チョコレートなどという未知の物を作ろうと思ったのは、夜中の12時過ぎだった。
巷での噂に聞いていたので、私も1回ぐらいは挑戦してみたいなと前から思っていたのだ。
元となる材料は、紫様の式である藍様に頂いた。
妖夢も従者ならばこれぐらい作れるようにならないとな、ああ、あとで感想よろしく頼む。そんなことを言われて渡された。感想などと言われても、と一瞬思ったが、折角の好意を断るのも悪い。丁度よい機会だし、ありがたく貰っておくことにした。
レシピ通りに作り、ハート型・・・・・・には恥ずかしいので入れずに、一見無機質に見える一口サイズのチョコを、何個も何個も作った。
溶かしたチョコレートに、ほんの少しの牛乳と、ほんの少しのお酒を混ぜて、冷やして固める。普段作っている料理に比べれば、作業自体は至って単調なものであったが、いかんせん初めてのことだったので、思ったよりも時間をくらってしまった。
夜中の12時過ぎに作り始めたのは、これから渡すであろう人物に作っていることを悟られないようにする為である。贈り物をするときは、中身が見えないほうがいい。それでなくとも、幽々子様が起きている時に作っていたら、材料の時点で全部食べられてしまう可能性がある。
コタツにもぐってぐうぐう寝ている主を起こさないように、なるべく音を立てずに作業をする。元のものは、先ほどようやく完成した。あとはこれを適当な箱に詰めるだけである。材料と共に包装用の紙もいくらか貰ったのだが、やり方を聞くのを忘れてしまった。なので、昔もらった菓子包みの中に入れることにした。
それにしても、疲れた。
慣れないことをしていたせいだろうか。暗い中でずっと作業をしていたせいだろうか。強烈な睡魔が襲ってくる。
目をこすり、頬をつねって、最後の作業にとりかかる。これが終わったら布団を敷いて、すぐに寝よう。
四角く切ったそれを、一つ一つ丁寧に、箱の中に詰める。見栄えは良いとはいえないが、味は保障済みだ。もっとも、あまりチョコレートというものを食べたことがなかったので、舌に自信はないけれど。
箱に全てを詰め終わる。そして、台所にある洗い物を全て片付ける。
作業の最中、ずっとあくびが出っぱなしだった。一体今何時なのだろう。
明日これを渡したら、あの人は喜んでくれるだろうか。変な顔をされないだろうか。不安ばかりが心を埋め尽くす。
ともかく今日はもう遅い。明日だって、ちゃんと仕事をしなくてはいけないのだ。
自分の部屋に戻り、布団にもぐった。
上手くいきますようにと、心のどこかで思いながら。
目覚めは最悪だった。いつもの時間に起きれたことは良いのだが、とても眠い。
それもその筈、昨日の夜布団の中に入ってからずっと、何と言って渡そうか考えていたのだから。そうこうしている内に夜明けになりそうだった。おそらく1刻程しか寝ていないだろう。
顔を洗い、頬をぱちんと打つ。眠いなどと言っている場合ではない。
今日だってやらなきゃいけないことはたくさんあるのだから。
顔を洗い、普段の服装に着替える。まずは朝食作りからだ。
割烹着を上に着て、台所に入る。今日は一体何を作ろうか。昨日貰った魚を焼いて、大根の味噌汁を作ろうか。今日は簡単なものにしよう。なんだか疲れた。
鍋に水を入れ、かまどに火をつける。薪がそろそろ少なくなっている。昨日の夜、予想外に多く使ってしまったかもしれない。後で取ってこなくては。
野菜を水につけ、泥を落とす。冬場の井戸水は凍てつくほど冷たいが、眠気覚ましに丁度よい。ごしごし、ごしごしと野菜を洗っていく。
ふと、なんだか甘い香りが、鼻をかすめた。
この香りは、自分にあまり馴染みのない香りだ。
だけど、昨日散々格闘し続けた、とあるものの香りによく似ている。
なんだか嫌な予感がした。
台所を見回してみる。そしてようやく気が付いた。
昨日の夜、ここに置いたはずの箱がない。どこを探してもない。
ああ、これは、もしかして。
ガラリ。
