「妖怪の鍛えたこの楼観ブレードに、斬れぬ物などあんまりナッスィンッ!」
「これはひどい」
それだけしか言葉が出なかった。
物陰に潜み、庭師の巻き舌を耳にしながら、私こと八雲紫はそれ以上のリアクションを取る事が出来なかったのだ。
我が友人、西行寺幽々子から庭師の言葉遣いがおかしくなったと聞いた時から、ずっと嫌な予感はしていた。
何せ白玉楼の庭師、魂魄妖夢は元から急に辻斬りになったり敬語キャラになったり、何かと周囲の影響を受けやすい少女だ。
今度は一体何の影響を受けたのかと思っていたらご覧のありさまである。
全く、何処のどいつだ戦国BASARAのDVD全巻を彼女に貸し与えたりした八雲紫とか言う美少女妖怪は。
おかげで戦国武将(主に奥州筆頭)の影響を受けて、完全に色々と間違えた言語を身につけてしまっているではないか、あの庭師。
厳格な魂魄家の跡取りとしてどうなのだ、その影響の受けやすさは。
そもそも、まず剣の修行で決め台詞の練習をしている辺り大分駄目だと思う。
現在の魂魄家当主とも言える少女の情けなさに私は頭を抱える。
「フューチャー永劫スラッシュ!」
ひょっとして未来永劫斬だろうか。
そこまでするんだったら、永劫も英語にしろと言いたい所である、『えいご』うだけに。
ともかく、彼女の英語支配はかなり進んでいる様子。
このままでは彼女が「ファントムダイッ!」だの「レッツパーリィ!」だの言い出すのも時間の問題である。
「そうはさせないのが私の役目、か」
先程の幽々子の言葉が私の脳裏に浮かぶ。
余程庭師の事が心配だったのだろう、あの普段はお気楽能天気な彼女が涙まで流しながら訴えかけてきた言葉「助けて、ゆかえもーん!」
あそこまでの悲壮な決意を見せられては、私も親友の為全力を尽くさなければならないと言う物だろう。
元々は私がDVDを貸したのが悲劇の始まり、責任を取る為にも私のやるべき事は一つ。
そう、境界を操る大妖怪と呼ばれた私の誇りに掛けて、彼女の言葉遣いを元に戻してみせる。
―――――対話で。
そうと決まれば話は早い。
私は景気づけにシゲキックスを一つ口に放ると(すごくすっぱい)、物陰から立ち上がり妖夢の背後に繋がるスキマを作り出す。
「神剣『ソード・ザ・楼観剣』!」
「剣被ってるわよ、それ」
「MYON!?」
背後からの突然の声に驚いたのだろう、何となく英語っぽい奇妙な叫びをあげて飛び上がる妖夢。
しかし声の主が私とわかると一転、安心したように大きな溜息を吐いた。
どうやら根底の所ではいつもの妖夢と大差ないようで、私は少しだけ安心した気分になる。
「Oh、ベリーサプライズしましたよ、紫summer」
「紫summer言うな」
「じゃあ八雲パープル様」
「やめて、パープルマジやめて」
前言撤回、何だこのネジが二、三本抜けてそうな妖夢は。
言葉遣いだけでなく、やたらとボディランゲージが大袈裟で馴れ馴れしいんですが、コイツ。
私達の、真面目だけど何処か抜けてて涙目のとても似合う魂魄妖夢を返しなさい。
などと頭の中で奥州筆頭に掴みかかりそうになった所ではっとする。
いかんいかん、責任転嫁をしている場合ではない。
相手の存在を否定してなんとする、大事なのは今の妖夢の存在を認めた上で、どう矯正して行くかと言う事。
持ち前の冷静さを取り戻した私は、余裕の表情を浮かべながら妖夢の方向へと向き直る。
「それで、こんなMYONなプレイスで如何致しました?」
「幽々子から貴女がここで剣の修行をしていると聞いてね。ちょっと見学しに来たのよ」
「Oh...」
何の「Oh」だ今のは。
「Oh! モーレツ!」の「Oh」だろうか(わからない人はお父さんに聞いてみよう)
ともかく、言葉遣いやリアクションはいちいちおかしいが、取り敢えず会話は成立する模様。
気が狂ったとかそういう性質ではなく、単に格好いいものの真似をしたくなるお年頃なのだろう。
それならば、こちらの説得も効果があるというもの、私は心の中で小さくほくそ笑む。
こんなラブリーチャーミーな外見でも私は酸いも甘いも熟知した大妖怪、小娘一人あっという間に説得して見せよう。
長話は機会を逸するだけ、相手の状態も確認できた為、早くも本題に入る事とする。
「コホン、妖夢。何でもおかしな言葉遣いをして幽々子を困らせているらしいわね」
「……パードゥン?」
