注意:前回の続きです。
ふいに吹き付けた横風に、アリス・マーガトロイドは目を細めた。
とげなしニセアカシアの群れが、初夏の微風に葉という葉を揺すっていた。黒土と新芽の香りが、ほのかに鼻孔をくすぐる。 初夏とはいえ、日暮れ前の風は冷たい。
腫れたように日が赤みを帯び始めていた。山陰の稜線に近づきつつある。
ここに来るのも、本当に久しぶりね。さらりと髪を撫でながら、アリスはそう思った。
魔法の森を北西へ抜けてすぐ、切り立った崖と林の間に、この丘はあった。見渡す限りの花畑の中に、ニセアカシアの樹が一本、木陰を作っている。周囲には大小様々な草花の種子が同居しており、一年を通して何かしらの草花が咲き乱れている。春夏秋冬、この空間は時節によって、訪れる者に違う表情を見せる。はるか眼下には、山の麓に人間の住む里が見えていた。ここは比較的高台にあるので、遠景も望める。夜に訪れたことはないが、夜景も悪くないものが拝めるだろう。草花の微香に体を預け、雄大な景色に心をも預けることができる場所。アリスが知る、幻想郷の中でもお気に入りの穴場の一つだった。
特にこの時期は隣の山から、季節遅れの山桜が偏西風に乗って運ばれてくる。雪のように舞い散る花びらは、まるで見る者の到来を歓迎し、祝福してくれているようだ。これだけの天然の桜吹雪を特等席で拝めるのは、幻想郷広しといえどもここだけに違いない。
アリスはアカシアの樹に背を預け、その幻想的な光景に身を委ねていた。
ここは普段、気分が落ち着かなかったり、魔法の研究が捗らなかったりした時に足を運ぶ。大いなる自然。この途方も無い雄大さの前では、自分一人の存在なんてどうしようもなく矮小で、ここに来るとどうしてもそれを思い知る。でも、決して不快な気分にはなるわけではない。自分が思い悩んでいることがどれだけ小さな事か、知らしめてくれる。自然の持つ包容力、とでもいうのだろうか。暮れかかった空の下、ぐるりと取り囲む山並みは、息苦しさではなく、おおらかで鷹揚とした印象を与える。
アリスはこの場所に、これまで誰かを連れてきたことが無かった。自分だけの秘密の場所……なんて気取ったつもりはないけれど、誰かに話すと話した分だけこの景色が色褪せてしまう気がして、なんとなく誰にも告げられずにいたのだった。
でも……とアリスは思った。わたししか知らない場所、それも今日限りだ。もうすぐ、あいつがやってくる。
あの激動の一日から、一ヶ月が経過していた。
あれからデュエルモンスターズは、ぽつぽつとやられなくなっていた。ブームが過ぎたということだろう。どんな娯楽も隆盛は一過性のものであるし、またそうでなければならない。そこに異を唱えるつもりはない。
しかし今回の流行りは、自然に発生したものではなかった。全てが終わった後、今回の騒動の全容を、永琳から聞かされた。デュエルモンスターズが幻想郷に流れてきたその時点から、全ては八雲紫の企みだった。元凶である紫が伊吹萃香に依頼し、彼女の萃める能力によって操作され、人為的に社会現象を生み出した。人を集めて宴会ができるくらいなのだから、流行のはやりすたりを操るのもその応用ということなのだろう。世間に氾濫する人心の流れ、その濃い薄いを萃めるのが能力の仕組みと考えれば、確かに理にかなっている。彼女がブームを引き起こしたとしても、なんら不自然ではない。だいたいよくよく考えて、こんな田舎にカードゲームなんて、不釣合いにもほどがあるというものだ。それを何一つ不自然に思うことなく過ごしていたということは、またしてもあいつの術中に嵌ってしまったということだろう。萃の異変に続いて二度もいいように踊らされたのは、不覚という他なかった。
