Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

とある吸血鬼と魔女の会話

2009/05/01 20:30:44
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「どこで育て方間違えたんだろう」

 私の切実な呟きに、しかし唯一無二の親友はちらりとこちらを一瞥しただけで何も答えてはくれなかった。腹が立ったのでテーブルを両手でがたがた掴んで揺らしてやるとさも迷惑そうな顔付きでパチェが私を上目遣いに見る。そのままやがて小声でロイヤルフレアの呪文詠唱を始めたので私はおとなしくテーブルから手を離した。昼間でも屋外でもないのに灰燼に帰すなんて格好悪い事この上ない。貴族的でもない。

「あのねレミィ、他人の恋路と読書の邪魔をすることは悪魔ですら許されぬっていう先人の偉大な言葉を知らないわけ」
「今初めて聞いたわよ、そんなの」
「要は私は今読書に勤しんでるのよ。この意味分かる?」
「そんなことより咲夜のことなんだけどさぁ」
「脳みそだけじゃなくて鼓膜まで無くしたわけ?」

 パチェの言葉は無視していい、なんだかんだでパチェがこちらに視線を向けているということは一応は話を聞く気があるということだ。その話の内容がつまらないもしくはくだらないとパチェに判断された場合、返答は言葉の代わりに容赦無しのロイヤルフレアやらウンディネやらが降ってくるのだが。
 私は黙ったまま目の前にあった紅茶のカップをパチェに突き出す。カップの中の紅色を覗き込んで、パチェは私を見た。

「で?」
「パチェも飲んでみる?」
「遠慮しておくわ。私も毒は効かないけど全く苦しくならないってわけでもないし」
「なんだ、分かってるじゃない」

 ちくしょう、つまらない。私は紅茶のカップを引っ込め、再びソーサーの上に戻す。何もかも分かっているらしいパチェが「で、今日のは何だったの?」とさして興味がないように呼んでいた本の頁に目をやりながら私に訪ねた。私は溜め息を吐いて答える。

「福寿草」
「咲夜のお気に入りね」
「本当一体何なの?私咲夜に何かしちゃったの?恨まれてるの?馬鹿なの?」
「少なくとも咲夜の頭のネジが数本吹っ飛んでるのは否定しない」

 いつもの無表情で答えるパチェを見ているとますます溜め息が重くのしかかってくる。咲夜のいくつかの奇癖は一応知っているし別に否定するつもりもないのだが、何が悲しくて従者(しかも人間の)に一館の主が毒入りの紅茶を出されなければいけないのか。いくら言っても止めようとしないのでこの前ついクレイドルかましてしまったら、咲夜の方もなかなかに腕を上げたらしく時止めで普通にかわされた。
 本人に悪意があるのかどうかは知らないが少なくとも悪気はあるのだろう、多分。良識のある人間が自分の主人に向けて猛毒入りの紅茶を淹れたりするのだろうか。答えは断じて否だ、私は妖怪なので極めて客観的に判断出来る。
 しかもフランの方は咲夜のこの行為を逆に楽しんでしまっているようで、咲夜が出した紅茶を一口飲むなり指でパチンと無駄に良い音を鳴らし、「分かった!今日はベラドンナをスプーン二杯だ!」「流石ですわ妹様!」咲夜は咲夜で手を叩いて妹を賞賛する上に機嫌が良かったら手品でスカートの中から鳩と国旗を出すという無駄なサービスまで行っているようだ。そんなやりとりが定番になっているのだから最早救えない。この紅魔館にまともな奴はいないのか。

「まともと言えば美鈴は咲夜に毒入り紅茶出されてないわけ?」

 ふと思い付いたことを私は口に出してみた。種族が違うとはいえあの門番も妖怪なのだから、あいつだけまともな紅茶しか出されていないというのはいくらなんでも不平等な気がする。もしそうだったなら明日一発殴ってやろうと固く心に決めたのだが、しかしパチェは首を横に振る。

「美鈴にも出してるみたいよ。毒入り」
「マジでか」
「一回美鈴が図書館に来て『私咲夜さんに何か悪い事したんでしょうか…』ってレミィと同じ事言って帰ってったもの。まあ美鈴の方は長年の勘で紅茶に毒入ってるか入ってないか分かるみたいだから、貴女と違って飲んではないみたいだけど」
「嘘ぉ。なんで私より門番の方が咲夜について詳しいわけ?」
「あのね、さっきも言おうと思ったんだけど咲夜を育てたのは貴女じゃなくて美鈴だから。そこは諦めなさい」

