☆壊れ、というか文が変態さんです。抗議に対して謝罪は出来ますが賠償は出来ません☆
☆それでもよろしければ☆
さて、今月もこの時期がやってきた。
片手に食材の詰まった袋を抱え、汚れてもいいようにさっぱりとした服装で、着替えも持参。
付き合いだしたときに受け取った合鍵を使って、私は魔窟に足を踏み入れる。
「うわぁ、想像以上ですね。これは」
立ちこめるタバコとインクの匂い。いや、臭い。
あたりに撒き散らされたボツ原稿と洗濯物に、思わずため息がもれる。
この様子では、今回『も』相当な修羅場だったのだろう。
天狗の書く新聞には、具体的な締め切りが存在しない。例外は、年に一度開かれる新聞大会だが、今回には当てはまらない。
しかし、それでも情報の鮮度と独自性、ライバル天狗の存在がある以上、手を抜くことの出来ない構造になっている。
それは『里に一番近い天狗』と評される射命丸 文にしても例外ではない。
「文さんが帰ってくるまでに、ある程度やっちゃいますか」
締め切られた窓を開け放ち、部屋の空気を入れ換えながら犬走 椛は、魔窟に挑む決意を固めた。
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椛の家事能力は高い。こうして文絡みで鍛えられた分を差し引いても、だ。
元々、体を動かすのは好きだったし、任務に就くようになってから自分のことは自分でやらなくてはならなかったからだ。
加えて、山の酒宴では身分相応の小間使いと来れば、嫌でも身につこうというものである。
「まぁ、こればっかりは好きでやってることですけど」
脳内のモノローグに自分でツッコミを入れて、書斎の紙束を一纏めにする。
家主たる文の判断なくしてはゴミか否かが判別できないので仕方ない。昔一度、次の原稿の草案を捨ててしまい大げんかに発展したこともあった。
その文は、明け方に書き上がった原稿を手に山の印刷所へ向かっている。
徹夜明けでは速度も出まい。文が帰ってくるまでには労をねぎらう準備が整うだろう。
室内の清掃が一通り終わった頃、玄関に気配を感じた。
「あやや~? ああ、椛……来てたの」
今日はダウナー系ですね。もちろん口には出さないが、椛はそう判断した。
「お帰りなさい、文さん。お風呂沸いてますから入ってきちゃってください。その間に御飯の支度済ませちゃいますので」
「……お風呂は三大欲求に含まれてないから、後にする。先に椛を食べる~」
そう言いながら襲いかかってきた文を、問答無用で蹴り倒し、服を剥ぎ取って風呂場に叩き込む。
これがアッパー系なら、折角片付けた部屋が相応に散らかるくらいのデメリットが発生するのだが。
そもそも徹夜明けの人間のテンションなど、分析するだけ無駄な事だ。
「椛がいじめる……」と女々しく湯浴みを始める文を尻目に、椛は食事の支度を進めることにした。
胃腸に優しく柔らかめに炊いた白米に、豆腐と玉葱のおみおつけ。あらかじめ自宅で作っておいた蕗の薹の煮物。
青菜を湯がいて、こちらにあった大根の漬け物に合わせれば、朝食の完成である。
手早く配膳をこなしていると、風呂から上がった文が驚きに声を上げる。
「あやー? この間リクエストしておいた椛の女体盛りはー?」
膝を床に付かせるローキック、意識を刈り取ると食事が冷めちゃうので、追加の延髄へのソバットは勘弁してあげますね。脇腹で。
「目は覚めましたか?」
「ほぼイキかけました」
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「やっぱり椛の御飯は美味しいわー」
「ありがとうございます」
食事を終えた文が、はしたなく腹をさすりながら満足そうに唸る。
少なくとも外見少女の行動とは思えないが、そんな姿を見せるくらい二人の距離が近いともいえる。
「それで、これからどうされます? 眠るならベッドの支度も済ませてありますよ。時間が無くてお布団干せなかったんでシーツの交換だけですけど」
「むう。椛の予定は?」
「今日は非番ですから、洗い物済ませて大きな音を立てない程度に掃除しておきます。新聞の刷り上がる時間が分かっているなら言ってくれればその時間に起こしますよ」
「それは大丈夫。強引にねじ込んできたけど刷り上がるのは明日の朝みたいだし」
「そうですか、ゆっくり寝られますね」
言って、食べ終わった食器をまとめて立ち上がる椛がズボンの裾を引かれ軽くつんのめる。
取り落としそうになった食器を慌てて抱えなおす。
「なにするんですか、危ないですよ!」
椛は、原因である烏天狗をジト目で睨みつける。その視線の先には精一杯のしなを作った文の姿があり、上目遣いで。
「一緒に、寝よ?」
ガツン、と後頭部をオンバシラで殴られたような衝撃が襲う。
やばいやばいやばい、不意打ちだ、反則だ。
三大欲求の残りひとつを満たしに来やがった。
椛は上ってくる血液を必死に押しとどめ、脳裏に浮かんだ白い何かを振り払うように頭を振る。
畳にいくつかシミが出来るが、気にしている場合ではない。そして、残った理性を総動員して答える。
「やです。今の文さん、絶対最中に寝落ちしますもん」
「それも大丈夫」
自信たっぷりに文が言う。
「なんでですか」
「流石に睡眠欲を優先するから。椛が添い寝してくれればきっと気持ちよく眠れると思うの」
抱き心地とか最高だし。とのたまう文に、椛は無言で拳を振るわせる。ちょっと涙目だ。
「もーみじー?」
くいくいと裾を引き続ける文。椛のふるえがピタっと止まり。
「そんなの私が耐えられる訳ないでしょう!!!」
飛び散る食器達の悲鳴と共に、椛の絶叫が響き渡った。
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ぐずる文を宥めてすかし、寝室に押し込め、食器を弔う。
煮物の汁で出来たシミともうひとつのシミを掃除し、洗濯を終わらせた頃には空が赤く染まっていた。
「はぁ……」
疲れた。
文の素行に振り回されるのにも慣れたつもりだったが、まだまだ修行が足りないらしい。
とはいえ、椛も頼まれていないのにやってきて家事をするのだから文に本質的な非はないのだが。
文は、自身の仕事とプライベートをハッキリと分ける人種だ。
どれほど手が足りなくとも、椛に暇があろうとも仕事の手伝いを任せたりはしないし、逆もしかりだ。
こうして、修羅場明けをねぎらうようになってからも、幾度となく申し訳ないからやめてくれと言う文を。
「やめさせたければ、合鍵を取り上げて下さい。それなら不法侵入になりますから」
と、笑顔で一蹴した。そのうち文も根負けしたのか何も言わなくなった。
魔窟を制圧し、最低限度の文化的な生活が送れる環境に変えた今、椛にはやるべき事があった。
出来る限り音を立てないように扉を開ける。
奥には、寝台ですやすやと寝息を立てる文の姿があった。
よほど疲れていたのだろう。椛の接近にも目を覚ます気配はない。
綺麗だな。
見るたびに椛は思う。
この人を好きになって良かったし、好きになってもらって良かったと。
申し訳なく感じるくらいなら、一緒に暮らしませんか? と言ってくれればいいのに、なんて勝手なことも考える。
苦笑と共に漏れそうになる声を寸前で止めて、椛はさらに文へと近づく。
「文さん…………大好きです」
椛はこっそりと、報酬を受け取った。
なんだこのいちゃらぶカップルはw