Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ビター・アンド・スイート

2010/03/24 08:51:01
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冬。


諏訪子はいつもの帽子をかぶっていなかった。
きしきし、と氷の上を歩いていく。
きんきんに冷えた朝の空気は、手が切れるほどに冷たい。
だが、そのせいで、湖はよく凍っていた。足の裏に感じる感触で、諏訪子は氷の具合を推し量った。
うーん、まあまあ。
「渡り」は起こるだろうが、出来はそんな見事なものでもないだろう。
別に誰がこの日に最後を迎えるんであろうと、自然というやつは、やはり最後まで薄情であったらしい。
自分ら古い神も、そのまたあとにやってきた仏らやらも押しのけて居座った、この自然という名の新しい神は、ひどく薄情で怠惰であり、こちらの話には、耳も貸そうとしない。
社にたどり着くと、腰に佩いた太刀を鳴らして、諏訪子は中へ入っていった。
鳥居の内側には、すでに神奈子が立っていて、待っている。
「やあ。お務めご苦労様」
諏訪子を見ると、片手を上げる。軽い調子で。
諏訪子は半眼になった。
近寄っていって、ごづ、と頭を小突く。
「ちょっと。何するのよ」
神奈子は言った。
「うるさい。ちょっとは雰囲気出せ。愛しの男にむかって『やあお務めご苦労様!』とかいきなり言う女がどこにいるのよ」
「こまいわねー」
神奈子は言い、優美な衣の裾を揺らして、諏訪子と並んだ。
いつものように、適当なところに酒の用意はしてあった。
ちょうど飲む頃に温めになるよう、いつも温めているのは、神奈子の役目である。
腰を下ろすと、湯気とともに芳醇な薫りが漂ってくる。
普通は、男役の諏訪子が口をつけてから、女も呑むようなものだが、そこらへん、神奈子は自重する気がないらしい。
ちん、と猪口の縁を合わせて、諏訪子と一緒に口をつける。
「あ。美味しい」
諏訪子は言った。
「でしょう。社の奥にあったのだからね」
「え……?」
諏訪子は思わず、じとっと神奈子を見た。
「ああ、いや。目立つようにはしてないわよ。まだ開いていないのから、神力を使って抜き取っただけよ」
「あのね~」
「いーじゃないの。だいたいね。あれは私たち、神のためにと職人が丹誠こめて作り上げ、奉納されたものよ。それを、人間だけで楽しみにするとはけしからないわ」
「まーた」
言うが、神奈子は悪びれた様子がない。
「どうせ最後なんだし、これくらいいいでしょ。なに、減っているのがわかったって、適当に納得してすますわよ。今の人間は、そういうところ図太いもの」
「はいはい」
諏訪子は言いつつ、猪口に口をつけた。
良い酒だ。
ちょっとはやくもほろ酔いを感じつつ、暗い湖の方を、しばし眺める。
夜はまだ深く、岸も何もろくに見えない。
諏訪子はぽつりと口を開いた。
「私らが去ったら、どうなるのかしらね」
「どうもならないでしょうよ。ただ、奇跡というものが、ただ単なる自然現象というものに成り代わるだけのことだろうし。今の人間には、科学っていう強い裏付けがあるからね。どっちでも構わないんでしょうけど」
神奈子は、軽い調子で言って、猪口に口づける。
諏訪子もそんなに深刻に考えていたわけではない。もの思いにふけっただけだ。
「早苗は?」
諏訪子は言った。
「ああ。やっぱり了承した。また、その場の勢いで言ったのかと思ったけど。というよりか、あの子は本当に分かっているんだかどうだか」
(まだ子供なんだから、仕方ないでしょ)
諏訪子は、こっそりと思った。
神奈子と話しているところを想像しても、なんとなく、無駄にこうキリっとして目を輝かせているところしか思い浮かばない。
あの子も何考えてるかよく分からないところあるからな、と諏訪子は思った。
向こうに行ったら、こちらに帰ってこれるという保証もないのだが。
自分たちは、もう戻ってくる気もないから、こんなに気楽なのだ。
(まあ、あの歳じゃ家族の有り難みって言うのもいまいちわかりにくいのかしら。今の子だしね)
諏訪子は思った。
ふと、過ごした年月に思い馳せられる。何百年だろう。
この地に納まった神奈子の提案で、この儀式が交わされるようになったのも、もうけっこうな昔のことにはなる。
新しい存在しない神への信仰を集める一環として、ここの逸話をいわばでっち上げ、おみわたりと称される奇跡まで行って見せたのが、この交わしの始まりだった。
形式として、人々が寝静まった夜に行うようになった、この逢瀬の方も、ほとんど形ばかりのものであったが、律儀にも儀式に合わせて続けられていた。
たぶん、途中から必要は無くなっていた、と思う。
もともと、急場しのぎのものだったのは間違いないし、もしかすると深く考えてなかったんじゃないかなこいつ、と今さら思わないでもない。
まあ、なんにせよ、それも今日で終わりだ。
諏訪子はそう思った。
それもまた、間違いのないことではある。
友人のような、さばさばとした考えは、諏訪子には無理だった。
諏訪子にとっては、生まれてきたのはこの土地で、過ごしてきたのもこの土地だ、という思いは、けっこう強いものだった。
消えるならそれで良いと思う。
今の世の中に、神様というものが、必要なくなったのは明らかなのだ。
神様はもう消える。
神様はもういらない。
もう、神はこの世に必要ない。
なら、必要とされるところに行けばいいじゃない、というのが、横にいる女の考えだ。
それを実際に実行に移そうともしている。
(……)
正直、ついていけないとは思った。
諏訪子は、べつにこの地を離れたくはなかったのだ。消えるのなら、それでいい。この地で消えた方がいい。自分が生まれ、育んだこの土地で。
だが、それでもついていくと言ってしまった。
理由ははっきりとしない。
いや、はっきりとはしているか。
くい、と猪口に口をつけ、ちょっと酩酊気味になった頭で、諏訪子は考えた。
要するにだ。
要するに。
(要するに)
要するに、自分も、もう消えたくなくなってしまったということなのだろう。
酒の味が舌に沁みる。
はしたない。
(はしたないな)
諏訪子はちらりと思った。
はしたない。
(はしたない)
本当に。
とくに続く会話もなく、そのあとは、ぽつりぽつり、と時間だけが過ぎていく。
なぜか時間が惜しいとも思わなかった。
夜はもう、うっすらと明け始めていた。
いい加減、どちらもいい気分になっていた。

