アリス・マーガトロイド邸のドアをノックも無しに開けたのは霧雨魔理沙だった。
「行儀が悪いわ」
「いいじゃないか。私とアリスの仲だろ」
「いつからそんな親しくなったのかしら」
「強いて言えば会ったときからだぜ」
悪びれもせずに言うと、リビングのテーブルの上にどさどさと本を載せる。
一冊一冊が凶悪な魔道書だ。
「そんな不用心に扱わないでよ。随分沢山あるけど、また?」
「そうだ。紅魔館からちょろっとな」
「いい加減にしときなさいよ。そうでなくても心証悪いのに」
「構わないぜ。そんなことを気にしていたら魔法なんか研究できないからな」
「らしいと言えばそうなのかもしれないけれどね……」
アリスは呟きながら薬缶を火にかける。
「ああ、私はコーヒーがいいぜ」
「図々しい」
そう言いながらもティーポットをしまいフィルターと漏斗に換える。
戸棚の手前からコーヒーの粉を取り出して、フィルターに適量入れた。
「最近はコーヒーを飲むのか」
「どうして?」
「前は戸棚の奥に置いてあっただろ」
「目ざといのね。そう、味覚が変わったからかしら」
「へぇ。アリスでもそういうことがあるんだな」
「色々とあってね」
お湯が沸くまで、別の戸棚に入れておいたパウンドケーキを取り出して切り分け、テーブルに置く。
ニンジン入りなので独特の色をしている。
「なんだこれ?」
「ニンジンケーキよ。お茶請けね」
「ニンジンは嫌いだぜ」
「だから成長しないのね」
「ほっとけ」
やがて薬缶の蓋がカタカタ言い出した頃合いで沸騰を止め、お湯を注ぐ。
ざっと全体を蒸らし、ゆっくりと抽出していく。
「はい、コーヒー」
「ありがとう。で、今日の用事なんだが」
「解読に必要な本を貸せ、でしょう。いつもは一人でやるくせに」
「だんだん高度な記述が増えてきてな。ほんの小さな解釈の誤りが大事故につながりかねないんだ」
「そう。もうそんなレベルの魔法に挑戦しているのね」
「ああ。だから頼むぜ」
「別にいいわ。書斎を荒らされるより大人しく協力してあげた方が面倒もなさそうだし」
「恩にきるぜ」
「返してもらった覚えが無いけれど」
「出世払いだ」
呆れたようなアリスの視線を無視して、魔理沙は魔道書を広げる。
ノートに色々とメモをしながら解読を進め、必要な材料や周囲の環境などを書き留めていく。
時折筆を休めてケーキを食べ、コーヒーを飲む。
「これ、うまいな。あんまり甘くないけど」
「そうね。甘過ぎると文句が出るから」
「誰からだよ」
「知り合いの魔女」
「私はそんなこと言わないぜ。出されたものは有難く食べるからな」
「そう」
さほど興味もなさそうに呟くと、アリスはお菓子とコーヒーを持ってリビングを出て行った。
書斎で食べるのだろうか。客が来ているのに放っておくなんて酷いもんだぜ。
などと思いながら、魔理沙は黙々と研究を続ける。
やがて、とりあえず実験をするのに支障が出ない程度の情報がノートに書き記されていた。
「随分気を使うのね」
「それなりに危険な魔法だからな。万全を期しておかないと」
「最悪家が吹き飛ぶわね、これ」
「そうでなくても失敗したら腕の一本は確実だぜ」
「まあ、準備さえ整えておけば大丈夫でしょう。自然災害でも起きない限り」
「おいおい、縁起でもないことを言うのはよしてくれよ」
「あら、馬鹿に出来ないものよ。特に地震なんて竜宮の使いでも来ない限り予兆は無いに等しいんだもの」
「ああ、そうだな。まあ、そうなったら天人に責任を取ってもらうまでさ」
「天人もいい迷惑よね」
「そうか?」
「とにかく慎重にやりなさい」
「はいはい分かったぜ」
二人でノートを覗き込みながら、あれやこれやと話をする。
