Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

博麗神社で夏祭り!

2009/09/14 22:13:24
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 梅雨も明けて、盛夏に差し掛かろうとする夏の博麗神社。
 霊夢の勘は、今年の夏は特に異変もなく過ぎそうだと告げていた。

 そんなある日、山からの来訪者がある提案を持ってやってきた。
 博麗神社の近くに分社を建てた守矢神社の神、八坂神奈子である。

「ここの神社は祭りをやらないのかい?」

 神奈子の唐突な質問に、霊夢は戸惑ってしまった。
 祭りを開くなんて面倒で、考えたこともなかったからだ。

「何でやる必要があるのよ」
「その方が楽しいじゃないか。屋台も出せば客も来るし」
「うーん。客が来るなら考えようかなあ」

 霊夢は半信半疑であった。半分でも信じたのは、守矢の分社にはそれなりに参拝客があったからである。
 妖怪しか来ないのでは祭りをする意味もない。

「そうそう。ぱーっとやろうよ。ぱーっと」
「自分のとこではやらないわけ?」
「里の人間が立ち入るには色々と権利関係が……」

 神らしからぬ神を目の前にして霊夢は悩んだが、最終的に祭りを開くことに同意した。
 いつが縁日なのかもわからなかったが、結局は何とかなるだろう。
 そう、暢気に考えていたのである。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 そして当日の博麗神社。
 神奈子が天狗の広報活動ネットワークを駆使して祭りの知らせを郷中に広めた為、神社は恐ろしい賑わいを見せていた。
 
「まさか、こんなに人が集まるなんて……」

 霊夢は来訪者の数を見て、すっかり呆気に取られていた。
 ちょうどそこへ、馴染みの顔が黒い浴衣を纏って現れた。

「よう、霊夢。祭りと聞いてすっとんできたぜ」
「また騒がしいのが来たわね」

 普段の服装をそのまま浴衣化したような格好で、魔理沙が神社にやって来たのであった。

「しかしすごい人だな。この中を歩くのかと思うだけで息が詰まりそうだぜ」
「ねえ、魔理沙。あの中に行くんでしょ? たい焼き買ってきてよ」
「なんだよ、人をあごで使うつもりか?」
「あ、でも大判焼きでもいいかも。それともわらび餅にしようかしら」
「さってと、私はもう行くぜ」

 魔理沙は逃げ出すように、さっきまで嫌がっていた群衆の中に飛びこんでいったのであった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 
 

 アリス・マーガトロイドは、都会派魔法使いである。と同時に、意外なことにアウトドア派でもあり、何かと機会をとらえては外出している。
 今回も、早苗から博麗神社で夏祭りを開くと聞いて以来、彼女のスケジュールには予定が一つ、追加されていたのであった。
 さて、アリスが博麗神社の傍にある、守矢神社の分社に着くと、そこには見慣れた緑髪の少女。
 祭の日には普段神社に足を運ばない者もやってくるようで、良い機会だと、お守りの一つでも買っていくのかもしれない。
 かなりの数の人間を、笑顔で捌いていく巫女服姿の早苗がいた。
 営業モードの早苗は動きが止まることはなく、相当忙しいのだろうけれど、それを感じさせない涼やかさがあった。

「アリスさーん!」

 早苗はアリスの姿を認めると、大声を出して手を振った。
 参列客の視線が一斉にアリスへと集まったが、当のアリスは見られることにも慣れている様子で、構わず早苗のところへ進む。

「ちょうどいいところに来てくれました。手伝ってください!」

 どうやらアリスに拒否権はないらしい。そのことを知っているのか、最初からそのつもりだったのか、拒む素振りもない。
 しかし、早苗の続く一言は、さして表情の変わらない彼女の表情を崩すことに成功したのである。

「あ! アリスさんの浴衣姿、初めて見ましたけどすっごく似合ってますね~」

 「すっごく」の部分にすっごく力の入ったその言い方に、アリスの顔がほころぶ。「そうかしら」なんて言いながらも、しっかりと嬉しそうであった。
 ちなみに、アリスの浴衣は白地に桜をあしらったもので、桜の模様は大きさや色調がそれぞれ違っている。当然ながら、手作り。
 人形も二体ほど連れてきているが、いずれも浴衣で、それぞれ紺とピンクを基調としていた。

「人形の浴衣も手作りですか? 職人には憧れますね」

 お守りを取ってきてくれた人形の頭を撫でながら、早苗がアリスに顔を向ける。

「何よ、職人って」
「だって、アリスさんの世を忍ぶ仮の姿は人形師じゃないですか。立派な職人です」
「いや、忍んでないし」

 そう言いながら、アリスは近くにあったお守りの一つをつまみ上げる。

「そっちこそ、よくもまぁこんなに種類を作ったものだわ」

 アリスの手にあるのは、赤い生地に「厄」という字を崩したような模様が描かれた代物。

「それは厄神印の厄除けお守りです。くるくる回せば厄が落ちると大評判!」

 早苗が声を張り上げると、それにつられて「じゃあそれ一つ!」などと声がかかる。アリスはため息をひとつ、それでも、接客は笑顔だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 守矢の分社は、流石にアリス&人形二体の働きもあり、神社の参拝客もかなり捌けた様子で、一息入れることができそうであった。
 アリスが厄神印のお守りをくるくるさせていると、社から神様が一柱。

「お、あんたが手伝ってくれたんだね。ありがとっ」

 そう言ってアリスの背中をばしばし叩くのは八坂神奈子である。

「何よ。えらくテンション高いじゃない」
「そりゃあこれだけお客が来れば神様大喜びに決まってるじゃないか」
「で、その大喜びの神様は何をやっていたのかしら」
「御祈祷に決まってる」
「自分でやるなんて、何ともご利益のありそうなことね」
「それなりに作法のあるものだから、急ごしらえともいかないのさ。ま、次を考えておくのはいいかもしれない」
「ふーん、そういうものなのね。ちなみに、どんなご利益があるのよ」
「何でもありさ。厄除けに縁結び、子授け、安産と交通安全から豊作、豊漁、航海安全に起業成功でしょ、それから……」
「あーわかったわかった。もう幻想郷に関係ないのまでとにかくたくさんあるのはわかったから」
「お、判ればよろしい」

 満足気な神奈子。アリスはここでも、ため息をひとつ。

「それにしても、どうせ早苗が勝手に手伝わせたんだろう。悪いことしたね」
「別に構わないわ」
「ここも一段落ついたようだし、早苗を貸してやるからいろいろ回ってくるといい」
「人を物のように言わないでください」

 見れば、肩をすくめて御柱を軽くチョップする早苗がいる。姿が見えないと思っていたら、浴衣に着替えていたようであった。

「浴衣、すっごく似合ってるわよ」

 アリスは先程のお返しにか、「すっごく」の部分にこれまたすっごく力を入れた言い方をした。

「知ってます」

 そう言いながらも、まんざらでもない表情の早苗。

「ここはどうするの?」
「もうすぐ諏訪子が帰ってくるだろうから、二人いれば何とかなるさ」
「ほんと軽い神様よね。売り子までやるつもりなんだ」
「敬遠されるのは嫌なんでね」
「敬っておいて遠ざける、か。本当は信じていない者にしかできない芸当ね」
「そういうことだから、行ってきな」

 アリスの背をぐいっと押す神奈子。二、三歩たたらを踏んだ先で顔を上げると、早苗の笑顔と、差し出された白い手があった。
 アリスも苦笑しながら、手を取り返す。背後では、人形たちが仕返しとばかりに御柱にパンチを繰り返していた。
 二人は手をつないだまま、博麗神社の方へと進んでいき、神奈子は人形の頭を撫でながら、その様子を優しげに見つめていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 空の色もだいぶ紅くなってきたが、まだ人は多い。むしろ、屋台はこれからが本番といった様子である。
 アリスと早苗は、ともに浴衣姿であったが、慣れの違いか、アリスは少し歩きにくそうな風だった。

「離れないでくださいね」
「だ、大丈夫よ」

 心配されたことが心外だったのか、アリスはつないでいた手を離して歩こうとした。しかし、たちまち人波に流されて二人の距離が開く。

「はぁ。意外と大丈夫じゃなかったわね」
「この神社がこれだけ盛況なのも今日が初めてじゃないでしょうか」
「屋台もたくさん出てるし」
「あっ、ちょっとあれ買ってきますね!」

 文字通り風のように飛び出して、息を切らして帰ってきた早苗の手には、綿飴が二つ。白いものと、ピンク色のものとが一つずつある。

「どっちがいいですか?」
「というか、何よこれ」
「綿飴ですよ。知らないんですか?」
「初めて見たわね。何で出来てるの」
「砂糖です。甘くて美味しい、お祭りの必需品ですね」

 早苗は、少し考えて、はい、と白い方をアリスに渡す。

「普通は白なんですよ。色をつけるのは邪道なので、私が食べます」
「よくわかんない理由ね……って、これ甘っ!」
「えぇ!? それがいいんじゃないですかぁ」
「しかもベタつくし……ちょっと無いわね」
「アリスさんとこの美味しさを共有できないのは残念ですねぇ。あ、それは後で私が食べますから」

 ちっとも残念な様子を見せずに、綿飴をぱくつく。とてもご機嫌なように見えたためか、アリスもつられて笑顔になっていた。

「人間って、ほんと食べてるときが一番幸せそうよね」
「欲求が満たされるのは幸せです。やりたいことをやるのが一番ですよ」
「ま、それもそうね」
「なので、今日は屋台という屋台を制覇してやりましょう」

 目の中に炎が見える、今にも走りだしそうな早苗を、アリスが制する。

「はい、ストップ」
「何ですか?」
「急がれるとついていけないから」

 今度はアリスが早苗に手を差し出した。それを見て、苦笑する早苗。恭しく一礼して、アリスの手を取る。

「離れないでくださいね」
「せいぜい頑張るわ」

 ゆっくりと、二人が歩き出す。目の前には、どこまでも続きそうな屋台の列があった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 リーン、と鈴の音が風に乗って境内に響き渡った。
 それは玲瓏なる響きを持って、ヒトに溢れかえる境内にほんの少しの清涼感を与えてくれる。
 涼しげな音。賽銭箱の上から、その音は響いていた。

「人でいっぱいね……」
「本当だねぇ……」

 博麗神社、夏祭り。普段は閑散とした、或いは酒の匂いが漂っているこの神社に、珍しく人間の姿が見られる理由である。
 どこを見ても、大量の人人人。時折妖怪神様、また人人。

「酔いそう……」
「気をつけなさい。逸れない様に」
「うんっ」

 そんな中、永遠に幼き吸血鬼姉妹は互いの小さな手を逸れない様にしっかりと握りあっていた。
 二人の服装は祭りに合わせて浴衣。レミリアが青を基調とし、フランドールが赤を基調としたものだ。

