真昼の暖かい陽光が博霊神社を照らす。
相変わらず参拝客の無い神社の巫女は、今日も今日とて縁側で暇を持て余していた。
「……平和ね」
雲一つない空からの陽光。その光に目を細めつつ、霊夢は湯のみに口をつけ茶を啜った。
口に広がるは、渋みの効いた独特の苦味と熱い湯による心地よい刺激。
その味と刺激が、掃除で疲れた霊夢の頭と心を解きほぐしてくれる。
そして、何処からか聞こえてくる種類も知らぬ野鳥の鳴き声に耳を傾けつつ、もう一啜り。
ここ最近は異変も起こらず、どこぞの暇を持て余した妖怪が騒ぎを起こすわけでもなく、変人揃いの友人達が厄介ごとを持ってくるわけでもない。
世は全て事もなし。霊夢はそんな貴重な平和を思う存分に堪能していた。
そこへ……。
「霊夢ぅ!お願い助けて!」
突如霊夢の真横から、情けない声と共に金髪の妖怪が姿を現した。
不意に胡散臭い知り合いが、普段絶対言わないであろう弱りきった声を上げながら現れた物だから、霊夢は今正に飲もうと口に含んでいたお茶を思い切り宙に噴出してしまった。
噴出されたお茶は小さな虹を作り、やがて地面に小さな染みを幾つも作り、消えていった。
口から垂れるお茶を袖で拭きながら、霊夢は紫を睨み付けた。
「いきなり何なのよ。お茶吹いちゃったでしょ」
口調は微妙に怒気を孕んでいる。
その原因は、お茶を無駄にしてしまったからというよりは、平穏な午後の一時を邪魔されたからという所が大きい。
しかしそんな霊夢の様子はお構いなしに、紫は珍しく焦った様子で告げた。
「妖怪よ。妖怪が出たのよ!」
「……妖怪ぃ?」
妖怪(ようかい)とは、人間の理解を超える奇怪で異常な現象を象徴する超自然的存在、あるいは不可思議な能力を発揮する日本の民間伝承上の非日常的存在のこと。
霊夢の頭に、外の世界のインターなネットで活躍する某物知り先生が憑依した。
そんな先生を急いで頭から追い払い、目の前の妖怪そのものに目線を戻した。
「妖怪なら普段からアンタの家に居るじゃないのよ。何時も寝てばかりのグータラ妖怪が」
「私の事そんな風に思ってたの!? そうじゃなくて、違うのよ。いや、私が妖怪なのは違わないけど」
紫が言うには、マヨヒガに突如として現れた妖怪が、その力を持って八雲一家を苦しめている。
現在藍が何とか対処をしているが、このままでは大変な事になるので、霊夢にも手伝って欲しいとの事。
らしくない。紫の話を聞きながら、霊夢はそう思った。
何時もその広大な知性を無駄にフル活用して、掴み所のない態度で飄々と人をからかう性質の悪い妖怪。
かと思えば、一度異変になれば幻想郷随一の実力をもって異変の解決に向かう偉大なる幻想の賢者となる。
そんな紫が、こんなにも情けなく慌てて霊夢に助けを求めている。本当にらしくない。
それほど、そのマヨヒガに現れた妖怪とやらが強大な存在なのだろうか。
あの紫が苦戦している相手である。相当厄介な相手なのだろう。
しかしながら、そんな強力な妖怪が幻想郷にいるなら、紫も前々から何かしらの対処に出ていてもおかしくはないはずなのだが……。
「よくそんな相手を今まで放っておいたわね?」
「私も油断してたわ……。博麗大結界が効かない相手だって事はわかってたのに……」
博麗結界。幻想郷全体を覆う大結界。
これにより幻想郷は外の世界から隔離されており、大抵の者は中から出ることも外から入ってくることも適わない。
それができるのは紫や霊夢、そして外で忘れられ幻想となり幻想郷に流れてきた物くらい……だったはずなのだが。
「博麗大結界が効かない相手……?」
結界を物ともしない妖怪。霊夢はそんな存在を目の前の妖怪以外に聞いた事がない。
成程、紫が苦戦するわけだ。結界を簡単に超えたのだから、結界を張った人物の一人である紫よりも大きい力を持っている事は想像に難くない。
そして相手は、おそらく外からやってきた妖怪。そんな相手が紫の元を襲撃した。
外の世界は妖怪にとっては地獄だと聞く。だからこそこの幻想郷が作られたのだから。
そんな外の世界で尚も生き残り、幻想郷の重要人物である紫の家に襲撃をかけている。
「ふぅん……わかった、手伝うわ」
常に懐にしまってある退魔針と御札、陰陽球の存在を確認し、霊夢は紫にそう宣言した。
これは間違いなく異変だ。それも今までのようなお遊びの異変ではない。
このまま放っておけば大変な事になると紫は語った。
博麗の巫女として、そんな存在を放っておくわけにはいかない。
