ストーリー
昔々、あるところに腕の良い人形師がいました。
人形師にはかわいい娘が一人います。
人形師はかわいい一人娘にたくさんの人形を与えとてもかわいがりました。
あるとき、一人娘ははやり病にかかります。
激しい高熱に三日三晩襲われた末に、一人娘は死んでしまいました。
人形師は嘆き悲しみました。
人形師はどうにか一人娘の面影をこの世にとどめようと、娘の人形を作ります。
顔も髪も、体も、娘のものを使って・・・
己の技量すべてをつぎ込み、ひとつの形にしました。
人形師は余りの出来栄えに、小躍りしていました。
「娘がよみがえった」と、
しかし、他の人々からは、狂っているようにしか見えません。
「あの男は悪魔に違いない」人々は口々にそううわさしました。
男は迫害を受けます。仕事も来なくなりました。
人形師は失意の内に亡くなりました。
そうして、人形もいつの間にか、消えて無くなっていたのです。
・・・・
幻想郷、結界ができてから大分経つ。
女性が一人、花畑を歩いている。
花畑といっても、彼岸花が群生している。ここは、幻想大結界の境目。
非常に危険な場所だった。
結界の境目では、時折、結界がゆがむ現象が起こる。
外の世界とつながり、別世界へ放り込まれる可能性があった。
本来なら、立ち入るべきでない場所なのだが、その女性はまったく気にも留めていない。
結界の境目に流れ着いたものを嬉々として眺めている。
そうしているうちに、ひとつの人形に目が留まった。
人形を覗き込んでみる。
人と見紛うばかりの出来栄えに目を奪われてしまった。
じっくり眺めてみる。
髪、瞳、手、足、どこをとってみても、人間そのものだ。
「これは本当に人形だろうか?」女性はそう思った。
しばらく考えた後、にんまりと笑うと、人形を背負い立ち去った。
「霖之助さん、ひとつ注文があるのだけど・・・」
香霖堂において、風見幽香が店主に仕事を依頼する。
道具屋の主人、森近霖之助はアイテムの鑑定を行わせたら右に出るものはいない。
なんと、初めて手にしたものでも道具の用途と名前がわかるのである。
・・・使用方法がわからないのが玉に瑕であったが、
しかし、こんな拾い物をしたときにはすこぶる役に立つ。
手がかりがないよりはましなのだ。
「死体を持ってこられてもね・・・」
店主はそう答えた。
幽香が手にしているものは女の子の死体だ。見た目でわかる。
目はさっきから開いたまま、肌も限りなく白い。
何より、片手でぶら下げられたまま、まるで反応がない。
普通なら、余りの痛さに泣いているところだ。
「そういわないで、見てもらえないかしら?」
そういって、風見幽香が笑う。
小ばかにしたような顔であるが、
断ったら後が怖い。
風見幽香の実力はそこらの妖怪をはるかに凌ぐ。
あがらう意味がない。
逆らうだけ無駄なのだ。
店主はため息をついて、風見幽香から女の子の死体を受け取る。
・・・おや? 見た目とだいぶ違うようだ。
店主が目を丸くしているのを確認すると、
風見幽香の笑みがますます強くなった。
「もう、結構よ」
風見幽香が目的を果たしたといわんばかりに死体を取り上げる。
「・・・もう少し詳しく見てみたいのだが・・・」
店主は口惜しそうにしている。
風見幽香はそれを見て、目的を達したことを確認した。
「だめよ、これは私の物だもの」
幽香は嬉々として笑っている。
「で? 名前と用途は?」
「・・・その前に、鑑定料をいただけるかな?」
意外にこの店主は抜け目がない。
ここから先は商売だ。
余りにただ働きが過ぎると付け込まれてしまう。
店主は得意の営業スマイルで風見幽香を迎え撃った。
一方で、幽香は口に人差し指を当てて考えている。
口がにんまりとゆがんで結論を出した。
「・・・仕方ないか・・・
特別サービスよ、私が直々に体にピアス穴をつけてあげる。
体のどこでも、大きさも自由自在よ。」
「・・・できれば現金がいいのだが・・・」
店主は顔を伏せ、ため息をついた。
風見幽香に現金を要求・・・無意味だったか・・・。
店は傾く一方だ。
さまざまな客は来るが、現金など支払われたのはわずかな回数だ。
頭をかきながら、幽香を見上げると、思いのほか顔が近くにある。
右手で顔を手繰り寄せられてしまった。
きつい笑顔がそばにある。
ぐずぐずしていると、強制的に支払われてしまう。
「おおっと、待ってもらえないか?」
「何を? 私は早くこの道具の名前と使い方を知りたいの。
大丈夫、一瞬よ」
その一瞬で、店主は掻き消えるだろう。
店主は慌てて道具の名前と用途を叫んだ。
「・・・まったく、レディの耳元で大声なんてはしたないわね」
「・・・身の安全を優先しただけだよ。わかってもらえないかな?」
「それなら、早く言えばいいのに・・・」
「こちらも商売なんだよ。最近売り上げが落ちていてね。」
いすに座りなおしながら、霖之助は営業スマイルを向ける。
見上げた先には幽香はもういなかった。
また、ただ働きか・・・。正直、痛手だ。
この後も風見幽香にはただでこき使われるだろう。
まったく自分勝手な客だ。
そう思いながらカウンターに目をやると
金貨が一枚乗っているのが確認できた。
・・・
「ふぅん、これやっぱり、人形なのね・・・」
風見幽香は自分の手に入れた人形を手に、あれこれ思案している。
どうやって遊べば、最もこのおもちゃを使いつぶすことができるかをだ。
人里にほうり捨ててみるか?・・・きっと大騒ぎになるだろう
湖に捨てて、助けに来た人間を観察してみようか?
・・・必死に助けた挙句に人形、なかなかの徒労感だ面白い顔が見れるだろう。
茨と毒草を敷き詰めた野原にぽつんとおいてみようか?
きっと多くの人間が,この人形に誘われて,痛い目見るに違いない。
・・・これだ。
ちょっとした小細工も施して,私の好きな毒草を敷き詰めて,
絶対に人形にたどり着けないように,そして,入ったら抜け出せないように・・・。
単純にほうり捨てて,人間を観察するより楽しめる。
・・・これをやらない手はない。
風見幽香は考えがまとまると,人形に目を落とす。
そういえば,この人形は服がぼろぼろだ。
この作戦は見た目が大事である。
ちょうどよい職人が魔法の森に住んでいることを思い出した。
「げっ,ゆ,幽香」
開口一番,とんでもない言葉を聴いた気がする。
幽香は至極丁寧にアリス邸に訪れたのだが・・・
こんな対応をされるとむっとくる。
相手は幽香の顔を見てあわてて,口をふさいだが,遅い。
すでに,幽香はアリスの肩に手を添えている。
やさしく,ひとさし指でアリスの頚動脈をなでながら,
猫なで声を出す。
「アリスちゃん,もう一度言ってくれる?
お姉さん,ちょっと若い娘の挨拶知らなくって・・・」
「ど,どうも,いらっしゃいませ,風見幽香さん」
「・・・さっきと違うわね・・・」
幼いアリスの顔が凍りつく。
このままからかうのは面白そうだが,本来の目的を忘れてしまう。
先に用件を片付けるべきだ。
「まあ,いいわ。気にしないであげる。」
アリスは完全に警戒した顔で,ぎこちない笑顔をくれた。
「・・・なんか頭にくるわね。その笑顔」
「そっ,そんなことより,今日は何の用?・・・じゃない,用でしょうか?」
こんなよそよそしい態度は逆に頭にくるのだが,
今日の目的はいじめではない。
幽香は人形を差し出すと,この人形に似合う衣装を要求した。
アリスが驚愕している。
「・・・幽香・・さん,・・・これ,・・殺っちゃったの?」
「あなたでも,見間違えるのね? これ。
大丈夫,人形よ。
これでも霖之助さんに確認したわ。
彼の能力が反応したから,間違いなく道具よ。死体じゃないわ。」
「うそ! だってこれ,ほとんど人間のパーツが使われて・・・
単純に防腐処理しただけの死体じゃない!」
「そう,見た目はね,私も最初はだまされたわ。逆転の発想よ
人に似せて作られたものを人形という。
でも,材料に人間を使ってはいけないなんて項目はないわ。
あなたも人形師でしょ,完璧な人形を作りたんじゃないの?」
「私はこんな趣味の悪い人形なんて作らないよ! 頼まれたって願い下げ!」
「あら,そう? 私はこの人形に作り手の執念を感じるけどね?
より完全に,精巧に,人形の限界を超えようとして・・・まあ,人間の倫理の一線は軽く越えたかもね
チャレンジ精神はたいしたものだわ。そして出来上がったこの人形もね」
「・・・こんなの普通じゃない! やっちゃいけないことが
この人形の主にはわからなかったんだよ!」
「ふーん,私は目的のために手段を選ばなかっただけだと思うけどね。」
「そんなことをするのはだめだもん。母さまだってそういってたもん。」
「ふふん,いけないことね。あなたも魔女の端くれのはずなのに人間みたいなことを言うのね?
私からすれば,そんな線引きなんて無意味なのに・・・
まあ,いいわ,服はいつごろできそうかしら?」
「本当にこんな人形を使うの?」
「ええ,もちろん」
「呪われちゃうよ?」
風見幽香はそこで盛大に噴き出した。
まったく,何を言い出すかと思えば,呪われるだって?
いや,この人形に取り付く度胸があるならぜひお願いしたいくらいである。
ひとしきり笑った後でようやくアリスが気にしていたことが理解できた。
この幼いアリスと私は決定的に違う。
アリスが言っているやっちゃいけないことというのは,身にあまる反撃を受けるということだ。
結局のところ仕返しが怖いということか。
人間対人間などといった。等価な関係で,この人形を使ったら,それこそ呪われるだろう。
この人形になった元も人間なら,操るものも人間,ほとんど等価だ。
取り付かれたら,引きずり込まれるだろう。
しかし,風見幽香は妖怪,それも幻想郷きっての最強クラスだ,
同格の相手なんてどこにいるのか,生涯でみても今までで5人に満たない。
この人形がもし,私を呪うほどの度胸を持っているなら逆に楽しみだ。
「別にいいわよ。それよりさっさと仕事に取り掛かりなさいな。
明日取りに来るから。」
「あ,明日なんて無理! 絶対無理!
私が,初めて人形作ったときすっごい時間がかかった・・・」
最後までいえない,幽香が人差し指で,口を押さえてくる。
「最短でいつ?」
指が口から外れる。幽香の目が笑っている。
からかっているのだ。
「1週間ぐらい・・」
上目遣いでアリスが答える。
「ああそう,じゃ5日でお願いね?」
悪魔的な笑顔で幽香が命令してきた。
アリスが反論を言いかけるが,また指で口を押さえる。
今度は先ほどとは違う。
指先ひとつでアリスに尻餅をつかせると,
あっけにとられたアリスと人形を置いて幽香は立ち去ってしまった。
・・・
5日後,幽香は無名の丘に人形を置き去りにした。
周りにすずらんを敷き詰めて・・・。
1週間で面白いように人間が引っ掛かった。
最初は昔をしのんできた老人,
帰ってこない老人を探しにきた青年
青年の許婚,家族,親族・・・
そして,とうとう博麗の巫女が来てしまった。
遊びは終わりである。
風見幽香はたっぷりと巫女と遊ぶと,適当なところで
捕らえた人間を解放し,姿を消した。
無名の丘は巫女と幽香の戦いに巻き込まれ荒地と化した。
人形も戦いの巻き添えを食い,吹き飛ばされた先ですずらんの中に無造作に放置された。
幽香はそのまま人形のことを忘れた。
風見幽香は楽しめれば何でもよかったのである。
巫女との戦いに酔いしれて,あたり一面を蹂躙し,人間をもてあそんだ。
たった一夜のために,大掛かりな仕掛けを施し,そして遊びつくした。
もう,用済みだ。
人形はただ,すずらんに埋もれて空を見上げるだけになった。
そうしてたずねる者も無く,十数年が経過した。
長い年月の中で,すずらんから染み出た毒が人形を侵した。
人形に入った毒が,人形の体を動かす。
強心作用を持つすずらんの毒が心臓を動かす。
心臓が動けば,他の筋肉も動き始める。
浅い呼吸が,深く長くなってゆく。
吸い込んだ呼気が意識を覚ましていく。
人形になっていた少女が目を覚ます。
しかし,全く以前のことが思い出せない。
断片的に今までのことが思い出された。
暖かい手に抱かれて幸せだったこと,
とても苦しかったこと,
目の前で男の大人が泣いていたこと,
自分の手を伸ばしたいのに手が動かなかったこと,
金髪の子供に服を作ってもらったこと,
緑色の髪の女の人に抱きしめられて空を飛んだこと,
きらめく星屑に吹き飛ばされたこと,
そんなことが少しずつ思い出されていく。
とても・・楽しかった。
また,星屑が見たかった。
空を泳いでみたかった。
きれいな服が着てみたい。
泣いていたあの人にもう一度会いたい。
そして,強く抱きしめてほしかった。
そうして,ようやく,自分が一人ぼっちであることに気がついた。
絶対,私をやさしく強く抱きしめてくれた人がいたはず,なぜ私だけなのだろう?