紫がわざわざ大会まで開いたのは―――実際開いたのは輝夜だけど―――、自らの闇に対抗するための力を育てるため、と聞いた。紫が絞ったのは五人。自分を越える可能性をもつ潜在能力を見抜き、闇の力が発現した自分に匹敵するほどのデュエリストを育てるのが大会の目的だったという。闇に犯されたあの紫を打ちのめす術があったとしたら、デュエルモンスターズをおいて他に無かった。しかし、だとしても可能性は万に一つ。奇跡でも起こらない限り、幻想郷は明日の日の出を見ることはできなかった。でも、こうして平和な日々が続いている今となっては、そんな現実感はうつろだった。にわかには信じがたい話だと、アリスは他人事のように思った。
でも……これだけはいえる。あの日の出来事は、決して夢なんかじゃない。
あの、異次元での戦い。全てが光にのまれた後、次に気づいた時には、元いた博麗神社の境内だった。永琳、咲夜、妖夢、パチュリー……みんな、目を丸くして駆け寄ってきた。わたしの周りには、魔理沙達が倒れていた。ハッとして抱き起こすと、口からかすかな寝息が聞こえた。安堵のあまり、腰が砕けそうになったのを覚えている。
他のみんなも、命に別状はないとすぐにわかった。霊夢も、輝夜も、レミリアも、衝撃で受けた外傷はまったく見当たらなかった。みんな先ほどの死闘が夢だったかのように、すやすやと気持ちよさそうに寝ていた。ただ、わたしたちはずいぶん長い間現場から消えていたらしく、その分残されていたみんなには心配をかけたようだった。咲夜などは、ほとんど胸倉をひっつかむ勢いでレミリアに抱きついていた。
もう一人……一緒になって倒れている妖怪がいた。八雲紫だった。
紫は藍に抱えられ、彼女の膝の上で気を失っていた。安らかできれいな寝顔には、もう邪悪な気配など微塵も感じられなかった。ただうっすらと、微笑っているように見えた。
あれから紫は力を使い果たし、しばしの休眠に入った。あの異次元での体験は、否定しようのない現実感を伴って脳裏にこびりついている。夢でも幻でもない。それなのにこうして全員無事に帰ってこれたということは、紫が最後の力で、みんなを救ってくれたのだろう。いや、救ってくれたと、そう信じたい。
結局、紫は本来悪い妖怪でも冷血漢でもない。きっと……ただ、不器用なだけだったのだろう。
人を不幸にするのは構わないけど、悲鳴を聞きたくないのが人情である。そんなことを、誰かが言っていた気がする。人の悲鳴さえ聞こえなければ、殺戮をするのに心は痛まない。しかし、声が耳に届く距離ならば、とたんに意志に揺らぎが生じる。戦争において政治家や軍の上層が、倒すべき相手の心の叫びまでは聞こえないのと同様に。
もし紫にもともと人間らしい心があったのだとしたら、裏人格というべきものを作り出したのは、万が一幻想郷が滅んだり、目の前で誰かが死ぬことから目を背けたかったからなのではないか。そんなことを、ふと考えてしまう。
無理からぬことだろうと、アリスは思った。紫の心情は察するに余りある。自らの手で、最も愛するものを壊してしまう恐怖。その心境たるや、いかばかりなのか。わたしたちには、想像することすら陳腐に違いない。
藍が言うには、あの異次元から全員が生還できたことは、奇跡以外の何物でもなかったという。仮にわたし達が五体満足でデュエルに勝利できたとしても、負けた紫は闇のゲームの法則に従って命を落としていた。勝者は残り、敗者には間違うことなき死が与えられる。紫を含めて全員が生きて帰るには、紫を支配していた闇を完全に消し去るしかなかったわけだが、それは偶然に過ぎない。
