Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

橙の立つ雲

2009/10/18 22:44:24
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 橙が散歩に出ると、通り道に猫が死んでいた。
 見知った野良である。

 猫の死因は、
(どうでもいいけど……)
 と問題にならない。
 大事といえば場所であった。
「ここは見えすぎるし、低すぎるよ」
 橙は死体を拾うと、軽やかに地を駆った。


 妖怪山の中腹まで来ると、
「止まれ」
 白狼天狗が現れて刀を抜いた。
「ここから先は我々のテリトリーよ。何のご用?」
 橙は服の中に死体を隠した。
「秘密の用事だよ」
「あっそ。じゃあ通さない」
「どうしてよ」
「そりゃ……よそ者や猫は嫌いだもの」
 守るべき決まりというものは、どこにもあるらしい。
 橙は自分の腹部へ声をかけた。
「ねえ。この辺でいい?」
 返事はない。

(悪いけど、騙して通ろう)
 橙は青空を指さして叫んだ。
「あっ、ユーフォー!」
 ぴくりとも気が逸れない。
 白狼天狗は哀れむような目をしていた。
(ちくしょう)
 騙すことは諦めた。
「弾幕勝負!」
「最初からそうしなさい」
 二匹は空へと跳んだ。
 死体を抱いて動きの悪い橙に、白狼天狗は妙にあっさりと敗北し、
「適当なところで引き返すのよ」
 言って、ひらひらと手を振った。
 橙は地に降り、また山の中を上へと駆けた。


 ドロドロと滝の轟く音が聴こえて、橙は加速した。
 暗い山中。土を岩を、蹴っ跳んで進んだ。
 滝のふもとに辿り着いて、
(この上まで行こう)
 見上げると、黒い影が降ってきた。甲高い声が、轟音をすり抜けるようにして耳に届く。
「猫の訃報なんて記事にしても、二人くらいしか読まないわ」
 かっ。
 と下駄を鳴らして、鴉天狗が降り立った。
「お久しぶり」
「うに……?」
「変な顔しないで。私は射命丸文。前に取材したでしょ」
「あったような、なかったようにゃ」
「猫脳はこれだから」
 射命丸はくすりと笑った。

「困るのよね……あなたを痛い目にあわせると、狐の祟りがあるから」
「きっともう少しだから、通してよ」
「だめ。マタタビあげるから聞き分けて」
「むう……」
 橙はようやく思い出していた。
(そうだ。変な写真撮られたー!)
 その時の記事は、藍が三部ほど取って保存している。
「別にいいけど。喋り方変わった?」
「必要なら下手に出ますよ」
「不必要」
「ふむ……」
 互いに沈黙した。

 さすがに、
(こいつ……藍さまとどっちが強いかな?)
 という程度に、力量の差を感じていた。
 今、勝ち目のない戦いをして遊ぶ気にもなれなかった。
(仕方ない。諦めよう)
 と思い始めた時である。
「通してあげてもいいけど……」
 射命丸が条件を出した。
「目玉を頂戴」
「へっ?」
「猫の目玉は大好きなの。きらきらして、夜でも光る宝石みたい。特にあなたのは」
「えへへ」
「目玉をくれるのね?」
 橙は言葉に詰まった。



 橙は光を失った。
 両目を差し出すと、
「目も見えない猫二匹、どこへ行こうと誰も咎めやしないわ」
 と言って目玉を取り、射命丸は飛び去ったようだった。
 橙は匂いと勘を頼りに、手探りで上へ向かっている。
「猫二匹だってさ」
「……」
「あははっ。おかしいよね。こんな化け猫と、返事もしない死体だもん」
 橙の声はか細く、闇へ溶けた。
 この闇は、返事をした。
「何が悪いか」
 橙はびくりと身をすくめ、危うく死体を落としかけた。
「気を付けてよ」
 また、死体から声がする。