ならば紫を手伝わない道理は無い。
ついでに平和な午後を邪魔された恨みもぶつけさせてもらおう。
「ありがとう……助かるわ」
何処か安心したように、しかし焦りが取れきれない様子で紫はそう言った。
そもそもあの紫が素直にお礼を言うこと自体が珍しいことだ。それ程切羽詰っているのだろう。
相手の妖怪の強大さが伺えるというものである。
そして紫は出てきた隙間へ頭を引っ込めた。
隙間はそのまま閉じずに残っている。着いて来いという事だろう。
霊夢も御札を手に持ち、何時でも放てるように警戒しながら隙間へと身を投じた。
果たして相手はどんな相手なのだろうか。
どんな奴が相手でも、何時ものようにぶっとばしてやるだけではあるが。
そんな事を考えながら、霊夢はマヨヒガへと向かった。
◇ ◇ ◇
隙間はマヨヒガの居間に繋がっていた。
霊夢が周りを見回してみると、食事等に使う卓袱台、外から拾ってきたらしいテレビとかいう箱、そして小物や薬が入っている戸棚等が目に入った。
何時もと変わらないマヨヒガの居間である。
てっきり、妖怪との戦いで多少なり壊れていると思ったのだが、どうやら家屋にはそれ程の被害は出ていないようである。
ただ一つ違うことと言えば、居間の中心に座り込み目を閉じている藍の姿くらい。
「……紫、藍は何してるの?」
何時の間にか隣に居た紫に聞いてみる。
マヨヒガに来る前は妖怪と死闘を繰り広げていると思っていただけに、少しだけ拍子抜けである。
「藍は気配を探って探してるの。邪魔しないであげて」
どうやら敵は姿を消しているらしい。
力任せに攻める妖怪が多い幻想郷では珍しい戦い方をする妖怪である。
慣れない戦法を使う妖怪との戦い。霊夢は若干の不安を覚え、お札を握る手の力を強くする。
何処から来るかわからない。
正面から打ち合うスペルカードルールでは絶対にない状況である。
「時間がないわね……。霊夢、私は他の部屋を調べてくるから、貴方は居間を徹底的に調べてちょうだい」
部屋に備え付けてある時計から目を離した紫は、そう言い再び隙間に潜り込んでいった。
霊夢は、何処から相手が来ても何時でも対処できるように、慎重に気配を探った。
霊夢とて伊達に巫女はやっていない。紫や藍ほどではないが、簡単な察知術くらいは使える。
目を閉じ、集中する。五感を極限まで落とし込み、代わりに第六感を強化し敵の気配を感じ取る。
しかし、どんなに気配を探っても、周りからは藍と紫以外の気配は一切感じとることができない。
藍が見つけられないのだ。やはり自分が気配を探るのは意味がない。
霊夢はそう判断し集中を解いた。やはり自分にはこんな方法似合わない。
それよりも、自分には自慢の勘があるではないか。御札と針を構え、霊夢は再び構える。
マヨヒガは一般的な日本家屋に似せて作られている。その為一部屋は然程広い作りにはなっていない。
なので何処から来られてもすぐに対処できる反面、襲ってきたときの距離も短くなりやすいものである。
要は反射神経の勝負。普段から弾幕を避けているおかげで、一瞬の判断力には自信がある霊夢ではあるが、相手は紫をも苦戦させる妖怪である。油断はできない。
「……」
長い長い沈黙が部屋を支配する。
相変わらず藍は動かないし言葉を発することも無い。
沈黙に耐える緊張は、やがて汗となって霊夢の額から一滴落ち、畳張りの床へ小さな染みを作った。
長い沈黙は、霊夢の精神力を少しずつ削っていく。
霊夢は焦っていた。まさか普段から命の心配をする必要がないスペルカードルールばかりやっていた弊害がここでくるとは。
今回はスペルカードルールなどまったく関係のない本気の殺し合いである。
本気の殺し合いをしたことが無い霊夢には、この一瞬の判断が生死をわける沈黙がとても居心地が悪かった。
霊夢は、スペルカードルールにおいて、自身は幻想郷トップクラスの実力を誇ると自負している。
それは自慢でも何でもない。強さにそれほど興味を持たない彼女自身が冷静に考えた結果である。
だが、それがどうした。スペルカードルールは命など何の関係も無い仮初の決闘。
今回のようなルールを無視した者が幻想郷に現れれば、すぐさまそのルール以外の戦いで殲滅しなければならない。
本気の殺し合いでは命のやり取りをしない決闘の強さなど何の意味もなさないのである。
命のやり取りをした事がない者が、いざ命のやり取りをするとなるとどうなるか、聞くまでも無いことなのだ。
