紅魔館の図書館前、レミリア・スカーレットの従者である十六夜咲夜が立っている。
左手にはトレイが乗っており、その上には紅茶とクッキーがある。
図書館に客が訪れたので、事実上図書館の主であるパチュリー・ノーレッジに持て成しをするよう頼まれたのだ。
今まで止めていた時を動かし始め、咲夜は控え目に二回ノックをした。
高い天井にコンコンと音が響く。
「パチュリー様、紅茶をお持ち致しました」
勿論返事はない。
この広大な図書館のドアをノックした所でパチュリーに聞こえるはずがないのだ。
それは何時もの事なので咲夜は気にも留めず、大きな木製のドアを開き中に入って行った。
薄暗い図書館の中をしばらく歩くと目的の人物が見えてきた。
図書館の中心で何冊もの本を机に積み上げ、幾つかのランプの灯を便りに読書をしている少女。
その少女がパチュリーだ。
彼女は咲夜が来た事に気付いていないわけがないのにそちらには一瞥もせず、本を読み続けている。
一定のリズムで頁をめくり、やる気のない瞳で文字を追っている。
それもまた、何時もの事。
咲夜はやはり気にせず、先の言葉を繰り返した。
「パチュリー様、紅茶をお持ち致しました」
「ありがと」
咲夜が紅茶を持ってくると、パチュリーはどれだけ本に夢中になっていても必ず礼を言う。
本から目を離し咲夜を見ることはないけれどありがとうと言う。
それも何時もの事ではあるが、咲夜はその度自分の行動に意味があり評価されているようで嬉しかった。
「咲夜、ありがとう」
机にカップを置いている時に咲夜は来客が自分の恋人だという事に気付いた。
パチュリーの対面、入り口の方からは本棚で死角になって見えない場所にアリスは座っていた。
彼女の前には一冊の分厚い本が開かれており、今まで読んでいた事が伺える。
アリスはパチュリーとは違い咲夜を見ている。
思いがけず恋人に逢えたのが嬉しかったのだろう、咲夜の頬が緩み、柔和な表情で机の真ん中にクッキーが乗った皿を置いた。
「来客ってアリスだったのね」
「嬉しい?残念?」
「馬鹿ね嬉しいに決まってるじゃない」
……決して本から目を逸らさなかったパチュリーが顔を上げた。
苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ冷たい視線を送っている。
しかし自分達の世界にいる二人は気付かない。
気付けば咲夜はアリスのすぐ傍に立ち、至近距離で見つめ合っている。
アリスは研究に行き詰まり資料が欲しいと言っていたが咲夜に逢いたかっただけなのね。
パチュリーはそう思ったが口には出さないでいた。
別に咲夜を喜ばせる必要もないし。
「今日のクッキーね、自信作なの。食べてみて」
おいおい、主の友人は無視か。
客人に持て成しをする事も大事だが私も大事にしろ。
パチュリーはまた、口には出さずカップに口付けた。
この二人を観察してみるのもたまには面白いかもしれないと思ったからだ。
「んー…食べさせて?」
「ぶっっ!!くはっ、かはっ!はぁ…げほげほげほ」
せぇーーふ。
よし、良く我慢したパチュリー・ノーレッジ。
咳き込んだけど紅茶のシャワーを作る事はなかった。
偉い。
凄く偉い。
「パチュリー様、大丈夫ですか?」
「パチュリー大丈夫?」
「気をつけないとダメですよ、呼吸器官はパチュリー様にとって致命傷になりかねない場所なんですから」
涙目になって咳き込むパチュリーの背中を咲夜が上下にさする。
アリスも椅子から立ち、心配そうに覗き込む。
この二人は全く気付いていない。
パチュリーが咳き込む原因を自分達が作った事に。
ようやく落ち着いたパチュリーはもう大丈夫だからと告げ、咳き込んだ際に床に落としてしまった本を拾い椅子に座りなおした。
パチュリーの様子を見て、アリスも自分が座っていた椅子に戻った。
「咲夜、食べさせて」
てっきりその話は流れたと思っていたが流せない重要な事だったらしい。
アリスの瞳は何処か真剣で真っ直ぐに咲夜を見つめ、右手の親指と人差し指と中指で咲夜の左手の指を緩く握っている。
「えっと、アリス…?」
「食べさせて」
咲夜の動揺など無視して繰り返しせがむ。
「パチュリー様もいるから、ね?」
「私なら気にしなくて良いわ」
咲夜は助け舟を出して貰おうと思ったのにあっさり却下されてしまった。
二人の温度に慣れてきたのだろう。
先程とは打って変わり冷静な顔でこの成り行きを眺めている。
そこでアリスは眉間に皺を寄せた。
「レミリアにはしてあげるのに私にはしてくれないんだ」
お嬢様…お嬢様?
