守矢神社のスーパープリティーロリ祟り神こと私、洩矢諏訪子には最近一つの悩みがある。
とは言っても外の世界にいた時みたいに信仰が薄れてきて神としての存在の危機だ、とかそこまで深刻なものではない。
正直なところ日常の些細な悩み程度の小さいことなのだ。
神奈子に相談したいのも山々なのだけれども、いかんせんあいつは無駄に器が大きい。
狭量な神だと馬鹿にされるだろうことは目に見えて明らかである。
「早苗ー。今日もあいつらウチに来るのー?」
「? ええ、来ますよ?
どうもあの子達、随分とウチが気に入っちゃったというか、居心地が良いみたいで……」
我が神社の巫女にして神の内の一柱である東風谷早苗に、遠回しに愚痴を零す。
尤も早苗は私の婉曲にまるで気付いてくれてはいないが。
早苗はこれから来るだろう客人達をもてなすためか、台所で小気味良い包丁のリズムを刻んでいた。
トントンと一定の音程で私のくつろいでいる居間にまで届くそれは、私に幻想郷での平和な日常を実感させる。
しかし早苗が台所に立つなんて珍しい。
ていうか、あの子料理なんて出来たっけ?
……時折「ギェー」とか「ギャース」とかいう家畜が縊り殺される時に出すような金切り声についてはノーコメントとさせていただこう。
あーあー、そんなに血(?)を飛び散らせちゃって。
神奈子が見たら泣くぞソレ。
それはともかく。
私の悩みというのは、早い話が早苗の交友関係についてのことである。
流石私の子孫だけあってフリーダムかつエキセントリックな性格をしている早苗のことだ。
悪い虫が付くとかそういうことに関しては全く心配していない。
事実、外の世界にいた頃は私譲りの(ここ重要ね)端麗な容姿を備えていたにも関わらず、普段の言動が余りにもアレ過ぎて誰にも告白されることがなかったのだ。
それどころか中学に入った頃には友達も全員離れていってしまっていたようだ。
殆どの幻想が否定されていた外の世界にあってなお、歴代風祝の中でも最大級の異能を持って生まれたあの子が現代社会に馴染めないのもまあ無理からぬ話ではある。
……まあ私達がそういう風に、異能者としてわざと増長する方向に育ててしまったという側面も少なからずあって、神奈子はそれを後ろめたく思っていた。
早苗には内緒にしているが、神奈子が幻想郷への進出を決意した背景にはそういった事情もあったのだ。
「っと、出来ましたよ諏訪子様ー。
一つ味見でもいかがです?」
「い、いや、私は遠慮しておくよ」
物思いに耽っていたところに、早苗が大皿に盛り付けた料理を次々と運んでくる。
台所での屠殺行為の時点で大分嫌な予感はしていた。
だが、
「つーか早苗、これ何よ?」
「んー、●●の×××和えに、▲▲▲の丸焼き、あとは■■の踊り食い、それから―――」
「もういいよ!
それ以上言わないで!」
いやはや、ここまで酷いものが出来上がるとは予想だにしていなかった。
それらはもう料理と呼ぶのもおこがましいほどのグロテスクかつスプラッタな代物だった。
一種の退廃芸術だと言っても通用するんじゃないかコレ、ってレベル。
って、うわぁ、今なんかの目がこっち見たよ。
私ですら吐き気を催すくらいだ、これは絶対神奈子には見せられない。
あいつ、軍神の癖に何故か心はピュアな乙女だから。
今は山の首領の天魔との酒宴で出張っているが、自分の巫女がこんな残虐超人に進化していることを知ったらショック死してしまいそうだ。
「えー、折角腕を奮って作りましたのに。
早苗ちゃんショック!」
てへっ★と舌をぺろりと出してウィンクする我が末裔。
「……あー」
うー。
やばいです。
拝啓こんなときに限って留守にしてる馬鹿神奈子、私達の巫女が大変キモいことになっています。
なんかもう身内にこんなのがいるのが恥ずかしくなってきたんだけど。
育て方を盛大に間違えたことについて、今夜は神奈ちゃんとの夫婦喧嘩が勃発しそうな気配。
いやいや、いくらなんでも『こんな風に』育てた覚えはありませんでしてよ?
まあ先刻も言った通り、人格が随分と突き抜けちゃってる子なもんだから、真っ当な感性を持ったやつらでは早苗と交友関係を持つことは恐らく不可能だろう。
なので本来は何も心配はないはずなのだ。
私達以外の誰とも付き合わなければ対人コミュニケーション絡みで起こり得る問題など、そもそも発生のしようがないのだから。
だが恐ろしいのは、ここが幻想郷だということだ。
つまりは―――
「あ」
死臭漂う気まずい暗黒空間と化した居間に、ぴんぽーん、とチャイムの音が鳴り響いた。
「来たみたいね」
「そのようですね。
ちょっと出迎えてきます」
ぱたぱたぱたと、スリッパの音を鳴らしながら早苗が玄関の方へと駆けていく。
後に残されたのはぽつねんと立ち尽くす私と、料理という名の何者か達の惨殺死体をミックスして盛り付けたR-18Gな物体群。
ああ、今来たやつらはこれを食わされるのか。
『あいつら』は私にとっては疎ましくも騒がしいだけの連中だが、正直言って同情を禁じ得ない。
しばらく居間で一人待つが、早苗が客人を連れて戻ってくる気配がまるでしない。
まあ大方玄関口で談笑でもしているのだろう。
なんか真昼間からグロいもん見ちゃったし、ちょっと気分転換に外の空気吸って来ようかな……。
この幻想郷に来てからようやく出来た早苗の友人関係に首を突っ込むのもまあ野暮な話だ。
居間から廊下へ出ようと木製の扉をきぃ、と開ける。
裏口から湖の方へと回ろうと、廊下をとてとてと歩き始めたその時だった。
「うにゅっほぉぉぉーう!」
途轍もない勢いで、何者かが私のわがままボディに突撃アタックを敢行してきやがったのは。
う、うげぇ。
吹き飛ばされながらも無意識に呻き声を上げる私。
数秒もしない内に廊下の奥の壁にぶつかり、全身に激痛が走る。
今―――肋骨何本か持ってかれた……。
「ああ、お空さん!
廊下でロケットダイブしちゃ駄目だってあれだけ言ったのに!」
いやそれもうどこからどう突っ込んでいいのかわからねえよ。
早苗の言葉からするに私に突っ込んできた馬鹿は地霊殿の核融合鴉、霊烏路空のようだ。
私と神奈子が八咫烏をインストールしたあいつだ。
力を与えた神の片割れを神社の壁にめり込ませるとか、最早バチ当たりだとかそういう次元の話じゃないぞオイ。
祟んぞ。
「あはっ、あっはっはっは!
ねえ早苗ねえ早苗!
―――あんたんところの神様、大の字で壁に張り付いてんだけど!
天狗呼んで写真撮らせましょうよ!」
「いや、流石にこんな有様を外部に発信されたらウチの神社の沽券に関わりますので」
癇に障る下品な哄笑を上げているのは恐らく、有頂天の不良天人だろうか。
神をも恐れぬその態度の馬鹿デカさ、後で絶対後悔させてやるからな。
つーか早苗、お前もまずは私の心配しろや。
いくら神様だからって泣くぞ。
「んー、んむー!」
しかしまずい、体が壁から全然抜けん。
後ろから引っ張ってくれと言おうにも、顔から埋まってしまっているので声が出せない。
それどころか、なんか息も苦しくなってきた。
その矢先、
スポンとギャグ漫画みたいな軽快な音を立てて、体が壁から剥がれて床に落ちる。
あっぶねえええ……完全に意識落ちるところだった。
「あのー、大丈夫ですか?」
ぜぇぜぇ、と息を荒げる私に心配そうな声がかけられた。
壁にめり込んだ私の身体を引っ張ってくれたのは恐らくこいつか。
誰だろう?
そんな天使みたいな慈悲の心を持ったやつは……と思いつつ顔を上げると、そこには槍のような青い翼と鎌のような赤い翼を背負った、幼い顔立ちの少女の姿があった。
「はぁ、助かったよ。
あんた、名前なんだっけ?
