「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーんっっ!!」
アッパー系のおクスリをキメた大型機械の駆動音のような、とかく人間離れした絶叫が部屋に轟いた。
「もう! 何なのよ急に!!?」
永遠亭のとある一室では今珍事が起きていた。患者の一人である小さな子供が大暴れしているのだ。彼の暴れっぶりといったらもう大人顔負けなもので、手当たり次第部屋に置かれていたものを投げつけ、威嚇でも恐慌でもない、叫ぶこと自体が目的のような激しい絶叫を繰り返している。鈴仙はそんな少年を押さえつけようと、自身の能力である波長を操る術を駆使していた。にもかかわらず少年は全く静かにならない。
「どうしたのかしら鈴仙? 歴戦の軍人であるあなたが、そんな小さな子どもに手こずるだなんて……」
永遠亭のあるじ、輝夜はからかうようにそういった。パニくる鈴仙に対し流石に輝夜は飄逸だった。輝夜はベッドの上にゆったりと腰を沈め、涼しい顔して愉快そうに騒動のなりゆきを見守っていた。
「見ていないで手伝ってくださいよ! つーかなんでコイツ狂気の瞳が効かないのよ!?」
「あら、そんなこともわからないの? それはね、すでにその子が狂っているから。自分ではない何者かを、その内側にやどしているから」
輝夜の言葉は鈴仙には届かなかった。もうそれどころではなかったのだ。少年は突然カエルのように這いつくばったかと思うと、後ろ足で床を蹴り鈴仙の股下をくぐった。そして尻の付け根のあたりにフワフワ漂っているしっぽを鷲掴みし強くねじった。
「ぎゃっ!?」
その膂力は子どものものとは思えぬほどだった。鈴仙は肉体の平衡を失った挙句、床に転がっていた尿瓶に足を取られた。そのはずみで尿瓶が割れ、中に入っていた黄色い尿があたりに飛び散る。
「あらあら鈴仙、私のもとにそんな不浄なものを飛び散らせたら、承知しないわよ」
クスクスと、相変わらず愉快そうな笑い声を上げながら輝夜は言った。
対する鈴仙はとうとうキレた。部屋に立ち込めるアンモニアの臭いを深々と吸い込んだかと思うと突然地に這った。ウサギらしい四つ足本来の姿勢。その目からは荒々しい眼光がほとばしり、歯も剥き出しになっていて知性を感じさせない。
「ウウ……」
低い唸りをあげたかと思うと鈴仙はその身を宙に踊らせ、少年に強烈な頭突きをおみまいした。その衝撃に少年はもんどりを打って倒れた。すかさず鈴仙は少年の体にのしかかり両腕で押さえつけ(この場合は前脚と言った方が正しいか)何度も何度も憎悪を込めた頭突きをお見舞いした。
「度がすぎるわねえ鈴仙。少年がくたばってしまうわ」
口ではそういったものの輝夜は鈴仙をとめようとはしない。相変わらず彼女はベッドにうずめた腰を上げることなく、二匹の動物の争いを見て愉快そうに笑うばかりだった。
「── ってなことがあったんですよ! どう思いますか師匠!?」
「どうもこうもないわねえ」
散々頭突きを喰らい少年が気絶した後、鈴仙は少年をがんじがらめに縛り上げ別室に隔離し永琳のもとへ直行した。そして溜めに溜めた不満を一気にぶちまけた。
「いったい何なんですかあのガキは!? 青白い顔した痩せっぽっちなガキだったんです。もらわれてきたネコみたいに大人しかったんです! なのにね、薬を打とうとした途端気が触れたかのように暴れ出したんですよ! しかも姫様は助けてくれないで見てるだけだし……。もううんざりですよあんなガキ! 見捨てて死ぬのを待ちましょう!!」
「輝夜が助けてくれなかったのは、少年が暴れるのを見て楽しんでたからでしょうね。永すぎる時を生きる者にとって、胸のすくような娯楽というのは何より貴重なものだから……」
「……わかりましたよ! 姫様に関しては百歩譲って許します! あの人の考え方には前々から意味不明なところがありました!! でもあのガキは何なんです!? 師匠の力でどうにかできないんですか!?」
「ムダよ。もう何度も薬は打ってるわ。でも効き目が全く出ないの」
「えっ……いやいや嘘でしょ。私師匠の才能に関しては本当に尊敬してるんですよ。本当の天才だと思ってるんですよ。その師匠がですか……」
「遺伝的な宿痾か、それとも先祖が悪神に取り憑かれるような真似をしたのか、とかくあの少年もその家族たちも、ある奇病に罹っているのよ」
永琳はとうとうとその奇病の内容について語り始めた。
「ある強迫観念、いや、もはや観念というより実在ね。あの一家の者たちは皆、自分の内側にある自分ではないものに苦しめられてきた」
「それって……多重人格とか、精神分裂みたいな?」