でも、だとしたら……紫は初めから知っていたのだ。自分の死をもってでしか、幻想郷を救うことはできないということを。全てを承知で、今回の計画を実行した。そんな紫を、いったい誰が責められるだろう。
愛する者のためには、自らの破滅すらいとわない。その自己犠牲の精神は、傍から見れば愚かに見えるだろう。しかし、アリスはそうは思わなかった。誰かのために命を賭けるのは、感情的に見えて、至極理性的な行動だ。わたしも蛇神を前にしたあの時、魔理沙のためにこの身を投げ出そうとした。今でも、間違いだったとは思わない。
しかし結果として、助けられたのはわたしの方だった。わたしに希望を託し、魔理沙は倒れた。瞬間、視野が狭窄し、外界の刺激が脳髄まで届かなくなった。―――無事でいて―――。唯一神の存在など一度も信じたことのないわたしが、あの時ばかりは自分を超える全能の存在に祈った。あるいはその懸命さが、紫の闇を討ったのかもしれない。
心の闇を解き放つ方法。藍は奇跡と言ったが、実はとても簡単だったのだ。誰かを信じ、心を開くこと。それだけでよかった。そんなあたりまえのことが、紫はできずにいた。だから千年もの間一人で何もかもを背負い込み、助けを求めようとしなかった。いかに強大な妖力と屈強な精神を持ち合わせていようと、孤独に打ち勝つ術など無いというのに……
だから……紫はただ不器用なだけだったのだ。人間も妖怪も意思を持つ存在である以上、誰かと共に生きなければならない。いくら孤独を愛していても、永遠に一人ではいられない。わたしも今回の一件で気づかされた。誰かと共に歩むということが、どういうことかを……
地面に降り立つ軽い足音をとらえ、アリスは振り返った。
「……魔理沙?」
降り注ぐ桜の花びらのなかに佇む、一人の少女の姿があった。小さな体にひどく不釣合いな大きな帽子、愛用のすすけた箒、自然なウェーブのかかった柔らかなブロンドの髪……
待ち望んでいた人影が、そこにいた。
霧雨魔理沙は、ニッと白い歯で笑った。
「待たせたな。迎えにきてやったぜ」
*
そよ風が頬をなでていく。魔理沙の髪がふわりとなびいた。さっきは肌寒く感じた風が、妙に心地よい。そんなふうにアリスは感じた。魔理沙がこの場に来たことを、空気までもが祝福し、暖かく迎えているかのようだ。
「遅かったじゃない」
悪い悪い、と魔理沙は花畑を進んできた。「準備に付き合わされてな。霊夢に麓まで買出しに行かされてたってのは駄目か?」
「駄目かってなによ。だったら駄目に決まってるわ」アリスは、ポケットから懐中時計を取り出した。「十七時四十一分。十一分の遅刻ね」
「遅刻なもんか。慰問会は十八時からの予定だぜ」
慰問会。本日、大会が行われたのと同じ、博麗神社で催される予定だ。あれからずっと休眠していた紫だったが、随分回復したという。もう起きてもいいそうなので、そのお祝いと激励という意味での慰問らしかった。まあ、慰問といいつつもやるのはどうせいつもの酒盛りには違いないだろうが、幻想郷には宴会が嫌いな妖怪などいないし、異議を唱える輩は現れなかった。
企画をしたのは、珍しいことに霊夢だという。こういう宴会の発案は大抵さわがしいのが好きな魔理沙の方なので、アリスは少々意外だった。きっと霊夢も霊夢で、今回の件については何か思うところがあったということだろう。大会に来た参加者全員に声をかけたらしいから、集まる数も相当のものとなるに違いない。魔理沙も手伝っているとはいえ、準備だけでも骨が折れる作業だ。
今回は、先日の反省会と祝勝会も兼ねているという。もうすでに一ヶ月も経っているのに反省もあったものではない気はするのだが、とっとと酒盛りを始めろとはやしたてる妖怪達に対し、発案者である霊夢が「紫が回復するまで」と譲らなかったらしい。
