一体彼女は誰なのか。
微かに鼻に付くかびの匂い。懐かしいような紙の匂い。揺れるランプの光。火の匂い。踊る悪魔のような影。そして圧倒的なまでの量の本。
それが彼女を取り巻く全てだった。
名も無き図書館。本棚に囲まれた少し開けた場所に一人の少女が綺麗な曲面だけで構成された木製の椅子に座り、椅子と同じように木製の広い机に分厚い本を数冊広げていた。しかしそれらを脇にどけ、彼女は時折咳きをしながら一枚の羊皮紙にペンを走らせていた。
彼女は今着ているゆったりとした紫色のローブそして持病であろう喘息以外は何も持ち合わせていなかった。なぜこの図書館に住んでいるのか。なぜ自分は魔法が使えるのか。自分は何なのか。誰なのか。それすらも解らなかった。
ただ山のようにある難解で複雑な魔導書を解読し、纏めた物をまた自分以外には解らないであろう言語記号で綴っていく。その行為に果たして意味があるかどうかは解らない。ただ自分はそうする為に存在している、そう彼女は信じていた。この薄暗い図書館ではそれぐらいしかする事がないのかもしれない。
もう一つ、彼女には日課というべきものがあった。それはこの図書館の地図を描く事だった。図書館は広い。壁のように天井までそびえる本棚がそれこそ迷宮のように配置され、住んでいる彼女ですら図書館の全体像を把握していない。
だから彼女は運動がてらこの図書館を歩いた。今いる椅子とテーブルのある場所を基点に、今日は北の方へ。じゃあ明日は南へ。そんな感じに歩いては、そこを地図に付け足していった。どれほど進んでも行き止まりはなかった。ただ彼女は冷静に自分の体力で帰れる範囲までしか歩かなかった。
道は無数に分岐しており、果てはないように見えた。
そうやって過ごしてどれほどの年月が経ったのだろうか。彼女は眠気だとか食欲だとかは一切感じなかった。つまり時間の経過を感じる物がないのだ。ただ書き疲れたり喘息の発作が酷いときは休んだ。目を閉じランプを消し、椅子に揺られ暗闇と一体となる。それが眠るという行為である事を知ったのは随分後だった。
時々気紛れで魔法を使ってみた。ランプに魔法で火を付け、風で揺らし、水で消した。それはほとんど復習のような物だ。魔導書には様々な事が書かれているが、その中でも彼女が真に理解でき、かつ実践できるのは精霊魔法の類だけだった。あと出来そうなのは錬金術だったが、元となる材料がなかった。
変化のない生活。それでも彼女は不平も不満もなくただ黙々と粛々と日課をこなしていった。
ある時。いや時間なんてものは彼女には存在していないのかもしれないが区切りとして、ある時。彼女はいつも通り、魔導書を解読していると、何処かで、微かに物音がしたのを聞いた。無音の図書館にその音は静かにただ確かにその存在を訴えた。
彼女は静かに立ち上がった。不審に思ったわけでも恐怖に駆られたわけでもなく。ただ単の興味。彼女は音のした方の地図を取り出すと、机の上のランプを片手に図書館の薄暗闇へと進んだ。廊下に響く彼女の足音。地図を見つつ歩く。ゆっくりと着実に。地図通りならこの先は十字路になっているはず…彼女は何かの確信を得ながら進んだ。
彼女はランプを翳した。目の前には十字路。そしてその十字の真ん中に何かが落ちていた。そこに落ちていたのは一冊の本だった。彼女はゆっくりとした動作でそれを拾い、周囲を見渡した。十字路の壁も当然のように本棚だったが、どれを見ても本は隙間無く並べられていた。