必死にもがいて起き上がった。
長い年月をかけて,多くの毒が体に入った。
大量の毒が体の中に詰まっている。
しかし自分自身では気づきようもない。
動くたびに毒がもれるが,とどめることがまだできない。
こぼれる毒にすら気づかず,少女は立ち上がった。
「こっ ち か ナ・・・」
薄い記憶を頼りに,風見幽香がたった一回,
少女を連れてこの場所に飛んできたときの感覚を信じ,
人里を目指して歩いていく。
・・・
太陽の畑で昼寝をしている幽香を紫がたたき起こした。
「ずいぶん余裕ね,何をのんきに寝てるのよ!」
「いったぁ~,・・・すっごい,むかつくんだけど,何の用事よ。
返答しだいじゃ,ただじゃおかない・・・」
「それはこっちの台詞。あなたまさか,幻想郷のルール忘れたわけじゃないでしょうね?」
「あ~? スペルカードルールだっけ? まだ忘れてないわよ」
「違うわ,人間の里のことよ!」
「?? まだ何もしてないけど?」
「白々しい,あんたに関わりある妖怪が人里で大騒ぎを起こしてるのよ!」
「はあ!? エリー,くるみが? まさか!」
「ぜんぜん違うわ!人形よ,人形! 今,藍が足止めしているけど,
とんでもない勢いで,毒をまいているから思うように近づけないのよ!
それに,藍がね,人形からあんたのにおいがするって言うから,吹き飛ばせなかったのよ!」
風見幽香は幻想郷でも屈指の実力者である。
幽香の持ち物を不用意に傷つけたら身の安全など無い。
さしもの八雲紫でも,いきなり手を出すわけにはいかなかった。
紫は丁寧にも幽香に断りを入れてきたのである。
「いい? もう吹き飛ばすからね? 確認したからね?」
紫が珍しくあせっている。
幽香はすっかり忘れているが,人形というのが引っかかった。
「連れて行きなさい。もしかしたら・・・」
「何でもいいから,早くどうにかしてよ!」
八雲紫がその能力で人里まで空間を直接つなげる。
幽香はそのつながりに飛び込んで,相手を確認した。
記憶の底から,その対象を呼び起こす。
かつて自分が使い捨てた道具の名前をつぶやいた。
「メディスン・・・」
人形が振り向いた。耳ざとく聞きつけて,こちらに向かってくる。
動きがぎこちない,ひざが笑っているのか,筋肉が痙攣しているか,
足を引きずり,上半身の反動で無理やり前進しながら,幽香を目指す。
「ワ たし の 名 まエ 」
「何とかしてよ!」と紫が叫んでいる。
どうしたらいいのだろう?
人形からは毒が吹き出している。動く度にだ。
このままでは人里に大量の毒が流れる。
井戸にでも混ざったら致命傷だ。
本来なら,一も二もなく吹き飛ばしている。
それができないのは,人形が笑いながら近づいてくるからだ。
それも自分がよくやるいたずらな笑い方ではない。
無邪気さが全面に現れている。
・・・敵意,害意がないのだ。
幽香は微動だにできず,つかまってしまった。
「よう や ク 会 エた 」
幽香の頭の中はめまぐるしく動いている。
必死に,十数年前の記憶をあさる。
人形からもれた毒が,幽香を侵食するが,
そんなことは問題ではない。
毒による侵食など,幽香の前では意味をなさない。
しがみつかれた姿勢そのままに必死で思考をめぐらす。
道具の名前は確か,メディスン・メランコリー
用途は・・・・用途は確か・・・確か・・・「愛し,愛されること」
・・・この人形は・・・この人形はそんなことをのぞんでいるのか?
私にとって,とても遠いことを!!
疑いのない瞳で見上げてくる人形が今の幽香にはとても脅威だった。
そんな目で見るな!!
どうしたらいいのか?
敵であるならば,吹き飛ばし,消し炭にする。
でも今回は違う。
疑い知らずの信頼が幽香になだれ込んでくる。
まるで赤ん坊だ。
生粋の妖怪である幽香にはこの攻撃はきつかった。
いままで向けられたことのない信頼にどう立ち向かえばよいかわからない。
幽香はパニックに陥った。
思わず人形を突き飛ばす。
「そ ウ では なク 抱キし めテ 」
珍しく幽香が狼狽している。
それを見て,紫は人形を超一級の危険物と判断したようだ。
藍に全力攻撃の指示を出す。
「藍!!! 跡形もなく,消し去りなさい!!!」
「はっ!! 紫様!!」
迷い無く,八雲藍が攻撃態勢に入る。
人形はまたたきする間に消えてなくなるだろう。
「何を!? 紫ぃ!!!」
あわてて幽香が攻撃の射線に入って,藍の攻撃を受け止めた。
受け止めた腹からは血が染み出ている。
「まかせてよ・・・ちょっと,考え事をしてただけじゃない」
「任せられないわ,あなたにも影響を与えるほどの人形なら
即時粉砕が私の結論よ!! 藍ッ!!,かまわずに始末なさい!!!」
「すべては紫様の命じたままに!!」
今度は幽香の妨害を考慮に入れて攻撃動作に入る。
幽香が激高する。
「任せろといっているのが聞こえないのかッ!!!」
高ぶる感情を,ほとばしる力を一点に集中し,前方に向かって放つ。
人里の中だというのに,大気を貫く衝撃波が家々に襲い掛かる。
藍は迫る光線に対し自分を中心に結界を張ったが,たやすく貫かれた。
人里が衝撃波で目覚める。人形の毒霧を恐れて閉じこもっていた人々があわてて外に飛び出してくる。
多くの人間がこの事件を目の当たりにした。
藍は威力を相殺しようとしたが無意味だった。衝撃波でひびの入った建物があちらこちらに散逸する。
当の藍はさすがに急所ははずしているが,仰向けになって伸びていた。
紫が苦々しく幽香を見ている。
今ので,人里に被害が出たかもしれない。
このまま幽香を暴れさせると,幻想郷そのものの存続が危うい。
「・・・30分だけ時間をやるわ。」
「最初からそうすればいいのよ」
「でも,わかってる? もしミスったら,あなたの命も保障しないわ」
「おお,怖い怖い,嫌われ者はつらいわ~」
幽香は口から血が滴っているが問題にしていない。
こんなことは以前なら日常茶飯事,問題にならないのだ。
人形は人形で,目の前でどれほどのことが起こったのかも理解できていない。
幽香にしがみついてくる。今度は傷口からしみこむ毒が痛い。
「けん カは い け ませ ん 」
かわいいことをいってくれる。
だが,今度は冷静に対応を考えなくてはならない。
そうだ,こいつは目的も用途も持った人形。
目的をかなえてやれば,満足して,おとなしくなる。
ただ抱きしめれば,この人形は満足するだろう,
満足した先は,人形に戻る,そしてその隙に巫女に頼んで,供養すれば片がつく。
手を広げて,抱きしめた。
やさしく,やわらかく。毒など問題にせずに・・・ こんなことは幽香にしかできなかった。
人形から愛,安らぎ,信頼,そういった感情が流れ込んでくる。
そして,静かにそういった感情が抜けていく,鼓動が弱く,小さく,はかなく消えていく。
人形の目的は果たされて,目的を果たした人形はその短い生涯を終える。
「あ り が と う」
突如として,幽香が人形を引き剥がした。
涙が頬を伝っている。
この短時間で,異常に強力な正の感情をぶつけられて,
精神が揺さぶられてしまった。
幽香自身も感情を制御できず昂ぶっている。
強力な負の感情をもつ幽香が正の感情で毒されてしまった。
大昔に閉じ込めて,自分自身ですら忘れていたやさしさや哀れみなどといった感情がこみあがってくる。
このままではだめだ・・・
成仏させて,そのまま,さよならなんてできない。
死なせたくないと,初めて思った。
メディスンは満足だろうが,私がここで終わらせたくない。
けなげに,おぼつかない足取りで,私の元まで歩いてきた。
もう少し,一緒に・・・
たとえどんな結末であっても・・・
「あなたは何の目的でここまで来たの」
風見幽香が問いかける。
「わた シ は 星く ず が ミた い
そラ を と ビた い
人 ニ 会 い タい
抱イて ほ シい
愛 ガ ほ し イ
あ ト すコ し だ け」
人形が答えた。幽香が最初に考えたとおりだ。
もう少しの間,抱きしめてやれば,目的を達し本当に成仏するだろう。
・・・いやだ。幽香の奥底に眠っていた感情が心を支配していた。
死なせない。成仏などさせるものか。
たとえ,いかなる手段を用いたとしても・・・
外道とののしられようと・・・
結果すべてに責任を持つ。
風見幽香が人形のすべてに受けて立つ事を心に決めた。
この人形の寿命を延ばす,無理やりにだ。
この人形はようやく自我に目覚めた,しかし,このままでは半人前だ。
ほんの少しのことで満足し,消えてしまう。
もう一押し,妖怪としての強い感情さえあれば,自我を確立し
他の者に依存しなくてもやっていけるようになる。
強い感情,つまり怨念だ。
どうやれば,怨念を持つかなんて手に取るようにわかる。
問題は怨念の対象のほうだ。この人形の恨みの対象になるのは・・・私しかいない。
紫はだめだ。紫に面と向かって屁理屈でも述べようものなら結界からはじき出される。
人里の人間も当てになどならない。
藍は叩きのめしてしまった。
自分でやるしかない。
自分に怨念を向けさせる。
・・・簡単だ,ぶちのめせばいい。
今向けられている愛情を裏切り,ねじ伏せ,踏みつけてやればいい。
私の得意分野だ。嫌われることは慣れすぎている。
たとえこの人形にどれほど嫌われようと,
このまま送ってしまうよりはるかにましだ。
幽香が涙をぬぐい微笑みを人形に送る。
人形もあわせて幽香に笑顔を返す。
唐突に頭を右手でつかんで持ち上げた。自分の顔の真正面に持ち上げる。
人形は意味がわからず,目を大きく開き,わからないことを訴えた。
「・・・勘違いしているようね
あなたが作られた目的はね・・・
醜く,無様に地べたを這いずり回り,
みんなから馬鹿にされることだわ」
「???」
「わからない?
まあ,あなた程度じゃ当たり前よね。
心優しい私が実演してあげるわ」
突如として,幽香が,人形を殴り飛ばす。
しかし,頭がつかまれてるので,吹き飛ばない。
宙吊りのまま,サンドバックになった。
人形は目を白黒させている。
口からは血を吐き,幽香の顔にかかる。
幽香は笑いながら,ボディブローを立て続けに放つ。
「イタ い!! やメ テ!! なン で!!?」
「なんでって。
すべてあなたを道具として全うさせるためよ?」
「わ タシ は こんナ こ とノ タ・・・」
「うるさい!! だまれ!!!」
幽香が殴っておとなしくさせる。
「そうそう,
ただ,黙って殴られて・・・
死ねばいいのよ」
人形の目が訴えている。
ただ,単に,ひたすらに違うと,目が言っている。
幽香は答えるようににんまり笑うと周りを見るように促した。
「見なさい,里の人間よ。
ほぅら,みんな,あなたが殴られて笑っているでしょう?」
幽香は群がる人間が見えるように高々と人形を持ち上げる。
人間は恐れおののく表情でこちらを見ている。
幽香は舌打ちすると怒鳴った。
「どうした? 笑えよ,人間ども!!!
・・・殺すぞ?」
人里の人間はみな引きつった笑顔を向ける。
メディスンにはそれが幽香によって強制的に笑わされたことがわからない。
自分が殺されることがうれしいのだとしか思えなかった。
「やダ! ヤだ!! ちが ウ!! ち がう!!!」
メディスンが悲鳴を上げる。
「ワたし は た ダ・・・」
「そう,殺されるためだけに生まれた
周りの人間はみなそう思っているわ~
見なさい,あの笑顔を,
・・・幸せでしょう?
ただの道具として使命を全うできるのだから。
ね?」
地べたにたたきつけ,踏みつける。
「し あ わセ じ ゃな い!! 」
人形が必死になっている手足をばたつかせている。
「道具として,使いつぶされて終わる。
幸せでしょ?
大丈夫,あなたの死体は灰にして肥溜めに捨ててあげるわ」
「や だ,やだ ,やだーーー!!!」
足をどけて,わき腹をサッカーボールの用に蹴り上げる。
浮いた人形を利き手で捕まえる。
人形は顔がぐちゃぐちゃになっている。鼻水が,よだれが,涙が
血と一緒になってあごから垂れる。
「うわあ,汚い・・・
不快だわ~
こんな醜い物は燃やすに限るわ~」
「み,醜く したの は・・・」
「そう私よ?