「お二人とも、私たちからもあまり離れないでくださいね」
「わかってるわよ咲夜。貴女たちも私たちを見失わないように。見失ったら減俸だから」
「はい、畏まりました」

 おどけた様子で一礼する咲夜もまた、同じように浴衣を着こんでいた。
 こちらは、レミリアよりも深い青を基調としていて、所々に銀の糸で刺繍が施されていた。

 咲夜自身の浴衣も当然ながら、姉妹二人の浴衣を選んだのもこの咲夜である。

「似合ってますよね、お二人とも」
「ありがとう美鈴!」
「咲夜も、選んでくれてありがとう」
「勿体ないお言葉です。私も、お二人の浴衣を選べて楽しかったですわ」

 姉妹の背後には、たおやかに笑みを浮かべている咲夜と、同じく笑みを浮かべながらも四方に気を配っている美鈴、そして祭りだというのに相変わらず本を読んでいるパチュリーの姿がある。
 浴衣を着こんでいる三人とは違い、美鈴とパチュリーはいつもと変わらぬ服装だ。
 相変わらずの中国衣に緑の帽子。紅の髪をさらりと流す長身は、すれ違う人を時折振り返らせる魅力を持っていた。
 美鈴が浴衣でないのには理由があった。彼女は主の護衛とともに、途中から祭りの警邏に加わることになっているのだ。だから動きやすいいつもの服装なのだが、それは彼女の魅力を損なうものではない。

「美鈴、護衛の任、任せたわよ」
「お任せ下さいませ、お嬢様」
「……まあ、あまり離れなければ好き勝手やってもらっても構わないけどね」
「あはは、その辺はまあ、適当に」

 対して、パチュリー。彼女もまた美鈴とは違った人を引き付ける魅力を持っている。と言ってもそれは正の方向性ではなく、どちらかと言えば奇異の視線。しかも祭りの場で、人ごみの中で本を読んでいる少女に向けられるものだから、魅力によるものと言っていいのかどうかは分からないが。

「相変わらず本ばかり読んでるのね、パチェは。折角の祭りなのだから楽しめばいいのに」
「勝手に連れてきておいてよく言う。私は静かな場所で本を読んでいたいのだけれど」
「いけず。たまには賑やかな場所で騒ぐのも大切よ」

 ふん、と鼻を鳴らして、それきりパチュリーは黙り込んだ。
 やれやれ、偏屈な。そんな思いを抱き、レミリアは溜息を吐く。本の虫もここまで来ると立派な種族として認定してもいいのではないだろうか。

「お姉さま、早く行こうよ!」

 フランドールがレミリアの手を引いて、走り出した。

「もう、こけるでしょう。そんなに急がないの」
「はぁい」

 返事をしながらも、フランドールの足は緩まない。好奇心に目を輝かせながら先を見据えている。
 二人の行く先には、たくさんの出店。たくさんの楽しいものが待っている。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 普段は閑散としている境内も、芋を洗うような混雑ぶりを見せている。
 屋台もずらりと並び、提灯の灯りが夜を照らし、ガヤガヤとまとまらない話し声が会場を覆っている。
 神社で夏祭りをやると聞いて、多くの人妖が興味にかられてやってきたのだろう。
 そんなごった返しの夏祭りの会場に、3人は仕事として来ていた。

「うわぁ、すごい人」
「本当ね。こんなにいて、境内からはみ出ないのかしら」
「ちょっとこの中を通るのは気が引けるわね」

 これから、ルナサ、メルラン、リリカの3人には、ちんどん屋としての仕事がある。
 今日は、3人とも普段から来ている楽団服の色調をそのままにした浴衣を身にまとっていた。
 実はこの浴衣、妖夢がこの日のためにと作ってくれたものなのだ。
 冥界に行ったとき、この祭りでライブを行うと世間話の合間に言ったところ、数日後に
『縁日には浴衣ですよ。これ、私が作ってみたんですが、よろしければどうぞ』
 と、わざわざ3着、持ってきてくれたのであった。

「ねえ、姉さん。少し見て回ろうよ。まだ時間あるでしょ?」

 リリカが屋台の群衆を指差しながら、好奇心の声をあげた。
 ルナサは懐中時計を取りだし、

「今、22時よ。ライブまで1時間しかないわ」
「1時間もあるじゃん!」
「会場セットとか、楽器のメンテナンスとか、やるべきことはたくさんあるわ」
「そんなの5分で終わる!」
「それに、この人ごみの中だと、万一はぐれたら大変よ」
「えー、ケチ。メルラン姉さんも何か言ってやってよ」

 リリカは頬を膨らませて、メルランの浴衣の袖を引っ張った。

「せっかくの祭りなんだし、いきなりライブってのも寂しいわよねぇ。リリカの言う通り、少しくらい楽しんでからにしましょうよ」
「むぅ……分かったわ。ただ、時間のことは考えておいてね」

 多数決により、プリズムリバー一同は縁日の中を見て回ることにした。
 いざ足を踏み入れてみると、外側から見えていた以上にごった返しで、少し離れただけで逸れそうであった
 知っている顔もちらほら見える。それはお客だったり、屋台の主だったり。

「あ、夜雀の八目ウナギ屋が屋台だしてる。あれ食べよ?」
「結構並んでるわね」
「並ぶのはちょっとねぇ。今はパス」

 ルナサが次に行こうとすると、その手をリリカがつかんだ。

「えー、並んでるって言ったって少しじゃん。ね?」
「並んでるところで時間を潰すくらいなら、人がいないところを回った方がたくさん見られるわよ」
「効率論だけが全てじゃない。自分が満足しないと、意味がないでしょ?」
「分かったわ」
「やった、姉さん大好き!」

 八目ウナギを勝ち取って喜ぶリリカを横目に、子どもなんだから、とルナサはため息をついた。
 ところが、いざ並ぼうと思うと、メルランが2人の傍にいない。

「あら、メルランは?」
「知らないよ?」
「全く、団体行動ってきちんと言ったのに」

 2人は周りを見渡したが、人ごみが邪魔でなかなか見つけられない。

「あ、見つけた」

 先に見つけたのはルナサだった。
 メルランは、近くの飴細工の屋台で、ドロドロの飴が鶴の姿に変わる様に釘づけになっていた。

「リリカはそこで並んでいなさい。私はメルランを呼んでくるから」

 そう言い残して、ルナサは飴細工の屋台のところに駆けていった。
 残されたリリカは、きちんと八目ウナギの屋台の列に並んだ。
 改めて周りを見渡してみると、本当に色々な屋台がずらりと肩を並べている。
 そしてどの屋台にも、長短さまざまな行列ができているのであった。
 それだけではなく、その行列の合間を縫って闊歩する人々。
 普段着姿の者もあれば、浴衣を着て来た者もいて、その浴衣も実に色・柄ともに様々で目を奪われる。

(そこの、紅葉色の浴衣、可愛いな。あっちの風鈴の絵が描いてあるのも)

 八目ウナギそっちのけで眺めるリリカだったが、見渡していくうちに1人の濃い青の浴衣を来た少女と目があった。
 少女は、赤い朝顔が描かれた団扇を持って、ずっとこちらを見ていたようだが、目が合った途端にクルッと背を向けてしまった。
 しかし、一瞬だけ見えたその顔、リリカには見覚えがあった。

(……レイラ?)

 いや、見覚えがあるなんてものではない。
 忘れられるはずがない愛する家族の顔に、今の少女の顔はよく似ていた。
 しかし少女は、背をむけたまま、遠くに行ってしまう。
 リリカは無意識のうちに、列を飛び出して少女のあとを追いかけた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「まったく、勝手に出歩かないでって言ったじゃない。はぐれたらどうするのよ」
「姉さん、この鶴、美味しいわよ」
「聞いてないし」

 隅々まで精巧にできた鶴の形をした飴を舐めながら、メルランはルナサに連れられて元の道を戻ってきた。
 八目ウナギは相変わらず繁盛しているようで、屋台の前には長い行列が伸びている。

「あれ? 姉さん、リリカは?」
「ウナギの屋台に並んでるはずよ」
「いないわよ?」
「……ああ、もう。頭痛がしてきたわ」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「おっかしいなぁ。どこ行っちゃったんだろう」

 全力で走ったにも関わらず、リリカはすっかり少女を見失ってしまった。
 ごった返しの人ごみのなかに紛れられてしまっては、もう探しようがない。
 おまけに、ルナサやメルランともはぐれてしまった。

「ルナサ姉さん、怒ってるだろうなぁ」

 後ろを振り向いても、2人の姿は見えない。急に心細くなってきた。
 これでは完全な迷子である。おまけに、ライブまでタイムリミットもある。
 とにかく、今はこの迷子状況の打破だけを考えて、来た道を戻ることにした。
 したのだが、

「……こっちだっけ?」

 道順なんて考えずに走ってきたので、どっちが元の道かなんて見当すらつかない。
 とりあえず、足の向くまま気の向くまま、人をかき分けるように進むことにした。
 さっきまで美味しそうに見えていた綿あめも、今はどうでもいいものでしかなかった。
 色鮮やかな浴衣も、ルナサとメルランを見つける程度の役割しかなくなってしまった。

「姉さんたち、どこ行っちゃったんだろう」

 不安に駆られながら、左右をキョロキョロ見つつ歩いていると、たこ焼きの屋台の前に、黒い浴衣に金髪の後ろ姿が見えた。

(姉さんだ!)

 すぐに駆け寄ってみたが、近くに行ってみて、それはルナサではなく魔理沙だと分かった。
 よく見ると、浴衣の模様も全然違う。

「なんだ、魔理沙か」

 紛らわしい格好するなよ、と思いながらボソッと呟いた。

「生憎、私は魔理沙だぜ」

 聞こえないくらいの声で言ったつもりだったのだが、聞こえていたらしい。
 魔理沙は今買ったたこ焼きを1個、もぐもぐしながらリリカの方を見た。

「そういうおまえはアレか? 夏祭りの風物詩、迷子」
「なっ、そ、そんなわけないじゃん!」
「じゃあ、おまえの姉2人はどうした?」
「え、えっと、それはぁ……」
「迷子なんだな」
「……うん」

 恥ずかしさから魔理沙を直視できず、視線をそらしながら小さく頷くリリカ。
 それを見て、魔理沙はにやにやと笑みを浮かべる。
 その前に口の周りのソースを拭けよ、とリリカは心中で呟いた。

「まあ、迷子なら仕方がない。なんならこの魔理沙さんが付き合ってやってもいいぜ」
「ややこしくなりそうで、なんか嫌だ」
「そんなことばかり言ってると、友だちできないぞ」
「余計なお世話!」

 リリカは魔理沙に背を向けて、歩き出した。
 ところが、屋台3つほど行ったところで、魔理沙が追いかけてきて、リリカの肩を抱えた。
 突然何をするのかとリリカが戸惑っていると、魔理沙はリリカとは別の方向、ちょうど最寄りの屋台の方を見た。
 色々なシロップと、冷たそうなかき氷が並ぶ屋台だったが、そこに向かって魔理沙はリリカを指差しながら一言、

「かき氷ブルーハワイ味2つ。支払いはこいつな」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「どう、メルラン。リリカいた?」
「ふみゅ? まだ見つからないわ」
「そう、ところであなたは何を探しているの?」
「一応、リリカ探し」
「とてもそうは見えないんだけど」

 綿あめ、リンゴ飴、チョコバナナ、やきそば、クレープ、水あめ、他にも数多の戦利品を抱えるメルラン。
 ルナサは頭を抱えたが、そんな姉のことなど気にせず、メルランはリンゴ飴を美味しく満喫していた。

「姉さんも食べる? 美味しいわよ」
「私はあなたのそういうところが、たまに羨ましくなるわ」
「ああ、そうか。姉さんは微糖派だから、甘いのは好きじゃないんだっけ」
「そこじゃない。その図太さが羨ましいの」
「姉さんは少し神経質すぎよ。リリカだって子どもじゃないんだから、なんとかなるって」

 メルランはルナサに、強引に水あめを1本押しつけた。

「そうだといいんだけどねぇ」

 これは逃げられないな、と、ルナサは金魚色の水あめを口にした。

「甘い」

 甘かった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「まったく、あんたって奴は」
「まあ、そう言うな。御馳走様だぜ」

