Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

桜咲く季節に

2010/01/21 00:51:36
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春一番が吹きすさび、春告精が姿を現し桜がその声をもって歓迎する。
幻想郷の住人も穏やかな陽気にあてられて、春の訪れを満喫しようと、この時期では幻想郷の一大イベントの一つである、大花見会が開かれる。
冥界の見事な桜並木を一目見ようと、荘々たるメンバーが集まってくるのだ。





各人が自由に酒をのみ団子をほおばり、桜を見て楽しんでいる。
前を冥界の管理人が夜雀を追いかけ回していれば、
後ろで吸血鬼が巫女にアプローチをかけては一蹴され、
右を見れば、鬼と祟り神が飲み比べをしており、軍神があたふたしながらそれを見守っている。
また左を見れば、医者が酔い潰れた普通の魔法使いを介抱している。

その中で、ひときわ賑やかに談笑をしている集まりがあった。
鈴仙と妖夢とさらには紅魔のメイド十六夜咲夜や風祝の東風谷早苗という、いずれも主君を持つ者同士が一緒になって花見をしているのだ。
幾分、奇妙な取り合わせではあるが、どうやら通じる部分があるようで結構楽しんでいる。
日ごろの主君のわがままを愚痴りあったり、無茶要望にほとほと困り果てていたり、主人の可愛さを熱く語ったりと話のネタは尽きることなく、会話は大いに盛り上がっている。

「そういえばさ、妖夢っていつ頃から幽々子さんに仕えてるの?」
と突然、鈴仙が話を切り出した。

「私も少し気になりますね。あの方は奔放な方ですから、妖夢さんも苦労しているでしょう。なにかきっかけとかがおありで?」
と咲夜も話に乗ってくる。

「吸血鬼のメイドをしている咲夜さんの方が不思議でしょうに……」
と早苗が苦笑い。

これに関しては鈴仙と妖夢共に同感だとばかりに頷いている。
咲夜が、そう? と首を傾げているところを見ると、彼女には天然が入っているのかもしれない。

「はは……。ええと、私は魂魄家の一人として、幼いころから幽々子様の下にいましたよ」
「へぇー。じゃあ、もう生まれた時から幽々子さんに仕えるっていうのは決まってたんだ」

境遇が少し似ているからなのか、どこか嬉しそうな早苗がぱんっと手を叩く。
しかし、一方で妖夢はどこか浮かない顔をしていた。

「あら? どうかしましたか?」
「あ、いえ。その……幼い時の私は従者とは到底呼べないものでしたから」

呆然として喋る妖夢の様子に、三人はなにか面白いドラマがあるに違いないと、

「ちょっと」
「詳しく」
「話してもらいましょうか?」

と妖夢にずいと詰め寄るのだった。
そして、三人の得体のしれない気迫に根負けした妖夢はしぶしぶながらも語り始めた。

「あまり言いたくないんだけどなぁ……。うう、恥ずかしい」











私がまだ幼い時でした。
夜中にふと目が覚めた時に、私は見てしまったのです。
女性の方が幽々子様と親しそうにお話していました。
腰まであろう、綺麗な銀髪が印象的でした。毛先が丁寧に切りそろえられていて、とても魅力的でした。
女である自分が、それはもう見とれてしまう程に。端整な顔立ちに、きりっとした目つき。それにくわえて優しさも感じられたのです。
ああ、あの方は一体誰なのでしょうか?不思議と他人ではない気がしたのです。
そう思った私は無意識に声をかけてしまいました。

「ゆゆこさま? あの……そちらの方は?」
「あら?妖夢、起きてしまったのね。ちょっとうるさかったかしら?」

幽々子様は申し訳なさそうに、まだまだ子供の私を気遣ってくれました。それが私には嬉しかったのでしょう。
精一杯首を横に振って否定しました。お二人はその様子が面白かったのか、ふふっと優しく微笑んでくれました。
すると、女性の方がすっと立ち上がって私の頭を撫でると、