居間の扉を開ける。すると、珍しく幽々子様が起きていた。何かを食べている。
おいしそうに、何かを食べている。
「おはよう、妖夢」
幽々子様の手にある箱。それは間違いなく、いつぞやの菓子折りの箱であり、昨日詰めたものが入っている箱だった。
そして甘い香りの原因は、それを開けたから。
失策だった。
菓子折りは自分の部屋に置いておくべきだった。
「ゆ、幽々子様、それ」
「へ?ああこれ?」
「食べちゃったんですか」
「うん」
もしかして、変な時間に起きたから、お腹が空いてつい開けてしまったのだろうか。
この人が食糧に気が付かないわけがない。この甘いチョコレートの匂いに、気が付かない訳がないのだ。
全く、間抜けな話である。昨日何を言って渡そうか、考えたことが馬鹿みたいだ。
藍様になんて言おう。作ったのはいいけど気が付いたら食べてられていました。自分で言うのもアレだが私らしい結果だ。私らしいというか、幽々子様らしいというか。
ああ、でもできるなら。
本当は、感謝の気持ちと一緒に、手渡しで渡したかったのに。
「あ、あら?いけなかった?」
「いえ、そういうわけでは」
今更返してくださいと言える筈もない。ましてや、今日は大切な人に贈り物をして、思いを伝える日なのだという事など、言えるわけがない。
このままでよかったのかも知れない。そうすれば、ただ単におやつを作りました、で済むのだから。
「妖夢」
「はい」
「こっちへ来て」
「へ」
落ち込んでいる私をよそに、幽々子様が手招いている。一体何の用だというのだろう。
ニコニコと、いつもよりご機嫌そうである。
こんな時は大抵振り回されることが多いけれど。
恐る恐る、幽々子様に近付く。コタツのなかに座りなさい、と無言で合図されたので、その通りにする。
コタツの中は思ったよりも暖かく、このまま中にいたら寝てしまいそうだった。そういえば、幽々子様は昨日ここで寝ていたんだっけ、なんてことをぼんやり思った。
左を振り向けば、いつものように、幸せそうに食べ物をほうばる我が主。
そしてそのまま、段々私の方へ近付いてくる。チョコレートの香りと、桜の香りが鼻をかすめる。
何をする気ですか、と言うより早く、口を塞がれた。
なんだか甘ったるいものが、口の中に広がった。
さらさらした髪が顔にふれている。頭の後ろには片方の手が回されている。
そうして、現在自分が置かれている状況に、私はようやく気が付いた。
「妖夢」
顔を放し、幽々子様は言う。
「ごちそうさま」
だけど、私は何を返せばいいかわからない。
「とってもおいしかったわよ」
それどころか、何を言っているのかさえ、上手く聞き取れない。
「たまには作って欲しいわあ。とてもおいしいんだもの」
頭の中が真っ白になって、何も考えられない。
「おいしかったでしょう?」
「・・・・・・はい」
「夜遅くまで作っていたものねえ」
「・・・・・・起きていらしたんですか」
「だって、甘い匂いがするんだもの」
「そうですか」
顔が熱い。熱くて溶けそうだ。
幽々子様の顔がまっすぐ見れない。きっと私は酷い顔をしているのだろう。
こんな形でお返しをされるだなんて、不意打ちにも程がある。
「朝食、作ってきます」
「そう」
「それと、これはチョコレートって言うんですけれど」
「ええ」
「たまになら、作ってみようと思います」
「それは嬉しいわあ」
紅くなった顔を隠すように、コタツから出て、台所へ向かう。
途中で何度も角につま先をぶつけた。心配する声が聞こえたが、気にしている余裕はなかった。
口の中にはまだ、甘ったるいチョコレートが残っていた。昨日食べたものよりも、ずっと甘く感じた。
こんなに甘いのならば、もう一度作ってみてもいいかもしれない。
のぼせた頭で、そんなことを思った。
おわり
甘いよ~妖夢のチョコ僕も欲しいよ~
最近あまりにこのカップリングを見ないので、寂しく思っていたのですが
いいもん見せてもらいました