彼女は思考した。本棚に隙間がないと言う事は、偶然本棚から落ちたと言う訳ではない。そして前ここへ来たときには本は落ちていなかった。そして先ほどの音。今思えばあれはこの本の落下音だったのかもしれない。本棚は天井まである。上の方から落ちたのかもしれない。ランプの明かりだけでは到底上まで見渡せない。
彼女の中で結論に達した。おそらく何かの弾みで上の方から落ちてきた。彼女はしばらくこの本をどうしようか思案した。いつもは自分の背の届く範囲の本しか読めない。とはいえそれでも膨大にあるのだが、届かないあの上の方にはどんな本が眠っているのだろうかと今ふと思った。
そんな事、今まで考えもしなかった。
彼女はそのまま拾った本を胸に抱え、自分の定位置である机と椅子へと戻った。その本はこの図書館にある立派な蔵書と違い、お粗末な作りで、なぜか端っこが焦げて変色していた。今にもばらけてしまいそうな程脆かったが、それは今まで彼女が纏めて綴った手作りの魔導書と作りがそっくりだった。そして使われている文字は確かに彼女が考え、練り上げた言語記号に似ていた。微妙に違う点もあるが、大枠で言うとほぼ同じに等しかった。
もちろんこんな本、覚えている限り書いた記憶はない。彼女にしては珍しく、急ぎめで本のページを捲った。
中身は魔導書などではなく、誰かの日記のようだった。
―月と冬と木の年―
○月 日の日
珍しく里から客が来た。なんでも寺子屋の先生をやっていて、図書館を子供達に見せてやりたいから連れてきてもいいかと訪ねられた。
丁重にお断りしたかったがレミィが許可した為明日来ることに。
小悪魔と一緒に図書館を掃除をする事にした。もちろんレミィにも手伝わせた。
最初は喜んでやってたのに気付くと漫画読んでた。
ほんと駄目ねこの友人。
○月 月の日
悪夢としかいいようがなかった。
魔女が悪夢とか冗談じゃないわ。
とにかく疲れた。さすがの咲夜も疲れ切った様子。
珍しく大人しくしてたレミィも疲れていた。
慣れてない事するからよ…って私も同じか。
唯一元気そうだったのは美鈴だけ。
あんた子供の世話上手いわね…
○月 火の日―
レミィが青空教室をしたいと言い出した。何よ青空教室って…
というか名前的に吸血鬼のレミィには無理っぽいけど。
はいはい調べるわよ。
妹様がついに推理小説の棚を制覇した。
…そろそろこの館の主も交代の時かしら。
冗談よ、レミィ。
○月 水の日―
案の定、青空教室は無理っぽいわね。
なんでわざわざ屋外でやるのかしら?理解できない…
後、美鈴は図書館来る時は泥を払ってからにして欲しい。
菜園の本を読むのは構わないけど汚さないで。
○月 木の日―
珍しくレミィが図書館に来ない。
まあどうせ神社にでも遊びに行っているのだろうけど…
静かで研究がはかどるからいいけどね。
って時に限って魔理沙が来た。
消極的には効果がなさそうなので積極的に撃退してみた。
うん、今日思いつきで使ってみたけどサテライトヒマワリは中々使えそうね。
外の魔導書も案外使えるわね。
まあほとんど私オリジナルだけど。
○月 金の日―
バレンタイン…誰よそれ。
レミィ曰く何かの行事らしいけど、調べてみても一向に出てこない。
咲夜に聞いてみると、なんでもカードやらお菓子やらを一方的に送るお祭らしい。カード?スペルカードをって事かしら?
…謎が謎を呼ぶわね。
○月 土の日
また来た魔理沙に聞いてみた。
甘いお菓子がもらえる日らしい。
送るのか貰うのかハッキリして欲しいって?