「似てるけど違うわね。それは精神病でしょ? 肉体に対し実際的なダメージを与えはしない。けれどもあの一家の場合は違うの。ねえ鈴仙、レントゲンという医療機器を知ってるかしら?」
「ええと、えっくすせん?とかいうのを使って、患者の体の内側を見れるんでしたっけ。流石月の技術ですよね! 地上の連中のしょぼい脳味噌ではまず思いつかない道具です!」
「言っておくけど鈴仙、レントゲンは外の世界にもある技術よ」
「えっ……」
「それはさておき話をつづけようかしら。私はそのレントゲンを使って彼の体の内部をのぞいて見た。そしたら何が写ったと思う?」
「ええと、肉体の内部ですから……肺みたいな内臓とか…」
「肺のような薄い臓器は映らないわ。ここで使ってるのは月の技術を利用して作った特別性だから、隅々まで写すし3Dモデルへの変換も可能だけど」
「ああ、もう! 揚げ足とってもったいぶってないで、早く教えてくださいよ!」
「わかったわよ。答えは、手形よ」
「……手形? へ? 体の内側に?」
「その通りよ。腸の表面に手の形をしたアザが浮かんでいたの。その時少年は何日もの間、腸をねじられるかのような痛みに苦しみつづけていた。この「ねじる」というのは比喩ではなかったわけ。肉体の内側から生えた手がほんとうに少年の腸をねじっていたのね。それだけでなく少年の内臓全体が緩慢に、しかし確実に破壊されつつある。内側から生えた手によってねじられ、引っかかれ、殴りつけられ……」
「その手っていうのは……」
「もう一人の自分、のものでしょうね」
「要するに病気じゃなくて祟りとかそういう系だったってことですか。でも、師匠の術だったらちょっとやそっとの呪いのたぐいくらい……」
「もちろん試したけど無理だったわ。実を言うと私ね、彼の父と母を治療しようとしたこともあったの。しかしそれも無駄だった。彼らは無惨極まる最期を遂げた」
「あのう、あんまり聞きたくないんですけど……」
臆病な鈴仙は永琳の話にビビりつつあったのだ。しかし永琳は一切構わず話をつづけた
「まず父親の方だけど、彼は特徴的な頭の形をしていてね。多面体じみていたのよ。全体的にウマヅラの上にアゴも大きくて、ほぼ直方体をしていた。それに頬骨も高くて鼻の左右に二枚の板をはりつけているかのようだったわ。加えて額も富士額だったし、頭骨も雄々しく隆起し、後頭部なんかしなった鉄板を埋め込んでるみたいだったの。そんな彼は死ぬ間際、自分の顔の一面一面に鏡を使って「顔」を描いていった。三つの「顔」を顔面に描き、計四つの顔が浮かび上がった姿で、彼は首を吊って死んでしまったわ」
「四つの顔……」
「父親は四つの人格の存在を自分の内部に感じ取っていたのね。それに比べて母親は一つ少なかった。三つの人格を感じ取っていた。そしてその最期は父親のそれとは比較にならないほど凄惨だった。母親はね、自身の豊かな乳房を二つとも切断してしまったの。切り取られた二つの乳房に彼女は、胸から溢れる血と脂を指に塗ったくって、乳首を目に見立ててダルマのような隻眼の顔を描いた」
「……」
「どうしたの鈴仙、反応がないと寂しいのだけど?」
「……ぷぷ、ぷっ、アハハ!」
こらえきれない、といった様子で鈴仙は腹を抱えて笑い出した。
「師匠〜、ヘンな嘘つかないでくださいよ〜っ。いくら私だってそんなウソじゃ騙されませんって。与太話にも程がありますって」
「鈴仙、その笑いは虚勢でしょ?」
永琳は落ち着き払った冷たい声音で刺すようにいった。たちまち鈴仙の笑いは停止した。
「ほんとうは真実だって理解してるのでしょう。でもそれを受け入れたくないから、怖いから笑い出したりしたのでしょう? あなたは臆病な子だからねえ」
「……」
鈴仙は答えなかった。ただバツの悪そうな顔して永琳の方をじっと見るだけだった。
それからしばらくして、鈴仙は観念したかのように言った。
「そりゃ怖いですよ……師匠でもどうしようもないだなんて」
「安心なさい。少年たちに取り憑いてる「何か」は、あの血族にしか興味がないみたい。私たちが害を被ることはないわ。それより、あの少年は今どうしてるの」
「別室で隔離中です。姫様が付き添いで面倒見てくれてます。どうも姫様、あのガキのこと気に入ってるみたいなんですよね。頭のいい人の考えることは私にはよくわからないでーす」
「あの子は頭がいいというより……純粋なのよ。純粋だからこそ珍しいものの、珍しさだけをそのまま取り出して賞翫できるのだわ。それは本当に高貴な者にしか許されぬものの楽しみ方よ。輝夜がそういった人物でなければ、私だって蓬莱の薬を作ったりしなかったと思う……」
「よくわからないんですけど、やっぱ姫様はすごい。姫様こそナンバーワンってことでいいんですか?」
