トランペット片手に道を行く。本当はスキップでもしたい気分だけど、それは流石に恥ずかしいからやめておこう。さっきは本当にスキップしちゃいそうだった。だって道の両側にはお店がずらりと並んで、暗いにも関わらず店から漏れた光や看板の提灯が明るく照らしてとても楽しいところだと思ったから。
私は今地底に来ています。何故地底に来ているかというと、最近仲良くなったこいしから地底にある旧都はとても面白いところだと聞いたから。実際まだ特に何もしていないのに、もう楽しい。
見たことも無い妖怪達がわいわい騒いで皆楽しそうにしている。そういうのを見ると、こっちまで楽しくなってくるから不思議だ。
地底ですよ、地底。知っている限りでは、忌むべき場所。天があって、地があって、そして地より下がある。天は明るくすべてを見渡せる。地は生命の源だ。地より下のイメージは忌という一つの漢字に限る。だって、そうでしょう。お皿を割っちゃったとき、姉さんに見付かると面倒だからといって地の下に埋めたのを覚えている。人間だって人の死体を地の下に埋める。あれ、これ題材に一曲出来ちゃうかも。まぁ、たまには暗い曲もありかもしれないとか思ったけど、やっぱり私の本質は明るさだから却下としよう。
そんなことも考えながら格好いい男いないかなぁ、ということも含めてぐるりと一通り見終わった私は、どうしても気になった場所へと戻ってきていた。
「なに?」
「あー、見てるだけだから気にしなくていいわよー」
「気になるでしょうがっ!」
それは旧都の入り口にあった赤い橋だ。なんでここが気になったのかというと、その橋の上に腕組してアンニュイに立ち続ける一人の女の子を発見したからだ。最初は誰かと待ち合わせかと思い、気にすることなく通りすぎたのだが、後々考えるとその女の子から姉さん顔負けのダウナーな感情を感じ取ったのを思い出しちゃったってわけ。
あれだけ明るくて楽しそうな旧都が近くにあるのに、ここだけ空気はダウナーなサウンド。そりゃ興味も沸くでしょう。
「彼氏待ち? ねぇ、彼氏待ち? それともフラれた後?」
「どっちでも無いわよ! すぐに桃色な思考に走るあんたが妬ましい!」
どうやら姉さんと違ってテンションは高いようだ。
「ここにいて楽しい?」
「楽しくなんか無いわよ。旧都の奴等は明るすぎて妬ましい。それに勝るあんたの明るさが妬ましい」
「妬ましいって何?」
「嫉妬よ、嫉妬!」
成る程。こいしから超ポジティブで面白い嫉妬妖怪がいるから絶対絡んだほうがいいって聞いたけど、多分この人のことだな。うん、確か緑色の目とか言ってたし、どうやら間違い無さそうだ。
でも全然ポジティブに見えないけどなぁ。
「お姉さん、ちょいと嫉妬のお姉さん。お姉さんってポジティブで面白いんでしょ?」
「はぁ!?」
「こいしが言ってたわ。こいし知ってる?」
「こいしが……。全く、あの無神経さは本当妬ましい。心が無いからそういうことが言えるのね。他人公認で図々しく出来るこいしが妬ましい」
あー、成る程。これはそうとうポジティブだわ。普通こいしは心が無いということを知っていたら、どちらかというとマイナスのイメージを持つと思う。実際私もそれだけは可哀想だと思うし。いや、可哀想と思っても私にはどうしようも無いんだけど。まぁ今それは置いといて、この妖怪はそれを多少無理があるにしろプラスのイメージにもっていった。感じるオーラはダウナーだけど、心は熱いハッピーな曲じゃん。嫉妬嫉妬いってるくせに、超いい奴じゃん。
「なんか嫉妬のお姉さん見てるといい曲が出来上がりそうだわー」
「曲? あんた楽器ができるのか。妬ましい」
「うふふ、ありがとう」
「お礼を言うあんたの笑顔が明るすぎて妬ましい!」
自称だけど、私の笑顔は姉妹で一番可愛いからね。そりゃあ明るいさ。
「そういえば、最近楽器を持ってる奴がここを出入りするわ。もしかして知り合い?」
「あ、それって黒い人でしょう? 多分姉さんだわ」
