里で行われた人気投票。その結果に、メルランは愕然としてた。
ルナサもリリカも高い人気を誇っていたのに、自分だけ断トツの最下位だったのだ。
これは姉の陰謀ではないかと文句を言ってみたけれど、結局受け入れて貰えず。泣く泣く、メルランは最下位という汚名をかぶることとなった。
だが、これに甘んじている騒霊ではない。
密かに森の奥で特訓をして、演奏の腕に更なる磨きをかけていた。
姉や妹よりも素晴らしい音を出せたのなら、きっと人気だってついてくるはずだ。
「負けないわよー!」
メルランの特訓は時として一日中行われ、休むことはなかったという。
その甲斐あってか、メルランの演奏は一際輝き、姉や妹も羨むほどの人気を手に入れたんだとか。
めでたし、めでたし。
一方その頃、メルランの演奏を聴き続けていた雛のテンションは振り切れていた。
メルランが演奏していたのは妖怪の山の森。雛が住み、雛が暮らしていた森の中である。
「この回転、誰にも止めることはできないわよ!」
すっかりハイテンションが染みついてしまった雛の回転力は、かの永江衣玖すらも舌をまくほどで、今月号の創刊『回転する厄神』では堂々の表紙を飾ったぐらいだ。
時間が経つにつれ雛の回転はますます勢いをつけ、やがて地面から焦げ臭い匂いがし始めた頃。
雛は回転しながら空へと飛び立っていった。
そう、目指すのは宇宙である。
「ふふふ、宇宙の厄はさぞや凄いんでしょうね!」
さすがは厄神。真空中でも顔色一つ変えずに、そのまま慣性の法則に従って飛んでいく。
宇宙というのは真っ黒なところだと思っていたのだが、案外明るいものだ。
太陽が近づいたおかげであろう。
いっそこのまま太陽に突っ込み、冬の寒さを吹き飛ばすような太陽風呂にでも浸かろうと思ったのだが、生憎と脱衣場がどこにも見あたらない。
さすがにハイテンションの雛とて、宇宙空間で全裸になるつもりはなかった。
渋々諦め、大人しく宇宙空間を漂っておく。
「とりあえず、どこに行こうかしら」
宇宙の厄と言っても、どこにあるのか検討もつかない。
なにしろ右も左も文字通り分からないのだ。
「月にでも行ってみようかしら」
噂に聞いた程度だが、幾人かの妖怪が月へと足を踏み入れたことがあるんだとか。あんな所にどうやっていったのか疑問に思っていたのだけれど、なんてことはない。
飛んでいったのだ。現に、こうして雛は飛んでいる。
「月の厄ってのも、なかなかに業が深そうね」
目的地は決まった。厄を噴出して方向を変え、月へと進路をとる。
まだ見ぬ大地は雛を歓迎するように広がり、荒れ果てた土地は厄の存在を匂わせる。
遠目からしても、月はとても魅力的な星だ。
いずれは行ってみたいと思っていた夢が、まさかこんな形で叶うだなんて。
喜びを胸に、雛は月へと降り立っていく。
「ここが月……」
想像していた光景と違わず、何もないところだった。他の妖怪達はここへ来て、一体何をしていたのだろう。
厄の気配も全くない。これはひょっとすると、何か壮大な勘違いをしていたのかもしれない。
雛が自らの過ちに気付き始めたところで、岩山の影に生物らしきものを目撃した。
兎の耳に酷似したものが、こちらに姿を覗かせていたのだ。
「あ、あれはまさか……」
雛は駆け出す。
もしも想像が正しかったとするならば、とんでもない大発見をしてしまったことになる。
「もしかして厄星人!」
厄星人とは雛が寝る前に考えついた宇宙人のことで、身体中からヤクトロン粒子を放出して周りの人間を不幸のどん底に突き落とすのだ。容姿は兎に似ており、うっかり近づくとバナナの皮で転けてしまう。
それがまさか、月にいただなんて。
岩山にたどり着いた頃には、厄星人の姿は見えなくなっていた。
だが、間違いなくここにいたのだ。足下の岩肌に触れてみる。
「冷たい……まだ遠くには行ってないわね」
厄星人の体温は低い。いま決めた。
辺りを見渡し、再び兎の耳らしきものを見つける。
すぐさま駆け出した雛は、もう逃がさないとばかりに耳らしきものを掴みとった。
いくら厄星人がヤクトロン粒子を放出しようと、厄神である雛には通用しないのだ。
厄星人は必死に抵抗しながら、雛を離そうと腕を伸ばしてくる。
だが、ここで負けては厄神の名が廃るというもの。
雛も対抗し、二人は月の砂漠を転がっていった。
互いが砂まみれになったところで、ようやく勝負が決する。
「ふふふ、とうとう観念したようね」
厄星人はぐったりと項垂れ、一切の抵抗を止めた。しかし、見れば見るほど兎に似ている。いや、どちらかというと兎が人間になったらと表現するべきか。
「さあ、あなたの厄を回収させて貰うわよ」
厄星人の厄だ。さぞや溜まっているものだと思ったら、さほどの量は採れなかった。
どういうことだろう。ヤクトロン粒子を放出しているのではなかったのか。
それともまさか、これはただの兎型の宇宙人だったとでも言うのか。
ぐったりしていた厄星人らしき何かが、力無く言葉を紡ぐ。
「うう、痛い……」
その言語はまさしく、雛が普段から使っているものに他ならない。
だとすれば、そこから導き出される結論は一つ。
「まさか、ここは地球!?」
月である。だが、雛は全く気付かない。
「宇宙空間を漂っている間に、時間が進んでしまったとでも言うの!」
ちなみに雛の背後では、変わらぬ姿の地球が青々と輝いていた。
兎にも角にも、これはチャンスだと兎の姿をした何かは逃げ出す。雛に、それを追いかけているだけの余裕はなかった。
月の石に、ぽつりぽつりと涙がこぼれる。
「どうして、こんなことに……」
悔やんだところで何も変わらない。
時の流れには、一切の感情が存在していないのだから。
高かったテンションが次第に鎮まり、ようやく普通の雛が戻ってくる。
黒い宇宙空間を眺め、そして背後の地球を見遣った。
「帰ろう……あの星へ」
飛び立った雛の後を追うように、先程の戦いで厄にまみれた石やら岩が飛んでくる。
それらは一つの塊となって、幻想郷へと落下していった。
翌日、フランドールが隕石を破壊した記事が文々。新聞を賑わしたという。
〉 厄星人の体温は低い。今決めた。
焼酎吹いたwww
ちょっと待て w
厄のロケット噴射と厄星人に負けた.
一つ言えるのは、月兎さん無事に逃げられてホント良かったねということだけだ。
ルナサにハイなテンション鎮めてもらうと良いですよ。