Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ひたあり、ひたあり、

2007/02/22 01:21:18
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ひたあり、ひたあり、

 ずるずる……

ひたあり、ひたあり……





 夜、寝静まった屋敷の中を何かが這っていく音がする。
 庭師である妖夢がその音に気付いたのは、おおよそ丑三つの頃合いであったか。
 満月の夜のことであった。
 何とはなしに目が覚めてしまった彼女は、眠い頭を振った時に、それを聞いたのだ。





ひたあり、ひたあり、

 ずるずる……

ひたあり、ひたあり……





 背筋が凍った。
 何かとてつもなく大きな体をしたモノが、己の部屋に面した廊下を這っていた。
 障子に映った黒いシルエットは、巨大な蛞蝓のような体に二本の角を生やしていた。





ひたあり、ひたあり、

 ずるずる……

ひたあり、ひたあり……






 結局、その奇怪な音が遠ざかっていくまで、妖夢は息をすることすら出来なかった。
 荒い息の中で、布団を頭から被って、寝た。





 翌日も、そのまた翌日も、奇怪な化け物は妖夢の部屋に面した廊下を通っていった。
 頭に生やした二本の角から血のように赤い光を迸らせて、障子に不気味なシルエットを残して、無言で這っていくのだ。
 妖夢はどうすることも出来なかった。
 一度はヤケになって、がむしゃらに攻め掛かろうかとも思ったのだが、しかし幾分か残った冷静さで、それが愚策であると悟った。
 姿の見えぬ内に攻め掛かるなど、目隠しをしたまま殴りかかるのと同意である。
 待つしかないのだが、しかし相手はかかってこなかった。
 無言で這っていって、どこかに消え去ってしまうのだ。
 しかし、その気配が無くなった後でも、妖夢はそんな衝撃的な出来事を忘れて眠る気にはなれなかった。
 布団を頭から被ると、巨大な何かが、木の板の上を這っていく空耳が聞こえた。





 怪奇が続いてから一週間後、たまりかねた妖夢は隈の出来た眼で己の主を見据え、こう尋ねたのだ。

――この屋敷にまつわる、怪談話なんてのは、

 ありませんよね、と。
 主は微笑んでこう言った。

――あるわよ。

 妖夢はその時点で気絶しそうだったのだが、元々青い顔が更に青くなっているのを主に感づかれてしまったのか、彼女はなおさらに楽しそうな顔で語ってくれた。

――昔ね、この屋敷に女の子が住み込んで働いていたの。とても働き者でね、目元も可愛らしかったから、住んでた歌詠み師に気に入られちゃったんだって。二人とも典雅な顔立ちだったそうだから、お似合いだったみたいよ。……想像力のある貴方なら、もしかしてこの先の話も分かってるんじゃないかしら? そう、その女の子の他にも、好きな子がいたのよね、歌詠みの誰かさん。夜の足は次第に遠のいていったそうよ。……可哀想に、女の子は時と共に酷くやつれていったんだって。可愛らしかった目元は夜叉のように吊り上がっていって、小さかった口は裂けたように横に広がっていって……。それで、どうしたと思う? その子ったらね、消えちゃったの。働きに出てこないから、女中が部屋を見に行ったら、もぬけの殻。整理された部屋の机の上に、長く切り揃えられた髪が置いてあったそうよ。それ以外は、何も……。

――それから少し経った、ある晩ね。その歌詠み師は厠に立とうと目覚めたの。辺りは真っ暗でね。あんどんの灯りを付けようとした時、気付いてしまったの。





ひたあり、ひたあり、

 ずるずる……

ひたあり、ひたあり……





――何かが部屋の前を這っていくの。それも、ただ這って通り過ぎていくだけじゃないのよ……。また戻って来るの。幾度も、幾度も。部屋の前を横切っては、戻ってきて、横切っては、戻ってくるの。……怖いわよねえ。得体の知れない、なにか牛のように大きなモノが、障子に影だけ残して、這っていたんだって。男は震えて動けなかったの。……その化け物は、寅の刻辺りになって、ようやく消えたそうよ。





―― な ん で 、 来 て く れ な い の ?





 って、女の子の声で言い残してね、と主が悪戯っぽく話を締めた。
 そして、話の終わりで気絶してしまった妖夢を部屋まで優しく運んでいってやった。





 主から話を聞いた夜、妖夢は白楼剣と楼観剣を抱えて、布団の中で伏していた。
 がちがち歯が震えた。
 震えを抑えようと口に指を突っ込んだら、指先を少し噛みきってしまった。

 妖夢は恐ろしかったのだ。
 ただでさえ奇怪な現象に見舞われているというのに、昼間あんな話をされようとは……。
 聞かなければ良かったと素直に思った。
 思ってもどうしようも無かった。
 聞いてしまったものは聞いてしまったし、恐ろしいものは恐ろしい。
 ただ何もせず待っているのが怖かった。
 しかし、やけっぱちになって障子を開けようとすることも出来なかった。
 もしも開けた先に、醜い夜叉となった女が、白歯を剥いて立っていたら

