博麗神社周辺から、間欠泉が湧き出て数日。
温泉目当てで参拝客が増えると希望的観測をもった巫女の思惑は外れた。
其処からは、湯だけでなく、地底に封じられた異形のモノたち――地霊も出現したのだ。
異変を解決すべき者たちは、しかし、すぐには動かなかった。
彼女たちの判断は、地上の妖怪たちの不興を買う事になる。
妖怪たちは感じていた――地底に住む妖怪は危険だ、と。
人形遣いは不気味な力を感じた為。
魔女は本でしか知らぬ怨霊の調査の為。
河童は聞き及んだ究極のエネルギーを手に入れんが為。
各々が各々の思惑を持ちつつも、地上の妖怪たちは異変を解決すべき人間たちを促した――。
「――と、言う訳で」
場所は紅魔館にある大図書館。
「理由はまぁ、別にして」
丸いテーブルを囲むのは、人形遣い、魔女、河童。
「盟友にゃ、きっちり最後まで行ってもらわなきゃいかんからね」
促した人間――霧雨魔理沙のサポートをより良くする為、彼女たちは集まっていた。
「ん、少し違うわ」
「およ、途中でリタイヤOK?」
「じゃなくて。ちゃんと帰ってきてもらわないと」
首を振るアリスににとりが問い、パチュリーが返す。
応えに、にとりはぽんと手を打った。
「出来れば無傷で、かね」
にっこり。
「……そこまでは言っていないわ」
パチュリーのぶっきら棒な返答に、アリスも微苦笑して頷いた。
こくりこくり。
紅茶で喉を潤すサンニン。
テーブルには勿論のこと、茶菓子も用意されていた。
こくん、と真っ先に飲みほしたにとりが、口を開く。
「私は魔力の事、良く分かんないけどさ。
全員でサポートするってのは駄目なんかね?
通信媒体はこっちでどうにかできるし……と、ありがと」
ポットから再度紅茶を注ぎながら、アリスが応える。
「どういたしまして。
ん、それも考えはしたんだけどね。
でも、駄目……と言うよりは、出来ないのよ」
カップから口を離し、パチュリーが補足する。
「妖怪三体分の‘力‘ってのはそう軽いものではないわ。
優秀な魔法使いと言えど、簡単には扱えない。
……魔理沙が優秀かどうかは置いといて」
はいはい、とおざなりに流すアリス。
パチュリーが恨めしそうな視線を向けた。
やり取りに、にとりは苦笑と共に手を打ち、頷く。
「軽量級二足歩行にKARASAWAとWXシリーズは重量過多って訳だ」
「……何の話?」
「いやいや」
問うパチュリーに、なんでもないと手を振るにとり。
因みに無印の話だ。
いやいや。
こと……、とカップをテーブルに置き、アリスがフタリの注意を集める。
「ともかく……だから、誰が最もサポートに適しているか、考えましょう」
各々の言葉で了承の意を返すパチュリーとにとり。
フタリに異論などあろう筈もない。
無論の事、アリスにも。
何故なら、霧雨魔理沙は――。
「改めて、私の支援方法を言っておくわ。
人形によるレーザー弾幕で、集中時には拡散するの。
遠隔霊撃は、当の人形を一つ使って形成する、より強力なレーザー……ってところ」
「じゃあ、続けて……。
火水木金土の精霊符による五種類の支援が主ね。
通常弾幕では別々だけど、霊撃では使用者を中心にして五曜の魔力が爆発するわ」
「あぃあぃ、最後はこっちだね。
‘力‘を魚雷に見立てて発射するんさ。
んで、霊撃はちょいと特殊でね。衝撃をなかった事にする……まぁ、防御って訳さ」
出そろった三つの‘力‘。
どれもが強力な支援となり得るだろう。
彼女たちには、甲乙つけがたく思えた。
けれど、選ばなくてはいけない。
唸る彼女たちだったが、ヒトリがゆっくりと口を開いた。
「私は、パチュリーがいいと思うわ」
視線を向けながら言うのは、アリス。
自身の顎に拳をあてながらの発言は、熟慮の結果だろう。
加えて、言葉にはそう思わせるだけの響きもあった。
「……何故?」
問い返すパチュリーに、アリスは丁寧に答えを並べる。
「どんな相手が出てくるかわからないもの。
或いは、属性によって大打撃を与えられる可能性もあるでしょう?
