[はじめに]
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 A-1 A-2
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【 A-3 】
妖怪の山の麓付近、山の入り口とも言えるそこには、五つの人影が浮かんでいた。
厳密に言うと“人”影はひとつ。残りは人外のものである。
もしもここに何も知らない人間がいて、人間とそれ以外の見分けがつくのならば、この状況は、夜の闇の中で人間が妖怪たちに囲まれているように映るのだろう。
――あぁ、あの娘は妖怪たちに食べられてしまうんだ、と。
――あの娘には悪いが、自分が食べられてしまう前に逃げよう、と。
だがしかし、そんな普通の人間の思惑など露知らず、緊張しているのは逆に妖怪たちの方だった。むしろ、人間の方は余裕すら窺える。
そこに佇む人間は、神に仕える巫女。
幻想郷の結界を司り、人間の害となりうる数々の異変を人知れず解決してきた最強の“妖怪バスター”。
博麗霊夢は、かったるそうに口を開いた。
「はいはい、そこまでよ。散々やりたい放題してくれちゃって、まったく」
彼女は言いながら、やれやれといった顔をしていた。
「……ちょ、ちょっと!!ここは私たちに任せてくれるんじゃなかったの!?」
彼女が現れてから最初に口を開いたのは、霊夢のチームメイトの穣子であった。
同じチームの彼女にも知らされていなかったのか、美鈴たちと一緒になって驚いていたのだが、霊夢が口を開いたことで我に帰ると、吐き出すように質問をぶつけていた。
「任せてたじゃない。でもみんなしてやられたみたいだから、私が出てきたのよ。あんたもケガしないうちに下がってなさい」
霊夢は仏頂面のまま答える。相手が八百万の神々だろうがなんだろうが、我が物顔で物を言う様は、それだけならとても巫女には見えないだろう。
「何言ってんのよ!!妖怪相手に背中は見せられないわよ!!」
「まぁ別にいてもいいんだけどね。巻き込まれてケガしても私のせいじゃないわよ」
「……ずいぶん余裕ですね。一応こっちは三人いるんですけど」
そう言って二人の会話に割り込んだ美鈴の掌は、しっとりと汗ばんでいた。
それは彼女だけではなく、衣玖も橙も同じ。緊張した面持ちで目の前の巫女を凝視していた。
彼女たちの心はひとつだ。
――マズいのが出てきた。
「ま、そうね。とりあえずルーミアは落としたけど、まだ三対一ね」
「私もいるじゃない!三対二よ!!」
穣子は抗議していたが、霊夢は相手にせず、
「……いいんじゃない?あんたち相手に三対一なら、お釣りがくるわ」
何食わぬ顔で、言い放った。
彼女の表情には見栄も打算もなく、ただ事実を述べているだけ、ということが伝わってくるようである。思わず呑まれそうになる、圧倒的な自負。
咄嗟に言葉を失いそうになる三人だが、
「あなた一人で私たち三人を相手にすると……?――驕りが過ぎるんじゃないですか、博麗の巫女」
衣玖が言葉を返す。
だが、彼女自身、おそらく霊夢の言う通りだということはわかっていた。彼我戦力差を考えれば、いくらこちらの方が人数が多かろうが、厳しい現状であることは疑いようがない。
それほどまでに、今の霊夢には威圧感がある。
ただの人間だと微塵も思わせない佇まい。いつもの彼女より、さらにひとつ容赦の無さそうな雰囲気。
――あの人は最初にルーミアさんから狙った。……争っていた気配は無かったから、おそらく一撃。あの闇の中でそんな芸当が出来るなら、暗闇を維持させたまま闇討ちして各個撃破する方が得策だったろうに……そうはしないということは……おそらく、彼女からすれば誰からやっても変わらなかった、という自信からでしょうね。
衣玖は内心で舌打ちをひとつした。
あの巫女相手にこの三人では、誰からどんな順番で挑んだとしてもそれぞれやられるのがオチだろう。
――ならどうする?逃げる?それも現実味が無い。妖怪退治が仕事のあの巫女が遊びとは言え自分たちをやすやすと逃がすとは思えない。どうせ大将以外は復帰可能なのだから腹を括って戦闘?それもどの程度無事に済むか…………。
衣玖は静かに逡巡する。どれだけ考えても、正解が出せる気はしなかった。
目の前の霊夢は変わらず静かに佇んでいるばかりだ。だが、いつまでもこうして睨み合ってもいられない。動き出される前に、何らかの決断を下さなければならない。
だが、彼女が答えを決める前に、チームメイトの一人がおもむろに口を開いていた。
「ふぅ……なんかどうあってもやるっきゃないみたいですね」
彼女はそれらしく、溜め息を吐き、
