目出し帽を被った魔界神がこちらに向かって歩いてくる。
華やかな赤の衣装に、頭部のほとんどを覆う黒。目出し帽の名の通り、両目だけが露出してこちらを見ている。
かくいう、私、アリス・マーガトロイドは自宅を背に立っていた。その姿を見た途端、身体が動かなくなっていた。
「見てー、アリスちゃんー。私の新しい帽子よー」
思わず人形(爆薬入り)を投げた。
目出し帽はキャッチする手だが、掴んだ瞬間爆発してしまうだろう。目出し帽も慣れているので不意な爆発で吹っ飛ぶようなことはないだろうが、帽の毛糸が溶けて顔に張り付いてしまえばいい、と思った。
□
自宅に戻っても、目出し帽スタイルの不審者が来てしまう。
だから私はその足で魔理沙の家に飛んだ。しばらくの間、彼女に世話になることに決めた。いつも迷惑をかけられるのだから、それくらいどうということはないだろうと思った。
季節は冬。
窓に霜が張り付き、魔法の森にも雪が積もっている。これでも、寒さ極まるのはまだまだこれからというところだった。
「そうか。お前の家は雪に潰されてしまったのか。私の家より頑丈だと思ったんだがな」
魔理沙は私をからかったが、快く家に入れてくれた。
その夜は冷え込んだ。強い吹雪が窓を叩いていた。
私たちは八卦炉で暖を取った。居住域すら侵食する荷は部屋を狭くしていたが、そのおかげで暖まるのが早かった。私は魔理沙の傍に近づき、久しぶりに人の温度を感じながら夜を過ごした。
翌日は曇っていた。
窓から外を見る。色は白と灰。銀世界というよりも、くすんだ色で埋め尽くされている。どんよりとした厚い雲が空一面を覆って、晴れの気配を全く見せない。これからもしばらく雪の日が続くのだろうと思った。
「うちの前に、包みが置いてあったぜ」
いって、魔理沙はその包みを投げて寄越した。
包みの表には、字が書いてあった。
『お母さんより』
私は、前日の目出し帽のことを思い出した。
包みを開ける。すっかり冷たくなっていたが、中には、毛糸の生地が入っていた。
目出し帽だった。
「要らないわよ、こんなの!」
私はそれを放り投げた。
すると魔理沙はそれを取り上げた。黒のそれをためつすがめつ眺めた後。
「捨ててあるなら、私は拾うぜ」
「別にどうぞ」
魔理沙は本来の魔女の帽子を一旦置いて、目出し帽を頭から被る。それから、目だけを出す穴からさらに頭を出した。
目出し帽は首だけを覆うだけになる。そうしてしまうと、目出し帽は不審さを全く失っていた。
「これはマフラーより機能的かもしれんな。いざ吹雪いてきてもゴーグルを付ければ雪を防げる」
魔理沙は荷物の中を漁り、ゴーグルを見つけ出した。それを首にかけ、魔女帽子を被り直した。
「私はこれから神社に出かけるんだが、アリスもついてくるか?」
私は頭を振って断った。下手に外に出て、あの目出し帽に鉢合わせしたくはなかった。
「うちにいてもいいが、勝手に物を漁るなよ」
そういって、魔理沙は箒片手に出て行った。
□
夜になっても魔理沙は帰ってこなかった。
昨日にも増して、吹雪が強く吹いていた。これでは飛ぶことは出来ない、きっと神社に泊まるのだろう、と私は思った。
その夜は、ひとり、冷たい思いをしながら眠った。
だが、朝になっても魔理沙は帰ってこなかった。
我慢を切らした私は、家を出た。吹雪は緩くなっていた。
私は博麗神社を目指した。
空を飛ぶと、顔が冷たくなっていった。時々、地面に降りて休んだりした。
何度目かの休憩をしていると、空を飛ぶ影を見つけた。衣服から、冥界のお庭番だと判った。
彼女は買い物籠を提げていた。
そして、その頭に目出し帽を被っていた。
「なんで……!」
私は小さく叫んだ。そのとき、魔界神の顔が思い浮かんだ。
それでも、気のせいだと、頭を振って、私は神社へ急いだ。
□
私は境内に立っている霊夢の姿を見て、ぎょっとした。
あの庭師と同じように、目出し帽を被っていたのである。
目出し帽から目だけを見せる巫女服が、こちらを向く。
「なんでそんなものを被っているのよ!」
私は怒鳴った。霊夢は飄々と答える。
「あの魔界神から貰ったのよ。他にもいろんな奴に配ってるみたい」
