七曜の魔女が管理する図書館。
四方を書物に囲まれる中、図書館の主は有り余る時間を知識欲を満たす事のみに費やしていた。
静寂に満たされた館内で、彼女は薄暗い灯り一つを頼りに、ひたすら頁を捲る。
それを十回程繰り返した後、瞳を落としていた頁の上に埃と言うにはやや大きめの破片が降り注いだ。
それが静寂の終わりを告げる者の襲来だと理解した彼女は溜め息を一つ吐き、傍らにあるティーカップに口を付ける。
口に含んだ紅茶を溜飲し、ティーカップをソーサーに置いた刹那、図書館の入り口付近から耳障りな轟音が響き渡った。
彼女が顔を顰めながら入り口の方角を見やる。
直ぐに、騒動の主が顔を覗かせた。
「あら魔理沙、いらっしゃい。 うちの猫いらず達は?」
「いや、この屋敷に来るようになって以来、そんな物は見た事無いぜ。 長生きしすぎて遂に惚けたか?」
「五月蝿いわねぇ。 本気で追い返すわよ?」
「遠慮しとくぜ。 私はまだ此処にある本を読み尽くしていないからな」
「お婆さんになってもまだ此処へ来る気? 貴女も暇ねえ……」
パチュリーは魔理沙を睨み付ける。
魔理沙は両手を持ち上げるジェスチャーを返した。
「可哀想な事に私は人間だからな。 少しの時間も無駄にしたくないから、ここの本を借りていく。 道理は通っているだろう?」
「詭弁ね。 残念だけど、貴女の寿命には微塵も興味が湧かないの。 せめて私の好奇心を刺激する物でも持ってきて頂戴よ。 渋々貸し出すくらいなら許してあげるから」
「くれと言っている訳じゃないのに随分な言い様じゃないか。 流石の私も傷付くぜ」
「結構な事じゃない。 そのまま消耗しきって消え去ってくれないかしら」
「こればっかりははいそうですかとは言えないな……そう言う時、どうするかは分かってるだろう、パチュリー?」
そういうと魔理沙はバン、とテーブルを強く叩き、パチュリーを睨み付ける。
パチュリーは静かに、魔理沙を見返し、戯ける様な笑顔を形作った。
「さて、ね。 ジャンケンでもすれば良いのかしら?」
「しょうがない、だったら私はこのパーを出すぜ」
「好きにしなさいな。 私はグーチョキパーなんだから」
「セコいなパチュリー。 もし私も同じ事をしたらどうするつもりだ?」
「そうしたら引き分けじゃない。 勝って、負けて、引き分けでしょ?」
パチュリーがそう言いながら、グー、チョキ、パー、と順に形作っていく。
「確かに、な。 じゃあ、答えは一つだ……ま、と言ってももう始まってるんだけどな」
「丁度良いわ。 貴女と私の頭脳の差、教えてあげるわよ」
「つまらないミスをして私を失望させるなよ? パチュリー」
「手を抜いたなんて哀れな言い訳、聞かないわよ? 魔理沙」
「当然だぜ」
こうして、彼女達の戦いは水面下で開始した。
いや、実際には室内に入った時には始まっていたのだろう。
パチュリーが次の言葉を紡ごうと口を開いた刹那、それは予期せぬ第三者に寄って阻まれる。
「何やってるのかしら二人とも?」
「人間の魔法使いと魔女の魔法使い、互いのプライドを賭けた勝負だぜ。 何ならお前も入るか? レミリア」
「ヌルい勝負になりそうねぇ……ほら、私達の事は放っておいて、レミィはあっちで絵本でも読んでて頂戴」
「ねえ、いくら私の親友とは言え、流石に私にも堪忍袋が緒を足らすわよ?」
「脳味噌無さそうな台詞だぜ」
そう言うと、魔理沙はこめかみに人差し指を持っていき、二度叩く。
パチュリーがそれに気付き、レミリアに憐れむ様な視線を向けた。
「恥ずかしいけど、これでも私の親友やってるのよ。 許してやって」
「酷い言われようね……本気で殺しちゃおうかしら」
「フフッ、冗談よレミィ。 本気にしちゃって、可愛いんだから」
「へ? パ、パチェ?」
「本物……だったのか、パチュリー……? もしかして本を貸してくれてるのも、私の体を……?」
魔理沙は青ざめた表情で自分の体を両の手で抱き締め、体を後ろに引いた。
パチュリーは魔理沙に冷めた視線を投げつける。
「まさか、冗談よしてよ。 私はノーマルよ」
「見えない所では小悪魔辺りとヨロシクやってるんじゃないか? 従順そうだしなアイツ」
「むっつりパチュリーだもの、仕方ないわ魔理沙。 ねっムッチュリー」
「……面倒臭いけど、ロイヤルフレアだったら貴女達、一度に処理できるかしらね」
「もう、冗談が通じないんだからパチェったら。 知識だけじゃなくてユーモアも身に付けなさいな」