折角だから覚えておいてあげるよ」
「封獣……ぬえ」
「放銃(ホーチャン)?」
「麻雀は関係ないです」
あら、そりゃ失敬。
ぱんぱんと埃を払いつつ、よろよろと立ち上がる。
人間と違って丈夫に出来ているからいいものの、あの突撃を食らったせいでかなりのダメージが残っている。
今度永遠亭行って来よう。
「まあとりあえずみんな居間に入りなよ。
こんなところで立ち話もあれだしさ」
廊下には早苗の他に三つの人影がある。
彼女らが最近になって早苗に出来た、幻想郷での友人達だ。
「って、今日は三人全員来てるのか。
あんたらがフルメンバー揃うなんて珍しい」
「ええ、今日は三人とも暇らしかったので」
「うにゅ! 今日とあと明日も核融合炉のお仕事お休みだって髪の毛モッサモサの神様が言ってた」
あー、そういや運休日だったねえ。
けど神奈子の前でモッサモサって絶対言うなよ。
「私は聖に外出許可もらえたから……。
なんか守矢神社なら毎日でも行っても良いんだってさ」
命蓮寺の尼僧か―――確か神奈子が警戒してたっけ。
大方敵情視察ってところなのだろうが、こんないたいけな子をそういう目的に使うのは関心しないなあ。
「私は毎日が暇なのよ!」
うん、それは知ってる。
「では行きましょうか、皆さん」
「「「おー」」」
早苗に付き従うようにして、次々と居間へと雪崩れ込んでいく人外ズ。
楽しそうだなあ、こいつら。
……言ってしまえば、私の悩みというのはここ最近になってこの守矢神社に頻繁に出入りするようになったあの三人のことだ。
類は友を呼ぶとはよく言ったもので、比那名居天子も霊烏路空も早苗に勝るとも劣らないレベルで頭のネジが吹っ飛んでいる、言うなれば早苗の強敵(とも)である。
まあ封獣ぬえちゃんだけは早苗に良い様に振り回されてる感はあるけれども、ぶっちゃけ付いていけてるだけでトンデモないとも思う。
そんなやつらが毎日のように代わる代わる神社に遊びに来てはどんちゃん騒ぎを繰り広げるのだ。
ロリぃな私の胃(とあと物理的な意味で体も)に蓄積されたダメージは結構なものになっているのです。
けどまあやいのやいのと騒々しいのは確かだが、やっとこさ幻想郷に慣れることが出来た早苗の大切な友人達。
そう邪険にするのもかわいそうか。
それに何よりも。
あの三人といるときは、いつも早苗が幸せそうな顔をしているのだ。
「外にいた時はあんな顔してなかったよなあ、あの子。
……あー、祟り神の私が柄にもない」
なんだか気恥ずかしくなって、一人ごちる。
勿論、誰も見ていないなんてことは分かっているのだけれども。
×××
『ウィーントキィパーフェクト!』
「ぬえええええん!」
しばらく湖で涼風に当たった後居間に戻って来てみれば、何故かぬえちゃんのケンシロウが早苗の操るトキにフルボッコにされていた。
なんのこっちゃである。
「早苗ェ・・・あんた一体何やってんのよ」
「いえちょっと久々に世紀末のふいんきを味わいたくてつい……」
その「つい」でわざわざ自分の部屋からPSX持ってきた挙句に初心者狩りとか、もうちょっと常識に囚われてもいいんじゃないかとご先祖様は思うわけでして。
「うわあああん、蛙の神様ー!
早苗が修羅の形相で私をいじめるー」
だばぁ、とぬえちゃんが私の胸に泣きながら飛び込んでくる。
私の方が彼女よりも小柄なのだがそこは気にせず、我が子をあやすように抱き止め てあげる。
まだ小さくてピュアだった頃の早苗思い出すなあ。
いかん、可愛過ぎて鼻血が吹き出そうだ。
「おーよしよし。
早苗! お前には血も涙も無いのか!
ゲームで遊ぶにしたってもうちょっと他に選択肢があったでしょうに!」
「……はん、文句は勝ってから言ってもらえますか諏訪子様。
私に一度でも勝てば素直に言うこと聞きますよ?」
あ、このド腐れ巫女め。
こともあろうに開き直りやがった……!
「あー、いいだろう!
そこまで言うならやってやるわよ!」
正直あまり勝てる気がしないが子孫の邪智暴虐を止めるのも保護者の務め。
私のジャギ様が火を噴くぜ!
ガソリンタンク的な意味で!
2P側に刺さったコントローラーを握り、いざ早苗に挑もうとしたのだが、
「うにゅっ、うにゅっ!」
なんか空がアーケードモードやってるんですけど。
使用キャラクターは―――サウザーか。
「えーと、お空さん?
今諏訪子様と対戦するからちょっと代わってくれませんか?」
早苗が腰を屈めて空を覗き込むように、比較的柔らかい口調でコントローラー(と言ってもアーケードスティックだ)の明け渡しを要求する。
「やだ! これ終わったら代わるからちょっと待ってて!」
いつになく強情な空の様子に、困惑する私と早苗。
なんだか目が真剣で怖い。
「えー……」
「あー……」
「じゃあ待ちますか、諏訪子様」
「だね」
待つ、と言っても私も早苗も大分戦意を殺がれてしまったが。
ごめんね、ぬえちゃん。
結局君の仇は取ってやれなかったよ。
しかし涙目で膝を抱えてぷるぷる震える正体不明妖怪の南斗愛らしいことか。
「ところでさー」
「はい?」
「あの不良天人の姿が見えないようだけど、どこに行ったのさ?」
そうなのだ。
先程から天子の姿が居間に無いのを私は不審に思っていた。
ここにいるのは私と早苗、泣くじゃくるぬえちゃん、それに聖帝を使って必死になって戦っている空の四人だけなのである。
まさかあいつ、ハブられてるんじゃ。
と、一瞬良からぬ想像が脳内を駆け巡ったのだが、
「いえ、天子さんは今私の部屋でガンダム見てます」
えー。
なんか予想外の答えが返ってきたんですけどー。
「……一応、そうなった経緯を聞こうか」
「いえ数日前にですね、エゥーゴvsティターンズで天子さん相手に憂さ晴らしをやってたんですよ」
「オイ待てやコラ」
お前は初心者狩り以外にストレス解消方法が無いのか。
折角出来た友達無くしても知らんぞ。
「とは言え私あのゲームそこまで得意じゃありませんし、天子さん意外にセンス良くってすぐに私とそこそこ戦えるようになっていったんですよ」
まあ早苗の得意分野は2Dの格ゲーだしね。
むしろあのゲームは神奈子の領分だったはず。
あいつが何を使うのを得意としていたかは、推して知るべし。
「それで、このゲーム原作があるんですよー、って言ったら食い付いてきたので」
「あー、なるほどねー」
ゲームから原作に興味を持つ。
まあ良くあることだ。
というか製作者冥利に尽きるってモンだろうそれは。
「それでこの間からちょくちょくDVD-BOX観させてるんですよ。
勿論最初はファーストからでしたが、今はもうZの終盤くらいを見てる頃でしょうか」
全く意外なこともあったものである。
あの不良天人も素頓狂な性格をしているとはいえ結構な齢だろうに。
まあ、年経てもなお新しい物事に興味を示すあたり、精神性はまだ随分と若さを保っているのだろうけども。
いや、あいつの場合は幼いって言った方が適切なのかもね。
『南斗鳳凰拳奥義天翔十字鳳!!』
テーレッテー、と突如聞き慣れた小気味良いBGMが耳にテレビのスピーカーから飛び込んでくる。
まだ初心者な空のことだからもう何回もコンティニューしてるんだろうけど。
偶然出たものとはいえ一撃必殺技で敵を倒せたのが嬉しかったのか、なにやらプルプル震えている。
そして、堰を切ったように。
「早苗、なんかコイツ滅茶苦茶格好良い!
南斗鳳凰……えーと、なんだっけ?
とにかく格好良い!」
興奮冷めやらぬ様子で、さっきのサウザーの技の真似を全身を使ってしてみせる空。
やめろ、狭い部屋の中でそんな馬鹿でかい羽を広げるな。
そして核融合エネルギーで鳳凰型のオーラを形成しようとするのはマジやめろ!
「神社ごと吹っ飛ばすつもりか!」
「うにゅぅ……ごめんなさい」
うむ、素直でよろしい。
ちなみに―――これが後の空の無敵切り返しスペル、鴉符「八咫烏ダイブ」である。
私が慌てふためいていた一方で早苗は何が楽しいのかからからと笑っていた。
「いやぁ、どうやら聖帝がいたく気に入ったようですね。
ところでお空さん?
このゲーム、原作になっている漫画があるのですが……」
あ、こいつ天子のときと同じ手段でまた趣味の布教をしようとしてやがる。
「本当に!? こいつが戦ってるところ見れるの!?」
「ええ、見れますよ。
サウザーが出てくるのは結構後の方ではありますが―――まあまずは一巻から読んで見ましょうか」
「見る!
