後に小悪魔に問われた魔理沙はこう答えた。
着る服欲しさにやった。反省はしていない、いつものことだし、と。
陽が差さないため、今が何時かを推し量れるのは少女の腹時計位だった。それによれば、大体お天道様が中天を越えた位か。
すえた紙のにおいが本の壁から発せられている。陽も差すことなく、風が吹き抜けることもなく、澱のように檻のように、知識を溜め封じ込めるためだけの書斎。本棚の森の一角には、書斎の主が使うための机と、来訪者が使うためのソファが用意されている。
そんな一角を照らす唯一の光源は、少女自身の魔力による光。背後に一つ、そしてソファの下に一つ。ゆらり、ゆらり、ゆらゆら、ゆらゆらと、魔力のうねりに呼応するように揺れている。
そんな静寂の中で、少女だけが動いていた。
一心不乱に筆を動かす。キャンバスに対しその腕を時に大胆に時に繊細に、上へ下へ、右へ左へと。真っ白だったキャンバスは今ではその半分近くを黒が占めるまでに構図が書き込まれていた。
鼻歌を交え、キャンバスを睨みまたソファを睨み、時に笑い時に唸り、筆で背もたれ代わりに使う机を叩き、そして靴で床を鳴らし、拍子をつけ、さらに筆速を上げる。
そこには、ただ目の前の光景を書ききるという意思しかない。
そんな少女を見つめる視線が二つ。一つは食い入るように、もう一つは呆れるように。そのどちらもがソファにある。
が、その構図は行儀の良いものではなかった。食い入るように見入る少女はソファに仰向けとなり、そんな少女に覆い被さるようにしてもう一方の少女が伏せている。いや、組み敷いていると言った方が正しいだろうか。
組み敷かれた少女の衣服はソファ一面に広がった薄紫色の覆いとなり、上からさらに重ねるようにして濃い青の布地が広がっている。解けかけたままの紫のリボンが書斎の主の胸元で、浅く息をする胸元の動きに合わせて緩やかに揺れていた。そして胸元が緩やかに上下する度に、被さった少女の眉間に皺が寄っていく。
「ねえ、パチュリー。そろそろこの胸を何とかして欲しいんだけど。とりあえず退かすか畳むかして頂戴。それが駄目ならさらしの替わりに糸で潰してあげるから」
「ここまで酷いケチは久しぶりだわ」
「へぇ。後学のためにそのときのセリフをぜひ聞かせて欲しいんだが。後で霊夢に教えてやらなくちゃならん」
「一体何人誑かせばそこまで育つんですか、だったかしら。」
「んー、パチュリーはどっちかと言えば、誑かすよりは誑かされる側だよなぁ」
「そうね。貢いだ挙げ句、古本のように捨てられる口かしら」
「ええ、そうね。悪い悪い人形遣いに甘言を弄されて一念発起して盗人を懲らしめようとしたら、勢い余って家を壊してしまったせいでなぜか盗人に賠償を要求される程度には、誑かされる側ね」
「勢い余って吹っ飛ぶのは神社だけで十分だぜ。大体、懲らしめるってそういう可愛いげのあるものだったか、あれは? 貴女も分類上は一応女の子なんだし人形ぐらい飾ったらどうなの、とか言って勝手に飾ったと思ったら、その人形、仕舞おうと思ったら急に暴れ出すんだからな」
「あら、言わなかったかしら? パチュリーに頼まれて作ったあの人形、外見通り雛人形なんだけど五月までほったらかしにしないと魔力が抜けなくて暴れる、って。まぁ、安全に片付けるには婚期を逃す必要がある訳だけど」
「ああ、一言も言ってないな。ついでに言えば、あの外見を雛人形とは普通呼ばないから、私の婚期はまだ無事なはずだ」
「親王、随身、官女、囃子。典型的なラインナップだったはずよ。ちゃんと貴女の婚期が遅れるようにと書棚の本という本をひっくり返して確認したし、わざわざ引き籠もりの魔法使いに人形を作らせたのよ? それの何が違うというのかしら?」
「だったら男雛に私の顔を使うな。女雛の顔が右がアリスで左がパチュリーとか何の嫌がらせだ。あと三人官女と見せかけてフォーオブアカインドなフラン人形とかおかしいだろういくらなんでも。いや、そもそも我等封印されし五人囃子とか言ってバラバラになってる囃子が合体してマスタースパークばりの弾幕を撃つとか、ないだろ普通」
魔理沙の溜息が書斎の一角に響き渡る。
