麗らかな午後の一時。コタツで微睡みながら、お茶を啜る神奈子の姿があった。
天下太平、世はなべて事も無し。退屈な時間だけれど、それがまた愛おしい。
異変やら事件続きの幻想郷においては、むしろこうした時間の方が貴重なのだ。蓬莱人やら吸血鬼は刺激に飢えているようだけど、神奈子としては逆に何も無い方がありがたい。
もっとも、信仰を得るためにアクションを起こすことはあるけれど。
それにしたって、毎日やっているわけではない。
「ああ、平和だね……」
そしてまたお茶を啜る。
そんな神奈子の元へ、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。この乱暴さは、確かめるまでもなく分かる。
「神奈子!」
飛び込んできた諏訪子を睨みつけた。
「あのね、人がせっかく平和な午後を楽しんでるんだ。ちょっとはあんたも協力したらどうだい?」
神奈子の忠告を無視して、諏訪子は言う。
「大変なんだよ!」
「聞きたくはないけど、何が大変なんだい?」
息を整えて、諏訪子は口を開いた。
真剣な眼差しで、一文字一句ゆっくりと。
「妊娠したみたい」
しばし硬直の時。そして躍動の時代。
コタツを乗り越え、諏訪子につかみかかる。
「相手は何蛙だい!」
「いや、真っ先に蛙を聞くのは間違ってると思うけど……」
「あれか! カラスが鳴くから帰るのか!」
「意味わかんないよ」
言ってる方も意味がわからなかった。
それどころではないのだ。混乱するのも無理はない。
「おおお……なんてこと、まさか諏訪子が妊娠するなんて」
「は?」
「いや、だから諏訪子が……」
それを聞いて、大笑いする諏訪子。
呆気にとられた神奈子は、戸惑うばかりだ。何がそんなに面白いのか。
目尻の涙を拭いながら、諏訪子は答える。
「妊娠したのは私じゃないよ」
「えっ?」
その一言で動きが止まる。
まさか勘違いなのか。この年で、嬉し恥ずかし勘違いなのか。
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべる諏訪子。神奈子は顔を赤らめ、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「いやぁ、まさかこんなにも動揺してくれるとは思わなかったよ。私が妊娠とか、ちょっと考えれば有り得ないって分かるよね?」
「う、五月蠅いわよ!」
ここぞとばかりに追撃される。神奈子の性格も大概捻くれているが、諏訪子も負けず劣らず歪んでいるのだから、しょうがない。
気恥ずかしさを誤魔化すように、咳をして尋ねる。
「それで、本当は誰が妊娠したのよ」
「早苗」
「相手は何蛙だ!」
はたと、神奈子は目を開ける。
身体はコタツにもたれかかり、顔はコタツ板にへばりついていた。
いけない、いけない。どうやら、コタツの魔力に負けてしまったらしい。
おかげで見たくもない悪夢を見てしまったようだ。
「ねえ」
平和を愛する心の裏では、実は異変でも望んでいたというのだろうか。
いや、そんな事は有り得ない。神奈子は心底から平和を望んでおり、早苗が妊娠するなんていう珍事は欠片も願っていない。
「急に居間に戻ったと思ったら、何してんの?」
横からは諏訪子が何か言っている。だが、聞く耳持たない。
彼女の言い分が正しいのなら、まるで神奈子が現実逃避する為に夢オチの如くコタツに潜ったことになるではないか。
そんな馬鹿な話、有るわけない。
「ちなみに相手は天狗だよ」
「よし、天狗を絶滅させよう」
「ちゃんと聞いてるじゃないか」
いつのまにか御柱を装備した神奈子。ツッコミがあと五秒遅かったら、今頃天狗達との死闘が繰り広げられていた。
「ということは、嘘なの?」
「さすがの早苗も天狗の子は孕まないよ」
「なんだ嘘か……」
「妊娠したのは本当だけどね」
「よし、人類を絶滅させよう」
とうとう魔王のような事を言い出した。これでは単なる邪神である。