そうじゃなくたって、五種類の攻撃を切り換えられるのは魅力的だわ」
尤もな意見に、にとりも頷いた。
「切り換えられれば、ね」
しかし、当のパチュリーが頭を横に振る。
「魔理沙は貴女ほど器用じゃないわ。
並大抵の相手なら余裕もあるでしょうけど、それはただの希望的観測。
‘どんな相手が出てくるかわからない‘なら、最悪の可能性を想定すべきよ」
手近にあった本を抱き、パチュリーは続ける。
「だから――私は、彼女を推すわ」
視線の先には、にとりがいた。
急に矛先を向けられたにとりは、小さく声を零す。
「ひゅい?」
微かに上がる語尾に疑問の響きを感じ、パチュリーは己が論を述べた。
「‘最悪の可能性‘、この場合で言うと、要は被弾ね。
そのリスクを回避できるなら、勝るものはないと思うの。
魔理沙は、ほら、元からそそっかしいでしょう? 目新しい場所だとはしゃぐでしょうし」
幾つかの反論を頭の中で思い浮かべるアリスだが、概ね同意できた。特に最後。
「んー、期待してくれるのは嬉しいんだけど……」
けれど、歯切れの悪いにとり。
アリスとパチュリーは顔を見合わせ、視線で先を促した。
「正直、フタリの支援の方がいいと思う。
ディフェンスの立場なら別だけど、今回のはオフェンスだからね。
しかも、単独突破。私の通常支援は単機戦滅型だから、相手方が複数だと、ちょいと分が悪い」
頬を掻くにとりは、小さく口を開きかける。
「ご」
「だったら、パチュリーで決まりね」
「待って、アリス。にとりの意見を聞いていないわ」
目を白黒とさせるにとり。
言葉がかき消されたからではない。
そも、発言さえさせてもらえなかった。
彼女の謝罪は、白い二つの手により妨げられたのだ。
「ぷぁ、んぅ、じゃ、私の意見」
フタリの気遣いに微苦笑しつつ、にとりはそっと両手を外し、言った。
「っても、さっきので大体わかってると思うけど。――人形遣い、私はあんたに頼みたいさ」
真っ直ぐな視線に、一瞬、たじろぐアリス。
にとりの言とはつまり、複数を想定した弾幕戦。
先程、アリスは自身、言っていた。
集中時には拡散する、と。
「でも……」
「人形、一体って訳じゃないんだろう?」
「ええ……最大八体までストックできるわ」
ふむ、と唸り、パチュリーがにとりの後押しをする。
「と言う事は、霊撃も八回使用可能なのね?」
「緊急回避も八回使えるって訳だ」
「決まりじゃない」
我が意を得たり、とにとりも頷く。
「……決まりじゃないわ」
だが、アリスは視線を逸らし、呟く。
小さな声に、パチュリーとにとりは口を閉じる。
そして、代わりとばかりに見つめた。
二つの双眸がアリスを捉える。
向けられる真剣な眼差しに、アリスは逸らした視線を戻す。
「にとり、貴女の指摘の通り、私の通常支援は対複数に向いていると思うわ。
それと、パチュリー、霊撃の回数も、貴女の言う通り。
だけど、……だから、決まりじゃないの」
真っ向から向き合わないのは失礼と思ったからだ。
「どういう事さね?」
「挙げた例の中じゃ、貴女が……あ」
「……ええ、パチュリー。たぶん、貴女が思った通り」
頷かれ、パチュリーが顰め面を浮かべる。
にとりは首を傾げ、フタリを見た。
応えたのは、アリス。
「相手が並大抵なら、私の支援で十分にこなせると思うわ。
だけど、強力な妖怪を想定すると……じり貧なのよね。
この場合、八体って言うのは足かせよ」
眉を曲げ、それでも言いきるアリスの言葉には、苦渋と共に確かな響きがあった。
重い沈黙。
誰からともなく、カップを手に取った。
既に温くなった紅茶を胃に流し込み、真っ先に口を開いたのは――アリスだった。
「誰がついてもメリットデメリットはある、か」
続いたのは、パチュリー。
「そうね。考慮した上で、もう一度解答を出しましょう」
そして、にとりが締めくくった。
「盟友が、無傷で帰ってくるために、ね」
二度目の笑顔と発言に、アリスとパチュリーも、微笑みを浮かべたのだった。
何故なら、霧雨魔理沙は――彼女たちにとって、大切な人間であったから。
「……これは、伝統芸‘どうぞどうぞ‘の亜流なんでしょうか」
「何の話だ、何の」
「いえいえ」
サンニンの少女がいるのは、大図書館の一室で、所謂司書室。