「でもまあ、おかしな話だよな。普通は、慰問される奴のところに行くから慰問会なのに」
「紫の住んでるところを誰も知らないからでしょ。あるいは、単に霊夢が慰問会って言葉を使ってみたかっただけかもしれないけど」
って、そうじゃなくて。アリスは時計を魔理沙に見せつけた。
「遅れたのは、わたしとの待ち合わせの事よ。三十分の予定だったじゃない」
魔理沙は悪びれもせずに言った。「お前も悪いんだぜ? ちゃんと詳しい場所を教えてくれれば、わたしだってあっちこっち迷わないで済んだんだ。森の上を突っ切るとなると、磁石だって当てにならないし」
「迷ってたの?」
「迷ってたんだよ」
ふむ、とアリスは思った。今回、アリスは魔理沙を手紙で呼び出したのだが、確かにここへの道筋についてはそれほど細かく書かなかった気がする。うちから北北西に進んだ、ひらけた丘で待ってる。こんなところだったろうか。この場合、呼び出しはこれぐらいそっけない方が逆に含みを持たせていいかと思ったのだが、考えてみれば失敗だったかもしれない。魔法の森一帯は、特異な地磁気を持つ残留磁化成分を含むため、方位磁石の類は使い物にならない。わたしはいつも訪れる場所だから土地勘だけでたどり着けるが、初めて来るのであれば右も左もわからないで当然だ。
なら……魔理沙の言うとおり、非があるならこちらではないか。ここは素直に、侘びをいれるべきなのではないか。ここは、素直に……
「それはお生憎ね。あなたも一応森に住んでいるくらいなんだから、てっきり余計な口出しはいらないかと思ってたわ」
しかしアリスの口からは、まったく正反対の言葉が飛び出していた。はっと気づいた時にはもう遅かった。自己嫌悪が噴き上げ、顔を背ける。魔理沙の呆れたような声が聞こえた。
「やれやれ。わたしは普通の魔法使いだぜ。エスパーとは違うっての」
「精進が足りない証拠よ」
まただ。どうして、わたしはこうなのだろう。素直な言葉を口にできない。腹立たしさとやりきれなさがない交ぜになって、潰れてしまいそうだった。意識せずとも、勝手に気持ちと裏腹な言葉が氾濫してしまう。こんな自分に別れを告げるために、わざわざ魔理沙を呼び出したというのに。
「やれやれ。憎まれ口もやり過ぎるとかわいくないぜ? 相変わらずっちゃ相変わらずだけどさ」
魔理沙は肩をすくめる。相変わらず。魔理沙はそう言った。ぐうの音も出ないとはこのことだ。結局、わたしは何も変わってはいない。あの大会を経て、わたしの内心でも目まぐるしく心境が移り変わった。デュエルモンスターズを通じて、確かな心の交流を体験した。うまく形にできないけれど、かけがえのないなにかを得ることができた。そんな気がした。でも、結局はどうだろう。ほんの少しでさえ、素直になることすらできない。弱みを見せまいと隙を晒すことを極端に恐れ、強がりとわかっていても虚勢を張るのを止めようとしない。くだらない自尊心だけが凝り固まった、口だけの女。それがわたしだった。
こちらの消沈をよそに、魔理沙はもの珍しそうに景色を眺めていた。何事もなかったかのように、黄色い声をあげる。
「それにしても、あんなシケた森の裏に、こんな場所があったなんてな。来てみなきゃわからないもんだぜ」
「そ、そうでしょう? わたし、たまにここに来るの。ずっと家の中じゃあ、息が詰まるからね」
「ま、確かにな。一種の清涼剤ってわけだ」
魔理沙は何か見つけたらしく、その場にかがみこんだ。
「こいつはなんて花だ?」
こちらを首を回してくる。指で指し示す先には、鮮やかな黄色をつけた花弁が開いている。
「ねぇ、魔理沙……」アリスは呆れながら告げた。「あなた、タンポポも知らないの?」
