲夜もどこに居るかはお見通しなので、その気になれば即、私ごと召集魔法で手元にドンだ。
私が咲夜を抱き上げた時点でそれをしなかったということは、別に急ぎじゃないんだろう。
もしくは、私に何か期待しているか。
咲夜が細い体からしぼりだす、苦しげな咳をした。
「いつから風邪をひきました?」
「ひいてないってば」
「そっか。じゃあお熱はいつから?」
「えと、昨日の夜から」
風邪のひき始めといったところか。こじらせる前になんとかしたい。
どうしようかと悩んでいるうちに童話の棚に来た。
「白いネコさんのつづき読みたい」
「分かりました。えーっと、あった、ってあれ?」
「?」
棚に張られた障壁に手を遮られた。
『風邪っぴきに読ませる本は無いわ』
「……ですって」
「ううう」
咲夜の眼から涙が零れる。よろしくない。泣くと体力を消耗してしまう。
そして予想通りにぐったりとしてくる身体が、ちょっと重い。
「パチュリーさま、ごほっ、私のこと嫌いなのかなぁ」
「そんなことは無いですよ」
「ううっ、でも、お薬苦い」
「薬ですからねぇ」
このくらいの年の子に良薬口に苦しという言葉を説いても、きっと理解してくれないだろう。
困る。パチュリー様が悪いわけでもなく、咲夜が悪いわけでもない。もちろん薬だって悪くない。
この三つの折り合いをつけるにはどうしたらいいか。
「お薬がお菓子ならいいのに」
「ほんとですねぇ」
それだと最早薬じゃないわけだが、言いたいことはわかる。
……ん?
「甘ければ、飲めますか?」
「あるの?」
ポケットを探る。あった。
「持ってますよ」
「なら飲む」
あっさり了承する咲夜。なんとも、子どもらしい。思わず笑う。
しかし、悪魔である私の言うことをこんなに素直に聞いてくれるとは。ほんと、人間の子は可愛いと思う。
「パチュリー様、聞きました?」
『しかと』
一瞬の拘束感と浮遊感のあと、パチュリー様の眼の前に立っていた。
きゅっと耳を握りしめられる。
「こあくま?」
「パチュリー様のお薬を甘くする薬を持っているのですよ」
「分かった、飲む。パチュリーさま、お薬ください」
「覚悟は出来てるのね?」
「何故脅かすんですか」
パチュリー様の膝に咲夜を座らせて、粉薬を受け取る。
「あーん」
「あー」
一気に口に流しこんで、コップを渡す。
みるみるうちに水を飲み干す咲夜の視線が痛い。嘘だとばれたか。
「ふぇっ」
「よく出来ました。はいあーん、飲み込んじゃ駄目ですよ」
今度は砂糖で出来た薬を放り込んでやった。
これなんだろうという顔で、ころころと口の中で転がしている様子。
「苦い薬を飲んだ子だけにしかあげない、小悪魔特製のお薬です。おいしいですか」
「うん」
「偉い子には読書をする権利がある。さっきの本は部屋に送っておいたから」
「わ、ありがとうございます!」
変わり身が早いと言うか、なんというか。
膝からおりて頭を下げる咲夜は、晴れやかな笑顔だった。
子どもらしく走って図書館を出て行く、って、
「おとなしくするんですよ! 布団の中で温かくして読むように!」
「はーい!」
返事だけは一人前だ。もう見えない。きっと風邪をひいてることを忘れて遊び、完治までしばらくかかるだろう。
けれど、それもいいと思う。こんなに距離が近いのも、きっと今だけ。
人間の成長は早いからすぐ嘘に敏感になって、私を信じてくれなくなるんだ。仕方ないこと。
「これ夜の分。よろしく」
「分かりました」
喜んで受け取る。
騙すも、甘やかすも。
今のうち、今のうち。
私の目線より上にある藍色の眼が、すごい潤んでいる。
「小悪魔、お薬頂戴」
「しょうがないですねぇ」
本当に可愛すぎる…
大きくなっても子供なんですねw