その傍ら、カウンター席で背を向ける少女がフタリ。
ヒトリは図書館の司書である小悪魔。
「ったく、さっさと行かせろってんだ。あいつら、ほんとは私のサポートしたくないんじゃないか」
もう一人は、そう、促された人間――霧雨魔理沙。
言い放たれた嘆息に、小悪魔はくすくすと声を零す。
バツの悪い顔を向ける魔理沙。
「あら。そう思います?」
問うと、視線がそっぽを向いた。
「……ふん」
「愛でられてますねぇ」
「なんか嫌な表現だな、それ」
「言い直しましょうか?」
「もうそれでいい」
また、笑う。
と、長い耳に入ってくるサンニンの会話。
どうやら今度は逆回りを始めたようだ。
まだ暫くかかりそうだと思う小悪魔。
「長くなりそうだなぁ……おい」
「紅茶、淹れ直してきますね」
「ん……?」
小悪魔は席を立つ。
「ん、あぁ、頼む。
にしても、人が被弾する前提ってのは酷くないか。
それに、不器用だのなんだの。あいつら、実は私の悪口を言いたいだけじゃないのかちくしょう!」
怒声はしかし、小悪魔が辛うじて捉えられる程度の音量だった。
つまり、とても小さい。
そして――
「……私は、誰だっていいんだよ。誰だってな。
そりゃ、無傷ってのは難しいけどさ。
でも、帰ってくるぜ」
――続く言葉は、閉じた扉の音に、小悪魔でさえも聞きとれなかった。
「ちゃんと……大切な奴らの所に、さ」
――その頃、博麗神社の縁側。
「あのですね、霊夢さん、無茶は、具体的に言うと問答無用な無茶はいけませんよ?」
「地底にゃ厄介な奴が多いからねぇ、全面戦争は地上の妖怪も望んじゃいない」
「……あんたらね」
両の手を組みながら、射命丸文。
自身の顎に組んだ両拳をあてながら、伊吹萃香。
フタリの滅多に見ない真剣な表情にコメカミをひくつかせるのは、胡坐をかくもう一人の促された人間、博麗霊夢。
どうしようもない扱いに、まずこいつらからぶちのめしてやろうかと霊夢は思った。
「フタリとも、霊夢はそんな子じゃないわ」
だったが、突然に現れたもうヒトリの発言に、視線を向ける。
ほぼ同時に、どうと言う事もなく文と萃香も振り向く。
つい数秒前までは、誰もいなかった筈の後方に。
つまるところ、霊夢を促したもう一妖、八雲紫が其処に居た。
「もう……普段の言動の所為とは言え、貴女たちの様な大妖が惑わされちゃ駄目じゃない。
確かに少しばかり乱暴な所もあるけれど、霊夢はとても優しい子。
だけど、信念を持って異変を解決しているのよ」
だから――顔を見合わせる文と萃香に、紫が続けた。
「私たちは、その思いに応えるよう、力を尽くしましょう」
優しい声。
柔らかな響き。
そして、魅力的な尻。
フタリは霊夢と視線を合わせ、サンニン同時に口を開いた。
「こっち見ろ」
紫は明後日の方向を向いている。
「だって! 幾ら私でも旧友を前にして嘘はつけないわ!?」
「紫……私の事を考えてくれたんだね!」
「おぉ、なんと美しい友情か……!」
胸に手を当て叫ぶ紫。
そんな紫に抱きつく萃香。
カメラを回す事も忘れ、文は目元を拭う。
どうでもよくなってくる霊夢であった。
立ち上がりかけたその時、風を感じる。
直後、頬を擽る少し癖のある髪。
続いて、背に当たる胸。
「わざとじゃないところがむかつくわ」
「あの、それだけですか」
「いらっしゃい、早苗」
凪のような静けさで現れ、霊夢を後ろから抱き竦めるのは、東風谷早苗だった。
「お邪魔しています、霊夢さん」
「ん。珍しいわね、玄関から来るなんて」
「此方の方で大きい‘力‘を感じたので……」
そのままの態勢で続ける二人。
「怖気づいちゃいました」
「だったら逃げなさいよ」
「あ。それもそうですね」
「下手な照れ隠し」
「あはは……」
から笑いを風に流し、早苗が問う。
「……何か、あるんですか?」
「んー、ちょっとね」
「宜しければ」
続く言葉は、唐突に立ち上がった霊夢により繋げられなかった。
振り向き、膝をつく早苗を見る霊夢。
真っ直ぐな視線は、先の言葉を予想させるに十分だった。
故に、霊夢も逸らさず、それでも不承不承に、言う。
「今回はあいつらが支援してくれるらしいから。
ま、どうとでもなるんじゃない?