 リリカが呆れ顔をする隣で、魔理沙は自費を出さずにかき氷を手に入れて、ご機嫌だった。
 リリカは、買わされたかき氷2つの、自分の分を腹いせにしゃくしゃくとあっという間に食べてしまった。
 その代わりとは言っては何だが、リリカは魔理沙のたこ焼きを1つもらっていた。
 しかし、8つ入りの1つを貰っただけで別商品を1つ買わされたのだから、トータルで損してる。

「じゃあ、次はアレだ。夏の戦い、金魚すくい」
「あのねぇ、私、姉さんを探さないといけないんだけど」
「固いこと言うなよ。まだライブまで時間あるだろう?」
「あ、それはそうなんだけど……」

 さっきまで自分がルナサにしていた要求に、どことなく似ている気がして、リリカは断れなかった。
 見る限り、金魚すくいの屋台はたくさんあって、どこも小さな子どもが愉快に遊んでいる。
 1匹、2匹くらいの手柄をあげて嬉しそうな子どももいれば、失敗してくやしそうな子どももいる。
 そして隣を見れば、『一番大きいは私のものだぜ』と、小生意気な笑みを浮かべる魔理沙。
 その魔理沙の後の遠くに、またあの深い青色の浴衣を見つけたは、ちょうどその時であった。

「あっ!」

 リリカは飛び出した。
 やっぱり少女はリリカを見ていた。そしてやっぱり、目が合うと背を向けた。

「待って!」

 投げかけた言葉にも、少女には届かないようで、ざわめきの中の1つとして消えていく。

「おい、どこに行くんだよ!」

 魔理沙が後ろから追いかけてきたような気もしたが、リリカは振り返りもしなかった。
 反対方向から来る通行人をよけながら追いかけるリリカとは違い、人ごみの中をまっすぐ歩いて行く少女。
 誰も避ける様子なんてないのに、ただ、少女はまっすぐ前に進んでいく。
 そして、通りを横切った通行人と姿が重なり、もう次の一瞬にはいなくなっていた。

「……」

 リリカは足を止めた。
 単に見失っただけなのか、幻のように消えてしまったのか、判断はつかなかった。
 ただ、今となっては無規則に入り乱れる人の流れを茫然と見ることしかできなかった。

「や、やっと追い付いた……」

 遅れて、魔理沙が息を切らしながらリリカのところまでやってきた。

「急に走り出すなよな。途中でたこ焼き1こ落としちゃったじゃないか」
「う……ゴメン」

 リリカは口先だけはそう言ってみたが、実際のところ魔理沙のことなんて頭に少ししかなかった。
 
「あー、アレか? アレ」
「代名詞ばかり連発しないでよ」
「悪い悪い。はぐれた姉でも見つけたかと思って」
「……ん、ま、そんなとこ」
「はっきりしない返事だな」

 どうせ事情を言ったところで魔理沙は信じてくれないだろう、と思っての返事だった。
 第一、姿が見えただけで、人違いとも幻とも分からないその姿を追いかけた、なんてとても言えない。

「なんだよ、元気ないな」
「あんたには関係ないことよ」

 リリカは、やり場を失った感情から、魔理沙の言葉を突っぱねた。
 少し、1人にしてほしい、そういう思いを込めて言ったのだが、

「お、あそこに金魚すくい発見。行ってみようぜ」

 全然気にしていない様子。

「私はいい。しばらく放っといて」

 まとまらない気持ちを抱えながら、リリカは魔理沙に背を向けた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 屋台は、本当に様々なものがあった。食べ物や玩具、射的や金魚釣りといった、おおよそ祭りには欠かせないものがそろっている。
 ここまでちゃんとした祭りだとは思っていなかったレミリアは、人ごみの中を練り歩くうちにその認識を改めた。流石に息が詰まるほどの人数が集まっているだけのことはある。同じものを扱っている店が複数あれど、適当に視線をやるだけで、何かしら興味をひくものを見つけることができた。

「お姉さま、あれなぁに?」

 レミリアですらそうなのだから、祭りというものに縁が薄かったフランドールにいたっては何か見つけるたび、姉の浴衣を引っ張って指さして尋ねた。
 彼女が尋ねるものは全てが館では見ることのできないもの。だから遊技系や玩具系に偏っている。
 今彼女が指さしたのは、金魚すくいだった。小さな子どもが親と思しき人物に見守られながら、必死で水面を睨んで椀とポイを握りしめていた。
 勢いこんで、ポイを水面へと突撃させる。次に掬いあげた時には、その上に金魚の姿があった。

「面白そう!」

 目を輝かせて、フランドールが言う。握りしめている姉の手をぶんぶんと振って、今にも駆け出しそうだ。

「お姉さま、あれやりたい!」

 思った通りの言葉を口にした妹に苦笑を零しながら、

「咲夜」
「はい」

 レミリアは、金を管理させている咲夜から金魚すくい数回分の金を受け取ると、フランドールとともに店先へと向かった。
 先ほど一匹掬いあげた子供は、今度は失敗してしまったようで破れたポイを片手に無念そうな溜息を吐いていた。しかし笑っている店主から金魚の入った袋を受け取ると、にっこりと微笑み親と手を繋いで人ごみの中へと消えて行った。

 入れ替わるようにして、レミリアとフランドールが店主の前に立つ。店主は剛毅に笑いながら、

「おう、吸血鬼のお嬢様たちでもこんな遊びをするのかい」
「ええ、偶の祭りですもの。どんなものでも楽しまなければ勿体ない」
「おうおう、わかってるじゃねぇか!」

 差し出された店主の腕に二人分の金を乗せる。毎度! と大声とともに、二つのポイと椀が差し出された。

「やんのが初めてなら何も考えずに先ずぶちこむこった。失敗から経験するのも悪くないぜ?」
「商売上手ね。それで悔しくなった私たちはもう一回、もう一回と金を払い続けるわけね?」

 店主はにやにやと笑って答えない。皮肉というか言葉遊びというか、初対面の相手にそんなものを飛ばすあたり彼もまた幻想郷の住人なのだろう。

 レミリアは苦笑しながら、やや店主の豪快さに気後れした様子のフランドールの手を引いて簡易の水槽の前に立つ。

「やり方はわかる?」
「う、うん」

 姉に手渡されたポイと椀をほんのりと頬を上気させて見つめながら、フランドールは頷いた。
 じっと見つめて、視線を少しだけあげてレミリアを見て。やってごらんなさい、と微笑めば緊張した様子で頷き、浴衣の裾に注意しながらゆっくりと屈んだ。
 揺れる水面。その下には、小さな金魚たちが悠々と泳いでいる。時折大きく派手なものも泳いでいるが、

「あまり大きなものに手を出すと、すぐに破れるわよ」

 といったレミリアの助言に従って、フランドールは小さな獲物を眼で追うことにした。
 小さな小さな金魚。たくさんいるそれらは、フランドールをおちょくる様に素早い動きで水槽を泳ぎ回る。くりくりとした丸い目で必死にその後を追いながら、一匹が彼女の側に酔ってきたとき、フランドールは決死の覚悟でポイを水に突っ込んだ。

「えいっ」

 ぱしゃんと水しぶきを立てて突っ込まれたポイ。それに驚いたように、あたりの金魚たちは逃げ惑う。
 しまったと、そう思いながらフランドールは慌てて水中で金魚を追尾したが、

「あ……」

 紙が、水圧で破れてしまった。これではもう金魚をすくうことは出来ない。
 初めての金魚すくいを散々な成果で終えてしまったフランドールは、悔しそうに唇を噛みながら使えなくなったポイを店主へと返還した。

 思った以上に入れ込んでいたフランドールの様子に苦笑しながら、レミリアはその横に屈みこむ。

「見てなさい。貴女の敵は取ってあげるから」
「物騒だな、嬢ちゃん」
「外野は黙っていろ」

 茶化す店主を睨みつけ、レミリアは水面に視線を落とした。
 やはり、元気良く動き回る金魚たちがそこにいる。人工的に作られた池の中を所狭しと泳ぎ回る金魚たち。
 狙うは、大物だった。姉としての威厳を見せるだけでなく妹の無念を晴らすためには、並の獲物では物足りない。店の目玉である大物を掬ってこそ、初めてフランドールの無念を晴らしたといえるだろう。

 隣からの期待いっぱいの視線に応えるため、レミリアは場を読み続ける。
 近寄ってきてもすぐにはポイを突っ込まない。先ずは様子見だ。この金魚はどういう経路をとることが多いのか。パターンを読んで、頭の中で計画を立てていく。
 眼を瞑り頭の中でこれから先の未来を反芻したレミリアは、一度頷き目を開けた。そして、ポイをゆっくりと水中へと浸す。
 水でふやければすぐに破れてしまう紙だが、レミリアが狙っているのはただ一匹。それさえ掬えれば後は破れようと千切れようと爆発しようと知ったことではない。だからこそ万全を期して、一度きりの手を使う。
 浸したポイは水面のすぐ下で留めた。そして、椀を近くへと持っていく。掬った後はすぐにそこへと放り込むのだ。
 ふと視線を感じたレミリアは、つぅと目線を上げた。苦笑している店主がいた。不敵に笑い、それに応える。

 レミリアが狙った大物は、水面付近の遊泳を好んでいた。だからその進路にポイを配置し、上を通過した時に引き揚げ掬う。
 完璧だ。あまりに慎重過ぎて若干退屈そうなフランドール。彼女のためにも、必ず掬いあげると再び心に誓う。
 
 じっと見つめる先。悠々と泳ぐ金魚。一際大きく、派手な一匹。
 ゆっくりとレミリアの仕掛けたポイのもとへと近づいてくる。もっと、もう少し、あと少し。逸る気持ちに、レミリアの額に汗が浮かんだ。

 今。
 金魚がポイの真上に到達した瞬間、吸血鬼の反射神経を全力活用してレミリアはポイを引き揚げた。
 ばしゃんと水柱。それに乗る形で、金魚が宙を舞う。
 やり過ぎたと思いながらも落下地点を瞬時に計算した彼女は、そこへと椀を差し出した。
 じゃぼん、と小さな椀に、大きな金魚が飛び込んだ。

「わぁ!」

 その光景に、素直に喜ぶフランドール。せがむ彼女に椀の中を見せてやると、大きな目をいっぱいに見開いて、輝かせながら覗きこんだ。

「凄い! お姉さま、凄い!」
「ふふ、これ位簡単よ」

 こっそりと額の汗を拭きながら、そんな様子をおくびにも出さず無邪気な妹に笑って見せた。
 店主が、金魚を入れるための袋を用意している。移し替えるために食らいつくように見ているフランドールをひきはがしながら、椀をそちらへと手渡した。

 尊敬をいっぱいに表わしながら、フランドールは言った。

「金魚すくいって、本当は金魚があんなに飛ぶものなんだね!」

 何か変な誤解を植え付けた気がする。
 先ほどとは違う意味で頬を流れる汗を拭いながら、レミリアは何とも言えない苦笑を浮かべている店主から戦果を受けとるのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「はぁ」