「ごめんね、妖夢ちゃん。起こしてしまって。ほら、夜ももう遅いし寝ましょ。ねっ?」
「えっ? あ、あの……!」
「なぁに?」

女性の方に優しく抱きかかえられた時は、流石にびっくりしてしまいました。しかし、なぜか嫌ではなかったのです。
いいえ。むしろ彼女に抱きかかえられた時、私はこれまでに無い安らぎを感じました。彼女の手はとても繊細で、その懐はとても暖かくて……。

「(……いい匂い)」

私はただ顔を真っ赤にしてうつむくしかありませんでした。

「ふふっ。じゃあね。おやすみ。妖夢ちゃん」

彼女が私の頭を撫でてそう言いました。寝床に連れてこられて、もうこれ以上にない程力の抜けた私は、すぐ眠りに落ちたのでしょう。
気がついた時にはもう朝で、彼女はいませんでした。幽々子様に尋ねるともう発たれたと言いました。
私は悲しくなりました。もっといっぱいお話したかった。もっともっと抱っこして欲しかった。いっぱいいっぱい甘えたかった。
私は子ども心ながらにそう思ったのです。





ああ、あの方は今一体どこにいるのでしょうか? 会いたい。お話したい。恋しい。
幾月かが過ぎて、木枯らしが吹く頃、とうとう我慢できなくなったのでしょう。
私は、愚かにも屋敷を飛び出して、捜しに出てしまいました。当然、子どもの時の私はひ弱でそこらに出てくる物の怪でさえ歯が立ちません。
なんの力も持たない子どもが、弱肉強食の世界を一人で歩いている。そんな事をすればどういう事になるか。お分かりですよね?
……そうです。物の怪に襲われてしまったのです。

幼い時の私は、対抗する術がありませんでした。泣きながら必死で逃げました。とはいえ子どもの走る速さなどたかがしれているものです。
あっという間に先回りされ、囲まれてしまいました。その時の記憶は今でもはっきりしています。なにせ死を覚悟しましたからね。
ええ。忘れもしません。あの獰猛な牙、鋭利な爪、私を品定めするような荒い鼻息……。
幼い私の精神が恐怖に染まり、パニックに陥るのに時間はかかりませんでした。

「怖い!イヤだ!来ないで!帰りたい!誰か、誰か助けて!!幽々子様!おじいちゃん!お願い!助けてよ!」

泣き叫びました。死にたくない。助けて欲しい。その一心で叫び続けました。

「ガアァッ!!」
「ひぃっ!!?」

物の怪が吠え、脚を振り上げた時はもうダメかと思いました。
しかし、その時だったのです。あの方が……彼女が来てくれたのです。

「妖夢ちゃん!!」

「ふぇ……?」

突然暖かいものに包まれた私は、状況がすぐに掴めませんでした。どうしてあの場所に彼女がいたのか……。

「大丈夫? 怪我はない?」
「うん……」

しかし、悲劇はここから始まりました……。物の怪の一撃をもろに受けてしまった彼女はそのまま倒れこんでしまいました。
背中から血が溢れだし、そのぬるっとした感触は今でも覚えています。私が未熟で、愚かであったが故に、彼女をこんな目に合わせてしまった……。

「ああ泣かないで、妖夢ちゃん。私は大丈夫だから。ねっ?」
「でもっ……、でもっ……! こんなに血が……!」

無理をしているのは、子どもの私でもすぐに分かりました。あの綺麗な透き通った白い肌がみるみる青ざめていき、どんどん冷たくなっていったのです。
私は、泣くことしか出来ませんでした。
私に力があれば。私が軽率な事をしなければ。こんな事にはならなかったはずなのに……。