家が吹っ飛んだという言葉通り、魔理沙が着ているのは常に彼女が愛用している白と黒を基調とした服ではなく、アリスが観賞用の人形に好んで着せるいたるところにリボンがあしらわれた白とピンクを記帳とした色のドレスだ。文字通り着の身着のままでアリス宅に転がり込んだ魔理沙を待ち構えていたのは、渡された色とりどりのドレスだった。
アリス曰く、「人形用に作るのに一度人間大で作る必要があったのよ」と言うだけあって、その造形はしっかりとしたものだった。パチュリーにしてみれば、なぜサイズを弄らずに魔理沙が着ることが出来たのが疑問なのだが。
そんな着倒れの日々も魔理沙にしてみれば「うっかりするとウエディングドレスを着せられそうだ」ということで早々に切り上げたいものだったが、別の服をとの話を持ち出したものの肝心の家主はとりつく島もなく、かといってもう一方は体型を理由ににべもなかった。アリスに言わせれば、着た際に胸元を覗き込んで溜息をつく魔理沙が可愛いのにと、共犯者の応対が不満で仕方がなかったのだが。
「香霖がツケてくれればなぁ」
「心底しみじみ言ってる魔理沙には悪いけど、吹っ飛んだ家を見てもまだツケてくれる店主が居る訳ないでしょうが」
「そこは私と香霖の関係だぜ」
「真っ青な顔で駆け付けてくれたそうじゃない。それだけでも感謝するべきじゃないのかしら? あれでも動じるってことがあるんだから驚きだけどね」
「ついでに家に泊めて貰えば良かったんだけどね。『生憎と香霖堂の看板は商品だけで十分だよ。娘は要らないよ』なんて言われて袖にされたんだからまぁ立派な関係かしら?」
その言葉に、ふん、と鼻を鳴らすと、会話はこれまでと魔理沙はまた筆を動かし始める。一刻も早く、この絵を仕上げて売りさばかねば、と。そうしなければ、うっかりウエディングドレスを着ることになるかもしれないのだから。
タイトルなら決まっている「とある魔女達の情事」。
春画っぽくすればよく売れるだろうと内心の笑みを押し隠し、ただただ筆を動かす。上へ下へ、右へ左へと。ただただ祈りながら、筆を動かす。
高値で売れますように、と。
――少女描画中――
着る服欲しさにやった。反省はしていない、いつものことだし、と。
陽が差さないため、今が何時かを推し量れるのは少女の腹時計位だった。それによれば、大体お天道様が中天を越えた位か。
すえた紙のにおいが本の壁から発せられている。陽も差すことなく、風が吹き抜けることもなく、澱のように檻のように、知識を溜め封じ込めるためだけの書斎。本棚の森の一角には、書斎の主が使うための机と、来訪者が使うためのソファが用意されている。
そんな一角を照らす唯一の光源は、少女自身の魔力による光。背後に一つ、そしてソファの下に一つ。ゆらり、ゆらり、ゆらゆら、ゆらゆらと、魔力のうねりに呼応するように揺れている。
そんな静寂の中で、少女だけが動いていた。
一心不乱に筆を動かす。キャンバスに対しその腕を時に大胆に時に繊細に、上へ下へ、右へ左へと。真っ白だったキャンバスは今ではその半分近くを黒が占めるまでに構図が書き込まれていた。
鼻歌を交え、キャンバスを睨みまたソファを睨み、時に笑い時に唸り、筆で背もたれ代わりに使う机を叩き、そして靴で床を鳴らし、拍子をつけ、さらに筆速を上げる。
そこには、ただ目の前の光景を書ききるという意思しかない。
そんな少女を見つめる視線が二つ。一つは食い入るように、もう一つは呆れるように。そのどちらもがソファにある。
が、その構図は行儀の良いものではなかった。食い入るように見入る少女はソファに仰向けとなり、そんな少女に覆い被さるようにしてもう一方の少女が伏せている。いや、組み敷いていると言った方が正しいだろうか。
組み敷かれた少女の衣服はソファ一面に広がった薄紫色の覆いとなり、上からさらに重ねるようにして濃い青の布地が広がっている。解けかけたままの紫のリボンが書斎の主の胸元で、浅く息をする胸元の動きに合わせて緩やかに揺れていた。そして胸元が緩やかに上下する度に、被さった少女の眉間に皺が寄っていく。
「ねえ、パチュリー。そろそろこの胸を何とかして欲しいんだけど。とりあえず退かすか畳むかして頂戴。それが駄目ならさらしの替わりに糸で潰してあげるから」