「さて、と……」
諏訪子は言った。
酒は空になっていた。
(さて、とか)
よっと腰を上げ、立ち上がる。
時間だ。
「ああ、もうか」
「そう、もう」
諏訪子は微笑んで、言った。
よっこらせ、と神奈子が億劫そうに腰を上げる。
おばちゃんか、と諏訪子はやや唇をとがらせた。
最後の最後まで、雰囲気をよまん女だ、ほんとに。
不平を述べつつも、諏訪子は言った。
「ではな、比女よ。また次の年を待ち、この日に会おうぞ。それまで、くれぐれも身体には気をつけてな」
神奈子は笑って言った。
「はい。お待ち申し上げております。このときは、何度繰り返しても、辛いものですね」
「私もだ、比女よ」
諏訪子は言うと、神奈子の身体を抱き寄せ、少し背伸びして唇を重ねた。
思い人同士がやるように、濃厚に。
ビター(笑)アンド(笑)スイーツ(笑)

……実はうっかり「女装の」神奈子って書きそうになったんだ…鬱だ死のう
無言坂
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
うむ。
やはり神奈子は諏訪子の嫁。
2.名前が無い程度の能力削除
本能的に理解した
3.名前が無い程度の能力削除
無言坂劇場今回も面白かった。
こんなやりとりもあったかもしれませんねえ。
4.奇声を発する程度の能力削除
良いですねぇ。かなすわひゃっほい!
5.面白く無い程度の能力削除
雰囲気に飲み込まれてしまった。
6.面白く無い程度の能力削除
しまった。 ↑こんな名前ですけど、話は面白かったですよん。
7.名前が無い程度の能力削除
はしたねぇな
8.ずわいがに削除
満点入れようとしてこれがプチだったことに今さら気付いた