「ねえ、お母さん――」
そう言ってしまった瞬間、アリスは『しまった』と思った。そして『死のう』と。
懐から爆弾人形を取り出し、万物ことごとく有耶無耶に散れとばかりに、ヤケクソな勢いで畳に投げつけた。
ひゅん、さくっ。
着弾の寸前、飛来した一本の針が人形を刺し貫き、爆弾の信管を正確に破壊した。
ぐしゃり。起爆能力を失った人形が畳に叩きつけられて横たわる。名無しの爆弾人形として短い生涯を終えるはずだった彼女は、『串刺しワラキア人形』に生まれ変わってちょっと幸せだった。
「……」
「……」
静寂の戻った居間。
うなだれて畳に手を突くアリスと、針を投じた姿勢のまま手を宙にとどめる霊夢が、しばし無言で向かい合う。
動くものといえば、傍らの卓袱台の上、二つの湯呑みから立ち昇る湯気だけ。
「……えっと、」
霊夢が動く。
突然の自爆未遂を咎めるでもなく、どこかぼんやりとした様子で髪を掻き上げる。
それから静かに居住まいを正し、アリスにきちっと向き直って、一言、
「――なに? アリスちゃん」
「アリスちゃんじゃな―――いっ!!」
「あれっ、なんか違った?」
「ち、違うっていうか! 違うもなにも!」
飄々と問い返す霊夢に、アリスは真っ赤な顔でわめく。
「わ、私はただ、ちょっと呼びまちが」
「――あ、そっか」
アリスの口上をろくに聞きもせず、なにやら得心した様子で顔を上げる霊夢。その手が自身の頭に伸ばされ、紅いリボンの端をつまんでくい、と引いた。
リボンがほどけ、柔らかく艶やかな黒髪が重力に従ってさらさらと流れる。霊夢はリボンを置いた手を再び伸ばし、頭頂部よりやや左、そこの髪の一房を、指で小さく束ねて上向かせた。
「はい」
「なにが『はい』なのよぉ――――――っ!!」
ひゅん、さくっ。べちゃん。
串刺し人形一体追加。
「だ、だからっ! ちょっと呼び間違えただけだって言ってるでしょうがっ!!」
「はいはい解ったわよ。冗談だってば」
第三第四の人形を手に鼻息を荒げるアリスを、霊夢は澄ました様子でたしなめる。
アリスの表情がぐにゃりと歪み、耐えかねたように畳に突っ伏した。
「うう、もうお嫁に行けないよぅ……」
お母さん。
よりによって、事もあろうに、言うに事欠いて、霊夢に向かって『お母さん』とは。
なに考えてんだ自分。せめてもう少し相手を選べ自分。
ああ時間を戻したい。この歴史を無かった事にしたい。こんな時に役立つ魔法のない己が恨めしい――。
ぶつぶつと呻吟するアリスに、霊夢が溜め息を投げかける。
「なにを大袈裟に落ち込んでるのやら……」
「なによっ。笑いたければ笑いなさいよ!」
「可笑しくないわよ別に。私だってそういう経験はあるし」
「……怒らないの?」
「別に、怒るような事じゃないでしょ。まあこの歳でそんなこと言われるとは思わなかった、けど――」
けど?
