事は2007年から始まっていた。あまりに小さな変化で誰しも気が付かなかった。
極わずかの人間がその異変を察知し、人々がその不具合に近づくことを‟結界暴き‟と称して禁止した。
それでもその変化は着実に世界を侵し始めた。世界のあらゆる場所で不具合が生じたのだ。
最初は微かな出来事だった、天変地異や世界規模の暴動。激動の時代と言い捨てることも出来た。
人々は次第に気がつき始めた、この世界の先が長くないことを。
そうして世界は本格的に転がり始めた。
空の色はある時点で美しさを失い、ある国は進歩が停滞し、ガラクタが意識を持って立ち上がり、
煉獄から這い出てきた化け物は世界中に眠っていた幾千もの化け物達を呼び覚まさせた。
天に鳳凰が登り、地には破壊者が現れ、冥府も現世も区別なく、人は死を超えた恐怖に怯え、地が水となったかと思えば大気は硫黄に包まれ、狂人達が闊歩し、世界が終わった。
人類と呼べるものが尽く世界から消えた後、人類とは呼べぬ化け物だけが終わった世界を見ていた。
******
そこはまさに地獄の様相を呈していた。
かつて人だった怪物たちが街を闊歩し、火を吐くキメラが空を飛ぶ。
そして、その地獄を作ったきっかけは、紛れもなく、私だ。
最初は小さなクッキーだった。現実の世界をだんだん夢が侵食し始めた。
そして、植物、傷、謎の病気。だんだんと現実に与える影響は大きくなっていく。
しかし相棒は気にするなと笑い飛ばし、私も‟結界暴き‟に夢中になっていった。
当時の私は知らないことだが、そもそも結界暴きが禁止された原因は、100年以上前に結界暴きによる大災害が起こったからだそうだ。
その災害により、東京のインフラはズタズタにされ、京都への遷都を余儀なくされたようだ。
その結界暴きを行った人間は菫子という名前だそうだが、もはや今となっては関係のないことだ。
そして、結界暴きをしているうちに見つけた‟伊弉諾物質‟は世界を、狂わせた。
あれは、夢を、幻想を閉じ込める‟鍵‟だった。
私は幻想の錠を開き、夢の浸食は世界に広がり夢と現実の境目はなくなった。
そして、何時の間にか相棒は消え去り、また私は一人ぼっちになった。
******
これにて世界の終わり、なにもかもが無くなった。
破壊者は満足して土に還り、鳳凰は自らを知るものが居なくなった故に消え失せた。
世界は今や不条理すらもまかり通らぬ地の獄と化していた。
あとに残ったのは天動説を正とし、砂とフッ素の塊になった星だけだった。
女は苦しんだ、千年、二千年、五千、万、億…
長く放心状態だった女がふと気がつくと足元には緑の芽があった。
女が、空を見上げる。
空の青は美しく、耳を澄ませば潮の音が聞こえてきた。
青く、澄んだ太古の海がそこにあった。
青く、潤う太古の樹々が対岸に見えた。
世界はゆっくりと、ゆっくりと、元の形を取り戻し始めた。
ここに来てなお、地球は生きていた。
幾兆年目にして、世界が戻り始めた。
女は歓喜した。…この世界ならまた相棒に会えるかもしれない。と。
…女はもう狂っていた。
こんな世界に彼女がまだ生きているはずはないのに
******
世界が美しさを再び手に入れてから、私は彼女を探し続けた。
しかし、私がどれほど探しても、探しても探しても探しても。
彼女の痕跡一つ見つけられなかった。
800年ほど経って、私は見つけるのを諦めた。
見つけられないなら、あっちから見つけてもらおう。
相棒は、珍しいものが大好きだった。だから珍しいものを沢山集めよう。
そして私は幻想郷を作った。
その時、名乗る名前が必要になったが、もう前の名前を知っている者はいないし、彼女以外にその名で呼ばれたくはない。
だから、名前を変えた。ハーンだから八雲。マエリベリーだからマルベリーで紫。
安直だが別に構わないだろう。
それに、例え彼女の姿が変わってしまっていたとしても、この名から私を連想出来る者がいればそれがきっと彼女なのだ。
そして、幻想を一か所に集め始めてから500年経った。
彼女はまだ見つけてくれない。
もしかしたら何処かに閉じ込められているからなのかもしれない。
私は色々なところを探し回った。殆どの場所を調べたが彼女は居なかった。
まだ探してないのは、月の都くらいだ。彼女は月に強い執着心があったからあそこに居るのかもしれない。
