ぷるんぷるん。今日も元気だ。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが」
小悪魔が紅茶を出しながら言って、でもそのあとが続かない。もにょもにょと言葉を濁しながら、しかし目線はちゃあんとそっちに向いているから、私は仕方ない風を装って、あれのこと? と言う。
「はい、その」
「触手よ」
「はあ」
「あなたの想像の通り、よくエロ同人誌で私が襲われたりするアレよ」
「あの、今月の紅魔館はメタ発言禁止令強化月間よ! って昨日お嬢様が」
「大丈夫、レミィのことだから今日もそんなこと忘れて霊夢や咲夜と結婚する運命でも引き寄せまくってるわ、同人的な意味で」
「……はあ、なんかもう、いいです」
これだから偉い人らは、なんてぽつりと聞こえるのをスルーする私。小悪魔もいろんなスルースキルが育ってきたと見えて、さっさと目線を戻す。赤い絨毯の上で元気にうねっている触手。反ゲル状っぽい身体がぷるんぷるんしている。
「ペットよ」
「あ、オチが見えました」
「上手く飼い慣らせれば可愛いものよ」
「とりあえずタオルを大量に持ってきておきますね?」
「別に魔理沙にけしかけてイヤン馬鹿ん、みたいなことにはならないから安心なさい。それに、触手と聞けばそういうふうに考えるのがよくないわ。これだから低級悪魔は。サキュバスだっけ?」
「ひどいです悪魔差別です」
「あなたも触手差別よ」
「えー」
「ほら、ハイゼンベルクが怯えてるじゃない」
「それ名前ですか!? 不確定性原理を導きそうですねぇ!?」
小悪魔の大声のつっこみに、ハイゼンベルク(仮)は赤い絨毯の上でいよいよ縮こまる。ぬらぬらと光っていた体液は乾き、うねらせていた身体を短くして元気のないイソギンチャクのよう。そうして、ぷるぷる、ぷるぷる、ぼく悪い触手じゃないよ、とでも主張するような……視線を感じたのは気のせいか。目とか無いけれど。
「っていうか仮名なんですねハイゼンベルク」
「ほら、触手だからって暴れまわるもの、って先入観を持っちゃいけないわ、謝りなさい」
「う……」
ハイゼンベルク(仮)はぷるぷるしている。その様子たるや、怯えるロングコートチワワ。触手だけど。あ、怯えすぎて緑色の液体を吐いた。
「ぎゃあ」
「ほら。繊細なのよこの子」
「めんどくさい触手ですね!?」
「また縮こまったじゃない」
塩をかけたナメクジみたいになってぷるぷるしてる。
「うう……そ、その、ごめんね? は、ハイゼンベルク(仮)」
小悪魔が笑いかける。ハイゼンベルク(仮)の動きがぷるぷるから次第に→ぷるんぷるんになってゆく。ちょっとうかがうような仕草で、少しずつ触手を伸ばし始める。恐る恐る、といった感じだけれど、小悪魔への怯えはやわらぎつつあるようだ。
「じゃあ、私は魔導書の執筆に忙しいからこの子の世話をしてあげて」
「……わかりましたぁ」
小悪魔が若干やつれたように思う。
「慣れれば、可愛いわよ」
「そう思えるように善処します」
紅茶を飲むと、ほどよい温度に下がっている。小悪魔のパタパタという足音を背中に聞きながら。私は羊皮紙にペンを滑らせる。ぷるんぷるんとハイゼンベルク(仮)の震える音がして、私はひどく上機嫌だ。やがて、ぱたぱたと小悪魔が戻ってきたようだった。
「あ、そういえば言い忘れたけれど、水分を与えちゃ駄目よちょっとの水分でものすごく増殖して見境なく人を襲い始めるから」
「えっ」
がちゃーん、とティーカップの割れる音がする。