愕然とした。では、あの庭師もその口なのか。確かに、目出し帽は便利かもしれない。けれど、もしも皆が目出し帽を被るようになっては、目出し帽を被っていない私がおかしいみたいじゃないか。
そこまでして、私に目出し帽を被らせたいのか。私は疑問に思った。
「そんなもの、さっさと脱いでしまいなさい。不審じゃない」
私はいったが、霊夢は聞かなかった。霊夢を曲げることは、とても難しかった。
「一応感謝はしてるのよ。この目出し帽、とっても暖かいわ。あんたも被ればいいのに」
私は思った。この極寒と目出し帽の符号が合致しすぎてはいないか、と。
もしも寒くなければ、目出し帽など流行らなかっただろう。もしも目出し帽を配って回らなければ、流行らなかっただろう。
そう考えると、全ての事象が目出し帽のために動いていて、目出し帽を被っていてもおかしくない状況が、私に目出し帽を被らせようとしている気がした。全ての事象の裏側に、あの魔界神のおせっかいが張り付いている気がしてならなかった。
「ねえ、霊夢。この吹雪はあまりにも不自然じゃない? きっと異変に違いないわ!」
けれど、霊夢は呆れたように私を見る。
「何いってるの、これは自然な出来事よ。ここんところ冬は厳しくて当たり前じゃない」
確かに霊夢のいうとおりだった。私には反論することが出来なかった。
諦めて、私は別の話題を振ることにした。
「魔理沙のこと、知らない?」
「あー、魔理沙? ここにいたけれど、大分前に帰ったわよ」
私は、魔理沙とすれ違いになったのか。
留守番をしていたのに、私は家を空けて来てしまった。早く帰ろう、と思った。
「どんどん吹雪が強くなってるみたいだから、気をつけなさい」
私は空に飛び上がった。霊夢の言葉通り、吹雪はさっきより酷くなっていた。
□
霧雨邸に辿り着く前に、強烈な吹雪は、私に飛ぶことすら困難にしていた。
魔法の森。木々の間にも、強い風と、雪が吹いて、視界を白く染め上げていた。
深い雪に足を取られて、ゆっくりとしか進むことが出来ない。
呼吸をすると、肺が凍り付いてしまいそうだった。
「寒い……寒い……!」
私はただ不満を呟いていた。そもそも、家に引き篭もっていればこんな目には遭わなかったのだ。
これも全て、目出し帽のせいだと思った。目出し帽が私を訪ねて来なければ、こんなことにはならなかったのだ。
私は歩いた。
顔が冷たく、凍ってしまったかのように動かなかった。
それでも私は歩いた。
霧雨邸の近くまで来た。
けれど、肝心の霧雨邸が見えなかった。吹雪が視界を遮っているせいだけとは思えなかった。
やがて、私は雪に埋まる瓦礫の山を見つけた。
それが霧雨邸の成れの果てだと気付くのに多くの時間を要さなかった。
「そんな……っ」
霧雨邸は、この雪に押し潰されてしまったのだ。
「うう、魔理沙、魔理沙ぁっ……!」
私は彼女の名を呼んだ。その声も、強い風の吹く音、滝壺にも似た木々のざわめく音に掻き消された。
どうしてこうなったのか。全て吹雪のせいだった。その全てが目出し帽のせいだと思った。
顔面の感覚がなくなっていて、涙を流しているのか判らなかった。
ここに突っ立っているわけにはいかなかった。いつまでもここにいては、私は霧雨邸と同じ末路を辿ってしまうからだ。
「家に、帰らなくちゃ……」
次に自分の家が心配だった。家が、人形たちが潰れてしまってないか、気になった。
□
私は歩いた。
目の前が真っ白で、どこに向かって歩いているのか判らなかったが、それでも歩みを止めるわけにはいかなかった。
私は歩き続けた。
吹雪に身体が持っていかれそうになった。風の吹く強弱の波の合間に、または木々の陰に隠れて進んだ。
どれくらいの時間が経ったか、私は足元に何か当たるのが判った。
それは木の板だった。破片でもあった。
一面に太く文字が書かれていた。それは。
「賽銭箱……っ!」
どうして魔法の森に、賽銭箱が転がっているのか。それには、単純な理由しかなかった。
はっとして、辺りを見回すと、他に様々な物が転がったり、雪に埋もれていたりした。
紅の家具。
畳や日本的なものから墓石。
竹の模様が描かれた襖。
小舟。
カメラ。
御柱。
放射能マークが描かれている何か。
大船。
それらが無残にも投げ捨てられていた。そこに雪が積もり、その跡を失いつつあった。
私も、ここで失われてしまうのか……。