悔しい?
絶望した?
もう二度と拾ってもらえないような面ね~
このまま生きていてもしかないでしょ?
だって,みんなあなたを見たら逃げていくものね~
人に会いたかった? その面でよく言うわ
抱きしめてほしい? もう無理ね・・・だって汚いもの
愛してほしい? 残念ww 消えてなくなっちゃうもの」
「ぜ,全部 あな た が仕向け・・・」
幽香の左手が一閃する。瞬く間にメディスンの四肢が砕けた。
もはやばたつくこともできずに,ただぶら下がっている。
「ばいばい,メディスン,
ああ,そうそう,私の名前は風見幽香,冥土の土産にすると良いわ」
わざとらしく,最後に名乗った。
人形が泣いている。痛みではないだろう。悔し涙だ。
メディスンをつかんだまま,大きく広く,マスタースパークを放つ。
「ゆ,ゆうかーーーー!!!」
輝く光に全身を焼かれながら,名前を叫びながらメディスンは吹きとんだ。
後に残るは風見幽香ただ一人。
しばらく,事の顛末を呆然と見ていた紫が声をかける。
「・・・あんた,正気?」
「正気だけど,なにか?」
「なにかって,白々しい,人形を黒こげにして,吹き飛ばしただけじゃない。
止めを刺していないでしょう!!!」
「それが?」
「私は言ったはずよね? ミスったらただじゃおかないって」
「ミス? それこそ,どこが?
人形は人里遠く吹き飛ばされました。もはや脅威ではありません。
この結果に不満?」
議論の無意味を悟った紫の目の色が変わる。
「・・・反省なさい」
言葉と同時に弾幕結界を発動する。
幽香は極彩色に彩られた光の渦に飲まれていった。
紫はぶつぶつと計算をしている。飛ばされた角度,
速さそれらを総合して落下点を見極める。
誤差はあるが,仕方あるまい。
危険物の息の根を止めねばならない。
幻想郷の安定した存続のために,異物を排除するのだ。
落下点と境界をつなげようとした時,轟音が響いた。
風見幽香が力技で結界を突破したのである。
「待ちなさい紫,あの子のことは私の管轄だわ」
「その格好でよくもいうものね。・・・ずたぼろよ?」
「外見だけだわ,それにね,私も義理堅いから一発目は甘んじて受けたけど
二度目はよけるわよ? それも反撃つきで」
「あら? よけさせると思って?」
「そっちこそ,私をなめているのかしら?」
互いににらみ合う。確かに弾幕結界は突破された。
しかし,紫の力はこんなものでない。
いざとなれば大結界そのもののエネルギーを使って攻撃することが可能だ。
一方で,幽香の力も天井知らずだ。
追い詰められれば,幻想郷そのものを吹き飛ばすことが可能である。
しばし,にらみ合うが,折れたのは紫のほうだ。
幻想郷を優先する。その意識が表に出た。決して幽香を気遣ってのことではない。
「・・・あの人形の全責任を負ってもらうわ,今回の件,
それと,未来で起こるすべての事に対してね」
「当然よ,言いたいことがそれだけならさっさと消えなさい」
珍しく紫が反論・・・口頭での反撃を試みる。
「ずいぶんと気にかけるじゃない?
そんなに心配かしら?」
「・・・別にあなたの知ったことではないでしょう?」
「いいえ,幻想郷の管理者として知る義務と権利があるわ
あなたは幻想郷の存在を左右しかねない
そんなあなたに,影響を及ぼすものは極力排除する
それが私の結論だわ」
「・・・ふん,別にあんなものに影響なんて受けないわよ」
「・・・うそこけ・・・」
「・・・」
「・・・」
人形は黒焦げになって吹き飛んでいった。落下点は無名の丘,すずらんに囲まれて,
次第に力を取り戻すだろう。幽香に対する強い恨みを持って・・・一体の妖怪が完成するはずだ。
しかしそれは,八雲紫が妨害さえしなければの話である。
紫自身が納得しない限り,メディスンは妖怪として自我を確立する前に消えてなくなるだろう。
加えて,実際,幽香自身もかなりの影響を受けた。大量の精神攻撃を受けたせいである。
幽香に影響を及ぼす因子なら,紫は手心を加えないだろう。
それは本音を言ったところで変わるものではない。
果てしなくにらみ合いが続く。
分が悪いのは幽香だ。藍から一撃をもらって,紫の攻撃も耐えた。
おまけに,メディスンからは精神を思わぬ方向に揺さぶられてしまった。
それでも,メディスンのことで譲る気は無かった。
「紫・・・見逃してよ。たった一体じゃない」
「・・・はぁ,天下の風見幽香が堕ちたものね。
じゃあ,あの人形が人里に手を出さない限定付きで,2つ条件があるわ
1つ目,
私がもっとも優先しているのは幻想郷のことよ
今後一切暴れないでくれる? 人里の中で・・・
たとえ,相手が100%悪くてもね」
「・・・わかった」
「・・・ふぅん,そう。
・・・2つ目は,
土下座できる?
今,ここで,私に対して」
「ぐっ,何それ?
・・何でそんなこと」
「人間に対して示しがつかないのよ。
あんたが私の結界を破るわ,式神を打ち倒すわ,
おまけに非戦区域での戦闘なんてね・・・
面目丸つぶれなのよ
・・・それにね,できない程度なら,
あなた自身のプライドを優先する程度なら
人形もその程度のこだわりなのでしょう?
ささっと片付けて終了だわ」
「・・・わかったわよ
ただし,裏切ったら・・・」
「そこはあなたよりもわかっているつもりよ。
私も,藍も人形に手出しはしない・・・
意図的に策略を使ってはめることもね・・・」
幽香は,紫の目を見て裏切る気が無いことを確認すると
すばやく手をつき,頭を地面にこすり付けた。
およそ10秒ほどそのまま土下座を続け,
立ち上がると,紫には目もくれず,太陽の畑に向かって飛んでいった。
「・・・へぇ,幽香のやつ,ここまでするとはね」
「紫様,お怪我はありませんか?」
ようやく藍が起き上がってきた。
この式神は,優秀だが直線的過ぎる。もう少し行動に幅を持たせないといけない。
「平気よ藍,私たちも一度引き上げましょう。
これ以上,人里にいるのは得策ではないわ」
「はっ,仰せのままに」
人々が見つめる中,紫は持ち前の能力で空間をゆがめると,藍を連れてどこかへと消えた。
・・・
無名の丘,傷ついた人形は一人すずらんに埋もれている。
いつの間にか悔し涙は恨み言に変わっていた。
・・・憎い,あの風見幽香が・・・殺して・・・いや,同じ目にあわせる。
ずたぼろにして,地べたをはいずりまわしてやる。
幽香にやさしさを思い出させた人形は幽香から怨念といった負の感情を植えつけられた。
しかし,しばらくは行動すらできない。
体の修復に大量の毒が必要だった。
少なくとも数年はこのままだ。
だが,いずれ・・・
・・・
幽香は時折,エリーやくるみを無名の丘に使いに出した。
人形の観察のためである。
十数年間の観察を続けた
生きていること・・・
手が治ったこと・・・
再び立ち上がったこと・・・
大量の毒を身にまとっていること・・・
次第に頻度が増えていく,人形がより活動的になっているからだ。
数回,人間の里に行くのを二人は止めたらしい。
人形は次第に手に負えなくなってきていると報告を受けた。
それを幽香は笑ってきいていた。
二人と戦ったなら服はぼろぼろだろう。
この数年で捨食の法,捨虫の法を身に付け完全な魔法使いになったアリスに
以前の人形服を頼んで,二人に落し物のフリをして届けさせた。
そして・・・・
幻想郷の花という花が開花するという異変が勃発したのである。
今までの季節による開花とは異なる。大量のすずらんが咲き乱れ,
大量の毒を集めることに成功したメディスンは
今年こそはと,息をまいている。
・・・
大量のすずらんが咲き乱れる。
ここは,無名の丘,風見幽香が傘を差してゆっくり歩いている。
手下の2人から説明を受けて,近くにメディスンが潜伏しているのは知っている。
それで,わざわざ一人のんびり歩いているのである。
「はぁ・・・,おびえて出てこれないのかしら?」
さすがにあれだけぶちのめされたら,誰でもトラウマを持つだろう。
メディスンの気配は近くからするのだが,一向に出てくる気配が無い。
ただ,後ろからついてきているだけだ。
・・・追跡がへたくそすぎる。
相手が,追跡に気付いていることがわかっていない様子だ。
すずらんを押しのける音がが幽香の歩行にあわせて移動しているのである。
こういう場合は,もっと遠くから,追跡すべきである。
・・・それでも,幽香は勘付くが・・・
振り返っても,姿は見えない。が,不自然にすずらんが途切れている場所がある。
加えて,必ず同じ方位,同じ大きさだ。おそらく腹ばいになっているのだろう。
ほふく前進しているわけだ。姿は消せても,すずらんの群生の中では音が消えていない。
「・・・隙を作るか・・・」
幽香はつぶやくと,目の前のすずらんに目を落とすと,しゃがみこんだ。
メディスンの目にはそれが好機に映った。
立った状態としゃがみこんだ状態では迎撃のしやすさが異なる。
うつ伏せから全身を跳ね上げ,駆け出す。
相手は反応していない。ますますチャンスだ。
全力で加速を行う。毒を纏う。相手がようやく反応した。
振り向くその顔にこぶしを叩き込んだ。
幽香は衝撃を受けて思いっきりのけぞる。
立て続けに毒霧と弾幕が襲い掛かった。
全弾直撃・・・
反撃ひとつなく,仰向けに倒れた。
「ゆううかぁああっ!!!」
メディスンは攻撃の手を休めない。
さらに巨大な毒霧を作ると幽香に頭から浴びせた。
そして,顔面を踏みつける。
「死ねっ!! 死んでしまえ!!
つらかったぞ!!!
痛かったんだ!!!
お前にも,同じ苦しみを味あわせてやる!!!」
メディスンは叫ぶなり,幽香のみぞおちを踏みつけた。
そんな程度ではとまらない。
幽香の顔面をつかむとそのまま弾幕を放った。
ゼロ距離射程,全弾直撃,それも顔面である。
そのまま,頭を地面に打ち据えた。
先制攻撃をして,そのまま押し切った。
幽香は反応が鈍いどころか,反応していない。
木偶のようにされるがままになっていた。
そのまま,仰向けになって動かない。
メディスンは大量の毒を一気に使って肩で息をしている。
「はぁっ,はぁ,・・ぜっ,・はっ
思い知ったか!」
それでも幽香は動かなかった。
メディスンは相手の反応が無いことに逆に戸惑った。
幽香のことを観察してみる。
苦しそうに目を閉じたまま,浅い呼吸を繰り返している。
そんな様子を見て戸惑いが消える。口角が上がっていく。
・・・勝った。自業自得だ。
私をこんな目に合わせるからだ。ざまあみろ!
・・・止めを刺してやる!
メディスンは手に毒霧を集める。今度のものはすずらんから抽出したものではない。
毒蛇や蛾,さまざま生き物から集めた。メディスンの「とっておき」だ。
しかも,毒霧をさらに凝集し巨大な球体になるまで密度を上げる。
それを躊躇無く幽香に向けて放った。
幽香は毒液のプールの中で一度痙攣を起こすと地面を腐らすほどの液体の中に沈んでいく。
あっけなく,そのまま幽香は底なし沼にはまった犠牲者のごとく,腐る大地と毒液のプールの中に消えていった。
メディスンが狂ったような高笑いをした。
「ざまあみろ!!! あーはっはっはっ!!!」
一人で笑い続ける。
どのくらい笑っていただろうか。
「はははは・・・・」
ようやく気がつく。独りぼっちになったことに。
メディスンは考え始めた。
次・・・,次は何をしたらいいのだろう?
復讐に取り付かれ,幽香への妄執だけで生きてきた。
その目的がなくなってしまった。
することが何も無い。
何のために生きていけばいいのか?
もう,元の人形には戻れない。
必死に考えた。
私は何がしたいのだろう?
いまさら,人に会いたいとは思わない。
人里の連中はみな,私をぼろぼろにするのがうれしそうだった。
人間など,もはや見たくも無かった。
人間は道具を道具として使いきり,見向きもしない。
そんな連中に愛してほしいとはいまさら思わない。
思いたくも無い。
今思い返してみても悔しい。
あいつらただ笑って私を見るだけだ。
痛かったのに,
苦しかったのに,
助けを求めていたのに,
ずたぼろの私の様をみて,笑っていやがった。
悔し涙と怒りがこみ上げてくる。
あいつらただじゃおかない・・・
・・・そうだ,次の目的は人里だ。私を笑ったあの連中をぼろぼろにしてやる。
そうして,今度は私が笑い返してやるのだ。
人形(私)をただの道具として単に使いつぶす。
そんな連中はこの世から消してやる。
メディスンの口元がいやらしくゆがむ。
目的を見つけたメディスンは再び高笑いを始めた。
「待っていろ! 人間共!
