紅が支配する赤の屋敷、紅魔館
そこの地下に存在する数多の書物を収めた地下大図書館で、瀟洒を冠するメイド長は呆れた声を出していた。
「全く・・・パチュリー様、貴方は御自分の体調をもう少し理解して頂きたいものなのですけどね」
小悪魔が苦笑しながら手に持った本を本棚に戻している横で、咲夜がテーブルの腕を片付けながら愚痴るように言った。
咲夜は先ほどまで研究のし過ぎで倒れたパチュリーを、紅魔館の医務室に運んできたところだった。
小悪魔から異変を聞いてすぐさま(それこそ時を止めて)駆けつけた咲夜は、そのままパチュリーを担いで一瞬で医務室へと運んだ。
それを見た医務室のスタッフはすぐさま彼女をベッドに寝かしつけた。
「ゴホッ・・・よけ・・ゴホッ・・いな・・ゴホッ・・ことを・・・ゴホッ」
「喘息で息苦しいのに無理に喋らないでください!」
咲夜に対して文句を言おうとしていたパチュリーを、医務室の管理者である女性が嗜めた。
「全く・・・今年で何度目です?倒れたのは」
「ゴホッ・・・五月蝿いわね・・・ゴホッ」
「パ・チュ・リ・ー・さ・ま!?」
「・・・ゴホッ・・・わかったわよ・・・ゴホッ」
女性が睨むと、パチュリーはしぶしぶおとなしくベッドにもぐりこんだ。
「流石ねメリッサ、パチュリー様も貴方の言うことは何とか聞いてくれるし」
「それはこれだけ世話していれば、頭も上がらなくなりますよ」
女性=メリッサは肩をすくめてそう答えた。
彼女は咲夜よりも昔からこの館で医療スタッフとして働いている、数少ない妖精以外の存在だ。
咲夜も何度となくお世話になり、この人が居なければ肉体的に脆い人間である咲夜が、ここまで生きてこられるのは無理だったであろう。
昔から外見が変わっていないため人間ではないようだが、美鈴と同じで種族は良くわかっていない。
長年紅魔館の医療に携わってきたため元々それなりの技術を持っていたが、最近永遠亭にも出入りしているらしくその腕はさらに磨かれつつある。
「とにかくパチュリー様をお願いね」
「任せてください」
メリッサがなんでもないことのように頷くのを見て、咲夜はその場から姿を消した。
「メリッサが居なければあの方は今頃どうなっていたことやら・・・あの人の体調を無視して無茶をする癖はどうにかならないものかしら?」
「興味あることには全力を注ぐ、それが魔女だからね」
「お嬢様!?」
咲夜がいろいろ言いながら作業をしていると、その後ろからレミリアが声をかけた。
「何か御用でしょうか?」
すぐさま咲夜はレミリアの用を伺うが、レミリアは首を振って、
「別に咲夜に用があるわけではないわ。単純にパチェの様子を見に来た帰りに寄っただけ」
「左様ですか」
「それにしても、パチェの無茶は今に始まったことではないけど、それによっていろいろ助かっているのも事実なのよね」
「そうなのですか?」
「ええ、主にフランに関することだけど、他にもいろいろあるわ。そうそう咲夜、あなたもその恩恵を受けているのよ?」
「え?後始末はいろいろとした記憶はありますが、恩恵といいましても・・・」
「まぁあなたは知らないはずよね。いいわ、少しだけ昔の話をしてあげる・・・」
そう言ってレミリアは咲夜に昔話を語りだした。
「・・・それでどうして私なのかしらレミィ?」
パチュリーは目の前にあるものを指して、親友であるはずのレミリアに問い詰めた。
「だって、あなたが適材だからよ」
「どうして私が適材なのかしら、十字以内で答えてくれる?」
「知識のある暇人だから」
「・・・」
「・・・」
二人の間に暫しの沈黙が流れた。
「・・・ごめんなさい。もう少し詳しく理由を言ってくれないかしら?」
レミリアは仕方ないなぁと言った顔をパチュリーに向けた。
その視線を向けられたパチュリーの顔が引きつっていたのは言うまでもない。
「だから、メイドたちは基本妖精でしょう?こんな事を出来る知識はないだろうし、門番は場所的に危険な場所だから却下。他の役職についている者はそんな暇はない。だから知識もあって、位置的に安全そうで、尚且つ時間の余っていそうなパチェに頼みたいのよ」