 境内の隅に位置する小さな腰かけに座って、リリカはため息をついていた。
 
「私、かっこ悪いなぁ」

 冷静になって自分の行動を振りかえると、後悔の気持ちがふつふつと湧きあがる。
 ルナサの指示を破ってはぐれたことも、魔理沙にやつ当たりしてしまったことも。

「だーれーだ?」

 突然、誰かが背後からリリカの目を手で覆った。
 そのずば抜けて明るい声を、リリカが間違えるはずがなかった。

「メルラン姉さんでしょ」

 手を払って振り向くと、

「残念、ひょっとこでした~」

 ひょっとこのお面をつけたメルランがいた。
 その足元には、あちこちの屋台から仕入れたと思われるたくさんの食べ物や玩具が袋にまとめられていた。
 メルランは、そのお面をはずすと、リリカの隣に座った。

「探したわよ。勝手にいなくなっちゃうから」
「ルナサ姉さん、怒ってる?」
「あ、そうだ。チョコバナナあるんだけど食べない?」
「聞いてないし」

 メルランが極めてマイペースな性格であることは、リリカもよく知っている。
 今回もまた、自分のペースでチョコバナナを袋から取り出すと、リリカに渡した、むしろ押しつけた。

「食べなさい。美味しいわよ」
「食欲ない」
「食べさせてあげよっか」
「いい、自分で食べる」

 これは逆らえないな、とリリカはチョコバナナを口にした。美味しかった。

「それで? どうしたの?」
「何が?」
「あなたがそんな暗い顔してるなんて、らしくないわ」

 リリカは戸惑った。レイラに似た、あの少女を見たことを話すかどうか、迷ってしまった。
 自分の見間違いかもしれないし、ただの幻覚だっただけかもしれない、
 そんなものを見たと言っていいものだろうか、と考えると答えは出なかった。

「まあ、無理に答えなくてもいいけどね。バナナ、2本目食べる?」
「何本あるのよ」
「ダース買い」
「買いすぎ」

 差し出した2本目を返されて、メルランはそれを自分で口にくわえ、ルナサの懐中時計を取りだした。

「今、10時20分ね」
「ん?」
「最低でも20分は準備に必要だから、10時40分までにステージの裏に集合よ。それまで姉さんには黙っててあげるから」

 メルランはそう言って、懐中時計をリリカに渡した。

「あ、いいの?」
「いいわよ。私もあなたを探すって大義名分つけて楽しんでるんだから」

 戦利品で膨らんだその袋を見ると、まんざら嘘でもなさそうだ。

「あ、そうだ。リリカ、ちょっと聞きなさい」

 立とうとしたリリカを、メルランは呼びとめた。

「何?」
「背骨が曲がっていると、人って小さく見えるらしいわよ。リリカはただでさえ小さいから、もうマイクロサイズね」
「うるさいなぁ、身長のことは気にしてるんだから黙ってってよ」
「まぁまぁ」

 そんなことで呼びとめたのかと、頬を膨らませるリリカを、メルランはいつもの笑顔でなだめた。

「だから、あなたは背筋をシャキッと伸ばして、自分に自信を持ってまっすぐ歩きなさい。少し背伸びして歩くくらいが、あなたにはちょうどいいのよ」
「……うん」
「さ、せっかくの夏祭りなんだから、楽しんできなさいな。はい、時計」

 メルランは、懐中時計をリリカに託した。
 リリカはそれを受け取ると、暗く固まっていた表情を柔らかく変え、

「じゃあ、少し行ってくるね」
「集合時間だけは忘れないでよ」
「うん。姉さん、ありがとう」

 再び、屋台で賑わう境内の中心に小走りで戻っていった。

「……行っちゃったわね、姉さん」

 メルランがそう言うと、背後からルナサがメルランに歩み寄った。

「私がいることに気づいていたの?」
「なんとなくだけど、いると思ってたわよ」

 ルナサは先ほどまでリリカが座っていたところに座った。

「リリカ、大丈夫かしらね」
「ちょっと難しい年頃なのよ。それに、リリカは感受性が強いから」
「心配になってきた」
「姉さんは少し心配性すぎるわ。ほら、チョコバナナ食べて落ちついて」

 メルランは袋からチョコバナナを取り出し、ルナサに渡した。

「……メルラン、あなたチョコバナナ何本買ったの?」
「1ダース」
「どおりで、さっきから全然減らないのね」
「美味しいんだけどなぁ」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 陽もすっかり落ちて、暗くなった守矢の分社。流石に普通の人間の姿は無い。
 分社の前で人形が二体、ランプを持って境内を照らしていた。そこへ帰り着くのは魔法使いと現人神。
 ここでお別れ、と思いきや、早苗は浴衣の袖から線香花火を取り出した。

「お祭りの締めは花火です。やっていきましょう」
「いつの間に買ってたのよ」

 早苗から一つ受け取ると、人形のランプを使って火をつける。早苗も同様に、まずは一つ。

「アリスさんが金魚すくいに夢中になっていた間ですよ」
「いや、なってないって」

 小さく手をひらひらさせるアリス。ただし、線香花火を持つ手が微動だにしないところは流石である。

「何言ってるんですか。袖が濡れてたのにも気づかなかったのに」
「秘技、壁こすり! とか言ってたのは誰でしょうね」
「あれは仕方ありません。もう外の世界では禁止されて使えなくなってしまっていたので、せっかくだから」

 そうは言いながらも、早苗が軽く目を逸らしたのをアリスは見逃さなかった。

「絶対早苗の方がノリノリだったわね。あ、落ちちゃった」

 もういっこ、そう言って早苗から新しいものを受け取る。

「儚いわねぇ」
「それがいいんですよ。人の夢です」
「人ならざる者の夢は儚くないのかしら」
「外の世界の人間にとっては、もはや存在が夢物語じゃないですか」
「あんたはどうなのよ。もうこっちの住人じゃない」

 何気ないアリスの言葉に、しかし、早苗の動きは止まる。

「……」

 早苗の持っていた線香花火の火が、落ちる。地面に達してもしばらく明るさを保っていた玉も、やがて、光を失った。

「ん、不味いこと言ったなら謝るわ」
「いや、なかなか刺さりましたけど、大丈夫です」

 息を大きく吸って、吐いて。にこっと笑えた早苗の顔は、もう普段通りの様子であった。

「そうですよねぇ。きっと私、もう忘れられてるんでしょうね」
「いや、決まったわけじゃないから」
「夏祭りだってみんなと行ったのに、きっと私だけ無かったことにされてるんです」

 ちらり、とアリスを見遣る早苗。気づいていない風のまま、アリスが返す。

「慰めないからね」
「アリスさん。そこは、『大丈夫。これからは私が覚えているから』とか言うところです」
「言ったらどうなるのよ」
「フラグが立ちます」
「あー、だいじょうぶー、これからはわたしがおぼえているからー」
「何という棒読み」

 大げさにがっくりとする早苗。

「で、フラグが立つとどうなるわけ」
「そんなこと、私に言わせないでください」
「何で恥ずかしがるのよ……」

 何故か体をくねらせる早苗を、未確認飛行物体でも見るかのような目で眺めていたアリス。そのまま、何やら思案している様子だったが、視線を外して立ち上がる。
 それを見て、早苗も同じように立ち上がった。少し風が出てきたのか、涼しさが感じられる。

「まあ、覚えておくぐらいならしてあげるわよ」
「あら」
「あんたみたいなの、忘れろっていう方が難しいわ」

 今度は、アリスがちらり、と早苗を見遣った。それに気づいて、早苗の相好が崩れる。

「やっぱりアリスさんはいい人です。嬉しくなってきたので残りの線香花火も全部火をつけちゃいましょう」
「こら、何やってんのよ」

 怒ったときには既に遅く、線香花火の束からばちばちと多量の火花が散る。遠くにざわめきが聞こえるのは、博麗神社の方だろうか。
 分社の境内は静かなもので、明かりに照らされる限りには何もなく、時折、風の音がするぐらいであった。

 そんな中、これは煙が目に入ったからなんです、と強く主張する声が響く。真相は、ただ風だけが、知っていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あー、金魚、可愛いなぁ」

 水槽の中を泳ぎまわる金魚を眺めて、魔理沙はぽそりと呟いた。

「金魚、可愛いなぁ」
「いつまでそこにいても、あたいの返事は変わらんよ」
「そう言わず頼むぜ」
「死神は金銭にはシビアなのさ」

 この金魚屋の主人をやっていたのは、小町であった。
 魔理沙は、小町の目の前で泳ぎまわる妖怪金魚を眺めるしかできなかった。
 残金が金魚すくい1回分に、遠く及ばないのが原因だった。

「どこで計算が狂ったんだろうか」

 お金は多めに持ってきたつもりだったのだが、気がつくとスッカラカン。
 最もやりたかった金魚すくいを、1回もできないという状況にまで陥ってしまっていた。
 ところが、ただの金魚ならともかく『妖怪金魚』と、興味をそそる屋台。これは1匹くらい手に入れたい。
 その葛藤におぼれ、魔理沙は水槽の前から動くことができなかった。
 ちょうどそこへ、

「死神さん、金魚すく1回やらせて!」

 新しい客が来た。
 こうなったら退くしかないな、と魔理沙はしぶしぶ屋台を立ち去ろうと、振りかえったところ

「なんだ、リリカか」
「まあね。そのさ、さっきはゴメン」

 そう言いながら、リリカは小町に1回分の代金を払って、ポイとお椀を受け取った。

「やりたかったんでしょ? 金魚すくい」
「お、いいのか? よーし、一番大きいのとっていやるぜ」

 リリカは貰った一式を、全部魔理沙に渡した。
 すると魔理沙は急に勢いづいて、再び水槽を覗き込んだ。

「大きいのは気をつけな。イキがいいから、飛び暴れるよ」

 あんたにゃ無理だ、と小町はにやりと笑った。
 そう言われると、対抗意識を燃やしたくなるのが魔理沙だ。

「金魚すくいってのはな、大物を狙わなくちゃつまらんぜ」

 一番大きな金魚の上に、ゆっくりと右手を近づける魔理沙。
 緊張で少し手が震えている。夢中になっているのか、袖が濡れていることに気づいていない。

「見てろよ、リリカ。この魔理沙さんの偉業の一部始終、全部その目に見せてやる」

 今だっ、と魔理沙は水槽の中にポイを入れた。
 すばやく金魚の腹の下にポイをくぐらせ、そしてお椀を近くに持っていくと

「どうだぁ!」

 一気にポイを水面上に引き上げた。
 ところが、紙の部分が腹についた途端、金魚は尻尾をばたつかせ、紙はやぶれてしまった。
 ぽちゃん、と音をたて、金魚は再び水槽のなかに戻っていった。

「……あーあ」

 リリカが残念そうに言ったが、当事者である魔理沙は予想外の敗北に声もでないようだった。
 一方で小町は、そら見ろ言わんこっちゃない、とばかりににやにや。

「素人がいきなり大物なんて狙うからさ。欲の張りすぎは何事においてもよくないよ」

 そう言いながら、小町もまた、椀とポイを手にした。
 そして、小さな金魚の群衆めがけて、

「よく見ておきな。金魚すくいってのは、こうやるんだ!」

 ポイを水面下にくぐらせたかと思うと、即座に金魚をとらえ、暴れる時間さえ与えずすくいあげた。

「お~っ」

 感嘆の声をあげる2人を前に、小町はすくいあげた1匹目をお椀にいれると

「おっと、これで終わりと思ってもらっちゃ困るね」

 続けざまにもう1回水槽にポイをくぐらせ、2匹目をすくいあげた。

「おまえ、凄い奴だったんだな。どこでそんな上手くなったんだ?」
「何を隠そう、あたいは死神の間じゃ、金魚すくいの小町って呼ばれてるくらいさ」

 褒められて上機嫌になった小町は、金魚2匹を別々の袋にいれながら続けた。

「今回の祭りの為に、暇な時間を見つけては妖怪の山で金魚を捕まえたんだ」
「仕事しろよ」
「妖怪金魚はイキがいいからねぇ。開いてる時間を作って練習もしたんだが、慣れるのに偉く手こずったよ」
「いや、仕事しろよ」