人形の! 人形による! 人形のための世界を作るために!
人形解放戦線の始まりだ!!!」
「ああ・・元気そうで何より・・・」
高らかに次の目標を叫んだ直後,背後から声が聞こえた。
忘れもしない。この声の主は・・・
大慌てで振り向いた。全身を使って距離をとる。
風見幽香だ。
信じられない。
無傷だ。
もてる限りの力で弾幕と毒をぶちかましたのに・・・!
こちらを見て,笑っている。
「ほんと,元気で安心したわ」
「ゆ,幽香。死んだはずじゃ・・・」
「ぶっ,マジで? どこで私が死んだのかしら?」
「お前,さっき,ここで毒沼に沈んでいっただろ!!」
メディスンはほんの十数分前に作った毒沼を指差そうとする。
どこにも無い。
干上がった後が残っているだけだ。
「ああ,あれ,演技うまかったでしょ?
ころっと だまされたでしょ?
私もなかなか,役者よね~」
メディスンは震えている。
自分の相手がここまで規格外の化け物だとは知らなかったようだ。
「ゆ,幽香,私をどうするつもり?」
「もちろん攻撃するつもりよ?
これに耐えられたら本物だわ~」
メディスンの体が幽香の言葉に反応する。
逃げようと幽香に背を向ける。
目の前には幽香がいた。
「遅い,遅い」
幽香が手を伸ばしてくる。
逃げられないと悟ったメディスンは攻撃態勢に入った。
「だから,遅いって」
他愛なくつかまる。
顔を殴ってみたのだが,最初とは違う。
まったく微動だにしない。
逆に手を傷めた。
「ほらほら,無理しないの。」
幽香に抱きかかえられる形で拘束される。
体の毒を噴出させる。
「あー,言い忘れてたけど。その毒,効かないわよ
あなたの毒は大半がすずらんの毒だし・・・ね?」
きつく締め上げられる。
かろうじて呼吸ができる程度だ。
しばらくその状態が続いた。
「ゆ,ゆうか・・・なにを・・・」
「別に? これが攻撃なのだけど・・・?
あなたにやられた精神攻撃を再現してあげるわ。」
そういって,幽香がキスをしてくる。
メディスンは抵抗ができなくなり。
動けなくなった。
あったかい。
やわらかい。
そういえば,一番最初に求めていたものは・・・
これだった気がする。
私が作られた目的・・・
「愛し,愛されること」
愛してくれるなら,愛さなければ・・・
攻撃性が向いたのはあくまで,嘲笑や敵意だ。
馬鹿にするなら容赦はしない。
だけどこれにはどうしたらいいのだろう?
幽香は敵のはずなのに・・・
わけがわからなくなってきた。
軽くパニックに陥る。
自分の存在意義,妖怪としての根幹が揺さぶられる。
私はどうしなくてはいけないのだろう?
人形としての根幹が愛さなければと訴え
妖怪としての本分が攻撃性を表に出す。
「あっ・・・あ, 私は ・・・私は・・・」
幽香が見つめてくる
信頼のまなざし,メディスンにやられた視線だ。
無償のやさしさをこめて見つめてくる。
ただ単に無垢に信頼される。
どんな風に答えたらいいのかわからない。
「や,やめろ そんな目で,見るな!!
見るんじゃない!
見ないで・・・
・・・お願い・・・」
メディスンの中では攻撃性とやさしさが葛藤している。
苦しい,結論が出ない。
幽香を押しのけようと腕に力を入れてみるが・・・
すべてが徒労に終わった。
幽香は見つめるだけだ。
今ここで,してほしいとかこう望んでいるとか言ったら
メディスンはその言葉をそのまま実行するだろう。
それはただの人形だ。
だから何も言わない。
自分自身で自分を選べてこそ,妖怪である。独り立ちできるかは自分次第だ。
そうして,幽香に抱きかかえられたまま,ひとしきり暴れると
精神的に揺さぶられたのと心地よさで疲れて眠ってしまった。
「ん? あら? まさか・・・寝た?」
幽香はまさか寝るとは思ってもいなかった。
どうしたものかと頭をかく。いい案があるわけでもないが,
さすがにそこらにほおり出すわけにもいかない。
結局,メディスンを抱えて,家路に着く。
帰る途中で,エリーが「やっぱり隠し子ですか?」と口を滑らせたので
門に頭からめり込ませた。
寝室でベッドに寝かしつける。
今日はソファーが幽香の寝床だ。
そのまま幽香もソファーに倒れこんで眠ってしまった。
朝,メディスンのほうが早く目覚めた。
これほど,気分良く目覚めたのは初めてだった。
いつもはすずらんが布団だったためである。
周りを見渡せば,幽香がソファーで寝ている。
何を考えているのかまったくわからない。
しばらく見ていてもおきる気配が無い。
メディスンは昨日のことを思い出す。
幽香は精神攻撃といっていたが,とんでもない攻撃だ。
自分自身の存在意義がかかっている。
愛し愛されただの人形として終わるか・・・
憎しみをたぎらせ,ただの妖怪になるのか・・・
メディスンは ただの人形には戻れなかった。
そして,ただの妖怪にもなりたくは無かった。
メディスンはどうしたらいいかがわからない。
結局,人形でもなく妖怪でもないものになりたかった。
それはなんていうものだろうか?
私だって愛がほしい。
でも,人間もこの幽香も憎い。
どちらかを選ばなくてはならないのに,どちらも選べない自分がいる。
割と自分のこれからが決まる大事な判断だった。
幽香が目を開けた。
「おはよう」
「・・・」
「あら,挨拶もなし? 礼儀がなってないわね」
「・・・お前は,敵でも挨拶するのか?」
「あ~? てき? 誰が?」
ぼりぼり頭をかいて,ねむけまなこをこする。
幽香からは敵意そのものを感じない。
「私のこと・・・だけど。」
「あなたがねぇ?
・・・もっと実力をつけてもらわないと,
敵としてすら認識できないわよ
ぶっちゃけ,あなた程度なら,寝込みを襲われても
余裕だわ」
「・・・」
「そうムスっとしないの。
私にとっては大概の相手がそんなモンよ」
「・・・お前は何で,私を殺さなかった?」
「そうねぇ・・・
結論から先に言えば,
暇つぶしね」
「暇つぶし・・・」
メディスンの目に怒りの色がともる。
幽香はそれを見て微笑んでいる。
「そうそう,それ,
私にね,向かってきてくれる奴って滅多にいないのよ。
朝一だけど・・・,
昨日の続きする?
また,抱きしめてあげようか?」
昨日の抱擁を思い出し,メディスンが困惑の色を浮かべて一歩下がった。
「あの攻撃はやめろ・・・
自分自身がわからなくなる」
「ふふ,まあ大丈夫よ,錯乱しても元に戻るわ
今のあなたなら。」
「お前は何がしたいんだ?」
「暇つぶし,それも飛びっきり長いのがいいわね。
・・・そう警戒しなくてもいいわよ。
まー,あなた次第だわ」
「私次第か・・・」
どうしたらいいのだろう?
メディスンには答えがまだ出ていない。
まだ,自我ができて間もない。
人形として愛されることも,
妖怪として恨みを晴らすことも
どちらも大切だった。
「幽香,ひとつ聞いていいか?」
「内容は? 答えるかは内容次第ね」
「聞きたいのは,愛と憎しみ,お前ならどっちを取る?」
「はははは,何それ?
自分で答えがわからないからって,
他人の答えは使えないわよ?」
「幽香,答えろ!!」
「却下,聞くなら別のことにしなさい」
メディスンの眉間が険しくなるが,
幽香にとってはどうでもいい。
メディスンがどれほど暴れようと問題にならない。
メディスンもそれがわかっている。
しぶしぶ,他の質問に変えた。
「・・・じゃあ,お前は私に何を望んでいるんだ?」
「何? 何? そんなこと?
暇つぶしって言ったでしょう?」
「答えてよ!!
丸こげにしたくせに
昨日は抱きしめてやさしく扱う・・・
わけのわからないことをして・・・
こっちは大混乱したんだ。
何で,丸焼きにしたんだ?
そして,何で今になってやさしくしてくれたんだ?
教えてよ!!」
「・・・人に物を頼むときは~♪」
「・・・教えてください・・・」
「あら? 素直ね? う~ん・・・
・・・やだ,自分で考えなさい」
「幽香!!!」
「自分の望む答えじゃないからって怒鳴らないでよ。
あなたは質問して,私はベストの回答をしたわ。
「自分で考えなさい」とね」
「幽香・・・私にはわからないんだ・・・」
「わからない?
別にいいんじゃない?
答えを急ぐ必要があるのかしら?
白紙回答ってね。れっきとした回答なのよ。
・・・悩んだ末にわからないのならね。
自分では解けないことがわかっただけで儲け物よ」
「・・・でも,それがわからないと私は人形か,妖怪か
どちらかがわからない
・・・幽香,私はなにになったんだ?
苦しい・・・いや,気持ち悪い・・・自分が決まらないんだ・・・」
「ぶっ,くくく,いや,かわいいわ~
私,そんなことで悩んだこと無いわ~」
「・・・お前はそうだろう,妖怪としてすでに我を確立しているんだから。
・・・私にはそれが無い・・・」
「あははははは,頭なでてあげようか?
かわいい,かわいいって。
・・・そうにらまないでよ。
じゃあ,ヒントというかサービスをしてあげる。
私はあなたから見て何に見える?」
「お前は,妖怪だ。」
「何の?
何の妖怪だと思う?」
「えっ? 妖怪の・・・何の妖怪だ?
花?
植物?
木か?」
「全部外れよ。
答えはね,私は私という妖怪なのよ」
「・・・何言ってんだ?」
「わからなければ,わからないでいいのよ
つまり,そういうことだわ」
風見幽香はメディスンに,自分の道を自分で決めてほしいと思っている。
しかし,そのための自分という土台をまだ作り終えていないとメディスンは考えていた。
しかし,幽香からすれば,すでに,恨みを晴らしても,愛を受けても,自我を保った状態の
メディスンは一人前の妖怪だった。
もはや人形に戻ることも無い。
後は,自分はこういうものだと自分で理解すればいい。
人形だとか,妖怪だとか,そんなものは関係ない。
愛も憎しみもどちらも捨てられないのなら,
堂々と両方取ればいい。
「これが私のやり方,誰にも文句は言わせない」とか,「私は私だ」とか,
「私はメディスン・メランコリーという妖怪だ」
といった考えができれば完璧だ。
その証拠に「強引にわが道を行く」風見幽香はずっとそうしてきた。
だが,メディスンがこの答えまで到達するには時間がかかるだろう。
自分自身が見えていないのだ。メディスン自身の姿は幽香からは見えるが,
メディスンは自分を見ることはできない。
今は,他人と接し,相手の反応から自分を見ていく経験を重ねるしかない。
どういうときに自分が悲しむのか,うれしいのか。そして,うれしさを重ね上げて自分が何をしたいのか・・・
途中で,どのように成長し,どういった間違いを犯すのか。自分自身を知らねばならない。
風見幽香はそれを楽しみにしていた。
本人は否定するだろうが,
子供を持つ親の境地はこういうものだろう,
どんな風に学び,育っていくのか,今から楽しみで仕方ない。
とても長い暇つぶしができそうである。
「メディスン,名前が長いからメディでいいわね?」
「何をいきなり・・・別にいいけど・・・」
「じゃあメディ,一緒に外でも回りましょうか?」
「・・・なんで?」
「いろいろな人妖を紹介してあげる。
自分のヒントがたくさん手に入るわよ」
「・・・わかった。
・・・でもいいの?
私は,お前を憎んで・・・」
「そして,愛して欲しいとも思っている。
でしょ?」
図星を指されたメディスンの顔が真っ赤になる。
「ああ,本当に自分がわかってなさそうね?
