□
幻月は亀裂の入った床の上に座り込んでいた。幽香との激しい攻防の末、夢幻館の一角は廃墟と化していた。エリーのタイル投げじゃないが、改修費は馬鹿になりそうもなかった。
自分にも非があったから仕方ない、と諦める。相手が幽香というのはどうにもやりにくい、と思う。
私は非常に疲れていた。
相手を見る。今は部屋が4つ5つほど連結した空間の真ん中、みすぼらしい姿になった椅子の上に腰を下ろしている。俯いて、何かを思考しているような沈黙を保っていた。
私は声をかける。
「落ち着いた?」
その言葉に反応して、彼女はゆっくりと顔を上げる。そして、つぶやく。
「――事態をよく判るように説明して」
どっちが探偵役なのだろうか、私は苦笑する。
「では説明しましょう。――厨房からケーキを持っていったのは私」
「うん」
「貴方に探して欲しかったのは私からケーキを奪った犯人。その二つを間違えていたの」
この説明も、戦闘中に何度も行った。聞き入れられたのはこれが初めてだった。
□ □ □ 考察
私はすごすごと図書館に戻ってくる。重い息を吐き、近くの椅子にどっかと座り込む。疲労に取り付かれてしまったかのように身体はだるかった。
そんな私の様子を見て、小悪魔がこちらに近づき、いう。
「探偵役は芳しくないようですね、パチュリー様」
これほどまでに疲れているのは咲夜に煽られただけなのだが、と思う。思うだけで、声が出ない。私は小悪魔を一瞥しただけで、手元の『夢幻館』に目を落とす。
影の落ちる暗い紫の表紙。
横隔膜に連動して上下する胸。
息が切れているのに気が付く。
これで喘息の発作が起こらないのが不思議なくらいだ。そしてこの調子のいいときに、私はどうして徒労を重ねているのだろうか。やるせない思いに、また、大きく息を吐く。
「お疲れのようなら、もう放っておきましょうよ。たかだかケーキが一切れ無くなっただけじゃないですか」
小悪魔のいうとおりだ、と思う。このケーキ消失事件に取り組む前の私なら小悪魔の意見に賛同していただろう。
だが、私は止まることが出来ない。
すでに動き出してしまった。
ふたつのものが私を突き動かそうとする。
ひとつは、意地。
もうひとつは、知的好奇心。
そして私は――。
「犯人は――大方予想が付いているわ」
そのどちらにも決着を付けようとしていた。
□
「まず、容疑者はこの四人。被害者幻月、門番エリー、助手くるみ、メイド夢月」
幽香は四本の手指を立てて示す。
その四人は『紅魔館』の登場人物一覧によるものだ。
「被害者は厨房からケーキを奪ってきたわ。けれどそのケーキが誰かに盗られてしまった、その犯人は誰か、というのがこの事件の本質」
尋問のうちにわかったこと。それの意味するところは、
「被害者はケーキの存在を誰かに知られることを極力避けていたはず。だから、偶然ケーキを見た誰かが被害者のケーキを盗ったなんてことは有り得ないのよ。故に、被害者からケーキを盗った犯人は、被害者幻月がケーキを奪ったことを知っていた者に限られる」
先に挙げた四人の中で幻月がケーキを厨房から奪ってきたことを知っていたのは誰か?