永琳は答えなかった。代わりに腕組みをしてコクコクと、さも満足そうに何度かうなづいた。
パチン、パチンと、小気味のよい音が部屋に響いていた。少年は今、隔離先の病室で輝夜に爪を切ってもらっていた。
「ああ、すみません。あんなことをしてしまったのに、こんなによくしてもらって、爪を切ったりしてもらって……」
恐れ多かったのだろう、少年はすっかり恐縮しており、元々血の気の薄い顔をさらに青白くして輝夜に何度も頭を下げていた。その姿は、先ほど鈴仙に襲いかかった時の凶暴性とは縁遠いものだ。
今は少年の、生まれた時からあった方の人格の方が表にあらわれていたわけだ。
「気にしないの。それよりもっとお話を聞かせてちょうだい。あなたの話はとても面白いわ。時間を忘れることができるわ」
いとおしそうに目を細めながら輝夜はまた少年の爪を切った。爪は音もなく、シーツにしかれた紙の上に落下した。
「わかりました。でも、何を話せばいいのかな。父と母の死に様はすでに話してしまった。祖母の死に様は話しましたっけ? 祖母は自分のお腹に釘を打ち込み、へのへのもへじを作って死んでしまったのです」
「あら、それは初耳ね。詳しく聞かせてちょうだい。時間がかかってもいいから、しっかりと細かいところまで思い出して、話してちょうだい」
「もちろんです! では、話をさせていただきます!」
少年は喜び勇んで長々と時間をかけ、自分や家族たちの悲惨な運命について輝夜に語りつづけた。輝夜は折を見て少年に水や菓子を与えて休息を取らせた。
そうしていると不意に、部屋の扉が開いた。入ってきたのは鈴仙だった。
「あっ、姫様、どうしてコイツの拘束解いてるんですか!? せっかく縛り上げておいたのに!」
「あなたはムゴいマネをするのねえ。こんなちっぽけな子に」
「またまたぁ。さっきの惨状は姫様だって見てたはずじゃないですか!」
「惨状とは大袈裟ねえ。せいぜい、じゃれあいだったじゃないの。二匹のちっぽけな獣たちの」
「そりゃあまあ、姫様から比べたら私たちなんてちっぽけな存在なんでしょうけど……」
「あなたはこの子を随分嫌うのね。でも、安心なさい。もうあなたはこの子に煩わされることはないわ」
「どういうことですか? まさか治療法が見つかったとか」
「違うわ」
輝夜はそのほっそりとした白い腕を伸ばし、少年を抱きよせた。輝夜は少年の小さい頭を優しく撫でながら、言った。
「この子はじきに死ぬわ。明日の夜明けごろには、もう彼岸へと旅立っているわ」
輝夜の言葉を聞いた鈴仙はもう付き合ってられないといわんばかりのいまいましげな表情を浮かべ、逃げるように部屋から出ていった。
「あらあら、行ってしまったわね。これでもう一度ふたりっきりになったわねえ。そろっともういい時間だわ。何か食べたいものはあるかしら? きっとあなたの最後の晩餐になるわ」
「何もいらないです。僕はただ姫様と話をしつづけたいです」
「殊勝な子ね。他に望みはないの?」
「ありません。姫様と話していると、僕は自分を忘れることができます。他人の想い出について語っているような感じがしてきます。それがものすごく、落ち着くのです。僕を散々内側から痛めつけてきたアイツから、逃れられているような気がするのです」
「フフフ……立派な子ねえ。賢い子ねえ」
輝夜は袖で口元を隠し、控えめな笑い声を立てた。
「見なさい。気づけばもうたそがれよ。日が落ちるわ。空が血を流したように赤いわ。あなたが見る最後の夕焼けよ」
「見ません。もうかまいません。僕は話をつづけようと思います。僕の祖父は……」
こうして少年は話つづけた。ある時話を遮り輝夜は再び少年に問うた。
「見なさい。お月様が空に高く昇ってるわ。今日は満月よ。それもとても大きい月ね」
「構いません。話をしましょう」
少年は話しつづけた。その間少年はずっと目を見開いていた。その負担のため少年の双眸はすっかり充血してしまい、生々しい真紅に染まっていった。
夜遅く、喉が枯れるまではなしつづけたところでようやく少年の話は終わった。
「ああ……もう、話すこともありません。ねえ、僕は、じきに死ぬんですよねえ。死ぬ前に、話し終えることができて、よかったです」
「よくがんばったわねえ。随分と楽しませてもらったわ。何か望みはあるかしら」
「水を、飲みたいです。水を、飲ませてください」
「おやすいごようよ」
輝夜はそばに置かれていた水差しを傾けコップになみなみと水を注いだ、少年はすっかり細くなった腕で、慎重にコップを掴み、よろよろと口元まで運んでいった。よほど喉が渇いていたのか、少年はコップの水を一息で飲み干してしまった。
「渇きを潤せたかしら?」
「はい。潤せました。姫様、今度は僕は、おしっこがしたくなってきました……」
