「なぁ、なんで小悪魔って、小悪魔って呼ぶんだ?」
五日ぶりに客として入館した魔理沙は、じっとりとした視線を送り続ける書架の主にそう尋ねる。
「藪から棒に何よ」
「いやな、ここに来る度に思うんだが、なんであいつは名前で呼ばれないんだ? やっぱり悪魔だから名前は拙いのか?」
「一応、魔法使いとして悪魔の名前の意味を理解してるのね」
えらいわねー、とパチュリーは手を叩く。ただしジト目で。
「それだけの知識を自前で身につけられれば言うこと無いのにね」
「車輪の再発明は時間の無駄だぜ。特に私みたいな時間が無い人間にはな」
横合いからの呆れた声に対して、悪びれることなく、パチュリーの蔵書のおかげだと笑う魔理沙を見て、何度目かの溜息を零す。
「同じ被害者として同情するわ」
「そう、じゃぁ、貴女の家にある私の本を返して頂戴」
「あら、あれは魔理沙の家にあったものを借りただけよ? 返すなら魔理沙に返すわ」
勿論、魔理沙が私の本を返してくれればね、とアリスは返事をする。おいおい人の家から物を無断で持ってくなんて酷いんだぜ、と嘆く白黒の頭を本の角で五、六発殴りたい衝動に駆られつつも続きを促す。
「それで、何よ結局。小悪魔がどうしたっていう訳?」
「あぁ、それだそれ。なんで小悪魔は小悪魔としか呼ばれないんだ?」
「あー、魔理沙? 人の家にはそれぞれに事情というものがあるのよ?」
「それは、お前の家に大体月に一回は駆け込んでくる自立できない母親のことか?」
「あのね、アリスの家みたいに面白可笑しいゴシップな関係にしないでくれないかしら?」
「ちょっと、ゴシップな関係って何よ」
「で、なんで小悪魔は小悪魔なんだ?」
早く早くと続きをねだる童のようにせかす魔理沙に、パチュリーは、
「呼んでも意味がないから、よ」
そう、告げる。
「意味がないって」
その言葉の真意が理解できずにアリスはパチュリーの言葉をなぞる。パチュリーはそこでようやく魔理沙の表情から、彼女が何故こんな質問をしたのかを理解する。そして、彼女は捻くれてはいるが性根はどこまでも真っ直ぐだったことを思い出した。
そう、霧雨魔理沙という魔法使いは、あろうことか他所様の使い魔の身上を案じていたということに。そのことに思い至ったとき、パチュリーは久しぶりに、控えめにしかし声を出して笑った。
「そういうことね。それじゃぁ、答えない訳にはいかないわね」
「別に答えたくないなら、それでも良かったんだけどな」
まだ、くつくつと笑うパチュリーに対して、なぜ笑っているか察しがついた魔理沙は不愉快そうに鼻を鳴らす。
「まぁ、答えを直ぐに教えてもいいんだけど、それだけだと未熟者には理解できないでしょうから、一つ実験に協力しなさい」
被験者はどっちでもいいわ、と告げた事に対して、アリスは未熟者って、私もなの? と憮然とした表情を見せる。
魔理沙が、只で聞くのは悪いしな、それならアリス君が協力してくれるぜ、と混ぜっ返す。
「じゃぁ、試しに『小悪魔』って十回言ってご覧なさい」
「まぁ、よく分からないけどやればいいんでしょ、やれば」
それじゃぁ、とアリスは息を吸い込むと、
「こあくまこあくまこあくまこあくまこあくまこあくまこあくまこあくまこあくまこあくま!」
一息で言い切る。その様にぱちぱちと魔理沙が手を叩く。パチュリーはその様子に満足そうに頷き、
「じゃぁ、魔理沙。貴女もやりなさい」
「おいおい、私もか?」
「知りたいんでしょ?」
「急にその気が無くなっ」
「いいからさっさとやりなさい」
アリスの言葉に恨めしそうにできるヤツは良いよな、とぶつぶつと零す。そして、アリスと同じように息を吸い込むと、
「こあくまこあくまこあくまこあくまこまくまこまくまこまきゅま
見事に噛んだ。
だから早口言葉はイヤなんだ、とうっすらと涙目になる魔理沙に対して、誰も早口にしろなんて言ってないでしょ、と言いながら紅茶を啜るアリス。
「なぁ、もう一度やらないとダメか?」
「そりゃ、言えてないんだからダメなんじゃないの? 途中違ってるし」
「できることを鼻にかける女は嫌われるんだぜ」
「できないことを放り投げる女は箸にも引っ掛からないわよ?」