レミィ…それは私のセリフよ。
吸血鬼の友人やその部下とのなんでもない日々。新たな魔法の研究、実験、その結果。図書館によく白黒の鼠が出ると言う事。そこに書かれているのは彼女そっくりな誰かの暮らし。所々彼女には理解できない単語があったが、彼女は気にする事なく読みふけった。
最後まで読み終えると彼女はふう…と溜息をついた。
そして最後のページに書かれてある、おそらくこの日記の所持者であろう名前を読んだ。それは筆跡からしてこの日記の所持者ではない者が書いた感じだったが、
「…パ…チュリ…ノーレッジ」
そう口にした途端何かが体の中で弾けた。今まで自分の中でバラバラだったピースが一度ばらけそして一つの形になるかのように。
まるで、運命かのように。
私はパチュリー・ノーレッジ。
彼女はなぜかそう確信した。この日記はきっと過去か未来の私から今の私へのメッセージ。そう、確信した。
彼女は再び立ち上がった。今度は地図を持たず、ランプと日記だけを持った。
もうここへは戻らないと誓って。
・・・
「せっかくここまで書いたのに燃やすのもったいなくない?」
紅魔館の地下。私の図書館。私が今まで書いた日記を纏めていると、暇なのかレミィがやってきた。レミィが私の日記のいくつかから一冊を手に取り、読むでもなくパタパタと煽っている。私は良いのよと返事して残りの日記を咲夜に用意してもらった紐で縛った。
「まあしっかしよくここまで溜め込んだわね。私だったら二日で飽きそうだわ」
確かにレミィなら二日で投げ出すだろうなあ。
日記を書くのはなんだろう、こう毎日を実感したいからだと自分で勝手に思っている。だけど、それは書くという行為に意味があるのであって、残す意味は、ない。だから燃やす。まあ別に火葬じゃなくても土葬でも鳥葬でもいいけど確実に消せるのはやっぱり火葬か。
「火葬、ねえ。なんかこう愛がないよねえパチェは。本に対する愛?みたいな」
「少なくともレミィだけには愛がどうのこうの言われたくないわ」
「うーん…じゃあさあ“幻葬”ってのはどう?」
「幻で葬るってどうやるのよ…」
「それを考えるのがパチェの仕事」
へへーんと得意げになっているレミィ。相変わらずこの友人は子供っぽさが抜けないし無茶は押し付けるし我侭だけど
しかし彼女に出会わなければ。
私はどうなっていたのだろうか。ふとそう思った。
可能性の向こう側を探るのは魔術的には興味深いけど、とりあえず今すべきことを為そう。
「さあレミィ、形のある過去なんて幻想で燃やすのが一番よ」
「そうねえじゃあ…」
そう言うとレミィは自らの爪をもう片方の指の腹に差し、爪に血を付けその血で何かを最後のページに書き始めた。
「これで良し…っと。きっとこれで迷う事ないわ」
「…何書いたの。しかも血で」
「秘密。過去はどう足掻いても消せないって事よ。輪廻の如く再び本人に還るってね。まあ幻葬ってやつよ」
「ふーん…まあ燃やすからいいけどね」
私はその最後の一冊も縛ると、風の精霊を呼び出し、それらを浮かせた。
火が燃え広がらないように、水の精霊でその周りに水で泡を張る。
後は火の精霊で燃やすだけ。
緋色の炎が一瞬で私の日記を燃やし尽くすのを泡の膜越しに見えた。
膨張した熱気でパンッと弾けた泡。後に残るのは焦げ付いた匂いだけ。
「灰一つ残さずとは見事ね」
レミィがパチパチと手を叩いて感嘆していた。
ただの精霊魔法で何度も見ている筈なのに。
「で、パチェは過去を消したわけだけど、って事は今いるあんたは誰?」
「過去は消せないって言ったのレミィでしょ。私は私よ」
「だといいけどね」
レミィが肩を竦めた。いつも思うけどそのしぐさ全然似合ってない。
「さて過去話はおしまい。そろそろ未来の話をしましょレミィ」
「未来ね…晩御飯なら咲夜に聞いてね」
「随分と近い未来ね」
私とレミィの笑い声が図書館に響く。
過去を消したら私は私でなくなる?
そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
でも一つだけ確かな事。
私はパチュリー・ノーレッジ。
微かに鼻に付くかびの匂い。懐かしいような紙の匂い。揺れるランプの光。火の匂い。踊る悪魔のような影。そして圧倒的なまでの量の本。
それが私の全て。
微かに鼻に付くかびの匂い。懐かしいような紙の匂い。揺れるランプの光。火の匂い。踊る悪魔のような影。そして圧倒的なまでの量の本。
それが彼女を取り巻く全てだった。
名も無き図書館。本棚に囲まれた少し開けた場所に一人の少女が綺麗な曲面だけで構成された木製の椅子に座り、椅子と同じように木製の広い机に分厚い本を数冊広げていた。しかしそれらを脇にどけ、彼女は時折咳きをしながら一枚の羊皮紙にペンを走らせていた。
彼女は今着ているゆったりとした紫色のローブそして持病であろう喘息以外は何も持ち合わせていなかった。なぜこの図書館に住んでいるのか。なぜ自分は魔法が使えるのか。自分は何なのか。誰なのか。それすらも解らなかった。
ただ山のようにある難解で複雑な魔導書を解読し、纏めた物をまた自分以外には解らないであろう言語記号で綴っていく。その行為に果たして意味があるかどうかは解らない。ただ自分はそうする為に存在している、そう彼女は信じていた。この薄暗い図書館ではそれぐらいしかする事がないのかもしれない。
もう一つ、彼女には日課というべきものがあった。それはこの図書館の地図を描く事だった。図書館は広い。壁のように天井までそびえる本棚がそれこそ迷宮のように配置され、住んでいる彼女ですら図書館の全体像を把握していない。
だから彼女は運動がてらこの図書館を歩いた。今いる椅子とテーブルのある場所を基点に、今日は北の方へ。じゃあ明日は南へ。そんな感じに歩いては、そこを地図に付け足していった。どれほど進んでも行き止まりはなかった。ただ彼女は冷静に自分の体力で帰れる範囲までしか歩かなかった。
道は無数に分岐しており、果てはないように見えた。
そうやって過ごしてどれほどの年月が経ったのだろうか。彼女は眠気だとか食欲だとかは一切感じなかった。つまり時間の経過を感じる物がないのだ。ただ書き疲れたり喘息の発作が酷いときは休んだ。目を閉じランプを消し、椅子に揺られ暗闇と一体となる。それが眠るという行為である事を知ったのは随分後だった。
時々気紛れで魔法を使ってみた。ランプに魔法で火を付け、風で揺らし、水で消した。それはほとんど復習のような物だ。魔導書には様々な事が書かれているが、その中でも彼女が真に理解でき、かつ実践できるのは精霊魔法の類だけだった。あと出来そうなのは錬金術だったが、元となる材料がなかった。
変化のない生活。それでも彼女は不平も不満もなくただ黙々と粛々と日課をこなしていった。
ある時。いや時間なんてものは彼女には存在していないのかもしれないが区切りとして、ある時。彼女はいつも通り、魔導書を解読していると、何処かで、微かに物音がしたのを聞いた。無音の図書館にその音は静かにただ確かにその存在を訴えた。
彼女は静かに立ち上がった。不審に思ったわけでも恐怖に駆られたわけでもなく。ただ単の興味。彼女は音のした方の地図を取り出すと、机の上のランプを片手に図書館の薄暗闇へと進んだ。廊下に響く彼女の足音。地図を見つつ歩く。ゆっくりと着実に。地図通りならこの先は十字路になっているはず…彼女は何かの確信を得ながら進んだ。
彼女はランプを翳した。目の前には十字路。そしてその十字の真ん中に何かが落ちていた。そこに落ちていたのは一冊の本だった。彼女はゆっくりとした動作でそれを拾い、周囲を見渡した。十字路の壁も当然のように本棚だったが、どれを見ても本は隙間無く並べられていた。