最近姉さんは地霊殿というところに住んでいるさとりさんという方と仲がいいらしく、さとりさんが引き篭もり気質なためよく遊びに行くらしい。そのさとりさんはこいしのお姉ちゃんだそうだが、さとりさんを見たことが無いけど、何となく聞いている感じはこいしと似て無さそうなイメージ。私達姉妹もそんなに似てないか。姉妹ってそういうものかね。
「あーあ、これこいし達姉妹が男だったら禁断の兄弟と姉妹の恋愛になって面白かったのに。あ、リリカが可哀想だわぁ」
「常人には理解しがたいその意味分からなさが妬ましい」
「うーん、なんかそれ褒められてるのか微妙だなぁ」
「元々褒めてないでしょーがっ!」
これは面白いなぁ。姉さんとリリカにもこの素晴らしさを味合わせてあげたい。特に姉さんは暗くなっちゃうからなぁ。こういう人必要だと思う。姉さん、いいところ一杯あるのに、自分で抱え込んじゃうから。
「今度その黒い人に会ったら、沢山褒めてあげてよ」
「はぁ!? だから褒めてるわけじゃないっての!」
「姉さん、暗くなっちゃうからさ。それ、私達妹が言っても悪化するだけなんだ。妹に迷惑かけちゃってるー、死んだレイラに顔向け出来ないーって」
「お姉さん想いのあんたが妬ましい」
お姉さん想い? あー、違う違う。私は姉不孝者だ。姉さんに苦労ばっかりかけて、何もしらないフリして笑ってきた。だから姉さんを想ってるなんて言う資格、私には無い。
レイラが死んで、姉さん少し混乱しちゃってたみたいだけど何もしてやれなかった。それどころか、レイラがずうっと続けていた家事をほぼ全て姉さんにやらせてしまっている。加えて騒霊としての活動関連も姉さんにまかせっきりだ。
この前手伝うといったら、やりたいだけだと言われて断られてしまった。信用されていないのかもしれない。
「どうした?」
「ん、私の我侭で姉さんに迷惑ばっかりかけてるなーって。だから、本当に申し訳なくて」
「それは、どういう」
「あのね、私がぷーな所為で姉さんが家事もライブのことも全部やってくれちゃってるの。絶対大変な癖に、手伝うって言うとやりたいだけって言って、やらせてくれないのよ。貴女は私のことを姉想いって言ったけど、そうじゃない。私は姉さんを想ってるなんて言う資格ないのよ」
我に返る。こんな話、こんなところでしかも見ず知らずの人にするものじゃない。嫉妬妖怪さんを見れば、何やら下を向いてふるふると震えてしまっている。
「あ、あの、ごめんなさい。私……」
「うがあぁぁ!」
急にすごい剣幕で声を荒げる橋姫さん。目は血走り、青筋をヒクつかせ、何時の間にやら伸びた爪をこれでもかというくらい立てる。こ、怖い。
「あぁぁもう! 今のあんたちっとも妬ましくないっ! そんな奴見ても全然面白くも無い! 信用されてない? はぁあ!? それ本当にただ単にお姉さんがやりたいだけなんじゃないの。お姉さんが抱え込んじゃうって、あんたが抱え込んじゃってるじゃないの!」
「え、あ……。妬ましくないのはいいことなんじゃ……」
「五月蝿い! ちょっとそこで待ってなさい!」
そう怒鳴ったかと思うと、どこかへ歩いて行ってしまった。待ってろ、と言われても。これじゃあまるで私が彼氏と待ち合わせか、フラれた後じゃないか。今絶賛彼氏募集中だし、フラれたと思われるのも嫌だから、なんかここに居たくないのに。
あれから数十分。待てども、待てども彼女は現れない。気分はすっかり重くて、暇だから適当にトランペットでも吹いてみようと思ったけれど、ちっとも音が乗らない。
騙されているのかもしれないと、何度も思った。私に適当なことを言って、ここで私を放置して、実は私を笑いものにしているんじゃないかって。結構無神経なことも言っちゃった気がするし。
それでも、なんだか彼女が言った「今のあんたちっとも妬ましくない」という言葉に何かを考えさせられる。あれは、どういう意味だったんだろう。考えてもよく分からないや。彼女は嫉妬しているのに、心は私なんかよりもずっとハッピーだった。彼女は人の特質した部分を見つけるのが上手で、形はどうであれ一応は褒めてくれる。彼女は私の笑顔が妬ましいと言った。その明るさが妬ましいと言った。
あ、なんだか、分かってきた気がする。
急にトランペットの音が弾けた!