アリスの助言もあり、魔理沙は実験に細心の注意を払うことにした。
「うん。大分形になってきた。これもアリスのおかげだ」
「褒めても貸しは減らない」
「そんなつもりで言ったんじゃないぜ」
「分かってるわよ。そんな事を気にするような人間じゃないものね」
「あれ、コーヒー二杯目か?」
「いえ、これで一杯目だけれど」
テーブルに座ってコーヒーを飲んでいるアリスに違和感を覚える。
「だって、さっきあっちにコーヒーを持って行っただろ」
「ああ、パチュリーが来てるのよ」
「なんだよ。だったら言ってくれれば」
「そうは言ってもねぇ」
アリスは非常に渋い顔をする。
「いいだろ。ここ一月くらい会ってないんだよ」
「知ってるわよそれくらい。ずっとうちにいるんだもの」
「は?」
「うちに泊まってるの。もう半月くらい」
「だから本を借りに行っても出てこなかったのか。本を借りても小悪魔の奴がこっちをすごい形相で見てくるだけだし」
「そう。まあ無理もないわね」
「弾幕ごっこで敵わないからって、あんなに睨まなくてもいいだろうにな。咲夜もあんまり相手してくれないし。パチュリーに言われないと図書館の警備に回ったりしないもんなのか?」
「でしょうね」
「で、パチュリーはどこにいるんだ?」
「奥の部屋。客間にいるわ。でも会わない方がいいわね」
「なんでだよ。居るのを知ってて会わないなんて不義理もいいところだぜ」
「パチュリーね、失明したのよ」
「……は?」
予想もしなかった言葉に、魔理沙の思考が止まる。
失明。
それはつまり目が見えなくなったということ。
パチュリーにとっては、本が読めなくなったということ。
「なんでそんな――」
「一か月ほど前だったかしら。自分の工房で儀式を行っていたのだけれど、とある事情で失敗したのよ。その時の影響で視覚が奪われてしまったの。器質的なものではなくて、概念的に視力が意識から断絶している状態らしいわ」
「一時的に見えない、ってことか? 永琳なら」
「無理なの。神経がどうにかなっているとかなら薬師の出番もあるでしょうけれど、全くの常態。どこにも異常はない。だから魔術的な治療法を探しているところ。今私が色々な文献にあたっているのだけれど、なかなか」
「だったら私も手伝うぜ。そんなことになってるなら何で言ってくれなかったんだ」
「何を言っているの」
アリスの目がすうッと細められる。
「原因は魔理沙、あなたなのに」
……え?
何?
何て言った?
魔理沙の思考が凄まじい勢いで空転し始める。
「なんで、私が? 私は何も……」
「貴方が本を“借り”に行った時、運悪くパチュリーの儀式は佳境に入っていたらしいわ。そこに予期せぬ衝撃が襲い、パチュリーの意識に影響した。その結果魔力の暴走を引き起こしそうになったけれど、パチュリーは懸命にそれを抑え込み、反動で視力を失ってしまったの」
「だって、誰も私にそんなこと」
「加害者に教える義理はどこにもないわよね」
「それに、だったら私にも責任があって」
「気にしなくていいわよ。運が悪かっただけなのだから」
「だったら私にも手伝わせてくれよ!」
「断るわ。だから私一人でやっているのだし」
「なんでだよ! 運が悪いって言っても、原因は私なんだろ? だったら責任くらいちゃんと――」
「自分の行動がどんな結果を引き起こすかも分からないような“子供”に、誰が手伝いを頼むのかしら。魔法使いとして、信頼を置くこともできなければ知識も足りないあなたに。半人前ですらないあなたに。魔法使いと名乗ることさえおこがましい、あなたに。ただ力を振り回すだけの、周りの見えない“お子様”に」
「あ……、だって……」