「それは――被害者と犯人くらいですね」
助手のくるみが答える。そして今度はくるみが、私に問う。
「誰ですか? 被害者、門番、助手、メイドの中で、幻月様がケーキを奪ったことを知っていた――その犯人は?」
私は回想する。
彼女は、幻月を咎めるよう私にけしかけた。
彼女は、それを知っていたのだ。
だから犯人は彼女しかいない。
「犯人は――」
□ □ □ 解決
幽香は口を開く。
「メイドの――」
□
「――咲夜、貴方よ」
紅魔館の図書館。私は何も無かったはずの空間を指差して、宣言する。
しかし私の声は空しく響くわけではない。図書館の棚や蔵書に吸い込まれるだけでも、広い空間に消え入ってしまうものでもない。
私の声に応える者がいる。
人差し指で指し示したその先。そこには――宣言通り、メイド十六夜咲夜の姿があった。
よくぞ現れた、と口の端が上がる。そして、言葉を紡ぐ。
「ケーキ消失事件の犯人は、貴方よ」
咲夜は、特に慌てた素振りも見せず淡々とそこに佇立していた。
私と咲夜のふたりの対立。空気の停滞は、時間すらも刻みを止めているかのように思えた。
私は、言葉を続ける。
「動機は簡単に判るわ。自分がケーキを持っていく前に、レミリアが厨房からケーキを奪った。主のだらしなさに憤慨した貴方は、諫める意味を込めてケーキを盗ったのよ!」
いってから、私は『夢幻館』を確認する。向こうの探偵幽香も、メイドが犯人という結論に至ったようだった。
自信を持って頷く。うん、私は正しい。
「どう? 私の推理の正確さに、ぐうの音も出ないでしょう」
「はあ、では……」
咲夜は面倒臭そうに口を開く。
何の悪あがきをするのか知らないが、無駄なことだ。私は必ず言い伏せることが出来る――。
「私が盗ったとおっしゃるケーキは、一体どこにあるのでしょう?」
それは……。
「些細なことよ。今はどうでもいいことだわ」
「そうでしょうか? パチュリー様の推理は一見筋の通っているように思えますが、証拠がなければ事実にすることはできないのではないでしょうか」
この期に及んで、証拠を提示しろという。ならば答えよう。
ケーキは一体どこにあるのか? まさか自分が犯人だと証明するものを目に見えるところに置いておくわけがない。
ケーキを隠すにはどこが最適か? それはやはり――。
「貴方はケーキを食べたのよ」
「ああ……」
咲夜のそれは相槌のようにも、まるで私の話を聞き流しているかのようにも見えた。
言葉を選んでいるのか、少し間を開けて、彼女は私に問う。
「パチュリー様は厨房を訪れていましたよね。そのときケーキの材料を見ませんでしたか?」
「見たわ。確か……小麦粉、卵、グラニュー糖……」
後は何だっただろうか、とメイド妖精の言葉を思い出そうとする。
しかしその前に、咲夜が私の言葉を引き継ぐ。
「赤ワイン、竹の花、ベラドンナ……判りますね?」
彼女のいっている意味が、判る。
ベラドンナ。それは、猛毒を持つ植物だ。
そんなものが入ったケーキを咲夜が食べるわけがない。
つまり。
「咲夜がケーキを食べたわけじゃない……?」
咲夜は頷く。
……だけど、ケーキを食べる以外に隠蔽する方法があるはず。
咲夜が犯人のはずなのだ。『夢幻館』は同じ結論を示しているのだから。
手元の『夢幻館』を開く。そこに解決のヒントが載っているはずだ。
目を走らせる。
だが、そこにあったのは解決のヒントではなく――。
□
「そうね、ケーキを盗ったのは私よ」
□
あっさりと犯行を自白しているメイドの台詞だった。
□ □ □
「――だから、犯人は、咲夜しかいないのよっ!」
「だったら、何か証拠を示してください」
ならば、とパチュリーは手元の本を突き出す。
「この『夢幻館』に書いてあるわっ! メイドの貴方が犯人よ!」
「はあ……」
咲夜は曖昧に答えて、パチュリーの手から『夢幻館』を取る。
ぱらぱらとページを捲り、二三度頷いてからパチュリーに返す。
「……ここにも書いてあるとおり、犯人は私ではありませんわ」
「な、何を……!」
怒り心頭に発した様子のパチュリーは、『夢幻館』を投げ捨てる。
「だったら無理矢理にでも認めてもらうしかないわね」
パチュリーは片手を上げる。その動きに伴って、辺りに乱雑に置かれていた本が宙に舞い上がり、光を放つ。
咲夜も溜め息を一つ吐き、身構える。
漂う一触即発の空気。
