魔理沙がキノコを採りに行く話
それは魔理沙がいつものように紅魔館の図書館に本を“借りに”行った時のことだった。
「えーとこれとこれと……」
無事に侵入した魔理沙は本棚の間を徘徊し、背表紙で面白そうな本か判別し十冊ほど取っていくと、それらの詰まった白い袋をサンタのように担いで口笛を吹きながら歩いていく。
「それじゃあパチュリーに挨拶でもして行くとするかな」
そうしてパチュリーがいつも座っている図書館中央の白い円形のテーブルに余裕綽々で向かうと、しかしそこにパチュリーの姿は無かった。
置物のように年がら年中ここにいるはずなのに今日はどうしたのだろうか?
と魔理沙が首をかしげていると、本棚の間からぱたぱたと小悪魔が忙しそうに駆けてきた。魔理沙を見つけてぎょっと目を見張る。
「げえっ、こんな時に魔理沙さんが……」
「げえは無いだろげえは。というかなんだよこんな時って。何かあったのか?」
問いかけると、小悪魔は忙しそうに本棚からいくつか本を取り出しながら、
「パチュリー様が熱を出したんですよ。あなたに構ってる暇はありません」
そう言って医療系の本を抱えて走り去っていく。
「パチュリーが?」
普段から咳はしているけれど冷静沈着なパチュリーが熱を出して弱っているというのは珍しい。
気になった魔理沙は小悪魔の後を追っていくことにした。
そして図書館に直結しているパチュリーの自室の中で、確かに彼女はベッドに横たわり具合が悪そうに顔を赤くしているのだった。
「パチュリー、お前……」
ベッドの側で唖然と呼びかけると、パチュリーは苦しげな顔に苦々しさを増して口を開いた。
「げほっ、げほ、魔理沙…………本、勝手に取るんじゃない、わよ……げほ」
「パチュリー様、安静にしててください。喘息も相変わらずなんですから」
そうして小悪魔はパチュリーの頭に乗っているタオルを取り替える。
普段からツンとしているパチュリーがこうも弱っているのを見るのは初めてだった。
「よくある事なんですよ」
と小悪魔は難しい表情をする。
「この人全体的に体が弱いんです」
「…………」
「げほ、げほっ…………また本を取っていく気……? げほ、風邪が治ったら、ただじゃおかないわよ……げほっ」
「パチュリー様っ、寝ててください」
起き上がろうとするパチュリーを小悪魔は必死にベッドに押し付ける。それを跳ね除けられないほどパチュリーは弱っていた。
「パチュリー……」
しばしそんな彼女を見つめていた魔理沙は、やがて真剣な表情で頷くのだった。
「分かった」
「げほ、げほ…………?」
「風邪に効くいいキノコがあるんだ。採ってきてやるよ」
そうして袋を抱えたままばたばたと歩いていった。
「げほ、ま、魔理沙…………!」
「すぐに採ってくるから待ってろよ!」
「げほ、う…………ほ、本……持ってくな………………」
「パチュリー様しっかり!」
魔理沙はすぐさま紅魔館を飛び出し、一旦家に戻って荷物を置くと、本で目的のキノコの形状を確認してから魔法の森へと繰り出していった。
しかしこのキノコ、これまでは特段必要では無かったので採ろうとしたことはない。他のキノコを採取する時に見かけたことはあったような気がするのだけど……。
とにかくキノコのよく生える場所をしらみ潰しで探索していくことにし、大体いつもの採取コースを回ってみたのだけど該当のキノコは生えていない。
捜し物というのは欲しい時に限って見つからないものだ。
仕方なく普段立ち入らない所にも寄ってみたけど見当たらなく、夜になると魔法で明かりを灯して捜索を続け、翌日になり夜が明け陽が登り西の空へと傾いた時になって、ようやく樹の根元に数個生えているのを見つけたのだった。
「まったく手こずらせやがって……」
必要量は僅かでいいので一個だけ採取し、随分と遅くなってしまった、疲れた体を押して魔理沙はそのまま急ぎ紅魔館へと向かった。
風を切り、相変わらず居眠りをする門番の上を飛びぬけ、館の中をずんずん進んで図書館に辿り着くと、果たしていつもの円形のテーブルに普段どおりパチュリーが座り、静かに本を読んでいるではないか。
「…………あれ?」
よろよろと歩いていき、まじまじとパチュリーを見つめた所、どうやらいつもと変わらない様子をしていることが伺えた。
「また来たの? いい加減本を返しなさい」
「いや、パチュリー…………ええと、風邪、は……?」
「治ったわ」
ぱらりと本をめくり、パチュリーは素っ気なく呟く。
そして服はボロボロのよれよれで所々穴が開いていて顔は土で汚れ、大事そうにキノコを一つ手に持った魔理沙をちらりと見やり、また本へと視線を落とす。
「あ……はは……そっか、はは……」
少々遅かったらしい。魔理沙は慌ててキノコをポケットに隠し、努力が徒労であったことにがっくりしながら、本も取らずにすごすごとパチュリーに背を向け出口へと歩き出した。
「魔理沙」
その後ろ姿にパチュリーの声がかかった。
「折角来たんだからお茶でも飲んでいきなさい」
きょとんとした様子の魔理沙が振り向くと、そこには相変わらず無表情で本を読み続けるパチュリーの姿があった。
「小悪魔」
「了解です」
パチュリーに呼びかけられ、小悪魔が魔理沙の分の紅茶と菓子と、ついでにタオルを取りに行く。
頻繁に本を持っていく魔理沙にパチュリーがお茶を勧めるなどこれまでに無いことだった。
魔理沙はぽかんとしていたけれど、やがて笑顔で頷き、パチュリーの向かいの席に座りにいった。
魔理沙の優しさが解るパチェも。
短い割に時間の流れも感じられ、内容も暖かくて良かったです。