「はっきり言いいましょうか。この件に関しては、何もしないことが一番の手伝いよ。だから、あなたはいつも通りに紅魔館に押し入って本を“借り”ていなさいな。実験をするなら“細心の注意を払って”ね。このことを知ったらきっとあなたが“邪魔”するだろうからって、紅魔館の関係者には口止めをお願いしていたの。きっとあなたを見るたびに腸が煮えくり返る思いだったでしょうね」
「そんな。私は……」
「パチュリーも最初は嘆いていたわ。落ち着くまでかなりかかったもの。でも今は、なんとか持ち直している。見えないなりに本も読んでいるわ。点字を覚えたからかしら。小悪魔が一生懸命翻訳しているみたいね。最近転地療養という名目でうちに泊まってるの。見つけた治療法をすぐ試すことができるし」
「パチュリーは」
「一時期よりも随分と明るくなったわよ。“目が見えなくなってしまったけれど、夢の中では好きなだけ本が読める。いっそずっと眠っていられたらいいのに。”なんて言っていたこともあるくらいだったけれど、最近は朝になると一人で起き出して体操なんかもしているわ。目が見えていたころより活発になったくらい。勿論、見えるに越したことはないのだけれど」
「……私は、何もできないのか?」
「何も出来ないんじゃない。何もさせない。パチュリーにも会わせない。何も分からない子供に代えの利かないものをいじらせるほど、私は愚かではないわ。心配しないで。パチュリーは恨んでなんかいないそうだから。私もあなたのことを嫌ったりしない。ただ、邪魔だから関わらないでほしいだけよ。魔理沙はいつも通りにしていればいいの。何も難しいことはないわよ」
「あ、いや、でも」
「手を出すな、と言ったわよね。まともな魔法使いでもないただの人間に出来ることなんか何もない。あ、さっきも言ったけれど、実験をするなら細心の注意を払いなさいね。魔法というものは本当に危険なのだから。もう帰るといいわ。気をつけて頑張って頂戴」
「あ、あ」
魔理沙はなんとかそれだけ言うと、本を纏めて出て行った。アリスは玄関先まで見送りに出ると、魔理沙が飛び去った方を見やる。
姿が見えなくなるのを確認して玄関を開けると、リビングにはパチュリーがいた。
「ちょっと。出てきちゃだめじゃない」
「大丈夫よ」
「魔理沙がいたらどうするのよ」
「なんで私が盲目になっているのかしら」
「まあ、丁度良かったから」
「本が読めないなんてこの世の地獄だわ。いっそ自殺してしまおうかしら」
「点字を覚えたらいいわよ。あれなら目が悪くはならないから」
「目は悪くなるのではなくて暗闇で本を読むために適応するだけ」
「はいはい。で、ケーキはお気に召したかしら」
「相変わらずおいしいわね。オレンジ色のケーキというのも珍しいけれど」
「あれニンジンよ」
「ニンジンは嫌い」
「色の濃い野菜は体にいいのよ。偏食は治しなさい」
「むきゅー」
鳴き声を上げながらコーヒーをすするパチュリー。
「コーヒーはモカが好きよ」
「贅沢を言わないの。それだっていい豆なのよ」
「コーヒーはモカ」
「はいはいまた今度ね」
「それで、何故私が盲目に?」
「丁度良かったから、呪いを試してみようかと思ったのよ」
「やっぱり。でも、あまりお勧めはしないわね。あのかけ方では返しの風が来るわ」
「呪い返しね。人を呪わば墓穴二つ、と。大丈夫よ。折を見てディスペルしておくから」
「律儀ね。もう一、二回かければ完成するのに」
「完成させたら魔理沙が死んでしまうじゃない。そんなのは望んでない」
「そうね。あの勢いだと責任を感じて……、なんてことになりかねない」
「自分の目を抉るくらいはしかねな勢いだったわね。だから途中で切り上げたのだけれど」