「タンポポだと? おお、これがそうだったのか」魔理沙ははしゃいだように、花びらを指でつついた。「初めて知ったぜ。確か、茎の部分が食べれるんだよな?」
「それは菜の花よ」
ハァ、とアリスは嘆息した。こちらから歩み寄ろうと思って思い切ってこのお気に入りの場所に誘ったのだが、この男みたいな言動をする人間は、情緒というものをさっぱり認知することができないらしい。この色とりどりに咲き乱れる花弁を前にしても、食用かどうかしか頭に無いなんて。これほど乙女心と無縁の女は、アリスは他に知らなかった。
まったく……なんでこんなガサツな奴と、一緒にいたいなんて思ったのだろう。自分のことなのに、不可解でたまらない。
「そういやお前、伝説のデュエリストに認定だってな。輝夜のお墨付きで」
この年で伝説とは、一気に老け込んだ気分にさせてくれる。アリスは肩でため息をついた。
「謹んで辞退させてもらうわ」
「だよな。お前は伝説とか、そういう大層な二つ名はガラじゃないぜ」
ガラじゃないのは百も承知だが、こいつから言われると、なんだか反発したくなってくる。アリスは少しムキになって食って掛かった。
「そういうあんたは、普通の魔法使いじゃない」
「そうさ。だからわたしは願い下げだ。なにせ何度も言うが、普通の魔法使いだからな。幻想郷の変人どもと一緒にされてたまるか」
「ねえ。その変人って、まさかわたしも入ってるの?」
「入ってるもなにも、筆頭みたいなもんだろ。筆頭株主だな」
瞬間的に、頭に血が上るのを感じた。プン、とアリスはそっぽを向く。
「意味わかんない」
そんなこちらの反応を見て、魔理沙は無邪気に笑った。まったく、本当にもう。こいつときたら、デリカシーの欠片も持ち合わせていない。本当に、なんだってこんな奴を、わたしは……
時折、自分の事がわからなくなる。魔理沙の事もそうだが、なぜ自分が紫の言う五人の戦士とやらに選ばれたのか。今考えても不思議に思う。
自分を卑下するつもりはないが、わたしはレミリアのような膨大な魔力も無ければ、霊夢のような突出した才能も無い。弾幕はブレインなんて言ってはいるものの、純粋な頭の良さなら永琳などには敵わないだろう。自分が誇れる部分があるとしたらせいぜい手先の器用さぐらいだが、それがカードゲームに役に立つとも思えない。
五人は、象徴たる想いを胸に抱いている者と聞いた。
ならばわたしの想いの力とは、いったい何なのだろう。五人の戦士がそれぞれの胸に抱くは、〝勇気〟・〝正義〟・〝闘志〟・〝純粋〟…………あと一つは、どういうわけか永琳は教えてくれなかった。
この四つの中に、わたしに当てはまる象徴があるだろうか。アリスは考えた。
まずは、〝勇気〟。これは考えるまでもなく、魔理沙を指す言葉だ。相手がどんな強大な存在であろうとも、怯むことなく立ち向かっていける。幽々子とのデュエルでは、負けは死を意味する状況と知りつつも、自らを投げ打って勝利をおさめた。死をも恐れない胆力は、決然とした意思と力をもたらす。彼女の勇気に、わたしも幾度も危機から救われた。
〝正義〟。これはきっと輝夜だろう。何物にも揺るがぬ、高潔な倫理観。ただ自分が正義だと言い張ることは容易い。だが、自らが絶対に正しいと最後まで信じぬくことは、簡単なようでいてとても難しい。彼女の裡からほとばしる美しさは、きらびやかな身のこなしでも、潔癖な道徳観念でもない。どんな穢れにも痛みにも屈しない、金剛石のように強固な意志力にこそある。虹色に輝く、ダイヤモンドのような。あの志の高さは、わたしには持ち得ないものだ。