 魔理沙の言葉が聞こえているのかいないのかは分からないが、小町は誇らしそうな表情で2つの袋を魔理沙とリリカに渡した。

「え、くれるの?」

 リリカが驚くと、

「お代を払ったのに手ぶらで帰るってのは寂しいだろう? おまけだ、持っていきな」

 小町は笑いながら、余っても仕方ないんだ、と付け加えた。

「あ、そうだ。餌のやり過ぎには気をつけな。妖怪金魚は際限なく大きく成長するからね」

 言われて見ると、どことなく食べ物に貪欲な顔をしているようにも見えた。
 一方、魔理沙は貰った金魚をしばらく眺めると、顔をあげて

「この次は一番大きいのを貰うからな」
「言ったな。おまえさん如きが取れる奴じゃないとは思うけど」
「いやいや、普通の魔法使いに二言はないぜ」

 にやにや笑う小町に、堂々と胸を張る魔理沙。
 その構図がリリカには、実に面白おかしく見えたのであった


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 二人が戻ると、少し離れた場所にいた三人はそれぞれ食べ物を手にしていた。

「お見事で御座います、お嬢様」

 紙の箱に入ったタコ焼きを持つメイドは、戻ってきた主にそう述べた。

「ありがとう、咲夜」

 返事をしながら、手にしていた戦果を咲夜へと渡す。咲夜は一礼し、次の瞬間にはタコ焼きも金魚も持っていなかった。

「持って帰ったの?」
「金魚の方は。タコ焼きは、美味しゅうございました」
「従者の癖に主を待たずに食事とは、優雅なことで」

 皮肉交じりのレミリアの言葉にも、咲夜はにこにこと笑顔を浮かべているだけ。随分と機嫌が良さそうである。

「……ちょっと、どうしたのあれ」
「恐らくお嬢様の雄姿が原因ではないでしょうか? あとは、さっき食べ物買った時に色々おまけしてもらったからとか」
「……貧乏くさいわねぇ」

 あまりの不気味さにレミリアが美鈴に尋ねると、苦笑しながら彼女は答えた。
 その内容に、レミリアは何とも言えない気持ちになる。主の雄姿を従者が誇るのは当然のことだが、何故よりによってそれとおまけを同列視するのか、と。

「ふぉうふぃふふぁふぉふぇっふぇいふぉふぉふぉふぉふぁふぇふふぁんふぇふぇふぃふぁふうふぁふぁふぁふぃ」
「……何語?」
「……んぐっ。こういう場所でも節制を心がけているなんて出来た従者じゃない」
「こういう場所だからこそそういうのを気にしちゃいけないんしょうが……」

 頬張っていたりんご飴を呑みこみながらのパチュリーの言葉に、レミリアはこめかみに手を当てながら唸った。全くこいつらといったら、祭りというものが分かっていない。

 祭りとは、その雰囲気によって散財する場であるとレミリアは考えている。だからこそ咲夜にはたくさんの金を持たせているし、それを使い切る気持ちも持っていた。
 なのに彼女と来たらよりによって節約など! 祭りの神に対する冒涜ではないかとまでレミリアは思った。

「違うのですお嬢様、私はきちんと品物分の料金は払いました」
「ほう……それで?」
「その時に屋台の店主が、私のことを『綺麗な娘さんだねぇ……よし、おまけだっ』と言って少しばかり余計にくださったのです」

 だから笑っていたのですわ、と言う咲夜に、苦笑交じりの溜息を返した。
 年頃の人間の娘だ、褒められて嬉しいのは当然か、と思っておくことにする。でないとあまりの単純さに頭痛がしそうなレミリアだった。

「ねえ美鈴、それはなぁに?」
「これですか? 烏賊ですよ、烏賊の丸焼き」

 そんな二人の傍らでは、匂いを嗅ぐために鼻を鳴らしながら尋ねるフランドールと食べてみますか? と食べかけを差し出す美鈴。

「いいの?」
「はい。お嬢様の許可もありますから、また食べたくなったら買えばいい話ですし」
「おい門番勝手なことを……」
「ありがとうお姉さま!」

 美鈴の言葉に文句を言おうとしたレミリアは、フランドールの満面の笑みにぐっと言葉を詰まらせた。満面の笑みと言ってもどことなく小悪魔チックだった気がするのは、恐らくそう言えば姉の言葉を遮ることが出来ると知っていたからだろう。可愛らしいずるさである。
 差し出された烏賊にかぶりつくフランドールを見ながら、美鈴は舌を出して笑った。確信犯かこいつ、とこめかみをぴくりとさせるレミリアだったが、

「……思ったよりもおいしいね」
「リアクション薄いですねぇ……」

 そんな二人のやり取りに毒気を抜かれ、しょうがないかと笑みを浮かべ、

「咲夜」
「はい」
「お店、一軒ずつ順番に回るわよ。全ての店を制覇する」
「畏まりました」

 その言葉とともに、先ずは手近な店からと目に着いた店へ向かうのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 屋台と屋台の間にたたずむ、少し大きめの休憩所。
 大きな机と椅子が並べられただけの簡素なテントだが、買った食べ物を食べるのに何人も利用していた。
 おまけに、ここで酒をたしなむ者も多く、すっかりテントの中は酒の匂いで充満していた。
 そのちょうど中央あたりで、リリカと魔理沙も時を過ごしていた。
 魔理沙と落ち着いて話をする場所と時間が欲しかったリリカが、彼女をここまで連れてきたのであった。

「しかし、ここは随分と酒の匂いが強いな」

 魔理沙はそう言いながら、周りを見渡した。
 あっちでは鬼が、そっちでは天狗が、皆気ままに呑んでいる。
 一方のリリカは、話がしたいからここに来たのに、なかなか言いたいことが言えなくてもじもじしている。
 もし魔理沙の方が話しかけてきてくれたら、幾分楽になるだろうが、魔理沙は周りばかり見ている。
 それでもリリカは意を決して

「あ、あのさ……」
「悪い、ちょっと席はずすから、見ていてくれよ」

 魔理沙はふらりとどこかに行ったかと思うと、数分後、酒瓶1本持って帰ってきた。

「どうしたのよ、それ」
「あっちで鬼がたくさん酒を持っていたから、少しもらってきた」
「よくくれたわね」
「私のお祭り大好き理論を語ったら、気前よくよこしたぜ」

 戦利品を見せつける魔理沙に、リリカはこっそりため息をついた。
 別にこういうことは悪いとは思わない。なぜなら、リリカ自身が立派な常習犯なのだから。
 ただ、魔理沙のペースに巻き込まれてしまう自分がふがいなくて、ため息をついたのだった。

「それ、鬼からもらったってことは、相当強い酒でしょ」
「ん? おまえも呑むか? コップならあるぜ」
「呑まないわよ。これからライブがあるっていうのに」
「そんなこと言うなよ。ほら、景気づけに1杯」
「ルナサ姉さんに怒られるから」
「そうか? じゃあ、全部私が呑むぞ。残すともったいないからな」

 魔理沙はコップにお酒を注ぐと、それをくいっと呑みほした。

「あー、やっぱり鬼の酒は違うな。人里で売ってる奴なんかとは、全然違うぜ」

 なんて言いながらもう1杯。
 それを見たリリカは、少し焦った。酔いつぶれてしまっては、話どころではない。

「ねぇ、魔理沙」
「ん?」
「そのさ、さっきはゴメン」
「ああ、たこ焼きの件だろう? あれはおまえから金魚おごってもらったから、別にいいぜ」

 たこ焼き1個落とさせた件についてまだ引きずっていたか、とリリカは思ったが口にしなかった。

「そうじゃなくてさ、その、さっきひどいこと言っちゃったから」
「ん……悪い、覚えてない」

 少し酔いがまわっている魔理沙を見る限り、どうにも嘘には見えなかった。
 しかし、そう言われると逆に言葉の続けように困る。
 思い切って、リリカは自分が見たもの全てを話しだした。
 胸の内につっかえた何かを全部吐き出してしまいたかった。
 全部を説明するのに、2分もかからなかったと思うが、リリカにとっては非常に長い時間に感じた。
 一方魔理沙は、リリカにも妹がいることは知っていたが、その話をしっかり聞き続けた。
 そして、リリカが全てを話し終えると、やっと魔理沙が口を開いた。

「おまえ、そりゃ、お祭りの神様だよ」
「神様って、この神社の?」
「違う違う、確かにこの神社の神様は凄い方だけどさ。ちょっといい加減なところもあったけど」
「……?」
「まぁ、いい。お祭りの神様ってのは、座敷わらしみたいなものだ。祭りをやっている所に、ひっそり現れるのさ」

 魔理沙はここぞとばかりにまくし立てて熱論した。

「なんでおまえの妹の姿していたかは知らんが、私はそれはお祭りの神様だと思うぜ」
「お祭りの神様、か……」

 リリカは半信半疑だった。
 確かに、レイラは賑やかな所が好きだった。
 この郷に来たあとも、人里で祭りがあると聞けば必ず駆けつけたものだった。
 おまけに、三途の川で船頭をしている小町があの調子なのだから、もう何が起きても不思議ではない。
 しかし、それならそれでまた疑問がある。
 はたしてその"お祭りの神様"はレイラ本人なのか、はたまた他人の空似なのか。
 座敷わらしは、見る人によって姿形を変えるというから、『リリカだからレイラに見えた』説も否定できない。
 そこまで考えると、もう頭が大渋滞。

「むむぅ」
「どうしたんだ? 眉間に皺寄せて」
「この問題は難しいわ」
「そんなことはないぜ」

 魔理沙はそこで一端言葉を区切り、さらに1杯の酒を飲み干すと続きを言った。

「おまえは全力で鍵盤を叩けばいい。ベストを尽くせば後悔なんてしないだろう?」
 
 そのしごく単純な答えに、思わずリリカは吹き出した。

「……そうよね。ありがとう」
「まぁ、うまくやってこいよ。私にゃよく分からんが、おまえにとっては大切なゲストなんだろ?」

 魔理沙はビンをさかさまにしたが、酒はもう数滴しか落ちてこなかった。

「およ? もうからっぽか」
「その辺にしておきなよ。帰れなくなるわよ」

 リリカの言葉なんておかまいなしに、魔理沙は酒瓶の口から滴る水滴を凝視している。
 半ば呆れながら、リリカは懐中時計に目を通した。10時37分だった。

「げっ、まずい、姉さんに怒られちゃう! 魔理沙、私もう行くね!」
「お、行くのか。じゃ、全力で弾いてこいよ」
「分かってるって」

 リリカはいつもの笑顔を残して、休憩所をあとにした。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 特設、プリズムリバーライブ会場裏方。