私その漫画見まくる!」
「では帰る前になったら一度私の部屋に来て下さい。
全巻まとめてお渡ししますから」
「うっにゅにゅー!(歓喜の雄叫び」
哀れ霊烏路空は非常識巫女の術中に囚われてしまった。
しっかしホント幸せそうな顔してるなあ、こいつら。
「うう、早苗ー。
何か私にも楽しめるゲームって無いのー?」
先刻からちょっぴり蚊帳の外扱いを受けていたぬえちゃんがもじもじしながら口を開いた。
空があまりにも楽しそうだったのが羨ましくなったのだろうか。
まずい、まずいぞ諏訪子。
このままではぬえちゃんまで早苗の毒牙にかけられてしまう!
「ええ、勿論ありますよ。
なにもゲームは対戦物ばかりではないですからね。
ぬえさんにはなにかRPGでもオススメしましょうか」
ちょっと部屋から何本か持って来ますね、と早苗が居間と廊下を隔てる扉を開け放とうとした瞬間。
バァン、とド派手な音を立てて、早苗が手をかける前に木製扉が勝手に開いた。
いや勿論、裏側から誰かが開けただけなんだけれども。
「早苗!」
「どうしたんですか、天子さん。
そんなにハァハァ息を荒げて」
どうやら全速力で早苗の部屋からここまで駆け抜けてきたようで、衣服にも若干の乱れが見られる。
この不良天人には「廊下を走ってはいけません」なんて言うのは至極無駄なことなんだろうなあ。
「その着衣の乱れに荒い息、そして赤らんだ頬!
天子さんまさか―――私の部屋でオ」
「違うわよ!?
馬鹿じゃないの!?」
早苗、その発想超下品。
「まさか天子さんがそこまで私のことを想ってくれてただなんて……。
良ければ私の服とか下着とか一式お貸ししましょうか?」
「だーかーらー、違うって言ってるじゃない!
つーかそんなもん何に使えってんのよ!
はぁ……まあいいわ。
いやね、今まで早苗の部屋でZガンダムを見てたんだけれど」
「それは私も諏訪子様もわかっています。
それで何がどうしたってんですか」
「えーと、あのね。
白い流線型のフォルムのメカが出て来たんだけど……」
「モビルスーツと言って下さい、天子さん」
少々不機嫌そうに訂正を要求する早苗。
そこはもしかして譲れないところなのだろうか?
「うん、その、白いモビルスーツが出て来たのよ。
あんたのところの蛇の神様みたいな髪型した女が乗ってるやつなんだけど―――」
「ハマーンのキュベレイですね。
キャラ名とモビルスーツ名くらいちゃんと覚えましょう」
「それで、そのキュベレイのヒュンヒュン動く武器!」
「? ファンネルがどうかしましたか」
「そう! ファンネル!
アレ滅茶苦茶格好良いじゃない!
私も弾幕ごっこであんなの使ってみたいわ!」
うわー。
うわーうわーうわー。
さっきもあったよこの流れー。
やっぱり類友だよこいつらー。
早苗と仲良くなれるやつなんて結局こんなんばっかりか……。
グッ、と握り拳を作って熱く語る比那名居天子嬢。
そんな不良天人に早苗は、
「使えば良いじゃないですか。
丁度天子さんの使ってる要石、ファンネルに形状が似てますし」
「! それもそうね!
よーし、今度弾幕ごっこするときまでに、あの動きを再現してみせるわ!
じゃあ私またZ見てるから、ご飯時になったら呼んでね」
あ、こいつら普通に夕飯食ってく気満々か。
なんて図々しいやつらだ。
ん?
そういや飯といえば。
「早苗、あんたが作ってたあのゲテモノ料理はどうしたのさ?
ちゃんと捨てたの?」
私が居間に来た頃には既にテーブルの上にその姿は見当たらなかったのだが。
「ゲテとは失礼な。
ちゃんと皆で美味しくいただきましたよ?」
マジかこいつら。
あの、モザイクかけなきゃ放送コードに載せられないようなブツを口に運び、挙句飲み下しただと!?
「早苗の料理美味しかったわ。
さとり様の作るペットフード程じゃなかったけどねー」
まあ空がアレを食べられることについてはそこまで驚くようなことでもないか。
八咫烏の力によって神聖属性を得たとはいえ、元は屍肉を啄ばむ地獄の鴉だ。
早苗の作ったあのバイオ兵器も、彼女にとっては普段食べているものと大して差異は無いのだろう。
「天人。あんたはアレ食ったの?」
「ええ、いただいたわ。
地上の料理ってなかなかワイルドなのね。
悪魔の飼い犬の料理とは大分趣が違ったけれど、甲乙付け難かったわ」
いやいやいや。
アレを料理と呼べるあんたがわからない。
もしかしなくてもコイツ、桃じゃなければ何でも良い、みたいな考えの持ち主か。
なんか天人という種族が哀れに思えてきたわ。
そして良いのか十六夜咲夜。
あんたが折角腕を奮って振舞った高級(多分)料理があんなものと同列に語られてるんだけど。
「ね? あれはれっきとした料理なんですよ!
きっと諏訪子様は目が腐っているのですね!」
得意気な顔で高みから見下ろしてくる早苗。
腐ってるのはお前の脳みそだ。
さすがの私もイラッ★と来るわ。
ぬえちゃんの方をちらりと見遣る。
まあこの子も妖怪みたいだし、ああいうゲテモノには耐性あるのかなあ。
……と思ったのだが、なんだか恐ろしいものに怯えるような表情でブンブンと首を横に振る正体不明妖怪。
ああ、この子だけはまともだった。
やばい可愛い。
間違いなくこの子は早苗組の唯一のオアシスである。
なんかもうアレだ。
ぬえちゃんを早苗の悪魔の所業から守ってやるのが私の使命な気もしてきましたですよ?
庇護欲のそそられっぷりが半端ないのですが。
「まあとりあえず夕飯食べてくんならあんたらはそのままくつろいでてよ。
私は人数分の料理の仕込みでちょっと台所に篭るけど」
あと、早苗が散らかした殺戮会場の後始末もしなきゃいけない。
正直気が滅入るが、神奈子が来る前にまっさらにしておかないと色々まずい。
「諏訪子様が作るんですか?
夕飯も私が用意しようとしていましたのに……」
「お前には二度と厨房は任せねえよ」
これだけは断固として言い放たせてもらう。
がっかりする早苗と、逆に目をぱぁっと輝かせてこちらを拝むように見つめているぬえちゃんの様子が酷く対照的だ。
安心しろぬえちゃん。
夕飯は私が腕によりをかけた、とっておきのフルコースをご馳走するからね!
×××
「さあ今日は外の世界のメジャー料理、ヌードルを振舞わせてもらうわ!
どうぞ召し上がれ!」
「「「いただきまーす!」」」
……あれだけ意気込んでおいて非常に恥ずかしいことなのだが、今晩の夕飯はカップ麺である。
結論から申し上げると。
私は夕飯の調理に盛大に失敗したのだ。
よくよく考えてみれば、料理経験ゼロの私が思い付きで台所に立とうとすること自体が愚かだったのかもしれない。
普段の食卓は正直言って全部神奈子に任せっきりだからなあ。
私も早苗も、今の今まで必要に駆られなかったために料理技術向上の機会が全く以て皆無だったのである。
そんなこんなでとりあえず。
幻想郷に入って来る以前に買い込んであったカップヌードルのタイムカンがまだ大量に残っていたのでそれを皆に振舞ったのだ。
天子も空もぬえちゃんも、外の世界の食べ物が珍しいのか、嬉しそうに談笑しながら各々の口に麺を運んでいる。
あの三人はこれを私の作ったお手製の料理だと思い込んで食べているけれど、外の世界を知っている早苗だけはさすがに誤魔化しきれない。
こいつはこれでいて案外勘が良い。
きっと私が料理に失敗したことなんて既に看破してしまっているだろう。
「諏訪子様、これは」
「言わないでくれ早苗。
頼むから何も言わないで」
「……ちょっとお台所見てきますね」
う、うわー!
やめろー。
頼むからそっちに行くんじゃあない!
わいわい賑わう人外三人をよそに早苗は一旦箸を置いて、ズンズンと台所へと歩を進めていく。
止めようと追いかけるが時既に遅し。
終わりだ、見られてしまった。
「諏訪子様。もしかして」
―――そうなのだ。
血筋と言うべきか何と言うべきか。
私が冷蔵庫から色々な食材を取り出して次々に包丁にかけていたらついつい往年の祟り神としての残虐性が表に出たのか変なノリになってしまって。
そして気が付いたら昼の早苗の料理よろしく、グロテスク&スプラッタな終末芸術の一丁上がりである。
もうなんとでも言ってくれ。
最早言い訳はしまい。
結局のところ私にはお前の料理を馬鹿に出来る資格なんて無かったってことだ。
「やっぱり諏訪子様もわかってくれたのですね!