訊き返すアリスに対し、霊夢はぽりぽりと頭を掻きながら、
「んー……腹は立たないけど、なんか不思議な気分」
「不思議?」
「うん。まあ、よく解らないけど、嫌じゃない気分かな」
「ふ、ふーん……」
予想外の霊夢の言葉に、むしろアリスの方が反応に困ってしまう。
霊夢は傍らに置かれていたリボンを再び手に取り、髪を整えて持ち上げるのが面倒なのか、首の後ろで一つに束ねた。
普段は見えない襟首の部分が露わになり、存外に大人びたその風情に、思わずどきりとするアリス。
無意識のうちに注いでいたその視線を、霊夢の柔らかな笑みが迎えた。
「あんた、家族が恋しいんじゃないの?」
「べ、別に恋しくなんかないわよ。もうそんな歳じゃないし」
「まだそんな歳じゃないかなあ」
「そんな歳じゃないの! ……って何よ。ちょっ、霊夢近い……」
「んー、ちょっとね」
なにやら楽しそうに、にじり寄ってくる霊夢。
狼狽するアリスとの距離がみるみる縮んだかと思うと、その胸と両腕がアリスの頭を静かに包み込んだ。
まるで、母が幼子をあやすように。
「ちょっと、こらっ、なんのつもりよ! やっ、放しなさ――」
「いいじゃない。ものは試し」
なんの試しだ。
理解に苦しむまま、じたばたともがくアリス。
しかし、霊夢の態度がアリスを馬鹿にしたものでない事は確かであったし、頭をただ抱くほかに善からぬ事を企んでいる風でもない。アリスもまた、この状態がそう居心地の悪いものではない事に気付いてしまい、やがて抵抗は溶けるように消えた。
静寂の居間。
沈黙の人形遣いを、無言の巫女が抱き寄せる。
「ふーん。やっぱり、大人しくなっちゃうものなのね」
「……なによ? それ」
「いや、こっちの話」
なにやらまた勝手に一人合点している霊夢の胸に、アリスは投げやりな気分で額を押し付ける。
その懐は、暖かくて柔らかくて、どこか懐かしい匂いがした。
「な、なんだか知らないけど、霊夢が楽しそうだから付き合ってあげてるんだからね……」
「はいはい」
アリスの背中を、霊夢の手がぽん、と叩いた。
◇
パルパルパルパルパルパルパルパル……!
魔界某所。
ここに、ただならぬオーラを漂わせる神がいた。
彼女が両の拳を震わせながら食い入るように見つめているのは、とある魔導書に仕込まれている『アリスちゃん見守りカメラ』から送られてきたリアルタイム映像である。
「神綺様、覗き趣味に耽りながら変な音出さないで下さい」
「だ、だってぇ~! アリスちゃんが、アリスちゃんが超久しぶりに私のことを呼んでくれたと思ったら、あの泥棒巫女……!」
「別に神綺様のことを呼びたかったわけではないと思いますが。あと魔界神が超とか言わないで下さい」
空転する神の母性に、メイドが容赦なく突っ込む。
しかしそれに怯むことなく、魔界神は意を決して立ち上がった。
「とにかく、私は今からアリスちゃんに真の母性愛を与えに行きます! そういうわけで夢子ちゃん、お留守番よろしく――」
「お待ちを」
むんずっ。
メイドが、魔界神の最も掴みやすい部分を掴む。
「いやぁ、夢子ちゃん放してぇ―――っ!!」
「あまねく魔界を統べる御方が、これしきの事で玉座を空けられては困ります!」
「うわーん!」
じたばた。
ひとしきり抵抗を試みた後、とりあえず静かになった魔界神。
渋々といった表情でメイドに向き直る。
「うー……じゃあ、夢子ちゃんが私のこと『お母さん』って呼んでくれたら行くのやめる」
「何故そういう話になるのですか!?」
「だって、夢子ちゃんってば滅多に呼んでくれないんだもの。お母さんは淋しいです」
「私はその、娘である前に、まずメイドとして神綺様にお仕えしていますから――」
「まあ、酷いわ。夢子ちゃんは私の娘なんかじゃないっていうのね」
よよよ、と大袈裟に泣き崩れる魔界神。
「いえ、決してそういう意味ではなく! わ、私はほら……とにかく駄目なんですっ。お解りでしょうに!」
「解ってるわよー? でもいいじゃない。呼んで欲しいなー。たまには」