彼女は思考した。本棚に隙間がないと言う事は、偶然本棚から落ちたと言う訳ではない。そして前ここへ来たときには本は落ちていなかった。そして先ほどの音。今思えばあれはこの本の落下音だったのかもしれない。本棚は天井まである。上の方から落ちたのかもしれない。ランプの明かりだけでは到底上まで見渡せない。
彼女の中で結論に達した。おそらく何かの弾みで上の方から落ちてきた。彼女はしばらくこの本をどうしようか思案した。いつもは自分の背の届く範囲の本しか読めない。とはいえそれでも膨大にあるのだが、届かないあの上の方にはどんな本が眠っているのだろうかと今ふと思った。
そんな事、今まで考えもしなかった。
彼女はそのまま拾った本を胸に抱え、自分の定位置である机と椅子へと戻った。その本はこの図書館にある立派な蔵書と違い、お粗末な作りで、なぜか端っこが焦げて変色していた。今にもばらけてしまいそうな程脆かったが、それは今まで彼女が纏めて綴った手作りの魔導書と作りがそっくりだった。そして使われている文字は確かに彼女が考え、練り上げた言語記号に似ていた。微妙に違う点もあるが、大枠で言うとほぼ同じに等しかった。
もちろんこんな本、覚えている限り書いた記憶はない。彼女にしては珍しく、急ぎめで本のページを捲った。
中身は魔導書などではなく、誰かの日記のようだった。
―月と冬と木の年―
○月 日の日
珍しく里から客が来た。なんでも寺子屋の先生をやっていて、図書館を子供達に見せてやりたいから連れてきてもいいかと訪ねられた。
丁重にお断りしたかったがレミィが許可した為明日来ることに。
小悪魔と一緒に図書館を掃除をする事にした。もちろんレミィにも手伝わせた。
最初は喜んでやってたのに気付くと漫画読んでた。
ほんと駄目ねこの友人。
○月 月の日
悪夢としかいいようがなかった。
魔女が悪夢とか冗談じゃないわ。
とにかく疲れた。さすがの咲夜も疲れ切った様子。
珍しく大人しくしてたレミィも疲れていた。
慣れてない事するからよ…って私も同じか。
唯一元気そうだったのは美鈴だけ。
あんた子供の世話上手いわね…
○月 火の日―
レミィが青空教室をしたいと言い出した。何よ青空教室って…
というか名前的に吸血鬼のレミィには無理っぽいけど。
はいはい調べるわよ。
妹様がついに推理小説の棚を制覇した。
…そろそろこの館の主も交代の時かしら。
冗談よ、レミィ。
○月 水の日―
案の定、青空教室は無理っぽいわね。
なんでわざわざ屋外でやるのかしら?理解できない…
後、美鈴は図書館来る時は泥を払ってからにして欲しい。
菜園の本を読むのは構わないけど汚さないで。
○月 木の日―
珍しくレミィが図書館に来ない。
まあどうせ神社にでも遊びに行っているのだろうけど…
静かで研究がはかどるからいいけどね。
って時に限って魔理沙が来た。
消極的には効果がなさそうなので積極的に撃退してみた。
うん、今日思いつきで使ってみたけどサテライトヒマワリは中々使えそうね。
外の魔導書も案外使えるわね。
まあほとんど私オリジナルだけど。
○月 金の日―
バレンタイン…誰よそれ。
レミィ曰く何かの行事らしいけど、調べてみても一向に出てこない。
咲夜に聞いてみると、なんでもカードやらお菓子やらを一方的に送るお祭らしい。カード?スペルカードをって事かしら?
…謎が謎を呼ぶわね。
○月 土の日
また来た魔理沙に聞いてみた。
甘いお菓子がもらえる日らしい。
送るのか貰うのかハッキリして欲しいって?