私流の料理の素晴らしさを!」
どれだけ罵られようが構わない……って、ん?
ああ、そうか。
早苗の目にはアレが『素晴らしき至高の料理』に映るわけなのか。
脳みそどころか眼球まで腐ってるとは、本当に救えない。
私に言えたことではないのかもしれないけれど。
「そう! これですよ!
この野性味溢れる、生命そのものを食らう実感を重視したこれこそが、まさしく神の料理!」
「あー、うん。そだね。
キットソウニチガイナイヨー」
仕方ないので適当に合わせておこう。
この場さえ凌げれば、後でどうとでも出来―――
「諏訪子ー! 早苗ー!
ご主人様が今帰ったぞー!
うぇっへっへっへっへ」
うわぁ、最悪のタイミングだ。
神奈子が帰ってきてしまった!
酒焼けした声から察するに、かなりの量を天魔と飲んでいたようだ。
まずい。
早くこの消毒されるべき汚物をどうにかしなければ。
「あ、神奈子様お帰りなさいー」
早苗が神奈子を出迎えようと居間へと向かっていく。
「おお。
早苗ー、私がいない間寂しくなかったかー?」
ちゅっちゅっ、とここまで聞こえる音がするくらいの熱烈なキスの嵐が早苗を襲う。
どんだけ酔ってるんだあいつは。
つーかおっさんかお前。
「もう、神奈子様ったら。
皆が見てるんでやめてくださいよー」
案外満更でもなさそうに返す早苗。
そしてぽかんとする三人(ぬえちゃん顔赤らめてる、超可愛い)に、ようやく神奈子が気付いた。
「あ。なんだ、こんなに友達来てたのか。
早苗の交友関係も広がったよなー、感心感心。
で、諏訪子の姿が見えないけど、あいつどうしたよ?」
「諏訪子様なら台所に。
料理を作ってたけどそれを私達に出さなかったってことは……そうか、きっとあれは神奈子様のために作られたものだったのですね!」
「ははっ、あいつも随分と甲斐甲斐しくなったものじゃないか。
ふーむ、確かに台所からワイルドな肉料理っぽいスメルがするなあ。
いよーい、すーわこー!
おまーえーのあいーするーかーなこさーまが、かーえってきーたよーっと!」
酷く恥ずかしい台詞を吐きながら神奈子が台所に侵入してきた。
私の『料理』は残念ながら隠蔽が間に合わず神奈子の目に留まってしまい、
「ナニソレ」
呆然として立ち尽くす神奈子。
そりゃそうだわなあ。
こんなもん見たら、普通はそうなるわ。
「ところでさ、なんでこの料理もぞもぞしてんの?」
「え?」
動いてる?
馬鹿な、材料にした生物は一匹残らず××したはずなのに。
不安に駆られつつも恐る恐る再度ソレに目を向けると、
―――私の料理からはいつの間にか、クトゥルー神話に出てくるクリーチャーばりに艶かしく蠢く触手が生えて来ていた。
「ぎゃあああ!
なんじゃこりゃああ!?」
きもい!
超きもい!
ミシャグジさま(アトラスの方のやつね)よりもきもい!
……この幻想郷の地に、新たな土着神が誕生してしまった!
意味がわからん。
これはあれか。
祟り神(とその末裔)が料理するとどうしてもこういうものが生まれる運命にでもあるのか。
「諏訪子。それは、さす、がに……」
だんだんと神奈子の顔色が青ざめていく。
うん、この手のクリーチャーは精神的に、きつい人にはきっついのだ。
「あは、あはははははははは」
あーもう乾いた笑いしか漏れないや。
「私には食えなゲボォォォォォォ!」
「うわー、神奈子がゲ○ったー!」
無理もないのはわかっているが、やっぱりなんだかんだで私の心は酷く傷付いた。
そしてこの日、私は一つの誓いを立てる。
「もう厨房に立とうとなんてしないよ」
自分の吐いた吐瀉物の海にばしゃ、と倒れこむ神奈子の物悲しい姿を見て「もう二度と、もう二度と……」とうわごとのように繰り返し呟く私、洩矢諏訪子だった。
×××
先に言っておくと、私がうっかり生成してしまったあの料理もとい新型クリーチャーは即座に埋葬した。
とりあえず早苗の持ってた某錬金術漫画で出来てしまった母親っぽい何者かと同じ運命を辿ってもらうことになりましたとさ、まる。
南無南無。
あと神奈子は顔を綺麗にした上で、寝室に運んだ。
気絶したショックでさっきのを全部忘れてくれてたらありがたい。
「それでは皆さん、夜道に気を付けて帰って下さいね~」
時刻はもう午後十時を回っていた。
早苗の友人三人もそろそろおいとまするようで、現在神社の玄関先で私と早苗が送り出そうとしているところだ。
しかしそのセリフ、早苗が言うと別の意味に聞こえるっていうのは突っ込んじゃいけないところなんだろうか。
「お空さん、北斗はちゃんと持ってます?」
「うん、持ったよ。
明日来るまでに全部読んでくる!」
「そこまで急がなくても大丈夫ですけどね。
世紀末は逃げませんから」
霊烏路空は何故か北斗の拳のキャラクター『聖帝サウザー』に対して並々ならぬ憧れを抱いてしまったようで、彼の物語を読めることに物凄く興奮している。
馬鹿で鳥頭な方が毎日が楽しいんじゃないかと錯覚してしまいそうになるくらいの、喜色満面の地獄鴉少女であった。
「それじゃあ明日も来るからね!
ちゃんとZZ用意しときなさいよ!」
はいはいと了承する早苗。
結局Zは全部見終わったのか。
「それじゃあぬえさんも、また明日」
こくりこくりと頷くぬえちゃん。
ちなみにこの子は夕飯までの間、ずっとミンサガをやらされていた。
不慣れなゲームに四苦八苦しながらも熱中するぬえちゃんを台所から眺めるのは私にとって至高の時間だったと言って良い。
うーん、この子ウチで飼えないかなあ。
「あ、そうだ」
突然早苗が何かを思い付いたように神社の中へ舞い戻っていく。
きょとんとする私たち四人。
しばらくして、大きな風呂敷包みを抱えた早苗が帰ってきた。
「えーと……早苗、何それ?」
「PSXです。あとソフトを数本。
なんだかぬえさんも気に入ってくれたようですし、いっそのことプレゼントしてしまおうと思いまして」
思いもしなかった早苗からの申し出に、背中の羽をぱたぱたさせて嬉しい気持ちをだだ漏れさせるぬえちゃん。
本当にこの子の可愛さはやばいなぁ……じゃなくて!
「ちょっと! ウチのゲーム機でまともに動くのはもうこれしかないんだよ!?」
これを持っていかれてしまっては、日々の暇潰しに難儀することうけあいだ。
いくらPSXがナチュラルに幻想入りしてそうなゲームマシンだとは言ってもさ。
私の抗議に早苗は何故かフフンと鼻を鳴らす。
あ、なんかその顔ムカつく。
「その点については大丈夫ですよ諏訪子様。
近日中に紫さんがPS3を持って来てくれますから」
あとスパⅣとRAP3も、と付け足す早苗。
八雲紫―――あの胡散臭い幻想郷の賢者か。
確かにあいつは外の世界にも自由に行き来が可能なようだし、早苗が欲しがるような新作ゲームを調達してくることも容易ではあるのだろうけども。
「へー、けどよく聞き入れてくれたもんだ。
早苗。あんた一体どんな手を使ったのさ?」
九尾の狐か二股尾の猫でも人質に取ったか?
と、私が怪訝な表情をしているのを見て取ったのか、
「やだなー。
ただ単純におねだりしただけですよ」
あっはっは、と笑いながら否定する早苗。
いや待て。
それこそ人質作戦よりも有り得なくないか?
