それはなんてことはない、単なる思いつきなのだ。
誰もが考え、時には実行する、そんなありふれているもの。
人間の里。八百屋の前で、乙女は立ち尽くす。
(どうしよう……さくらんぼ、あんず、スイカにメロン、そしてすももにもも)
その日は彼女に、そして彼女の主にとって特別な日であった。
誕生日。それは死んでいたって、祝い、祝われる権利がある。
妖夢は、彼女の主であるところの幽々子がいったい何度目の誕生日を迎えたことになるのか、それを知らなかったが、しかし祝えと言われれば逆らえない。
――妖夢、今日は私の誕生日だから、なにか私が驚くプレゼントをして頂戴――
いつも通りに無茶なはなしだったが、今回は妖夢も、どちらかといえば乗り気であった。
というのも、彼女には一つ、思いつきがあった。企みというには、かわいすぎる思いつき。
彼女自身でもどうしてそんなことを思いついたのかはよく分からない。
幽々子という人物のそばに置かれているからこそ、無意識のうちに心で燻ぶり、そして無意識のうちに形成してしまった思考なのだろう。
(せっかくだし、少しでも、幽々子さまを驚かせたいな)
妖夢にとって幽々子は主であると同時に、憧れでもあった。
妖夢は幽々子を眺めて、いつも思っていた。いつか、あんな風になりたい。
羨望の的は大食いの類でもなければ、何処か抜けたところでもない。
それは今更、言ってみるものではない。
西行寺幽々子、彼女の魅力。その麗しき容姿に漂うカリスマ。
彼女のなにが素敵なのか、それは、お分かりだろう。
そう思うのは、妖夢も同じなのだ。そして、彼女がそれを羨むのは当然のことといえる。
(うーん、さくらんぼは、ダメ。幽々子さまは、どんなのが好きなのかしら)
果物を手にとっては頭を悩ませ、そしてまた他の果物を手にとっては頭を悩ませる。
せっかくの思いつきなんだから、それに見合ったものを手に入れなくてはならない。
幽々子は特に好き嫌いが無いから、そこは気楽だった。すると後は、妖夢次第なのかもしれない。
果物をプレゼントしたって、たとえそれをケーキにしたって、幽々子はきっと驚かない。
だからこそ、そこが妖夢の腕の、頭の見せどころだった。
(そうね。スイカとすももは扱いにくいからダメ。すると、あんず、メロン、ももが残る)
妖夢はあんずの実をてのひらで揺らしてみた。
心地よい重量感が甘美な味を彷彿させる。その熟れに熟れた山吹色だか杏色は、妖夢の求めていたものに近いのかもしれない。
次に彼女はメロンにしては小ぶりの一つを、手に取ってみた。
メロンである。立ち上る甘い香りが、妖夢の胸をすくように風と流れて行った。
最後はもも。
その桃色の、桃尻のような桃を見ると、妖夢は天人を思い出した。妖夢の苦笑いと一緒に、ももは元の場所へと戻された。
(あんずか、メロンか……)
ようやく、二つに絞られた。
しかし、それでもまだ決まった訳ではない。
しばらくして、見かねた店主がやってきた。
「お嬢ちゃん、お金、足りないのかい」
その声にビクリとして、妖夢はそこでやっと、結論を下すことができた。
幽々子のための、その結論を。
「すいません! このメロン、二つ下さい」
・
みょんに高なる鼓動が、メロンの香りを一層芳しくしているようだった。
その香りを鼻腔いっぱいに感じながら、妖夢は幽々子の部屋を目指して歩いている。
「……計画通りに、計画通りに」
ただ、自分に言い聞かせる。
妖夢は自室から幽々子の部屋へが、いやに遠いように思えた。
暑さのせいだけではない変な汗が気持ち悪かったが、それも気にならないほどに妖夢は昂っていた。
むしろ冷ややかな冥界の空気を茹らせるくらいの、そんな熱意が、そこにあった。
(貴方の誕生日を祝う為に! 貴方を驚かせる為に! 幽々子さま! 私は帰ってきた!!)