「心配はないのかしら。あれはあれなりに真面目だから」
「それもそうね。今から行くわよ」
「そう。行ってらっしゃい」
「いや、パチュリーも行くのよ」
「何故」
「無事なあなたを見せれば呪いは一発で解けるし、もしかしたら反省して本を返してくれるかもしれないわ」
「それは魅力的な提案ね。さあ今すぐ行きましょう」
「現金すぎるわ」
俄然張り切るパチュリーに、アリスは苦笑する。
「アリス、あなたって世話焼きね」
「そう?」
「呪いをかけながら、魔理沙が実験で怪我をしないように注意もしていたでしょう」
「別に。私は実験がしたかっただけ」
「もし私が盲目になったとしたら、お世話してくれるのかしら」
「お世話は小悪魔に任せましょう。私は今まで通り茶飲み話に興じることにするわよ」
「そう。残念」
「何がかしら」
「何でもない。それにしてもあの呪いの掛け方。アリスって意地が悪いのね。素直ないい子だと思っていたのに」
「性格のいい魔法使いとうのは、形容矛盾か無能の別名。パチュリーが言いそうなことじゃない」
「アリスったら、そんな風に私を見ていたのね。ひどいわ」
「ほら、性格が悪い」
ふふふと笑いながら、二人は玄関を出て魔理沙の家に向かって飛んで行った。
「行儀が悪いわ」
「いいじゃないか。私とアリスの仲だろ」
「いつからそんな親しくなったのかしら」
「強いて言えば会ったときからだぜ」
悪びれもせずに言うと、リビングのテーブルの上にどさどさと本を載せる。
一冊一冊が凶悪な魔道書だ。
「そんな不用心に扱わないでよ。随分沢山あるけど、また?」
「そうだ。紅魔館からちょろっとな」
「いい加減にしときなさいよ。そうでなくても心証悪いのに」
「構わないぜ。そんなことを気にしていたら魔法なんか研究できないからな」
「らしいと言えばそうなのかもしれないけれどね……」
アリスは呟きながら薬缶を火にかける。
「ああ、私はコーヒーがいいぜ」
「図々しい」
そう言いながらもティーポットをしまいフィルターと漏斗に換える。
戸棚の手前からコーヒーの粉を取り出して、フィルターに適量入れた。
「最近はコーヒーを飲むのか」
「どうして?」
「前は戸棚の奥に置いてあっただろ」
「目ざといのね。そう、味覚が変わったからかしら」
「へぇ。アリスでもそういうことがあるんだな」
「色々とあってね」
お湯が沸くまで、別の戸棚に入れておいたパウンドケーキを取り出して切り分け、テーブルに置く。
ニンジン入りなので独特の色をしている。
「なんだこれ?」
「ニンジンケーキよ。お茶請けね」
「ニンジンは嫌いだぜ」
「だから成長しないのね」
「ほっとけ」
やがて薬缶の蓋がカタカタ言い出した頃合いで沸騰を止め、お湯を注ぐ。
ざっと全体を蒸らし、ゆっくりと抽出していく。
「はい、コーヒー」
「ありがとう。で、今日の用事なんだが」
「解読に必要な本を貸せ、でしょう。いつもは一人でやるくせに」
「だんだん高度な記述が増えてきてな。ほんの小さな解釈の誤りが大事故につながりかねないんだ」
「そう。もうそんなレベルの魔法に挑戦しているのね」
「ああ。だから頼むぜ」
「別にいいわ。書斎を荒らされるより大人しく協力してあげた方が面倒もなさそうだし」
「恩にきるぜ」
「返してもらった覚えが無いけれど」
「出世払いだ」
呆れたようなアリスの視線を無視して、魔理沙は魔道書を広げる。
ノートに色々とメモをしながら解読を進め、必要な材料や周囲の環境などを書き留めていく。
時折筆を休めてケーキを食べ、コーヒーを飲む。
「これ、うまいな。あんまり甘くないけど」
「そうね。甘過ぎると文句が出るから」