張り合いはないけどね」
親指で後ろを示す霊夢は、微笑を浮かべていた。
「……わかりました。では、張り合いを」
小さな嘆息を零した後、早苗もまた、微笑う。
「ん、どういう事?」
「サラダ……は、駄目だ」
「へ?」
「あ、いえ」
「なんなのよ」
「戦場に赴く方にサラダの約束は駄目なんです。常識です」
「なんの常識よ」
アストナージさぁーん!
吠える早苗に霊夢は半眼を飛ばす。
気にせず揺るがず、早苗が続ける。
「なので、美味しいデザートと御飯を作って待っていますね」
「やたっ! それは早いとこ帰ってこないと!」
「ふふ、はいっ」
言葉は、確かに霊夢に張り合いを与えたのであった。
「……あれ、順番逆じゃない?」
「そう言えばそうですね」
「まぁいっか」
<了>
温泉目当てで参拝客が増えると希望的観測をもった巫女の思惑は外れた。
其処からは、湯だけでなく、地底に封じられた異形のモノたち――地霊も出現したのだ。
異変を解決すべき者たちは、しかし、すぐには動かなかった。
彼女たちの判断は、地上の妖怪たちの不興を買う事になる。
妖怪たちは感じていた――地底に住む妖怪は危険だ、と。
人形遣いは不気味な力を感じた為。
魔女は本でしか知らぬ怨霊の調査の為。
河童は聞き及んだ究極のエネルギーを手に入れんが為。
各々が各々の思惑を持ちつつも、地上の妖怪たちは異変を解決すべき人間たちを促した――。
「――と、言う訳で」
場所は紅魔館にある大図書館。
「理由はまぁ、別にして」
丸いテーブルを囲むのは、人形遣い、魔女、河童。
「盟友にゃ、きっちり最後まで行ってもらわなきゃいかんからね」
促した人間――霧雨魔理沙のサポートをより良くする為、彼女たちは集まっていた。
「ん、少し違うわ」
「およ、途中でリタイヤOK?」
「じゃなくて。ちゃんと帰ってきてもらわないと」
首を振るアリスににとりが問い、パチュリーが返す。
応えに、にとりはぽんと手を打った。
「出来れば無傷で、かね」
にっこり。
「……そこまでは言っていないわ」
パチュリーのぶっきら棒な返答に、アリスも微苦笑して頷いた。
こくりこくり。
紅茶で喉を潤すサンニン。
テーブルには勿論のこと、茶菓子も用意されていた。
こくん、と真っ先に飲みほしたにとりが、口を開く。
「私は魔力の事、良く分かんないけどさ。
全員でサポートするってのは駄目なんかね?