大丈夫よ,大人の意見として
・・・一時休戦でどう?」
「・・・わかった・・・」
誘う幽香の手を取り,メディスンが歩き始める。
長く楽しい暇つぶしができそうだ。
まずは,礼儀と逆らってはいけない者を教えてやろう。
2人は仲良く博麗神社に向けて歩き出した。
お し ま い
昔々、あるところに腕の良い人形師がいました。
人形師にはかわいい娘が一人います。
人形師はかわいい一人娘にたくさんの人形を与えとてもかわいがりました。
あるとき、一人娘ははやり病にかかります。
激しい高熱に三日三晩襲われた末に、一人娘は死んでしまいました。
人形師は嘆き悲しみました。
人形師はどうにか一人娘の面影をこの世にとどめようと、娘の人形を作ります。
顔も髪も、体も、娘のものを使って・・・
己の技量すべてをつぎ込み、ひとつの形にしました。
人形師は余りの出来栄えに、小躍りしていました。
「娘がよみがえった」と、
しかし、他の人々からは、狂っているようにしか見えません。
「あの男は悪魔に違いない」人々は口々にそううわさしました。
男は迫害を受けます。仕事も来なくなりました。
人形師は失意の内に亡くなりました。
そうして、人形もいつの間にか、消えて無くなっていたのです。
・・・・
幻想郷、結界ができてから大分経つ。
女性が一人、花畑を歩いている。
花畑といっても、彼岸花が群生している。ここは、幻想大結界の境目。
非常に危険な場所だった。
結界の境目では、時折、結界がゆがむ現象が起こる。
外の世界とつながり、別世界へ放り込まれる可能性があった。
本来なら、立ち入るべきでない場所なのだが、その女性はまったく気にも留めていない。
結界の境目に流れ着いたものを嬉々として眺めている。
そうしているうちに、ひとつの人形に目が留まった。
人形を覗き込んでみる。
人と見紛うばかりの出来栄えに目を奪われてしまった。
じっくり眺めてみる。
髪、瞳、手、足、どこをとってみても、人間そのものだ。
「これは本当に人形だろうか?」女性はそう思った。
しばらく考えた後、にんまりと笑うと、人形を背負い立ち去った。
「霖之助さん、ひとつ注文があるのだけど・・・」
香霖堂において、風見幽香が店主に仕事を依頼する。
道具屋の主人、森近霖之助はアイテムの鑑定を行わせたら右に出るものはいない。
なんと、初めて手にしたものでも道具の用途と名前がわかるのである。
・・・使用方法がわからないのが玉に瑕であったが、
しかし、こんな拾い物をしたときにはすこぶる役に立つ。
手がかりがないよりはましなのだ。
「死体を持ってこられてもね・・・」
店主はそう答えた。
幽香が手にしているものは女の子の死体だ。見た目でわかる。
目はさっきから開いたまま、肌も限りなく白い。
何より、片手でぶら下げられたまま、まるで反応がない。
普通なら、余りの痛さに泣いているところだ。
「そういわないで、見てもらえないかしら?」
そういって、風見幽香が笑う。
小ばかにしたような顔であるが、
断ったら後が怖い。
風見幽香の実力はそこらの妖怪をはるかに凌ぐ。
あがらう意味がない。
逆らうだけ無駄なのだ。
店主はため息をついて、風見幽香から女の子の死体を受け取る。
・・・おや? 見た目とだいぶ違うようだ。
店主が目を丸くしているのを確認すると、
風見幽香の笑みがますます強くなった。
「もう、結構よ」
風見幽香が目的を果たしたといわんばかりに死体を取り上げる。
「・・・もう少し詳しく見てみたいのだが・・・」
店主は口惜しそうにしている。
風見幽香はそれを見て、目的を達したことを確認した。
「だめよ、これは私の物だもの」
幽香は嬉々として笑っている。
「で? 名前と用途は?」
「・・・その前に、鑑定料をいただけるかな?」
意外にこの店主は抜け目がない。
ここから先は商売だ。
余りにただ働きが過ぎると付け込まれてしまう。
店主は得意の営業スマイルで風見幽香を迎え撃った。
一方で、幽香は口に人差し指を当てて考えている。
口がにんまりとゆがんで結論を出した。
「・・・仕方ないか・・・
特別サービスよ、私が直々に体にピアス穴をつけてあげる。
体のどこでも、大きさも自由自在よ。」
「・・・できれば現金がいいのだが・・・」
店主は顔を伏せ、ため息をついた。
風見幽香に現金を要求・・・無意味だったか・・・。
店は傾く一方だ。
さまざまな客は来るが、現金など支払われたのはわずかな回数だ。
頭をかきながら、幽香を見上げると、思いのほか顔が近くにある。
右手で顔を手繰り寄せられてしまった。
きつい笑顔がそばにある。
ぐずぐずしていると、強制的に支払われてしまう。
「おおっと、待ってもらえないか?」
「何を? 私は早くこの道具の名前と使い方を知りたいの。
大丈夫、一瞬よ」
その一瞬で、店主は掻き消えるだろう。
店主は慌てて道具の名前と用途を叫んだ。
「・・・まったく、レディの耳元で大声なんてはしたないわね」
「・・・身の安全を優先しただけだよ。わかってもらえないかな?」
「それなら、早く言えばいいのに・・・」
「こちらも商売なんだよ。最近売り上げが落ちていてね。」
いすに座りなおしながら、霖之助は営業スマイルを向ける。
見上げた先には幽香はもういなかった。
また、ただ働きか・・・。正直、痛手だ。
この後も風見幽香にはただでこき使われるだろう。
まったく自分勝手な客だ。
そう思いながらカウンターに目をやると
金貨が一枚乗っているのが確認できた。
・・・
「ふぅん、これやっぱり、人形なのね・・・」
風見幽香は自分の手に入れた人形を手に、あれこれ思案している。
どうやって遊べば、最もこのおもちゃを使いつぶすことができるかをだ。
人里にほうり捨ててみるか?・・・きっと大騒ぎになるだろう
湖に捨てて、助けに来た人間を観察してみようか?
・・・必死に助けた挙句に人形、なかなかの徒労感だ面白い顔が見れるだろう。
茨と毒草を敷き詰めた野原にぽつんとおいてみようか?
きっと多くの人間が,この人形に誘われて,痛い目見るに違いない。
・・・これだ。
ちょっとした小細工も施して,私の好きな毒草を敷き詰めて,
絶対に人形にたどり着けないように,そして,入ったら抜け出せないように・・・。
単純にほうり捨てて,人間を観察するより楽しめる。
・・・これをやらない手はない。
風見幽香は考えがまとまると,人形に目を落とす。
そういえば,この人形は服がぼろぼろだ。
この作戦は見た目が大事である。
ちょうどよい職人が魔法の森に住んでいることを思い出した。
「げっ,ゆ,幽香」
開口一番,とんでもない言葉を聴いた気がする。
幽香は至極丁寧にアリス邸に訪れたのだが・・・
こんな対応をされるとむっとくる。
相手は幽香の顔を見てあわてて,口をふさいだが,遅い。
すでに,幽香はアリスの肩に手を添えている。
やさしく,ひとさし指でアリスの頚動脈をなでながら,
猫なで声を出す。
「アリスちゃん,もう一度言ってくれる?
お姉さん,ちょっと若い娘の挨拶知らなくって・・・」
「ど,どうも,いらっしゃいませ,風見幽香さん」
「・・・さっきと違うわね・・・」
幼いアリスの顔が凍りつく。
このままからかうのは面白そうだが,本来の目的を忘れてしまう。
先に用件を片付けるべきだ。
「まあ,いいわ。気にしないであげる。」
アリスは完全に警戒した顔で,ぎこちない笑顔をくれた。
「・・・なんか頭にくるわね。その笑顔」
「そっ,そんなことより,今日は何の用?・・・じゃない,用でしょうか?」
こんなよそよそしい態度は逆に頭にくるのだが,
今日の目的はいじめではない。
幽香は人形を差し出すと,この人形に似合う衣装を要求した。
アリスが驚愕している。
「・・・幽香・・さん,・・・これ,・・殺っちゃったの?」
「あなたでも,見間違えるのね? これ。
大丈夫,人形よ。
これでも霖之助さんに確認したわ。
彼の能力が反応したから,間違いなく道具よ。死体じゃないわ。」
「うそ! だってこれ,ほとんど人間のパーツが使われて・・・
単純に防腐処理しただけの死体じゃない!」
「そう,見た目はね,私も最初はだまされたわ。逆転の発想よ
人に似せて作られたものを人形という。
でも,材料に人間を使ってはいけないなんて項目はないわ。
あなたも人形師でしょ,完璧な人形を作りたんじゃないの?」
「私はこんな趣味の悪い人形なんて作らないよ! 頼まれたって願い下げ!」
「あら,そう? 私はこの人形に作り手の執念を感じるけどね?
より完全に,精巧に,人形の限界を超えようとして・・・まあ,人間の倫理の一線は軽く越えたかもね
チャレンジ精神はたいしたものだわ。そして出来上がったこの人形もね」
「・・・こんなの普通じゃない! やっちゃいけないことが
この人形の主にはわからなかったんだよ!」
「ふーん,私は目的のために手段を選ばなかっただけだと思うけどね。」
「そんなことをするのはだめだもん。母さまだってそういってたもん。」
「ふふん,いけないことね。あなたも魔女の端くれのはずなのに人間みたいなことを言うのね?
私からすれば,そんな線引きなんて無意味なのに・・・
まあ,いいわ,服はいつごろできそうかしら?」
「本当にこんな人形を使うの?」
「ええ,もちろん」
「呪われちゃうよ?」
風見幽香はそこで盛大に噴き出した。
まったく,何を言い出すかと思えば,呪われるだって?
いや,この人形に取り付く度胸があるならぜひお願いしたいくらいである。
ひとしきり笑った後でようやくアリスが気にしていたことが理解できた。
この幼いアリスと私は決定的に違う。
アリスが言っているやっちゃいけないことというのは,身にあまる反撃を受けるということだ。
結局のところ仕返しが怖いということか。
人間対人間などといった。等価な関係で,この人形を使ったら,それこそ呪われるだろう。
この人形になった元も人間なら,操るものも人間,ほとんど等価だ。
取り付かれたら,引きずり込まれるだろう。
しかし,風見幽香は妖怪,それも幻想郷きっての最強クラスだ,
同格の相手なんてどこにいるのか,生涯でみても今までで5人に満たない。
この人形がもし,私を呪うほどの度胸を持っているなら逆に楽しみだ。
「別にいいわよ。それよりさっさと仕事に取り掛かりなさいな。
明日取りに来るから。」
「あ,明日なんて無理! 絶対無理!
私が,初めて人形作ったときすっごい時間がかかった・・・」
最後までいえない,幽香が人差し指で,口を押さえてくる。
「最短でいつ?」
指が口から外れる。幽香の目が笑っている。
からかっているのだ。
「1週間ぐらい・・」
上目遣いでアリスが答える。
「ああそう,じゃ5日でお願いね?」
悪魔的な笑顔で幽香が命令してきた。
アリスが反論を言いかけるが,また指で口を押さえる。
今度は先ほどとは違う。
指先ひとつでアリスに尻餅をつかせると,
あっけにとられたアリスと人形を置いて幽香は立ち去ってしまった。
・・・
5日後,幽香は無名の丘に人形を置き去りにした。
周りにすずらんを敷き詰めて・・・。
1週間で面白いように人間が引っ掛かった。
最初は昔をしのんできた老人,
帰ってこない老人を探しにきた青年
青年の許婚,家族,親族・・・
そして,とうとう博麗の巫女が来てしまった。
遊びは終わりである。
風見幽香はたっぷりと巫女と遊ぶと,適当なところで
捕らえた人間を解放し,姿を消した。
無名の丘は巫女と幽香の戦いに巻き込まれ荒地と化した。
人形も戦いの巻き添えを食い,吹き飛ばされた先ですずらんの中に無造作に放置された。
幽香はそのまま人形のことを忘れた。
風見幽香は楽しめれば何でもよかったのである。
巫女との戦いに酔いしれて,あたり一面を蹂躙し,人間をもてあそんだ。
たった一夜のために,大掛かりな仕掛けを施し,そして遊びつくした。
もう,用済みだ。
人形はただ,すずらんに埋もれて空を見上げるだけになった。
そうしてたずねる者も無く,十数年が経過した。
長い年月の中で,すずらんから染み出た毒が人形を侵した。
人形に入った毒が,人形の体を動かす。
強心作用を持つすずらんの毒が心臓を動かす。
心臓が動けば,他の筋肉も動き始める。
浅い呼吸が,深く長くなってゆく。
吸い込んだ呼気が意識を覚ましていく。
人形になっていた少女が目を覚ます。
しかし,全く以前のことが思い出せない。
断片的に今までのことが思い出された。
暖かい手に抱かれて幸せだったこと,
とても苦しかったこと,
目の前で男の大人が泣いていたこと,
自分の手を伸ばしたいのに手が動かなかったこと,
金髪の子供に服を作ってもらったこと,
緑色の髪の女の人に抱きしめられて空を飛んだこと,
きらめく星屑に吹き飛ばされたこと,
そんなことが少しずつ思い出されていく。
とても・・楽しかった。
また,星屑が見たかった。
空を泳いでみたかった。
きれいな服が着てみたい。
泣いていたあの人にもう一度会いたい。
そして,強く抱きしめてほしかった。
そうして,ようやく,自分が一人ぼっちであることに気がついた。
絶対,私をやさしく強く抱きしめてくれた人がいたはず,なぜ私だけなのだろう?