「かまわないわ」
輝夜は少年のズボンを下ろすと、むき出しになった股間に尿瓶をあてがった。少年の下腹部に力が込められ、ちっぽけなペニスの先から勢いよく尿がほとばしる。瞬く間に尿瓶には大量の尿が溜まっていった。
「これでよかったかしら?」
「はい。ありがとう、ございます。姫様、最後にもうひとつだけ、お願いがあります」
「何かしら?」
「姫様が、おしっこをしているところを、見てみたいです…………」
「うふふふふ。わかったわ。見せてあげるから、少しだけ待っていなさい」
輝夜は一旦部屋から出た。しばらくして輝夜は両手いっぱいに新聞紙を持って戻ってきた。輝夜はそれを床に何枚も重ね尿を吸い取れるようにした。
「見てなさい。とくと見てなさい」
その所作は舞踊のようにかろやかで無駄がなかった。たくみに服の端をつまみ、しなやかに身をよじらせ一枚一枚ハラリハラリとお召し物を脱いでいく。そうして輝夜はあっという間に一糸まとわぬ素っ裸になった。
和服の似合う華奢な肢体を輝夜は持っていたが、腰回りは、尻にも腿にも白い肉がたっぷりとついていていかにも女らしかった。しかし肉がつきすぎて不恰好ということもない。しっかりと引き締まっていてその輪郭はなめらかですっきりとしたものである。白くきめ細やかな肌に、流麗な曲線の美。その肉体は無上のうつくしさを感じさせるものだった。
けれどもそんな輝夜の肉体にも、一点だけ、生々しくみだりがわしい美とは程遠い器官があったのである。性器である。周りの肌は真っ白なのに、そこだけ黄桃のように赤と黄の混じった、濃い肉色をした厚い貝のようなものが盛り上がっている。その真ん中には花弁のようなものがくっついた、粘膜にテカる栗色の筋がある。少年の充血しきった紅い眼は肉色の性器に釘づけになっていた。今からそこから、生あたたかな新鮮な尿があられもなくほとばしるわけだ。
「あらあら、そんなに見つめられると恥ずかしいわよ」
口ではそういいながらも輝夜の表情に含羞はない。輝夜はベッドの上の少年の体に両腕を回ししっかりと抱きしめた。小ぶりな白い乳房が少年の顔に押しつけられる。その乳房にはひんやりとした脂肪が新鮮な果実のようにみっちりと詰まっている。少年のほてった頭にはそれがすこぶる心地よかった。しみいるようだった。
「ほら、もっと楽しむのよ。今という時間をしっかりと噛みしめ、味わいなさい。そうすれば、刹那だってあっけなく永遠へと転じるわ……」
輝夜は少年の手首を掴んでその掌を自身の乳房へとあてがった。少年は誘われるままに掌で輝夜の乳房を撫で回した。次第に少年は頭を傾けていき、蜂のようにくびれた輝夜の腰へと額を押しつけた。輝夜がくすぐったがって後ろに下がろうとすると、少年は輝夜の尻に掌を押し当てそれを阻止した。そうして両手を使い輝夜の白い肉体をゆっくりと愛撫していった。
そのうち輝夜は少年の目が変わっていくのに気づいた。それまではヤニ色の濁りが混じっていたのが徐々に薄れていって、ビー玉みたいな綺麗に透き通る赤へと変わっていった。同時に双眸からは焦点が失われどこを見ているのか、いやそもそも何かを見ているのかすらはっきりしなくなった。
「それでもあなたは見たいのよねえ。いいわ。叶えてさしあげるわ」
輝夜は少年から離れ新聞紙の上に立った。乾いた紙はカサっと隠微な音を立てた。輝夜は性器を見せつけるように股を広げながら腰を下ろし、量感のある白い尻を突き出した。和式の便器にまたがるのと同じ格好である。肉付きのよい両腿に挟み込まれ、そのはざまの性器はぼってりと盛り上がり血色よく、輝くようなバター色をしている。輝夜は陰阜を飾る青々とした恥毛の一房を軽く引っ張り、クスクスと気泡の弾けるような軽い笑い声を立てた。そしてとうとう排尿が始まった。性器のワレメから勢いよく尿がほとばしり、床に敷かれた新聞紙に黒いシミが広がっていく。輝夜はそれを見てますます愉快そうに陽気な笑い声を立てた。狭い部屋の中いっぱいに笑い声は反響し、どこかすっぱいような尿の臭いとともに部屋を満たし尽くした。
輝夜の排尿を見たのち少年はもう一言も喋らなかった。輝夜もまた一言も喋らなかった。裸のまま、ベッドに横たわる少年のそばに寄り添っていただけだった。そして夜は更けていき、窓から差し込む光に次第に蒼いものが混じっていった。夜明けだった。あの時間に特有の蒼みがかった翳りの中で、少年は、土人形にヘラで刻みつけたようなあいまいな、しかし素朴な微笑を浮かべ息絶えていた。輝夜は少年のおだやかな微笑を見るのがたまらなく心地よかった。いとおしかった。輝夜はその白魚のような指先で、少年の頬に小さなへのへのもへじを描いた。クスクスと、相変わらずあのやさしげな笑い声を立てながら……