レミィ…それは私のセリフよ。
吸血鬼の友人やその部下とのなんでもない日々。新たな魔法の研究、実験、その結果。図書館によく白黒の鼠が出ると言う事。そこに書かれているのは彼女そっくりな誰かの暮らし。所々彼女には理解できない単語があったが、彼女は気にする事なく読みふけった。
最後まで読み終えると彼女はふう…と溜息をついた。
そして最後のページに書かれてある、おそらくこの日記の所持者であろう名前を読んだ。それは筆跡からしてこの日記の所持者ではない者が書いた感じだったが、
「…パ…チュリ…ノーレッジ」
そう口にした途端何かが体の中で弾けた。今まで自分の中でバラバラだったピースが一度ばらけそして一つの形になるかのように。
まるで、運命かのように。
私はパチュリー・ノーレッジ。
彼女はなぜかそう確信した。この日記はきっと過去か未来の私から今の私へのメッセージ。そう、確信した。
彼女は再び立ち上がった。今度は地図を持たず、ランプと日記だけを持った。
もうここへは戻らないと誓って。
・・・
「せっかくここまで書いたのに燃やすのもったいなくない?」
紅魔館の地下。私の図書館。私が今まで書いた日記を纏めていると、暇なのかレミィがやってきた。レミィが私の日記のいくつかから一冊を手に取り、読むでもなくパタパタと煽っている。私は良いのよと返事して残りの日記を咲夜に用意してもらった紐で縛った。
「まあしっかしよくここまで溜め込んだわね。私だったら二日で飽きそうだわ」
確かにレミィなら二日で投げ出すだろうなあ。
日記を書くのはなんだろう、こう毎日を実感したいからだと自分で勝手に思っている。だけど、それは書くという行為に意味があるのであって、残す意味は、ない。だから燃やす。まあ別に火葬じゃなくても土葬でも鳥葬でもいいけど確実に消せるのはやっぱり火葬か。
「火葬、ねえ。なんかこう愛がないよねえパチェは。本に対する愛?みたいな」
「少なくともレミィだけには愛がどうのこうの言われたくないわ」
「うーん…じゃあさあ“幻葬”ってのはどう?」
「幻で葬るってどうやるのよ…」
「それを考えるのがパチェの仕事」
へへーんと得意げになっているレミィ。相変わらずこの友人は子供っぽさが抜けないし無茶は押し付けるし我侭だけど
しかし彼女に出会わなければ。
私はどうなっていたのだろうか。ふとそう思った。
可能性の向こう側を探るのは魔術的には興味深いけど、とりあえず今すべきことを為そう。
「さあレミィ、形のある過去なんて幻想で燃やすのが一番よ」
「そうねえじゃあ…」
そう言うとレミィは自らの爪をもう片方の指の腹に差し、爪に血を付けその血で何かを最後のページに書き始めた。
「これで良し…っと。きっとこれで迷う事ないわ」
「…何書いたの。しかも血で」
「秘密。過去はどう足掻いても消せないって事よ。輪廻の如く再び本人に還るってね。まあ幻葬ってやつよ」
「ふーん…まあ燃やすからいいけどね」
私はその最後の一冊も縛ると、風の精霊を呼び出し、それらを浮かせた。
火が燃え広がらないように、水の精霊でその周りに水で泡を張る。
後は火の精霊で燃やすだけ。
緋色の炎が一瞬で私の日記を燃やし尽くすのを泡の膜越しに見えた。
膨張した熱気でパンッと弾けた泡。後に残るのは焦げ付いた匂いだけ。
「灰一つ残さずとは見事ね」
レミィがパチパチと手を叩いて感嘆していた。
ただの精霊魔法で何度も見ている筈なのに。
「で、パチェは過去を消したわけだけど、って事は今いるあんたは誰?」
「過去は消せないって言ったのレミィでしょ。私は私よ」
「だといいけどね」
レミィが肩を竦めた。いつも思うけどそのしぐさ全然似合ってない。
「さて過去話はおしまい。そろそろ未来の話をしましょレミィ」
「未来ね…晩御飯なら咲夜に聞いてね」
「随分と近い未来ね」
私とレミィの笑い声が図書館に響く。
過去を消したら私は私でなくなる?
そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
でも一つだけ確かな事。
私はパチュリー・ノーレッジ。
微かに鼻に付くかびの匂い。懐かしいような紙の匂い。揺れるランプの光。火の匂い。踊る悪魔のような影。そして圧倒的なまでの量の本。
それが私の全て。
我ながらこういうのはどうかとは思いますが、ゆーじん氏の『孤独な日陰少女』とこの作品を、いつの間にか頭の中でシンクロさせて読んでました。
勝手に他の方の作品とシンクロさせるなんて失礼かもしれませんが、おかげで両方の作品とも、俺の中で印象が深まりましたよ。
パチュリーが燃やした過去がいつのパチュリーに辿り着くのか、レミリア自身さえわからないかもしれませんが、
多分それを込みでレミリアは酒の肴にでもするのでしょうね。
過去を受け取ったいつかのパチュリーは、その後どうしたのだろうか。