「――いいですよ。私からやりましょう」
美鈴が、そう切り出していた。
「……本気ですか?」
思わず衣玖は尋ねてしまっていた。
ほとんど無意識にそう返していたということは、彼女としては、戦いを極力回避し、逃げ切る気でいたのかもしれない。
「ええ。どうあってもこりゃ逃げられませんて。それなら正面突破しかないでしょう」
その視線はまっすぐ正面を見据え、飾らないままの真っ直ぐな言葉を霊夢へとぶつける。
ヤケになっているわけではない、それが誰の目にも伝わるほど、彼女の瞳には力が込もっている。
臆する様子はまるで無い。もちろん潔く散る気など、もっと無い。
現状を打破せんと、ただ前を見ている。
その声、その瞳に真っ先に反応を見せたのは――霊夢のそばで黙っていた、橙だった。
「い、いいこと言うね!!せっかくの機会だし、みんなで巫女倒そうっ!ね!私が二番手やる!」
そう意気込んで美鈴のそばに駆け寄る。
明らかに格上の相手――しかも味方が闇の中、一撃で落とされたのをすぐそばで見ていた彼女は、霊夢の出現に目に見えて怯えていた。当然と言えば当然のリアクションであろう。
しかし、今ではその顔に恐怖による曇りはなく、気合に満ちた表情をしていた。
それはただのカラ元気だったのかもしれない。美鈴の言葉を言葉通り取り、進退窮まったと開き直っているだけかもしれない。
だがそれでも、向かい合うことを決意したことに変わりはない。
きっかけは当然、味方の一声。
そんな二人の姿を見て――衣玖も静かに、心を決めた。
「……まったく。私が殿ですか?ちゃんと二人とも相手の体力削っておいてくださいね」
そう言って美鈴に笑いかける。
彼女こそカラ元気である。
頭の隅の冷静な部分では、状況が何も変わっていないことを叫び続けている。掌を滲ませる汗もまだ引いていない。
だが彼女はその掌を、強く握り締める。それだけで十分だった。
もう頭の奥の悲痛な叫びは聞こえない――すでにその瞳にも、力が込もっていた。
――急転直下のこの状況。一言で全員の士気を上げたのは、彼女…………美鈴さん、あなたもなかなかどうして、面白い人じゃないですか。
衣玖はくすっ、と微笑し、社交辞令として受けていた美鈴とのお茶会が、心から楽しみになっていた。
――私もちょっと、あなたとお話してみたくなりましたよ。
「決まりですね。――よーしっ!背水の陣だ!!」
「あんた一人で陣なのか?」
三人のやりとりを黙って見ていた霊夢がおもむろに口を挟む。
「違いますよ……私たち三人で陣です!!」
美鈴はそう言って、衣玖と橙と共に巫女を見据えた。
それぞれに力強い瞳は、星のように輝き、それぞれの決意の光を見せる。
六つの瞳に射抜かれながらも、霊夢はまだ仏頂面のままだった。
その表情は、ただ単に目の前の妖怪たちが躍起になっている状況をつまらなく感じている、というよりは、もっと別の――――――
「……いいわ。あんたら三人いっぺんにかかってきなさい」
霊夢は無表情のままに、そう言い放った。
決意を決め、順番を決めた矢先の予想外の提案に、さすがに三人は戸惑いを見せる。
「えっ……でもそれって…………」
「相手がいいって言うんだから、いいじゃない。今回のルールは複数人の戦闘を否定してないし。――あなたたちの陣、見せてくれるんでしょ?」
その言葉に、戸惑いは、すぐに消えた。
「―――……わかりました!待ったは無しですよ!!」
美鈴の出した答えに衣玖と橙も追従するように、霊夢を見据える。
三人は申し合わせたかのように一斉に三方へと散り、同時に、三者三様の弾幕を展開した。
【 B-1 】
「鳥目も治ったわね」
「まぁ相当上昇しましたからね。月まで行くのかと思いましたよ」
レミリアと文は山を抜けた先の空の上で落ち着いた。
眼下にある妖怪の山が黒い塊にしか見えないほどの高さ。夜の空の天気は良く、冷たく心地よい風が吹いている。雲までも突き抜けた空の上では、満点の星々、そして小望月が輝き、一行を照らしていた。
レミリアは、この月の光というものが好きだった。
太陽の不躾なまでに燦々と照る姿より、どこか物憂げで落ち着きのある月光の優雅さに好感をもっていた。それは、彼女が吸血鬼で太陽の光が嫌いだということもあるだろうが、純粋にレミリアの好みでもある。
ここ最近こんな月夜の散歩もしていなかったこともあり、ことさらに今夜は良い月のように思えた。
月の光の静けさに身を寄せるように、彼女は黙って小望月を眺める。
そんな心穏やかな時間も、
「おーい、鳥目も治ったんだから離してくれても良くないか?」
不意に聞こえた手元からの声で、あっさりと終わりを告げた。