〝闘志〟は、レミリアにこそふさわしい言葉だ。他を圧倒する鮮烈な覇気。汲めども尽きぬ、汲めども尽きぬ不屈の戦意。絶対に消えない炎があるとしたら、それは彼女の心の中にこそ存在する。その敢闘精神は、デュエルモンスターズには無くてはならないものだ。だから、レミリアは強い。
〝純粋〟は……たぶん、霊夢なんじゃないだろうか。わたしの見る限り、彼女は大会にいた誰よりも楽しんでデュエルをしていた。一点の曇りも無い、とらえどころのない笑顔。青天のように澄んだ心の持ち主。そして、まっすぐで無垢な想いで向かい合ったとき、デッキは必ず応えてくれる。ある意味でデュエルモンスターズに最も必要な感情を、あいつは持っている。
だとしたら、わたしに当てはまるのは、やはり残りの一つということになる。いったい何なのだろう。自分を形容するに、相応しい心情。これまで幾度となく自己分析は行ってきたが、さっぱり見当がつかない。そこそこに長いこれまでの人生で、他人を見る目は培ってきた自信はある。しかし自分のこととなるとからきしだ。永琳に問い詰めてもお茶を濁すばかりで、答えてくれようとしなかった。どうして彼女ははぐらかしたのだろう。わたしが知って、なにか不都合でもあるのだろうか。
わからなかった。心とは複雑なものだ。自分のものですら、思うように侭ならない。でも永琳がこちらの事を思って内緒にしてくれてるのであれば、知らなくてもいいということなのだろうか。でも、こういうのは考えれば考えるほど気になって仕方なく……
ふと、魔理沙の視線がこちらを向いているのに気づいた。
「なによ」
「当ててやろうか?」
「……は?」
「お前が今何を考えていたか、当ててやろうか?」
アリスはどきっとした。「言ってみなさいよ」
「今日の宴会のメニューだろ?」
「はぁ?」
「都会派を気取るお前のことだから、洋食だったらいいなって思ってたんだろう。だが残念だったな。今夜のメインディッシュは和食、それも鍋と決まってる。大勢で食べれて、手間もかからないとなったらこりゃもう鍋しかない。ついでに場合によっちゃ滋養強壮にもなるってわけだ」
開いた口が塞がらなかった。どこをどう見ればわたしの物憂げな横顔が、今日の夕飯を心配しているように見えるのだろうか。こいつにかかれば、ムードも何もあったもんじゃない。せっかくのロケーションも台無しだった。
駄目だ。アリスは内心でため息をついた。こんな調子じゃ、本心を打ち明けることなんて夢のまた夢だ。
時計を見た。いつの間にか、時間もかなり過ぎている。今日のところは、もう諦めるしかない。
「そろそろ行かなきゃ。時間だし」
「ん、そうか? だが、まだいいだろ」
「えっ。でも、もう六時まで五分もないわよ。……いいの?」
「アルコールよりも高原の自然な空気のようが味わいが深いのさ」
魔理沙はすうっと息を吸い込み、遥か遠くの空を見つめた。そのまっすぐな眼差しには、暮れていく空の色を蓄えていた。
あの瞳には、何が映っているのだろう。不思議な奴だと、アリスは思った。いつものこいつは、どうしようもなくガサツで、不真面目で、無神経で、女らしさのかけらも無いのだけれど…………なんだろう、ときおり見せるこんな横顔は、どこか神聖な何かを含んでいて。まるで何者も触れてはならないような、崇高な一枚の絵画のようでもあって……
「なあ」
「……何?」
ふと、魔理沙は手元の花に手をやった。風に触れるように、優しく撫でる。
「これはなんて花なんだ?」
「本当に何も知らないのね。それはヒアシンスよ」
「ふうん……じゃあ、隣のは?」
「セントポーリア。なに、どうしたのよ。その花、気に入ったの?」
「いや、まあな。きれいな色だと思って」