「うわマジでうぜぇ」
露骨な聞き返し方に、TOEICの面接じゃねーぞと思わず殴りそうになった。
いかん、冷静に冷静に。
「とぼけても無駄よ。それだけの口調の変化に気付かれないとでも思っているのかしら」
「Oh...」
困ったらとりあえず「Oh」が、妖夢の中での英国イメージらしい。
英国紳士なめんな、英国は色々凄いんだぞ……その、ビッグベンとか。
などと私が豊富な英国イメージを頭に浮かべている内に、妖夢は困ったように小さく溜息一つ。
どうやらこちらが口調を直しに来たと言う事には既に勘付いているようだ。
「パープル様には関係の無い事です。ミーの口調がチェンジしたからと言って、何のプロブレムがあると言うのです?」
「パープル様言うな。残念ながら問題大有りよ。貴女のそのおかしな口調のせいで、幽々子が悩んでいるのを知ってるでしょう? それに聞いている方からすると、はっきりいって不快よ、その口調」
「口調くらいミーのリバティーじゃないですか。幻想郷は何でも受け入れるんでしょう」
「その言葉を免罪符にしないで欲しいわね。それなら貴女は、私が語尾に『だみょん☆』とかつけても受け入れられると言うのかしら」
「ドン引きしながら受け入れます」
「だみょん☆」
「Oh...」
本当にドン引きされた、だいぶショックである。
と言うか言わせるな、恥ずかしい。
「ソーリー、私には紫様の言っている事がアンダースタンド出来ません。グッドと思った物を模倣するのは、プログレスにはニードな事でしょう。私はナウまでずっとそうして、グロースし続けてきたのです」
「そうね、確かに貴女は妖忌の剣技を模倣してここまで強くなった。けれどその妖忌は……厳格な貴方の師は、今の貴女の軽薄な態度を決して許しはしないでしょう」
「いえ、マスターは厳格な人装ってましたが、誰もいない時は『アバンストラッシュ』とか『ニーベルン・ヴァレスティ』とか私にプラクティスしてくれました」
「あのクソ爺!」
「マスター・ヨーキって呼ぶと喜んでました。『フォースと共にあらん事を』って」
ジェダイにでもなるつもりなのか、コイツらは。
対妖夢の切り札であった魂魄妖忌がまさかの横文字派、これは流石の私としても予想外の事態である。
妖夢はと言うと、見事なドヤ顔を浮かべながらのコロンビアポーズでひまわりの種をバリボリ、メジャーリーガーかぶれかオイ。
コイツ、妖忌がバックについている事で、すっかり勝ったつもりになっていやがる。
そうは問屋が卸しても、スキマ妖怪が卸さないと言う物だ。
「例え妖忌が認めたとしても、そんなふざけた口調は私が許しません。これは忠告じゃなくて命令よ、妖夢」
「ホワイ!? イングリッシュの響きを知ったら、もうジャパニーズなんて使えませんよ! 『Silent Hill』なんてこんなに格好グッドなのに、和訳すると『静岡』ですよ!?」
「いや、それ色々間違ってるから」
「とにかく、ミーはイングリッシュを使いたいんです!」
「……思春期に横文字を格好言いと思う気持ちはわからないでもないわ。だけどね、妖夢。残念だけど貴女の喋っているそれは英語ではない。今や外の世界で廃れた歴史的価値の一切無い古代語『ルー語』よ」
「何を仰いますか。これぞトレンドの最先端にしてパーフェクトな和洋折衷。紫様風に言うならば『日本語と英語の異文化コミュニケーションやー!』です」
「そんな台詞を言った覚えが無いのですがこれ如何に」
コイツの中で私は一体どんなイメージなのだ。
すぐにでも問いただしたい所だが、今はそんな事で話を逸らしている場合ではない。
小さく咳払いを行うと、ぐだぐだになりつつある場の空気を変えるべく、表情を真剣な物へと一変させる。
「……ともかく、その横文字かぶれを矯正しない限り、貴女を幽々子の側には置いておけないわ」
並の人妖ならば竦み上がるであろう、絶対零度の視線をもって妖夢の瞳を射抜く。
しかし相手も流石は魂魄家の跡取り、私のプレッシャーを軽く受け流しながら、明らかな不満顔で首をすくめて見せる。
「じゃあ何ですかぁー。スペルカードを呪文札とかコールすれば良いんですかぁー?」
殴っちゃ駄目だ殴っちゃ駄目だ殴っちゃ駄目だ殴っちゃ駄目だ。
「レミリアさんとかどうコールすれば良いんですかぁー。『麗魅離亜』とかですかぁー?」
「ドゴォ」
「Ouch!?」
思わず殴った。