「……デリカシーの無い人間は嫌いよ」
せっかく人がいい気分だったのに、と肩を竦め、掴んでいた魔理沙を適当に放り投げた。
一瞬の無重力、そしてすぐに来る自由落下に慌てるでもなく、彼女はすばやく手に持っていた箒を翻し、鮮やかに跨る。
「よっ、と。なんだかわからんが、礼は言っておくぜ」
彼女の口だけの謝辞を軽く流し、レミリアは文たちの方へと向き直った。
「それで?そちらの人間様方は大丈夫なのかしら?」
「あ、はい。お手数お掛けしました」
「これでさっそく一つ借りになっちゃったね」
すでに早苗も妹紅もピンピンしながらそこに浮いている。それぞれに目を合わせて喋ることができているということは、鳥目の方も全員治っているようだ。
「さて、それじゃあ早速山に戻ろうぜ!」
チームリーダーを差し置き、なぜか魔理沙が真っ先に声を上げる。ついさっきまでレミリアに引っ張り上げられてグッタリしていた姿が嘘のようだ。
そんなことはもう忘れたぜ、と言わんばかりに、彼女は勝手に降下を始めてゆく。
「…………置いてきてやればよかったわ」
レミリアは忌々しげに零しながら、黒ずくめの人間を追って山へと下りていった。
※
なにはともあれ、予定通り一行は山の中に再突入した。
一応夜雀の歌も聞こえないところをと考え、最初に入ったルートからは少し離れた川べりに着陸する。比較的見晴らしのよい場所に降り立ち、そこから木々の立ち並ぶ森の中を眺めていた。
改めて入る山の中は、つい先ほどまでの月と星の恩恵むなしく、鬱蒼と生い茂る木々で薄暗かった。
見通しのよい空の上から来たこともあり、山の木立の中の視界の悪さに思わず辟易しそうになる。すぐ隣を流れる川のせせらぎと、なんだかわからない鳥の声以外、耳に入る音もなにもない。
「さて……無駄に時間を使ったわね。ちょっと急がないとボスに会えないわ」
そう言ってレミリアはフヨフヨと飛びながら、森の中へと入っていった。
それになんとなく全員付き従う形で、歩くより少し早い程度の速度のレミリアを追ってゆく。
「そういえば、なんでわざわざ森の中を通っていくんですか?正面から神社を目指すんでしたら境内へ続く道を通った方が早いですし、もしくは空から直接行っちゃってもいいじゃないですか?」
早苗は木々の合間をすり抜けながら進むことに疑問を感じ、思わず尋ねた。
「まったく、無粋ねぇ。せっかく相手の本拠地に突入してるのよ?どうせさっきみたいにいろいろと配置されてるんなら、全部味わってからボスまで行きたいじゃない。空飛んでショートカットなんてズルしたらもったいないわ」
さも当然のように言ってのけるレミリアを前にして、早苗は反論しなかった。
外の世界から来た彼女は、妖怪たちを見たことはほとんどなかったし、こちらに来た今でも、山の妖怪以外と接する機会はそう多くもなかったが、彼女もいいかげん、レミリアのことをわかり始めていた。
――要はせっかくの暴れる機会を減らしたくないのね。……まぁ妖怪らしいっちゃらしい……のかしら?
まだ妖怪と吸血鬼の区別までは、気が回っていないようだが。
――まぁ、“暇つぶし”って言ってこんな大掛かりなことをするくらいだから、幻想郷の妖怪たちはよっぽど娯楽が無いのね。
そんなことをぼんやりと考えながら、黙って列になり進む。
本来早苗は、見た目や態度とは裏腹に負けず嫌いである。そして頭の回転の良い彼女は、勝負事となれば、正面から相手に向かっていくよりは策を弄して勝ちを取りにいくタイプだった。
その彼女が、この戦いの勝利条件である“リーダーを倒す”ということに特化した戦法――例えば他を無視してでも相手のリーダーに一斉攻撃を仕掛ける、といったことを言い出さずに、自分のチームのリーダーであるレミリアの言う通りに動いているのは、確かに、今回の相手が神奈子であるということもあるが――彼女もまた、他の参加者のように今回の騒ぎの空気に“あてられて”きていたのかもしれない。
「まぁ探索の基本は、正解っぽいルートを外れたところから埋めていくことだぜ。そうやって行けば、逆にレアなヤツに会えるかもしれん」
魔理沙はケラケラ笑いながら、微妙にズレたことを言って楽しんでいた。
この少女も早苗からすれば意味のわからない生き物に違いはないが、今の早苗にある意味怖いものなどない。
「ところで、次出てきた人の相手は誰がしましょうか?」
そんな早苗の胸中など関係無しに、文が列の最後尾から急に話題を振ってきた。
「あー考えてなかった。っていうか実際会ってから決めればよくない?」
レミリアは相変わらず作戦的なものに対してアバウトだ。