魔理沙は慈しむように、揺れる花弁をさすった。藍色のヒアシンスと、紫色のセントポーリア。どちらも野草とは思えないほど鮮やかな染色で、二つ並ぶと存在感はより異彩に映る。魔理沙の言うとおり、そこには言葉にできない美しさがあった。
「そうね……」
アリスは、藍と紫の二人を想った。
決勝の最後の試合が始まる前、藍は言った。紫を頼む、と。藍は感情を乱しはしなかったが、それは大変な克己心のなせる業だということを、握り締めた拳が雄弁に語っていた。己の無力さへの痛念が、アリスにも痛いほど伝わってきた。式を抜かれ立ち上がる力すら失われながらも、彼女は一心に主人の身を案じていた。その姿は方程の通りに動く式ではない、人の心そのものが動かしていた。
紫を救うことができたのは、わたし一人の力ではない。藍の……彼女の想いがあってこそだ。あそこでオネストを引けたのは、藍の主を助けたいという強固な意志を、わたしが受け継いでいたからに違いない。紫の心に巣食う闇は消滅した。彼女を想う藍の光に紫の心が応え、闇を打ち消した。それもまた、デュエルモンスターズの為せる奇跡なのだろう。
藍色と紫色の二つは、合わさると違う顔を見せる。藍紫色、すなわちインディゴパープルは青みを帯びた暗い紫であり、魔女や魔法使いら異端者達の間では危機と災厄の象徴とされる。しかしアリスは、この色を忌避すべきものとは思っていなかった。むしろその美しさは、覗き込むだけで言葉にできない深みを感じさせる。優しい、とも少し違う。暗すぎるわけでもない。しかしその深奥にこめられている何かは、どこかアリスの胸を打った。
主と式。二人の間の存在していた、超えることのできない垣根は、もう取り払われた。彼女達の関係は、まだ始まったばかりだ。これから、彼女達だけの新たな信頼関係が育っていく。そこには式を超越した、すばらしい関係が待っているに違いない。今は未知のものにしか感じられなくとも、そういう境地はきっと存在する。睦まじく並ぶ二つの花が、アリスには彼女達の未来に重なって見えた。
紫がデュエルモンスターズを選んだわけ…………ただ可能性として、最も高い手段だったからと聞いたが、きっと理由はそれだけではない。本当のデュエルとはお互いが認め合い、持てる全てを出しきって戦うものだ。そのためには、デュエリスト同士の信頼がなにより不可欠となる。意識的にか無意識的にか、紫はデュエルを通じて相手との信頼を求めていたのではないか。だからこそのデュエルモンスターズだったのではないか……
心を通わせることは、確かに容易いことじゃない。かといって、ひたむきに努力して得られる性質のものでもない。しかしどれだけとらえどころがなくても、その不確かな何かは確実に存在する。それが決意とともに心に宿ったとき、ようやく人のかたちが見えてくる。心が明らかになっていく。紫も、今回の事でわかってくれたに違いない。
……わたしは変われただろうか。いや、きっと変われたはずだ。少なくとも、今なら以前よりも素直になれる。少し前までは、魔理沙とこうして二人で肩を並べることなんて想像もできなかった。今回のことがなければわたしは、いつも人の心を見下し、頑固で、プライドばかりが肥大化した女のままだっただろう。
「ねえ、魔理沙」
「ん?」
「また、やろうね。デュエルモンスターズ」
ああ。魔理沙は微笑った。皮肉のかけらもない、自然な笑みがあった。
アリスも微笑を返した。これでいい。今のわたしには、この一言が精一杯だ。それでも、アリスは満足だった。今回の事件を経て、わたしは魔理沙から勇気を持つことの意義を教わった気がする。きっと、わたしだけではない、彼女も変わったのだろう。困難を乗り越え、人は成長していく。デュエルモンスターズを通じ、わたしたちはかけがえのないものを学んだ。今なら、はっきりとそう言える。