ふたりの動きを察した小悪魔は、床に捨てられた『夢幻館』を拾い上げ、そそくさとその場を後にした。
□
小悪魔はふたりの被害を被らない位置まで移動した。遠くには耳を劈くような音や、爆薬が炸裂するような音が響いている。
この戦いに決着が付いたところで、ケーキ消失事件は迷宮入りになってしまうのだろう。無理に結論を求める戦闘からは正しい結論が求められない。
だが、図書館の主をここまで動かしたこの事件の真相を知りたいと思う。知的好奇心という熱に浮かされていてはいけないが、そういったものの決着を確かめたいと思った。
手元の本を見る。それは一連の騒ぎの間パチュリーがずっと手にしていた『夢幻館』である。
ページを捲り、流し読みする。
パチュリーの言葉通り、『夢幻館』は紅魔館で起きた事件の内容に酷似したないようだった。しかし所詮は虚構と現実に過ぎない。そのふたつが並べられれば、嫌でも冷めた見地から物が見れよう。
そして、小悪魔は思う。
――これのどこがミステリーなのだろうか。推理小説などと呼ぶのもおこがましい。
そして、一連の騒ぎを思い出す。
パチュリーは、騒ぎを推理しようとしていた。しかし、そんなもの土台無理な話である。そもそも、妖怪が蔓延る幻想郷で純正ミステリーなど成立しない。謎の人物・Yの暗躍を否定することは不可能だからである。
一体彼女は何を取り違えたのだろうか、と不可解に思っていたが、あの騒ぎの中でこの本を読んでいたのなら、なるほど、何か謎を探りたくなる気持ちも判る。
しかし、その謎とは『ケーキを誰が食べたのか?』ではなく『物語と現実を結び付けていたのは誰か?』であろう。
そこを、パチュリーは履き違えた。本と騒ぎの関係性を不思議に思ううちに、まるであの騒ぎが推理して謎の解ける事件だと勘違いしてしまった。
――いや、勘違いさせられたのだ。そう仕向けられていたのだ。
この本によって。
では、この本を使ってパチュリーの運命を操っていたのは誰だろうか。
いや、この本が後から付け加えられていったものならば、運命が決まっていたわけではない。
どのようにいえば正しいのか。
思いついた一説を、小悪魔は口に出す。
「パチュリー様に『夢幻館』という幻を見せ、騒ぎをミステリーだと思わせたのは誰か?」
しかし、そこで考えるのを止める。不毛なことだ。それこそ謎の人物・Yの登場を否定できないから。
ところで、まだ納得のいかないところがある。
「ケーキ消失事件の犯人は、メイドの夢月。しかし彼女はもうひとつの一面を持っている――」
それは、
「被害者の妹」
紅魔館ではフランドール・スカーレットに当たる。
つまり、登場人物一覧との対照でいえば、ケーキ消失事件の犯人はフランなのだ。
レミリアからケーキを盗ったのはフランだというのだ。
だが、ケーキはフランドールの分もあったはずだ。
偶然にも姉がケーキを食べようとしているのを見て、自分の分がないと思って盗った。それでもいい。しかし、本当に事実はその通りなのだろうか?
それは不自然だ。謎の人物・Yの登場と同様に。
まだこの事件には裏がありそうな気がして止まなかった。
そも、誰が執筆していたのか判らないような本、『夢幻館』のページを捲る。巻末に奥付が入っていないか、淡い希望を抱いて。
しかし、著者も間抜けではない。そこに奥付や著者に関して得られる情報はなかった。
代わりに、手書きの文字で殴り書きがしてあった。
□ □ □ 余白ページ
ばーかっ!!
□ □ □
小悪魔は地下にあるフランの部屋まで飛んだ。
道中、ふたつの笑い声を聞いた。
小悪魔も、フランの声を聞いたことがないわけではない。ひとつは、フランの声だ。
では、もうひとつは誰の声だろうか? 一体誰が居るのだろうか?
その声は、とても綺麗に響いていた。どこか己と近しい雰囲気を持っていた。
そして、それに畏怖を覚えた。
恐れがある。フランの部屋の中に入って確かめる勇気はない。
ただ、見る。
部屋の前には、ケーキが載っていたと思われる皿が、盆の上に二皿置いてあった。
□
「ああ、楽しかったわ」
彼女はまるで悪戯が成功した悪ガキのようににたりと微笑み、翼を大きく広げた。
翼の色は、白。
紅魔館地下の一室に、彼女の笑い声が響いていた。
そして、その声は、問う。
「ねえ、楽しいでしょう?」
その先、歪な翼は小さく揺れる。
「うんっ」
それから、白の翼は、手を伸ばす。