「まぁ決めとけば後々メンドくさくないのは確かだな。とりあえず、残りのメンツにさっきみたいな状態異常引き起こしそうなヤツはいなかったような気がするし、決めといてもいいんじゃないか?」
その魔理沙の声に、妹紅が口を挟む。
「いや、輝夜の飼ってるウサギがいる。そういう意味では、アイツはちょっと面倒だよ?」
さすが彼女は日頃から永遠亭の主と事を構えるだけあって、その部下のこともよく知っていた。とっさに鈴仙のことが浮かぶのも、チーム発表の際に無意識に永遠亭のメンツの所属チームを押さえていたのかもしれない。
もっとも、彼女も知り合いが多い方ではないので、知っている顔の配属先を追っていた、というのもまた事実なのだろうが。
「あー……そういえば、ウドンゲがいたか。やるならやるで構わないけど……アイツの相手するくらいなら違うヤツとやりたいもんだぜ」
「同じく。永遠亭のヤツらとはまた今度個人的にやるよ」
「せっかく山まで来てウサギ追いし、ってやってもねぇ」
「あのウサギは吸血鬼的にも美味しくないぜ、きっと」
「なんかみなさん敬遠してますし、よく知りませんが私もパスで」
そう言って各々反対意見を述べたあと、言いだしっぺの天狗の方へと振り返る。
「って消去法で私じゃないですか。私だってヤですよー。まっすぐ飛べなくなったらどうするんですか」
結局、最後余った文も責任は取らず、満場一致で全員パスだった。
「……もう笑えるほど人気ないなアイツ。しょうがない、ジャンケンでもして決めようぜ」
古今東西、誰もやりたがらない役を押し付ける方法と言えばやはりジャンケンである。
「えーイヤよぅ。私はリーダーってことで好きに選んでよくない?」
「諦めなよ、お嬢ちゃん。ウチのチームは『公正・公平』がモットーなの」
「なんでリーダーの私が知らないところでそんなこと決まってるのよ」
「大丈夫です。どんな人の辞書にも載ってるステキな単語ですよ」
「早苗さん、それちょっとズレてますよ」
「ほら、いくぞー。ジャ~ン、ケ~ン、ポイ」
「げっ」
そうやって月兎と戦うハメになった者が決まったその時。
ゴウンッと鈍い音を立てて、辺りの木々が一斉に体を揺らした。
いや、よく見ると揺れているのは木々だけではない。
地面に転がる石ころも揺れ、近くの川面にはいくつもの波紋が刻まれている。
慌てふためき飛び立つ鳥の声と羽音――どうやら木々が揺れているのではなく、その木の根ざす場所、大地が振動しているようであった。
だが、それもほんのわずかな時間だけ。
不思議なことに、レミリアたちが異変を感じ、地震に気づくころには、地響きはピタリと鳴り止んでいた。
「……どうやら地震だったみたいだな。それも結構デカい。私たちは飛んでてラッキーだったな」
「っていうか、なんかおかしくなかったですか今の地震?前触れ無く急に揺れて一瞬で治まって……」
「あぁ、どう考えても人為的な地震だろうぜ。――こういうことやるようなヤツに、心当たりがある」
「まぁ私しかいないでしょうね」
その声に、そこにいた五人は一斉に反応する。
進行方向上、正面。山を下りてくる形で、その声の主はすんなりと闇の中から姿を現した。
小柄な体躯に、腰まで届かんばかりの長髪、そして、待っていましたと言わんばかりの楽しそうな顔で五人の方へと歩を進める。
「やっぱりおまえか。っていうかここのヤツらは現れるたびに力自慢をするのが流行なのかい?」
魔理沙は目の前の天人、比那名居天子に向かって吐き捨てた。
「あれ!?似たようなこともう誰かやったの?あぁ~なら違う方法で気づかせればよかったわ」
失敗したわぁー、と言いながら、天子は頭を抑えて呻いていた。悔しそうな声を上げてはいたが、その顔はそれすらも楽しんでいるように笑っている。
そんな天子の様子を、他の面々は半ばポカンとしながら眺めていた。
「……で、ちなみにどなたさんなのかしら?」
「とりあえず、さっきまで話題だった兎さんではないみたいですよ」
「まぁ、見れば見るほど違うね」
「初めてお会いする方なんで、写真撮ってもいいですか?」
現れて早々騒がしい天子を前に、レミリアたちは各々疑問符を浮かべていた。
この傍迷惑でワガママな天人と直接面識があるのは、今いるメンツだと魔理沙だけであったのだ。
彼女は以前、幻想郷の天気がおかしくなるという異変を起こした張本人であり、魔理沙だけは雨から逃れるために雲の上まで行ったときに出会っていた。
傲岸不遜な、天上のお嬢様。
「あーそうか。そう言えばあれっきり見てないしな。たまには地上に降りてきて宴会にでも出ればいいのに」
「そんな簡単に天界出てこれたら苦労しないわよ。まぁ、ちょくちょく抜け出してはいるんだけど」