レミリアの言葉にパチュリーは手で頭を押さえて言い返した。
「だからって、どうして私が人間の子供を育てなきゃいけないのよ!?」
「あ~!あ~!あ~!あ~!」
二人の間で布にくるまれた赤子が声を上げていた。
ことの始まりは美鈴が門の前で人間の赤子を拾ったことだった。
おそらく捨て子なのだろう。
子供というのは大抵柔らかいので、人食いの性質を持つ妖怪たちにご馳走として料理してもいいのだが、一応彼女は主に報告することにした。
捨て子なら例え食べてもあまり問題にならないが、もし何か理由があったのならそれが人間との争いに発展しないとも限らない。
彼らは美味しい食料であると同時に天敵なのだ。
無闇なイザコザは避けるべきである。
そんな訳で美鈴はレミリアにその赤子を報告したのだが、帰ってきた言葉は『面白そうだから育ててみましょう』だった。
最初それを聞いたときは流石に驚いたが、この主の我侭はいつものことだと思いすぐさま育児担当の相手を探し始め、今に至るのであった。
「そういうわけで頼んだわよ」
「・・・人の話を利聞きなさいよ」
パチュリーが頭痛を堪える様な顔で言うと、レミリアは肩をすくめて、
「だって、あなたが適任なんですもの」
「あのねぇ・・・私だって魔法とは関係ない子育て、しかも人間の赤子についてなんて殆ど知らないし、ここは私にとってだって危険な魔術書とかもあるし、それに私はそんなに暇じゃない」
パチュリーが文句を言うと、レミリアは何を言っているのといった顔でこう言い返してきた。
「これだけ本があれば子育ての方法ぐらいわかるでしょう?それに魔術書はあなたが気をつければいいことだし、何より図書館にこもっているだけなら子育てするぐらいの余裕はあるでしょう?」
「・・・はぁ~」
パチュリーは深~いため息を吐くことで返事をした。
それをしぶしぶながらの了承と受け取ったレミリアは、扉に向かっていった。
「それじゃあよろしくねパチェ」
「ち、ちょっとレミィ!」
パチュリーの呼び止めも気にせず、レミリアは図書館から出て行った。
後にはパチュリーと人間の子供だけが残った。
それからはパチュリーにとって大変の一言に尽きる日々だった。
面倒ならほってけばいいと思うかもしれないが、例え一方的でも任されたものを放り出すのは気が引けたし、なによりちゃんと育ててレミリアを見返してみたいという意地みたいなものの為に結局育てることになったのだが、それが生半可なことでない事を知るのにそう時間はかからなかった。
まず小悪魔と共に育児の方法について調べることから始まり、何時間か毎に泣き叫ぶ赤子の世話をし、食事を作り、おしめを換え、あやし、服を作り、魔術書から守ったりと目の回るような忙しさを体験した。
小悪魔が居たからいいものの一人では絶対に倒れていただろうと思い、こんな事をやっている人間に少しだけ尊敬の念を抱いたりもした。
「どう、調子は?」
「誰かの気まぐれのせいでくたくたよ。良く人間の母親はこんなことが出来るわね」
たまにレミリアが様子を見に来るが、パチェは子供をあやしながら毎回皮肉を言っていた。
「といっても、なかなか様になるじゃない。本当の親子みたい」
「冗談はよして。まったく、この子のせいで研究がちっともはかどらないわ」
パチュリーは胸に抱いた子供を半眼で睨む。
「ふぅん。私はてっきりその子を放り出して、小悪魔に全てを任せると思っていたわ」
「それも考えたんだけどね、一方的とは言え任されたものを放り出すのは魔女として出来ないわ。魔女にとって契約とは非常に重要なものだかね」
「そこまで考える必要はないのに」
「それに、ここで放り出したら人間に負けたみたいじゃない」
「・・・パチェって、意外と負けず嫌いなのね」
「魔女としてのプライドがあるといって頂戴」
レミリアは肩をすくめると、再び雑談に興じた。
そんな日がしばらく続いたある日、パチュリーは子供が寝ている側でゆっくりと本を読んでいた
それが最近の彼女の日常であり、呼んでいる本も結構な確率で育児に関する本であった。
そんなふうに時間が流れている図書館に、いきなり異物が現れた。
