「私もう、消えちゃうんだ」
メリーからその言葉を聞いたのは大学三年生の年の暮れの事だ。
「へ?」
私は何もわからないまま素っ頓狂な言葉を返した。
「私もよくわかんないんだけどね、なんだか、そんな予感がするの」
そう言うメリーの顔には哀愁を浮かべる顔が、そして少しばかりの涙が浮かんでいた。
「へぇ、何か変なものでも見たのか知らないけど……。大丈夫だよ、私がついてる」
とにかくメリーを安心させなきゃと思った。
どうせまた何か変な夢でも見て変なことを考えてるだけなんだろう。
「そうじゃないの、蓮子。私は、この世界に戻ってこれない境界をもうすぐ越えてしまう。それは避け様のない事実なのよ」
「よくわからない」なんて言った割には知った口ね。
「あのねメリー、未来なんてのは誰にもわからないの。それを、何見たか知らないけどそんな、自分が消えるだなんて……そんなこと、あるわけないじゃない」
「確かに未来はわからないわ。蓮子の未来もわからないしこの世界の未来もわからない。でも私は私の未来を知ってるの」
メリーの言ってることがよくわからない。
未来の自分が会いに来たとでも言うのかな?
「どういう意味なのさ?」
取り敢えず聞いてみた。
「実は……未来の私が会いに来たのよ」
ちょっと予想してみたらすぐに当たるわね。
メリーの考えてることはよくわからないけど単純だわ。
「メリーの言ってることは矛盾してる。未来のメリーが会いに来たなら、この世界の未来も聞けばいいじゃない。私とメリーだっていつも一緒にいるんだからきっとその未来のメリーは私の未来だって知ってるわ。だから、メリーがこの世界や私の未来がわからないってのは、言ってることと矛盾しているじゃない」
それともその未来のメリーは監禁されてるとかで本当に何も未来の世界を知らないのかしら。
「蓮子はいつもそう即物的に考える悪い癖があるわ。私は未来の私が未来から来たなんて一言も言ってないじゃない」
メリーの考えてることはやっぱりよくわからないわ。
「未来のメリーが過去から来たなんて言うの?そんなのあるわけないじゃない。もうタイムマシンは作れないって立証されているの。正しくは時空を自在に動けるマシンは作れない。未来に行くだけなら自分の周りの時間だけ止めればいいからね。つまり、過去に行くことは不可能なのよ。だから未来のメリーが過去から来たなんてことがあるわけがないわ。っていうかそもそも未来のメリーが会いに来たって自体が有り得ないじゃない。だから未来のメリーって言うのはこの世界の未来じゃなくて、どこかの平行世界にいる、あなたじゃない誰かでしかないのよ」
「だからそういう考え方が即物的だって言ってるのよ。過去っていうのはこの時間軸上に存在するひとつの可能性世界の内だけの話ではないわ。蓮子も知ってる通り、世界には幾つも結界があって、その先の世界が存在する。結界を越えるときには時空が歪むから、平行的に見て現時点の箇所に辿り着くなんて方が珍しい事象なの。だから私は、可能性世界の境界を越えたときに、数千年、或いはそれ以上の時間を遡って、この世界に戻れなくなった。もうすぐその境界を越えてしまう。そう、未来の私に忠告されたのよ」
なるほど、平行世界のメリーじゃなくて、平行世界を渡り歩いたメリーということか。
でも、気持ち悪い「眼」を持ってるオカルト人間はどうしてそう視野が狭いのかしら。
「いい?メリー。今、未来のメリーが会いに来たってことは、そのメリーは4次元上で言って今よりも過去にその境界を渡ったメリーであって、あなたではないわ。分かりやすく言うと、あなたはまだ過去に渡ってない。つまりその未来のメリーはあなたがこれから過去に行くよりも前に過去に渡っているのよ。そしてあなたはこれから自分に何が起こるかを知ってる。それなら、未来を変えてしまえばいいじゃない!」
「違う。どうして蓮子がそんな素人みたいなことを言えるのか不思議でならないわ。いい?「私」というのは4次元的に見ても5次元的に見ても1人しかいないの。だから同軸に私が2人存在したということは、その両方が絶対に同じ「私」なのよ。私の時間軸を中心に見て、確実に未来の私は同じ時間に私に忠告しにくる。私は未来を知ったから変えれるとかいうのじゃなくて、確実な未来を知ってしまったのよ。数千年後の私が私に忠告しに行くことは事実なの」
「だーかーら、メリー、未来のメリーの時間軸が既に存在していたとしても、それはメリーの時間軸と必ずしも一致するとは限らないの。未来を変えられないというのは嘘よ。だって私が今ここでメリーを殺しちゃうかもしれないじゃない。そしたら未来は変わるわよ?」