「姉さーん!」

 すでに待機していたルナサとメルランのところにリリカが駆けこんだ。

「ゴメン、遅くなっちゃった」
「まったく、もう。勝手にどこかに行っちゃうから、ずいぶん探したわ」

 ルナサは腕を組んで、リリカを軽く睨んだ。

「えへへ、ゴメンごめん」

 リリカは悪びれる様子もなく、形だけ謝った。

「うん、いつものリリカね」

 メルランはそう頬笑みながら、まだまだ余っているチョコバナナを口にした。

「それで、リリカ。どうたったの?」

 ルナサはさっきの調子を崩さずに言った。

「何が?」
「屋台よ。楽しかった?」
「うん、とっても!」

 リリカは心の奥底から笑った。
 つられて、厳しい顔をしていたルナサも、顔が少し微笑んだ。

「よかったわ。さあ、ライブの準備をはじめるわよ。リリカ、メルラン、スタンバイして」
「りょーかーい」
「素敵なライブにしましょうね」

 3人ともそれぞれ、今日使う楽器の準備をはじめた。
 その途中で、リリカが

「あ、しまった!」
「どうしたの? 忘れ物?」
「さっきの休憩所に金魚置いてきちゃった」

 魔理沙と2人でもらった妖怪金魚を、休憩所に忘れてきたことに気づいたのだった。

「取ってくるのは後にしなさい。もう時間がないわ」
「うん、そうする」

 リリカは返事をしつつ、キーボードの音合わせをし、さらにライブの台本にも目を通していた。
 メルランもルナサも、台本の暗記と楽器の調整で余裕がなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 紅魔館の軍勢が、一軒一軒を制覇していく。
 たった五人の軍勢だ。しかし、その戦力は万軍にも劣らない成果をあげていた。

「食べきれるんですか、こんなに」
「私たちが無理でも美鈴が食べきるわよ、燃費悪いし」

 境内から少し離れた木の根元に、咲夜が持ってきた青シートを引いて輪になって座る。
 中心には、大量の食べ物が置かれていた。

「凄いね、美味しそうなものばかり」
「味の割に高いので、祭りの料理はあまり好きではないんですけどね……」
「何を言っているの咲夜。祭りは、その雰囲気こそが最高の調味料よ。だからこそただの焼きそばだってとんでもなく美味しく感じるの」

 と、割り箸片手にレミリアは言った。
 それに賛同を示したのは、美鈴だ。

「そうですよね。なんというかこう、祭り! って空気がいいんですよね。持って帰ると不思議にまずく感じるのは、たぶん冷めてるからだけじゃなくてもともと大して美味しくなかったからなんでしょうね」
「偶にもとから美味しいものもあるけどね。基本的に手早く大量に作るためのものなのだから、美味しくないのが当然なのよ、祭りの料理なんて」
「はぁ……そんなものなのですか」
「そんなものなのよ」

 いささか不服そうな咲夜をまだまだ青いな、と笑いつつ、レミリアが手に取ったのは紙の箱に入った焼きそばだ。少しばかり摘んで、口に運ぶ。ちゅるちゅると美味しそうに飲みこんで、

「フランも食べる?」

 と、隣に座る妹に手渡した。

 嬉しそうに受け取りながら、フランドールも同じように少しだけ摘む。

「どう?」
「美味しい!」

 小さな口に頬張りながら、フランドールは姉の言葉に満面の笑みで答えた。
 善き哉、と頷いて、レミリアも新たな料理に手を伸ばした。簡単なものから少し手の凝ったものまで、たくさんのものが揃えられている。

「やっぱり自分で作った方が美味しい……」

 そんなことを言いながら食べる咲夜。しかしその顔は綻んでいて、楽しげで。

「うーん、次はこれを、あ、いや、やっぱりこっち……」

 数ある料理に手を伸ばし手は引っ込め、どれを食べるか悩んでいる美鈴。

「…………もぐもぐ」

 ひたすら本を読みながら手を伸ばし、掴んだ端から口に放り込んでいるパチュリー。

 一般的な夕食、というには少しばかり遅い時間帯。しかし吸血鬼であるレミリアやフランドールにとってはいつもと変わらない時間帯。
 遠くから、祭囃子の音が響く。それとは別に聞こえる楽器の音。未だ音楽にならないそれは、騒霊姉妹がそろそろ始まるコンサートのために音出し確認をしているのだろう。

「食べ終わったら、どうしようかしら」

 その音に少しわくわくしながら、レミリアが口を開いた。

「お嬢様のお言葉に従いますわ」
「咲夜さんに同じで」
「出来るだけ静かなところがいいけど……偶には演奏会というのも悪くないわね」

 微苦笑を浮かべながらの、三人の言葉。どうせ決まっているんでしょう? という想いが、ひしひしとレミリアに伝わってきた。
 肩をすくめて、フランドールを見る。もごもごと口を動かしているのは、まだ食べ物を食べている証拠だ。
 視線が合い、彼女は慌てて口の中のものを呑みこもうとした。ゆっくりでいいわよ、とレミリアはそんなフランドールを気遣う。

「んぐ……」
「はい、お水」
「ありがとう」

 少し苦しそうにしていた妹に水を手渡せば、彼女は照れたように頭を下げて礼を言った。
 ん、と水を飲んで、落ち着いて。

「私は、演奏が聴きたいな」

 と、フランドールは答えた。

「……決まりね」

 手にしていた紙の箱をくしゃり、と潰して、レミリアは立ち上がった。静かに手を伸ばしていた咲夜に、手の中のゴミを渡す。

「いつまで食べてるの、行くわよ」
「畏まりました」
「せっかちね」
「わわわ、ちょっと待って下さいよ!」

 それぞれの個性を見せながらの対応に笑みを零しながら、レミリアはフランドールに手を伸ばす。

「さ、行くわよフラン。まだまだお祭りを楽しみましょう」
「うん!」

 差し出された手をしっかりと握って、フランドールも立ちあがる。
 姉の横に並び、向かう先は演奏会の場所。遠くから聞くのも悪くないが、やはり生で見るのが一番いいのだ。
 同じ考えのものたちがそろそろ集まり始めたころだろう。急がなくてはいい場所がとられてしまう。

 境内に少し近づけば、そこにはたくさんのヒトの姿。逸れない様に。レミリアはフランドールの手を、しっかりと握りしめる。

「お嬢様」
「なにかしら?」

 彼女が人ごみに踏み出そうとした、その時に。美鈴は、少し腰をかがめてレミリアに話しかけた。
 
「私はそろそろ、警邏の仕事に向かわせていただきます。今から護衛の任を外れますこと、お許しください」

 その言葉に、ああそうだったな、と思いだす。交替制の警邏。彼女はその役にも就いていた。だからこそ彼女は浴衣を着ていない。
 この先の行事を一緒に楽しめないのは残念ではあるが、それも仕方なし。レミリアは美鈴の言葉に大仰に頷いた。
 
「許す」

 そしてすぐに相好を崩して、

「……まあ、今日は祭りだもの、あまり肩肘張らず楽しみなさい。警邏が終わったら、好きにしていいから」

 その言葉に、美鈴は軽く笑って、おどける様に。

「了解です。まさしく、鬼の居ぬ間に、ですね」
「ふふ、そうね」

 主の笑みを受けた彼女は、一礼し、赤い髪を翻して振り返ると、しっかりとした足取りで雑踏の中へと進んでいった。
 長身の彼女は、人ごみの中にいてもその姿が映える。美しい赤い髪もまた、彼女の姿を目立たせるのに一役買っていた。

 美鈴が人ごみにまぎれて見えなくなる。同時に、人ごみの動きが少し早くなったように思われた。誰もが、名高いプリズムリバー三姉妹の演奏を生で見ようと行動を始めたのだろう。
 このままではいい場所がなくなってしまう。そう思ったレミリアは、妹の小さな手を握って、

「咲夜、私たちを見失わない様に」
「畏まりました」
「パチェ、辛かったら帰ってもいいわよ」
「最後まで付き合うわよ」
「……フラン」
「うん!」

 雑踏を弾き飛ばす勢いで、駆け出した。

 先頭を行く幼い吸血鬼の姉妹。その頭には、屋台で売られていたお揃いの髪飾りが揺れていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 11時まであとわずかという時間帯。
 プリズムリバー楽団のライブを見るため、舞台の前には多くの客が今か今かと待ちわびている。
 一方、3人はというと、神社の屋根の上に座って、その様子を眺めていた。
 ライトアップされている舞台と違って、神社の屋根の上は夜の闇に覆われて真っ暗である。
 これらは全部演出であり、客も誰ひとり3姉妹の本当の居場所に気づいていない。

「うっわー、姉さん、凄い人だよ」
「本当ね。上から見ると、改めて数に圧倒されそう」

 リリカやメルランがすっかり群衆に目を奪われるなかで、ルナサは懐中時計だけを見ていた。

「もうすぐ時間よ、準備はいい?」

 ルナサの呼びかけに、メルランとリリカは黙って頷いた。
 それに対して、ルナサも同じく黙って頷きを返す。

「じゃあ、行くわよ!」

 ルナサがパチッと指を鳴らすと、それを合図に、打ち合わせ通り3人は屋根の上から飛び上がった。
 そして、ライトアップされた舞台に、ほぼ3人同時に着地した。
 何の前触れもなく、かつ予想外の登場の仕方に、群衆は一斉に静まり返る。

「こんばんは、昼行性のみなさん」
「おはよう、夜行性のみんな!」
「いつも寝てる奴は私たちの演奏聞いて目をさませーっ」
「毎度おなじみ、昨日も明日もメランコリーなバイオリン、ルナサです」
「毎度おなじみ、家でも外でもハッピートランペット、メルランよ!」
「毎度おなじみ、君も貴方も忘れた音を集めたキーボード、リリカだよっ」
「1度聞いたら、思わず口ずさむメロディ」
「2度聞いたら、頭の中でぐるぐる回るリズム!」
「3度聞いたら、死んでも忘れられないアンサンブルっ」

 そして3人で声をそろえて、

「プリズムリバー・夏祭りライブ、よろしくお願いします!」

 3人が一礼すると、空気が張り裂けるような拍手が場の音を占領した。
 湧きおこる拍手のなか、リリカが顔をあげると、群衆の隙間にあの濃い青の浴衣の少女が見えた。
 今度は目があっても、振りかえってしまうことはなく、ただステージを見ている。
 じっくり見てみると、やっぱりレイラのような姿形をしているとリリカは感じた。
 どこかで金魚すくいを遊んだのか、右手には金魚のはいった袋を持っていた。

「リリカ、伴奏はじめて。1曲目、はじめられないじゃない」

 隣でメルランがささやいた。

「あ、うん」

 我に返ったリリカは、鍵盤の上に指を置き、呼吸を整えると

(行くよ、レイラ)

 魔理沙に言われた通り、全身全霊の伴奏をはじめた。

「1番、『真夏のポルターガイスト交響曲』!」

 メルランが声高々に叫ぶと、トランペットで主旋律の演奏にはいった。
 それに続き、ルナサも主旋律を支える副旋律を奏で始めた。
 聞くものを魅了する独自のメロディとリズムが境内を包み、群衆はその演奏の虜になった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 頭で酒ビンを叩き割る。昔読んだ本でそんなシーンがあった。実際に叩かれている人を見たこともある。しかし、自分がされるのははじめてだった。

「痛いなあ、もう……」

 叩かれた彼女の額になにかが伝った。

「私が石頭じゃなかったら大変でしたよ、ねえ聞いてます?」

 血ではない。お酒だ。ビンの中に残っていたお酒が流れただけ。

「まったく……」

 こういう人が毎年出るから、お祭り会場には警備員が必要なのだ。困ったものだ。交代制なのに、ほとんどがサボってしまう。本当はもう何人か来る予定だったのに、今はたった一人だけだった。損をしたのは紅魔館の門番、紅美鈴だ。