あの鉄面皮の大妖怪が、そんなことで重い腰を上げるとは到底思えないのだが。
「おねだり?」
「ええ、おねだりです。
アリスさんが言ってたんですよ。
紫さんは素直に甘えてくる子には弱いんですって。
まあ私ばりの美少女が上目遣いの一つでもすれば、落とせない方はいませんからね」
最後の一言に内心で「思い上がんなよ小娘が」と呟きながらも、早苗の言う『アリスさん』とやらのこと思い出す。
私や神奈子は博麗神社での宴会の時くらいにしか顔を合わせないが年の近い早苗とは馬が合うのだろう、どうやら頻繁に会っているらしかった。
確か神奈子が言うにはあの少女はかの赤き魔神の秘蔵っ子のようだし、このままウチの早苗と良い感じになってくれれば……とちょっぴり邪な考えが脳裏に浮かぶ。
けどもしそうなったら、ウチの信仰うなぎ上りになるだろうなあ。
いわゆる一つの政略結婚ってやつだが、悪くないな、うん。
けろけろけろ、ここは一つ早苗に犠牲になってもらうとしようか……。
まあ大分先の話だろうけどねー。
「はー、あのルーマニア人の娘っ子がねえ。
あんな綺麗な顔して、内面は随分と強かなんだねー」
「アリスさんと紫さんは古い付き合いがあるみたいですから、彼女にとっては何気なく取った行動だったのかもしれませんけどね。
まあ紫さんは普段は霊夢さん達からも倦厭されてるらしくって、愛情にでも飢えてるんじゃないでしょーか」
「で、あんたはそこに付け込んだと」
「んー、まあ言い方がちょっと気になりますが、大方はそんなところですね。
『お外のPS3と新作格ゲーとアケコンが欲しいなあ★』って言ったらイチコロでしたよ!」
……オイオイなんでこんなやつに騙されるんだ、八雲紫。
そんな露骨にダーティなおねだりをするやつが一体どこの世界にいるっていうんだ(ここの世界にいるのが非常に残念なところである)。
いくらなんでも愛に飢え過ぎだろう、それは。
「いやー、ともあれこれで私も久々にガチ勢に復帰出来ます。
弾幕ごっこも楽しいのですが、いかんせん筋肉痛が辛くって」
「あんたまだ若いでしょうに……。
ん? けどこっちの世界でオンライン対戦って出来んの?」
幻想郷でまともに格ゲーが出来るやつなんてそれこそ早苗くらいだろうし、早苗が『ガチ』と言うからにはそこにしか行き着きようがない。
つーかテレビですら繋がらなくなってるんですけど幻想郷。
「いや、そこは大丈夫です。
紫さんが『無線藍』を用意してくれるので」
「無線―――ん?
何だって?」
「『無線藍』です」
「…………」
あ、突っ込んだら負けなのか、これは。
「と、いうわけでこのPSXは持ってっちゃって下さい♪
命蓮寺の皆さんと仲良く遊ぶんですよ?」
「うん、ありがとう、そうするわ」
言って、PSXの入った風呂敷包みを嬉しそうに受け取るぬえちゃん。
もしかしてこうやって餌付けされてるから離れられなかったりするんだろうか、この子は。
恩を売ることで鎖に繋ぐ、か。
早苗は本当に頭の良いお方に育ったものだ。
「それでは皆さん、また明日!」
「ハマーンがどうなるのか気になるからまた来るわ!」
「明日もお休みだから私も!
それまでにサウザーのお話読んでおくよ!」
「じゃあ早苗も蛙の神様も、お休みなさい」
「うんお休みぬえちゃん」
ばいばーい、と方々に散っていく三人。
私はぬえちゃんの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
あれだけ騒がしかった神社に、ようやく静寂が戻る。
「ふふ。
早苗、寂しそうな顔してる」
「そんなことは、ありませんよ。
明日もまた会えますし。
それを言ったら、諏訪子様だって」
「はん、まさかだね!」
強がっては見せるものの、我ながら虚勢にしか聞こえない。
くすくす笑う早苗にそっぽを向ける、いい年こいた土着神の頂点は残念ながら私だった。
―――不思議なことではあるのだが。
若干の寂しさを感じてしまっているのは、早苗だけではなかったのだ。
気分としては、祭りの後に近い。
いや、本当に、ほんの少し、だけどね。
「そういえちょっと気がかりなことがあるんだけどさー」
「? 何かまずいことでもありました?」
気恥ずかしさを誤魔化す意図もあって、違う話題を早苗に振ってみせる。
「ほら早苗、今日あの子達に色々外の世界の漫画とかアニメとかゲームとか見せたりやらせてたりしてたじゃん?」
天子にはガンダム、ぬえちゃんにはPSX、そして空には北斗の拳と。
早苗の趣味嗜好に、あいつらは随分と感化されていたように思える。
「ええ。けどそれがどうかしたんですか?」
「人間と違ってさー。
人外の存在ってのは、精神に与えられた影響がダイレクトに肉体にも変化を与えちゃうなんてことも珍しくないんだよ。
場合によっては姿形を変貌させてしまうことすらあるんだ」
「けどさすがに、あれくらいでなにかが変質したりとかは無いんじゃないかと思いますけど」
「うん、そうなんだけどさ。
あの子達があんまりにもあんたの影響を受け過ぎてるような気がしたから、ちょっと言ってみただけだよ」
「そうですか……ご忠告、痛み入りますわ」
「まあ、心配する必要もなかっただろうけどね
ぶっちゃけ、『よっぽどの馬鹿』でもない限りは大事になんてならないって!」
あはははは、と二人して大笑いする。
こうして今日も幻想郷の夜は更けていく。
明日もまた変わらないながらも楽しい日常が私達を待っている。
早苗が無邪気に笑ってられるこの世界に、私と神奈子は感謝してもし足りない。
外の世界ではとてもじゃないが見られない、遥か上空の輝く星の海を仰ぎながら。
そんな感傷的な思いに私の心は支配されていくのだった……。
―――と。
ここだけの話、これで終わっておけば綺麗な話で終われたんだけどなあ。
……いやあ、私も早苗もすっかり失念していたのだ。
北斗の拳を全巻地霊殿に持ち帰ったあの核熱鴉が、『よっぽどの馬鹿』なんて言葉では形容しきれないほどのアルティメット鳥頭だっていうことに。
×××
地底世界の奥深くにその建造物はあった。
主である古明地さとりの奇特な趣味を極限まで反映した、極彩色の毒々しいステンドグラスが至る所に配置された、非常に目に優しくない御殿―――地霊殿。
守矢神社から帰ってくるなり霊烏路空はその屋敷に用意された自分の部屋(さとりに言わせれば、ペットなので『ケージ』だそうだが)に篭っていた。
早苗から渡された北斗の拳の物語世界に没頭するためだ。
独特の世界観、王道のストーリー、そして魅力的なキャラクター。
その全てが空の心を激しく打ち、仁星の男が聖碑の下敷きとなり凄絶な最期を遂げた場面を読んだ時などは、
「シュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥー!!」
と、まるで主人公の心境とシンクロでもしたかのように目を潤ませながら大声で叫んでいた。
そしていよいよ、空が読みたくて読みたくてたまらなかった場面がやってくる。
すなわち主人公ケンシロウと聖帝サウザーの再戦である。
一つまた一つとページをめくるたびにごくり、と何度も喉を鳴らす空。
息を吐かせぬ激闘、聖帝の悲しき過去、そして決着。
サウザー編を読み終えた空の胸に去来した感情は果たしてどのようなものであったのか。
それは彼女以外には誰にも知り得ないことだ。
ただ、空の双眸から零れる大粒の―――否、瀑布のような落涙が、彼女にとってそれがこの上なく素晴らしき物語であったことを如実に表していた。
勿論、北斗の拳の物語にはまだ続きがある。
当初の目的であった聖帝サウザーの生き様を見届けたことである種の達成感のようなものが空の心にあったのも事実だ。
だが今となってはそれ以上にこの物語がどういった結末を迎えるかということが気になって仕方がなかった。
しかしストーリーが一つの区切りを迎え、また既に明朝に近い時間帯になっているのもあって、空は続きはまた起きてから読もうとしていた。
立て続きに感動しっ放しだったものだから、いかな体力自慢の地獄鴉であるといっても疲れが溜まってきていたのだ。
「ふわぁ、そろそろ寝るかな」
ベッドに身を投げ、毛布をかぶって瞳を閉じ、やがて訪れるであろう眠りを待とうとした。
その時だった。
「うにゅっ!?
うにゅっほあぁぁぁぁぁぁ!!」
―――霊烏路空の体に突然の大異変が起きたのは。
×××
一夜明けて翌日の昼過ぎ。
今日もまた神社に遊びに来ていた比那名居天子と封獣ぬえが、腹ごなしにと湖で弾幕ごっこに興じている。
もう一人、霊烏路空の姿はまだ見えないのは、大方遅くまで北斗に読み耽っていて陽が昇りきるまで爆睡しているとかそんな感じだろう。
まあ地底に上るべき太陽はあの子自身なのだが。
ちなみに私は午前中に永遠亭での診療を受けてきた。
診療結果は全治一週間。
昨日の空のロケットダイブのせいで肋骨がバキバキに折れてしまっていたとはいえ、そこは神の肉体。
治癒速度もゴッド並なのです。
まあ完治まではくれぐれも安静に、とのことだが。
「しかしあいつら元気だねー。
食ったばかりだってのによくやるよ」
「なんでも二人とも、新スペルを開発してきたらしくって。
きっとそれを試してみたいんでしょう」
「ああ、天人の方はそんなこと言ってたね」
確かキュベレイのファンネルを再現してみせるとかなんとか。
あ、天子の尻にぬえちゃんの投げた三又槍がブッ刺さった。
「ぎゃあああ!