「でも私は「過去」に「私」と接触しているのよ?未来は変えられても、既に事実である「過去」は変えられないわ。つまりあなたに私は殺せない」
「そうね。その事実は不変のものかも知れない。でもその事実なんてのは「少し前にメリーがメリーに会って何か変な忠告をした」ってだけじゃない。「数千年後のメリーが現在のメリーに忠告しに来た」って言うのはそのメリーが言っただけで事実ではないわ。私は事実を捻じ曲げてもいいと思ったけれど……、簡単なことじゃない。その事実だけを実現させればいいのよ。例えば今メリーが少しばかり過去に飛んで少し前のメリーに忠告すればこの話はそれで終わり。その「未来のメリー」が言ったことは事実ではないのよ。」
「……本当?私は境界を越えてすぐ戻ってこれる?」
「ええ。きっと。メリーが会ったって言う「未来のメリー」はメリーが境界を越えたあと、私に会いに来るわ。何故ならそのメリーは私と約束してる。「過去に戻って用事を済ませたらそのあと『過去』のメリーが境界を越えた頃を見計らってこの喫茶店で落ち合おう」ってね」
「あなたは……。……蓮子は、いつから見えないものが視えるようになったのかしら。実はその「未来の私」と会った直後に、その場所に境界が見えたのよ。きっとそれに乗って来たのよ。「未来の私」は。それを越えたらちょっと前のこの辺に来れるってことじゃないかしら?」
「そうに違いないわね。そして忠告をして、この喫茶店を覗き、現在のメリーが出て行った時間を見計らって後にここに来て私と話をするわ」
「……確定された事実ではないけどね。でも未来の私はちょっと前にここにいた。だからきっと、また蓮子に会えるわよね」
「……お別れは言わないわ」
「……うん。それじゃ、行ってくるわ」
「GOOD LUCK」
そうして「メリー」は「現在」から消えた。
これはとてもリスキーな賭けだった。
ずっとどのひとつの境界も越えなければメリーが私のもとからいなくなることはなかったのだから。
いや……それでもメリーはこういうに違いないわね。
「「それ」は絶対に起きる事実なんだから、それを避けることなんてできない」
私の言ったとおりに成功することを、祈っているわ……。
リスキーな賭けではあったけれど、メリーは時を越えてここに来ることに違いはない。
それは客観的に見て明確な真実だ。
私はメリーを待った。
「お隣り、よろしいかしら?」
メリーのような声がした。その声の主は、メリーのような姿をしたものだった。
「誰?」
訊いてしまった。
「酷いわ、友人の顔も忘れてしまうなんて。未来のマエリベリー・ハーンですわ」
「メリーじゃ、ない」
「やあねえ。彼女の延長線上にいるのだからメリーよ」
彼女はメリーではない。けれど、そこをいくら訊いても何も変わらない気がした。
「……失敗だったのね」
彼女がここにいるということは、つまりはそういうことなのだ。
「ええ、見事に。「未来のメリー」つまり私が彼女に会ったのは「客観的に見て明確な真実」だったのよ。あなたがそれを考慮しないなんて、何を考えていたのかしらね。あなたが急に主観を真実とするみたいな論調になったから若かりし頃の私はころっと騙されてしまったけれど」
「騙したわけじゃないけど、考慮はしていたわ。でもそれを考慮すると、どう足掻いてもメリーは遠い過去に飛ばされてしまう。だからメリーのルールに則ったのよ」
私の賭けには「メリーがメリーに忠告しに来た」ということしか主観的事実がないという大前提があった。それは承知の上である。
「へえ、そうだったのね。メリーは未熟だったわ。未来も過去も変えれるのに。私が長生きして得た糧よ。だから忠告しに来たのに……。あなたがあなたのルールで引き止めれば未来が変わり、私は独立した漂流物になって、メリーはそのままこの世界に留まっていられた。あなたはそれを失敗したのよ」
失敗……。その言語が突き刺さる。私がメリーを無理に引き止めていれば、メリーはいなくならずに、こんな姿にならずに済んだというのだ。
「恨んでいるの?」
「いいえ、私が生まれたのはあなたのお陰だわ。恨みなんてするものですか」
彼女の目は穏やかだ。ただお茶を飲みに来た、そんな雰囲気。
「じゃあ、どうして私に会いに来たのかしら?」
「約束したからよ」
「……」
言葉が出なかった。
「最後のチャンスをあげるわ。過去を変えるチャンスを。よく考えて判断しなさい」
最後の言葉が放たれる。彼女が、ここに来た理由。
「あなたを、宇佐見蓮子を、マエリベリー・ハーンのもとへ連れていってあげるわ!」
―――あなたなら、どうする?