通信媒体はこっちでどうにかできるし……と、ありがと」
ポットから再度紅茶を注ぎながら、アリスが応える。
「どういたしまして。
ん、それも考えはしたんだけどね。
でも、駄目……と言うよりは、出来ないのよ」
カップから口を離し、パチュリーが補足する。
「妖怪三体分の‘力‘ってのはそう軽いものではないわ。
優秀な魔法使いと言えど、簡単には扱えない。
……魔理沙が優秀かどうかは置いといて」
はいはい、とおざなりに流すアリス。
パチュリーが恨めしそうな視線を向けた。
やり取りに、にとりは苦笑と共に手を打ち、頷く。
「軽量級二足歩行にKARASAWAとWXシリーズは重量過多って訳だ」
「……何の話?」
「いやいや」
問うパチュリーに、なんでもないと手を振るにとり。
因みに無印の話だ。
いやいや。
こと……、とカップをテーブルに置き、アリスがフタリの注意を集める。
「ともかく……だから、誰が最もサポートに適しているか、考えましょう」
各々の言葉で了承の意を返すパチュリーとにとり。
フタリに異論などあろう筈もない。
無論の事、アリスにも。
何故なら、霧雨魔理沙は――。
「改めて、私の支援方法を言っておくわ。
人形によるレーザー弾幕で、集中時には拡散するの。
遠隔霊撃は、当の人形を一つ使って形成する、より強力なレーザー……ってところ」
「じゃあ、続けて……。
火水木金土の精霊符による五種類の支援が主ね。
通常弾幕では別々だけど、霊撃では使用者を中心にして五曜の魔力が爆発するわ」
「あぃあぃ、最後はこっちだね。
‘力‘を魚雷に見立てて発射するんさ。
んで、霊撃はちょいと特殊でね。衝撃をなかった事にする……まぁ、防御って訳さ」
出そろった三つの‘力‘。
どれもが強力な支援となり得るだろう。
彼女たちには、甲乙つけがたく思えた。
けれど、選ばなくてはいけない。
唸る彼女たちだったが、ヒトリがゆっくりと口を開いた。
「私は、パチュリーがいいと思うわ」
視線を向けながら言うのは、アリス。
自身の顎に拳をあてながらの発言は、熟慮の結果だろう。
加えて、言葉にはそう思わせるだけの響きもあった。
「……何故?」
問い返すパチュリーに、アリスは丁寧に答えを並べる。
「どんな相手が出てくるかわからないもの。
或いは、属性によって大打撃を与えられる可能性もあるでしょう?
そうじゃなくたって、五種類の攻撃を切り換えられるのは魅力的だわ」
尤もな意見に、にとりも頷いた。
「切り換えられれば、ね」
しかし、当のパチュリーが頭を横に振る。
「魔理沙は貴女ほど器用じゃないわ。
並大抵の相手なら余裕もあるでしょうけど、それはただの希望的観測。
‘どんな相手が出てくるかわからない‘なら、最悪の可能性を想定すべきよ」
手近にあった本を抱き、パチュリーは続ける。
「だから――私は、彼女を推すわ」
視線の先には、にとりがいた。
急に矛先を向けられたにとりは、小さく声を零す。
「ひゅい?」
微かに上がる語尾に疑問の響きを感じ、パチュリーは己が論を述べた。
「‘最悪の可能性‘、この場合で言うと、要は被弾ね。
そのリスクを回避できるなら、勝るものはないと思うの。
魔理沙は、ほら、元からそそっかしいでしょう? 目新しい場所だとはしゃぐでしょうし」
幾つかの反論を頭の中で思い浮かべるアリスだが、概ね同意できた。特に最後。
「んー、期待してくれるのは嬉しいんだけど……」
けれど、歯切れの悪いにとり。
アリスとパチュリーは顔を見合わせ、視線で先を促した。
「正直、フタリの支援の方がいいと思う。
ディフェンスの立場なら別だけど、今回のはオフェンスだからね。
しかも、単独突破。私の通常支援は単機戦滅型だから、相手方が複数だと、ちょいと分が悪い」
頬を掻くにとりは、小さく口を開きかける。
「ご」
「だったら、パチュリーで決まりね」
「待って、アリス。にとりの意見を聞いていないわ」
目を白黒とさせるにとり。
言葉がかき消されたからではない。
そも、発言さえさせてもらえなかった。