「あら、なんかちょっと見ない間にまた少し妬ましくなってる」
「そんな久しぶりに甥を見た親戚みたいなこと言わなくても」
口からトランペットを放しても、騒霊の能力での演奏が続いている。とっても楽しい曲だ。騒がしいだけじゃない、本当の意味で楽しい曲。
「どこ行ってたの?」
「地霊殿よ、地霊殿。さとりに会ってあんたのお姉さんのこと確かめてきたわ」
「やっぱりいい人なんだね!」
いやー、今でも本人は全力否定しているけど、うん。これは間違いなくいい人だ。あれ、顔が真っ赤ってことはまんざらでもないのかな。
「で、どうだったの?」
「決まってるでしょ。やっぱりお姉さんはただあんたたち妹の世話をしたいだけみたいだし、騒霊の活動も自分でやりたいみたいだわ。なんか最近の生き甲斐みたいよ」
「そう」
本当はとっくに知っていた。姉さんが世話やきたがりだってこと。でも、それでもやっぱり心のどこかでは信用されてないんじゃないかな、とか思っちゃうわけで。だって、私年頃の乙女だし。彼氏だって欲しいプラスチックハートの持ち主だから、ちょっとヒビが入ってるだけで、そこからどんどん割れちゃうわけで。
ちょっとの心配が、深く考えるうちにどんどん暗くなっちゃうことって、この年頃の女の子には多いことでしょ? 年頃ってあれよ、実年齢じゃなくて、私の見た目相応の年齢ってことね。青春の年齢くらいなはずよ。
でもまさか、このハッピーの化身とまで言われた私が、鬱世界のハ・デスと呼ばれる姉さん(今つけた。いい例えだと思う)みたいに暗くなっちゃうとは。しかもそれを引っ張り上げてくれたのが嫉妬妖怪っていうんだから、笑っちゃう。
「あはははは!」
「な、何よ急に……」
「なんでもない!」
一度スイッチが入ると止まらない。楽しい考えが、私を埋め尽くしてくれる。あぁ、これが私だ。これが、妬ましい私だ。
「今私妬ましい? ねぇ、妬ましい?」
「ね、妬ましいわ」
爪を噛んで目を逸らすその仕草。嫉妬しているのに他人のいいところを見つけるのが上手な妖怪。人気者かと思いきや、賑やかなところから一線を引いた、しかもこんなにも寂しい橋に一人で居る。
トランペットの音が変わった。どうやらやっと調子が出てきたみたいだ。いつもの、私。ベストな状態の私。
「今日はなんかよくわかんないけど、ありがとねー」
「別に何もしていない」
「そんなことないわよー」
「その笑顔が妬ましい」
きっと今すっごく笑っているだろう。
「はー、またいつか気持ち沈んじゃったときに会いに来るわね。姉妹セットで」
「もう二度と来るな! 妬ましい!」
「二度と来ることが無ければ、それだけ私は楽しい生活を送っているのね。素敵よ」
暗くてじめじめしているイメージとは正反対の地底。そしてその明るくて楽しいイメージの地底とは、また正反対の印象を受けた嫉妬妖怪。でも話してみると彼女はとってもいい奴で、話している人をハッピーにさせてくれる。
本人は嫉妬嫉妬言っているけど、多分きっと誰よりもハッピーなんだろう。ハッピーってことが何だかよく分かっている。
「あは、一曲出来上がりそうよ。今の気分を曲にするの。きっととっても楽しい曲になるわ」
「曲を作れるなんて、ほんと妬ましい」
「ありがとっ。じゃあね!」
手を振って、トランペットをかき鳴らしながら地底を後にする。こいしに言われて地底に入って、まさか地底でハッピーになるとは思わなかった。
ついつい私はスキップをしてしまう。
鼻歌も進む。トランペットも一緒に進行する。新しい曲も、大体固まってきた。
曲名は、ハッピー・ガール。
地底に住む、とってもハッピーな女の子をイメージした曲だ。
彼氏待ちと聞いて飛んでいこうと思ったら、
イケメン限定って……orz
妬ましいぜこのー
俺のパルスィのイメージともピッタリだわ!
誤字報告
姉不幸→姉不孝
>地球人撲滅組合
ハッピーって感情はとっても良い感情なのです。メルランにあこがれます。
>2様
申し訳ない。でも勘違いしないで欲しい。自分もリリカが大好きです。
>3様
そのハッピーな気持ち、大切なものです。ハッピー!
メルランがイケメン限定なんて、俺も悲しい。でもそういう事実っぽいのでここは引き下がりましょう。
と、見せかけて恋はアプローチしなきゃ始まらない。もう少し頑張ってみます。メルラン愛してる。
>4様
メルランの本質はハッピーです。そうしてこんな話を書いてる自分の本質は根暗です。
だからメルランの明るさにあこがれるんだと思います。
>5様
ハッピー!
>6様
パルスィはきっとすっごくいい人だと思います。
毒を吐くいい人とか、もう可愛すぎてやばいです。
>7様
多分旧都の中に居たら体が持たないと思います。
だからきっと地底の端っこに一人で居るんだと思います。橋なだけに!
>8様
ぱるぱるに次ぐ新たな表現が。滅茶ハッピーそうでいいですね。
妬ましいは最高の褒め言葉です。嫉妬パワー、馬鹿にならない。
>ずわいがに様
おぉ、そういってもらえて何よりです。個人的にパルスィは心が超イケメンです。
やっぱりパルスィはこうでなくっちゃね!
>10様
多分同じばっちゃから同じこと聞いた。パルスィはいい子だから、時々損もしちゃって嫌われちゃうことがあるけど、本当はそんな子じゃないって言ってた。
誤字報告ありがとうございます。修正します。
相性抜群ですね、もう結婚するべきだwww
>12様
パルスィ「すぐに桃色な思考に走るあんたが妬ましい!」
脳内パルスィが顔を真っ赤にして叫んでますん。
にしても合いますよねー。メルランを地底に行かせよう! と思ったら一瞬でパルスィが出てきたくらい合う。
真逆の位置にいそうなコンビでしたが、なぜかメルランとパルスィ、どこか似てるようにすら思えちゃいました。
>14様
おぉお。和んでいただけたようで嬉しい限りです。二人ともなんかこうポジティブなものを持ってると思います。でも結構考え込んじゃう人なのかなとも。もう本当かわいいですよねぇ二人とも(誰も聞いてない