西行寺 幽々子は肥えていた。
見るも無惨なビール腹だった。
「はむ、んむんむんむ♪」
「……」
魂魄 妖夢はお茶を飲みながら己の主の変わり果てた姿に憂いていた。
亡霊が何故肥えるのかは知らないが、事実幽々子の腹はたぷんたぷんのファッティプールである。
ため息を吐き、現実逃避に己が手入れしている庭へと目を向ける。
そこで思い出したのが自分の職務。妖夢の職務は庭師。そして――
「幽々子様」
「んむ。何かしら妖夢」
「私は職務は庭師と、あともう一つ、何か分かりますか?」
「そんなの決まってるじゃない。はむ。んむんむ……庭師と、板前さんでしょ」
「違います。素で間違えないで下さい。私のもう一つの職務は幽々子お嬢様の剣術指南役です」
「んむんむ。で、それがどうかしたのかしら?」
「本日から剣術指南をします」
幽々子は持っていたフォークを落とした。カランカラン、と虚しい金属音が響き、幽々子は口をパクパクさせながらも言葉を発する。
「よ、妖夢……? う、そ……よね?」
「嘘ではありません。幽々子様。今すぐ動きやすい服装に着替えて下さい」
「嘘よ! 妖夢がそんな私を苦しめるようなこと言わないわ! あなた偽物ね! 何処なの!? 私の可愛くて扱いやすい妖夢は何処にいるの!?」
「……幽々子様が私のことをどういう風に思っているのかよく分かりました。私こそ言い返しますと、そんな脂肪をプルプルさせている幽々子様は幽々子様ではありません。今すぐにでも本来の幽々子様に戻させてもらいます」
「妖夢! あぁ……妖夢は何処にいるの……? あなたがいないと私は生きていけないわ……。何処にいるの妖夢……妖夢ーー!」
「いい加減にしませんと紫様からもらった鯛を捌きませんからね!」
幽々子はその言葉で渋々と行動を開始せざるを得なかった。結局食べ物で釣られる幽々子にため息しか出ない妖夢であった。
「さて、まず幽々子様は剣を持ったことはありますか?」
庭に出て、最初にこう訊くのは、幽々子の様子から妖忌にすら剣術指南を受けたことがないのではないかという危惧からだった。
しかし、幽々子は得意気な顔をして、意気揚々と妖夢に答える。
「もちろんよ。私は妖忌から剣術指南を受けたことがあるからね」
「そうですか……ホッ」
妖夢は胸を撫で下ろす。どうやら師匠は自分と違いきちんと仕事をしていたようだ。自分も負けていられないと意気込み、妖夢は立て続けに質問する。
「剣はお持ちですか?」
「剣ね。もちろんよ」
幽々子はこれも得意気に答え、刀を取り出す。
(へぇ……結構な業物のようだ。さすが幽々子様。残念なのは腹だけのようですね)
幽々子は妖夢の視線に上機嫌になりながら、スッ……と慣れた手つきで刀を抜く。
その抜いた刀には――団子が付いていた。
「……は?」
「はむっ。むぐむぐ。どう、妖夢! これが必殺の『団子け――』」
シュパンッ!
妖夢は目にも留まらぬ速さで剣を放ち、また鞘に戻す。
俗に言う居合いと呼ばれる技で斬ったものは、もちろんそのどこぞのゼンマイで動くような侍が振るってそうな刀だ。
「ちょっ! 私の『だんごけ――』」
「幽々子様ぁ? あまりおふざけが過ぎますとご飯を抜きにしますよー?」
「ごめんなさい」
幽々子が全力で謝り、妖夢は頭を押さえて盛大なため息を吐く。
(というか、師匠。幽々子様に何を教えていたんですか……)
どうやら妖忌は妖夢より酷い仕事をしていたようだ。何せ幽々子には団子をどれだけ遠くに飛ばせるかしか選択肢がない剣を与えたのだから。
(……このままではいけない)
今までの幽々子の態度と経緯からそう悟った妖夢は、我が身を捨てる思いで、自分の主人に敢えて厳しい言葉を言った。
「幽々子様! あえて言いましょう! あなたはデブであると!」
「!?」
「お嬢様はそれでいいのですか!? そんな絞れば白玉楼を全焼させることが出来そうな脂を含むその体でこの先、延々とお過ごすつもりですか!? そんなので西行寺家のご先祖様方や、紫様が喜ぶと思っているのんですか!? どうなんですか!? 西行寺 幽々子お嬢様!」
「…………。…………妖夢。私、目覚めたわ……」
「幽々子お嬢様……!」
幽々子の瞳は最早ただ食べ物を探すことに特化させた瞳ではなかった。鋭い眼光が、西行寺 幽々子の復活を示唆していた。
「私、痩せるわ。そして、剣術も極めてみせる」
「幽々子様……幽々子お嬢様……!」
「それまで、私に付き添ってくれるわね、妖夢」
「――! はい! この魂魄 妖夢! 半身半霊、全てをもって幽々子をサポートいたします!」
従者の心強い言葉に、幽々子はしっかりとした頷きで返した。
それから幽々子は魂が削れるような努力を重ねた。しかし、その影には妖夢もいて、二人は二人三脚で頑張った。
紅魔館では妖夢は咲夜と戦い、幽々子はわがままを言うレミリアやフランのご飯を作った。
永遠亭では鈴仙とともに永琳の特訓メニューを受けて、幽々子は輝夜からのご飯に対する皮肉に耐えた。
こうして、妖夢はそれぞれの勢力の主力級から特訓を受けて強くなり、幽々子は家庭料理から、地底料理、精進料理までをも網羅して、そして半年後。幽々子は平均体重まで戻った。
「妖夢。どう?」
「はい。見事な鯛の活け作りです。これなら、今度の宴会でも誰からも文句は言われないでしょう」
「そうよかったわ……あの特訓を耐えきったんだもの。今や私は包丁さばきなら幻想郷一よ。うふふ……」
「ところで幽々子様」
「何かしら、妖夢?」
「…………何か、間違えてませんか?」
一体何処で間違えたのだろうか…私には分からない…
板前指南役としての務めですを果たして(ry
立派な板前なのかーw
間違いしかないんだが……
どっかおかしいけど、えーっと、何処だっけ
A.果たせていない
だが、主の自堕落さを廃し生活力を向上させ、自信も実力を伸ばし護衛力を高めることには成功したのである