彼女の謝罪は、白い二つの手により妨げられたのだ。
「ぷぁ、んぅ、じゃ、私の意見」
フタリの気遣いに微苦笑しつつ、にとりはそっと両手を外し、言った。
「っても、さっきので大体わかってると思うけど。――人形遣い、私はあんたに頼みたいさ」
真っ直ぐな視線に、一瞬、たじろぐアリス。
にとりの言とはつまり、複数を想定した弾幕戦。
先程、アリスは自身、言っていた。
集中時には拡散する、と。
「でも……」
「人形、一体って訳じゃないんだろう?」
「ええ……最大八体までストックできるわ」
ふむ、と唸り、パチュリーがにとりの後押しをする。
「と言う事は、霊撃も八回使用可能なのね?」
「緊急回避も八回使えるって訳だ」
「決まりじゃない」
我が意を得たり、とにとりも頷く。
「……決まりじゃないわ」
だが、アリスは視線を逸らし、呟く。
小さな声に、パチュリーとにとりは口を閉じる。
そして、代わりとばかりに見つめた。
二つの双眸がアリスを捉える。
向けられる真剣な眼差しに、アリスは逸らした視線を戻す。
「にとり、貴女の指摘の通り、私の通常支援は対複数に向いていると思うわ。
それと、パチュリー、霊撃の回数も、貴女の言う通り。
だけど、……だから、決まりじゃないの」
真っ向から向き合わないのは失礼と思ったからだ。
「どういう事さね?」
「挙げた例の中じゃ、貴女が……あ」
「……ええ、パチュリー。たぶん、貴女が思った通り」
頷かれ、パチュリーが顰め面を浮かべる。
にとりは首を傾げ、フタリを見た。
応えたのは、アリス。
「相手が並大抵なら、私の支援で十分にこなせると思うわ。
だけど、強力な妖怪を想定すると……じり貧なのよね。
この場合、八体って言うのは足かせよ」
眉を曲げ、それでも言いきるアリスの言葉には、苦渋と共に確かな響きがあった。
重い沈黙。
誰からともなく、カップを手に取った。
既に温くなった紅茶を胃に流し込み、真っ先に口を開いたのは――アリスだった。
「誰がついてもメリットデメリットはある、か」
続いたのは、パチュリー。
「そうね。考慮した上で、もう一度解答を出しましょう」
そして、にとりが締めくくった。
「盟友が、無傷で帰ってくるために、ね」
二度目の笑顔と発言に、アリスとパチュリーも、微笑みを浮かべたのだった。
何故なら、霧雨魔理沙は――彼女たちにとって、大切な人間であったから。
「……これは、伝統芸‘どうぞどうぞ‘の亜流なんでしょうか」
「何の話だ、何の」
「いえいえ」
サンニンの少女がいるのは、大図書館の一室で、所謂司書室。
その傍ら、カウンター席で背を向ける少女がフタリ。
ヒトリは図書館の司書である小悪魔。
「ったく、さっさと行かせろってんだ。あいつら、ほんとは私のサポートしたくないんじゃないか」
もう一人は、そう、促された人間――霧雨魔理沙。
言い放たれた嘆息に、小悪魔はくすくすと声を零す。
バツの悪い顔を向ける魔理沙。
「あら。そう思います?」
問うと、視線がそっぽを向いた。
「……ふん」
「愛でられてますねぇ」
「なんか嫌な表現だな、それ」
「言い直しましょうか?」
「もうそれでいい」
また、笑う。
と、長い耳に入ってくるサンニンの会話。
どうやら今度は逆回りを始めたようだ。
まだ暫くかかりそうだと思う小悪魔。
「長くなりそうだなぁ……おい」
「紅茶、淹れ直してきますね」
「ん……?」
小悪魔は席を立つ。
「ん、あぁ、頼む。
にしても、人が被弾する前提ってのは酷くないか。
それに、不器用だのなんだの。あいつら、実は私の悪口を言いたいだけじゃないのかちくしょう!」
怒声はしかし、小悪魔が辛うじて捉えられる程度の音量だった。
つまり、とても小さい。
そして――
「……私は、誰だっていいんだよ。誰だってな。
そりゃ、無傷ってのは難しいけどさ。
でも、帰ってくるぜ」
――続く言葉は、閉じた扉の音に、小悪魔でさえも聞きとれなかった。
「ちゃんと……大切な奴らの所に、さ」
――その頃、博麗神社の縁側。