「あれ? 生きてたの?」
「死んでるよ」
「でも……」
「いいじゃない。何が悪いのよ」
 橙は少し考えたが、
(まあいいや)
 仕方なく納得した。

「そうそう。それでですね」
「……」
「こんな死体の私を、どこへ連れて行くつもり?」
「猫の楽園」
「どこにあるの?」
「知らない」
「えー」
「猫ならみんな知ってることだよ」
「猫にも色々なんですよ」
「えっとね。死期が来れば、猫はできるだけ高い場所に行くの。それで、誰にも見つからないようにして時を待たなきゃいけないの」
「ふむふむ」
「そうしないと、綿の国で生まれ変われない」
「わた?」
「綿の国。星の高さにある、綿雲の中にある国だよ」
 しばらく声が止んだ。
 闇の中、橙は上へと這い続けた。

「なるほど。猫の天界」
 声が、納得したらしく言った。
「それで猫の死体……あやや、私を。そこへ連れて行ってくれようと?」
「うん」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 橙の声が、いくらか投げやりになっていた。
(いいけどね。私だって、なんでこんなことしてるんだか……)
 理解できなくなっていた。
「言っとくけど、迷信だよ」
 返事はなかった。


 よほど高いところまで来たのだろう。
 風が強く唸っている。匂いを嗅ぐと、鼻の奥が冷たくなった。
「ここで、着いたのですか?」
「わからない」
 橙はゆっくりと歩を進めた。
 しばらく行くと、ふと、別の声がした。
「穢れを持ち込まないでよ。私の神社に」
 地底を響くような声音である。
 橙は足を止めて呟いた。
「誰?」
「洩矢諏訪子……」
 と応えたのは、死体からする甲高い声だった。

「通して頂けませんか?」
「どうして」
「理由は……ちょっと私の口からは言えませんねえ」
「じゃ、諦めて帰りな。うちの般若が聞けば、まとめて鍋の具にされるところだよ」
「ハンにゃ?」
 橙が聞き返した。
「うむ。般若とは怒り狂った女の顔さ。ここには、さなえという名の鬼女がいてな……」
 産まれた時から角と牙が生えていたらしい。
 足音がして、
「諏訪子さま? 今晩のおかずはカエルの唐揚げでいいですね?」
 と言うのが聞こえた。
 その鬼が現れたのかもしれない。


 気まぐれで始めたことだった。
 綿の国を目指して登り続ける内に、
(なんとなく……)
 後に引けなくなり、感じるままに歩いてきただけであった。
(もう疲れたし、帰ろっかな)
 と思い始めた頃である。
 近くに足音がした。
「要は、その猫を成仏させてやりたいんだろ」
 諏訪子の声である。鬼の説教が終わったらしい。
「綿の国とやらへ案内するよ」
「えっ?」
「猫党の般若に感謝するんだね」
 橙が腹に抱えていた死体が、ばたばたと暴れ出した。
 思わず地に落とすと、
「私だよ」
 と声を発した。

「諏訪子さま?」
「うん」
「きゃー、かわいい! もうずっと諏訪のチビ猫さまで良くないですか?」
「さなえ、うるさい」
 どうやら、猫の死体に取り憑いたらしい。
 諏訪子の声が橙へと向いた。
「綿の国へ送ってやるよ」
「うん。ありがと」
「それじゃ、気をつけて帰りな」
「えっ?」
「ついて来るだけ無駄だよ。お前はどの道、綿の国へは辿り着けないんだから」
「どうして?」
「死んだ猫の居場所だよ。何より、お前はもう猫じゃないだろ」
 諏訪子は当然のように言った。
 橙は思案した。

「私も綿の国に行きたい」
「理由は?」
「ないよ。だって、猫だもん」
「言っておくけど、飛んだら駄目だよ」
「えっ?」
「猫の魂は、綿の国の重力の方を感じるように出来てるんだから」
「うーん?」
「駆ける、跳ねる、落ちる。この先も、それだけで進めってことさ」
「ふーん……」
「ついて来れるもんなら、ついて来な」
 猫の足音がして、気配が上へ去った。
 橙も、ここまでは可能な限り飛ばずに来ていた。
(猫だもん)
 しかし今となっては道が分からなかった。