アッパー系のおクスリをキメた大型機械の駆動音のような、とかく人間離れした絶叫が部屋に轟いた。
「もう! 何なのよ急に!!?」
永遠亭のとある一室では今珍事が起きていた。患者の一人である小さな子供が大暴れしているのだ。彼の暴れっぶりといったらもう大人顔負けなもので、手当たり次第部屋に置かれていたものを投げつけ、威嚇でも恐慌でもない、叫ぶこと自体が目的のような激しい絶叫を繰り返している。鈴仙はそんな少年を押さえつけようと、自身の能力である波長を操る術を駆使していた。にもかかわらず少年は全く静かにならない。
「どうしたのかしら鈴仙? 歴戦の軍人であるあなたが、そんな小さな子どもに手こずるだなんて……」
永遠亭のあるじ、輝夜はからかうようにそういった。パニくる鈴仙に対し流石に輝夜は飄逸だった。輝夜はベッドの上にゆったりと腰を沈め、涼しい顔して愉快そうに騒動のなりゆきを見守っていた。
「見ていないで手伝ってくださいよ! つーかなんでコイツ狂気の瞳が効かないのよ!?」
「あら、そんなこともわからないの? それはね、すでにその子が狂っているから。自分ではない何者かを、その内側にやどしているから」
輝夜の言葉は鈴仙には届かなかった。もうそれどころではなかったのだ。少年は突然カエルのように這いつくばったかと思うと、後ろ足で床を蹴り鈴仙の股下をくぐった。そして尻の付け根のあたりにフワフワ漂っているしっぽを鷲掴みし強くねじった。
「ぎゃっ!?」
その膂力は子どものものとは思えぬほどだった。鈴仙は肉体の平衡を失った挙句、床に転がっていた尿瓶に足を取られた。そのはずみで尿瓶が割れ、中に入っていた黄色い尿があたりに飛び散る。
「あらあら鈴仙、私のもとにそんな不浄なものを飛び散らせたら、承知しないわよ」
クスクスと、相変わらず愉快そうな笑い声を上げながら輝夜は言った。
対する鈴仙はとうとうキレた。部屋に立ち込めるアンモニアの臭いを深々と吸い込んだかと思うと突然地に這った。ウサギらしい四つ足本来の姿勢。その目からは荒々しい眼光がほとばしり、歯も剥き出しになっていて知性を感じさせない。
「ウウ……」
低い唸りをあげたかと思うと鈴仙はその身を宙に踊らせ、少年に強烈な頭突きをおみまいした。その衝撃に少年はもんどりを打って倒れた。すかさず鈴仙は少年の体にのしかかり両腕で押さえつけ(この場合は前脚と言った方が正しいか)何度も何度も憎悪を込めた頭突きをお見舞いした。
「度がすぎるわねえ鈴仙。少年がくたばってしまうわ」
口ではそういったものの輝夜は鈴仙をとめようとはしない。相変わらず彼女はベッドにうずめた腰を上げることなく、二匹の動物の争いを見て愉快そうに笑うばかりだった。
「── ってなことがあったんですよ! どう思いますか師匠!?」
「どうもこうもないわねえ」
散々頭突きを喰らい少年が気絶した後、鈴仙は少年をがんじがらめに縛り上げ別室に隔離し永琳のもとへ直行した。そして溜めに溜めた不満を一気にぶちまけた。
「いったい何なんですかあのガキは!? 青白い顔した痩せっぽっちなガキだったんです。もらわれてきたネコみたいに大人しかったんです! なのにね、薬を打とうとした途端気が触れたかのように暴れ出したんですよ! しかも姫様は助けてくれないで見てるだけだし……。もううんざりですよあんなガキ! 見捨てて死ぬのを待ちましょう!!」
「輝夜が助けてくれなかったのは、少年が暴れるのを見て楽しんでたからでしょうね。永すぎる時を生きる者にとって、胸のすくような娯楽というのは何より貴重なものだから……」
「……わかりましたよ! 姫様に関しては百歩譲って許します! あの人の考え方には前々から意味不明なところがありました!! でもあのガキは何なんです!? 師匠の力でどうにかできないんですか!?」
「ムダよ。もう何度も薬は打ってるわ。でも効き目が全く出ないの」
「えっ……いやいや嘘でしょ。私師匠の才能に関しては本当に尊敬してるんですよ。本当の天才だと思ってるんですよ。その師匠がですか……」
「遺伝的な宿痾か、それとも先祖が悪神に取り憑かれるような真似をしたのか、とかくあの少年もその家族たちも、ある奇病に罹っているのよ」
永琳はとうとうとその奇病の内容について語り始めた。
「ある強迫観念、いや、もはや観念というより実在ね。あの一家の者たちは皆、自分の内側にある自分ではないものに苦しめられてきた」
「それって……多重人格とか、精神分裂みたいな?」
「似てるけど違うわね。それは精神病でしょ? 肉体に対し実際的なダメージを与えはしない。けれどもあの一家の場合は違うの。ねえ鈴仙、レントゲンという医療機器を知ってるかしら?」