襖に手をかけ、一気に引く。
「ゆ、幽々子さまー! 幽々子さまァー! 大変です、私の胸がっ! 胸が!!」
振り返った幽々子が、妖夢を見とめる。
その瞳が、いつもと変わらず、妖夢を見つめている。
「……どうしたの? 妖夢。暑さにやられた?」
「え、いえ、幽々子さまを驚かそうと……思って……」
こうなることを、誰が予想できただろうか。いや、誰もできない。
「あ、すると、それがプレゼントね」
胸の不自然な膨らみをどうにか支えながら、真っ赤な顔をうつむけている妖夢のもとに、幽々子はのっそり立ち上がって向かっていく。
「え、ちょっ、ちょっと幽々子さま! なにを……!」
「えー、だって、これが、プレゼントなんでしょう」
幽々子は抱きつくようにして、妖夢のそのメロンが芳しく香る胸元に、つまりその不自然なおっぱいに、顔をうずめる。
「わ……や、やめてください、幽々子さま」
「いい香りね。でも、固いのね」
「あ、当たり前です。メロンですから」
妖夢はじわじわと押しやられて、そのまま壁までたどり着くと、思わずへたり込んでしまった。
それでも、幽々子は抱きついた腕を、顔を離そうとしない。
「なに、妖夢、貴方、自分の胸が大きくなったら、私が驚くとでも思ったの?」
妖夢はパニックに陥った頭で、なんとか思考を転がしてみる。
それでも、うまい具合に言葉がでない。
「い、いえ、なんというか、えと……あの、えーっと…………驚くというか、喜ぶかと」
「だから貴方は半人前なのよ」
「え?」
「まぁ、いいわ。妖夢、メロンってなにかしら」
きょとんとする妖夢に、ようやく胸から顔を離した幽々子が尋ねる。
「果物、ですよね」
「そう、果物ね。それじゃ、果物って、なにかしら。胸につめる以外にも、用途があったわよね」
むしろ、それはアウトローである。
「食べ物、ですね」
あぁ、これは食べ物を粗末にした行いを叱られるに違いない、と、そんなことが妖夢の頭をよぎる。
「はい正解。それじゃ、いただきまぁす」
言うと幽々子は、おもむろにその手を妖夢の、胸元に伸ばす。
「え、ま、ままま待ってください! え? なにしてるんですかッ!? 幽々子さま!」
ボタンが外れる。一つ、二つ……。
「いやいや妖夢。貴方、自分で言ったでしょう。貴方の胸は、食べ物だって」
「それはなにか違いますし! それにメロンだって、このままじゃ、食べられないじゃないですか!?」
「努力次第ね」
三つ目が外れると、緑のベストがはだけて、真白なブラウスが姿を表す。
日本の夏、清々しい、純白のブラウスの夏――。
それを見つめて、幽々子が呟いた。
「……今回ばかりは、貴方に一本取られたわ」
幽々子の言葉に、顔を上げる妖夢。そこでやっと、妖夢は幽々子の顔を正面から見つめることができた。
「……はい?」
白いブラウスに透ける、メロンの網目模様。
それは甘くて激しい衝動か、それとも心に潜む、狂気の一端なのか。
「さすがに、ブラウスの下につめてるとは思わなかった」
おっとりと言う幽々子の手はせわしない。
ブラウスのボタンが、いじらしいほどに外れにくい。
外見にはそれを出さないが、ひょっとしたら、幽々子はイラついていたのかもしれない。主にメロンに。
その緑色の球体がブラウスを突っ張らせているせいで、可憐な白鳥が如き色艶をしたブラウスのボタンが外れないのだ。
まさに緑の悪魔。諸悪の根源。幽々子の、そして皆の敵である。
「ほ、本当ですか? 驚きましたか?」
妖夢が期待に満ちた目で、幽々子を見つめる。
この苦心も、羞恥も、幽々子に認められるのならば、なんてことはなかった。
が、
「そんな訳ないじゃない。本当に驚かせる気があるのなら、ブラジャーの下に入れてきなさい。こんなお手頃サイズのメロンじゃなくって、特別大きいスイカをね」
奇妙なはなしである。
「…………それは無理です」
されどメロンは絹布と踊る。
幽々子がやっとこさ外すことのできたボタンのおかげで、遊びができた。
そしてすかさずまた一つ、また一つとボタンが外れると、ゴトン、と、そんな音が部屋に響いた。
「メロンはあとで美味しくいただくとして……さて、まずは」
「ち、ちょっとやめてください!」
しかし、壁際に追い詰められている妖夢に逃げ場など、ない。
半分ほどはだけたブラウスが、部屋をすり抜けていくそよ風に揺らめいた。
