「寒いねぇ。静葉姉さん……」
「そうね。穣子」
「ねえ。どうして冬は寒いの?」
「レティのせいよ」
「そっかー。じゃあ、どうして雪は降るの?」
「レティのせいよ」
「じゃあ、どうして日本の景気が悪いの?」
「レティのせいよ」
「そっかー。世の中の悪いことは全部あの妖怪のせいなのねっ!」
「ええそうよ。なんてったって彼女は黒幕ですもの」
(その頃。幻想郷某所にて)
「……くしゅんっ!! やだ。風邪でも引いたのかしら。冬に風邪を引く冬の妖怪なんてサマにならないわね……」
と言いながら、明日からは気合を入れて更に寒くしてみようかなんて考えている彼女の姿があった。
今日も外は寒い。何時までこの寒さは続くのか。
妖怪の山の一角にある秋姉妹たちの隠れ家の中にも北風が入り込んできている。
納戸は締め切っていて本来なら光もほとんど入らずに真っ暗なのだが、神の力を使い中は神秘的にほの暗い状態が保たれている。
「うう。寒いよー」
そう言いながら布団に包まっているのは穣子だ。
「ええ、寒いわね」
彼女の言葉に静葉はテーブルでお茶を飲みながら応えた。
「姉さんは寒くないの?」
穣子の問いに静葉は答える。
「寒いわよ」
再び穣子が尋ねる。
「じゃあ、何でそんな平気そうなの?」
静葉は再びお茶をずずずと一飲みして答えた。
「鍛えているからよ」
「は……?」
意味がわからないと言った表情を浮かべる穣子。すると静葉は彼女を一瞥する。
「あら、知らないの? 秋の味覚体操」
「なにそれ!?」
見慣れぬ言葉を聴いた穣子が思わず布団から起き上がる。静葉は不敵な笑みを浮かべて彼女に説明を始めた。
「この体操をすれば秋度をある程度保てるのよ。私は毎日これをしてるからこの通り元気なのよ」
そう言いながら天井まで飛び上がる静葉。確かに元気には違いない。元気過ぎる気もするが。しかし、その様子を見た穣子は目を輝かせる。
「凄いわね!! 早速私もやってみるわ!! ね? どうやるの? どうやるの?」
すっかり興味津々といった様子の穣子に静葉は指を立てながら言う。
「それじゃ、暇つぶしついでに教えてあげるわ。今から私がやることを真似しなさい」
こうして静葉の秋の味覚体操が始まったのだった。
「まず手元に栗を用意して」
「栗ね。わかったわ」
穣子は言われたとおりむき栗を用意する。
「秋の味覚といえばまず栗よね。今から栗のポーズをとるわよ」
静葉はそう言って背筋を伸ばし体育座りのポーズをとると、両手を頭のてっぺんであわせ栗の形を作った。
「さあ、これが栗のポーズよ。真似して御覧なさい」
「合点承知ぃ!」
穣子は威勢良く返事をすると静葉の真似をして栗のポーズをとった。
それを見た静葉はうんうんと頷く。
「いい調子よ。次は梨のポーズ。さあ倉庫から梨を持ってくるのよ」
「おっけおっけー!」
言われるままに穣子は長十郎を持ってくる。
「梨のポーズも簡単よ。こうすればいいの」
そう言って静葉は体育座りの格好の状態で頭を下げた。
穣子は「なーんだ本当に簡単簡単」といった感じで姉の動きを真似る。
それを見た静葉は満足そうに笑みを浮かべた。
「じゃあ、次行くわよ。次はキノコのポーズ。さあキノコを……」
しかし穣子はもう言われる前にキノコを用意してきていた。
次のポーズを待ちきれないと言った様子だ。そんな穣子に静葉は一言告げる。
「これはちょっと難しいの。いい? 良く見ていなさい」
そう言うと彼女は床にうつ伏せで大の字になる。
そして手を合わせるとエビぞり状態になって手を高々と上に突き上げた。
ヨガか何かにでもありそうなポーズだ。
「さあ、これがキノコのポーズよ。やってごらんなさい」
「わ、わかったわ」
穣子は早速挑戦するが、上体がうまく反れずに中途半端なポーズで固まってしまう。
「うぐぐぐ……お姉さんみたいに体が……」
その様子を見た静葉は思わずため息をついた。
「もう、穣子ったらだらしないわね。そんなんじゃ立派なキノコにはなれないわよ」
静葉はおもむろに穣子の背に馬乗りすると彼女の体を無理やり引っ張る。俗に言うキャメルクラッチのような状態だ。
「うぎゃああああ!! ギブギブっ ギブーーーっ!!」
地面を叩きながら涙目で訴えかける穣子だが静葉は止めない。
「まだよ。まだよ。まだまだよ」
そう言いながら穣子の体をほぼ直角までそらした時、彼女の体からぼきっと音がした。
「みぎゃああああああああああああああああああっ!!!」
どうやら穣子の背骨がイったらしい。
「あらあら。大丈夫?」
暢気にたずねる静葉に穣子は猛抗議する。
「だ、大丈夫なわけあるかっ! 音聞こえたでしょ!! ぼきって! 音!! ぼきって!! 骨いったっわよ!! やめてって言ったじゃない! ひどいよ!」
彼女の言い分を聞いていた静葉だったが、それだけ喚ける元気があるなら大丈夫だと判断しスルーする事にした。
「さて、次で最後。最後は紅葉饅頭のポーズよ」
「ちょっと待て!」