「だぁいじょーぶ。この程度で参ったりしないわ。それに……もうすぐ来てくれるはずだから……」
「……えっ?」

どうしよう、どうしようと、ただ慌てていた私には何の事だか分かりませんでした。
来てくれる? 誰が? そんな事より早く血を止めないと、

「ガアァァァッ!!!」
「っ!?」

物の怪が先ほどよりも強く吠えた時、私はいよいよ死を覚悟しました。
「(ああ、ごめんなさい。幽々子様。おじいちゃん。馬鹿な私をどうか許して下さい)」
彼女をぎゅっと抱きしめ、目を瞑った、まさにその時でした。

「おどれらぁ!!ワシの孫らに何してくれとんじゃあぁぁ!!!」

なんと、おじいちゃんが助けに来てくれたのです。すさまじい蹴りでした。
おじいちゃんに蹴られた物の怪は彼方へ吹っ飛んでいき、それを見た他の物の怪たちも一目散に逃げて行きました。
きっとおじいちゃんの尋常ならざる殺気に命の危機を感じ取ったのでしょうね。





これでもう大丈夫。おじいちゃんが助けてくれた。これで彼女も助かる。良かった。本当に良かった。
……でも現実とは時に残酷でそこにはなんの慈悲も無いという事を、私は直ぐに知ることになりました。
彼女の体は、毒に冒されていました。物の怪の爪に毒があったようです。
戦闘に関しては滅法強いおじいちゃんですが、毒の知識に通じている訳もなく、もはや手の施しようがありませんでした。
彼女の体は傷口から徐々に紫色に腫れあがり、四肢は痙攣し、焦点も定まらず、しかしそれでいても尚私に微笑みかけてくれました。

「よ、妖夢ちゃ……うぅ」
「ダメ、喋らないで! 今すぐお屋敷に連れてくから! そこでなら手当が出来るから! おじいちゃん! お願い!!」
「妖夢。もう……」

おじいちゃんは首を横に振りました。そして、助からん、と言いました。

「どうして!? ダメだよ! 諦めたらダメだよ! 絶対に助けるから! 頑張って!」
「妖夢ちゃ……ん。ごめん……ね。でも……一目、あなたを見れて……良かっ、た」
「やだよ? ねぇ? やだよ! お願いだから喋らないで! 喋らないでよぅ……」

私はぼろぼろと涙を流し、彼女の手を握りました。すると嫌でも伝わってくるのです。生から死へと近づくその脈動が。体温が。
幼いながらも気付いていたのかもしれません。彼女がもう助からないという事に。
でも、認めなくなかった。彼女がこのまま死んでしまうなんて。これがたとえ運命であっても、受け入れたくなかった。

「ふふっ……ごめんね。そんなに……泣かないで。そうだ……お願い聞いてもらえる、かな?」
「グスっ、えっ?」
「笑って……妖夢ちゃん。折角の……可愛い顔が、台無しだよ? 最後に、お願い」

笑って、だなんて。出来るはずもありません。状況が状況なのに、どうして笑えるのでしょうか?
そう、出来るはずがないのです。それでも、私は彼女の願いを聞き入れたのです。なぜ、笑う事が出来たのでしょう?
それは分かりません。ただ、笑うとあの人が安心してくれる様な気がして……。

    ……ありがとう、わたしのかわいい妖夢……





ああ、あの人は逝ってしまった。私を置いてどこかへ逝ってしまった。
理解できなかった。幼かった私は現実から眼を背けてしまった。

    ゆゆこさまぁ~? あのおかたはまだこないのですかぁ?
    わたしがこんなにまっているのに。
    いがいとあのひとっていじわるなんですねぇ~。
    アハハハハハハハハハハ……ハハッ!

狂ってしまった。幼い精神を掻き潰すには十分すぎる事だった。
何故?
なぜ? なぜ?
ナゼ? ナゼ? ナゼ?
どうして! 彼女は死んでしまった!
私のせい? 屋敷を飛び出したから?
身の程をも弁えぬ愚か者だったから?
私は、ただあの人に会いたかっただけ……。
何も悪くない。私は何も悪くない。何も間違っちゃいない。
だって最後にあの人は笑ってくれたんだもの。私が笑うとにっこり微笑んでくれたもの。

    つぎはいつくるのかなぁ。
    はやくきてほしいな……おかあさん。



その時の私は見るに堪えない様子だったと、幽々子様から伺いました。
いつ、また屋敷を飛び出すか。隙あらば直ぐにでも飛び出て行きそうな程だったらしいのです。

    ちょっとおかあさんさがしてきますね!