くすくすと笑いながら、レミリアは椅子に凭れ掛かる。
癇に障る笑いに眉を顰めながら、パチュリーはやれやれと呟いて体を前のめりにさせた。
その様子を魔理沙がイヒヒと笑いながら傍観する。
「ユーモアなんて会話に自信の無い人間が編み出した欺瞞でしょう? それより友人として、最後の確認をさせて貰うわよレミィ。 貴女、私達の勝負に参加するの? それともしないの?」
「遠慮する事無いぜレミリア。 女は度胸、何でもやってみるもんさ」
「良く分からないけど、売られた喧嘩も買えないようじゃ紅魔の名が廃るってものよ。 その勝負、乗ったわ。」
レミリアの返答に、パチュリーは真剣な表情で頷きを返す。
二人の表情を交互に窺った魔理沙はパチュリーと視線が交差する。
互いの顔に、笑みが浮かぶ。
「来客を歓迎するのもたまには良いものね。 こんな面白い展開が待っているんだもの」
「理解に至って無いみたいだけどな。 レミリアの顔を見た限りじゃ」
「ルールの説明もまだだもの、しょうがないわ。 まぁ、説明してもレミィにとっては難しいゲームでしょうけど」
「レミリア、ギブアップするなら今の内だぜ?」
「碌に戦えない内に負けるのだって、貴女のプライドが許さないでしょう?」
二人の息つく間も無い憐憫と軽蔑の言葉に、レミリアは遂に我慢の限界が訪れる。
テーブルに叩き付けた腕はそれをいとも容易く木片にし、敵意を露に二人を睨み付ける。
「私をそこまでコケにするなんて良い度胸じゃない、魔理沙、”パチュリー”?
私はやるって言ったらやるの。 なんならここで弾幕”や”っても良いのよ? もしかしたら、運命の悪戯で不幸な事故が起こるかも知れないけどね」
「いやいや、落ち着けレミリア。 私達は親切心から言っているんだぜ?」
「うん、そうよレミィ。 私達のゲームに負けたら、本を……命を失う事になるのよ?」
「えっと、それは言い過ぎだぜパチュリー……あっ、と、とりあえずレミリア、何か言ってくれよ、な?」
「ええ、言わせて貰おうかしら。 パチェ、貴女とは絶交よ。 それと魔理沙、貴女は二度と紅魔館の門を潜らせないわ。
私を怒らせた事、たっぷりと後悔させてあげるから覚えてらっしゃい!」
レミリアの咆哮に、二人は完全に沈黙する。
見開かれた4つの瞳が、紅魔の雄々しき涙目を見詰め続ける。
「…………」
「…………」
「な、何よ、二人とも……な、何とか言いなさいよ!」
「やっほーう! イェーイ私達の勝ちーぃ!」
「悪いわねレミィ。 でも規則は規則だから貴女の秘蔵書、一冊頂くわね」
「……ほえ?」
目の前で浮かれる二人の魔法使いに、レミリアは訳が分からないと言った表情で首を傾げる。
しかし、どうやら自分が”ゲームに負けた”という事は理解した。
「ちょ、ちょっと、ねぇどういう事よ? 良く分かんないけど無し! 今の無しー!」
「へっへぇー残念だけど私達は再三確認したんだぜ?
”本当にやるのか?”って」
「悪いけどね、レミィ。 これが私達魔法使いの戦い方……いえ、遊び方なの。
準備の整った魔法使いの領域に自分から足を踏み入れたのはレミィ、貴女よ。
さ、貴女の部屋へ行きましょうか……あそこには欲しかった魔導書もあるのよね。
嗚呼、ワクワクしちゃう」
「珍しく楽しそうだなパチェ。 まぁ、気持ちは分からないでもないが。 ほらほら行くぜレミリア!」
「え? え?」
そう言いながら、嬉々とした表情で二人の魔法使いは図書館を後にした。
残されたレミリアは広く暗い館内で、一人叫び続けていた。
「……な、納得いかないー!」
~をわり~ だぜ!
今度、友人と示し合わせてやってみたいですねぇ・・・
うーん、タイトルを見て気づくべきでしたねぇ・・・;
よくここまで凝ったものだw
気づけなかった、悔しいな。
レミリアが自然に入り過ぎてて、ほんとにルールを理解してなかったのかが気になってくる。これが運命の力!?
上でも言われているようにお嬢様がルール知らないのに自然に混じってる。
あと、「や」と「い」がどこかと思ったら地の文で台詞として書かれてたのか。
私はか行の辺りで五十音順である事に気付きましたが、まさかこれが勝負だったとはw
あれ?「や」は何処に?と思ったら「やれやれ」と「イヒヒ」も入ってたんですねー。
タイトルのお陰で始めから探す事が出来ましたが、それが無かったら多分最後まで気付かなかったかも。
いやぁ、これは参りました。
毎回驚かされていますw