咄嗟だった為か、効果音を自分で口にしながら殴った。
渾身の右拳が頬にクリーンヒットした事で、ハリウッドばりのオーバーリアクションで飛んで行く妖夢。
「いたたたた、いきなり何をするんですか!」
「あ、戻った」
「Ouch...いきなりWhatするんですか!」
「言い直さなくていいから」
しかも意味不明である。
「貴女、言葉遣いだけじゃなく性格までおかしくなってるわよ。押しの強さまで欧米人になるつもりなのかしら」
「何を今更。私の性格が変わるのなんて今に始まった事じゃないでしょう」
「自分で言うか」
「ミーの性格がチェンジするのなんてナウにスタートした事じゃナッスィン」
「だから言い直さなくていいから」
取り合えず余裕がなくなると素に戻るらしい。
殴られた頬を抑えながら、妖夢は潤んだ瞳をこちらに向ける。
歯を強く食い縛ったその表情からは反抗的な空気がありありと浮かんでいる。
どうやら、素直に私の言うを聞いてはくれないらしい。
あの従順だった妖夢が何とも嘆かわしい事である。
「その敵意に満ちた目。どうあっても今のにわか英語を直すつもりは無いと言う事かしら」
「ミーはナウの口調にプライドを持っています。例え紫様のオーダーとて、従う事は出来ません」
妖夢の反抗に、私は大きな溜息を吐く。
彼女の瞳に込められているのは強い意志。
私や幽々子の言葉だろうと、自分の決めた道を曲げはしないと言う、妖夢の決意の表れであった。
その熱意をもっと他の所に向けろと言わざるを得ない。
しかし、そうなるとこれ以上命令をした所で暖簾に腕押し。
妖夢は決して私の言う事に従ってはくれないだろう。
ならば、こちらの取るべき道は一つ。
「そう……それならこちらにも考えがあるわ」
「?」
出来れば使いたくは無かった手段だが、この際止むを得まい。
妖夢の口調矯正は親友たっての願いにして、彼女のこれからの成長の為でもある。
ここで傷を負わせようとも、英語に対する憧れを一度完膚なきまでに打ち砕いておく必要があるのだ。
そう、今の口調を守る事が妖夢の意思ならば、こちらにも強い意志がある。
何が何でも、彼女を元に戻すという強い意志が―――――
生半可な小娘とは比べ物にならない程の、賢者のオーラを纏いながら。
大妖怪八雲紫は目の前の魂魄妖夢にむけて、はっきりとその言葉を言い放った。
「魂魄家はこれからエクトプラズム家に改名よ! エクトプラズム妖夢!」
「Oh...」
――――――――――――
「流石紫ね。おかげで妖夢も変な英語を使わなくなったわ」
「ふふん、楽な仕事だったわ。まぁ、これも私の人徳が為せる業と言った所かしら」
あの騒動から数日後。
妖夢の口調を元に戻したお礼と言う事で、私は白玉楼で人気スイーツ店のおはぎをご馳走してもらっていた。
あれだけ抵抗していた妖夢が、こうも簡単に口調を矯正してくれるとは。
さしもの彼女も思春期少女としてエクトプラズムは嫌だったと見える。
響き的に格好良いとか言われないか少し心配だったが、杞憂に終わったよかったよかった。
まぁ、魂魄をそのまま英語にすると『ectoplasm』になるかはびみょんな所なのだが、そこはそれ。
どうせ妖夢も中学生レベルの英単語能力しか持っていないのだ、わかりっこないと言う物である。
そこまで計算しての我が計略、結果はご覧の通り。
庭師がまともになって幽々子も満足、美味しいおはぎで私も満足、流石はピースメーカー八雲紫、我ながら見事な仕事だった。
と、私が満足気におはぎをたいらげていたその時だった。
横で同じくおはぎを口に運んでいた筈の幽々子が、少し気まずそうな様子で口を開く。
「それで、実は今日は紫に折り入って相談があるのだけれど」
その声を聴いた瞬間、酷く嫌な予感がした。
彼女がこんな会話の入り方をする時は、かなりの厄介事であると相場が決まっているのだ。
そう、思い出すのも憚られるが、先日の妖夢の口調が変わった時も―――――
次の瞬間、ゆっくりと開かれる背後の障子。
弾かれたように後ろを振り返ってみれば、そこにあったのは件のエクトプラズ……魂魄妖夢の姿。
室内にも関わらず何故かマフラーを首にまき、視力2.0の癖に眼鏡を掛けている。
……と言うかその何ともいえない笑みは何ですか、妖夢さん。
誰もいないのに斜め上を見ながら、一体誰に微笑み掛けているんですか、妖夢さん!