諏訪子は荒ぶる神を宥めながら、とりあえずの事情を説明する。
「人類の命の為に身分は隠すけど、相手は里の男だよ。私も会いに行ったけどさ、これがまたいい男で、性格も身分も悪くない。結婚して夫に迎えるには、おそらく最高の人間だろうね」
「……それはまた、殺すのが惜しい男ね」
「いや、だから殺すなって。祝福してはやれないの?」
難しい話である。
なにせ神奈子は早苗を蝶よ蝶よと育ててきたのだ。ああ、だから何処かへ飛んでいってしまったのか。今更ながらに納得する。
いや出来るわけがない。標本にするつもりはないけれど、もう少しぐらいは家に留めておくよう努力すべきだったか。赤外線を放つライトを置いておけば良かったと、半ば本気で思い始めていた。
「その様子だと無理そうだけど……でもせめて殺意ぐらいは押さえて頂戴よ」
「しょうがないな。御柱でフルスイングぐらいで許してやるよ」
「覚えておくといい、神奈子。人間は死ぬ。もう一度言う。人間は死ぬ」
真剣な表情で諭される。
まさか、神奈子が本気で殺意を抱いているとでも思っているのか。
これがクイズ番組だったら、諏訪子の席には笑顔が胡散臭いゴールデンの人形が置かれていることだろう。没シュートを免れた、妙に筋肉質の人形が。
「でもさ、早苗としては神奈子にも祝福して貰いたいんだって。その相手ともども」
「うっ……」
早苗がどうしてもと頼むのなら、葛藤が産まれる。早苗は手放したくない。かといって、我が儘を言って困らせたり泣かせたりするのは嫌だ。
だからといって、相手の男に会うなんて。そんなの、理性が保つわけがない。
「実はさ、その相手も此処へ呼んであるんだよ」
「えっ!?」
「早苗も一緒だよ。それで、改めて報告したいんだってさ」
突然の事に戸惑う神奈子。まさか、こんなにも唐突に父親涙目の報告があるなんて。
しかも、妊娠のオマケ付き。
頑固親父なら勘当もののシチューエーションだ。シチュエーションか?
それどころではない。
「心の準備は出来てる?」
「いや、えっ、ちょっと……」
「じゃあ、早苗入ってきて」
神奈子の動揺もどこ吹く風で、諏訪子は二人を中に呼ぶ。
怒りはすっかり消え失せ、どうすれば良いのか混乱した気持ちだけが手元に残った。
とりあえず御柱をフルスイングすればいいのか。
それとも泣いて駄々をこねればいいのか。
はたまた夢オチということにするか。
個人的には最後の選択肢が一番魅力的であったけれど、それが許されるような状況ではない。
障子戸が開く。
そして、早苗が部屋へと入ってきた。
「八坂様……」
「早苗……」
神妙な表情の早苗の後ろから、憎き男の姿が……無かった。
「いやぁ、どうもどうも」
現れたのは、ドッキリの看板を持った文の姿。
その後ろにはテレビカメラを持った椛も見える。
「つまりはまぁ、そういうことでして。大成功と!」
「ごめんなさい、八坂様。私は反対したんですけど、諏訪子様達がどうしてもというので」
「ハハハハハハ!」
したり顔の文と、困った顔の早苗と、大爆笑の諏訪子。
神奈子は一体どういう表情をすればいいのか悩み、
「お前らの血は何蛙だー!」
御柱をフルスイングした。
私のアップルティー返してください。
こっちまで騙されたああああ
オレのハムサンド返せwww
畳み掛けるテンポの良さが尋常じゃねーw
ドイツ人(カエルの隠語)だったりしてね
心臓に悪ぃやコンチクショウ。早苗さんがご無事でなにより。
とりあえず天狗は俺の嫁という刑だ。
あとがきの小町がヒド過ぎるwwww
小町ちゃんと話し聞けwww
しても死なないから大丈夫wwwwwww
だから…早苗さん逃げてー!
どこまでもカエルなお話、ご馳走様でした。
あとこまっちゃんがひどすぎるw
殺すのが前提ですかw
>蝶よ蝶よと
わざとだとは思いますが、知らない人が間違って覚えちゃうかも。
あと虫を引きつけるのは赤外線よりむしろ紫外線よりの光だと思います。
思わずふき出しましたw