貴方私のア○ルを増やす気なの!?」
「はん!
お望みならもっと尻穴を増やしてあげるわ!」
「誰が望むものですか!
いいわ、見せてあげる……私が一晩かけて編み出した全方位飽和弾幕を!
っと、その前に」
ズボッ、と尻に深々と突き刺さったトライデントを引き抜く天子。
「あふぅんっ!
……っ、返すわ正体不明野郎」
悪態を吐きつつそれをそのままぬえちゃんの方に投げ返す。
全身を捻って繰り出された懇親の投槍だったが、標的はそれを背中の6本の刃の翼で軽々と切り払ってみせた。
「もう要らないわ。
貴方の腸液にまみれた槍なんて汚らわしくって触れやしないもの」
うわぁ、ぬえちゃん結構きっついこと言うなあ。
昨日とは打って変わって。きょうの封獣ぬえはカリスマに満ち溢れていた。
伝説の妖怪の面目躍如と言ったところか。
「ああん?
誰のア○ルが汚いって!?」
そこまで言ってねえよクソ天人。
「貴方は臓腑の奥までドス黒そうね……正直近寄りたくもないから、こいつらとでも遊んでなさい」
吐き捨てて、ぬえちゃんは自分の周囲に赤青緑三色の円盤をいくつも展開し、それらをぐるぐる旋回させ―――無数の円盤が一斉に天子に向かいベクトルを転換させた。
封獣ぬえお得意のUFO弾幕である。
おびただしい数のエネルギー弾がUFOから放たれるのを見て、天子は回避行動に移る。
緋想の剣でいくつか円盤を叩き落しながら、優雅に全弾を捌いていくのは天人の身体能力の高さの為せる業か。
だがそれでも天子不利の戦況は覆らず、なかなか攻勢に移れない。
「ふっ、どうやら伝説の妖怪って称号も伊達ではなさそうね。
けど残念でした……」
「あん?」
「今回の私の新スペルは、こういう数で不利になったときにこそ輝くものなのよ!
行けっ、カナメファンネル!」
力強く言い放つ天子の背中から、十基の要石が目にも止まらぬスピードで次々と大空に向かって飛び立っていく。
そして―――
UFOとは比べものにならないレベルの旋回性能を発揮しながら気弾を発射し、それらを見る見る内に撃墜していく要石。
それが私と早苗に何を想起させるかと言えば、
「凄い……! あの動き、まさしくファンネルのそれですよ諏訪子様!」
「へー、たった一日で良くここまでやるもんだ」
正直感心ものである。
その熱心さを他の何かにぶつけた方がいいんじゃないかと思わなくもないが、それも野暮な話か。
「あーはっはっは、どうよ正体不明野郎!
あんたの可愛いUFOちゃんなんてこのまま全機撃墜してやるわ!
ファンネル達よ……そこ!」
くわっ、と天子が目を見開くとほぼ同時に要石が複雑怪奇かつ非同期の軌道をとってぬえちゃん本体へと猛襲をかける。
「ぐっ……」
「墜ちろ俗物!」
ぬえちゃん危ない!
……と私が思ったときには既に気弾の嵐が一斉射されていた。
あそこからではさすがに回避も間に合うまい、が。
「やったか!?」
*おおっと*天人様よ、その台詞は良くないフラグですよ?
「遊星よりの―――弾幕X」
静かに、しかし明瞭に宣言されるスペル名。
集中砲火の爆心地のはずのぬえちゃんのいた場所にモクモクと立ち上っていた煙が晴れる。
「あれは……!」
注視する封獣ぬえ以外の三人。
そこにはファンネルから照射された気弾を食い止めるように、否、押し潰すように拡散しつつある高密度でカラフルな弾幕の壁が形成されていた。
次の瞬間、それら弾塊が堰を切られたダムの貯水よろしく、途轍もない勢いを以てして全方向に解き放たれていく。
「どう?
これなら貴方の『ふぁんねる』とやらも自由に動き回れないでしょう?」
「ぐぐっ。
それが貴方の新技ってわけね。
はん、けどこんなのただのいつもと同じ弾幕じゃない、のっ!?」
迫り来る弾の壁を一つ二つと事務的に対処していく天子だったが、剣気で薙ぎ払ってすぐのところにまた次の弾幕の襲撃に会い、体のバランスを大きく崩してしまう。
「この物量……さすがね。
いや、でもこれ、それ以上に―――」
いつものそれと違って何故か避けにくい?
遠くから観戦していた私達もぬえちゃんの新スペル、「遊星よりの弾幕X」の特異性に気付き始めていた。
「早苗、わかる?」
「ええ。どうやら弾の集積具合を意図的に調整して、何かの図形のような形にして発射しているようですね。
そしてそれが本能的に避け辛くなっている、と」
「みたいだね。
けどアレって」
真正面から渡り合っている天子本人には判別が難しいかもしれないが、高見の見物を決め込んでいる私達にはぬえちゃんの弾幕の形状が容易に見て取れた。
四色にそれぞれ固有の形が一つずつ。
赤色の○。
青色の×。
桃色の□。
そして緑色の△。
……って、まさか。
「プレステのコントローラーのボタンだコレー!」
ああ、天子だけでなくぬえちゃんまで早苗の影響を色濃く受けたスペルを開発してしまったのか。
むしろ早苗が彼女らを開発していると言えなくもなくなってきた。
まあなんだかんだでPSXもらって嬉しそうだったもんなあ、ぬえちゃん。
羽もぱたぱた動いてたし。
あ、弾幕Xの『X』はPSXの『X』か。
「良かったじゃん早苗。
ぬえちゃんにも喜んでもらえてたみたいでさ」
「はい。
この調子で皆さんを私色に染めていきたいです!」
「いやだからそれは自重しろと」
それでもえへへ、と頬を緩める早苗。
やっぱり誰しも、親しい者と価値観を共有出来るってのは嬉しいことなのだ。
ちょっぴり思考のベクトルがダメな方向に進んでいる気がするけど、まあこの際それは些事ってことにしておいてやろう。
ちなみに天子とぬえちゃんの弾幕ごっこはぬえちゃん優勢のまま天子がジリ貧になった末に決着を迎えた。
決まり手は墜落した天子の尻に、彼女が持っていた緋想の剣が都合良く刺さったことによるア○ルブレイクであった。
ちなみにぬえちゃんは勝ったにも関わらずなんだか釈然としない表情をしていた。
そりゃそうである。
×××
尻穴が裂けて気絶していた天子を二日酔いで寝込んでいる神奈子の横に寝かし付けた後、私と早苗とぬえちゃんの三人は居間で、今朝紫から届けられたPS3で遊んでいた。
やっていたのは新たに触ったゲームなので早苗も昨日のような猛威は振るわなかった。
まあ元のセンスの違いがあるので結局終始早苗のペースだったけど、まだ普通に楽しめる範囲だったし良しとしよう。
ぬえちゃんは相変わらず負けるたびに私に泣きついてくるけれど、うん、むしろ毎回こうなってくれるなら早苗には全力を出してもらっても一向に構いませんでしてよ?
「それではぬえさん、次私はこのキャラ使いますね。
初日ですし、色んなキャラに触っておかないといけないので」
「次は負けないわ。
いい加減私も慣れてきたところだし」
うむうむ。
切磋琢磨する少女の姿は美しいものだ―――っと、玄関先からぴんぽーんとチャイムの鳴る音が。
続いて、
「ごめんくださーい」
と、渋く質実剛健ながらもダンディズムに溢れる壮年男性を想起させる声が居間に響いた。
誰だろう?
正直幻想郷に来てからというものの男の知り合いなんて一人も出来ていないのでこの声の持ち主が誰かなんて皆目検討も付かない。
多分天魔配下の天狗か何かだろうか。
けどなんだろうなあ……この声どっかで聞いたことあるんだよなあ。
うーん、パッと出て来ないのが酷くもどかしい。
「あ、諏訪子様。
私達もう対戦始まっちゃってるのでちょっと出てもらえますか?