必死にもがいて起き上がった。
長い年月をかけて,多くの毒が体に入った。
大量の毒が体の中に詰まっている。
しかし自分自身では気づきようもない。
動くたびに毒がもれるが,とどめることがまだできない。
こぼれる毒にすら気づかず,少女は立ち上がった。
「こっ ち か ナ・・・」
薄い記憶を頼りに,風見幽香がたった一回,
少女を連れてこの場所に飛んできたときの感覚を信じ,
人里を目指して歩いていく。
・・・
太陽の畑で昼寝をしている幽香を紫がたたき起こした。
「ずいぶん余裕ね,何をのんきに寝てるのよ!」
「いったぁ~,・・・すっごい,むかつくんだけど,何の用事よ。
返答しだいじゃ,ただじゃおかない・・・」
「それはこっちの台詞。あなたまさか,幻想郷のルール忘れたわけじゃないでしょうね?」
「あ~? スペルカードルールだっけ? まだ忘れてないわよ」
「違うわ,人間の里のことよ!」
「?? まだ何もしてないけど?」
「白々しい,あんたに関わりある妖怪が人里で大騒ぎを起こしてるのよ!」
「はあ!? エリー,くるみが? まさか!」
「ぜんぜん違うわ!人形よ,人形! 今,藍が足止めしているけど,
とんでもない勢いで,毒をまいているから思うように近づけないのよ!
それに,藍がね,人形からあんたのにおいがするって言うから,吹き飛ばせなかったのよ!」
風見幽香は幻想郷でも屈指の実力者である。
幽香の持ち物を不用意に傷つけたら身の安全など無い。
さしもの八雲紫でも,いきなり手を出すわけにはいかなかった。
紫は丁寧にも幽香に断りを入れてきたのである。
「いい? もう吹き飛ばすからね? 確認したからね?」
紫が珍しくあせっている。
幽香はすっかり忘れているが,人形というのが引っかかった。
「連れて行きなさい。もしかしたら・・・」
「何でもいいから,早くどうにかしてよ!」
八雲紫がその能力で人里まで空間を直接つなげる。
幽香はそのつながりに飛び込んで,相手を確認した。
記憶の底から,その対象を呼び起こす。
かつて自分が使い捨てた道具の名前をつぶやいた。
「メディスン・・・」
人形が振り向いた。耳ざとく聞きつけて,こちらに向かってくる。
動きがぎこちない,ひざが笑っているのか,筋肉が痙攣しているか,
足を引きずり,上半身の反動で無理やり前進しながら,幽香を目指す。
「ワ たし の 名 まエ 」
「何とかしてよ!」と紫が叫んでいる。
どうしたらいいのだろう?
人形からは毒が吹き出している。動く度にだ。
このままでは人里に大量の毒が流れる。
井戸にでも混ざったら致命傷だ。
本来なら,一も二もなく吹き飛ばしている。
それができないのは,人形が笑いながら近づいてくるからだ。
それも自分がよくやるいたずらな笑い方ではない。
無邪気さが全面に現れている。
・・・敵意,害意がないのだ。
幽香は微動だにできず,つかまってしまった。
「よう や ク 会 エた 」
幽香の頭の中はめまぐるしく動いている。
必死に,十数年前の記憶をあさる。
人形からもれた毒が,幽香を侵食するが,
そんなことは問題ではない。
毒による侵食など,幽香の前では意味をなさない。
しがみつかれた姿勢そのままに必死で思考をめぐらす。
道具の名前は確か,メディスン・メランコリー
用途は・・・・用途は確か・・・確か・・・「愛し,愛されること」
・・・この人形は・・・この人形はそんなことをのぞんでいるのか?
私にとって,とても遠いことを!!
疑いのない瞳で見上げてくる人形が今の幽香にはとても脅威だった。
そんな目で見るな!!
どうしたらいいのか?
敵であるならば,吹き飛ばし,消し炭にする。
でも今回は違う。
疑い知らずの信頼が幽香になだれ込んでくる。
まるで赤ん坊だ。
生粋の妖怪である幽香にはこの攻撃はきつかった。
いままで向けられたことのない信頼にどう立ち向かえばよいかわからない。
幽香はパニックに陥った。
思わず人形を突き飛ばす。
「そ ウ では なク 抱キし めテ 」
珍しく幽香が狼狽している。
それを見て,紫は人形を超一級の危険物と判断したようだ。
藍に全力攻撃の指示を出す。
「藍!!! 跡形もなく,消し去りなさい!!!」
「はっ!! 紫様!!」
迷い無く,八雲藍が攻撃態勢に入る。
人形はまたたきする間に消えてなくなるだろう。
「何を!? 紫ぃ!!!」
あわてて幽香が攻撃の射線に入って,藍の攻撃を受け止めた。
受け止めた腹からは血が染み出ている。
「まかせてよ・・・ちょっと,考え事をしてただけじゃない」
「任せられないわ,あなたにも影響を与えるほどの人形なら
即時粉砕が私の結論よ!! 藍ッ!!,かまわずに始末なさい!!!」
「すべては紫様の命じたままに!!」
今度は幽香の妨害を考慮に入れて攻撃動作に入る。
幽香が激高する。
「任せろといっているのが聞こえないのかッ!!!」
高ぶる感情を,ほとばしる力を一点に集中し,前方に向かって放つ。
人里の中だというのに,大気を貫く衝撃波が家々に襲い掛かる。
藍は迫る光線に対し自分を中心に結界を張ったが,たやすく貫かれた。
人里が衝撃波で目覚める。人形の毒霧を恐れて閉じこもっていた人々があわてて外に飛び出してくる。
多くの人間がこの事件を目の当たりにした。
藍は威力を相殺しようとしたが無意味だった。衝撃波でひびの入った建物があちらこちらに散逸する。
当の藍はさすがに急所ははずしているが,仰向けになって伸びていた。
紫が苦々しく幽香を見ている。
今ので,人里に被害が出たかもしれない。
このまま幽香を暴れさせると,幻想郷そのものの存続が危うい。
「・・・30分だけ時間をやるわ。」
「最初からそうすればいいのよ」
「でも,わかってる? もしミスったら,あなたの命も保障しないわ」
「おお,怖い怖い,嫌われ者はつらいわ~」
幽香は口から血が滴っているが問題にしていない。
こんなことは以前なら日常茶飯事,問題にならないのだ。
人形は人形で,目の前でどれほどのことが起こったのかも理解できていない。
幽香にしがみついてくる。今度は傷口からしみこむ毒が痛い。
「けん カは い け ませ ん 」
かわいいことをいってくれる。
だが,今度は冷静に対応を考えなくてはならない。
そうだ,こいつは目的も用途も持った人形。
目的をかなえてやれば,満足して,おとなしくなる。
ただ抱きしめれば,この人形は満足するだろう,
満足した先は,人形に戻る,そしてその隙に巫女に頼んで,供養すれば片がつく。
手を広げて,抱きしめた。
やさしく,やわらかく。毒など問題にせずに・・・ こんなことは幽香にしかできなかった。
人形から愛,安らぎ,信頼,そういった感情が流れ込んでくる。
そして,静かにそういった感情が抜けていく,鼓動が弱く,小さく,はかなく消えていく。
人形の目的は果たされて,目的を果たした人形はその短い生涯を終える。
「あ り が と う」
突如として,幽香が人形を引き剥がした。
涙が頬を伝っている。
この短時間で,異常に強力な正の感情をぶつけられて,
精神が揺さぶられてしまった。
幽香自身も感情を制御できず昂ぶっている。
強力な負の感情をもつ幽香が正の感情で毒されてしまった。
大昔に閉じ込めて,自分自身ですら忘れていたやさしさや哀れみなどといった感情がこみあがってくる。
このままではだめだ・・・
成仏させて,そのまま,さよならなんてできない。
死なせたくないと,初めて思った。
メディスンは満足だろうが,私がここで終わらせたくない。
けなげに,おぼつかない足取りで,私の元まで歩いてきた。
もう少し,一緒に・・・
たとえどんな結末であっても・・・
「あなたは何の目的でここまで来たの」
風見幽香が問いかける。
「わた シ は 星く ず が ミた い
そラ を と ビた い
人 ニ 会 い タい
抱イて ほ シい
愛 ガ ほ し イ
あ ト すコ し だ け」
人形が答えた。幽香が最初に考えたとおりだ。
もう少しの間,抱きしめてやれば,目的を達し本当に成仏するだろう。
・・・いやだ。幽香の奥底に眠っていた感情が心を支配していた。
死なせない。成仏などさせるものか。
たとえ,いかなる手段を用いたとしても・・・
外道とののしられようと・・・
結果すべてに責任を持つ。
風見幽香が人形のすべてに受けて立つ事を心に決めた。
この人形の寿命を延ばす,無理やりにだ。
この人形はようやく自我に目覚めた,しかし,このままでは半人前だ。
ほんの少しのことで満足し,消えてしまう。
もう一押し,妖怪としての強い感情さえあれば,自我を確立し
他の者に依存しなくてもやっていけるようになる。
強い感情,つまり怨念だ。
どうやれば,怨念を持つかなんて手に取るようにわかる。
問題は怨念の対象のほうだ。この人形の恨みの対象になるのは・・・私しかいない。
紫はだめだ。紫に面と向かって屁理屈でも述べようものなら結界からはじき出される。
人里の人間も当てになどならない。
藍は叩きのめしてしまった。
自分でやるしかない。
自分に怨念を向けさせる。
・・・簡単だ,ぶちのめせばいい。
今向けられている愛情を裏切り,ねじ伏せ,踏みつけてやればいい。
私の得意分野だ。嫌われることは慣れすぎている。
たとえこの人形にどれほど嫌われようと,
このまま送ってしまうよりはるかにましだ。
幽香が涙をぬぐい微笑みを人形に送る。
人形もあわせて幽香に笑顔を返す。
唐突に頭を右手でつかんで持ち上げた。自分の顔の真正面に持ち上げる。
人形は意味がわからず,目を大きく開き,わからないことを訴えた。
「・・・勘違いしているようね
あなたが作られた目的はね・・・
醜く,無様に地べたを這いずり回り,
みんなから馬鹿にされることだわ」
「???」
「わからない?
まあ,あなた程度じゃ当たり前よね。
心優しい私が実演してあげるわ」
突如として,幽香が,人形を殴り飛ばす。
しかし,頭がつかまれてるので,吹き飛ばない。
宙吊りのまま,サンドバックになった。
人形は目を白黒させている。
口からは血を吐き,幽香の顔にかかる。
幽香は笑いながら,ボディブローを立て続けに放つ。
「イタ い!! やメ テ!! なン で!!?」
「なんでって。
すべてあなたを道具として全うさせるためよ?」
「わ タシ は こんナ こ とノ タ・・・」
「うるさい!! だまれ!!!」
幽香が殴っておとなしくさせる。
「そうそう,
ただ,黙って殴られて・・・
死ねばいいのよ」
人形の目が訴えている。
ただ,単に,ひたすらに違うと,目が言っている。
幽香は答えるようににんまり笑うと周りを見るように促した。
「見なさい,里の人間よ。
ほぅら,みんな,あなたが殴られて笑っているでしょう?」
幽香は群がる人間が見えるように高々と人形を持ち上げる。
人間は恐れおののく表情でこちらを見ている。
幽香は舌打ちすると怒鳴った。
「どうした? 笑えよ,人間ども!!!
・・・殺すぞ?」
人里の人間はみな引きつった笑顔を向ける。
メディスンにはそれが幽香によって強制的に笑わされたことがわからない。
自分が殺されることがうれしいのだとしか思えなかった。
「やダ! ヤだ!! ちが ウ!! ち がう!!!」
メディスンが悲鳴を上げる。
「ワたし は た ダ・・・」
「そう,殺されるためだけに生まれた
周りの人間はみなそう思っているわ~
見なさい,あの笑顔を,
・・・幸せでしょう?
ただの道具として使命を全うできるのだから。
ね?」
地べたにたたきつけ,踏みつける。
「し あ わセ じ ゃな い!! 」
人形が必死になっている手足をばたつかせている。
「道具として,使いつぶされて終わる。
幸せでしょ?
大丈夫,あなたの死体は灰にして肥溜めに捨ててあげるわ」
「や だ,やだ ,やだーーー!!!」
足をどけて,わき腹をサッカーボールの用に蹴り上げる。
浮いた人形を利き手で捕まえる。
人形は顔がぐちゃぐちゃになっている。鼻水が,よだれが,涙が
血と一緒になってあごから垂れる。
「うわあ,汚い・・・
不快だわ~
こんな醜い物は燃やすに限るわ~」
「み,醜く したの は・・・」
「そう私よ?
悔しい?
絶望した?
もう二度と拾ってもらえないような面ね~
このまま生きていてもしかないでしょ?