アリスの言葉に首をかしげ咲夜は記憶を辿る。
たっぷり3分ほどかけて脳みそから拾い出せた情報は三日前のものだ。
そう、あれも何時もと別段変わらないレミリアの深夜のティータイム。
の、筈だったのだがレミリアの「たまには咲夜に食べさせて貰いたい」という可愛い気まぐれによりお茶請けのクッキーを咲夜自らの手で食べさせてあげたのだ。
ただそれだけの事。
「なあに、見てたの?」
口元に手をあてクスクスと笑う咲夜。
「レミリアに自慢された」
ずっと咲夜を見つめていた視線を足元に移しアリスはふてくされた。
お嬢様も子供っぽい所があるからなあ。
簡単に言えばお嬢様は私の事が可愛い。
改めて言われたり態度に出す事は滅多にないがそれはもう分かっている。
例えお嬢様が口では否定されたとしても揺ぎ無い事実だ。
私がアリスと付き合い始め、一緒に食事をしたり、紅魔館に泊まったり。
アリスを良く知るようになってアリスの事も可愛く思えてきた。
私の恋人としても勿論そうだし、アリス個人の事も気に入ってる。
だからちょっかい出してからかいたくなったのだろう。
そこまで思考を巡らせたところで咲夜はある結論に行き着いた。
「やだ、貴女やきもち?」
アリスの顔がかぁっと赤く染まる。
パチュリーの目の前で咲夜にクッキーを食べさせてもらうのは平気だが、図星を指されるのは恥ずかしいらしい。
仕方ないなあ、といった風に咲夜がクッキーを摘んだ。
「はい、アリス。あーん」
アリスの口元にクッキーが差し出される。
しかしそれが咀嚼される事はなかった。
「それじゃ、嫌。口に咥えて。レミリアが手なら私は口よ」
何故そんな所で張り合う。
別に手で良いじゃないか。
流石に咲夜も狼狽えた。
まるで存在を忘れられているがこの空間にはパチュリーもいるのだ。
主の親友に見られながら口移し。
それはさながら親戚の叔父や叔母の前で恋人とキスするようなものだろう。
「今度。今度してあげるから。ね?」
「今じゃなきゃいや」
聞き分けがない子供にするように諭すがアリスの返事はNOだ。
緩く握られていた手が今は強く握られ爪の先が白くなっている。
アリスの意思は固い。
「ほら、パチュリー様もいるから」
咲夜は再度助け舟を出して貰おうとする。
これが最後の切り札だ。
「あ、私なら気にしなくて良いわよ。レミィにも内緒にしててあげる」
残念ながら切り札にはならなかった。
弱かった。
実に弱かった。
大貧民でいえば3。
ポーカーで言うなら2。
エースでもジョーカーでも絵札ですらなかった。
ふむ。
咲夜は考える。
絶対的に今の自分に不利な空気。
これはせねばならない状況ではないのか。
逃れられないのならば恥ずかしがっている方が恥ずかしい。
逆転の発想だ。
咲夜は比較的小さなクッキーを選び口にくわえた。
そして座っているアリスの目線に合わせて腰をかがめ、近付いていく。
「ん」
食べて良いよという意味でクッキーをくわえたままアリスに迫る。
気にしなくて良いとはいったが、本当に目の前でやるとは思わなかったのだろう。
パチュリーは二人を凝視している。
そして当のアリスも本当にしてくれる事に少し驚き、でも嬉しくて瞼を下ろしクッキーを齧ろうとした。
クッキーは齧られた。
が、齧られた瞬間咲夜がアリスの両頬を掴み強引にキスをした。
口内で器用にクッキーを避けて舌が動き回る。
「んんっ…」
歯も歯茎も上顎も舌も、最後に唇も舐めてようやくそれは終わった。
「満足?」
「まだ」
「どうして?」
「レミリアは咲夜と同じ家で寝てるのよね」
「じゃあ泊まってく?私の部屋に」
アリスは満足そうに微笑んだ。
目の前でイチャイチャされるパッチェさんの心境を思うと、もうww
>左手にはトレイが乗っており
これがトイレに見えて勝手に吹いてしまいました、すみません。
仲間がいたー!!!!!あー良かった。私一人だけかと思いましたよ。
パチュリーさんもよく頑張りました!
甘くて私は死にそうです!
>右手の親指と人差し指と中指で咲夜の左手の指を緩く握っている。
この一文にどうしようもなくニヤけました。
しかし、パチュリーさんの気持ちを想像すると笑えますねw
いいぞ、もっとやれ!
「右手の親指と人差し指と中指で咲夜の左手の指を緩く握っている。」のほうがむしろキスより甘い。
>>1さん2さん
普段そういうことばかり考えてるからそういうふうに見えるんですよ。トイレなんか持ってるはずないじゃないですか。ハハハ
策士というか殻を取り去って素直になってるだけのような気もしますが。
手を繋いでるだけでも十分甘く見えるのがこの二人だと思うのです。
ふむ、前回の作品&レス&今作を読んで確信した。
やはり作者様は私の咲アリ観にドンピシャだとww
うん、やっぱり咲夜さんは初心な少女で、アリスさんは計算高くて経験豊富なお姉さんですよね!
しかし、パチェが居てる前でイチャつくなんて…
黙認してくれてるからMotto Yareww