玄関に魔女が立っていた。笹の葉らしきものを持っていた。
なんでこんなものを持っているのだろうかと、アリスはしばらく考えた。
それ以前に、なんでこんな所にこいつがいるのだろうかと、アリスはしばらく考えた。
そんな隙だらけなアリスを見て、魔女は鼻を笹の葉の先でつついた。
アリスは切れた。
「むきゅうっ!!」
投げつけた上海人形は、魔女にクリーンヒットした。
シャンハァァァァイという、怒りに狂った声がした。上海人形はレーザーを吐いた。
魔女は体を35°ひねり、ブリッジ型になりながら、なんとか攻撃をかわした。
アリスはチッ、と舌打ちをした。
「なにすんのよ!」
「こっちの台詞よ!くすぐったいのよそれ!」
「わざとよ!!」
「わざとかよ!!!」
笹の葉をがっさがっさしながら、魔女は一生懸命主張していた。
アリスのこめかみに筋が一本増えた。
「で、一体何の用よ、パチュリー」
こんな日は、手っ取り早く話を終わらせることが一番だとアリスは思った。
研究したいことが沢山あるし、魔理沙に首を折られた蓬莱人形の修復をしなくてはいけないからだ。
正直、この魔女に付き合っている暇はないと思った。
「あらアリス、今日が何の日か知らないの?」
がっさがっさ音を立てながら、見下すように魔女は言った。
アリスのこめかみにまた一筋血管が浮かんだが、ここで気にしては負けである。
アリスは深呼吸をして、冷静に対応することにした。
「知らないわね、生憎だけど。こっちへ来てからそう経っていないのよ。それより今日は相手してあげられないから、帰ってくれる?悪いけど」
ここまでやってきた相手に対して、なにもおもてなしをせずに帰すというのは、本来ならば不本意なことであった。
しかし、相手は七曜の魔女。
頭脳明晰かつ経験も豊富で魔力だけで言えば幻想郷一の持ち主である。
そしてなにより、こいつはかなり図々しい。
どのぐらい図々しいかといえば、家のクッキーを全部食い尽くして、冷蔵庫を漁りアイスを食べ、人のカップに入れたコーヒーを飲み干して、人の部屋のベッドの上で枕投げをし、上海人形を壊し、上海人形に焼かれ、むきゅうといいながらへばり、人が風呂に入っているところに勝手に入り、許してないのにお湯が熱いからといって水を入れ、アリス、魔法使いたるもの寒中水泳よ、と言って冷たい水をぶっかけてくる、そのぐらい図々しい。
正直、この魔女とはあんまり関わりたくなかった。
「そんなこと言って、本当は今日が何の日だか知らないからでしょ。全く、未熟者はこれだから」
上から目線な口調の魔女に、アリスのこめかみに新しい筋が浮かんだ。
ここで取り乱したら相手の思うツボである。華麗にスルーするべきだ。
アリスはこほんと堰をして、冷静に対処するよう切り替えた。
「あのね、私にもプライベート、ってものがあるの。いつでも暇なわけじゃないの。今日だって魔理沙と霊夢に散々クッキー食べられて、散々あんなことやこんなことをされちゃったの。別に妄想じゃないの。妄想じゃないから本当なの。そのせいで、2対1で戦ったら、人形の首が取れちゃったの。今日はそれを直しに・・・・・・・ってこら何冷蔵庫開けてんのよ!!!!」
「ごきゅごきゅごきゅ」
「牛乳飲んでんじゃねーよ!!」
新品の牛乳パックを口つけて飲む魔女に向かって、アリスはチョップを食らわせた。
「むきゅうっ」
魔女は鼻から牛乳をふいた。
「なにすんのよ!」
「あんたが悪いんでしょ!!」
「鼻に牛乳がっむきゅっむきゅうっ」
魔女は鼻と口をおさえながら、むきゅっむきゅっとひたすら言っている。わざと
なのか、いつもの発作なのか、アリスにはいまいち区別がつかなかった。
とりあえず、飛び散った牛乳を拭くべく、上海を召喚した。
「・・・・・・・」
上海は、何も言葉を発しなかった。
それもそうかもしれないと、アリスは思った。
わかったわよ、こいつに片付けさせるからいいわよ、とアリスは上海を戻すこと
にした。
「むきゅっ、あ、アリスったらそんなに私をいじめてなにが楽しいのよっ」
「あんたが勝手に人の家の冷蔵庫漁るからいけないんでしょ!おまけに勝手に上がりやがって!牛乳吹きやがって!!」
「それはっアリスが殴るからっ」
「当たり前でしょ!!図々しいのよアンタはいつもいつも!!」
はあはあはあ。
アリスは息を切らしていた。
毎度毎度魔女がここに来るたびに、アリスの疲労はピークに達していた。
弾幕ごっこよりも疲れていた。
「どうしたの、アリス、息を切らして」
「・・・・・・」
てめーのせいだよっ! と突っ込みたかったが、そんな気力は最早残っていなかった。
とにかく飛び散った牛乳を拭いて、とっととこいつを追い出そう。
アリスはそう心に決めた。
「で、その、今日がなんの日だっていうのよ」
そのためには、とっとと話を終わらすべきである。見下されるのは悔しいが、ここは折れるしかないだろう。
アリスは仕方なく、魔女に聞くことにした。