私がそう言うたびに幽々子様は真剣な眼差しで、でもとても悲しそうな顔で

「待ちなさい! ただちにここへ戻りなさい!」

その時の幽々子様は怖かった……。信じられないでしょう? あの温和で天然色のある幽々子様が声を張り上げて私を諌めるのですよ?
そんなある日の事でした。ほぼ軟禁状態だった私を見かねた幽々子様が外へ連れて行ってくれたのです。
ちょうど今の様に桜が綺麗な頃でした。

「妖夢。桜を見にいきましょう」
「ほんとうですか!? やったぁ!」

多少落ち着いたとはいえ、まだこの時は彼女……いや、お母さんの死を受け入れていませんでした。
おかしい話ですよね……。自分の招いた事なのに、そこから眼を背けるなんて。
とにかく、私はそのときお母さんに会いに行けると思っておおはしゃぎだったのです。

「ゆゆこさま! さくら、きれいですね!」

そうね、と幽々子様は言いましたが、何処か神妙な面持ちでした。
たのしくないのかな? ほんとうはいやだったのかな、と子ども心に思った私は、

「そうだ! おかあさんをさがしましょう!」

と言ってしまったのです。それで、幽々子様も喜ぶと思ったから……。
しかしその刹那、私の頬に鋭い痛みが走りました。
それが幽々子様に叩かれたものだと分かったのはしばらくしてからでした。

「いいかげんにしなさい、妖夢。いつまで現実をから逃げるつもり?」

なにを言っているのか分からなかった。私はお母さんをさがそうと言っただけなのだから。
泣きそうな眼で、幽々子様を見ると、ついていらっしゃい、とだけ言いました。



連れてこられた先には、ひときわ大きな桜の下に一つの石とひと振りの刀がありました。

「これは?」

私は幽々子様に聞きました。その時の幽々子様は本当に苦しそうな表情をしていました。
私の手をぎゅっと握りしめて、こう言ったのです。

「妖夢。よくお聞きなさい。これはね……あなたのお母さんのお墓よ。あなたのおかあさんは死んでしまったのよ」

声を失いました。
頭の中が真っ白になって、全身の血が逆流するかのようなそんな感覚に襲われたのです。

    このひとはなにをいっているの? なにもきこえない。ききたくない。

私がしばらく上の空でいると、

「いい? あなたのお母さんは獣に襲われて死んだの。ちょうど数カ月程前かしら」

    あれ? そのころわたしなにをしていたんだっけ……。

「その頃、屋敷ではちょっとした騒ぎになっていたわ。とある家筋から預かっている大切な一人娘がいなくなったって……」

    おんなのこ? わたしのこと? なんだかいやなきもちがする……。

「この子の弱り切った半霊を見たときは本当に驚いたわ。妖忌がすぐに飛んで行ってなかったらどうなっていたか」

    あたまがいたい……。やだよ……。おもいだしたくない……。それいじょう、いわないで。

「本当は助けてあげたかった……。でも、どうする事もできなかったわ。思った以上に毒が強くて」

    ちがう……、ちがう。ちがう! ちがう!!