 そこで危うく意識が飛びそうになって、妖夢は何とか持ちこたえた。
 気絶してしまったら一巻の終わりとなってしまう気がしたのだ――それこそ、気を失って倒れているところを夜叉に(半分)生きながらにして喰われたり

 再び気絶しそうになって、妖夢は考えるのを止めた。
 ぶつぶつと呪文のように何事か唱え始めた。

――明鏡止水、色即是空、
   明鏡止水、色即是空、
    行雲流水、知難如陰、
     行雲流水、知難如陰、
      知彼知己、百戦不殆、
       知彼知己、百戦不殆、
        東西南北、中央不敗、
         東西南北、中央不敗、
          万歳三唱、万歳三唱、
           赤狐緑狸、赤狐緑狸、
            明日遠足、四捨五入!

 とりあえず頭の中を空にすることに成功して、妖夢は呼吸を整えた。
 じろりと座った眼がこう言っている。

――出てくれば、斬るのみだ。

 後はひたすらに待った。
 静寂の中で息の音も殺した。
 それから程なくして、





……ひたあり、ひたあり

 ……ずるずる、ずるずる

……ひたあり、ひたあり





 例の音が聞こえてきた。
 相も変わらず不気味な音である。
 それは廊下の東側からやってきて、妖夢のいる部屋に段々と近付いてくる。
 しかし、不思議だった。
 妖夢は心なしか、今日は心が澄んでいるように感じられたのだ。
 その不気味な音を聞いても、心が少しも動じなかった。
 追いつめられて腹を据えたせいかも知れなかった。
 妖夢の凛とした眼が、暗闇に輝く。





……ひたあり、ひたあり

 ……ずるずる、ずるずる

……ひたあり、ひた





 ぴたりと音が止まった。
 妖夢の部屋の障子には、化け物の影と、その角から発せられる赤い光が映っている。
 そう、夜叉は障子の前に止まって、部屋の様子を窺っているのだった。

 静寂の中で、妖夢は音もなく鯉口を切った。
 敵が分かっていれば、こうも心が落ち着くものなのかと思いながら、畳を蹴る。
 白楼剣が障子を切り裂くと、後は一瞬であった。





 何が一瞬だったのかというと、

――ゆ、幽々子様ぁ!?

 主がそこに立っていた為に、剣を止めるのが一瞬であった。

――あら。あ、あらあら妖夢。

――なんで、なんでこんなところに、

 こんな姿で居るんですか、と妖夢は尋ねかけた。
 それもそのはず、主は布団を何枚もその体に巻き付けて、まるで巨大な牛か蛞蝓のような格好をしていたのだ。
 しかも頭の三角巾に火の点いたロウソクを二本挟み込んでいる。
 ぴかぴか光っていたのは、これだったようだ。

――い、いやあねえ妖夢。ちょっとお腹が空いたから、お夜食を探しに。

――なんで布団を。

――さ、寒いからに決まってるじゃないの。

――なんでロウソク。

――だ、だって暗いものぉ。足下が見えないと危ないでしょ。

 主はそう呟くと、こそこそと妖夢の横を通り過ぎようとした。

――……もうちょっと、詳しく話を聞かせてもらえませんか?

 妖夢はにっこりと笑いながら、両手の刀をしまおうともせずに主に尋ねた。















 詰まるところ、全ては主の悪戯だった。
 屋敷の書物を整理していたところ、彼女は白玉楼の見取り図が書かれた一冊を見つけた。
 そこに書かれていた文章の中に、例の夜叉物語を見つけたのだそうだ。

――その歌詠み師、どうやら今妖夢が使っている部屋に居たみたいでね。

 暇つぶしに夜な夜な歩いてみました、と主は笑顔で言った。

――そんな……そんなことの為に、

 私は夜な夜な眠れない目に遭ったんでしょうか? とドスの利いた声で妖夢が尋ね返すと、主は哀しそうに首を振る。

――そんなことって。……私は貴方の為を思ってやったのよ。

 へ? と目を丸くする妖夢。
 主はこう続けた。

――貴方に早く一人前になってもらいたいのよ。こんな怪談話に振り回されるようでは、まだまだ修行が足りないわ。私は、いつでも凛としている貴方が見たいの。魂魄を名乗るに恥じないような、立派な剣士になった、貴方をね。

 ふん、と張った胸の奥で、騙し通せるだろうかと主は思った。
 冷や汗を垂らしながら、細めた眼で目の前の庭師を観察する。
 その妖夢が瞳をぷるぷると震わせているのを見て、彼女は、しめた、と思った。

――すいませんでした、幽々子様ぁ! 私は、どうしようも無く未熟でした!

 予想通りというか何というかという言葉の後に、刀を放り出して土下座を始める妖夢。
 主は余裕げな微笑みを取り戻して、

――いいのよ、いいのよ妖夢。今から満漢全席をつくってくれれば別に。

――はい! 至急、至急おつくり致します!

