紅魔館の一画を我が物顔で占拠している本棚の要塞。その一画を我が物顔で占拠している黒ネズミを発見し、パチュリーは盛大な溜息をつく。おまけに、ネズミを狩るはずの猫と本の管理を任せているはずの使い魔が甲斐甲斐しく世話をしていた形跡があるとなれば、暗澹たる心境になる。
パチュリーは頭の中に一瞬描いた、おはようからおやすみまで常にネズミに集られる自分の姿を頭を振って追い出し、
「ねぇ、アリス。あの未熟な魔法使いはいつになったら、敷居を跨ぐ時のマナーを身につけるのかしら?」
「そうね。少なくとも貴女のところの自称悪魔が、持って行かれた本が戻ってきたって言いながら小躍りする癖が無くなる前に身につくとは思えないわ」
「あら、随分と手厳しいのね」
「そう?」
平然と、当人を目の前にして愚痴を零し合う。が、悲しいかなそこはネズミ、平気の平左と椅子に悠然と寄りかかりティーカップを傾ける。今すぐにでもティーカップに、隣で涙目になっている使い魔の爪の垢でも放り込んでやろうかと、パチュリーは歪な笑みを作る。そんな様子に何か感じ取ったのか、未熟な魔法使いは言い訳をする。
「あー、一応今日はレミリアに許可を取って、入ってきたぞ?」
「は? レミィに?」
どうやらあの駄目吸血鬼に、友情という言葉の重みを思い出させる必要があるようだと決意を固める。物理的に、だが。
「レミィがなんて言ったか、知らないけど、ここは私の居城。堤防が蟻の一穴で崩れるように、ネズミの一かじりで崩れるかもしれないから、その許可は取り消させて貰うわ」
「おいおい、一かじりで崩れるなんてどんな手抜き工事をされたんだここは。なんなら、この魔理沙さんが腕の立つ大工でも紹介してやろうか? 天界が原産地だが」
「結構よ。ツケの溜まった魔法使いを二人ほど、森で修行させているから」
「魔理沙、その前に医者にでも連れて行ってあげて。そうね、医者には暗がりで本ばかり読んでいるせいで、横棒が倍に見える症状に冒されている、っていえば薬が出てくるはずよ。主に心の」
アリスの切り返しに、にやりと魔理沙は嗤うと、両手を挙げて降参のポーズを取る。
「あら、今日は殊勝にも出て行く気になったのかしら?」
「いやいや、私はいつでも殊勝だぜ。オマケに親切だからな。なんと今なら無料でパチュリーとアリスに不足しているものを教えてやる位だ。医者代わりにな」
魔理沙の言葉に、パチュリーはふんと鼻で笑う。
「乳臭い魔法使いに教えを請うほど耄碌してないわ」
「そうね、魔理沙が他人に教えられるのは精々、返却する気がある本の数位ね」
アリスが肩を竦めてパチュリーに合わせる。
が、魔理沙はにやにやと笑いを止めることなく二人の前に立つと、おもむろに人差し指をそれぞれの口にねじ込んだ。
「むぅ」
「んんっ」
さすがに、その行動は想定していなかったのか、二人は一瞬たじろいだが、直ぐに席を蹴って距離を取るべく後ろに飛び去る。
ちゅ ぷ
結果的にそれぞれの口から引き抜かれた形となった指と二人の魔法使いの間に、透明な架け橋が繋がり、たわみ、そして崩れる。
魔女の生命線である口、そこに指を突き入れるなど通常であれば即時開戦となるハズの行為だったが、二人は我が身に起きたことの整理に手一杯だった。
「ふむ。呆然とするほど、魔理沙さんは美味しかったか?」
首を傾げて、にやにやと笑う黒い魔法使い。そういうと、おもむろにぱくり、ぱくり、と突き出していた指を口に咥え、指についた唾液をこそげ取り、最後に綺麗にエプロンで拭きとった。混乱から立ち直ると知識と日陰に生息する少女は、自称普通の魔法使いを頭の天辺から褄先まで舐めるように見、
「貴女、まだ人間よね?」
さらりと、尋ねる。
「捨虫に失敗してもこんな味にはならないんじゃないのか?」
「ってことは、やっぱり分類上は人間なのよね」
「あぁ、ついでに気立てが良く、美人で、性格の良い、って言葉も付けておいてくれ」
肩を竦めて、ウインクまでする黒い少女に対して、七色の少女は、溜息一つ。蹴飛ばした椅子を持ち上げながら、
「イイ性格、っていう備考位はサーヴィスしてあげるわ」
「どうせならいい女、って言って欲しいぜ」
「あら、小娘如きが何を贅沢な。あのレミリアだって、幼女の下積みを五百年、未だに続けてるのよ?」
小悪魔が引き直した椅子に腰掛ける数百年来の友人であろう魔女のセリフに、魔理沙は苦笑する。そして、ぺろりと手の甲を一舐めした後、紅茶を啜る。ミルクティーが飲みたいならあのメイド長のこと、用意してくれるだろうに、と呆れながらもアリスは確信に迫る。
「で、結局、なにをやらかしたのよ」
「やらかした、とはひどいぜアリス」