爽やかな笑顔で、歪な翼に問う。
「ねえ、あなたが望むなら――遊んであげてもいいよ?」
幻月は亀裂の入った床の上に座り込んでいた。幽香との激しい攻防の末、夢幻館の一角は廃墟と化していた。エリーのタイル投げじゃないが、改修費は馬鹿になりそうもなかった。
自分にも非があったから仕方ない、と諦める。相手が幽香というのはどうにもやりにくい、と思う。
私は非常に疲れていた。
相手を見る。今は部屋が4つ5つほど連結した空間の真ん中、みすぼらしい姿になった椅子の上に腰を下ろしている。俯いて、何かを思考しているような沈黙を保っていた。
私は声をかける。
「落ち着いた?」
その言葉に反応して、彼女はゆっくりと顔を上げる。そして、つぶやく。
「――事態をよく判るように説明して」
どっちが探偵役なのだろうか、私は苦笑する。
「では説明しましょう。――厨房からケーキを持っていったのは私」
「うん」
「貴方に探して欲しかったのは私からケーキを奪った犯人。その二つを間違えていたの」
この説明も、戦闘中に何度も行った。聞き入れられたのはこれが初めてだった。
□ □ □ 考察
私はすごすごと図書館に戻ってくる。重い息を吐き、近くの椅子にどっかと座り込む。疲労に取り付かれてしまったかのように身体はだるかった。
そんな私の様子を見て、小悪魔がこちらに近づき、いう。
「探偵役は芳しくないようですね、パチュリー様」
これほどまでに疲れているのは咲夜に煽られただけなのだが、と思う。思うだけで、声が出ない。私は小悪魔を一瞥しただけで、手元の『夢幻館』に目を落とす。
影の落ちる暗い紫の表紙。
横隔膜に連動して上下する胸。
息が切れているのに気が付く。
これで喘息の発作が起こらないのが不思議なくらいだ。そしてこの調子のいいときに、私はどうして徒労を重ねているのだろうか。やるせない思いに、また、大きく息を吐く。
「お疲れのようなら、もう放っておきましょうよ。たかだかケーキが一切れ無くなっただけじゃないですか」
小悪魔のいうとおりだ、と思う。このケーキ消失事件に取り組む前の私なら小悪魔の意見に賛同していただろう。
だが、私は止まることが出来ない。
すでに動き出してしまった。
ふたつのものが私を突き動かそうとする。
ひとつは、意地。
もうひとつは、知的好奇心。
そして私は――。
「犯人は――大方予想が付いているわ」
そのどちらにも決着を付けようとしていた。
□
「まず、容疑者はこの四人。被害者幻月、門番エリー、助手くるみ、メイド夢月」
幽香は四本の手指を立てて示す。
その四人は『紅魔館』の登場人物一覧によるものだ。
「被害者は厨房からケーキを奪ってきたわ。けれどそのケーキが誰かに盗られてしまった、その犯人は誰か、というのがこの事件の本質」
尋問のうちにわかったこと。それの意味するところは、
「被害者はケーキの存在を誰かに知られることを極力避けていたはず。だから、偶然ケーキを見た誰かが被害者のケーキを盗ったなんてことは有り得ないのよ。故に、被害者からケーキを盗った犯人は、被害者幻月がケーキを奪ったことを知っていた者に限られる」
先に挙げた四人の中で幻月がケーキを厨房から奪ってきたことを知っていたのは誰か?
「それは――被害者と犯人くらいですね」
助手のくるみが答える。そして今度はくるみが、私に問う。
「誰ですか? 被害者、門番、助手、メイドの中で、幻月様がケーキを奪ったことを知っていた――その犯人は?」
私は回想する。
彼女は、幻月を咎めるよう私にけしかけた。
彼女は、それを知っていたのだ。
だから犯人は彼女しかいない。
「犯人は――」
□ □ □ 解決
幽香は口を開く。
「メイドの――」
□
「――咲夜、貴方よ」
紅魔館の図書館。私は何も無かったはずの空間を指差して、宣言する。
しかし私の声は空しく響くわけではない。図書館の棚や蔵書に吸い込まれるだけでも、広い空間に消え入ってしまうものでもない。
私の声に応える者がいる。
人差し指で指し示したその先。そこには――宣言通り、メイド十六夜咲夜の姿があった。
よくぞ現れた、と口の端が上がる。そして、言葉を紡ぐ。
「ケーキ消失事件の犯人は、貴方よ」
咲夜は、特に慌てた素振りも見せず淡々とそこに佇立していた。
私と咲夜のふたりの対立。空気の停滞は、時間すらも刻みを止めているかのように思えた。