「誰からだよ」
「知り合いの魔女」
「私はそんなこと言わないぜ。出されたものは有難く食べるからな」
「そう」
さほど興味もなさそうに呟くと、アリスはお菓子とコーヒーを持ってリビングを出て行った。
書斎で食べるのだろうか。客が来ているのに放っておくなんて酷いもんだぜ。
などと思いながら、魔理沙は黙々と研究を続ける。
やがて、とりあえず実験をするのに支障が出ない程度の情報がノートに書き記されていた。
「随分気を使うのね」
「それなりに危険な魔法だからな。万全を期しておかないと」
「最悪家が吹き飛ぶわね、これ」
「そうでなくても失敗したら腕の一本は確実だぜ」
「まあ、準備さえ整えておけば大丈夫でしょう。自然災害でも起きない限り」
「おいおい、縁起でもないことを言うのはよしてくれよ」
「あら、馬鹿に出来ないものよ。特に地震なんて竜宮の使いでも来ない限り予兆は無いに等しいんだもの」
「ああ、そうだな。まあ、そうなったら天人に責任を取ってもらうまでさ」
「天人もいい迷惑よね」
「そうか?」
「とにかく慎重にやりなさい」
「はいはい分かったぜ」
二人でノートを覗き込みながら、あれやこれやと話をする。
アリスの助言もあり、魔理沙は実験に細心の注意を払うことにした。
「うん。大分形になってきた。これもアリスのおかげだ」
「褒めても貸しは減らない」
「そんなつもりで言ったんじゃないぜ」
「分かってるわよ。そんな事を気にするような人間じゃないものね」
「あれ、コーヒー二杯目か?」
「いえ、これで一杯目だけれど」
テーブルに座ってコーヒーを飲んでいるアリスに違和感を覚える。
「だって、さっきあっちにコーヒーを持って行っただろ」
「ああ、パチュリーが来てるのよ」
「なんだよ。だったら言ってくれれば」
「そうは言ってもねぇ」
アリスは非常に渋い顔をする。
「いいだろ。ここ一月くらい会ってないんだよ」
「知ってるわよそれくらい。ずっとうちにいるんだもの」
「は?」
「うちに泊まってるの。もう半月くらい」
「だから本を借りに行っても出てこなかったのか。本を借りても小悪魔の奴がこっちをすごい形相で見てくるだけだし」
「そう。まあ無理もないわね」
「弾幕ごっこで敵わないからって、あんなに睨まなくてもいいだろうにな。咲夜もあんまり相手してくれないし。パチュリーに言われないと図書館の警備に回ったりしないもんなのか?」
「でしょうね」
「で、パチュリーはどこにいるんだ?」
「奥の部屋。客間にいるわ。でも会わない方がいいわね」
「なんでだよ。居るのを知ってて会わないなんて不義理もいいところだぜ」
「パチュリーね、失明したのよ」
「……は?」
予想もしなかった言葉に、魔理沙の思考が止まる。
失明。
それはつまり目が見えなくなったということ。
パチュリーにとっては、本が読めなくなったということ。
「なんでそんな――」
「一か月ほど前だったかしら。自分の工房で儀式を行っていたのだけれど、とある事情で失敗したのよ。その時の影響で視覚が奪われてしまったの。器質的なものではなくて、概念的に視力が意識から断絶している状態らしいわ」
「一時的に見えない、ってことか? 永琳なら」
「無理なの。神経がどうにかなっているとかなら薬師の出番もあるでしょうけれど、全くの常態。どこにも異常はない。だから魔術的な治療法を探しているところ。今私が色々な文献にあたっているのだけれど、なかなか」
「だったら私も手伝うぜ。そんなことになってるなら何で言ってくれなかったんだ」
「何を言っているの」
アリスの目がすうッと細められる。
「原因は魔理沙、あなたなのに」
……え?
何?
何て言った?