「ここまで酷いケチは久しぶりだわ」
「へぇ。後学のためにそのときのセリフをぜひ聞かせて欲しいんだが。後で霊夢に教えてやらなくちゃならん」
「一体何人誑かせばそこまで育つんですか、だったかしら。」
「んー、パチュリーはどっちかと言えば、誑かすよりは誑かされる側だよなぁ」
「そうね。貢いだ挙げ句、古本のように捨てられる口かしら」
「ええ、そうね。悪い悪い人形遣いに甘言を弄されて一念発起して盗人を懲らしめようとしたら、勢い余って家を壊してしまったせいでなぜか盗人に賠償を要求される程度には、誑かされる側ね」
「勢い余って吹っ飛ぶのは神社だけで十分だぜ。大体、懲らしめるってそういう可愛いげのあるものだったか、あれは? 貴女も分類上は一応女の子なんだし人形ぐらい飾ったらどうなの、とか言って勝手に飾ったと思ったら、その人形、仕舞おうと思ったら急に暴れ出すんだからな」
「あら、言わなかったかしら? パチュリーに頼まれて作ったあの人形、外見通り雛人形なんだけど五月までほったらかしにしないと魔力が抜けなくて暴れる、って。まぁ、安全に片付けるには婚期を逃す必要がある訳だけど」
「ああ、一言も言ってないな。ついでに言えば、あの外見を雛人形とは普通呼ばないから、私の婚期はまだ無事なはずだ」
「親王、随身、官女、囃子。典型的なラインナップだったはずよ。ちゃんと貴女の婚期が遅れるようにと書棚の本という本をひっくり返して確認したし、わざわざ引き籠もりの魔法使いに人形を作らせたのよ? それの何が違うというのかしら?」
「だったら男雛に私の顔を使うな。女雛の顔が右がアリスで左がパチュリーとか何の嫌がらせだ。あと三人官女と見せかけてフォーオブアカインドなフラン人形とかおかしいだろういくらなんでも。いや、そもそも我等封印されし五人囃子とか言ってバラバラになってる囃子が合体してマスタースパークばりの弾幕を撃つとか、ないだろ普通」
魔理沙の溜息が書斎の一角に響き渡る。
家が吹っ飛んだという言葉通り、魔理沙が着ているのは常に彼女が愛用している白と黒を基調とした服ではなく、アリスが観賞用の人形に好んで着せるいたるところにリボンがあしらわれた白とピンクを記帳とした色のドレスだ。文字通り着の身着のままでアリス宅に転がり込んだ魔理沙を待ち構えていたのは、渡された色とりどりのドレスだった。
アリス曰く、「人形用に作るのに一度人間大で作る必要があったのよ」と言うだけあって、その造形はしっかりとしたものだった。パチュリーにしてみれば、なぜサイズを弄らずに魔理沙が着ることが出来たのが疑問なのだが。
そんな着倒れの日々も魔理沙にしてみれば「うっかりするとウエディングドレスを着せられそうだ」ということで早々に切り上げたいものだったが、別の服をとの話を持ち出したものの肝心の家主はとりつく島もなく、かといってもう一方は体型を理由ににべもなかった。アリスに言わせれば、着た際に胸元を覗き込んで溜息をつく魔理沙が可愛いのにと、共犯者の応対が不満で仕方がなかったのだが。
「香霖がツケてくれればなぁ」
「心底しみじみ言ってる魔理沙には悪いけど、吹っ飛んだ家を見てもまだツケてくれる店主が居る訳ないでしょうが」
「そこは私と香霖の関係だぜ」
「真っ青な顔で駆け付けてくれたそうじゃない。それだけでも感謝するべきじゃないのかしら? あれでも動じるってことがあるんだから驚きだけどね」
「ついでに家に泊めて貰えば良かったんだけどね。『生憎と香霖堂の看板は商品だけで十分だよ。娘は要らないよ』なんて言われて袖にされたんだからまぁ立派な関係かしら?」
その言葉に、ふん、と鼻を鳴らすと、会話はこれまでと魔理沙はまた筆を動かし始める。一刻も早く、この絵を仕上げて売りさばかねば、と。そうしなければ、うっかりウエディングドレスを着ることになるかもしれないのだから。
タイトルなら決まっている「とある魔女達の情事」。
春画っぽくすればよく売れるだろうと内心の笑みを押し隠し、ただただ筆を動かす。上へ下へ、右へ左へと。ただただ祈りながら、筆を動かす。
高値で売れますように、と。
――少女描画中――
金は死んだら払うぜ☆
さてウェディングはいつですか?w