ふふん、となぜか自慢げに話し、そのまま魔理沙から他の四人の方へと視線を移した。
「はじめましての方ばかりですね。私は非想非非想天の娘、比那名居天子。天人です。どうぞお見知りおきを」
急にかしこまり、対外用らしい態度で挨拶を送っていた。そもそもの育ちの良い彼女は、そうしている姿が非常に板についていた。
「あぁ~はいはい。咲夜とパチェが言ってた、癪に障るって天人ね」
「っていうと博麗神社倒壊させた方ですね。その後建て直したのに紫さんにこっぴどく怒られたっていう」
さすがにあの異変が起こった当時、色々と動いていたレミリアと文はすぐにわかったようだ。
レミリアは従者と彼女の友人から評判を聞いていたし、文は実際に壊れた神社に取材に向かっており、その名を聞いていた。
「な、なんか妙に評判悪いのばっかりね……まぁいいや。――で、私の相手は誰がしてくれるんですかね?」
そう言って天子は微笑む。
最初に地震を起こしたくせに、結局は堂々と姿を見せたことから、おそらく先ほどの相手のように罠に嵌めるような戦い方ではなく、基本の決闘形式で勝負をしたいのだろう。
彼女のその意思は、その自信ありげな表情からも窺えた。
レミリアチームの側からすれば、それはそれで願ったり叶ったりではあったのだが――問題がひとつ。
「あー……スマン。全っ然決めてなかったわ。ってかオマエが出てくるの早すぎて、今決まってるのは美味しくない兎の相手だけだ」
「え~!美味しくない兎ならまた出てくるから、先に私の相手決めておいてよー」
「そんなん知るか。今決めるからちょっと待っとけって」
魔理沙の答えに不服であると言わんばかりに一気に天子は仏頂面になったが、何かを閃いたようにぱっ、と表情を変え、
「ねぇ、決まってないならコッチで指名してもいい?」
勝手に提案した。
「あら、逆指名とはいい度胸ね。別にいいわよ。それなら断る理由もないしね」
レミリアが率先してそう答える。リーダーとしての彼女なりの責任感からではなく、単純に魔理沙ばかりに喋らせているのが気に食わなかったのだろう。返事は即答だった。
「えっと、リーダーの方ね。受けてくれるようで嬉しいわ」
「そうよ。レミリア・スカーレット。次会うかはわからないけど名乗っておくわ」
「ありがと。でも知ってるから大丈夫よ。――今回参加するにあたって知らない人ばっかりだから、ちょっと色々調べてもらったのよ」
「じゃあこっちのメンツのこと知ってる上での指名ってわけね」
「えぇ、紅魔館のチームの中なら、やりたいのは誰か、ってのも考えてあるわ」
そう言いながら、視線をレミリアから外す。
その先にいたのは――――
「藤原妹紅さん?いいかしら?」
「ん…………私?」
「そ、あなた」
天子はニコニコと微笑みながら、ぼぅっとした目をしている妹紅を見る。
妹紅は完全に蚊帳の外だっただけに、急な指名に驚いていた。
なにせあっちはこちらを調べていると言っていたが、妹紅からすれば完全に知らない相手だったのだ。思いっきり他人事だとばかり思っていて、まさか自分の名前が出てくるなど、夢にも思っていなかった。
「あら?良かったじゃない、指名してもらえるなんて」
ニヤニヤとしながら茶化すレミリアの声に、妹紅は困惑するような照れるような顔をしていたが、
「……ま、せっかく指名してもらったんだしね。私で良ければお相手させてもらうよ」
すぐに切り替えた。
――私のことを知ってての指名っていうんなら、目的はどうせアレだろうし…………。
「それは良かった。正直拒否されたらどうしようかと思っちゃったわ」
天子も嬉しそうな顔をして答える。
「ま、これでコイツの相手も決まったし、用無しな私たちはとっとと先へ進みましょうかね」
「そうですね。やはり記者としては観戦したいところですけど、それで夜が明けてもなんかもったいないですし」
「オマエのノルマは決まってるんだ。逃がさないぜ」
「…………あや、やっぱり覚えてました?」
「それでは妹紅さん、ここお願いしますね」
「はいはい。任せといてー」
そう言って妹紅を残し、四人が再び動き出す。
その後ろ姿たちを、天子の声が追いかけた。
「そうそう。誰がいるかはわからないけど、もう少し行ったら誰かいるはずだから~」
四人はその声を背に、振り返らないまま森の中を先へと進んでいった。
※
「……で、天子さんだっけ?私をわざわざ指名してくれた理由を聞いてもいいかしら?」
チームメイトたちの後姿が見えなくなったところで、妹紅は初対面の天人に向き合った。
何をどう考えても、今目の前にいる天人とは知り合いではない。完全に初めて会う人だ。お互いなにか接点もあるとは思えないし、ここで妹紅が選ばれる理由はない。