パチュリーは魔理沙を一別すると、別に二度もやる必要はないわ、と告げる。
「で、結局なんだったんだ?」
言外につまらない理由だったら、との空気を滲ませる魔理沙。それに対して、パチュリーは魔理沙の手を指差すと、
「貴女、『小悪魔』って言った回数を数えようと親指から伸ばしていったわよね」
「ああ。それがどうした?」
「アリスはどうやって数えるのかしら?」
「あまりしないけど…………、そうね、数えるとしたら親指から折るかしら?」
「『小悪魔』はね、それが毎日変わるのよ」
パチュリーの言葉に魔理沙とアリスは顔を見合わせ、
「それはない」
「ないわね、それは」
否定する。それに対し、
「私の時と同じ反応をありがとう」
パチュリーは、余裕の表情を浮かべて返す。そこで、紅茶を啜り一息つくとカップを持っていた手を折って見せながら
「普通は物の数え方だとかの癖なんていうのは、当人がよほど意識しなければそう簡単に変えられるものじゃないのよ」
誰かさんが忍び込むときは右足から入るとかね、と付け加えるとさらに続ける。
「それに意識したとしても、精々それとは逆のやり方をするぐらいで、まったく別のやり方にしようなんて、できないのよ。例えば、今魔理沙のことだから、次は左足からとか考えてるだけでしょ? 『小悪魔』だとしたら、後ろ向きに入ってきたりとか、逆立ちしながら入ってきたりとか、まぁ、そんな感じよ」
「なんか、一気に魔理沙さんの発想が貧困だと貶された気分だ」
「まあ、あんたが貧相なのはよく知ってるけど、さっきの数え方でいえば、小指から折ったり、人差し指から伸ばしたり、ってことよね?」
「ええ、そういうことよ」
「そんな癖なんて変えられるものなの?」
アリスの問いに、パチュリーは頭を振ると、
「『小悪魔』は癖を変えてるんじゃないのよ、自分を変えているの」
いよいよもって不可思議な答えに魔理沙は頭をかくと。
「なんだ、その、自分を変えるって?」
「言ってしまえば、ジキルとハイドみたいなものかしら」
「多重人格、ってヤツか?」
「それは無いわね。貴女みたいに毎日接している訳じゃないけど、あの娘の出す紅茶の味は一定よ」
紅茶とか料理の味は人格の一種。それが同じってことは同じ人格だと考えて良いはずよ、とアリスはパチュリーの言葉に物言いをつける。
「そうね。私もそこに引っ掛かった訳だけど、神社の鬼がいるでしょ?」
「萃香の事か?」
「ええ。あの鬼みたいな、小悪魔は『小悪魔』という群体なのよ」
「これはまた、凄い話ね」
「あら、これでも筋は通っているわよ? 小悪魔の基本は私の衣食住を満たすこと。それ以外の事に関してはあの『娘』の裁量。だから、関係ない数の数え方は個体によって違うけど、基本である紅茶の味は変わらない」
パチュリーは冷めかけた紅茶で喉を湿らせるとさらに続ける。
「言わば、小悪魔とは種族かはたまた職業の一種か。なんにせよ、表に出てくるのは一個体だけだし、それぞれで癖が異なるから、一々名を呼ぼうとしたら、そうね、恐らく毎回自己紹介を求める必要があるでしょうね。今でもあの『娘』の観察は続けているけど、微妙なところが違うのよ。ヘタをしたら時間でね」
だから無駄、そういうことなのよ、とパチュリーは締めくくった。
「そうか、てっきり私は、呼んだのは良いが教えられた名前を一晩で忘れて、聞くに聞けなくなって結局意地になって小悪魔って呼んでるんだとばかり思ってたぜ」
「そうね。実はすぐに帰る気でいたから偽名で契約したのはいいけれど、適当に付けすぎて当人も忘れてしまって名乗れずにいるのだとばっかり思ってたわ、私は」
「お互い、素直にそう言い合うには年を取りすぎたのよ」
そう言って、日陰の少女はもう一度だけ肩を竦めたのだった。
――魔女雑談中――
魔理沙とアリスが小悪魔と呼んだから…ってことかな?
なんかオチがよくわからなかったです…
個人的には小悪魔は図書館に何人かいると思ってる。
マリスとかアリサとか?
それとも何人かいて魔理沙とアリスって言う名前の小悪魔もいるって事?
ちょっと良く判らなかったデスorz
途中経過は面白かったです