諦めだ。それも無感情な。失うことを拒もうとする感情すら失われてしまっているのだ。
「もう、ダメね……」
呟き、その場に倒れこんだ。白い雪が、私を包み込んでくれた。
視界が、白く白く塗りつぶされていく。
白だけの世界が嫌になって、私はそっと目を閉じる。すると世界が黒になる。
黒。無。
そうして、私は失われることを認めつつあった。
淡く思う心は、今までの出来事を走馬灯のように巡らせて見せた。
ここに来てようやく私は後悔した。こんなことになるなら、こんなにも顔が冷たくなるのなら、目出し帽を被っていた方が良かったと思った。
親孝行も出来なかった。せめてでも、目出し帽を被っておけばよかった。
出来るなら、今からでも、母の気持ちに答えたかった。
「アリスちゃん」
私を呼ぶ声が聞こえた。
だから、私は見た。その声の主は、目出し帽を被っていた。
「もう、こんなになっちゃって。ほら、これを被って」
身体を起こされ、頭に何かを被せられる。毛糸の感触。目の部分だけが露出しているのがわかる。
それは目出し帽だった。
「アリスちゃんの気に入るように、7色の毛糸で編んでみたの。どうかしら?」
そんなことをいわれても、私には目出し帽の色は判らないのに。
このひとは、うっかりしているな、そう思って顔が歪んだ。
それから、私は、彼女の背中に背負われた。
「ほら、帰りましょう。アリスちゃんの家が潰れないように、みんなで守ってたのよ。すっごく暖かくして、シチュー作って、アリスちゃんが帰ってくるの待ってたんだから」
待っていてくれたのに、私は、ずっと放っておいてしまったのか。申し訳ないことをしたと思った。
私の家まで、歩いていた。背負う彼女の背中は、とても暖かかった。
「お母さん」
呼ぶ。
そして、告げる。
「……暖かい」
私がいうと、お母さんは、大きく頷いてくれた。
もう、私の家が見えていた。窓からは、人形以外にも人影があって、賑やかにしている様子が窺えた。
やっと家に帰れる。
私は自分の身体から力が抜けるのが判った。
華やかな赤の衣装に、頭部のほとんどを覆う黒。目出し帽の名の通り、両目だけが露出してこちらを見ている。
かくいう、私、アリス・マーガトロイドは自宅を背に立っていた。その姿を見た途端、身体が動かなくなっていた。
「見てー、アリスちゃんー。私の新しい帽子よー」
思わず人形(爆薬入り)を投げた。
目出し帽はキャッチする手だが、掴んだ瞬間爆発してしまうだろう。目出し帽も慣れているので不意な爆発で吹っ飛ぶようなことはないだろうが、帽の毛糸が溶けて顔に張り付いてしまえばいい、と思った。
□
自宅に戻っても、目出し帽スタイルの不審者が来てしまう。
だから私はその足で魔理沙の家に飛んだ。しばらくの間、彼女に世話になることに決めた。いつも迷惑をかけられるのだから、それくらいどうということはないだろうと思った。
季節は冬。
窓に霜が張り付き、魔法の森にも雪が積もっている。これでも、寒さ極まるのはまだまだこれからというところだった。
「そうか。お前の家は雪に潰されてしまったのか。私の家より頑丈だと思ったんだがな」
魔理沙は私をからかったが、快く家に入れてくれた。
その夜は冷え込んだ。強い吹雪が窓を叩いていた。
私たちは八卦炉で暖を取った。居住域すら侵食する荷は部屋を狭くしていたが、そのおかげで暖まるのが早かった。私は魔理沙の傍に近づき、久しぶりに人の温度を感じながら夜を過ごした。
翌日は曇っていた。
窓から外を見る。色は白と灰。銀世界というよりも、くすんだ色で埋め尽くされている。どんよりとした厚い雲が空一面を覆って、晴れの気配を全く見せない。これからもしばらく雪の日が続くのだろうと思った。
「うちの前に、包みが置いてあったぜ」
いって、魔理沙はその包みを投げて寄越した。
包みの表には、字が書いてあった。
『お母さんより』
私は、前日の目出し帽のことを思い出した。
包みを開ける。すっかり冷たくなっていたが、中には、毛糸の生地が入っていた。
目出し帽だった。
「要らないわよ、こんなの!」
私はそれを放り投げた。
すると魔理沙はそれを取り上げた。黒のそれをためつすがめつ眺めた後。
「捨ててあるなら、私は拾うぜ」