「起きてください、お祭りはおわりましたよ!」

 正確には「ほとんどおわった」だ。時間的にはまだ開いている屋台もある。ただ、大半はプリズムリバー三姉妹の演奏をたのしみたいとか、商品がもうないとか、眠いとか、お酒の時間だとか。そういった理由でみんな屋台を放ったらかしにしている。
 美鈴の考えはこうだ。お祭りとは、屋台がたくさん揃うもの。
 つまり、彼女としてはもうお祭りはおわっている。屋台がないのだから。

「うるひゃい!」

 手を振り回し、寝転ぶだれかは抵抗する。お酒が入っているので、大した攻撃ではない。余裕でかわし、距離をとる。

「どうふぇ、だれもあいてぇ、しれくれないれふよ! みんな、つめらい!」

 なにを言っているのかわからない。ただ、とりあえず起きてくれたようだ。こんなところで放っておくのもかわいそうだ。警備員として自覚を持つ美鈴は、腕を掴んで起こそうとする。

「にゃあ!」

 猫のような声を上げて、腕を振り払われた。さらに強く掴み、ほぼ連行する形で本部へと連れて行こうとした。
 しかし小柄な見た目よりもずっと力は強く、思ったようにいかない。
 何度も繰り返しているうちに、美鈴は汗が体中を伝うのに気づいた。蒸し暑い夏祭り。それに、さまざまな屋台が排出する蒸気や熱気。お祭り会場は、夏にふさわしいかなりの気温だ。

 いったん酔っ払いのことは中止し、美鈴は水を取りにいく。一度だけ酔っ払いのほうを振り返り、美鈴は水のもとへと急いだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 一方、博麗神社の縁側では、霊夢と魔理沙が並んで酒をたしなんでいた。

「ここまで聞こえるわね、あの演奏」
「あ、本当だ」
「なんか不思議な気分ね。酔いそう」
「あいつらの音には心理作用があるって言うからな。私もふらふらだぜ」
「あんたはただの呑みすぎよ」
「霊夢とて人のこと言えたもんじゃないぜ」
「ん、まあね」

 2人が呑んでいたのは、元は萃香の瓢箪にはいっていた酒である。
 よって、人間が呑むにはかなり強い。

「なあ、霊夢」
「なによ」
「祭りって楽しいな。来年も開くのか?」
「ん、考えておくわ。お賽銭が集まるならやるかも」
「なんだ、来年はやらないのか」
「開ける前から箱の中身を予想するな」

 まあまあ、と魔理沙は霊夢の杯に酒を注いだ。

「そんな罰あたりなこと言うと、お祭りの神様に怒られるぜ」
「何よ、それ」
「座敷わらしみたいなものだ、きっと」
「本当にいるの?」
「いたらいいなぁ、程度だ」
「結局いないのね」
「分からんぜ。こっちには目撃証言があるんだ」
「ふーん……」
「まあ、私も半信半疑だけど、いるならいるで、そっちの方が楽しそうじゃんか」
「そういうものなのかしら」
「そんなものだぜ。それ、よっと」

 魔理沙は縁側から立ち上がった。

「ちょっと、どこ行くの?」
「あー、あれだ。お祭りの神様のために、私もひと肌ぬぐことにした」
「何かするつもり?」
「まあ、見てろ。こんな日が来ると思って研究を重ねていたものがあるんだ」

 そう言い残して、魔理沙は縁側からどこかに消えてしまった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「はい、これ飲んで元気出してください」

 放っておいてもよかった。ただ、どうしても面倒見のよさだけは拭えない。紙コップに注いだ水を差し出すと、酔っ払いはうれしそうに飲んだ。

「がぶ飲みすると大変ですよ」

 がぶ飲みが引き起こす具体的な病名、オナカイタ。今なら大丈夫かもしれないけれど、お祭りではトイレが混むから注意しないといけない。

「……ありがと」
「はい?」

 出てきた言葉が信じられなくて、美鈴は耳を近づけた。ビンで人を殴るような人がお礼を言うなんて。そしてさっきまで酔っていた人がこんなにはっきり話せるものだろうか。
 お礼の二度目はなかった。

「久しぶりに来たのにさ、だれも相手にしてくれなかったんだ」

 この人の種族によって、久しぶりの感覚はきっと違うはず。人間なら一週間でも久しぶりだろう。しかし、妖怪なら「さっき会ったじゃん」のレベルだ。種族がわからないことにはわからない。
 見た感じは子どもだけど、守矢神社の神さまのこともあるから――。

「残念でしたね、でもしばらくは私が相手になりますよ」

 さすがにここで「はやく来ないほうが悪い」とか、「仕方ないでしょ」なんていうほど美鈴は空気が読めなくなかった。
 木に引っかかっていたブルーシートを敷き、ふたりで腰掛ける。

 愚痴ならなれてますよ。そうアピールし、話を聞く体勢になる。ところが酔っ払いは美鈴が相手になってくれることで、うれしくなったのだろう。ほんの少しだけぶつぶつと愚痴を言い、やがて止まった。

 酔っ払いは無言のまま、ゆっくりと立ち上がった。うつろな目で美鈴を捉える。しばらくは静かな時間が流れた。
 沈黙の後、酔っ払いはぺこりと頭を下げた。酔っ払いは頭を上げると背を向け、神社の階段を駆け下りていった。

「……なんだったのかなあ」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 噂に違わぬ演奏だったと、嵐の様な拍手の中で誰もが思ったことだろう。
 レミリアもフランドールも、視界の先で深く礼をしている三姉妹に向かって惜しみない称賛を送っていた。

「凄かったね」
「ええ、本当に」

 傍らでは同じように咲夜も、珍しく本を閉じて聞いていたパチュリーまでもが拍手をしている。
 それだけ、聴衆の心を動かすものが彼女たちの演奏にはあった。こんな演奏会ならまた聞きたいと思い、同時にこの演奏会は聴衆の心に祭りの楽しい思い出とともに刻まれることだろう。

 三姉妹が姿を消すと、その場に集まっていた聴衆たちも次第に散り始める。
 時刻は、真夜中。美しい月が天高く輝く時間帯。祭りに参加していた子供たちの大半は眠たそうに眼を擦り、大人たちの中にもそろそろ疲れの表情をしている者たちがいる。

「フラン、疲れた?」
「ううん、まだ平気だよ」

 しかし、レミリアやフランドールにとってはこれからが本番。
 本来夜行性である吸血鬼。祭りに参加するために少し早く起き出したものの、眠くなるということはなくむしろこれからが活動のピークだ。
 パチュリーは眠る必要が無いし、咲夜も生活リズムを主であるレミリアに合わせたものにしているため、まだ眠たくなるような時間ではない。
 彼女たちにとっては、これからが本番なのである。

 波が引くように消えていく人ごみ。彼女たちは暫く待って、動きやすくなってから行動を始める。

「どちらに?」
「霊夢でも探しましょう。どうせ、そろそろいつもの面々で飲み会が始まるだろうから」

 後ろに続く咲夜の言葉にそう返して、レミリアは今日のことを思い返していた。
 楽しい祭りだったと思う。思った以上に大規模で、思った以上にヒトが集まっていた。フランドールも人ごみの中で暴れたりすることなく、常に目を輝かせて楽しんでいたように思う。
 浴衣も着た。髪飾りも買った。わたあめもりんご飴も食べた。おおよそ祭りという言葉で連想されるものは、楽しんだように思う。

 あと、足りないものは。そう考えていたレミリアの耳に、はしゃいだフランドールの声が届いた。

「お姉さま、花火!」

 その声に空を見上げれば、炸裂音の後にあたりの闇を切り裂き星が咲いた。
 気が利く、と思うと同時に、実にあの魔法使い好みじゃないか、と下手人であると思われるよく館に侵入する黒白の顔を思い浮かべながら、しかしその美しさと嬉しそうにはしゃぐフランドールの様子に、にレミリアは微笑んだ。

 幼い姉妹のお祭りは、これからが本番だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 無事、ライブを終えたルナサ、メルラン、リリカは裏方に戻り、そこで色とりどりの花火を眺めていた。

「花火なんて準備していたのね」
「綺麗ねぇ」

 3人とも帰る準備を忘れて、そこで花火に釘づけになっていた。

「誰が準備したのかしら」
「こんなのやる奴なんて1人しかいないよ」

 リリカはまるで自分がやり遂げたように、胸をはって言った。

「誰のこと?」
「決まってるじゃない。魔理沙よ」
「確かに、あの人のやりそうなことね」

 それからしばらく花火は続き、最後に1発特大の花を咲かせると、空は再び静寂の闇に戻ってしまった。
 その儚さから、リリカは先ほどのライブの最後のシーンをふと思い出した。
 あの深い青の浴衣を着た少女は、ライブの間はずっとそこにいたのに、終わった途端にまた消えてしまった。
 ついさっきまでそこに在ったにも関わらず、今はもう無い。
 先ほどまで夜空を飾った花火の消失から、リリカは再びそのことを想起したのであった。

「さて、花火も終わったことだし、片づけを始めるわよ。早くしないと屋台が閉まっちゃうわ」

 ルナサは手をパンと叩き、2人の視線を空から裏方へと引きもどした。

「そんな急いでどうするのさ?」
「リリカ、ウナギを買いたいって言ったのはあなたでしょ。ライブ完了祝いに、おごってあげるわよ」
「あら、姉さん、気前がいいのね」

 メルランに褒められ、ルナサは照れを隠しながら、夏祭りだしね、と言った。
 これはひょっとすると、もう少し褒めてみればまだ何か買ってもらえるかもしれない、とリリカは早急に作業に取り掛かることにした。
 しかし、いざ作業に手をつけようとしたが、ふと手が止まった。
 リリカの荷物の上に、一枚の団扇が置いてあった。
 赤い朝顔の描かれた団扇、リリカは自分のものでないことは分かっていたが、見覚えがないわけでもなかった。
 というのも、例の少女が持っていたあの団扇と同じものであった。
 何気なく裏返すと、裏面には青い朝顔と一緒に、万年筆の走り書きがあった。

 『少しの時間だけだったけど、
  また姉さんたちと一緒にいられて、楽しかったよ。

  ありがとう。
               

   追伸
  リリカ姉さんの金魚、貰っちゃった』

 いっぺん読み終わると、万年筆の走り書きはすっとにじみ、消えてしまった。
 リリカはもう1度団扇を見たが、2色の朝顔が描かれた普通の団扇でしかなかった。
 それでもリリカは、ただその団扇をしばらく眺めていた。

「あら、リリカ、その団扇どうしたの? ずいぶん綺麗ね」
「それにしてもリリカ、妙にうれしそうね。何かいいことあったの?」

 ルナサとメルランがリリカの様子に気づいて、一緒にその団扇を見た。

「帰り道にでも話してあげるよ。今夜のことはきっと、死んでも忘れられないわ」

 リリカは、そう言いながら団扇を優しい目で眺めた。
 それと同時に、自分がこんなにも不思議な体験をしたことが誇らしくもあった。
 今すぐ誰かに喋りたい、そうでないと本当に死んでしまいそうだ。
 湧きおこる衝動を必死に抑えながら、リリカは手っ取り早く自分の荷物を片づけた。

「さ、姉さん、行こう。お祭りの神様が私にくれた素敵な贈り物の話、してあげるから」

 歩き出した3人を包むように心地よい風が通り抜けた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「――ということがありましてね、もうすこし警備を続けようと思います」