私は、言葉を続ける。
「動機は簡単に判るわ。自分がケーキを持っていく前に、レミリアが厨房からケーキを奪った。主のだらしなさに憤慨した貴方は、諫める意味を込めてケーキを盗ったのよ!」
いってから、私は『夢幻館』を確認する。向こうの探偵幽香も、メイドが犯人という結論に至ったようだった。
自信を持って頷く。うん、私は正しい。
「どう? 私の推理の正確さに、ぐうの音も出ないでしょう」
「はあ、では……」
咲夜は面倒臭そうに口を開く。
何の悪あがきをするのか知らないが、無駄なことだ。私は必ず言い伏せることが出来る――。
「私が盗ったとおっしゃるケーキは、一体どこにあるのでしょう?」
それは……。
「些細なことよ。今はどうでもいいことだわ」
「そうでしょうか? パチュリー様の推理は一見筋の通っているように思えますが、証拠がなければ事実にすることはできないのではないでしょうか」
この期に及んで、証拠を提示しろという。ならば答えよう。
ケーキは一体どこにあるのか? まさか自分が犯人だと証明するものを目に見えるところに置いておくわけがない。
ケーキを隠すにはどこが最適か? それはやはり――。
「貴方はケーキを食べたのよ」
「ああ……」
咲夜のそれは相槌のようにも、まるで私の話を聞き流しているかのようにも見えた。
言葉を選んでいるのか、少し間を開けて、彼女は私に問う。
「パチュリー様は厨房を訪れていましたよね。そのときケーキの材料を見ませんでしたか?」
「見たわ。確か……小麦粉、卵、グラニュー糖……」
後は何だっただろうか、とメイド妖精の言葉を思い出そうとする。
しかしその前に、咲夜が私の言葉を引き継ぐ。
「赤ワイン、竹の花、ベラドンナ……判りますね?」
彼女のいっている意味が、判る。
ベラドンナ。それは、猛毒を持つ植物だ。
そんなものが入ったケーキを咲夜が食べるわけがない。
つまり。
「咲夜がケーキを食べたわけじゃない……?」
咲夜は頷く。
……だけど、ケーキを食べる以外に隠蔽する方法があるはず。
咲夜が犯人のはずなのだ。『夢幻館』は同じ結論を示しているのだから。
手元の『夢幻館』を開く。そこに解決のヒントが載っているはずだ。
目を走らせる。
だが、そこにあったのは解決のヒントではなく――。
□
「そうね、ケーキを盗ったのは私よ」
□
あっさりと犯行を自白しているメイドの台詞だった。
□ □ □
「――だから、犯人は、咲夜しかいないのよっ!」
「だったら、何か証拠を示してください」
ならば、とパチュリーは手元の本を突き出す。
「この『夢幻館』に書いてあるわっ! メイドの貴方が犯人よ!」
「はあ……」
咲夜は曖昧に答えて、パチュリーの手から『夢幻館』を取る。
ぱらぱらとページを捲り、二三度頷いてからパチュリーに返す。
「……ここにも書いてあるとおり、犯人は私ではありませんわ」
「な、何を……!」
怒り心頭に発した様子のパチュリーは、『夢幻館』を投げ捨てる。
「だったら無理矢理にでも認めてもらうしかないわね」
パチュリーは片手を上げる。その動きに伴って、辺りに乱雑に置かれていた本が宙に舞い上がり、光を放つ。
咲夜も溜め息を一つ吐き、身構える。
漂う一触即発の空気。
ふたりの動きを察した小悪魔は、床に捨てられた『夢幻館』を拾い上げ、そそくさとその場を後にした。
□
小悪魔はふたりの被害を被らない位置まで移動した。遠くには耳を劈くような音や、爆薬が炸裂するような音が響いている。
この戦いに決着が付いたところで、ケーキ消失事件は迷宮入りになってしまうのだろう。無理に結論を求める戦闘からは正しい結論が求められない。
だが、図書館の主をここまで動かしたこの事件の真相を知りたいと思う。知的好奇心という熱に浮かされていてはいけないが、そういったものの決着を確かめたいと思った。
手元の本を見る。それは一連の騒ぎの間パチュリーがずっと手にしていた『夢幻館』である。
ページを捲り、流し読みする。
パチュリーの言葉通り、『夢幻館』は紅魔館で起きた事件の内容に酷似したないようだった。しかし所詮は虚構と現実に過ぎない。そのふたつが並べられれば、嫌でも冷めた見地から物が見れよう。
そして、小悪魔は思う。
――これのどこがミステリーなのだろうか。推理小説などと呼ぶのもおこがましい。
そして、一連の騒ぎを思い出す。