「もう、貴方は、半人前なのよ。……ね? だから、いいんじゃない」
「それって、どういう……って、やめてください!」
嘘偽りのない妖夢の胸に差し迫る幽々子の手を、妖夢がガシッと掴んだ。
迫りくるもう一本の腕も、同様にして食い止める。
「……ケチ」
「いやいやいや! おかしいですよ、幽々子さま」
「貴方も、おかしいじゃない」
妖夢もそれを、否定ができない。
しかし、妖夢は思うのだ。目の前でたゆんと揺れる、着物の下にあるだろうそれを見ると、思うのだ。
「おかしくなんて、ないですよ……誰だって、憧れます……」
「……はぁ」
幽々子は大袈裟にため息をつくと、両手をぐっと引きよせて、顔を突き出した。
偶然にも、あくまで偶然にも幽々子の口先に、妖夢の唇が飛び出した。
そして、偶然にして当然に、唇と唇が触れあった。
「んっ……」
妖夢の身体がビクリと跳ねるのと一緒にひらりと舞った穢れを知らぬ純白のブラウスは、今まさに湖を飛び立とうとする一羽の白鳥の、その武者奮いでふわりと落ちた羽のひとひらのようですらある。
唇と唇の代わりに、額と額を突き合わせてから、幽々子が言う。
「分からない子ねぇ。だって私は――」
その続きは、妖夢には聞こえないように、心でつぶやいた。
――私は、半人前の貴方が好きなのであって、それを分からないから、貴方は半人前なのよ――
矛盾した想いは、それでも本物で、だからこそ妖夢には知られたくなかった。
「……幽々子さま、なんだか額がほのかに温かいです」
「なに言ってるの、妖夢。亡霊が温かかったら、死んでるんだか、死んでいないんだか、訳が分からないじゃない」
「それもそうですが……」
幽々子は額を離すと、不思議そうな表情を浮かべる妖夢の両脇に転がったメロンを眺めてから、ゆっくり口を開いた。
「ま、妖夢なりの努力は、認めてあげるわ。……ということで、いただきます」
「はいどうぞ――って、メ、メロンじゃないんですか? だ、だからっ、やめてくださいって! ゆ、幽々子さまァーッ!?」
「いいじゃない。減るもんじゃないでしょう」
「……あっ、そんなことより」
唐突に、妖夢がいつもの調子で口を開いた。
「なに? 妖夢」
幽々子もいつものように、返事をする。
少しだけ勿体ぶってから、満面の笑みで、妖夢が言う。
「幽々子さま、誕生日、おめでとうございます」
二人の横の二つのメロンは、丁度いい具合に冷えていた。
「……ありがとう。妖夢」
二人の笑みと二人の言葉は、それに反してぬくぬくしかった。
誰もが考え、時には実行する、そんなありふれているもの。
人間の里。八百屋の前で、乙女は立ち尽くす。
(どうしよう……さくらんぼ、あんず、スイカにメロン、そしてすももにもも)
その日は彼女に、そして彼女の主にとって特別な日であった。
誕生日。それは死んでいたって、祝い、祝われる権利がある。
妖夢は、彼女の主であるところの幽々子がいったい何度目の誕生日を迎えたことになるのか、それを知らなかったが、しかし祝えと言われれば逆らえない。
――妖夢、今日は私の誕生日だから、なにか私が驚くプレゼントをして頂戴――
いつも通りに無茶なはなしだったが、今回は妖夢も、どちらかといえば乗り気であった。
というのも、彼女には一つ、思いつきがあった。企みというには、かわいすぎる思いつき。
彼女自身でもどうしてそんなことを思いついたのかはよく分からない。
幽々子という人物のそばに置かれているからこそ、無意識のうちに心で燻ぶり、そして無意識のうちに形成してしまった思考なのだろう。
(せっかくだし、少しでも、幽々子さまを驚かせたいな)
妖夢にとって幽々子は主であると同時に、憧れでもあった。
妖夢は幽々子を眺めて、いつも思っていた。いつか、あんな風になりたい。
羨望の的は大食いの類でもなければ、何処か抜けたところでもない。
それは今更、言ってみるものではない。
西行寺幽々子、彼女の魅力。その麗しき容姿に漂うカリスマ。
彼女のなにが素敵なのか、それは、お分かりだろう。
そう思うのは、妖夢も同じなのだ。そして、彼女がそれを羨むのは当然のことといえる。
(うーん、さくらんぼは、ダメ。幽々子さまは、どんなのが好きなのかしら)
果物を手にとっては頭を悩ませ、そしてまた他の果物を手にとっては頭を悩ませる。
せっかくの思いつきなんだから、それに見合ったものを手に入れなくてはならない。