メリーからその言葉を聞いたのは大学三年生の年の暮れの事だ。
「へ?」
私は何もわからないまま素っ頓狂な言葉を返した。
「私もよくわかんないんだけどね、なんだか、そんな予感がするの」
そう言うメリーの顔には哀愁を浮かべる顔が、そして少しばかりの涙が浮かんでいた。
「へぇ、何か変なものでも見たのか知らないけど……。大丈夫だよ、私がついてる」
とにかくメリーを安心させなきゃと思った。
どうせまた何か変な夢でも見て変なことを考えてるだけなんだろう。
「そうじゃないの、蓮子。私は、この世界に戻ってこれない境界をもうすぐ越えてしまう。それは避け様のない事実なのよ」
「よくわからない」なんて言った割には知った口ね。
「あのねメリー、未来なんてのは誰にもわからないの。それを、何見たか知らないけどそんな、自分が消えるだなんて……そんなこと、あるわけないじゃない」
「確かに未来はわからないわ。蓮子の未来もわからないしこの世界の未来もわからない。でも私は私の未来を知ってるの」
メリーの言ってることがよくわからない。
未来の自分が会いに来たとでも言うのかな?
「どういう意味なのさ?」
取り敢えず聞いてみた。
「実は……未来の私が会いに来たのよ」
ちょっと予想してみたらすぐに当たるわね。
メリーの考えてることはよくわからないけど単純だわ。
「メリーの言ってることは矛盾してる。未来のメリーが会いに来たなら、この世界の未来も聞けばいいじゃない。私とメリーだっていつも一緒にいるんだからきっとその未来のメリーは私の未来だって知ってるわ。だから、メリーがこの世界や私の未来がわからないってのは、言ってることと矛盾しているじゃない」
それともその未来のメリーは監禁されてるとかで本当に何も未来の世界を知らないのかしら。
「蓮子はいつもそう即物的に考える悪い癖があるわ。私は未来の私が未来から来たなんて一言も言ってないじゃない」
メリーの考えてることはやっぱりよくわからないわ。
「未来のメリーが過去から来たなんて言うの?そんなのあるわけないじゃない。もうタイムマシンは作れないって立証されているの。正しくは時空を自在に動けるマシンは作れない。未来に行くだけなら自分の周りの時間だけ止めればいいからね。つまり、過去に行くことは不可能なのよ。だから未来のメリーが過去から来たなんてことがあるわけがないわ。っていうかそもそも未来のメリーが会いに来たって自体が有り得ないじゃない。だから未来のメリーって言うのはこの世界の未来じゃなくて、どこかの平行世界にいる、あなたじゃない誰かでしかないのよ」
「だからそういう考え方が即物的だって言ってるのよ。過去っていうのはこの時間軸上に存在するひとつの可能性世界の内だけの話ではないわ。蓮子も知ってる通り、世界には幾つも結界があって、その先の世界が存在する。結界を越えるときには時空が歪むから、平行的に見て現時点の箇所に辿り着くなんて方が珍しい事象なの。だから私は、可能性世界の境界を越えたときに、数千年、或いはそれ以上の時間を遡って、この世界に戻れなくなった。もうすぐその境界を越えてしまう。そう、未来の私に忠告されたのよ」
なるほど、平行世界のメリーじゃなくて、平行世界を渡り歩いたメリーということか。
でも、気持ち悪い「眼」を持ってるオカルト人間はどうしてそう視野が狭いのかしら。
「いい?メリー。今、未来のメリーが会いに来たってことは、そのメリーは4次元上で言って今よりも過去にその境界を渡ったメリーであって、あなたではないわ。分かりやすく言うと、あなたはまだ過去に渡ってない。つまりその未来のメリーはあなたがこれから過去に行くよりも前に過去に渡っているのよ。そしてあなたはこれから自分に何が起こるかを知ってる。それなら、未来を変えてしまえばいいじゃない!」
「違う。どうして蓮子がそんな素人みたいなことを言えるのか不思議でならないわ。いい?「私」というのは4次元的に見ても5次元的に見ても1人しかいないの。だから同軸に私が2人存在したということは、その両方が絶対に同じ「私」なのよ。私の時間軸を中心に見て、確実に未来の私は同じ時間に私に忠告しにくる。私は未来を知ったから変えれるとかいうのじゃなくて、確実な未来を知ってしまったのよ。数千年後の私が私に忠告しに行くことは事実なの」
「だーかーら、メリー、未来のメリーの時間軸が既に存在していたとしても、それはメリーの時間軸と必ずしも一致するとは限らないの。未来を変えられないというのは嘘よ。だって私が今ここでメリーを殺しちゃうかもしれないじゃない。そしたら未来は変わるわよ?」
「でも私は「過去」に「私」と接触しているのよ?未来は変えられても、既に事実である「過去」は変えられないわ。つまりあなたに私は殺せない」