ほい、そこ昇竜です!」
「ぬええええ!」
あいよー、と二つ返事で答えて玄関の方へと歩を進める。
まあそのつもりだったけどね。
ゲーム中の早苗はテコでも動かせないほど腰が重いし。
間もなく玄関に到達すると、曇りガラス戸越しに180センチはあろう高身長とそれに見合った逞しい肉付きをした男性らしき影が見えた。
地獄鴉、霊烏路空も確か身長自体はそのくらいはあったな。
幻想郷の高身長筆頭とされてきたサボ死神よりも拳一個分上回っているのだ。
まあウチの神奈子はそれよりさらにでかいけどね。
しかし空は嫌味なくらいのモデル体型をしてやがるので、この向こう側にいるマッチョでガチムチな人物はまず空ではないだろう。
それに、
「ごめんくださーい」
こんなメリハリの聞いた男性があいつの喉から出るわけがない。
この声、外の世界の声優でたとえるなら銀河万丈みたいな感じだし。
「いや、みたいな感じっていうかこれは……っと、今開けますよー」
正直、銀河万丈そのものなような気がするのは気のせいか。
嫌な予感がする。
今早苗の友人で欠けてメンバーは一体誰だ?
昨日の晩、早苗は霊烏路空に何の漫画を渡した?
そして、
霊烏路空は、一体誰に対して強烈な憧れを抱いていた?
「まさか!」
ガララ、と勢いよくガラス戸を開け放つ。
その向こう側。
「いやあ、遅れてしまいました。
早苗達、怒ってませんか?」
巨大な羽、白と緑色の衣服、胸には大きな赤い瞳、そして象の足に制御棒。
それら霊烏路空のトレードマークとも言うべきものをその客人は全て兼ね備えていた。
にも関わらずシルエットで見た通りの鋼のような筋肉の鎧も纏っており、髪形はブロンドのオールバック、そして眉間には真っ赤なホクロが……。
そう。
そこには霊烏路空―――
―――のコスプレをしたようにしか見えない『聖帝サウザー』の巨躯が、雄々しく立ち尽くしていたのだ。
……えーと。
これは今からでもこの話のタイトルを『聖帝サウザーが幻想入り』とかにでも変更すべきなんだろうか?
完全に混乱しきった私の脳髄はなんだかメタ的なことに言及してしまった気がしないでもないけれど、コンフューズ具合が余りにも酷いので、その、っていうか。
「うにゅ、どうしたんです神様?
何か悪い物でも食べましたか?
うっにゅにゅにゅー」
やめろ、銀河万丈ボイスでうにゅうにゅ言うな!
ああ、もう、何がなんだか分からねえよド畜生が!
×××
……さっき言ったことをいきなり訂正するようで悪いのだが。
あれは聖帝サウザーではない。
簡潔に言ってしまえば、
「えーとつまり何ですか?
北斗の拳の物語に没頭して聖帝サウザーの生き様にあまりに感銘を受けた結果、その強い憧れによってお空さんの体がサウザーそのものに変質したと。
そう仰りたいのですか、諏訪子様?」
「うん、まあ、その。
信じたくはないけど多分それが真実かなー」
あは、あはははははは。
あー。
ホント、笑うしかないんですけど。
「なるほどなるほど」
ふむふむと唸ってみせる早苗。
ちなみにぬえちゃんは魂を抜かれたみたいに口をあんぐり開けて放心状態になっている。
昨日まで普通に遊んでいた仲間が次の日いきなり世紀末の帝王へとその姿を変貌させていたのだから、そのショックの度合いも無理はない。
「……って、人を馬鹿にするのも大概にしてくださいよ!?
そんな無茶苦茶なことが起きるわけないでしょう!?」
「起きちゃってるんだからしょうがないじゃん!
だったらここにいるこのサウザーは一体どう説明付けりゃいいのさ!?」
キレる早苗に、キレ返す私。
もうお互い何を言っているのか分からないことなど承知の上だ。
「二人ともそんなに騒がないでくださいよ。
私はこの体、凄く気に入ってるんですからー。
まさかこんなに早くサウザーみたいになれるなんて思ってもいませんでした」
みたいに、っていうかサウザーそのものなんだけどね。
姿から声から何から何までさ。
つーかコレ、さとりに一体どう説明すればいいんだ。
貴方のお宅のペットに漫画を読ませたら聖帝になりました、ってか?
「誰が信じるのよそんなの……」
よくよく考えて見れば、目の前の早苗の反応も至極当然なものだ。
しかしいくら妖怪が精神サイドに比重が大きく偏った存在で、人間なんて比じゃないくらい精神と肉体がダイレクトに繋がっているとはいえ、まさかこんなことになろうとは夢にも思わなかった。
天子やぬえちゃんも空とほぼ同時に早苗から外の世界の産物の影響を受けたが、彼女らに対しての影響は新しいスペルを開発する程度に留まっていた。
一体何が空と彼女らの運命を大きく分けてしまったのか。
見当は付いているが、それを口にするのはあまりにもあんまりだ。
「よっぽどの馬鹿」
ぼそり、と早苗が口を開く。
霊烏路空の特性、というか欠点。
致命的なまでの鳥頭が恐らくこの聖帝化の原因だろう。
三歩で何もかも忘れてしまうというのは空の鳥頭に関して言えば決して誇張でもなんでもなく―――
どころか、自分が何者であったかということですら簡単に頭から抜け落ちてしまうのである。
勿論普段は逐一自分を再認識しているため、あまり日常生活に支障はない。
「ただ今回みたいに一つのものにハマり過ぎるとこうなっちゃうみたいだね。
昨日の夜言ったのはこういう事態のことだったんだよ」
尤も、その忠告を口にした私もここまで意味不明な自体に陥るとは想像だにしていなかったのだが。
「早苗、本当にごめん。
こんなことになるくらいならもっと早く言っておけばよかった」
「そうですよ……なんでもっと早く言ってくれなかったんですか……」
「今回ばかりは謝っても謝りきれないよ。
早苗! この通り!」
神としてのプライドとかその他諸々をかなぐり捨てて土下座する私。
だが早苗は、
「もっと早く言ってくれてたら、色んな作品を読ませてそのたびに姿を変えるお空さんで遊べたのに!」
ぷっぷくぷー、と頬を膨らませて良く分からない理由で憤怒するマイ末裔。
駄目だこいつ。
早く何とかしないと。
てかそんじょそこらの妖怪なんかよりもコイツの方が封印しないとまずいんじゃねえの?
「まあそういうことならモノは試しです!
お空さん、ちょっと私の部屋に来てもらえます?
外の世界には、他にも色々面白い作品があるんですよ……」
「うにゅ? 行く行くー」
ノリノリで快諾するCV.銀河万丈。
ダメだー、行っちゃダメだー。
今の早苗を野放しにしたら、もうどうなるか分かったもんじゃない。
「早苗! 今までは色んなことを大目に見てきてあげたけど、これ以上の狼藉はさすがに看過出来ないよ!」
じゃきん、と虚空から鉄輪を取り出し戦闘態勢に入る。
「諏訪子様、どうしても私の暇潰しの邪魔をすると言うんですね?」
「ああ、さとりとの契約のこともあるしね。
それに、そんなに暇なら私が直々に潰してあげるよ」
「……ふぅ、お空さん?
汚物は?」
早苗の言葉に、にぃと不敵な笑みを浮かべて返す霊烏路サウザー。
「消毒せねばならんな!」
空が早苗を庇うように立ち塞がる。
まずい、とうとう人格までサウザーのそれに支配され始めたか?
つーか早苗、今私のこと汚物って言ったか?
ご先祖様はもうハートがブレイク寸前ですよ?
さて、早苗をシメる前にまずは目前の地獄鴉だ。
昨日の怪我のダメージが残っている私では長期戦になればなるほど不利になるのは目に見えて明らかだ。
しかし相手は再生力の高い妖怪。
普通に戦ってはどうしても長期戦にもつれこんでしまう。
と、なれば。
その再生能力の源、動力部たる心臓を一時的にでも破壊するしかない!
なに、そのくらいでは八咫烏インストールによって超強化された核融合鴉は死にはしない。
破壊された心臓も、数日あれば元通りだろう。
「はあぁぁぁぁぁ!」
「!」
空が反応するよりも早く懐に飛び込み、鉄輪による渾身の斬撃をその左胸に叩き込む。
皮は裂け、肉は抉れ、骨は砕ける。
心臓も確実に破壊し―――
「しまった!」
最悪だ、重大なことを忘れていた……。
口端を喜色に歪ませる空の表情を見て、私の心中が絶望に染まっていく。
―――今の霊烏路空は、霊烏路空であって霊烏路空ではない。
南斗の将星、聖帝サウザー。
失念していた……あのキャラクターの心臓の位置は、通常の者とは左右が逆なのだ。
つまり、私は彼女(?)の心臓を破壊出来てなんていなかったのだ!