「別にどうぞ」
魔理沙は本来の魔女の帽子を一旦置いて、目出し帽を頭から被る。それから、目だけを出す穴からさらに頭を出した。
目出し帽は首だけを覆うだけになる。そうしてしまうと、目出し帽は不審さを全く失っていた。
「これはマフラーより機能的かもしれんな。いざ吹雪いてきてもゴーグルを付ければ雪を防げる」
魔理沙は荷物の中を漁り、ゴーグルを見つけ出した。それを首にかけ、魔女帽子を被り直した。
「私はこれから神社に出かけるんだが、アリスもついてくるか?」
私は頭を振って断った。下手に外に出て、あの目出し帽に鉢合わせしたくはなかった。
「うちにいてもいいが、勝手に物を漁るなよ」
そういって、魔理沙は箒片手に出て行った。
□
夜になっても魔理沙は帰ってこなかった。
昨日にも増して、吹雪が強く吹いていた。これでは飛ぶことは出来ない、きっと神社に泊まるのだろう、と私は思った。
その夜は、ひとり、冷たい思いをしながら眠った。
だが、朝になっても魔理沙は帰ってこなかった。
我慢を切らした私は、家を出た。吹雪は緩くなっていた。
私は博麗神社を目指した。
空を飛ぶと、顔が冷たくなっていった。時々、地面に降りて休んだりした。
何度目かの休憩をしていると、空を飛ぶ影を見つけた。衣服から、冥界のお庭番だと判った。
彼女は買い物籠を提げていた。
そして、その頭に目出し帽を被っていた。
「なんで……!」
私は小さく叫んだ。そのとき、魔界神の顔が思い浮かんだ。
それでも、気のせいだと、頭を振って、私は神社へ急いだ。
□
私は境内に立っている霊夢の姿を見て、ぎょっとした。
あの庭師と同じように、目出し帽を被っていたのである。
目出し帽から目だけを見せる巫女服が、こちらを向く。
「なんでそんなものを被っているのよ!」
私は怒鳴った。霊夢は飄々と答える。
「あの魔界神から貰ったのよ。他にもいろんな奴に配ってるみたい」
愕然とした。では、あの庭師もその口なのか。確かに、目出し帽は便利かもしれない。けれど、もしも皆が目出し帽を被るようになっては、目出し帽を被っていない私がおかしいみたいじゃないか。
そこまでして、私に目出し帽を被らせたいのか。私は疑問に思った。
「そんなもの、さっさと脱いでしまいなさい。不審じゃない」
私はいったが、霊夢は聞かなかった。霊夢を曲げることは、とても難しかった。
「一応感謝はしてるのよ。この目出し帽、とっても暖かいわ。あんたも被ればいいのに」
私は思った。この極寒と目出し帽の符号が合致しすぎてはいないか、と。
もしも寒くなければ、目出し帽など流行らなかっただろう。もしも目出し帽を配って回らなければ、流行らなかっただろう。
そう考えると、全ての事象が目出し帽のために動いていて、目出し帽を被っていてもおかしくない状況が、私に目出し帽を被らせようとしている気がした。全ての事象の裏側に、あの魔界神のおせっかいが張り付いている気がしてならなかった。
「ねえ、霊夢。この吹雪はあまりにも不自然じゃない? きっと異変に違いないわ!」
けれど、霊夢は呆れたように私を見る。
「何いってるの、これは自然な出来事よ。ここんところ冬は厳しくて当たり前じゃない」
確かに霊夢のいうとおりだった。私には反論することが出来なかった。
諦めて、私は別の話題を振ることにした。
「魔理沙のこと、知らない?」
「あー、魔理沙? ここにいたけれど、大分前に帰ったわよ」
私は、魔理沙とすれ違いになったのか。
留守番をしていたのに、私は家を空けて来てしまった。早く帰ろう、と思った。
「どんどん吹雪が強くなってるみたいだから、気をつけなさい」
私は空に飛び上がった。霊夢の言葉通り、吹雪はさっきより酷くなっていた。
□
霧雨邸に辿り着く前に、強烈な吹雪は、私に飛ぶことすら困難にしていた。
魔法の森。木々の間にも、強い風と、雪が吹いて、視界を白く染め上げていた。
深い雪に足を取られて、ゆっくりとしか進むことが出来ない。
呼吸をすると、肺が凍り付いてしまいそうだった。
「寒い……寒い……!」
私はただ不満を呟いていた。そもそも、家に引き篭もっていればこんな目には遭わなかったのだ。
これも全て、目出し帽のせいだと思った。目出し帽が私を訪ねて来なければ、こんなことにはならなかったのだ。