魔理沙の思考が凄まじい勢いで空転し始める。
「なんで、私が? 私は何も……」
「貴方が本を“借り”に行った時、運悪くパチュリーの儀式は佳境に入っていたらしいわ。そこに予期せぬ衝撃が襲い、パチュリーの意識に影響した。その結果魔力の暴走を引き起こしそうになったけれど、パチュリーは懸命にそれを抑え込み、反動で視力を失ってしまったの」
「だって、誰も私にそんなこと」
「加害者に教える義理はどこにもないわよね」
「それに、だったら私にも責任があって」
「気にしなくていいわよ。運が悪かっただけなのだから」
「だったら私にも手伝わせてくれよ!」
「断るわ。だから私一人でやっているのだし」
「なんでだよ! 運が悪いって言っても、原因は私なんだろ? だったら責任くらいちゃんと――」
「自分の行動がどんな結果を引き起こすかも分からないような“子供”に、誰が手伝いを頼むのかしら。魔法使いとして、信頼を置くこともできなければ知識も足りないあなたに。半人前ですらないあなたに。魔法使いと名乗ることさえおこがましい、あなたに。ただ力を振り回すだけの、周りの見えない“お子様”に」
「あ……、だって……」
「はっきり言いいましょうか。この件に関しては、何もしないことが一番の手伝いよ。だから、あなたはいつも通りに紅魔館に押し入って本を“借り”ていなさいな。実験をするなら“細心の注意を払って”ね。このことを知ったらきっとあなたが“邪魔”するだろうからって、紅魔館の関係者には口止めをお願いしていたの。きっとあなたを見るたびに腸が煮えくり返る思いだったでしょうね」
「そんな。私は……」
「パチュリーも最初は嘆いていたわ。落ち着くまでかなりかかったもの。でも今は、なんとか持ち直している。見えないなりに本も読んでいるわ。点字を覚えたからかしら。小悪魔が一生懸命翻訳しているみたいね。最近転地療養という名目でうちに泊まってるの。見つけた治療法をすぐ試すことができるし」
「パチュリーは」
「一時期よりも随分と明るくなったわよ。“目が見えなくなってしまったけれど、夢の中では好きなだけ本が読める。いっそずっと眠っていられたらいいのに。”なんて言っていたこともあるくらいだったけれど、最近は朝になると一人で起き出して体操なんかもしているわ。目が見えていたころより活発になったくらい。勿論、見えるに越したことはないのだけれど」
「……私は、何もできないのか?」
「何も出来ないんじゃない。何もさせない。パチュリーにも会わせない。何も分からない子供に代えの利かないものをいじらせるほど、私は愚かではないわ。心配しないで。パチュリーは恨んでなんかいないそうだから。私もあなたのことを嫌ったりしない。ただ、邪魔だから関わらないでほしいだけよ。魔理沙はいつも通りにしていればいいの。何も難しいことはないわよ」
「あ、いや、でも」
「手を出すな、と言ったわよね。まともな魔法使いでもないただの人間に出来ることなんか何もない。あ、さっきも言ったけれど、実験をするなら細心の注意を払いなさいね。魔法というものは本当に危険なのだから。もう帰るといいわ。気をつけて頑張って頂戴」
「あ、あ」
魔理沙はなんとかそれだけ言うと、本を纏めて出て行った。アリスは玄関先まで見送りに出ると、魔理沙が飛び去った方を見やる。
姿が見えなくなるのを確認して玄関を開けると、リビングにはパチュリーがいた。
「ちょっと。出てきちゃだめじゃない」
「大丈夫よ」
「魔理沙がいたらどうするのよ」
「なんで私が盲目になっているのかしら」
「まあ、丁度良かったから」
「本が読めないなんてこの世の地獄だわ。いっそ自殺してしまおうかしら」
「点字を覚えたらいいわよ。あれなら目が悪くはならないから」