 風のように飛んでいく妖夢を見て、主は胸を撫で下ろした。















 それから三日も経つと、妖夢の寝覚めは限りなくよい物になっていた。
 朝がこれ以上は無いほど素晴らしい物に思えたし、夜が来てもすやすやと眠れるようになった。
 日々の鍛錬にも精が出た。
 料理の腕前も上がった気がする。

 精一杯に励んでくたびれた妖夢は、いつもと同じように布団に潜り込むのだった。
 夜叉などいないのだと思うと、こんなにも澄んだ気持ちで眠れるのかと不思議だった。
 あんどんの灯りを消して、刀を枕元に置く。
 明日もいい日でありますように、と、笑顔で願いながら、妖夢は目を閉じるのだった。































ひたあり、






























 妖夢がその音に気付いて飛び起きたのは、丑三つ時だったろうか。





ひたあり、ひたあり、





 何かが這っていく音が聞こえた。
 夜光に照らされて、巨大な蛞蝓のようなシルエットが再び障子に映った。






ひたあり、ひたあり、

 ずるずる……





 物音と共に、シルエットは去っていった。
 二本角の先に赤い光などは灯っていなかった。
 そこで、妖夢は主との会話を思い出した。

――しかし、ロウソクまで頭に付けるなんて、悪ふざけも過ぎる気がします。

――だって、本当に暗いんだもの。私だって元人間だから、暗いところはよく見えないのよ。だから、幽霊は鬼火と一緒に現れるのよ。

 主はそんなことを言っていた気がする。
 今、這っていった影は夜光に照らされるのみであった。
 赤い光などは何処にも無かった。

 妖夢はよくよく思い出してみた。
 この怪奇が始まった一番最初の日、主の扮しているはずの夜叉は、二本角の先から光など発していただろうか。
 発していなかった。





ひたあり、ひたあり、

 ずるずる……

ひたあり、





 何かが這っていく音が帰ってきた。
 妖夢は凍る脳裏の中で、主との会話を思い出していた。


――その夜叉物語というのはね、十日続いたそうなのよ。

――十日、ですか。

――そう。十日目の朝、歌詠み師は屋敷の者にその恐ろしい話をしたの。そして、助けてくれ! ってみんなに頼み込んだの。でも、誰もすぐには信じなかったみたい。

――……信じなかったみたい、って、その後で、そんな夢みたいな話を、誰か信じたんですか?

――ええ、信じたみたいよ。文章では、十一日目の朝に、その歌詠み師が腹をかっさばかれた姿で見つかったらしいから。





ひたあり、ひたあり、

 ずるずる……

ひたあり、ひた





 廊下を這う音がぴたりと止まった。
 障子に、二本の角が生えた何かのシルエットが映っている。









 
長編書いてたりしますが、なかなか完結しません。
もっと文章力が欲しいと思うのでありました。(ついでに持続力も)。

※ コメント欄の方へ。caved!!!!って言われたらそうとしか見えなくなったじゃないですか(笑)。
あおのそら
コメント



1.猫の転がる頃に削除
……東南西北中央不敗マスターケイ(CAVED!)
2.徹り縋り削除
つまりcaved!!!!かw
3.TNK.DS削除
こ、これはおっとろしいホラーですね・・・
でも、ちょっと想像を膨らませせばcaved!!!!これで安心して眠れる!(意訳:これが無ければ怖くて寝れなかったと思います。)
4.赤灯篭削除
オチはこの手の定型ですが、行間のあけ方がうまく、思わず惹きこまれました。
でもやっぱりcaved!!!!に思えるんですよねえ。あれ。
5.名無し妖怪削除
あんたが牛のような二本角なんて書くからぁぁぁぁ!!
いやまあ、caved!!!!抜きにして考えれば良いホラーだとおもいます。
6.名など捨てた削除
もうあの方しか見えてこないw
7.名乗る名など無いw削除
大変良いcaved!!!!でした。
本当にありがとうございました。
8.CACAO100%削除
成る程!そういう意味だったんですn(CAVED!!!!
9.削除
いやもう怖すぎてCaved!!!!しか想像したくない。マジで。
10.翔菜削除
OK序盤で素でcaved!!!!だと思ってたw

しかし怖かったよこれ!

怖かったからcaved!!!!って事で片付けていいよね(ぁ
11.名無し妖怪削除
caved!!!!もそうですが、ひたあり、が
ひあたり、に見えた私は色々台無し
12.名無し妖怪削除
赤狐緑狸、赤狐緑狸
明日遠足、四捨五入!・・・ってコラwww
つーかもうコメ欄のせいでcaved!!!!にしか見えないじゃないですか・・・
13.名前が無い程度の能力削除
先生、冥界で何してはるんですk(caved!!!!
                                     ひたあり
14.名前が無い程度の能力削除
角は二本……ちょうどいい……