幽々子は特に好き嫌いが無いから、そこは気楽だった。すると後は、妖夢次第なのかもしれない。
果物をプレゼントしたって、たとえそれをケーキにしたって、幽々子はきっと驚かない。
だからこそ、そこが妖夢の腕の、頭の見せどころだった。
(そうね。スイカとすももは扱いにくいからダメ。すると、あんず、メロン、ももが残る)
妖夢はあんずの実をてのひらで揺らしてみた。
心地よい重量感が甘美な味を彷彿させる。その熟れに熟れた山吹色だか杏色は、妖夢の求めていたものに近いのかもしれない。
次に彼女はメロンにしては小ぶりの一つを、手に取ってみた。
メロンである。立ち上る甘い香りが、妖夢の胸をすくように風と流れて行った。
最後はもも。
その桃色の、桃尻のような桃を見ると、妖夢は天人を思い出した。妖夢の苦笑いと一緒に、ももは元の場所へと戻された。
(あんずか、メロンか……)
ようやく、二つに絞られた。
しかし、それでもまだ決まった訳ではない。
しばらくして、見かねた店主がやってきた。
「お嬢ちゃん、お金、足りないのかい」
その声にビクリとして、妖夢はそこでやっと、結論を下すことができた。
幽々子のための、その結論を。
「すいません! このメロン、二つ下さい」
・
みょんに高なる鼓動が、メロンの香りを一層芳しくしているようだった。
その香りを鼻腔いっぱいに感じながら、妖夢は幽々子の部屋を目指して歩いている。
「……計画通りに、計画通りに」
ただ、自分に言い聞かせる。
妖夢は自室から幽々子の部屋へが、いやに遠いように思えた。
暑さのせいだけではない変な汗が気持ち悪かったが、それも気にならないほどに妖夢は昂っていた。
むしろ冷ややかな冥界の空気を茹らせるくらいの、そんな熱意が、そこにあった。
(貴方の誕生日を祝う為に! 貴方を驚かせる為に! 幽々子さま! 私は帰ってきた!!)
襖に手をかけ、一気に引く。
「ゆ、幽々子さまー! 幽々子さまァー! 大変です、私の胸がっ! 胸が!!」
振り返った幽々子が、妖夢を見とめる。
その瞳が、いつもと変わらず、妖夢を見つめている。
「……どうしたの? 妖夢。暑さにやられた?」
「え、いえ、幽々子さまを驚かそうと……思って……」
こうなることを、誰が予想できただろうか。いや、誰もできない。
「あ、すると、それがプレゼントね」
胸の不自然な膨らみをどうにか支えながら、真っ赤な顔をうつむけている妖夢のもとに、幽々子はのっそり立ち上がって向かっていく。
「え、ちょっ、ちょっと幽々子さま! なにを……!」
「えー、だって、これが、プレゼントなんでしょう」
幽々子は抱きつくようにして、妖夢のそのメロンが芳しく香る胸元に、つまりその不自然なおっぱいに、顔をうずめる。
「わ……や、やめてください、幽々子さま」
「いい香りね。でも、固いのね」
「あ、当たり前です。メロンですから」
妖夢はじわじわと押しやられて、そのまま壁までたどり着くと、思わずへたり込んでしまった。
それでも、幽々子は抱きついた腕を、顔を離そうとしない。
「なに、妖夢、貴方、自分の胸が大きくなったら、私が驚くとでも思ったの?」
妖夢はパニックに陥った頭で、なんとか思考を転がしてみる。
それでも、うまい具合に言葉がでない。
「い、いえ、なんというか、えと……あの、えーっと…………驚くというか、喜ぶかと」
「だから貴方は半人前なのよ」
「え?」
「まぁ、いいわ。妖夢、メロンってなにかしら」
きょとんとする妖夢に、ようやく胸から顔を離した幽々子が尋ねる。
「果物、ですよね」
「そう、果物ね。それじゃ、果物って、なにかしら。胸につめる以外にも、用途があったわよね」
むしろ、それはアウトローである。
「食べ物、ですね」
あぁ、これは食べ物を粗末にした行いを叱られるに違いない、と、そんなことが妖夢の頭をよぎる。
「はい正解。それじゃ、いただきまぁす」
言うと幽々子は、おもむろにその手を妖夢の、胸元に伸ばす。
「え、ま、ままま待ってください! え? なにしてるんですかッ!? 幽々子さま!」
ボタンが外れる。一つ、二つ……。
「いやいや妖夢。貴方、自分で言ったでしょう。貴方の胸は、食べ物だって」
「それはなにか違いますし! それにメロンだって、このままじゃ、食べられないじゃないですか!?」
「努力次第ね」
三つ目が外れると、緑のベストがはだけて、真白なブラウスが姿を表す。