「ええと、えっくすせん?とかいうのを使って、患者の体の内側を見れるんでしたっけ。流石月の技術ですよね! 地上の連中のしょぼい脳味噌ではまず思いつかない道具です!」
「言っておくけど鈴仙、レントゲンは外の世界にもある技術よ」
「えっ……」
「それはさておき話をつづけようかしら。私はそのレントゲンを使って彼の体の内部をのぞいて見た。そしたら何が写ったと思う?」
「ええと、肉体の内部ですから……肺みたいな内臓とか…」
「肺のような薄い臓器は映らないわ。ここで使ってるのは月の技術を利用して作った特別性だから、隅々まで写すし3Dモデルへの変換も可能だけど」
「ああ、もう! 揚げ足とってもったいぶってないで、早く教えてくださいよ!」
「わかったわよ。答えは、手形よ」
「……手形? へ? 体の内側に?」
「その通りよ。腸の表面に手の形をしたアザが浮かんでいたの。その時少年は何日もの間、腸をねじられるかのような痛みに苦しみつづけていた。この「ねじる」というのは比喩ではなかったわけ。肉体の内側から生えた手がほんとうに少年の腸をねじっていたのね。それだけでなく少年の内臓全体が緩慢に、しかし確実に破壊されつつある。内側から生えた手によってねじられ、引っかかれ、殴りつけられ……」
「その手っていうのは……」
「もう一人の自分、のものでしょうね」
「要するに病気じゃなくて祟りとかそういう系だったってことですか。でも、師匠の術だったらちょっとやそっとの呪いのたぐいくらい……」
「もちろん試したけど無理だったわ。実を言うと私ね、彼の父と母を治療しようとしたこともあったの。しかしそれも無駄だった。彼らは無惨極まる最期を遂げた」
「あのう、あんまり聞きたくないんですけど……」
臆病な鈴仙は永琳の話にビビりつつあったのだ。しかし永琳は一切構わず話をつづけた
「まず父親の方だけど、彼は特徴的な頭の形をしていてね。多面体じみていたのよ。全体的にウマヅラの上にアゴも大きくて、ほぼ直方体をしていた。それに頬骨も高くて鼻の左右に二枚の板をはりつけているかのようだったわ。加えて額も富士額だったし、頭骨も雄々しく隆起し、後頭部なんかしなった鉄板を埋め込んでるみたいだったの。そんな彼は死ぬ間際、自分の顔の一面一面に鏡を使って「顔」を描いていった。三つの「顔」を顔面に描き、計四つの顔が浮かび上がった姿で、彼は首を吊って死んでしまったわ」
「四つの顔……」
「父親は四つの人格の存在を自分の内部に感じ取っていたのね。それに比べて母親は一つ少なかった。三つの人格を感じ取っていた。そしてその最期は父親のそれとは比較にならないほど凄惨だった。母親はね、自身の豊かな乳房を二つとも切断してしまったの。切り取られた二つの乳房に彼女は、胸から溢れる血と脂を指に塗ったくって、乳首を目に見立ててダルマのような隻眼の顔を描いた」
「……」
「どうしたの鈴仙、反応がないと寂しいのだけど?」
「……ぷぷ、ぷっ、アハハ!」
こらえきれない、といった様子で鈴仙は腹を抱えて笑い出した。
「師匠〜、ヘンな嘘つかないでくださいよ〜っ。いくら私だってそんなウソじゃ騙されませんって。与太話にも程がありますって」
「鈴仙、その笑いは虚勢でしょ?」
永琳は落ち着き払った冷たい声音で刺すようにいった。たちまち鈴仙の笑いは停止した。
「ほんとうは真実だって理解してるのでしょう。でもそれを受け入れたくないから、怖いから笑い出したりしたのでしょう? あなたは臆病な子だからねえ」
「……」
鈴仙は答えなかった。ただバツの悪そうな顔して永琳の方をじっと見るだけだった。
それからしばらくして、鈴仙は観念したかのように言った。
「そりゃ怖いですよ……師匠でもどうしようもないだなんて」
「安心なさい。少年たちに取り憑いてる「何か」は、あの血族にしか興味がないみたい。私たちが害を被ることはないわ。それより、あの少年は今どうしてるの」
「別室で隔離中です。姫様が付き添いで面倒見てくれてます。どうも姫様、あのガキのこと気に入ってるみたいなんですよね。頭のいい人の考えることは私にはよくわからないでーす」
「あの子は頭がいいというより……純粋なのよ。純粋だからこそ珍しいものの、珍しさだけをそのまま取り出して賞翫できるのだわ。それは本当に高貴な者にしか許されぬものの楽しみ方よ。輝夜がそういった人物でなければ、私だって蓬莱の薬を作ったりしなかったと思う……」
「よくわからないんですけど、やっぱ姫様はすごい。姫様こそナンバーワンってことでいいんですか?」
永琳は答えなかった。代わりに腕組みをしてコクコクと、さも満足そうに何度かうなづいた。