 パチェがこちらを見ないままに嗜めるような口調で言うので、我ながらぶすっとした表情で視線をテーブルの紅茶に落とす。そりゃあパチェの言う事は至極最もなのだが咲夜を拾ってきたのは私だし、咲夜は私の従者なのだ。要は娘のように思ったことが全くないこともないわけで、そんな相手から度々毒入りの紅茶を出されたら愚痴りたくもなるものである。咲夜自身はそんな自分の行動をお茶目だと信じているのかもしれないが、正直お茶目だとか少女だとかそんな年齢はとっくに過ぎているんじゃないのかあいつは。夕飯にグリンピース増やされるからこんなこと本人には絶対に言わないけど。
 私がそんなふうに頭の中で色々と思案していると、くつくつと低く抑えた笑い声が目の前から聞こえてきた。珍しく可笑しそうにパチェが笑っているので、その本何か面白いことでも書いてあったのと訪ねようとした時、

「あのね、レミィ。人は何かを為す時にはそこに意味があるからこそそうするのよ。知ってる?」
「知らないわよ。咲夜の奇癖に意味も何も無いじゃない」
「そこに入れられてる福寿草。花言葉はご存知?」

 いきなり丁寧口調になったパチェをうろんげな表情で見つめた後、私は彼女の指が示しているカップに目をやった。相変わらずカップの中では紅色の透き通った液体がじっと静かに沈黙を保っている。温度も甘さも、ぴったりと私好みに咲夜が淹れてくれた紅茶だ。毒さえ入っていなければ完璧と言っても良い。
 花言葉なんてものを、私はほとんど知らない。こういったことは全部パチェの領分なのだ。どう返事をしたら良いのか分からなかったから、私は黙ってパチェを見る。


「幸福、永久の幸せ。-----要は貴女の元に仕えることが出来て私は幸せです、ってこと」


 パチェはそう言って、もう良いでしょ?とばかりの表情で再び読みかけの本に視線を戻した。もうこちらを見てくれそうにないので、私は仕方なく紅色の液体に目を遣り続ける。
 何を、どう言えば良いのだろう。もしかしたら何か言葉を言うべきなのかもしれないが、どうにも言う相手が違っているような気がして、私は黙って一口飲んだきりの紅茶にそっと口を付けた。柔らかくて、甘い味がする。
 しかし私はふとあることに気付いて、再びパチェに声を掛けてみた。

「パチェ」
「何よ」
「花言葉を伝えたいなら花を贈れば良いのであって、紅茶に入れる必要は無いと思わない?」
「……」

 パチェは、この質問には肩をすくめただけで何も言わなかった。
 私は口の中に残る紅茶の風味に浸りながら、とりあえず明日咲夜の部屋の中を不夜城レッドしながら転げ回ってやろうと決めた。

 
ちょっとばかりお久しぶりです。
こんな感じの紅魔館が好きです。咲夜さんの毒入り紅茶(今はやってなさそうだけど)は愛情表現だと思う。

5/26 追記、コメント返信

>>過酸化水素ストリキニーネ様
咲夜さんは多分乙女です。あとそんな咲夜さんと一緒にいる時は妹様も同じくらい乙女。

>>2様
きっとジャスミン以外のナニかが入ったお茶なんですね、分かります

>>3様
多分女の子が告白する時にわざわざ手紙に書くあの原理ですね

>>4様
あーっと、実は書いてるときに私も一応そのへんを考えたのですが、実はお嬢様に出している紅茶以外はそんなに意味を持たせていなかったりします。
個人的に毒草と聞いて浮かんでくるのがベラドンナ、トリカブト、福寿草なのですが、花言葉で意味を持たせられそうだったのが福寿草くらいしか無かったので(トリカブトなんて「復讐」ですし)。
主であるレミリアに向けてのみ花言葉を伝えようとしていて、他の人の紅茶に入れる毒草は単なる気まぐれ、くらいに考えて頂ければ嬉しいです。
柚季
http://yuzuhana01.web.fc2.com/
コメント



1.過酸化水素ストリキニーネ削除
とりあえずこの咲夜さんは可愛すぎる。
そして妹様にきゅんとしました。
2.名前が無い程度の能力削除
咲夜さんのお茶はジャスミン茶風のお茶もあるよ!

…風ってなんだろう。
3.名前が無い程度の能力削除
パチュリー正論言っちゃらめぇ
紅茶に入れるからこそ可愛いのです。
4.名前が無い程度の能力削除
ふと気になって、ベラドンナの花言葉を調べてみたんですが、
「沈黙」というのが出て来ました(花言葉は複数ある場合があるので、
他にもあるかもしれませんが ;)。
花の名前はイタリア語で「美しい貴婦人」の意味とあったので、
フランちゃんに出したのは、名前の由来にちなんで、
のほうなのかな、と思ったり(花言葉のほうはちょっとあれですし;)。