日本の夏、清々しい、純白のブラウスの夏――。
それを見つめて、幽々子が呟いた。
「……今回ばかりは、貴方に一本取られたわ」
幽々子の言葉に、顔を上げる妖夢。そこでやっと、妖夢は幽々子の顔を正面から見つめることができた。
「……はい?」
白いブラウスに透ける、メロンの網目模様。
それは甘くて激しい衝動か、それとも心に潜む、狂気の一端なのか。
「さすがに、ブラウスの下につめてるとは思わなかった」
おっとりと言う幽々子の手はせわしない。
ブラウスのボタンが、いじらしいほどに外れにくい。
外見にはそれを出さないが、ひょっとしたら、幽々子はイラついていたのかもしれない。主にメロンに。
その緑色の球体がブラウスを突っ張らせているせいで、可憐な白鳥が如き色艶をしたブラウスのボタンが外れないのだ。
まさに緑の悪魔。諸悪の根源。幽々子の、そして皆の敵である。
「ほ、本当ですか? 驚きましたか?」
妖夢が期待に満ちた目で、幽々子を見つめる。
この苦心も、羞恥も、幽々子に認められるのならば、なんてことはなかった。
が、
「そんな訳ないじゃない。本当に驚かせる気があるのなら、ブラジャーの下に入れてきなさい。こんなお手頃サイズのメロンじゃなくって、特別大きいスイカをね」
奇妙なはなしである。
「…………それは無理です」
されどメロンは絹布と踊る。
幽々子がやっとこさ外すことのできたボタンのおかげで、遊びができた。
そしてすかさずまた一つ、また一つとボタンが外れると、ゴトン、と、そんな音が部屋に響いた。
「メロンはあとで美味しくいただくとして……さて、まずは」
「ち、ちょっとやめてください!」
しかし、壁際に追い詰められている妖夢に逃げ場など、ない。
半分ほどはだけたブラウスが、部屋をすり抜けていくそよ風に揺らめいた。
「もう、貴方は、半人前なのよ。……ね? だから、いいんじゃない」
「それって、どういう……って、やめてください!」
嘘偽りのない妖夢の胸に差し迫る幽々子の手を、妖夢がガシッと掴んだ。
迫りくるもう一本の腕も、同様にして食い止める。
「……ケチ」
「いやいやいや! おかしいですよ、幽々子さま」
「貴方も、おかしいじゃない」
妖夢もそれを、否定ができない。
しかし、妖夢は思うのだ。目の前でたゆんと揺れる、着物の下にあるだろうそれを見ると、思うのだ。
「おかしくなんて、ないですよ……誰だって、憧れます……」
「……はぁ」
幽々子は大袈裟にため息をつくと、両手をぐっと引きよせて、顔を突き出した。
偶然にも、あくまで偶然にも幽々子の口先に、妖夢の唇が飛び出した。
そして、偶然にして当然に、唇と唇が触れあった。
「んっ……」
妖夢の身体がビクリと跳ねるのと一緒にひらりと舞った穢れを知らぬ純白のブラウスは、今まさに湖を飛び立とうとする一羽の白鳥の、その武者奮いでふわりと落ちた羽のひとひらのようですらある。
唇と唇の代わりに、額と額を突き合わせてから、幽々子が言う。
「分からない子ねぇ。だって私は――」
その続きは、妖夢には聞こえないように、心でつぶやいた。
――私は、半人前の貴方が好きなのであって、それを分からないから、貴方は半人前なのよ――
矛盾した想いは、それでも本物で、だからこそ妖夢には知られたくなかった。
「……幽々子さま、なんだか額がほのかに温かいです」
「なに言ってるの、妖夢。亡霊が温かかったら、死んでるんだか、死んでいないんだか、訳が分からないじゃない」
「それもそうですが……」
幽々子は額を離すと、不思議そうな表情を浮かべる妖夢の両脇に転がったメロンを眺めてから、ゆっくり口を開いた。
「ま、妖夢なりの努力は、認めてあげるわ。……ということで、いただきます」
「はいどうぞ――って、メ、メロンじゃないんですか? だ、だからっ、やめてくださいって! ゆ、幽々子さまァーッ!?」
「いいじゃない。減るもんじゃないでしょう」
「……あっ、そんなことより」
唐突に、妖夢がいつもの調子で口を開いた。
「なに? 妖夢」
幽々子もいつものように、返事をする。
少しだけ勿体ぶってから、満面の笑みで、妖夢が言う。
「幽々子さま、誕生日、おめでとうございます」
二人の横の二つのメロンは、丁度いい具合に冷えていた。
「……ありがとう。妖夢」
二人の笑みと二人の言葉は、それに反してぬくぬくしかった。