「行くか」
「うん」
立ち上がった魔理沙の手が差し出される。照れたような戸惑いを含む微笑。きっと、わたしも同じ顔をしているのだろう。
アリスはその手をとった。温かい手、人のぬくもりが伝わる。心の隅々にまで、その温度が染み渡っていくように感じる。
幸せも辛さも、同じ時間のなかで共に歩んでいく永遠の伴侶のようなものだ。いずれかひとつだけを選んで受け入れる、そんなことは許されない。切り捨てることも叶わない。常に自分とともにあるもの。だからこそ成長がある。責任を果たして、明日へと進んでいくことができる。
アリスは振り返り、西の稜線を見据えた。
空って、こんなに高かったんだ。なんとなくそう思った。
黄金色に照らし出された雲が、紅色に移り変わっていく。偏西風が花畑を駆け抜け、美しいさざなみを形作る。魔理沙の背を追いながら、アリスは頬に微風を感じた。明日へ吹くかぜ。きっと素晴らしい明日が、両手を広げて待っているに違いない。誰かと共に歩む、輝かしい明日が。
アリスは静かに、夢に満ちた明日に思いを馳せた。花吹雪く西よりの風に、その身を委ねながら。
<了>
続きは未定だそうですが、いつか投稿されるのを心待ちしています。
これ東方でやる意味なくね?
それでも最後まで読むことが出来たのはきっとこの話がとても面白かったからです。
1年以上お疲れ様でした。とても楽しませていただきました。
どのデッキもとてもそのキャラらしいデッキでしたし、東方でやる意味はあったと思います
次回作が純粋な東方の話なのか、他の何かと組み合わせた話なのか分かりませんが、またwktkして待ってます!
でもとっても面白かったです
東方好きのシューターとしても、デュエリストとしても楽しませていただきました
次回作に期待します!
振り返ってみると自分が一番好きな回はアリスVSパチュリー戦ですね~
アリスのサテライトキャノン&機械複製術コンボやラストターンでの怒涛の逆転劇が一番印象に残ってます。
本当にお疲れさまでした!次回作も楽しみに待ってます。
自分としては、レミリアvs藍さま戦が1番好きな決闘ですね。
レミリアがカッコよくてカッコよくてもう
長い間お疲れ様でした!
次回作も期待してます!
本当に楽しませてもらいました。
何度かルールを指摘させて頂いたのも良い思い出です(笑)
一先ず、お疲れ様でした
私が一番好きな決闘は霊夢vs魔理沙のHERO対決ですねー。
あの展開は鳥肌モノでした。
リアルでは昆虫デッキ使いの自分だけに、リグルもっと頑張って欲しかった……けど昆虫使いってかませ臭しかしないですよね……(ノ∀`)
「スパイダー」も登場した事だし、次は地底編でヤマメだねっ
ただ、不満なのは31の前編で指摘したドラギオンのシンクロ素材です。全く触れていなかったので。
そして、ここで使われたデッキの半分ぐらいは実際に組むとほぼ確実に事故を起こしやすいぐらいですかね。
また私達に幻想を魅せてください。
東方と遊戯王の両方が好きな者にとっては、ああ早く寝ないとなあと思いつつもいや待て後1話だけいやもうこの際更にもう1話と無限ループが続いていく訳です。こりゃまいった。
それもこれも全て、このSSの魅力に惹かれきった結果なのだと思います。毎度毎度の熱い展開に「おい誰か熱いBGM流せ!」と切に願った回数は数知れず……。
自分も遊戯王の二次創作SSを書いていた経験がありますので、ある程度のミスはあってもここまで熱いデュエルを創造できる作者様にはただお見事の一言です。本当にすごい!
そしてこの後、私を待ち受けるのは東方で遊戯王Ⅱ……あと数日は眠れない夜が続きそうだぜ!