私は歩いた。
顔が冷たく、凍ってしまったかのように動かなかった。
それでも私は歩いた。
霧雨邸の近くまで来た。
けれど、肝心の霧雨邸が見えなかった。吹雪が視界を遮っているせいだけとは思えなかった。
やがて、私は雪に埋まる瓦礫の山を見つけた。
それが霧雨邸の成れの果てだと気付くのに多くの時間を要さなかった。
「そんな……っ」
霧雨邸は、この雪に押し潰されてしまったのだ。
「うう、魔理沙、魔理沙ぁっ……!」
私は彼女の名を呼んだ。その声も、強い風の吹く音、滝壺にも似た木々のざわめく音に掻き消された。
どうしてこうなったのか。全て吹雪のせいだった。その全てが目出し帽のせいだと思った。
顔面の感覚がなくなっていて、涙を流しているのか判らなかった。
ここに突っ立っているわけにはいかなかった。いつまでもここにいては、私は霧雨邸と同じ末路を辿ってしまうからだ。
「家に、帰らなくちゃ……」
次に自分の家が心配だった。家が、人形たちが潰れてしまってないか、気になった。
□
私は歩いた。
目の前が真っ白で、どこに向かって歩いているのか判らなかったが、それでも歩みを止めるわけにはいかなかった。
私は歩き続けた。
吹雪に身体が持っていかれそうになった。風の吹く強弱の波の合間に、または木々の陰に隠れて進んだ。
どれくらいの時間が経ったか、私は足元に何か当たるのが判った。
それは木の板だった。破片でもあった。
一面に太く文字が書かれていた。それは。
「賽銭箱……っ!」
どうして魔法の森に、賽銭箱が転がっているのか。それには、単純な理由しかなかった。
はっとして、辺りを見回すと、他に様々な物が転がったり、雪に埋もれていたりした。
紅の家具。
畳や日本的なものから墓石。
竹の模様が描かれた襖。
小舟。
カメラ。
御柱。
放射能マークが描かれている何か。
大船。
それらが無残にも投げ捨てられていた。そこに雪が積もり、その跡を失いつつあった。
私も、ここで失われてしまうのか……。
諦めだ。それも無感情な。失うことを拒もうとする感情すら失われてしまっているのだ。
「もう、ダメね……」
呟き、その場に倒れこんだ。白い雪が、私を包み込んでくれた。
視界が、白く白く塗りつぶされていく。
白だけの世界が嫌になって、私はそっと目を閉じる。すると世界が黒になる。
黒。無。
そうして、私は失われることを認めつつあった。
淡く思う心は、今までの出来事を走馬灯のように巡らせて見せた。
ここに来てようやく私は後悔した。こんなことになるなら、こんなにも顔が冷たくなるのなら、目出し帽を被っていた方が良かったと思った。
親孝行も出来なかった。せめてでも、目出し帽を被っておけばよかった。
出来るなら、今からでも、母の気持ちに答えたかった。
「アリスちゃん」
私を呼ぶ声が聞こえた。
だから、私は見た。その声の主は、目出し帽を被っていた。
「もう、こんなになっちゃって。ほら、これを被って」
身体を起こされ、頭に何かを被せられる。毛糸の感触。目の部分だけが露出しているのがわかる。
それは目出し帽だった。
「アリスちゃんの気に入るように、7色の毛糸で編んでみたの。どうかしら?」
そんなことをいわれても、私には目出し帽の色は判らないのに。
このひとは、うっかりしているな、そう思って顔が歪んだ。
それから、私は、彼女の背中に背負われた。
「ほら、帰りましょう。アリスちゃんの家が潰れないように、みんなで守ってたのよ。すっごく暖かくして、シチュー作って、アリスちゃんが帰ってくるの待ってたんだから」
待っていてくれたのに、私は、ずっと放っておいてしまったのか。申し訳ないことをしたと思った。
私の家まで、歩いていた。背負う彼女の背中は、とても暖かかった。
「お母さん」
呼ぶ。
そして、告げる。
「……暖かい」
私がいうと、お母さんは、大きく頷いてくれた。
もう、私の家が見えていた。窓からは、人形以外にも人影があって、賑やかにしている様子が窺えた。
やっと家に帰れる。
私は自分の身体から力が抜けるのが判った。
しぜんげんしょうだそうだきっとそうにきまっている
あまりにシュールすぎて、こんな時間なのに声を出して笑っちまったじゃねーかどうしてくれr(ry