――まぁそれでも。
妹紅にはなんとなく理由の察しはついていた。
――わざわざ、あのメンツから私を選ぶ理由と言えば…………。
「あぁ、ぶっちゃけ言うと不死人っていうのに興味があってね。それがどんなものなのか、この目で見たくなったのよ」
やっぱりそれか、と妹紅は内心で溜息をついた。
こう言って彼女のもとに来た人間は初めてではない。それどころか、この千年ばかりの間に掃いて捨てるほどの数の、不老不死を求める者が彼女を訪ねてきた。
時には友好的に、時には攻撃的に、時には崇拝的に、時には排他的に。
彼女に求めた所で、得られる法ではないとも知らずに。
妹紅はその煩わしさが嫌いで仕方なかった。幻想郷に来た今では、そんな輩はほとんどいなくなったが、不快であることに違いはない。
「……で?どうしようっていうの?あなたも不老不死を求める者かしら?」
妹紅の口調には無意識のうちに棘が含まれていた。心なしか先程までと視線の鋭さも違う。
「いやいや、そんな睨まなくてもいいじゃない」
「睨んでないよ」
「私は不老不死になりたいわけじゃないし、縁者にそうなって欲しいわけでもないわ。……っていうか知ってる?天人の寿命もすごい長いのよ?」
そんな妹紅の態度に怯むこともなく、相変わらずのころころとした笑顔のまま、臆面もなく反論してゆく。
「それはそれは。……っていうと結局私を選んだ理由はなんなわけ?」
「あらら……。どうやら相当怒らせちゃったみたいね。っていうか理由は言ったじゃない。不死人に興味あるからよ」
「自身がならずとも?」
「ええ、自身がならずとも。私はいつか死ぬ天人でいいわ。……そうね。あなたに興味がある、って言ったほうが良かったかしら?」
天子は仏頂面の妹紅とは対称的に、ころころと表情を変えながら楽しそうに話していた。
「面と向かって言うのもなんだけどね。不死ってとびっきりの異常だと思わない?変なの揃いの幻想郷でも、やすやすとお目にはかかれないわ。その不死人と本気で戦うだなんて――こんな日じゃないとそうそう出来ないじゃない!まぁ悪いんだけど、お話聞くのは後回しになっちゃうから“不死人”なら誰でもよかったんだけどね。――どう?これが理由なんだけど?」
天子は一息に喋りきり、妹紅に笑いかける。“どう?”と小首を傾げてみせながら、妹紅の反応を待っているようだった。
「――それならホントに他でもよかったじゃないか。あと二人は確定してるよ?」
「さすがにチームのリーダー役になってる人とは、おいそれともやれないだろうしねぇ。もうひとりはどうだかわかんないけど……チャンスは来たときにモノにしないと」
そう答えた天子の顔を見て――妹紅の不快感は、とりあえず落ち着いていた。
天子の顔に、嘘は無い。
良くも悪くも、嘘や打算を腹に隠しておけるような人間にも見えない。
「不死の力を試してみたい……ねぇ。解ってて肝試しに来たヤツは、相当に久しぶりだ」
それはそれで、蓬莱の薬の力だけを望みに選ばれた気がしないでもないが――まだ比較的、気持ちは楽だった。
「力試しに来たんだ。ボコボコにされて帰ることになっても、後悔しないでよ!」
「やる気になってくれたようで嬉しいわ!じゃあ行くわよ!?不死人であるあなたの気質!私に見せて頂戴!!」
二人は向き合い、互いにその魔力を放出した。
そうして再び、山は揺れる。
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・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 A-1 A-2
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【 A-3 】
妖怪の山の麓付近、山の入り口とも言えるそこには、五つの人影が浮かんでいた。
厳密に言うと“人”影はひとつ。残りは人外のものである。
もしもここに何も知らない人間がいて、人間とそれ以外の見分けがつくのならば、この状況は、夜の闇の中で人間が妖怪たちに囲まれているように映るのだろう。
――あぁ、あの娘は妖怪たちに食べられてしまうんだ、と。
――あの娘には悪いが、自分が食べられてしまう前に逃げよう、と。
だがしかし、そんな普通の人間の思惑など露知らず、緊張しているのは逆に妖怪たちの方だった。むしろ、人間の方は余裕すら窺える。
そこに佇む人間は、神に仕える巫女。
幻想郷の結界を司り、人間の害となりうる数々の異変を人知れず解決してきた最強の“妖怪バスター”。
博麗霊夢は、かったるそうに口を開いた。