「思いだした? あなたのお母さんは、あなたをかばって死んだのよ」

―――っ!!!
「ちがう!! おかあさんはしんでない! おまえはうそつきだ! 」

私の感情は爆発しました。
内にあったものが止めなく溢れてきて、あられも無い事を幽々子様に向かって言ってしまいました。

「おかあさんはっ……おかあさんはっ……ちゃんといまもじぶんのおうちでくらしてるんだ!
あさおきて……ごはんをたべて……たまにわたしのことだいじょうぶかなって、しんぱいしてくれて……。
おかあさんは、しんでないよ? どうしてそんなうそをつくの? ねぇ、やだよ……、いやだよぅ」
「妖夢! お願いだから、私の話を聞いて!」
「いやだ! だって……だって、あのときおかあさんはわらってくれたもん! やさしく、わらってくれたもん!
これからしんじゃうひとが、わらうはずないもん!」

私が泣きじゃくりながら胸の内を明かした後、温かい何かが私を包み込みました。
幽々子様が赤ん坊をふわりと覆うようにして、私を抱いてくれたのです。

「妖夢……。ごめんね。寂しかったでしょう? 辛かったでしょう? 悲しかったでしょう?
気付かなくてごめんね。あなたがそんなに苦しんでいたなんて……」
「だから、おかあさんは……」
「妖夢。あなたが目を背けたいのはわかるわ。でも、駄目よ。逃げちゃ駄目。あなたはそんな弱い子ではないはずよ。
それに、あなたがそんなに塞ぎこんでいたら、お母さんも心配しているわ」
「……おかあさんが?」
「ええ。だから自分の殻に閉じこもらないで。あの子が最後に笑ったのだって、意地よ。最愛の我が子に苦しそうな顔なんて見せられないっていうね」
「でも……わたしのせいで、おかあさんが……」
「大丈夫よ。恨んでなんかいないわ。どこの世界に自分の娘を恨む親があるっていうのよ? ね?」

幽々子様はそう言って、優しく微笑んでくれました。
温かかった。本当に温かかった。

私はせきを切ったようにわんわん大声で泣き、おかあさん、ごめんなさいって叫びました。
幽々子様に抱きついて、あやしてもらって、その時にお母さんのようなぬくもりを感じたのです。



「落ち着いた?」
「……はい。あの、幽々子様。本当にすみませんでした。私が未熟であったばっかりに、ご迷惑おかけして」
「いいのよ。あまり強がらなくても。あなたはまだまだ幼い子どもなんだから。いっぱい笑って、たくさん泣いていいのよ
子どもなんて大人に迷惑かけてこそなんだから」
「……はい! おかあさ……あ、いや、えと、幽々子様!」
「ふふっ。いいわよ~別にお母さんと呼んでも」
「えっ?」

この言葉がとても嬉しかったんですよ。だから……ああ、もう恥ずかしいなぁ。

    ……あのぅ、本当に、いいんですか?
    あらあら、甘えん坊さんね。いいわよ~。
    ふーんだ。どうせ私は甘えん坊ですよ、お母さん!
    あらあら。ひねくれやさんねぇ。











「とまぁ、こんなことがありまして、これを機に私は長い間幽々子様をお母さんって呼ぶようになってしまって……。
ああもう、今思い出しても恥ずかしい! ホント従者として失格だわ……って、あれ? 皆さんどうかされましたか?」

妖夢が語り終えた頃、宴会の席にしては重くどんよりとした雰囲気が漂っていた。
周りの皆がうつむいて小刻みに震えている。
妖夢がどうしたものかといぶかしんでいると、早苗が急に顔をあげ、

「ぞうぜづな、じんぜいだったのでずねぇぇ!!」
「うわっ!?」

号泣していた。妖夢の話に心をうたれた早苗はびーびーと声をあげ、鼻をぐずらせて泣いている。

「えっ? ちょっ、誰か……」

と妖夢が鈴仙と咲夜の方を向くと

「良いなぁ……。そんな素敵なお母様がいて」
「おかあ、さん……おかあさん……おかあさん……ふふふ……」

鈴仙もほろろと泣いて目をこすっており、咲夜に至っては何かぶつぶつと言っており、相当に危なっかしい。
妖夢がおろおろして途方に暮れていると、この騒がしい様子を見かけた他の者たちがぞくぞくと集まってきた。