すかさず穣子が呼び止める。
「何?」
「何? じゃなくて、あのさ。紅葉饅頭って秋の味覚だっけ……?」
「そうでしょ。だって紅葉と言ったら秋の代名詞よ」
穣子の問いに静葉は平然と答えた。それを聞いた穣子は頭の中で確認するような素振りを見せるともう一度聞き返した。
「で、でもあくまでも饅頭だよね?」
「ええそうよ。紅葉の饅頭だもの。秋の味覚に決まってるじゃないの。何ら不思議な事はないわ」
穣子は腑に落ちなかったが姉に押し切られてしまったのでそのまま従う事にした。
「今は紅葉饅頭がないからこれで代用しましょう」
と彼女が取り出したのは魔導銘菓とかかれた饅頭だった。
「何それ」
思わず穣子が問いかける。
「紅葉饅頭が手に入らないときはこれで代用するって事よ。素材が一緒だからいいのよ」
「はぁ……」
そういって彼女が取り出した代用の饅頭はもはや紅葉の形すらしていない。丸である。しかも、よく見ると目のようなモールドがついていて何やら奇妙な様相だ。だが、もう穣子はどうでも良いといった感じで気にも留めなかった。
「さあ。それじゃ行くわよ」
そう言って静葉はふうと一息入れ、両手を顔の前まで持ってくるとすばやく手を動かして紅葉の形をかたどりながら「もみじまんじゅー」と叫ぶ。
「以上が紅葉饅頭のポーズよ。さあ、やってごらんなさい」
「……えーと。何かこれどこかで見たことある気がするんだけど……?」
「気のせいよ」
姉が事も無げにそう言ったので、多分気のせいだったんだという事にして穣子は渋々姉の動きを真似た。しかしそれを見ていた静葉が思わず首を横に振る。
「だめだめ! そんじゃ紅葉饅頭に失礼よ」
「へ?」
「速さが足りないわ!」
「え……?」
「こうよ! こう!」
そう言って彼女はすばやく手を動かして紅葉のマークを作る。
その動きはキレがあり思わず穣子が拍手してしまうほど無駄に華麗だった。
「さあ、穣子あなたなら出来るわ! 頑張りなさい!」
そして突如始まった特訓は夜まで続いた。それはしまいには穣子の腕が動かなくなるほど苛烈なものだった。
「さあ、穣子! 今こそ特訓の成果を見せるのよ!」
「わかったわ!! それー! もみじまんじゅー!」
そう叫んで彼女は手を目に見えないほどの速さで紅葉の形をつくる。
そのあまりの速さで回りに衝撃波が生じるほどだった。
「よくやったわ! 穣子!」
それを見た静葉は叫びながら拍手をする。
「さあ、締めよ。今まで出て来た味覚を皆食べるのよ! 秋の神秘パワーを体に取り込むの!」
「よし来た!」
穣子は早速今までの食料を食べ始める。そしてあっという間に総て平らげると床に横になった。そんな穣子の脇に静葉そっと近づくとやさしい口調でたずねた。
「……穣子。今の気分はいかがかしら?」
穣子は満足そうに目を細めながら答える。
「そうね。やり遂げたって感じね! とっても清清しいわ!」
「どう? 体も軽くなったでしょう」
「ええ、おかげさまでね!」
そう言って達成感に満ち溢れた顔を作る穣子だったが、何かに気づいたのかふと眉間にしわを寄せる。
「……姉さん。ちょっと聞いていいかな?」
「何かしら」
「これ、体が軽くなったのって秋の食べ物食べたからよね?」
「ええ、そうよ」
「……ポーズをとる意味あったの?」
「動けば食べ物が一杯お腹に入るでしょ」
「……それだけ?」
「そうよ」
そう言いながらも静葉はいつの間にか緑茶を飲んで寛いでいた。ますます不安になった穣子は更にたずねる。
「姉さん……もう一つ聞いていいかな?」
「なあに?」
「姉さん毎日この体操してるって言ったよね」
「ええ。そうよ」
「てことは、毎日秋の味覚食べてるって事?」
「ええ、そうよ」
静葉の答えに穣子は思わず口をぽかんと開けたままでいる。開いた口がふさがらないとはまさにこの事だ。
道理で元気なはずである。毎日力を補充してれば誰だって元気になれるものだ。しかし大事な秋の味覚を勝手に食べられた穣子は当然納得行くわけがない。すかさず姉に抗議する。
「ちょっと姉さん! 勝手に食べないでよ! あれはいざという時の非常食でしょ!?」
すると静葉は平然と言い放つ。
「あら、あなたも今食べたじゃない。人の事言えないわよ?」
そう言って静葉は穣子を鼻で笑う。
「ふ・ざ・け・る・なぁあああああああ!っ!」
堪忍袋の緒が切れた穣子が怒りの弾幕を放つ。しかし、静葉がすばやく「もみじまんじゅー」のポーズをとるとその風圧で弾幕は弾かれる。その弾幕は家の大黒柱に見事に直撃した。
二人が逃げる間もなく家は押し潰れるように崩壊し、二人は下敷きとなってしまった。
「うぅ、こ、これが本当の暇つぶしね」
「アホーっ!!」
そして、秋姉妹は本当に何やってんのwww
まさかのB&B最強説ww
皆の信仰が足りないから静葉の頭が春になってしまったのだ!
あいにく秋の味覚が手元になかったので私の秋度は上がりませんでした
まだまだ信仰が足りない、と深く自省する次第であります