「目は悪くなるのではなくて暗闇で本を読むために適応するだけ」
「はいはい。で、ケーキはお気に召したかしら」
「相変わらずおいしいわね。オレンジ色のケーキというのも珍しいけれど」
「あれニンジンよ」
「ニンジンは嫌い」
「色の濃い野菜は体にいいのよ。偏食は治しなさい」
「むきゅー」
鳴き声を上げながらコーヒーをすするパチュリー。
「コーヒーはモカが好きよ」
「贅沢を言わないの。それだっていい豆なのよ」
「コーヒーはモカ」
「はいはいまた今度ね」
「それで、何故私が盲目に?」
「丁度良かったから、呪いを試してみようかと思ったのよ」
「やっぱり。でも、あまりお勧めはしないわね。あのかけ方では返しの風が来るわ」
「呪い返しね。人を呪わば墓穴二つ、と。大丈夫よ。折を見てディスペルしておくから」
「律儀ね。もう一、二回かければ完成するのに」
「完成させたら魔理沙が死んでしまうじゃない。そんなのは望んでない」
「そうね。あの勢いだと責任を感じて……、なんてことになりかねない」
「自分の目を抉るくらいはしかねな勢いだったわね。だから途中で切り上げたのだけれど」
「心配はないのかしら。あれはあれなりに真面目だから」
「それもそうね。今から行くわよ」
「そう。行ってらっしゃい」
「いや、パチュリーも行くのよ」
「何故」
「無事なあなたを見せれば呪いは一発で解けるし、もしかしたら反省して本を返してくれるかもしれないわ」
「それは魅力的な提案ね。さあ今すぐ行きましょう」
「現金すぎるわ」
俄然張り切るパチュリーに、アリスは苦笑する。
「アリス、あなたって世話焼きね」
「そう?」
「呪いをかけながら、魔理沙が実験で怪我をしないように注意もしていたでしょう」
「別に。私は実験がしたかっただけ」
「もし私が盲目になったとしたら、お世話してくれるのかしら」
「お世話は小悪魔に任せましょう。私は今まで通り茶飲み話に興じることにするわよ」
「そう。残念」
「何がかしら」
「何でもない。それにしてもあの呪いの掛け方。アリスって意地が悪いのね。素直ないい子だと思っていたのに」
「性格のいい魔法使いとうのは、形容矛盾か無能の別名。パチュリーが言いそうなことじゃない」
「アリスったら、そんな風に私を見ていたのね。ひどいわ」
「ほら、性格が悪い」
ふふふと笑いながら、二人は玄関を出て魔理沙の家に向かって飛んで行った。
いくら弾幕ごっこで強いといっても、魔理沙は所詮は人間ですからね。
種族魔法使いである二人とは決定的に違うのでしょう。
普段余り気にしない、種族の違いを感じさせる作品でした。ありがちな寿命ネタでない所がGOOD。
面白かったです。
これからも頑張って下さい。
後でアリスに慰めてもらえるハァハァ
そう考えてるならまだ誤解してるな。
本来魔女とはこういう存在。
むしろ魔理沙が変なだけ
そういう意味では魔女の本質を表現できている。間違いなく良作
何にせよ終わりがきれいでよかったです。
魔女らしさをいかしつつのほのぼの
面白かったです
感服です。
これはアリスなりの魔理沙への戒めかな?
今回は嘘でも実際には起こりえないとも限らないことだし。
しかし、咄嗟にこんな話を出せる辺りかなりパチュリーに毒されてきてますね…w
魔理沙のやっている事は要するに押し込み強盗ですから、放っておけばいつか事故で誰かを殺しかねませんしね。もしそうなったら、魔理沙本人も可哀想ですし。
原作の魔理沙だと泥棒で嘘つき設定ですからね。
元気なのはとても良いことなんですが
こういう子供は誰かが叱ったり構ったりして修正してやらないかん。
それを以ていじめと解釈するのはもちろん結構。しかしそれは魔理沙側の人間からの目線で、とっても浅はかだと思う。