だって,みんなあなたを見たら逃げていくものね~
人に会いたかった? その面でよく言うわ
抱きしめてほしい? もう無理ね・・・だって汚いもの
愛してほしい? 残念ww 消えてなくなっちゃうもの」
「ぜ,全部 あな た が仕向け・・・」
幽香の左手が一閃する。瞬く間にメディスンの四肢が砕けた。
もはやばたつくこともできずに,ただぶら下がっている。
「ばいばい,メディスン,
ああ,そうそう,私の名前は風見幽香,冥土の土産にすると良いわ」
わざとらしく,最後に名乗った。
人形が泣いている。痛みではないだろう。悔し涙だ。
メディスンをつかんだまま,大きく広く,マスタースパークを放つ。
「ゆ,ゆうかーーーー!!!」
輝く光に全身を焼かれながら,名前を叫びながらメディスンは吹きとんだ。
後に残るは風見幽香ただ一人。
しばらく,事の顛末を呆然と見ていた紫が声をかける。
「・・・あんた,正気?」
「正気だけど,なにか?」
「なにかって,白々しい,人形を黒こげにして,吹き飛ばしただけじゃない。
止めを刺していないでしょう!!!」
「それが?」
「私は言ったはずよね? ミスったらただじゃおかないって」
「ミス? それこそ,どこが?
人形は人里遠く吹き飛ばされました。もはや脅威ではありません。
この結果に不満?」
議論の無意味を悟った紫の目の色が変わる。
「・・・反省なさい」
言葉と同時に弾幕結界を発動する。
幽香は極彩色に彩られた光の渦に飲まれていった。
紫はぶつぶつと計算をしている。飛ばされた角度,
速さそれらを総合して落下点を見極める。
誤差はあるが,仕方あるまい。
危険物の息の根を止めねばならない。
幻想郷の安定した存続のために,異物を排除するのだ。
落下点と境界をつなげようとした時,轟音が響いた。
風見幽香が力技で結界を突破したのである。
「待ちなさい紫,あの子のことは私の管轄だわ」
「その格好でよくもいうものね。・・・ずたぼろよ?」
「外見だけだわ,それにね,私も義理堅いから一発目は甘んじて受けたけど
二度目はよけるわよ? それも反撃つきで」
「あら? よけさせると思って?」
「そっちこそ,私をなめているのかしら?」
互いににらみ合う。確かに弾幕結界は突破された。
しかし,紫の力はこんなものでない。
いざとなれば大結界そのもののエネルギーを使って攻撃することが可能だ。
一方で,幽香の力も天井知らずだ。
追い詰められれば,幻想郷そのものを吹き飛ばすことが可能である。
しばし,にらみ合うが,折れたのは紫のほうだ。
幻想郷を優先する。その意識が表に出た。決して幽香を気遣ってのことではない。
「・・・あの人形の全責任を負ってもらうわ,今回の件,
それと,未来で起こるすべての事に対してね」
「当然よ,言いたいことがそれだけならさっさと消えなさい」
珍しく紫が反論・・・口頭での反撃を試みる。
「ずいぶんと気にかけるじゃない?
そんなに心配かしら?」
「・・・別にあなたの知ったことではないでしょう?」
「いいえ,幻想郷の管理者として知る義務と権利があるわ
あなたは幻想郷の存在を左右しかねない
そんなあなたに,影響を及ぼすものは極力排除する
それが私の結論だわ」
「・・・ふん,別にあんなものに影響なんて受けないわよ」
「・・・うそこけ・・・」
「・・・」
「・・・」
人形は黒焦げになって吹き飛んでいった。落下点は無名の丘,すずらんに囲まれて,
次第に力を取り戻すだろう。幽香に対する強い恨みを持って・・・一体の妖怪が完成するはずだ。
しかしそれは,八雲紫が妨害さえしなければの話である。
紫自身が納得しない限り,メディスンは妖怪として自我を確立する前に消えてなくなるだろう。
加えて,実際,幽香自身もかなりの影響を受けた。大量の精神攻撃を受けたせいである。
幽香に影響を及ぼす因子なら,紫は手心を加えないだろう。
それは本音を言ったところで変わるものではない。
果てしなくにらみ合いが続く。
分が悪いのは幽香だ。藍から一撃をもらって,紫の攻撃も耐えた。
おまけに,メディスンからは精神を思わぬ方向に揺さぶられてしまった。
それでも,メディスンのことで譲る気は無かった。
「紫・・・見逃してよ。たった一体じゃない」
「・・・はぁ,天下の風見幽香が堕ちたものね。
じゃあ,あの人形が人里に手を出さない限定付きで,2つ条件があるわ
1つ目,
私がもっとも優先しているのは幻想郷のことよ
今後一切暴れないでくれる? 人里の中で・・・
たとえ,相手が100%悪くてもね」
「・・・わかった」
「・・・ふぅん,そう。
・・・2つ目は,
土下座できる?
今,ここで,私に対して」
「ぐっ,何それ?
・・何でそんなこと」
「人間に対して示しがつかないのよ。
あんたが私の結界を破るわ,式神を打ち倒すわ,
おまけに非戦区域での戦闘なんてね・・・
面目丸つぶれなのよ
・・・それにね,できない程度なら,
あなた自身のプライドを優先する程度なら
人形もその程度のこだわりなのでしょう?
ささっと片付けて終了だわ」
「・・・わかったわよ
ただし,裏切ったら・・・」
「そこはあなたよりもわかっているつもりよ。
私も,藍も人形に手出しはしない・・・
意図的に策略を使ってはめることもね・・・」
幽香は,紫の目を見て裏切る気が無いことを確認すると
すばやく手をつき,頭を地面にこすり付けた。
およそ10秒ほどそのまま土下座を続け,
立ち上がると,紫には目もくれず,太陽の畑に向かって飛んでいった。
「・・・へぇ,幽香のやつ,ここまでするとはね」
「紫様,お怪我はありませんか?」
ようやく藍が起き上がってきた。
この式神は,優秀だが直線的過ぎる。もう少し行動に幅を持たせないといけない。
「平気よ藍,私たちも一度引き上げましょう。
これ以上,人里にいるのは得策ではないわ」
「はっ,仰せのままに」
人々が見つめる中,紫は持ち前の能力で空間をゆがめると,藍を連れてどこかへと消えた。
・・・
無名の丘,傷ついた人形は一人すずらんに埋もれている。
いつの間にか悔し涙は恨み言に変わっていた。
・・・憎い,あの風見幽香が・・・殺して・・・いや,同じ目にあわせる。
ずたぼろにして,地べたをはいずりまわしてやる。
幽香にやさしさを思い出させた人形は幽香から怨念といった負の感情を植えつけられた。
しかし,しばらくは行動すらできない。
体の修復に大量の毒が必要だった。
少なくとも数年はこのままだ。
だが,いずれ・・・
・・・
幽香は時折,エリーやくるみを無名の丘に使いに出した。
人形の観察のためである。
十数年間の観察を続けた
生きていること・・・
手が治ったこと・・・
再び立ち上がったこと・・・
大量の毒を身にまとっていること・・・
次第に頻度が増えていく,人形がより活動的になっているからだ。
数回,人間の里に行くのを二人は止めたらしい。
人形は次第に手に負えなくなってきていると報告を受けた。
それを幽香は笑ってきいていた。
二人と戦ったなら服はぼろぼろだろう。
この数年で捨食の法,捨虫の法を身に付け完全な魔法使いになったアリスに
以前の人形服を頼んで,二人に落し物のフリをして届けさせた。
そして・・・・
幻想郷の花という花が開花するという異変が勃発したのである。
今までの季節による開花とは異なる。大量のすずらんが咲き乱れ,
大量の毒を集めることに成功したメディスンは
今年こそはと,息をまいている。
・・・
大量のすずらんが咲き乱れる。
ここは,無名の丘,風見幽香が傘を差してゆっくり歩いている。
手下の2人から説明を受けて,近くにメディスンが潜伏しているのは知っている。
それで,わざわざ一人のんびり歩いているのである。
「はぁ・・・,おびえて出てこれないのかしら?」
さすがにあれだけぶちのめされたら,誰でもトラウマを持つだろう。
メディスンの気配は近くからするのだが,一向に出てくる気配が無い。
ただ,後ろからついてきているだけだ。
・・・追跡がへたくそすぎる。
相手が,追跡に気付いていることがわかっていない様子だ。
すずらんを押しのける音がが幽香の歩行にあわせて移動しているのである。
こういう場合は,もっと遠くから,追跡すべきである。
・・・それでも,幽香は勘付くが・・・
振り返っても,姿は見えない。が,不自然にすずらんが途切れている場所がある。
加えて,必ず同じ方位,同じ大きさだ。おそらく腹ばいになっているのだろう。
ほふく前進しているわけだ。姿は消せても,すずらんの群生の中では音が消えていない。
「・・・隙を作るか・・・」
幽香はつぶやくと,目の前のすずらんに目を落とすと,しゃがみこんだ。
メディスンの目にはそれが好機に映った。
立った状態としゃがみこんだ状態では迎撃のしやすさが異なる。
うつ伏せから全身を跳ね上げ,駆け出す。
相手は反応していない。ますますチャンスだ。
全力で加速を行う。毒を纏う。相手がようやく反応した。
振り向くその顔にこぶしを叩き込んだ。
幽香は衝撃を受けて思いっきりのけぞる。
立て続けに毒霧と弾幕が襲い掛かった。
全弾直撃・・・
反撃ひとつなく,仰向けに倒れた。
「ゆううかぁああっ!!!」
メディスンは攻撃の手を休めない。
さらに巨大な毒霧を作ると幽香に頭から浴びせた。
そして,顔面を踏みつける。
「死ねっ!! 死んでしまえ!!
つらかったぞ!!!
痛かったんだ!!!
お前にも,同じ苦しみを味あわせてやる!!!」
メディスンは叫ぶなり,幽香のみぞおちを踏みつけた。
そんな程度ではとまらない。
幽香の顔面をつかむとそのまま弾幕を放った。
ゼロ距離射程,全弾直撃,それも顔面である。
そのまま,頭を地面に打ち据えた。
先制攻撃をして,そのまま押し切った。
幽香は反応が鈍いどころか,反応していない。
木偶のようにされるがままになっていた。
そのまま,仰向けになって動かない。
メディスンは大量の毒を一気に使って肩で息をしている。
「はぁっ,はぁ,・・ぜっ,・はっ
思い知ったか!」
それでも幽香は動かなかった。
メディスンは相手の反応が無いことに逆に戸惑った。
幽香のことを観察してみる。
苦しそうに目を閉じたまま,浅い呼吸を繰り返している。
そんな様子を見て戸惑いが消える。口角が上がっていく。
・・・勝った。自業自得だ。
私をこんな目に合わせるからだ。ざまあみろ!
・・・止めを刺してやる!
メディスンは手に毒霧を集める。今度のものはすずらんから抽出したものではない。
毒蛇や蛾,さまざま生き物から集めた。メディスンの「とっておき」だ。
しかも,毒霧をさらに凝集し巨大な球体になるまで密度を上げる。
それを躊躇無く幽香に向けて放った。
幽香は毒液のプールの中で一度痙攣を起こすと地面を腐らすほどの液体の中に沈んでいく。
あっけなく,そのまま幽香は底なし沼にはまった犠牲者のごとく,腐る大地と毒液のプールの中に消えていった。
メディスンが狂ったような高笑いをした。
「ざまあみろ!!! あーはっはっはっ!!!」
一人で笑い続ける。
どのくらい笑っていただろうか。
「はははは・・・・」
ようやく気がつく。独りぼっちになったことに。
メディスンは考え始めた。
次・・・,次は何をしたらいいのだろう?
復讐に取り付かれ,幽香への妄執だけで生きてきた。
その目的がなくなってしまった。
することが何も無い。
何のために生きていけばいいのか?
もう,元の人形には戻れない。
必死に考えた。
私は何がしたいのだろう?
いまさら,人に会いたいとは思わない。
人里の連中はみな,私をぼろぼろにするのがうれしそうだった。
人間など,もはや見たくも無かった。
人間は道具を道具として使いきり,見向きもしない。
そんな連中に愛してほしいとはいまさら思わない。
思いたくも無い。
今思い返してみても悔しい。
あいつらただ笑って私を見るだけだ。
痛かったのに,
苦しかったのに,
助けを求めていたのに,
ずたぼろの私の様をみて,笑っていやがった。
悔し涙と怒りがこみ上げてくる。
あいつらただじゃおかない・・・
・・・そうだ,次の目的は人里だ。私を笑ったあの連中をぼろぼろにしてやる。
そうして,今度は私が笑い返してやるのだ。
人形(私)をただの道具として単に使いつぶす。
そんな連中はこの世から消してやる。
メディスンの口元がいやらしくゆがむ。
目的を見つけたメディスンは再び高笑いを始めた。
「待っていろ! 人間共!
人形の! 人形による! 人形のための世界を作るために!
人形解放戦線の始まりだ!!!」
「ああ・・元気そうで何より・・・」
高らかに次の目標を叫んだ直後,背後から声が聞こえた。
忘れもしない。この声の主は・・・
大慌てで振り向いた。全身を使って距離をとる。
風見幽香だ。
信じられない。
無傷だ。
もてる限りの力で弾幕と毒をぶちかましたのに・・・!