その証拠に、鉄輪によって傷付けられた見るも痛々しい斬撃の痕跡が見る見る内に修復されていくではないか。
「フハハハハ!」
高笑いしながら私を突き放し、挙句その場でバック転をしながら私を蹴り上げるサウ……空。
「ちょっと! お空さん、やり過ぎです!
もう十分ですからやめてください!」
「退かにゅ!! 媚びにゅ、省みにゅ!!
地獄鴉に逃走はないのだ――――!!」
そして飛び上がったまま、光輝く鳳凰のオーラを纏って再度こちらに突撃をかけてくる。
……私には最早回避する手段はない。
「ぐあああああ!!」
力無く吹き飛ばされていく物体は悲しいかな土着神の頂点、洩矢諏訪子である。
神社の壁を何枚も容易くブチ破って、鳥居のある方角へと身が投げ出される。
昨日のロケットダイブのダメージどころの騒ぎじゃないぞこれ。
もう全身がバッキバキに複雑骨折である。
神だからこの程度では死なないとはいっても、痛いものは痛い。
正直正気を保っていられるような状態ではなかった。
私は朦朧としながらも、何者かの小さな人影を視界の端に認めたのを最後に、意識を手放した。
×××
ずっと眠ってた方がまだマシだったんじゃないかってくらいの激痛とともに目を覚ました私の目に最初に飛び込んで来たのは真っ白な天井―――
と私の顔の間を遮るようして覗き込んでいた、古明地さとりの姿だった。
「あ、起きたのですね諏訪子さん。
あのまま目覚めないのではないかと心配しました」
抑揚の無い声で話す地霊殿の主。
周囲を見渡してみるが、どうやらこの部屋には私と彼女以外は誰もいないようだ。
「ん、ここ、どこ?」
「永遠亭の病室です。
貴方がぼろキレのように転がっていたので、とりあえずお燐に運ばせて来ました」
猫車の乗り心地はいかがだったかしら?
などとロクでもないことを付け足したのはこの際気にしないでおこう。
「なんであんた、神社に来てたのさ?」
「そりゃあ、お空を回収しに来たに決まってるじゃないですか」
「あ。決まってるんだ?」
「ええ、私の可愛いペットですから」
あいつもなんだかんだで愛されてんだなー。
馬鹿な子ほど可愛いって言葉が真実なのだとしたら、古明地さとりにとって霊烏路空ほど可愛いペットもいないことだろう。
「その可愛いペットが大変なことになってたのは……見た?」
「ええ、どうやらまた発症してしまったようですね。
困ったものです」
んん?
なんだかさとりの言葉に引っかかりを覚えた。
今こいつ、『また』って言ったか?
「ええ、言いましたよ?
ウチのお空は無闇やたらに好奇心旺盛ですからね。
ああいうことはよくあるのです。
そのたびに私が催眠術をかけて元に戻すんですけどね。
漫画を読んだ程度で肉体に変化が及ぶというのなら、逆に『本来の霊烏路空であること』の暗示をかけてやればいいのですから簡単です」
聞いてもいないことを矢継ぎ早に繰り出す紫髪の少女。
あ、そうか。
こいつの種族はその名の通りの覚りだった。
私が喋らなくたって何の問題も無く会話を進行させられるのか。
丁度いいや。
全身が痛くて痛くて、正直口を開くのも辛いと思っていたところだ。
私の心は勝手に読んでいいから、話を続けてくれ。
その方が、気も紛れるしね。
「そうですか、では続けさせてもらいましょう。
貴方のように心を読まれることに抵抗の無い方とお話するのは非常に楽でいいです。
まあ『お話』というのもこの場合はおかしな表現ではありますけれども。
貴方が今気になるのはあの後神社がどうなったか、ですね?
結果からお話しますと、早苗さんとお空の暴走は二日酔いから復活した神奈子さんが力尽くで止めました。
神奈子さん、凄い剣幕で早苗さんを叱り付けてましたよ?
いくらなんでも悪ふざけが過ぎる、ってね。
あ、お空はもう私の催眠術で元の姿に戻してあるのでご安心を。
念のため、サウザー――というのですかあのキャラクターは――になっていたときの記憶は消してあります。
神社についてはまあこんなところですかね。
ああそうそう。
諏訪子さんの怪我についてですが、入院必須だそうですよ?
安静にしろと言ったのに一体何をすればこんなことになるんだー、って永琳さんが怒り心頭でしたので覚悟はしておいてくださいね?
え? あんたも大概人が悪い?
ふふ、こんな性格でもなければ覚り妖怪なんてやってられませんからね。
ウチの妹は、少々性格が良過ぎたのです。
だから『あんなこと』になってしまった……。
おっと、話がズレましたね。
ちなみにそろそろ貴方の大事な可愛い可愛い早苗さんがお見舞いに来ますよ?
ふふ、とぼけたって無駄です。
心の奥底ではあの子を溺愛してるってことくらい、私には簡単に分かってしまうんですから。
本当は心配で心配でたまらないんでしょう?
早苗さんがこのままお空達と仲良くやっていけるかどうかが。
確かにあの子は人付き合いというものに慣れていない。
加減がわからない、とでも言うのでしょうか。
今回みたいに上がりきったテンションを抑制するのも下手糞です。
けれどそういう心配は幻想郷では無用の長物だと思いますけどね。
お空やぬえさん、天子さん達がなんで早苗さんにあれだけ懐いているのかもう一度よく考えてみることをおすすめしますわ。
ああ、勿論諏訪子さんが早苗さんのことをこんなに想っていらっしゃることは本人には黙っておいてあげますけれどね。
そっちの方が色々楽しそうですから。
……お前は本当に嫌なやつだ、ですか。
お褒めに預かり光栄ですわ」
見た目の幼さに不釣合いな妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、さとりはふぅと一息吐いて一旦言葉を途切れさせた。
「さとり」
「あら? もう喋っても大丈夫なのですか?」
「ああ、これだけはあんたに心を読まれる前に自分から言っておきたくってね。
ホント、勝手に人の心中ベラベラ喋ってくれちゃってさ……」
「やはり気分を害されましたか?
まあ慣れてますけどね、そういうのには」
「いや、心に溜まってた膿を吐き出してもらったみたいな感じでさ。
正直言って楽になったよ。
ありがとう、さとり」
これは本心からそう思う。
普段はどうしても気恥ずかしさが先行してしまって考えることすら避けていた事柄だっただけに。
ああ、結局これも彼女には読まれてしまうのだったか。
「……それは良かった。
こんな能力でも、お役に立てれば幸いですわ。
ではそろそろ私はおいとまさせてもらいますね。
親子同然の二人の逢瀬を邪魔するのは、さすがに悪趣味が過ぎますからね―――
っと、どうやらちょっと退却するの遅かったみたいですね」
「あ」
ガララッと突如病室のドアが開き、その奥から早苗が青ざめた表情をしながらベッドの上の私のところへ飛び込んでくる。
「諏訪子様!」
「痛い、痛いって早苗」
涙ぐみながら私の胸に顔をうずめる早苗の姿は、親に許しを乞う幼子のそれそのものだ。
「ごめんなさい……私、あんなつもりはなかったのに。
本当にごめんなさい、諏訪子様」
泣きじゃくる早苗を、両手で優しく抱き締めてあげる。
こうしてると昔を思い出すなあ。
私も神奈子も早苗を昔は可愛かったなんて良く言うけれど、この子は今だって目に入れても痛くないほど、私達にとっては可愛い娘のような子だ。
馬鹿な子ほどなんとやら、である。
それをさとりに知られてしまったのはなんだか悔しいが。
「良いんだよ、少しずつ感情をコントロール出来るようなっていけばそれで大丈夫。
幸いにもホラ」
早苗の肩をぽんぽんと叩き、後ろを振り向かせる。
そこには早苗の幻想郷での友人三人。
比那名居天子、霊烏路空、封獣ぬえの姿があった。
「ここにはちょっとやそっとのことじゃ全然動じないやつがわんさかいることだし、さ」
早苗は一瞬、きょとんとしていたがすぐに言葉の意味を理解したのか、
「はい!」
と。
満面の笑みで私に答えを返したのだった。
なぁに、時間はいくらでもあるさ。
―――お前がちゃんと一人前の神様に成長するまで、ずっと見守っていてあげる。
尤も、いつか一人前になったとしてもこの手から手放すつもりは毛頭ないんだけれど、ね。
あと天子とぬえちゃん可愛いです
おあとが良い感じで
この四人はもっと流行るべき!
他のエピソードをもっと読みたい、そう思います。
元ネタ・・・ドランですかw
デッサイダデステニー
早苗さんトキ使いなのか、6Aなんかまんまだもんな
お空ガークラされちゃうな