パチュリーは、騒ぎを推理しようとしていた。しかし、そんなもの土台無理な話である。そもそも、妖怪が蔓延る幻想郷で純正ミステリーなど成立しない。謎の人物・Yの暗躍を否定することは不可能だからである。
一体彼女は何を取り違えたのだろうか、と不可解に思っていたが、あの騒ぎの中でこの本を読んでいたのなら、なるほど、何か謎を探りたくなる気持ちも判る。
しかし、その謎とは『ケーキを誰が食べたのか?』ではなく『物語と現実を結び付けていたのは誰か?』であろう。
そこを、パチュリーは履き違えた。本と騒ぎの関係性を不思議に思ううちに、まるであの騒ぎが推理して謎の解ける事件だと勘違いしてしまった。
――いや、勘違いさせられたのだ。そう仕向けられていたのだ。
この本によって。
では、この本を使ってパチュリーの運命を操っていたのは誰だろうか。
いや、この本が後から付け加えられていったものならば、運命が決まっていたわけではない。
どのようにいえば正しいのか。
思いついた一説を、小悪魔は口に出す。
「パチュリー様に『夢幻館』という幻を見せ、騒ぎをミステリーだと思わせたのは誰か?」
しかし、そこで考えるのを止める。不毛なことだ。それこそ謎の人物・Yの登場を否定できないから。
ところで、まだ納得のいかないところがある。
「ケーキ消失事件の犯人は、メイドの夢月。しかし彼女はもうひとつの一面を持っている――」
それは、
「被害者の妹」
紅魔館ではフランドール・スカーレットに当たる。
つまり、登場人物一覧との対照でいえば、ケーキ消失事件の犯人はフランなのだ。
レミリアからケーキを盗ったのはフランだというのだ。
だが、ケーキはフランドールの分もあったはずだ。
偶然にも姉がケーキを食べようとしているのを見て、自分の分がないと思って盗った。それでもいい。しかし、本当に事実はその通りなのだろうか?
それは不自然だ。謎の人物・Yの登場と同様に。
まだこの事件には裏がありそうな気がして止まなかった。
そも、誰が執筆していたのか判らないような本、『夢幻館』のページを捲る。巻末に奥付が入っていないか、淡い希望を抱いて。
しかし、著者も間抜けではない。そこに奥付や著者に関して得られる情報はなかった。
代わりに、手書きの文字で殴り書きがしてあった。
□ □ □ 余白ページ
ばーかっ!!
□ □ □
小悪魔は地下にあるフランの部屋まで飛んだ。
道中、ふたつの笑い声を聞いた。
小悪魔も、フランの声を聞いたことがないわけではない。ひとつは、フランの声だ。
では、もうひとつは誰の声だろうか? 一体誰が居るのだろうか?
その声は、とても綺麗に響いていた。どこか己と近しい雰囲気を持っていた。
そして、それに畏怖を覚えた。
恐れがある。フランの部屋の中に入って確かめる勇気はない。
ただ、見る。
部屋の前には、ケーキが載っていたと思われる皿が、盆の上に二皿置いてあった。
□
「ああ、楽しかったわ」
彼女はまるで悪戯が成功した悪ガキのようににたりと微笑み、翼を大きく広げた。
翼の色は、白。
紅魔館地下の一室に、彼女の笑い声が響いていた。
そして、その声は、問う。
「ねえ、楽しいでしょう?」
その先、歪な翼は小さく揺れる。
「うんっ」
それから、白の翼は、手を伸ばす。
爽やかな笑顔で、歪な翼に問う。
「ねえ、あなたが望むなら――遊んであげてもいいよ?」
しかしそうか、被害者の妹と言うのは気づかなかった
一部釈然としない(本の謎など)はあったけど、それでもやっぱり面白かった
Y氏の存在を否定できない以上はミステリーは成立しないですね
面白い物語をありがとう
でも、面白かったです。楽しめました。
幻フラとかレア過ぎるでしょうwwwでも、この二人が遊んでるところは見てみたいので機会があったら是非書いてください・・・紅魔館崩壊しそうですけどwww
あと、夢幻館の出来事は実際にあったことで、紅魔館ケーキ盗難事件の黒幕は幻月ってことでいいですよね?
そうか幻月姉さん黒幕か。さすがだぜw
幻フラとてもよくわかります。あの二人は何だか根っこの部分でよく似ている気がするのです。
「実は美鈴以外の登場人物はハズレで裏ではレミ咲がより本の内容に近い捜査してました!
パッチェさん達の存在? 誤差です!」
……とか考えてたけど全然違いましたねw
明確な犯行動機等には至れませんでしたが面白かったです、ありがとうございました。