こちらを見て,笑っている。
「ほんと,元気で安心したわ」
「ゆ,幽香。死んだはずじゃ・・・」
「ぶっ,マジで? どこで私が死んだのかしら?」
「お前,さっき,ここで毒沼に沈んでいっただろ!!」
メディスンはほんの十数分前に作った毒沼を指差そうとする。
どこにも無い。
干上がった後が残っているだけだ。
「ああ,あれ,演技うまかったでしょ?
ころっと だまされたでしょ?
私もなかなか,役者よね~」
メディスンは震えている。
自分の相手がここまで規格外の化け物だとは知らなかったようだ。
「ゆ,幽香,私をどうするつもり?」
「もちろん攻撃するつもりよ?
これに耐えられたら本物だわ~」
メディスンの体が幽香の言葉に反応する。
逃げようと幽香に背を向ける。
目の前には幽香がいた。
「遅い,遅い」
幽香が手を伸ばしてくる。
逃げられないと悟ったメディスンは攻撃態勢に入った。
「だから,遅いって」
他愛なくつかまる。
顔を殴ってみたのだが,最初とは違う。
まったく微動だにしない。
逆に手を傷めた。
「ほらほら,無理しないの。」
幽香に抱きかかえられる形で拘束される。
体の毒を噴出させる。
「あー,言い忘れてたけど。その毒,効かないわよ
あなたの毒は大半がすずらんの毒だし・・・ね?」
きつく締め上げられる。
かろうじて呼吸ができる程度だ。
しばらくその状態が続いた。
「ゆ,ゆうか・・・なにを・・・」
「別に? これが攻撃なのだけど・・・?
あなたにやられた精神攻撃を再現してあげるわ。」
そういって,幽香がキスをしてくる。
メディスンは抵抗ができなくなり。
動けなくなった。
あったかい。
やわらかい。
そういえば,一番最初に求めていたものは・・・
これだった気がする。
私が作られた目的・・・
「愛し,愛されること」
愛してくれるなら,愛さなければ・・・
攻撃性が向いたのはあくまで,嘲笑や敵意だ。
馬鹿にするなら容赦はしない。
だけどこれにはどうしたらいいのだろう?
幽香は敵のはずなのに・・・
わけがわからなくなってきた。
軽くパニックに陥る。
自分の存在意義,妖怪としての根幹が揺さぶられる。
私はどうしなくてはいけないのだろう?
人形としての根幹が愛さなければと訴え
妖怪としての本分が攻撃性を表に出す。
「あっ・・・あ, 私は ・・・私は・・・」
幽香が見つめてくる
信頼のまなざし,メディスンにやられた視線だ。
無償のやさしさをこめて見つめてくる。
ただ単に無垢に信頼される。
どんな風に答えたらいいのかわからない。
「や,やめろ そんな目で,見るな!!
見るんじゃない!
見ないで・・・
・・・お願い・・・」
メディスンの中では攻撃性とやさしさが葛藤している。
苦しい,結論が出ない。
幽香を押しのけようと腕に力を入れてみるが・・・
すべてが徒労に終わった。
幽香は見つめるだけだ。
今ここで,してほしいとかこう望んでいるとか言ったら
メディスンはその言葉をそのまま実行するだろう。
それはただの人形だ。
だから何も言わない。
自分自身で自分を選べてこそ,妖怪である。独り立ちできるかは自分次第だ。
そうして,幽香に抱きかかえられたまま,ひとしきり暴れると
精神的に揺さぶられたのと心地よさで疲れて眠ってしまった。
「ん? あら? まさか・・・寝た?」
幽香はまさか寝るとは思ってもいなかった。
どうしたものかと頭をかく。いい案があるわけでもないが,
さすがにそこらにほおり出すわけにもいかない。
結局,メディスンを抱えて,家路に着く。
帰る途中で,エリーが「やっぱり隠し子ですか?」と口を滑らせたので
門に頭からめり込ませた。
寝室でベッドに寝かしつける。
今日はソファーが幽香の寝床だ。
そのまま幽香もソファーに倒れこんで眠ってしまった。
朝,メディスンのほうが早く目覚めた。
これほど,気分良く目覚めたのは初めてだった。
いつもはすずらんが布団だったためである。
周りを見渡せば,幽香がソファーで寝ている。
何を考えているのかまったくわからない。
しばらく見ていてもおきる気配が無い。
メディスンは昨日のことを思い出す。
幽香は精神攻撃といっていたが,とんでもない攻撃だ。
自分自身の存在意義がかかっている。
愛し愛されただの人形として終わるか・・・
憎しみをたぎらせ,ただの妖怪になるのか・・・
メディスンは ただの人形には戻れなかった。
そして,ただの妖怪にもなりたくは無かった。
メディスンはどうしたらいいかがわからない。
結局,人形でもなく妖怪でもないものになりたかった。
それはなんていうものだろうか?
私だって愛がほしい。
でも,人間もこの幽香も憎い。
どちらかを選ばなくてはならないのに,どちらも選べない自分がいる。
割と自分のこれからが決まる大事な判断だった。
幽香が目を開けた。
「おはよう」
「・・・」
「あら,挨拶もなし? 礼儀がなってないわね」
「・・・お前は,敵でも挨拶するのか?」
「あ~? てき? 誰が?」
ぼりぼり頭をかいて,ねむけまなこをこする。
幽香からは敵意そのものを感じない。
「私のこと・・・だけど。」
「あなたがねぇ?
・・・もっと実力をつけてもらわないと,
敵としてすら認識できないわよ
ぶっちゃけ,あなた程度なら,寝込みを襲われても
余裕だわ」
「・・・」
「そうムスっとしないの。
私にとっては大概の相手がそんなモンよ」
「・・・お前は何で,私を殺さなかった?」
「そうねぇ・・・
結論から先に言えば,
暇つぶしね」
「暇つぶし・・・」
メディスンの目に怒りの色がともる。
幽香はそれを見て微笑んでいる。
「そうそう,それ,
私にね,向かってきてくれる奴って滅多にいないのよ。
朝一だけど・・・,
昨日の続きする?
また,抱きしめてあげようか?」
昨日の抱擁を思い出し,メディスンが困惑の色を浮かべて一歩下がった。
「あの攻撃はやめろ・・・
自分自身がわからなくなる」
「ふふ,まあ大丈夫よ,錯乱しても元に戻るわ
今のあなたなら。」
「お前は何がしたいんだ?」
「暇つぶし,それも飛びっきり長いのがいいわね。
・・・そう警戒しなくてもいいわよ。
まー,あなた次第だわ」
「私次第か・・・」
どうしたらいいのだろう?
メディスンには答えがまだ出ていない。
まだ,自我ができて間もない。
人形として愛されることも,
妖怪として恨みを晴らすことも
どちらも大切だった。
「幽香,ひとつ聞いていいか?」
「内容は? 答えるかは内容次第ね」
「聞きたいのは,愛と憎しみ,お前ならどっちを取る?」
「はははは,何それ?
自分で答えがわからないからって,
他人の答えは使えないわよ?」
「幽香,答えろ!!」
「却下,聞くなら別のことにしなさい」
メディスンの眉間が険しくなるが,
幽香にとってはどうでもいい。
メディスンがどれほど暴れようと問題にならない。
メディスンもそれがわかっている。
しぶしぶ,他の質問に変えた。
「・・・じゃあ,お前は私に何を望んでいるんだ?」
「何? 何? そんなこと?
暇つぶしって言ったでしょう?」
「答えてよ!!
丸こげにしたくせに
昨日は抱きしめてやさしく扱う・・・
わけのわからないことをして・・・
こっちは大混乱したんだ。
何で,丸焼きにしたんだ?
そして,何で今になってやさしくしてくれたんだ?
教えてよ!!」
「・・・人に物を頼むときは~♪」
「・・・教えてください・・・」
「あら? 素直ね? う~ん・・・
・・・やだ,自分で考えなさい」
「幽香!!!」
「自分の望む答えじゃないからって怒鳴らないでよ。
あなたは質問して,私はベストの回答をしたわ。
「自分で考えなさい」とね」
「幽香・・・私にはわからないんだ・・・」
「わからない?
別にいいんじゃない?
答えを急ぐ必要があるのかしら?
白紙回答ってね。れっきとした回答なのよ。
・・・悩んだ末にわからないのならね。
自分では解けないことがわかっただけで儲け物よ」
「・・・でも,それがわからないと私は人形か,妖怪か
どちらかがわからない
・・・幽香,私はなにになったんだ?
苦しい・・・いや,気持ち悪い・・・自分が決まらないんだ・・・」
「ぶっ,くくく,いや,かわいいわ~
私,そんなことで悩んだこと無いわ~」
「・・・お前はそうだろう,妖怪としてすでに我を確立しているんだから。
・・・私にはそれが無い・・・」
「あははははは,頭なでてあげようか?
かわいい,かわいいって。
・・・そうにらまないでよ。
じゃあ,ヒントというかサービスをしてあげる。
私はあなたから見て何に見える?」
「お前は,妖怪だ。」
「何の?
何の妖怪だと思う?」
「えっ? 妖怪の・・・何の妖怪だ?
花?
植物?
木か?」
「全部外れよ。
答えはね,私は私という妖怪なのよ」
「・・・何言ってんだ?」
「わからなければ,わからないでいいのよ
つまり,そういうことだわ」
風見幽香はメディスンに,自分の道を自分で決めてほしいと思っている。
しかし,そのための自分という土台をまだ作り終えていないとメディスンは考えていた。
しかし,幽香からすれば,すでに,恨みを晴らしても,愛を受けても,自我を保った状態の
メディスンは一人前の妖怪だった。
もはや人形に戻ることも無い。
後は,自分はこういうものだと自分で理解すればいい。
人形だとか,妖怪だとか,そんなものは関係ない。
愛も憎しみもどちらも捨てられないのなら,
堂々と両方取ればいい。
「これが私のやり方,誰にも文句は言わせない」とか,「私は私だ」とか,
「私はメディスン・メランコリーという妖怪だ」
といった考えができれば完璧だ。
その証拠に「強引にわが道を行く」風見幽香はずっとそうしてきた。
だが,メディスンがこの答えまで到達するには時間がかかるだろう。
自分自身が見えていないのだ。メディスン自身の姿は幽香からは見えるが,
メディスンは自分を見ることはできない。
今は,他人と接し,相手の反応から自分を見ていく経験を重ねるしかない。
どういうときに自分が悲しむのか,うれしいのか。そして,うれしさを重ね上げて自分が何をしたいのか・・・
途中で,どのように成長し,どういった間違いを犯すのか。自分自身を知らねばならない。
風見幽香はそれを楽しみにしていた。
本人は否定するだろうが,
子供を持つ親の境地はこういうものだろう,
どんな風に学び,育っていくのか,今から楽しみで仕方ない。
とても長い暇つぶしができそうである。
「メディスン,名前が長いからメディでいいわね?」
「何をいきなり・・・別にいいけど・・・」
「じゃあメディ,一緒に外でも回りましょうか?」
「・・・なんで?」
「いろいろな人妖を紹介してあげる。
自分のヒントがたくさん手に入るわよ」
「・・・わかった。
・・・でもいいの?
私は,お前を憎んで・・・」
「そして,愛して欲しいとも思っている。
でしょ?」
図星を指されたメディスンの顔が真っ赤になる。
「ああ,本当に自分がわかってなさそうね?
大丈夫よ,大人の意見として
・・・一時休戦でどう?」
「・・・わかった・・・」
誘う幽香の手を取り,メディスンが歩き始める。
長く楽しい暇つぶしができそうだ。
まずは,礼儀と逆らってはいけない者を教えてやろう。
2人は仲良く博麗神社に向けて歩き出した。
お し ま い
もっともメディスンにとってみれば、幽香が他のすべてを等しく無視し無価値としていたがために、意味を与えられることができたのですが。
作品も作者の言い訳もゴミクズ以下ですけど、この感想も酔った勢いなんで特に問題ないですよね。
ゆうかりんの嗜虐性とそれに隠れた優しさがよく伝わってきました。ゆうかりん好きの色眼鏡で見て、面白い内容でした。
色眼鏡がなかったら、文字数的には大した長さじゃないのに改行が多くてスクロールは面倒だわ、超展開という名の描写不足だわで、あまり良い感想はありません。
酒に酔うのは幻想郷の華とはいえど、次回はシラフでの投稿を願います。
この評価はちゃんと作品に対してつけたものですので、あしからず。
以前別のところで公開していた作品を創想話に投稿する際は、ある程度の加筆・修正等をお願いしています。
全く同じ物では無く、より良い作品になったと言えるくらいには手を加えて頂けたらと思います。
また1作目への誘導については、明らかに初めから誘導が目的の投稿(本文が3行程度で終わっているなど)で無ければ
それほど厳しくは制限していません。不明な点等あれば、Coolierのメイン掲示板かメールにて御連絡下さい。
、が物語自体は非常に楽しめました。
幽メディちゅっちゅ