極度の緊張が霊夢を襲う。
脂汗が次から次へと額や頬を通り、床に落ちていく。
足が細かく震え、吐き気まで催して来た。
いっそ楽になりたい。逃げ出してしまいたい。そんな誘惑が何度も霊夢の脳裏に過ぎる。
だが自分は博麗の巫女だ。そんな甘えは許されない。幻想郷の平和を守るのは自分の役目だ。
そんな博麗の巫女としての使命感だけが、彼女の意思を支えていた。
「……」
数分か、あるいは数秒か、長い長い沈黙はまだ終わらない。
霊夢の残り僅かな精神力も、底をつこうとしている。
こんな事なら、もっと修行しておくのだった。
霊夢が耐え切れずに膝を着こうとした、その時だった。
「見えた……!」
突如居間の中心で沈黙を決め込んでいた藍が、そう告げて立ち上がった。
何が見えたのか、この状況では聞くまでもない。
霊夢は折れそうになった膝を、寸前で踏みとどまらせ、何とか耐えた。
「見つけたのね」
突如部屋の隅に隙間が現れ、紫が姿を現した。
やけに早い反応であるが、二人は主人とその式である。何かしら繋がっているところがあるのだろう。
とにかく、今の問題はそこではない。
霊夢も額に流れていた汗を拭き、なるべく平静を装って藍に詰め寄り、聞いた。
「で、何処にいるのよ」
「……そこに」
そう言って藍が指し示したのは、部屋の隅に置かれている黒光りする箱状の物体。そう、テレビであった。
その部屋の隅の何処に隠れることができるのだろうか。霊夢は気になった。
そう言えば、以前テレビという物は霊気を仕舞うのに非常に便利だと聞いた。
魅魔や幽々子のような者ならあるいは隠れられるかもしれない。もしや相手は霊的な妖怪なのだろうか?
「なるほど、其処だったのね」
そう言って紫は、無防備にズカズカとテレビに近づいていく。
その行動に、霊夢は僅かに慌てた。相手は強力な相手なのだ。慎重にいくべきである。
「ちょ、紫……!」
「さぁ、出てきなさい」
そう言って、紫はテレビに手を伸ばした。
いよいよ妖怪との御対面である。
霊夢は、相手がどう出てもいいように、今一度札を構えなおす。
だが……次に紫がとった行動は、霊夢の予想を遥かに超えていた。
「よいしょ」
「え?」
紫は床にしゃがみこみ、テレビを乗せてあるガラス張りされている台(テレビ台と言うらしい)と床の僅かな隙間に手を伸ばした。
数秒ほど手をごそごそと動かした後、紫はテレビ台の隙間から手を引き抜いた。
その手に握られていたのは……。
「え……何よそれ」
「何って、リモコンですわ」
リモコン。
テレビを動かすのに使用する小型機械である。
電池というエレキエネルギーが詰められた小型燃料で作動するらしい。
「いやぁ、何とか見つかって良かったですね」
「そうね、これで『今日のワンコ』を見逃さないで済むわ。今日は白狼天狗特集だから見逃したら大変だったわよ」
「申し訳ありません、リモコンから出る電波を探っていたのですが、テレビの下にあった物ですから……」
「いいのよ気にしないで、間に合ったのだから良しとしましょう。あ、霊夢、一緒にテレビ見てく……ってあら、何で御札こっちに向けてるのよ?」
「……」
その日、平和な昼間のマヨヒガに、夢想封印が炸裂する音と隙間妖怪とその式の悲鳴が響いたとか何とか。
このオチは予想してなかったwww
我が家には「妖怪体温計隠し」と言うものも出現します。
ちょっと前に「携帯電話隠し」の被害にあってしまった
ところで家には財布隠しが毎日のように出没しています。
誰か助けてくれ・・・
しょっちゅう妖怪鍵隠しが出没する俺の部屋は幻想郷と繋がってるはずだ!
まさか最後がそんなオチとわww
さんざん探したはずの場所に隠した物を
そっと戻しておくところなんだ
確かに強敵だわwww
少しありきたりかな、と
話はよく出来てました
頭文字Gだとばっかり思っていた・・・
うちは櫛隠しですかね。
妹がよく困ってました。
>>23様
何処の×(ペケ)ですかwww
予想は出来たんだけれど、やっぱ読むと笑えてしまうw
なる程確かにリモコン隠しは恐ろしい。部屋が片付いていてもケースがあっても奴は必ず現れる…
22コメさんと同じく、財布の中の金隠しが部屋に常駐してるんだがどうしたらいいんですかね
>33さん
自分の所にも、もう2年前から棲んでいます
誰か助けて....orz
挙句の果てにはノートパソコンや大事な教科書、免許証まで隠される私はどうしたらいいですか…
こんなに退治しきれないよorz