「タダで教えると思って?」
「・・・・・・」
上海人形のレーザーが、魔女の方へ発射された。
魔女は体を九十度回転させて、華麗にそれを避けた。
しかし次の瞬間、バランスを崩し、冷蔵庫の方にぶつかった。
「むきゅうっ!?」
ざまあみろとアリスは思った。
「自業自得よ、自業自得ねパチュリー。さあ今日は何の日だか言いなさい」
上海人形の口を魔女に向けて、満面の笑みでアリスは言った。
魔女はといえば、ぶつけた小指がよほど痛かったのか、床にうずくまっていた。
ざまあみろとアリスは思った。
「ひどい、ひどいわアリス・・・・・・こんな風にすることないじゃない。折角来たのに」
魔女はほんの少し涙目になっていた。ざまあみろとアリスは思った。
「そんな演技には騙されないわ」
「ひどい、ひどいわ」
「いいから早く今日のことを教えなさい」
「こんな風にされるなんて思わなかったわ」
「教えないと追い出すわよ。教えても追い出すけど」
「・・・・・・・」
どすの利いた声に、黙ってしまう魔女だった。
それもそうかもしれない。今のアリスの声は、バナナが凍るぐらい冷たかった。寺子屋の先生が時々飛ばす冷たいジョークぐらい冷たかった。全裸の九尾に黒猫が飛ばす視線ぐらいに冷たかった。
魔女はちょっぴり涙目になった。
「で、一体何よ。今日は。そんな笹持って」
「う、これは」
「とっとと用件言いなさい。短く簡潔に」
「・・・・・・」
観念した魔女は、おずおずと笹を持ち出した。
一体これを何に使うのだろうかと、アリスは思った。
「七夕って知らないかしら」
「七夕?なにそれ」
「ふっ、やっぱり未熟者ね。七夕さえ知らないなんて。無知にもほどがあるわ。まるでどこかの氷精みたいね。おかしすぎて牛乳吹いちゃうわ」
上目遣いになりながら上から目線で物を言う魔女に、アリスのこめかみがピクピク動いた。
おちつけ、おちつくんだアリス。
ここで取り乱すようでは、自分は本当に未熟者だ。
おとなしくこいつの話を聞くのが一番だ。
「デ、イッタイタナバタッテナンナノカシラ」
「シャ、シャンハーイ・・・・・・・!!」
ちょ、ちょっとっ、逃げないでよ上海!そんなに怯えなくってもいいじゃない!いくら蓬莱の首が飛んでいるからって、窓の外まで逃げることないじゃない!!私泣くわよ、泣いちゃうわよ!!××才だけど泣いちゃうわよ!!かよわい女の子なんだから!!!
「ふふ、知りたいかしら」
そんなアリスの様子には気付かず、魔女は話を続けていた。雲の中に住んでいる空気の読めない鰻ぐらい、空気の読めないやつだと思った。
そんなことを思っていたら、なんだか鼻がむずむずする気がした。何かと思って下を見た。魔女だった。
「七夕とは・・・・・・こうして笹の葉を相手の鼻に近づけて、いかに相手をくしゃみさせるかという、カーネルおじさんが伝えた日本古来からの遊びの一つでむきゅうっ!」
アリスはローキックをかました。魔女にクリーヒットした。
「なにすんのよっ」
「あんたが悪いんでしょ!!なによその伝統!聞いたことないわよ!誰よカーネルって!!」
「おじさんはおじさんよ」
「しらねーよっ!」
バカだった、きちんと話を聞こうとした自分がバカだった。これでは確かにどこかの氷精だと言われても、仕方がないと思った。
この魔女が、まともなことをしてくるわけがなかったのだ。
とにかく早くこいつを追い出そう。アリスは決意した。
「今日はもう帰って。疲れているのよ。目的は果たしたでしょ、だからもう帰ってお願いだから」
「この暑い中帰れって言うの?途中でばてちゃうわよ」
「・・・・・・」
上海人形のレーザーが、目から飛び出てきた。
魔女は体を180°回転させて、一目散に部屋の内部に逃げ出した。
笹の葉が部屋の中に飛び散っていたが、そんなことは気にしていなかった。
二階に逃げていく魔女を、アリスは追いかけた。
「むきゅうっ!!」
魔女は転んだ。飛び散った笹の葉で足を滑らせ、階段で転んだ。
ざまあみろと、アリスは思った。
しかし、それにも構わず魔女は、階段の先へと走っていった。
こいつが喘息持ちって嘘だろ、とアリスは思った。
「ぜってえ追い出す」
上海人形片手に、アリスは決意した。上海人形は震えていた。カタカタを震えていた。
その振動をアリスは感じていたが、気にしない振りをした。
レーザーのせいであちこち家が壊れていたが、気にしない振りをした。
首の取れた蓬莱人形がこちらをじっと見つめていたが、気にしない振りをした。
「シャ、シャンハーイ・・・・・・!!」
「・・・・・・」
おぼろげな上海人形の声は蓬莱人形に届くはずもなく。
魔女の家は、7月7日も平和だった。
アリスも反撃に磨きがかかってきてるのがたまりませぬ
次回も期待してます
全力で楽しませていただきました。
アリっさん……立派になって……(ホロリ)
アグレッシブすぎるだろこのパチェさんw
上海乙