それは白い髪をした少女の姿をしており、その手に大きな鎌を携えていた。
パチュリーは本を閉じ、その少女に視線を向ける。
「・・・あなたは死神ね」
「ご名答」
いきなり現れた少女にパチュリーは驚きもせず正体を見破った。
「死神が何の用?私をお迎えにでも来たのかしら」
「ん~、お迎えに来たのは正しいんだけど、対象はあんたじゃないんだよね」
「どういうことかしら・・・?」
パチュリーが疑問を投げかけると、死神は手にした鎌でパチュリーの後ろを指した。
「迎えに来たのはあんたの後ろにいる子供だよ」
「!?」
パチュリーが驚いて目を見開くと、死神は鎌を回しながら説明した。
「本当はその子はもっと前に・・・そう一年位前に死ぬはずだったんだ。なのに未だにその子の魂が彼岸に送り届けられてこない。どこかの船頭死神がさぼっているにしろ一年は長すぎる。と言う訳で調べてみたら、何故か未だにその子が生きている。まるで『運命』が変わったみたいにね」
(『運命』・・・まさかレミィが?)
パチュリーが死神の言葉にいろいろと考えを馳せている中、死神の説明は続く。
「これはまずいということになって私が派遣されてきたわけさ。こちらとしては天人や仙人のような存在がそうぽんぽんと生まれては困るからね。あいつらみたいな存在が何もないのに増えると輪廻とかのシステムに影響が出てしまう。それは冥界、現世双方に不利益をもたらす。だから・・・」
死神は回していた鎌を構えた。
「悪いけどその子を渡してもらうよ?」
パチュリーは無言で目を細める。
「その子はここの主人に無理やり押し付けられたんだろう?子供ってのは結構面倒だからね、あんたも苦労したんじゃないのかい?その子を渡せばそれから開放されるよ?なに、あるべき場所に戻ったといえばここの主人だって納得するさ。それに・・・」
死神は笑って問いかける。
「あんたの本当の子供じゃないんだろう?」
「・・・」
パチュリーは少し黙ってから後ろの赤子を見た。
「・・・そうね、確かにこの子のせいで研究ははかどらないし、余計な出費も沢山あったし、ろくでもないことばかりね」
そう言ってパチュリーは赤子に手を伸ばす、
赤子は手を伸ばされると、嬉しそうにその指を掴んだ。
パチュリーは表情を変えずに伸ばした手を引っ込めると、赤子がそれを追いかけるように手を伸ばしてきた。
それを横目で見つつ、パチュリーは赤子から離れた。
「私は向こうに行ってるわ」
パチュリーが十分に離れたのを見てから、死神は赤子に近づいていった。
「ふむ、流石にしばらく育てていた子供が目前で手にかけられるのは忍びないか。まぁいいでは早速・・・」
死神が赤子に手を伸ばした。
――『ジェリーフィッシュプリンセス』――
「ぬわっ!?」
赤子に死神の手が今まさに触れようとしたとき、赤子の周りにいきなり水の膜が張られ死神を弾き飛ばした。
「・・・どういうつもりだい?」
死神が鎌を構えてパチュリーを睨みつけるが、パチュリーは表情を変えずにこう言った。
「あら、ここは紅魔館よ?神に逆らいし吸血鬼が住まう悪魔の館。そして私は異端の象徴である魔女。神の眷属の言うことなんて聞くわけないでしょう?・・・例えそれが死神であってもね」
「・・・こんな水の膜、すぐに消えるさ。そしたらすぐにやればいいことだ」
さっき弾き飛ばされた感覚からあの水の膜が非常に強いことがわかったが、それ故に長くは続かないと思ったのだ。
だが、それを聞いてもパチュリーの表情は変わらなかった。
「別に待ってもいいけど、何十年かかるかしら?」
「何?」
「見て見なさい」
パチュリーに言われて死神が赤子のほうを見ると、赤子の側に五色の結晶が煌いていた。
「まさか、賢者の石!?」
「そういうこと、それが私の魔法に力を注ぎ続けてくれるわ。さて、そろそろお帰り願おうかしら」
そう言って、パチュリーは頭上に手をかざす。
(いいわ、話している間に魔力が溜まったわ)
――『ロイヤルフレア』――
(本と子供は防御魔法がかかっているから大丈夫だし、ロイヤルフレアは発動に時間がかかるけどこれだけ離れていれば邪魔されない!)