「はいはい、そこまでよ。散々やりたい放題してくれちゃって、まったく」
彼女は言いながら、やれやれといった顔をしていた。
「……ちょ、ちょっと!!ここは私たちに任せてくれるんじゃなかったの!?」
彼女が現れてから最初に口を開いたのは、霊夢のチームメイトの穣子であった。
同じチームの彼女にも知らされていなかったのか、美鈴たちと一緒になって驚いていたのだが、霊夢が口を開いたことで我に帰ると、吐き出すように質問をぶつけていた。
「任せてたじゃない。でもみんなしてやられたみたいだから、私が出てきたのよ。あんたもケガしないうちに下がってなさい」
霊夢は仏頂面のまま答える。相手が八百万の神々だろうがなんだろうが、我が物顔で物を言う様は、それだけならとても巫女には見えないだろう。
「何言ってんのよ!!妖怪相手に背中は見せられないわよ!!」
「まぁ別にいてもいいんだけどね。巻き込まれてケガしても私のせいじゃないわよ」
「……ずいぶん余裕ですね。一応こっちは三人いるんですけど」
そう言って二人の会話に割り込んだ美鈴の掌は、しっとりと汗ばんでいた。
それは彼女だけではなく、衣玖も橙も同じ。緊張した面持ちで目の前の巫女を凝視していた。
彼女たちの心はひとつだ。
――マズいのが出てきた。
「ま、そうね。とりあえずルーミアは落としたけど、まだ三対一ね」
「私もいるじゃない!三対二よ!!」
穣子は抗議していたが、霊夢は相手にせず、
「……いいんじゃない?あんたち相手に三対一なら、お釣りがくるわ」
何食わぬ顔で、言い放った。
彼女の表情には見栄も打算もなく、ただ事実を述べているだけ、ということが伝わってくるようである。思わず呑まれそうになる、圧倒的な自負。
咄嗟に言葉を失いそうになる三人だが、
「あなた一人で私たち三人を相手にすると……?――驕りが過ぎるんじゃないですか、博麗の巫女」
衣玖が言葉を返す。
だが、彼女自身、おそらく霊夢の言う通りだということはわかっていた。彼我戦力差を考えれば、いくらこちらの方が人数が多かろうが、厳しい現状であることは疑いようがない。
それほどまでに、今の霊夢には威圧感がある。
ただの人間だと微塵も思わせない佇まい。いつもの彼女より、さらにひとつ容赦の無さそうな雰囲気。
――あの人は最初にルーミアさんから狙った。……争っていた気配は無かったから、おそらく一撃。あの闇の中でそんな芸当が出来るなら、暗闇を維持させたまま闇討ちして各個撃破する方が得策だったろうに……そうはしないということは……おそらく、彼女からすれば誰からやっても変わらなかった、という自信からでしょうね。
衣玖は内心で舌打ちをひとつした。
あの巫女相手にこの三人では、誰からどんな順番で挑んだとしてもそれぞれやられるのがオチだろう。
――ならどうする?逃げる?それも現実味が無い。妖怪退治が仕事のあの巫女が遊びとは言え自分たちをやすやすと逃がすとは思えない。どうせ大将以外は復帰可能なのだから腹を括って戦闘?それもどの程度無事に済むか…………。
衣玖は静かに逡巡する。どれだけ考えても、正解が出せる気はしなかった。
目の前の霊夢は変わらず静かに佇んでいるばかりだ。だが、いつまでもこうして睨み合ってもいられない。動き出される前に、何らかの決断を下さなければならない。
だが、彼女が答えを決める前に、チームメイトの一人がおもむろに口を開いていた。
「ふぅ……なんかどうあってもやるっきゃないみたいですね」
彼女はそれらしく、溜め息を吐き、
「――いいですよ。私からやりましょう」
美鈴が、そう切り出していた。
「……本気ですか?」
思わず衣玖は尋ねてしまっていた。
ほとんど無意識にそう返していたということは、彼女としては、戦いを極力回避し、逃げ切る気でいたのかもしれない。
「ええ。どうあってもこりゃ逃げられませんて。それなら正面突破しかないでしょう」
その視線はまっすぐ正面を見据え、飾らないままの真っ直ぐな言葉を霊夢へとぶつける。
ヤケになっているわけではない、それが誰の目にも伝わるほど、彼女の瞳には力が込もっている。
臆する様子はまるで無い。もちろん潔く散る気など、もっと無い。
現状を打破せんと、ただ前を見ている。
その声、その瞳に真っ先に反応を見せたのは――霊夢のそばで黙っていた、橙だった。
「い、いいこと言うね!!せっかくの機会だし、みんなで巫女倒そうっ!ね!私が二番手やる!」
そう意気込んで美鈴のそばに駆け寄る。
明らかに格上の相手――しかも味方が闇の中、一撃で落とされたのをすぐそばで見ていた彼女は、霊夢の出現に目に見えて怯えていた。当然と言えば当然のリアクションであろう。