山の神の神奈子がくちゃくちゃに泣いている早苗を見ると

「お、おい? 早苗? 一体どうしたんだ? お腹いたいのか?」
「おがあざーーーん!!!」
「うひゃあ!?」

早苗が神奈子を見るやいなや、蛙のように神奈子に飛びついて、おかあさん、おかあさんと言いながら抱きついている。
どうやら随分と酒がまわっているようである。
ちなみに、状況が理解できない神奈子は、えっ?、えっ? とおろおろするばかりだった。



「素敵なお母様ねぇ……。あなた中々可愛い事言うじゃない? ウドンゲ?」

泥酔している魔理沙を抱えながら現れたのは、永琳である。
どうやら、妖夢の話に聞き耳を立てていたようだ。

「し、師匠!? いつから聞いていたんですか!」
「んー、ほぼ初めからかしら? あなたがどんどんしおれていく姿は本当に可愛らしかったわ。なんなら、私の事をお母さんって呼んでいいのよ?」
「ハハッ。そんな馬鹿な」
「あら、残念。つれないわねぇ」

そう言って、妙に生き生きとしている永琳はその膝に寝かせてある魔理沙の頭を撫でた。
すると、魔理沙が永琳の方へ寝返りをうって

「む~、おかあさん……」

と夢でも見ているのだろうか。間延びした声で永琳をおかあさんと呼んだのだった。

「まあ! 可愛い事言うわぁ~この子。おかあさん、ですって。恥ずかしいけれど……何故か無条件に嬉しくなるわね。
あ~あ、子どもでも作ろうかしら?」
「(おいおい。歳考えろよ……)」

心の中でそう悪態つく鈴仙だが、この手の話には流石の地獄耳。ばっちり永琳に覚られていたのだった。

「……ウドンゲ? アナタ、覚悟は出来ているのかしら?」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイユルシテクダサイカンベンシテクダサイ」

そして、鈴仙はまたも別の意味で泣き目を見る羽目になったのだった。



「咲夜! 霊夢が私の方へ振り向かないわ! 何とかしなさい!」

いきなり意味不明な事を言ってやって来たのは、なんちゃって吸血鬼のレミリアである。
どうやら霊夢があまりにも冷たいので、咲夜になんとかしてもらおうとやってきたらしい。
しかし、当の本人はというと、おかあさん、おかあさん、とぶつぶつつぶやいているようでなんだか様子がおかしい。

「咲夜?」
「おかあさん……。レミリアお嬢様が……ふふっ」
「咲夜! 聞いてるの!」
「八ッ!? ああ、お嬢様。どうかされましたか?」
「どうかしちゃったのか聞いてるのは私の方よ! 私が呼んでも返事もしないなんて」

レミリアがぎゃーぎゃーと声をあげて咲夜を責め立てる。
ただ、当の本人はレミリアの様子を見て、ニヤリと不気味に笑ったのだった。

「ねぇ、お嬢様? ちょっと……咲夜の事をおかあさんって呼んでみませんか?」
「は?……」

一瞬、レミリアはあっけにとられてしまった。いきなり何を言っているのだと、不安そうに咲夜を見上げる。

「ああ……。娘を持った親は皆このような気持ちを抱くのでしょうか? 愛しくて、ひ弱で、守ってあげなくちゃって思うのでしょうか?」

咲夜が本格的に壊れてきた。レミリアに上目遣いに見つめられたことで、咲夜の理性は崩れてしまったようだ。
レミリアににじり寄り、今にも飛びついていきそうな様子である。

「(め、眼が据わっているわ……)」

レミリアが後ずさりする。何とかごまかしてこの場から離れようとする。

レミリアは逃げ出した!
しかしまわりこまれてしまった!