「…………」
「ねっ?」
うー。
メイドは困り果てたような呻きを漏らし、きょろきょろと辺りを見回す。入念に、きょろきょろと。
そして、大きく息を吸い込み、ほのかに赤い顔で、
「――お、おか、」
◇
「……ね、霊夢」
「ん?」
「霊夢がお母さんって呼んじゃったのって誰? 私の知ってる人?」
「べ、別に誰だっていいでしょ」
「その人もこんな風に、霊夢のこと抱きしめてくれたの?」
「うるさいっ」
「むぎゅー」
◇
魔界某所。
ここに、一組の母娘がいた。
「はぅ……お母さん……お母さん……」
「はいはい。ふふっ、夢子ちゃんは甘えん坊さんですねー」
娘が、その豪奢な金髪が乱れるのも構わず、母の胸にぐいぐいと頭を押しつける。
母はそんな娘に柔らかな声を投げ掛けながら、その頭を、背中を、ゆっくりと撫でる。
「夢子ちゃんは一回『お母さん』って呼び始めると、メイドのお仕事どころじゃなくなっちゃうのよね~☆」
「うー。だから駄目って言ったのに……」
「いいの。いいのよ。私がそうして欲しかったんだから」
娘の腰に伸びた母の手が、そこにある結び目をするりとほどく。
純白のエプロンが娘を締め付けることをやめ、その体からはらりと離れていった。
「あっ……」
「うふふ。今日はメイドはもうお終い……ねっ?」
「……うん……」
母と娘の睦言が、魔界の静寂に溶けてゆく。
◇
「きゃーっ☆ ねえ見て見て藍! なんて微笑ましい光景かしら」
「……ええ、まあ。それを覗いて騒いでいる者がいるという点を無視すれば、おおむね微笑ましくはありますね」
「霊夢もなかなかやるわねえ。ほらほらあの子、なんだかんだ言ってすっかり緩んだ顔しちゃってるわよ?」
「はは、霊夢がお母さんですか……。となると、あの人形遣いから見て紫様はおブぁっ(永夜四重黒死蝶
<完>
そしておヴァっ(永夜四重黒死蝶
そこだけで創想話だったら100点上げてたw名無し人形良かったね。
夢子さんが甘えている図もいいっす。たまにはそういうのもアリですね。
作者さんの才能に、パルパルパルパルパル。
ふう、取りみだしてしまいました。ぐっじょぶ!
ニヤニヤが止まらない
>おブぁっ(永夜四重黒死蝶
橙が従姉妹で、藍が叔母さんですね。
そして夢子ちゃんが可愛すぎるw
パルシィは現実世界で言うしっとマスクなのですね!
霊夢さん大人だなー。アリスは逆に精神的にもろすぎるぞw
そして紫…すっかりババァポジションが定ちゃk(深弾幕結界
ニヤニヤしてしまったじゃあないですか!
そしてやはり紫さんはおばあちゃんであるべきなのだとますます確信を深めました。ありがとう!
いやいやゆかりん、藍しゃまに言われるからムカつくのであってアリっちゃんに言われたら優しい気持ちになれますよきっと。
ただ橙と藍しゃまにはお姉ちゃんと言いそうで。
夢子さんもかぁいい。
みんなかわいいなぁこんちきしょー♪
そうすれば母親ポジションを再建できるかも?
しかしまあ、先生をお母さんと言っちゃうのはもう仕方のないことですね。
霊夢が紫をお母さんと呼んだところも見たかった・・・
>パルパルパルパルパルパルパルパル……!
吹いた。不意打ちはひどいww
ウラド・ツェペシュの方でしたね、ネーミングセンスに脱帽です
「おブぁっ」にやられましたwww
くッ、可愛すぎる……
やっぱりアホ毛で認識してるのかw
微笑ましくていいなぁ。
アリスが完全自立人形を作ったら霊夢もおブぁっ(夢想陰陽封魔陣
おブぁっw
これは流行るww
ゆかりんはあくまでも『お母さん』で『少女』なんです!!!『おブァ(ry』などではないのです!!!!!
これはアリスも夢子もかわいすぎてニヤニヤが止まらんわけだwww
でも霊夢がお母さんだとその霊夢にお母さんと言い間違えられたゆかりんはやっぱりおブぁっ(無限の超高速八雲藍
思うんですよ、そういうのをssに生かせるのってすごいなぁと思います。
後みなさんが喰らってるオリジナル技がやたらかっこいいです。
そうか、紫様はおブぁっ(永夜四重黒死蝶