 同じような酔っ払いがいるかもしれませんから、と美鈴は続けた。

「でも、そこはあなたの警備担当箇所じゃないよ。ただでさえ警備時間延長してもらってるんだから、そんな無理しなくていいって、悪いから」

 美鈴はもうすでに、かなりの時間警備員している。やはりほかの人がサボってしまったからだ。美鈴のがんばりは、本来なら勝手に帰ってしまっても許されるほどだ。しかし彼女の責任感は足を会場の外へとはやらなかった。そして、このまま警備の仕事を中断することも。

「ごめんね、あとでジュースの一杯でもおごるから」
「ありがとうございます。
 演奏がおわったら、さっそく出かけますね」

 プリズムリバー三姉妹の演奏も、もうすぐおわる。おわれば一気に帰る人が増えるだろうから、警備がしやすいと思ったのだ。

「にしても――お祭りってね、おわったあとがすばらしいと思わない?」

 人がいない会場。見る人のすくない盆踊り、演奏。無責任に捨てられ、屋台の光を受けて輝くビンでさえ、なぜか風流を感じさせてくれる。
 お祭りの終盤、耳が痛くなるほどの騒がしさはない。騒がしさこそがお祭りだという人がいるほど、それは大切な要素なのに。
 ただ、静かなのも――悪くはない。
 切り株でも石段でもいい。なにかに座って終盤のお祭りの空気を感じるのは、けっして無駄な時間ではない。すくなくても美鈴は、そう考えていた。
 だから相手に質問されたとき、即答できた。

「お祭りって、なぜかずっと続いて欲しい気持ちになるんです。でも、あの騒がしさをずっと、って意味じゃなくて。ううん、なんて言うのかな」

 言葉にはできない。ただ表現力が足りないだけじゃなくて、言葉にしたくないという気持ちもあるからだろう。簡単な言葉にできるほど、あの雰囲気は安っぽいものじゃない。
 相手には不親切な回答だったかもしれない。しかし、相手はわかってくれたようだ。うれしそうにうなづいている。

「でもね、みんなきっと忘れてる。
 お祭りは本来、神さまのためにあるのにね」

 神さまはときどき、人間のお祭りに遊びに来るという。まったく自分が触れられていないことについて、いったいどう思うのだろう。かなしむだろうか、それとも気にしない?
 美鈴は、前者の神さまがあまりいないことを願った。後者の神さまなら大歓迎だ、その辺で勝手に遊んでいるかもしれないだろうし。

「ん、おわりますね」

 なんとなく終盤を感じさせるメロディーが流れる。音楽にはあまり詳しくなくても、なんとなくおわるタイミングが予測できる。美鈴がつぶやいてまもなく――瞬きを二回するくらいの時間で――音楽は止まった。続いて、拍手が遠くからの音のように鳴り響いた。

「では、そろそろ行ってきます」
「ごめんね、がんばって!」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 神社の境内を一通りまわった。異常はない。博麗神社でのお祭りは魑魅魍魎が参加する。彼らはつねに衝突するので異常はつきものだ。それはもう、異常こそが正常なくらいに。
 しかし今年はずいぶん穏やかだ。体が砕け散ってもおかしくない命がけの警備なのに、ビンで殴られただけだった。

「異常、なしっと!」

 信じられない事実だけど、納得したくて美鈴はあえて声にした。そのとき、美鈴はふとあることに気づいた。ポケットから警備員に配られた書類を出す。担当箇所を調べる。
 美鈴はたしかに、自分が担当する場所での役目を果たした。ほかの人のも果たしたはずだ。ところが、一箇所忘れていた。それも、かなり大切なところを。

 石段の下だ。てっきりお祭りは石段の上、鳥居をくぐった先でやるものだと思っていたから……。

 美鈴はすこし迷った。まず、ここは自分の担当箇所ではないから。それに、あまり人は来ない場所だからだ。
 でももしかすると。帰ろうとした人が妖怪に襲われているかもしれない。足をくじいて動けなくなっているかもしれない。
 可能性はゼロじゃない。だったら――。

 美鈴は急いで、石段を駆け下りた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 なぜか屋台があった。

「いやね、お祭りって帰るときにさみしい気分になるじゃない。さみしい気分のまま、石段を降りる。降りた先にはわたしのお店があった。
 お客さんは締めってことで、ここで遊んでいくんだよ」

 若い屋台の主はそう説明し、美鈴に銃を渡した。

「安くしとくよ。
 って言おうと思ったけど止めた、あんた警備員さんだよね? だったらおまけしてタダでいいよ」

 なぜか美鈴は射的をやることになっていた。しかも一方的に話を進められている。美鈴にとって有利なほうに。
 美鈴は銃を握ったままためらう。

「さあさあ、がんばって落としてよ。タダなんだから。でも、そのぶん景品あげるのには厳しくしとくけどね」

 お酒がはいっているのか、店主は機嫌がよさそうだ。「にゃははは」と笑い、「はやくはやく」とせかす。

「おおっと、わたしに銃は向けないでよ。ちゃんと景品に銃を向けて撃ってよ」

 向けてない。そしてこれからも。
 生まじめな美鈴としては、タダでさせてもらうのは心が痛かった。罪を犯すような気分だ。しかし店主は機嫌がよさげ。むしろここで断ったほうが、彼女のテンションを下げてしまいそうで申し訳ない。

 美鈴はお礼を言い、やっと切り出した。「弾をください」と。
 店主は大爆笑していた。爆笑したままいつつの弾を渡し、自分の頭をぽかりと叩いた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 結果はなかなかだった。じつは最初のふたつは遠慮して、あえて変な方向に飛ばした。しかし美鈴は残り三発で本気を出し、見事に全部当ててみせた。
 店主は厳しくすると言っておきながら、酒ビンをおまけとして渡してくれた。さっきと同じ理由で遠慮しない。

「ありがとうございました」
「こちらこそー! 本当にありがとうね、相手してくれて!」

 相手に損をさせただけだと、美鈴は思った。しかしたのしそうなので、悪くはなかったみたいだ。景品のチョコレートや酒ビンを持って、神社の石段を上がっていく。本部に戻り、警備がおわったことを伝えた。

「おつかれさん。
 あれ、それはどうしたの?」
「石段の下でやってたんですよ」
「うそ、だってあそこは出店禁止だよ」

 美鈴は「え!」と叫んだ。

「いきましょう、こういうときの警備員よ」

 せっかく遊ばせてもらったのに。お店の人には悪い気がした。
 でも、決まりなのだからしかたない。

 ふたりで石段を駆け下りる。美鈴はおかしなことに気づいた。

「で、どこ?」
「ここ。
 に、あったんですけど、ねえ……」

 屋台の代わりにあるのは、草に隠れた古いお地蔵さんだけ。
 屋台を立てたあとには、必ず跡が残るものだ。しかし、それすらない。幻、というやつだろうか。

「紅さん、本当に見たの?
 ……いや、見たはずよね、この時間に景品もって帰ってきたんだし」

 この時間には、屋台なんて残っていないといってもいいくらいだ。ということは、景品が手に入るはずがない。
 なんだったんだろうね。
 ふたりで考えても、結局答えは出なかった。

 ただ美鈴は、木に隠れるお地蔵さんがなぜか気になって見つめていた。さっきより笑顔になっているような気がする。
 気のせいだと、本人は思うのだけど。

 ほほをなでる涼しさを感じて、美鈴は風を目で追った。石段を登り、博麗神社へと向かっていく。
 お祭りはおわった。そう教えてくれるような風だった。別れを感じさせる冷たさだったのに、美鈴にはなぜか、あたたかく感じた。
日頃、創想話に投稿している4人が合同でお送りしました。


・お祭りの楽しみ方は人それぞれ。メインイベントを見ずに帰っても、当人たちが良ければいいのです。(guardi)

・読了、ありがとうございます。皆でわいわいと楽しむお祭りの空気を少しでも楽しんでいただけたら幸いです。(岩山更夜)

・子どもにとって夏祭りは、夜に出歩ける数少ない機会。だから思い出に残りやすいのかもしれませんね。(地球人撲滅組合)

・お祭りはやっぱりにぎやかに。たのしい空気が外に伝われば、新しいお友だちがこっそり遊びに来てくれるかもしれないですからね。(ほたるゆき)


4人の個人作品はこちら
作者検索:guardi(創想話)
作者検索:岩山更夜(創想話) 作者検索:岩山更夜(プチ)
作者検索:地球人撲滅組合(プチ)
作者検索:ほたるゆき(創想話) 作者検索:ほたるゆき(プチ)
夏祭り実行委員会
コメント



1.sirokuma削除
レイラのシーンでジーンときました。
みんな楽しそうだなあ
2.名前が無い程度の能力削除
ザナドゥにて意味無き御利益は航海安全のみだったような気がしますが
3.名前が無い程度の能力削除
あ、店員さん、おかわりお願いします、えっ銀シャリ?いえ、サナアリですよ、ええ、そうです、え?あぁ、あはは、そうなんです、もともと好物だったんですが最近ね、すごく美味しそうなサナアリを黄昏食堂で見かけまして、ええ、非想天則セットとか言ったっけ、あ、御存知でしたか、有名ですもんね、そういうわけなのでお願いします、あ、砂糖多めで
4.名前が無い程度の能力削除
お祭りの空気を感じられる素晴らしい小説でした。
5.喉飴削除
レイラの部分で、ふらっときました。
実際にこういうことがあったら、良いのになぁ。あぁ、温かいなぁ……優しいなぁ。
あと、早苗とアリスのやりとりが軽快で心地良い。仲良い雰囲気が、とても和みました。お祭を少女たちが楽しんでいる空気が、伝わってきました。
そして、お地蔵さんの部分が、幻想的で凄くほんわかしました。忘れていた大切な気持ちを、思い出せた気がします。
あぁ、良いお話でした。
とってもとっても、面白かったです。
優しい気持ちに、なれました。
6.名前が無い程度の能力削除
神様が祭りに遊びにくる、のくだりで魔法陣グルグルを思い出したのは俺だけで(ry
同じく人の夢~でどこぞの死天使(ry


プリズムリバー贔屓な俺ですが、それを差し引いても魔理沙との会話とか最後とか、ぐっとくる場面が数多く…。


うちの地元は来月がお祭りか…
祭られる神とか祭る人とか、色々考えさせられる気がしました。
7.名前が無い程度の能力削除
祭りかぁ…とんと行かなくなったなぁ…

温かくて優しいいい話でした。
8.名前が無い程度の能力削除
この物寂しくなる雰囲気はまさに夏祭り
9.名前が無い程度の能力削除
あぁ読んでてこっちまで楽しくなったよ。
団扇のシーンはちょっとうるっときた。
10.名前が無い程度の能力削除
ああ、祭りに行きたい! そう思う一作でした。
リリカの話と、レミリアの一連の行動、霊夢の過ごし方に引かれました。
11.名前が無い程度の能力削除
良い話でした
12.名前が無い程度の能力削除
プチではあまり無い長さ、クオリティの割りに見かけない作者名、逐一切り替わる視点など、色々疑問でしたが合同作品だったんですね。
始めから最後まで全部面白く、ストーリーもキャラも実に魅力的でした。
流石の御四方の実力には感服致します。
文句なしの100点ですよ。
13.奇声を発する程度の能力削除
本気で涙が止まりませんでした!!!!!
14.名前が無い程度の能力削除
4人でどういうかたちで書いたのかなぁと気になりました
15.名前が無い程度の能力削除
うわー!素敵。 それぞれが楽しんでる!って感じが伝わってきて、祭りの雰囲気が伝わってきて、ご読後お祭り後のちょっぴり切ない気持ちと優しい気持ちになれました! ありがとう