パチン、パチンと、小気味のよい音が部屋に響いていた。少年は今、隔離先の病室で輝夜に爪を切ってもらっていた。
「ああ、すみません。あんなことをしてしまったのに、こんなによくしてもらって、爪を切ったりしてもらって……」
恐れ多かったのだろう、少年はすっかり恐縮しており、元々血の気の薄い顔をさらに青白くして輝夜に何度も頭を下げていた。その姿は、先ほど鈴仙に襲いかかった時の凶暴性とは縁遠いものだ。
今は少年の、生まれた時からあった方の人格の方が表にあらわれていたわけだ。
「気にしないの。それよりもっとお話を聞かせてちょうだい。あなたの話はとても面白いわ。時間を忘れることができるわ」
いとおしそうに目を細めながら輝夜はまた少年の爪を切った。爪は音もなく、シーツにしかれた紙の上に落下した。
「わかりました。でも、何を話せばいいのかな。父と母の死に様はすでに話してしまった。祖母の死に様は話しましたっけ? 祖母は自分のお腹に釘を打ち込み、へのへのもへじを作って死んでしまったのです」
「あら、それは初耳ね。詳しく聞かせてちょうだい。時間がかかってもいいから、しっかりと細かいところまで思い出して、話してちょうだい」
「もちろんです! では、話をさせていただきます!」
少年は喜び勇んで長々と時間をかけ、自分や家族たちの悲惨な運命について輝夜に語りつづけた。輝夜は折を見て少年に水や菓子を与えて休息を取らせた。
そうしていると不意に、部屋の扉が開いた。入ってきたのは鈴仙だった。
「あっ、姫様、どうしてコイツの拘束解いてるんですか!? せっかく縛り上げておいたのに!」
「あなたはムゴいマネをするのねえ。こんなちっぽけな子に」
「またまたぁ。さっきの惨状は姫様だって見てたはずじゃないですか!」
「惨状とは大袈裟ねえ。せいぜい、じゃれあいだったじゃないの。二匹のちっぽけな獣たちの」
「そりゃあまあ、姫様から比べたら私たちなんてちっぽけな存在なんでしょうけど……」
「あなたはこの子を随分嫌うのね。でも、安心なさい。もうあなたはこの子に煩わされることはないわ」
「どういうことですか? まさか治療法が見つかったとか」
「違うわ」
輝夜はそのほっそりとした白い腕を伸ばし、少年を抱きよせた。輝夜は少年の小さい頭を優しく撫でながら、言った。
「この子はじきに死ぬわ。明日の夜明けごろには、もう彼岸へと旅立っているわ」
輝夜の言葉を聞いた鈴仙はもう付き合ってられないといわんばかりのいまいましげな表情を浮かべ、逃げるように部屋から出ていった。
「あらあら、行ってしまったわね。これでもう一度ふたりっきりになったわねえ。そろっともういい時間だわ。何か食べたいものはあるかしら? きっとあなたの最後の晩餐になるわ」
「何もいらないです。僕はただ姫様と話をしつづけたいです」
「殊勝な子ね。他に望みはないの?」
「ありません。姫様と話していると、僕は自分を忘れることができます。他人の想い出について語っているような感じがしてきます。それがものすごく、落ち着くのです。僕を散々内側から痛めつけてきたアイツから、逃れられているような気がするのです」
「フフフ……立派な子ねえ。賢い子ねえ」
輝夜は袖で口元を隠し、控えめな笑い声を立てた。
「見なさい。気づけばもうたそがれよ。日が落ちるわ。空が血を流したように赤いわ。あなたが見る最後の夕焼けよ」
「見ません。もうかまいません。僕は話をつづけようと思います。僕の祖父は……」
こうして少年は話つづけた。ある時話を遮り輝夜は再び少年に問うた。
「見なさい。お月様が空に高く昇ってるわ。今日は満月よ。それもとても大きい月ね」
「構いません。話をしましょう」
少年は話しつづけた。その間少年はずっと目を見開いていた。その負担のため少年の双眸はすっかり充血してしまい、生々しい真紅に染まっていった。
夜遅く、喉が枯れるまではなしつづけたところでようやく少年の話は終わった。
「ああ……もう、話すこともありません。ねえ、僕は、じきに死ぬんですよねえ。死ぬ前に、話し終えることができて、よかったです」
「よくがんばったわねえ。随分と楽しませてもらったわ。何か望みはあるかしら」
「水を、飲みたいです。水を、飲ませてください」
「おやすいごようよ」
輝夜はそばに置かれていた水差しを傾けコップになみなみと水を注いだ、少年はすっかり細くなった腕で、慎重にコップを掴み、よろよろと口元まで運んでいった。よほど喉が渇いていたのか、少年はコップの水を一息で飲み干してしまった。
「渇きを潤せたかしら?」
「はい。潤せました。姫様、今度は僕は、おしっこがしたくなってきました……」
「かまわないわ」