「アンニョンハセヨ」
妖夢の挨拶を聞いた瞬間、全てが一つに繋がった。
これは今、幻想郷の主婦達を魅了してやまない彼の仕草だ。
そう、大人気ドラマ『冬のルンバ』の主役を務める韓流スター、ぺ・ヨウムジュン。
通称―――――ヨム様。
「今度は妖夢が韓流ドラマに嵌っちゃって……」
「Oh...」
何色に染めればいいだろうか
>私の性格が変わるのなんて今に始まった事じゃないでしょう
あ、あれは場の雰囲気や相手によって使い分けてるだけだよ!
最初耐えたのに、ここで力尽きたww
HAHAHAHAHA(笑)
最高(笑)
聞いた覚えがめっちゃあるんですが紫様Are you OK?
寄らばシュテルベン的なw
yeah…面白かったです
しかしどうせならもっとちゃんとした筆頭語がよかったかなぁ
まぁスモールな事はノーセンキューという事で
ツラァ
サイレントヒルのタイトルの由来が静岡なのは割とマジだから困る。
それにしても、大統領ネタまで持ってくるとは……、流石やな。
声出して笑ったSSは久しぶりですw。
とりあえずMYONとSilent Hillには盛大に吹いたw
さすが手負いさんクオリティ
よくわからんが面白かった。
妖夢の嗜好はどうなってんだw
いろいろひでえよwww
個人的に『全く、何処のどいつだ(中略)美少女妖怪は。』と「ドン引きしながら受け入れます」と横文字好きの妖忌が特に笑えた。
>口調くらいミーのリバティーじゃないですか。幻想郷は何でも受け入れるんでしょう
リバティは何かから解放される自由であって、この場合は使えない英単語(のはず)。使うならフリーダムでしょう、って言おうと思ってましたが、
>どうせ妖夢も中学生レベルの英単語能力しか持っていないのだ
っていうゆかりんの言葉でこれが計算された使い方だと分かりました。さすがです手負いさん!
紫様、今度はモー娘のPVでも見せましょう。
笑いが止まりません。感謝。
すべてがひどすぎる
面白かったです。
ただ、真似じゃなくて本当に習得してるっぽいのが恐ろしい。
冥界のことを「ソウルソサエティ」とか呼んだり、永琳の事を「滅却師(クインシー)」とか呼んだりしそうですね。
卍解は魅力的ですが。
みょんでござるよ。
不意打ちすぎるwww
妖夢「おい半霊ひっぱんな、痛えぞ」
この違和感はしばらくとどまる事を知らない。
みょんうざかわい……やっぱうざい。けどかぁいい。
妖忌さん、ヴァルキリープロファイル好きなんですねw
どんだけ英語苦手なんだよ、俺…orz
みょんの後ろに例の眼帯した竜が見えるんですがw
だが、面白かったから許す
つまり、
ヨウム・エクトプラズム?
ヨウム・ミョン・エクトプラズム?
…あれ?なんかしっくり来ない?
来ないですか、そうですか。
盛大に笑わせてもらいました。
誤字
>杞憂に終わったよかったよかった。
終わって?
そして紫summer、面接あるのは英検ですじゃ!
woo...
タグにルー語でも入れたらいいとおもう。
エクトプラズムのインパクトに負けずソウルに気づいていれば逆転できたかもなw
でも一番爆笑したのは八雲紫とか言う美少女妖怪。いいセンスだ!
妖夢さんマジミーハー。
いい疾走感だw
最後まで一気に走破しました、すげえ。
Oh...