「お嬢様。何をそんなに震えているんですか? 大丈夫ですよ。咲夜がお嬢様を……レミリアちゃんを守ってあげますからぁ!!!」
「いやああああぁぁぁぁ!!!」

瀟洒なメイドはいついかなる時でも主君への愛を忘れたりしないのだ。





「あはは……何これ?」
今まで重かった雰囲気が一変して、その代わりにやってきた滅茶苦茶な状況に妖夢は一人取り残されていた。

鈴仙は永琳の得もしれないプレッシャーを浴びて、ガタガタ震えている。

早苗は涙と鼻水で顔がひっちゃかめっちゃかになっている。
たまに神奈子の服で鼻をかんでいるようで、そのたびに神奈子の悲鳴が聞こえる。

咲夜はどうやらレミリアを捕獲したようで、現在煙が出てきそうな勢いで頬ずりしている。

皆の何処か楽しそうな様子をみて少し寂しいと感じている妖夢ではあったが宴会の席にはトラブルなんてつきものである。
しょげている妖夢に、助けを求める声がかかる。

「よよよよよ、妖夢さーーーーん!! 助けてーーーー!!!」
「ミスティア! どうしたんですか。そんなに息を切らせて」

やって来たのは、夜雀のミスティアである。
ぜーはーと息を切らせて、妖夢の背後にまわり、その身を守る。

「どうもこうもないわよ! あの悪食をなんとかしてぇ!!」
「あらぁ~? 悪食だなんて失礼な。ただ、ちょっとどんな味がするのかなぁって」
「ひぃっ!?」

毎度のように、また幽々子がミスティアを追いかけまわしていたようである。
本人曰く、冗談よ~。本気で食べようなんて思っていないわよ、と言っているがミスティアを凝視して涎を垂らしながら言っても説得力皆無である。

妖夢がやれやれと首を振る。酒の席とはいえ勘弁して欲しい。

「またですか、幽々子様。毎回いいかげんにして下さいよ。ほら、ミスティアがひどく脅えているのであっち行って下さい。
それに、食べちゃうとミスティア特製、鰻の蒲焼きが食べられなくなりますよ」

妖夢がしっしっと手を払う。
その態度は従者としてどうなのかは些か不明であるが、毎度の事なので幽々子本人も特に気にしていないようである。

「わかってるってば。ミスティア。ごめんなさいね。少しばかり度が過ぎたかしら。今度おいしい鰻を食べさせて頂戴ね」
「えっ? あ、えと、はい! いつでも来てください!!」

ミスティアが一礼して飛び去っていく。

「全く、幽々子様ときたら毎回おふざけがすぎます」

妖夢が幽々子を責める。
しかし、幽々子はあっけらかんとしており、にこにこ笑っている。

「はーい! 以後気をつけまーす、お母さん♪」
「ぶっ!? 何を言っているんですか!」

幽々子は真っ赤になった妖夢を見てクスクスと笑い、宴会の席へと戻っていく。
妖夢が頭を抱えて、はぁ、と一つ溜息をついた。

「全く……。これじゃああの頃と逆転してるじゃないですか」

そして、妖夢も幽々子を追いかけて宴会へと戻った。

「……おかあさん、か」

妖夢はこの桜咲く季節、人の心の内が開花するこの季節が大好きだと密かに思うのだった。











   『こら! 妖夢! またこんな悪戯して!!

    あはは! おかあさん、ごめんなさーい♪

    あ! ちょっと待ちなさい!

    やだよーだ! あはははは……』



<了>
はじめまして。マープーでございます。

ついにやっちまったと思わざるを得ない。なんかやたらと長くなってしまって、グダグダ感。
色々粗が目立ちますが、こんな物でも読んでくれたら幸いです。ではでは。
マープー
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
シーンが切り替わるたびに禄に説明もされていないことが当たり前のように追加されるので、
一連の流れになっているのに所々でブツ切れになっている感じでした。
2.ずわいがに削除
おかーなこ様ーっ

妖夢の母親ですか。そういえばあまり描かれませんねぇ。
幼い頃のトラウマを話せるということは、強くなったんでしょうね。

ところで、俺の妖忌のイメージが一瞬、「白髪のスティーブン・セガール」から「ヤクザの組頭」になってしまいました。