輝夜は少年のズボンを下ろすと、むき出しになった股間に尿瓶をあてがった。少年の下腹部に力が込められ、ちっぽけなペニスの先から勢いよく尿がほとばしる。瞬く間に尿瓶には大量の尿が溜まっていった。
「これでよかったかしら?」
「はい。ありがとう、ございます。姫様、最後にもうひとつだけ、お願いがあります」
「何かしら?」
「姫様が、おしっこをしているところを、見てみたいです…………」
「うふふふふ。わかったわ。見せてあげるから、少しだけ待っていなさい」
輝夜は一旦部屋から出た。しばらくして輝夜は両手いっぱいに新聞紙を持って戻ってきた。輝夜はそれを床に何枚も重ね尿を吸い取れるようにした。
「見てなさい。とくと見てなさい」
その所作は舞踊のようにかろやかで無駄がなかった。たくみに服の端をつまみ、しなやかに身をよじらせ一枚一枚ハラリハラリとお召し物を脱いでいく。そうして輝夜はあっという間に一糸まとわぬ素っ裸になった。
和服の似合う華奢な肢体を輝夜は持っていたが、腰回りは、尻にも腿にも白い肉がたっぷりとついていていかにも女らしかった。しかし肉がつきすぎて不恰好ということもない。しっかりと引き締まっていてその輪郭はなめらかですっきりとしたものである。白くきめ細やかな肌に、流麗な曲線の美。その肉体は無上のうつくしさを感じさせるものだった。
けれどもそんな輝夜の肉体にも、一点だけ、生々しくみだりがわしい美とは程遠い器官があったのである。性器である。周りの肌は真っ白なのに、そこだけ黄桃のように赤と黄の混じった、濃い肉色をした厚い貝のようなものが盛り上がっている。その真ん中には花弁のようなものがくっついた、粘膜にテカる栗色の筋がある。少年の充血しきった紅い眼は肉色の性器に釘づけになっていた。今からそこから、生あたたかな新鮮な尿があられもなくほとばしるわけだ。
「あらあら、そんなに見つめられると恥ずかしいわよ」
口ではそういいながらも輝夜の表情に含羞はない。輝夜はベッドの上の少年の体に両腕を回ししっかりと抱きしめた。小ぶりな白い乳房が少年の顔に押しつけられる。その乳房にはひんやりとした脂肪が新鮮な果実のようにみっちりと詰まっている。少年のほてった頭にはそれがすこぶる心地よかった。しみいるようだった。
「ほら、もっと楽しむのよ。今という時間をしっかりと噛みしめ、味わいなさい。そうすれば、刹那だってあっけなく永遠へと転じるわ……」
輝夜は少年の手首を掴んでその掌を自身の乳房へとあてがった。少年は誘われるままに掌で輝夜の乳房を撫で回した。次第に少年は頭を傾けていき、蜂のようにくびれた輝夜の腰へと額を押しつけた。輝夜がくすぐったがって後ろに下がろうとすると、少年は輝夜の尻に掌を押し当てそれを阻止した。そうして両手を使い輝夜の白い肉体をゆっくりと愛撫していった。
そのうち輝夜は少年の目が変わっていくのに気づいた。それまではヤニ色の濁りが混じっていたのが徐々に薄れていって、ビー玉みたいな綺麗に透き通る赤へと変わっていった。同時に双眸からは焦点が失われどこを見ているのか、いやそもそも何かを見ているのかすらはっきりしなくなった。
「それでもあなたは見たいのよねえ。いいわ。叶えてさしあげるわ」
輝夜は少年から離れ新聞紙の上に立った。乾いた紙はカサっと隠微な音を立てた。輝夜は性器を見せつけるように股を広げながら腰を下ろし、量感のある白い尻を突き出した。和式の便器にまたがるのと同じ格好である。肉付きのよい両腿に挟み込まれ、そのはざまの性器はぼってりと盛り上がり血色よく、輝くようなバター色をしている。輝夜は陰阜を飾る青々とした恥毛の一房を軽く引っ張り、クスクスと気泡の弾けるような軽い笑い声を立てた。そしてとうとう排尿が始まった。性器のワレメから勢いよく尿がほとばしり、床に敷かれた新聞紙に黒いシミが広がっていく。輝夜はそれを見てますます愉快そうに陽気な笑い声を立てた。狭い部屋の中いっぱいに笑い声は反響し、どこかすっぱいような尿の臭いとともに部屋を満たし尽くした。
輝夜の排尿を見たのち少年はもう一言も喋らなかった。輝夜もまた一言も喋らなかった。裸のまま、ベッドに横たわる少年のそばに寄り添っていただけだった。そして夜は更けていき、窓から差し込む光に次第に蒼いものが混じっていった。夜明けだった。あの時間に特有の蒼みがかった翳りの中で、少年は、土人形にヘラで刻みつけたようなあいまいな、しかし素朴な微笑を浮かべ息絶えていた。輝夜は少年のおだやかな微笑を見るのがたまらなく心地よかった。いとおしかった。輝夜はその白魚のような指先で、少年の頬に小さなへのへのもへじを描いた。クスクスと、相変わらずあのやさしげな笑い声を立てながら……