私はほかの幻想たちを扇動して月に侵略を行った。
侵略は失敗した。彼女はきっとあそこに居るのだろう。いつか必ず救い出す。心に誓った。
それまではこの‟彼女のための楽園‟を維持していよう。
それからさらに500年経った。
今までは現実と幻想の境界は無かったが、だんだんと幻想の影響力が弱まって来ている様だ。
これも世界が元に戻ろうとする自浄作用の一つなのだろうか。
既に私も幻想の一部と化しているから、このままでは‟幻想郷‟はおろか、自身の維持も厳しくなるかもしれない。
だから、私は他の幻想たちと協力して博麗大結界を張った。
これは現実の影響力が幻想に届くのを防ぐためのものだ。
これでしばらくのうちは大丈夫だろう。
この相棒のための箱庭を壊されるわけには行かない。
…結界を張ってからしばらくすると、竹林から古びたメモが見つかった。
あれは私がかつてメリーだったころ、‟幻想‟が‟夢‟と同義であった時の物だ。
おそらく、結界が張られて現と幻の境界がはっきりしたせいで、はるか昔に現実に侵食せずに残っていた‟夢‟のカケラが現れたのだろう。
…もしかしたら私は幻想の寿命を縮めてしまったのかもしれない。
私のした事はあの時開けてしまった錠を閉じる行為ではないのか?
とはいえ、今更結界を解除するわけにはいかない。予想が外れていることを祈るばかりだ。
さらに200年経った。
月に再び侵攻した。私たちの戦力では真っ向からでは勝ち目がない。
だから今回は前回と違い、お遊びで陽動して彼女をこっそり助け出す作戦だ。
今度こそ、助け出す。
彼女は月には居なかった。あなたはどこにいるの?
最初から分かっていた。世界のどこにもいない。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
そして、狂っていた女はさらに狂って、元に戻った。
彼女はこの世界のどこにもいない。ならばせめて、彼女が愛した幻想だけは守り続けよう。
そして私は、極光と出会った。
少女は彼女の光に恋をした。
この終わりかけの夢の世界で。
極わずかの人間がその異変を察知し、人々がその不具合に近づくことを‟結界暴き‟と称して禁止した。
それでもその変化は着実に世界を侵し始めた。世界のあらゆる場所で不具合が生じたのだ。
最初は微かな出来事だった、天変地異や世界規模の暴動。激動の時代と言い捨てることも出来た。
人々は次第に気がつき始めた、この世界の先が長くないことを。
そうして世界は本格的に転がり始めた。
空の色はある時点で美しさを失い、ある国は進歩が停滞し、ガラクタが意識を持って立ち上がり、
煉獄から這い出てきた化け物は世界中に眠っていた幾千もの化け物達を呼び覚まさせた。
天に鳳凰が登り、地には破壊者が現れ、冥府も現世も区別なく、人は死を超えた恐怖に怯え、地が水となったかと思えば大気は硫黄に包まれ、狂人達が闊歩し、世界が終わった。
人類と呼べるものが尽く世界から消えた後、人類とは呼べぬ化け物だけが終わった世界を見ていた。
******
そこはまさに地獄の様相を呈していた。
かつて人だった怪物たちが街を闊歩し、火を吐くキメラが空を飛ぶ。
そして、その地獄を作ったきっかけは、紛れもなく、私だ。
最初は小さなクッキーだった。現実の世界をだんだん夢が侵食し始めた。
そして、植物、傷、謎の病気。だんだんと現実に与える影響は大きくなっていく。
しかし相棒は気にするなと笑い飛ばし、私も‟結界暴き‟に夢中になっていった。
当時の私は知らないことだが、そもそも結界暴きが禁止された原因は、100年以上前に結界暴きによる大災害が起こったからだそうだ。
その災害により、東京のインフラはズタズタにされ、京都への遷都を余儀なくされたようだ。
その結界暴きを行った人間は菫子という名前だそうだが、もはや今となっては関係のないことだ。
そして、結界暴きをしているうちに見つけた‟伊弉諾物質‟は世界を、狂わせた。
あれは、夢を、幻想を閉じ込める‟鍵‟だった。
私は幻想の錠を開き、夢の浸食は世界に広がり夢と現実の境目はなくなった。
そして、何時の間にか相棒は消え去り、また私は一人ぼっちになった。
******
これにて世界の終わり、なにもかもが無くなった。