パチュリーが勝利を確信したその瞬間、わけのわからない衝動にしたがってパチュリーは魔法をキャンセルし横に跳んだ。
その腕をいつの間にか目の前まで来ていた死神の鎌が浅く薙いだ。
「っ!?」
「おや、避けられるとはね」
死神が意外といった顔でパチュリーを見る。
(今のは?一瞬で移動してきたけど、風の動きがないから超高速で飛んできたわけじゃない・・・となると時空を操るタイプの能力!?)
パチュリーは切られた腕を押さえながら、さっきの現象を分析した。
「さて、取って置きの魔法もつぶされたんだ。降参するかい?」
「・・・冗談ならもっとひねってからいいなさい」
言葉だけは強気で言い返したが、内心は相当あせっていた。
(瞬間移動が出来るなら発動にタイムラグのある魔法は使えない。詠唱は動きながらするとしても魔法使いには厄介な相手ね)
「冗談のつもりはないんだけどね」
「答えのわかっている問いは冗談と同じよ」
(とにかく、接近戦は長く続かないから早めに倒さないと!)
パチュリーはそう言うと共に腕を振るった。
『ウィンターエレメント』
死神の足元からすごい勢いの水流が飛び出してきた。
しかし、死神はその直前に飛び跳ねてその水流を避けるとパチュリーに鎌を下ろしてきた。
パチュリーはそれを紙一重でかわすが、死神はそのまま体を回転させて回し蹴りを放ってきた。
パチュリーは本でそれをガードするが耐え切れず後ろに吹っ飛んだ。
「どうした、もう終わり?」
「・・・死神は精神攻撃を得意としていると聞いていたけど、物理的に精神を破壊するみたいね」
パチュリーが顔をしかめながら皮肉ると、死神はにやりと笑って、
「私らが相手にするようなのは肉体的にもとんでもなく強いのが多いからね。精神を攻撃する前にこっちの肉体がやられちゃ元も子もないしね」
「そう、死神も大変ねっ!」
『ドヨースピア』
岩石の槍がパチュリーの周りに現れ、死神に向かって飛んで行く。
死神はそれを鎌で弾き飛ばすが、パチュリーは既に次の魔法の準備に入りながら接近していた。
『サマーレッド』
「!?」
死神が鎌を振るったその隙に近距離から火炎が放たれ、死神が目を見張る。
そして火炎が死神を飲み込んだように見えたその瞬間、パチュリーは頭を下げ、その上を後ろから伸びてきた鎌が薙いでいった。
頭を下げたパチュリーはそのまま地面に手をつき、魔方陣を展開させる。
――『サイレントセレナ』――
「ぐわっ!?」
足元の魔方陣から膨大なエネルギーが放たれ、後ろにいた死神を直撃する。
『オータムブレード』
吹き飛ばした死神にさらに鋼の刃を追撃させるが、死神は鎌を地面に引っ掛け、刃ではなく自らを弾かせるようにしてそれをかわした。
「ふぅっ・・・その体格から動きは鈍いと思っていたけど、まさか風を纏わせることで強制的に早くしているとはね」
「あら、良く気がついたわね」
意外といった顔をするパチュリーの周囲で、煤と埃が勢い良く舞い上がる。
「まぁ、あれだけ近づけば不自然な風の動きに気付かないわけないわね」
「そういうこと。さぁ続けましょうか」
「そうね」
――『セントエルモピラー』――
パチュリーはいきなり巨大な火球を高速で死神に向かって放った。
だが、火球が死神にぶつかる前に死神の姿が消える。
パチュリーはすぐさま地面に手をつき、魔方陣を展開する。
そして、そのパチュリーを真上から死神の鎌が襲う。
(さっきの魔法は強くて隙が少ないけど、自分の周囲に展開するため真上では当たらない!)