「あのですね、霊夢さん、無茶は、具体的に言うと問答無用な無茶はいけませんよ?」
「地底にゃ厄介な奴が多いからねぇ、全面戦争は地上の妖怪も望んじゃいない」
「……あんたらね」
両の手を組みながら、射命丸文。
自身の顎に組んだ両拳をあてながら、伊吹萃香。
フタリの滅多に見ない真剣な表情にコメカミをひくつかせるのは、胡坐をかくもう一人の促された人間、博麗霊夢。
どうしようもない扱いに、まずこいつらからぶちのめしてやろうかと霊夢は思った。
「フタリとも、霊夢はそんな子じゃないわ」
だったが、突然に現れたもうヒトリの発言に、視線を向ける。
ほぼ同時に、どうと言う事もなく文と萃香も振り向く。
つい数秒前までは、誰もいなかった筈の後方に。
つまるところ、霊夢を促したもう一妖、八雲紫が其処に居た。
「もう……普段の言動の所為とは言え、貴女たちの様な大妖が惑わされちゃ駄目じゃない。
確かに少しばかり乱暴な所もあるけれど、霊夢はとても優しい子。
だけど、信念を持って異変を解決しているのよ」
だから――顔を見合わせる文と萃香に、紫が続けた。
「私たちは、その思いに応えるよう、力を尽くしましょう」
優しい声。
柔らかな響き。
そして、魅力的な尻。
フタリは霊夢と視線を合わせ、サンニン同時に口を開いた。
「こっち見ろ」
紫は明後日の方向を向いている。
「だって! 幾ら私でも旧友を前にして嘘はつけないわ!?」
「紫……私の事を考えてくれたんだね!」
「おぉ、なんと美しい友情か……!」
胸に手を当て叫ぶ紫。
そんな紫に抱きつく萃香。
カメラを回す事も忘れ、文は目元を拭う。
どうでもよくなってくる霊夢であった。
立ち上がりかけたその時、風を感じる。
直後、頬を擽る少し癖のある髪。
続いて、背に当たる胸。
「わざとじゃないところがむかつくわ」
「あの、それだけですか」
「いらっしゃい、早苗」
凪のような静けさで現れ、霊夢を後ろから抱き竦めるのは、東風谷早苗だった。
「お邪魔しています、霊夢さん」
「ん。珍しいわね、玄関から来るなんて」
「此方の方で大きい‘力‘を感じたので……」
そのままの態勢で続ける二人。
「怖気づいちゃいました」
「だったら逃げなさいよ」
「あ。それもそうですね」
「下手な照れ隠し」
「あはは……」
から笑いを風に流し、早苗が問う。
「……何か、あるんですか?」
「んー、ちょっとね」
「宜しければ」
続く言葉は、唐突に立ち上がった霊夢により繋げられなかった。
振り向き、膝をつく早苗を見る霊夢。
真っ直ぐな視線は、先の言葉を予想させるに十分だった。
故に、霊夢も逸らさず、それでも不承不承に、言う。
「今回はあいつらが支援してくれるらしいから。
ま、どうとでもなるんじゃない?
張り合いはないけどね」
親指で後ろを示す霊夢は、微笑を浮かべていた。
「……わかりました。では、張り合いを」
小さな嘆息を零した後、早苗もまた、微笑う。
「ん、どういう事?」
「サラダ……は、駄目だ」
「へ?」
「あ、いえ」
「なんなのよ」
「戦場に赴く方にサラダの約束は駄目なんです。常識です」
「なんの常識よ」
アストナージさぁーん!
吠える早苗に霊夢は半眼を飛ばす。
気にせず揺るがず、早苗が続ける。
「なので、美味しいデザートと御飯を作って待っていますね」
「やたっ! それは早いとこ帰ってこないと!」
「ふふ、はいっ」
言葉は、確かに霊夢に張り合いを与えたのであった。
「……あれ、順番逆じゃない?」
「そう言えばそうですね」
「まぁいっか」
<了>
それはひでぇやw
ゆかりん正直すぎだw 魔理沙は愛されてるなぁ……
魔理沙は愛されてて霊夢は愛でられてる
確かにこんな感じだw
なぜノアさんの息子さんはあんなにダメなんでしょうね…
死ぬほど噴いたわw
まぁ、霊夢でなく魔理沙使いなんで、デザートとご飯が腹いせの弾幕になったと理解しておきましょうか。
サポートは図書館派。
しかもノリノリで悪役演じそうな気がする。是非アフターも読みたいんだぜ!
フォッカー少佐ぁっ!でも可。ただしTV版。