破壊者は満足して土に還り、鳳凰は自らを知るものが居なくなった故に消え失せた。
世界は今や不条理すらもまかり通らぬ地の獄と化していた。
あとに残ったのは天動説を正とし、砂とフッ素の塊になった星だけだった。
女は苦しんだ、千年、二千年、五千、万、億…
長く放心状態だった女がふと気がつくと足元には緑の芽があった。
女が、空を見上げる。
空の青は美しく、耳を澄ませば潮の音が聞こえてきた。
青く、澄んだ太古の海がそこにあった。
青く、潤う太古の樹々が対岸に見えた。
世界はゆっくりと、ゆっくりと、元の形を取り戻し始めた。
ここに来てなお、地球は生きていた。
幾兆年目にして、世界が戻り始めた。
女は歓喜した。…この世界ならまた相棒に会えるかもしれない。と。
…女はもう狂っていた。
こんな世界に彼女がまだ生きているはずはないのに
******
世界が美しさを再び手に入れてから、私は彼女を探し続けた。
しかし、私がどれほど探しても、探しても探しても探しても。
彼女の痕跡一つ見つけられなかった。
800年ほど経って、私は見つけるのを諦めた。
見つけられないなら、あっちから見つけてもらおう。
相棒は、珍しいものが大好きだった。だから珍しいものを沢山集めよう。
そして私は幻想郷を作った。
その時、名乗る名前が必要になったが、もう前の名前を知っている者はいないし、彼女以外にその名で呼ばれたくはない。
だから、名前を変えた。ハーンだから八雲。マエリベリーだからマルベリーで紫。
安直だが別に構わないだろう。
それに、例え彼女の姿が変わってしまっていたとしても、この名から私を連想出来る者がいればそれがきっと彼女なのだ。
そして、幻想を一か所に集め始めてから500年経った。
彼女はまだ見つけてくれない。
もしかしたら何処かに閉じ込められているからなのかもしれない。
私は色々なところを探し回った。殆どの場所を調べたが彼女は居なかった。
まだ探してないのは、月の都くらいだ。彼女は月に強い執着心があったからあそこに居るのかもしれない。
私はほかの幻想たちを扇動して月に侵略を行った。
侵略は失敗した。彼女はきっとあそこに居るのだろう。いつか必ず救い出す。心に誓った。
それまではこの‟彼女のための楽園‟を維持していよう。
それからさらに500年経った。
今までは現実と幻想の境界は無かったが、だんだんと幻想の影響力が弱まって来ている様だ。
これも世界が元に戻ろうとする自浄作用の一つなのだろうか。
既に私も幻想の一部と化しているから、このままでは‟幻想郷‟はおろか、自身の維持も厳しくなるかもしれない。
だから、私は他の幻想たちと協力して博麗大結界を張った。
これは現実の影響力が幻想に届くのを防ぐためのものだ。
これでしばらくのうちは大丈夫だろう。
この相棒のための箱庭を壊されるわけには行かない。
…結界を張ってからしばらくすると、竹林から古びたメモが見つかった。
あれは私がかつてメリーだったころ、‟幻想‟が‟夢‟と同義であった時の物だ。
おそらく、結界が張られて現と幻の境界がはっきりしたせいで、はるか昔に現実に侵食せずに残っていた‟夢‟のカケラが現れたのだろう。
…もしかしたら私は幻想の寿命を縮めてしまったのかもしれない。
私のした事はあの時開けてしまった錠を閉じる行為ではないのか?
とはいえ、今更結界を解除するわけにはいかない。予想が外れていることを祈るばかりだ。
さらに200年経った。
月に再び侵攻した。私たちの戦力では真っ向からでは勝ち目がない。
だから今回は前回と違い、お遊びで陽動して彼女をこっそり助け出す作戦だ。
今度こそ、助け出す。
彼女は月には居なかった。あなたはどこにいるの?
最初から分かっていた。世界のどこにもいない。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
そして、狂っていた女はさらに狂って、元に戻った。
彼女はこの世界のどこにもいない。ならばせめて、彼女が愛した幻想だけは守り続けよう。
そして私は、極光と出会った。
少女は彼女の光に恋をした。
この終わりかけの夢の世界で。
自分でまいた種を刈り取る羽目に落ちいったメリーの人生にどこか悲しさを感じました