一度見ただけでサイレントセレナの弱点を見破った死神は勝利を一瞬確信した。
「お見通しよ」
――『エレメンタルハーベスター』――
パチュリーの囁きと同時に無数の歯車が彼女の周りに具現化し、回転しながら死神を襲った。
そしてそれは死神自身ではなくその大鎌に噛み付いた。
「くっ!」
回転している歯車は死神の鎌を巻き込み、それを持つ手に多大な衝撃を与える。
(鎌を奪う気!?でも、これぐらいじゃあ手放すなんてことはないわ!)
死神は鎌から手を離さないようにしっかり握り、鎌が弾き飛ばされないよう意識を手に向けた。
それ故にパチュリーの足元の魔方陣が今発動したことに気がつかなかった。
――『メタルファティーグ』――
「なっ!?」
魔方陣が発動した途端、歯車と共に死神の鎌が折れた。
それを見た死神は僅かの間思考が止まった。
そしてもちろんそれを見逃すパチュリーではなかった。
「ま、まずい!!」
死神が我を取り戻したときには既に遅かった。
――『トリリトンシェイク』――
自分の体より大きい岩が死神の体を打ち付ける。
弾き飛ばされた死神は地面に倒れこみ、うめき声を上げる。
「これで終わりね」
パチュリーは止めを刺すために、移動されてもかわされない広範囲魔法=最初に邪魔されたロイヤルフレアを詠唱しようと息を吸い込んだ。
「!?がはっ、ごほっ、ごほっ、ごほっ、ごほっ、ごほっ、ごほっ、ごほっ、ごほっ!」
突然パチュリーが咳き込み始め、背を丸める。
(こんな時に喘息なんて!!)
魔法を放つためには詠唱しなくてはならない、しかし詠唱するということはどれほど小さくても声を出さなくてはいけない。
その為肺に空気を入れなくてはいけないのだが、喘息が起きているとそれが出来ない。
喘息時は空気が気管を通る刺激で咳が出てしまう。
しかも、咳をするたびに反射的に息を吸うのでその刺激でさらに咳が出る。
結果、肺の中の空気がどんどん空っぽになっていくのだ。
しかも、いままで激しく動いていたためにパチュリーの息は上がっていた。
つまり体は酸素を欲しているのである。
その状態で喘息に陥ると・・・
(ま、まずい!!目の前が暗く・・・)
もともと足りなくなっていた酸素がさらに減り、急速に酸欠に陥るのである。
暗くなる視界の中で死神がゆっくりと立ち上がるのが見えた。
(ごめんなさい・・・さ・・・!!)
視界はさらに暗くなり、耳鳴りが激しくなっていく中、パチュリーは赤子の名前に思わず謝った。
そして、パチュリーが絶望に陥りかけたその時、
――『千本の針の山』――
無数の赤い棘が降り注ぎ、死神の動きを封じ込めた。
「お疲れ様パチェ。後は私に任せなさい」
それはこの世でパチュリーが最も信頼するものの声。
「全く、喘息持ちなのに無理する癖は本当に直らないのね」
この紅魔館における紅の象徴。
「小悪魔が異変を感じて知らせてくれなかったらどうするつもりだったのかしら?」
パチュリーの親友にして、永遠に紅い幼き月。
「さて、そこの死神。私の館に無断で侵入し、あまつさえ狼藉を働いたのだからそれなりの覚悟は出来ているでしょうね?」
レミリア・スカーレットが死神を睨みつける。
吸血鬼という種族が作り出す威圧感は、流石死神といえども動きを止めるのに十分なものであった。
「・・・私を倒すかい?でも、私を倒したところで次の死神がその子を貰い受けに来るだけよ?その子は死ぬはずの『運命』だからね。今は何故かここで生きているけど」
それでもすぐにレミリアに言葉を返したのは、仙人とかそういった存在とやりあってきたからであろう。
レミリアはその言葉を聞いてクスクスと笑った。
「なるほど『運命』ね。それなら簡単だわ」
レミリアはそう言って赤子に近づくと、パチュリーに声をかけた。
「パチェ、この魔法を解いてくれるかしら?」
未だにまともに声を出せないパチュリーは、ぜいぜい言いながら防御魔法を解いた。