「やらかした、で不満なら、ドジを踏んだ、かしら?」
「どうにも、アリスもパチュリーも私に対する認識がおかしいぞ? 私に出来ることと言ったら精々異変を解決する程度だぜ? それを何だって、よってたかって異変の原因みたいに」
少々いじけた口調で魔理沙が愚痴る。が、紫色の少女はその程度では赦さない。
「そう、じゃぁ、私の本が次々と消えていく異変でも解決して貰おうかしら?」
「そうね。私も小物が次々と消えていくから、解決して欲しいわね」
「そういった失せ物は時間が解決してくれるから、気にするな」
あまりに息のあった追究に、いささかげんなりした表情で切り返す。さすがにこのままだと埒があかないかとアリスが言い直す。
「で、それじゃぁ、何がおきてるのよ?」
「うむ。どうやら、感染型の魔法を輝夜が使ったようでな。只今、里で大流行中だ」
なにがどうしてそういう態度になるのか不思議なぐらい、実に偉そうに頷き、魔理沙は帽子から取り出した手帳を片手に説明を続ける。
「霧雨魔法店の調査結果だが、この魔法に感染した際の症状としては感染者の汗が感染者が必要としている物の味がするということ。あと、感染する条件は、人の形をしていることと感染者の汗を舐めること。以上だ」
「あー、つまり、魔理沙。さっき貴女の指がミルク味だったのは」
「どうやら、天は魔理沙さんに巨乳への道を歩めと言っているようだぜ」
コツコツと机を指で叩きながらパチュリーは魔理沙を詰問する。
「それで、私を巻き添えにしたってことは、一体何に行き詰まったのかしら? 未熟者」
「実は、霊夢のところに異変ってことで協力を求めに行ったんだがなぁ……」
そこで、歯切れが悪くなる。その様子にアリスは眉をひそめ、
「こんな時位しか博麗の巫女が賽銭を稼ぐチャンスなんて無いんだから、協力するんじゃないの?」
「早苗をしゃぶってた」
パチュリーは、首を左右に振ると、小悪魔に命じる。
「今すぐこの未熟者の友人の家に医者を。もう手遅れだわ」
「主に頭、ね」
あー、という唸り声と共に気が付けば、手帳は八卦炉に化けており、それがパチュリーの側頭部に温風を送っていた。さすがに本題で茶化すのは拙いかと、パチュリーは両手を挙げ、降参を宣言する。理解が早くて助かるぜ、と言いながら炉を帽子に戻すと、
「あいつはな。早苗でご飯が何杯でもいけるわ、と嬉しそうに言ってたんだ」
「山の巫女は何の味だったのよ。勿論、学術的な興味で聞いているだけだけど」
「梅干し。すっぱかった」
「パチュリーじゃないけど、赤貧の巫女は何の味だったのよ。多分、興味的な学術で言っているだけだけど」
「何も味がしなかったぜ」
「相変わらず、縛られない巫女ね。そういうところはレミィそっくり。てっきり、金属の味でもしてるものだと思ったのに」
「で、魔理沙。霊夢がそういう状況だ、ってことは」
「お察しの通りだ。ついでに言うと、紫が来て霊夢に異変なんだから馬鹿にしていないで解決しなさいと説教してたんだが、味噌だってばれて今は早苗と一緒に神社に転がってるぜ」
「魔理沙。貴女、友人に対して何か言うことはなかったの?」
「味噌汁と牛乳なんて、一緒に飲む訳無いでしょって、言われたぜ」
そういうことを聞いてるんじゃないんだけど、とパチュリーは溜息をつく。それに対し、魔理沙はにやりと笑い、
「それに、医者なら今頃ベッドで唸ってるはずだからな」
「あの薬屋が? 医者の不養生ってヤツかしら?」
アリスの問いに対して、魔理沙は再度手帳を取り出す。ちょっと長くなるが、と前置きをすると、
「へたれたウサギの証言だと。
その一、輝夜様が、貴方の家から持ってきた魔道書で、魔法を再現した。
その二、試験的に師匠と永遠亭の兎達にかけたが、兎達にはかからなかった。
その三、師匠はなぜか私の味がしたと輝夜様になじられていた。
その四、そのまま輝夜様に連れられて里まで出かけた。
その五、寺子屋で子供達に群がられて大変だった。あと下着が半分無くなった。
その六、てゐにその話をしたところ、姿が見えなくなった。
その七、結局妹紅が見つからなかったので戻ってきた
その八、異変の聞き込みだぜと貴方が来た直後に輝夜様は窓から出かけて行った。
まぁ、そんな訳でホシは現在絶賛逃亡中だぜ」
魔理沙の読み上げる内容をに、先達は何も言わず顔を見合わせた。そして理解する。この黒い少女は竹林のお姫様を捜し出すか、それとも解除術を編み出せと言うために、ここに来ていたのだと。
どうやら、足りていなかったのは、この黒い魔女に対する警戒心だったと、二人は頭を押さえた。
――魔女嘆息中――
ゆかりんの味噌ならキューカンバー10本は余裕です
しかし魔理沙はちちくs(マスタースパーク