「おおっと。皆様こんにちは。清く正しい、射命丸です」
「……」
「先ほど頂いたお代、少しばかり多すぎましてね。はばかりながら、幻想郷最速を自負する天狗の翼、何かお役に立てることはありませんか?」
 橙は闇の中、声をあげた。
「お願い、私を乗せて。雲に向かって落ちる猫がいたら、追いかけて」
「了解しました」
 橙は翼のある背に負われ、空を駆けた。
 風が雄叫びをあげていた。

「あやや。どうしたことでしょう?」
「あやや、どしたの?」
「真似しないで。いや、距離が縮まらないのよ」
「そんなに速いの?」
「私より速く進めるはずがない!」
 橙の耳には、凄まじい風の唸りと、遠ざかる猫の足音が聞こえていた。
 足音は一旦止まり、
(にゃあ)
 と橙に向かって鳴いた。
「馬鹿にして!」
「違うよ。ありがとうって」
「なに? 聴こえない!」
 風圧で耳が千切れそうだった。
「雲に入るよ!」
「水は嫌い……」
 体毛が濡れ始め、力が抜けるのを感じた。

 雲の中。速度はまるで緩めない。
「ああ、もう! 見失った!」
 射命丸の怒声が雷鳴のように響く。
 もはや耳鳴りにも慣れて、橙は何も見えず何も聞こえなかった。
 そんな中、ふと感じた。
(あれ?)
 髭がじりじりと騒いで、どこかへ引っ張られるようだった。
 その方向へ顔を向けると、
(猫の楽園……)
 過ぎ去ってゆく闇の中、確かに橙を呼び寄せる存在を感じていた。
「ありがとう、あや」
 雲を突っ切った時には、ずぶ濡れとなって力を失い、橙はただの猫の姿になっていた。



 目覚めると、膝の上だった。
 ちらちらと金色のしっぽが揺れて見える。
「藍さま?」
「うん?」
「藍さまのしっぽ、綿雲みたい」
「そうかい」
 ふわふわの尾にくるまり、橙はまた眠りについた。
 目が覚めては場所を変えて、幾度となく眠った。

「じゃあ橙。私は仕事があるから」
「私も」
「うん?」
「私もいつか、八雲の化け猫になって、手伝いに行きます」
「よしよし。待ってるぞ。ただし無理しないように」
 藍はマヨヒガを去った。
「やっぱ、ただの猫にゃ戻れないよ」
 橙は畳に寝転がり、ごろごろと喉を鳴らした。



 後日。とある廃村……。
「どうも。清く正しい、射命丸です」
「げっ」
「なんですか、その反応」
「藍さまにまた変な写真渡したー!」
「仕方ないじゃないですか。私も命が惜しい」
 射命丸は眼をこすって悩んでみせた。
(別にいいけど)
 橙は箱一杯のマタタビを抱えている。
「で、何ですか? それ」
「前に言わなかったっけ? 猫の楽園づくり」
「聞いたような聞いたような」
「言ったでしょ。手懐けてしもべを作るんだって」
「私も、無理だと言いました」
「知らにゃい。猫だもん」
 この日も何事もなく過ぎ去り、陽は、無数にちぢれた雲を橙色に染めあげて沈んでいった。
九度目まして。何となく橙に走ってもらった話です。
猫的な思考を追おうとすると、どうしても綿の国星の影響が出てきて……すわのチビ猫さま、すみません。
文だけ名字だったりしますが、少しなりと楽しんで頂けたらと思います。

前作はコメント頂きありがとうございました。
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_p/?mode=read&key=1254233847&log=50
ごもっともです。
かっぱ巻き風味
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
全然理解できない。
2.名前が無い程度の能力削除
よく分からないが惹かれた
元ネタも読んでみたくはあるが…手に入るだろうか…?
3.名前が無い程度の能力削除
猫良いですね猫
写真でしか見た事がないんですが昔から猫が好きでして、あの何ともいえない掴みどころの無さが
4.名前が無い程度の能力削除
あれ?目は?と聞くのは無粋ですか

いい感じでした