レミリアはその子を抱き上げると、その額にそっとキスをした。
瞬間、世界が歪んだようにその場のものは感じた。
それは一瞬のことだったが、その一瞬の後に何かが変わったことだけは感じられた。
特に死神は目を見開いて驚いていた。
「そんな・・・」
「さ、これでもうこの子に用はないわね。見逃してあげるから、あんたの上司にもうここに来るなと伝えなさい」
レミリアがそう言うと、死神は未だに信じられないといった顔をしつつもその場から姿を消した。
「・・・そんなことが」
レミリアの話を聞いた咲夜は、驚きの表情を顔に出した。
「で、その子はどうなったんですか?」
「ん~と、私の能力で運命をいじくったから死ぬ運命はなくなったんだけどね、そのかわり結構大きく運命を変えたから存在が変質しちゃって人間じゃあなくなちゃったのよ」
「え、妖怪化したんですか?」
「まぁそんなところね。で、結局そのままパチュリーが育て、いまこの館で働いているわ」
「あ、そうなんですか。で、誰なんですその子は?」
咲夜がそう聞くと、レミリアは笑って、
「あなたも良く知っている子よ」
そう言って視線を動かした。
その視線の先にあるものに思い当たり、咲夜は再び驚きの表情をあらわす。
「え、まさか」
「そう。言ったでしょう?あなたも恩恵を受けてるって・・・」
その視線はパチュリーが運び込まれた医務室の方を向いていた。
「まったく、いい加減に自分の体調のことぐらい自分で管理してください!!」
「う~」
医務室ではメリッサに小言をいわれ、小声でうなっているパチュリーがいた。
「はぁ~、何かあったらどうするんですか『母さん』」
メリッサは二人のときだけの呼称でパチュリーを呼ぶ。
「・・・悪かったわ」
「あんまり心配させないでよ・・・」
メリッサの本気で心配する声にパチュリーは目線を下げる。
しばらくいろいろ言われたパチュリーは、かなり収まってきた症状を見て感嘆のため息をついた。
「・・・それにしても、本当に最近あなたの薬はよく効くようになったわね」
「それはそうよ、わざわざ永琳さんに教わりに言っているんだから」
「それでもあの天才についていくのは並大抵のことじゃないわ」
「なんだ、そんなこと・・・」
パチュリーの言葉にメリッサは笑って、
「私は母さんと同じ知識の名を冠するメリッサ・ノーレッジ、それが例え薬学だろうとその知識は全て手に入れて見せるわ」
「ま、私の『娘』ですもの。それぐらいは当たり前ね」
その笑みを見て、パチュリーはさも当然といった顔をして再びベッドに横たわった。
ベッドに横たわりながら、パチュリーはメリッサの姿を見て思う。
(あなたのような子を持てて、私は随分と誇らしいわ。『ノーレッジ』の名に恥じぬようその調子で頑張りなさい)
その視線で先で自分の娘が頑張っている姿を見て、パチュリーは我知らず微笑んだ。
投稿するのなら、そこのSSが概ねどのような傾向であるか調べた方が良かったのでは?
私的には死神が去る場面があっさりしすぎて物足りない気がしました。
死神も小町か単に名無しの死神であって良かったと思いますね。わざわざオリキャラにして設定を付与する程度ではない。
しかし。パチュリーが母親、というのはかなり新鮮な発想でした。紅魔館でのこういうポジションは基本的は美鈴ですし。
ですから、発想は良いが今一つ練り込みが足りなかったかな、という気が個人的にはしました。
酷評的なコメントとなってしまいましたが、楸さんの作品(特に屋台の会話シリーズ)は好きで応援してるので、これからも頑張っていただけると嬉しいです。
母性溢れるパチュリーはいいもんだ。
その寛容さに魔理沙が甘えてると思うと込み上げてくるものがある。むっつり母性。
そんなパチュリーの優しさが溢れてるいいSSでした。
戦闘描写が若干淡白な気がしましたが全体を通して楽しく読ませてもらいました。
>負かされたものを放り出すのは~→任されたものを~では?