「そうね。その事実は不変のものかも知れない。でもその事実なんてのは「少し前にメリーがメリーに会って何か変な忠告をした」ってだけじゃない。「数千年後のメリーが現在のメリーに忠告しに来た」って言うのはそのメリーが言っただけで事実ではないわ。私は事実を捻じ曲げてもいいと思ったけれど……、簡単なことじゃない。その事実だけを実現させればいいのよ。例えば今メリーが少しばかり過去に飛んで少し前のメリーに忠告すればこの話はそれで終わり。その「未来のメリー」が言ったことは事実ではないのよ。」
「……本当?私は境界を越えてすぐ戻ってこれる?」
「ええ。きっと。メリーが会ったって言う「未来のメリー」はメリーが境界を越えたあと、私に会いに来るわ。何故ならそのメリーは私と約束してる。「過去に戻って用事を済ませたらそのあと『過去』のメリーが境界を越えた頃を見計らってこの喫茶店で落ち合おう」ってね」
「あなたは……。……蓮子は、いつから見えないものが視えるようになったのかしら。実はその「未来の私」と会った直後に、その場所に境界が見えたのよ。きっとそれに乗って来たのよ。「未来の私」は。それを越えたらちょっと前のこの辺に来れるってことじゃないかしら?」
「そうに違いないわね。そして忠告をして、この喫茶店を覗き、現在のメリーが出て行った時間を見計らって後にここに来て私と話をするわ」
「……確定された事実ではないけどね。でも未来の私はちょっと前にここにいた。だからきっと、また蓮子に会えるわよね」
「……お別れは言わないわ」
「……うん。それじゃ、行ってくるわ」
「GOOD LUCK」
そうして「メリー」は「現在」から消えた。
これはとてもリスキーな賭けだった。
ずっとどのひとつの境界も越えなければメリーが私のもとからいなくなることはなかったのだから。
いや……それでもメリーはこういうに違いないわね。
「「それ」は絶対に起きる事実なんだから、それを避けることなんてできない」
私の言ったとおりに成功することを、祈っているわ……。
リスキーな賭けではあったけれど、メリーは時を越えてここに来ることに違いはない。
それは客観的に見て明確な真実だ。
私はメリーを待った。
「お隣り、よろしいかしら?」
メリーのような声がした。その声の主は、メリーのような姿をしたものだった。
「誰?」
訊いてしまった。
「酷いわ、友人の顔も忘れてしまうなんて。未来のマエリベリー・ハーンですわ」
「メリーじゃ、ない」
「やあねえ。彼女の延長線上にいるのだからメリーよ」
彼女はメリーではない。けれど、そこをいくら訊いても何も変わらない気がした。
「……失敗だったのね」
彼女がここにいるということは、つまりはそういうことなのだ。
「ええ、見事に。「未来のメリー」つまり私が彼女に会ったのは「客観的に見て明確な真実」だったのよ。あなたがそれを考慮しないなんて、何を考えていたのかしらね。あなたが急に主観を真実とするみたいな論調になったから若かりし頃の私はころっと騙されてしまったけれど」
「騙したわけじゃないけど、考慮はしていたわ。でもそれを考慮すると、どう足掻いてもメリーは遠い過去に飛ばされてしまう。だからメリーのルールに則ったのよ」
私の賭けには「メリーがメリーに忠告しに来た」ということしか主観的事実がないという大前提があった。それは承知の上である。
「へえ、そうだったのね。メリーは未熟だったわ。未来も過去も変えれるのに。私が長生きして得た糧よ。だから忠告しに来たのに……。あなたがあなたのルールで引き止めれば未来が変わり、私は独立した漂流物になって、メリーはそのままこの世界に留まっていられた。あなたはそれを失敗したのよ」
失敗……。その言語が突き刺さる。私がメリーを無理に引き止めていれば、メリーはいなくならずに、こんな姿にならずに済んだというのだ。
「恨んでいるの?」
「いいえ、私が生まれたのはあなたのお陰だわ。恨みなんてするものですか」
彼女の目は穏やかだ。ただお茶を飲みに来た、そんな雰囲気。
「じゃあ、どうして私に会いに来たのかしら?」
「約束したからよ」
「……」
言葉が出なかった。
「最後のチャンスをあげるわ。過去を変えるチャンスを。よく考えて判断しなさい」
最後の言葉が放たれる。彼女が、ここに来た理由。
「あなたを、宇佐見蓮子を、マエリベリー・ハーンのもとへ連れていってあげるわ!」
―――あなたなら、どうする?
続きに期待します。
が、正直読みにくいとも感じました。
もっと改行がほしいかも
正直これだと読んだ後に「わかりづらい、よみづらい」くらいしか印象に残らないです。