しかし、今ではその顔に恐怖による曇りはなく、気合に満ちた表情をしていた。
それはただのカラ元気だったのかもしれない。美鈴の言葉を言葉通り取り、進退窮まったと開き直っているだけかもしれない。
だがそれでも、向かい合うことを決意したことに変わりはない。
きっかけは当然、味方の一声。
そんな二人の姿を見て――衣玖も静かに、心を決めた。
「……まったく。私が殿ですか?ちゃんと二人とも相手の体力削っておいてくださいね」
そう言って美鈴に笑いかける。
彼女こそカラ元気である。
頭の隅の冷静な部分では、状況が何も変わっていないことを叫び続けている。掌を滲ませる汗もまだ引いていない。
だが彼女はその掌を、強く握り締める。それだけで十分だった。
もう頭の奥の悲痛な叫びは聞こえない――すでにその瞳にも、力が込もっていた。
――急転直下のこの状況。一言で全員の士気を上げたのは、彼女…………美鈴さん、あなたもなかなかどうして、面白い人じゃないですか。
衣玖はくすっ、と微笑し、社交辞令として受けていた美鈴とのお茶会が、心から楽しみになっていた。
――私もちょっと、あなたとお話してみたくなりましたよ。
「決まりですね。――よーしっ!背水の陣だ!!」
「あんた一人で陣なのか?」
三人のやりとりを黙って見ていた霊夢がおもむろに口を挟む。
「違いますよ……私たち三人で陣です!!」
美鈴はそう言って、衣玖と橙と共に巫女を見据えた。
それぞれに力強い瞳は、星のように輝き、それぞれの決意の光を見せる。
六つの瞳に射抜かれながらも、霊夢はまだ仏頂面のままだった。
その表情は、ただ単に目の前の妖怪たちが躍起になっている状況をつまらなく感じている、というよりは、もっと別の――――――
「……いいわ。あんたら三人いっぺんにかかってきなさい」
霊夢は無表情のままに、そう言い放った。
決意を決め、順番を決めた矢先の予想外の提案に、さすがに三人は戸惑いを見せる。
「えっ……でもそれって…………」
「相手がいいって言うんだから、いいじゃない。今回のルールは複数人の戦闘を否定してないし。――あなたたちの陣、見せてくれるんでしょ?」
その言葉に、戸惑いは、すぐに消えた。
「―――……わかりました!待ったは無しですよ!!」
美鈴の出した答えに衣玖と橙も追従するように、霊夢を見据える。
三人は申し合わせたかのように一斉に三方へと散り、同時に、三者三様の弾幕を展開した。
【 B-1 】
「鳥目も治ったわね」
「まぁ相当上昇しましたからね。月まで行くのかと思いましたよ」
レミリアと文は山を抜けた先の空の上で落ち着いた。
眼下にある妖怪の山が黒い塊にしか見えないほどの高さ。夜の空の天気は良く、冷たく心地よい風が吹いている。雲までも突き抜けた空の上では、満点の星々、そして小望月が輝き、一行を照らしていた。
レミリアは、この月の光というものが好きだった。
太陽の不躾なまでに燦々と照る姿より、どこか物憂げで落ち着きのある月光の優雅さに好感をもっていた。それは、彼女が吸血鬼で太陽の光が嫌いだということもあるだろうが、純粋にレミリアの好みでもある。
ここ最近こんな月夜の散歩もしていなかったこともあり、ことさらに今夜は良い月のように思えた。
月の光の静けさに身を寄せるように、彼女は黙って小望月を眺める。
そんな心穏やかな時間も、
「おーい、鳥目も治ったんだから離してくれても良くないか?」
不意に聞こえた手元からの声で、あっさりと終わりを告げた。
「……デリカシーの無い人間は嫌いよ」
せっかく人がいい気分だったのに、と肩を竦め、掴んでいた魔理沙を適当に放り投げた。
一瞬の無重力、そしてすぐに来る自由落下に慌てるでもなく、彼女はすばやく手に持っていた箒を翻し、鮮やかに跨る。
「よっ、と。なんだかわからんが、礼は言っておくぜ」
彼女の口だけの謝辞を軽く流し、レミリアは文たちの方へと向き直った。
「それで?そちらの人間様方は大丈夫なのかしら?」
「あ、はい。お手数お掛けしました」
「これでさっそく一つ借りになっちゃったね」
すでに早苗も妹紅もピンピンしながらそこに浮いている。それぞれに目を合わせて喋ることができているということは、鳥目の方も全員治っているようだ。
「さて、それじゃあ早速山に戻ろうぜ!」
チームリーダーを差し置き、なぜか魔理沙が真っ先に声を上げる。ついさっきまでレミリアに引っ張り上げられてグッタリしていた姿が嘘のようだ。
そんなことはもう忘れたぜ、と言わんばかりに、彼女は勝手に降下を始めてゆく。
「…………置いてきてやればよかったわ」
レミリアは忌々しげに零しながら、黒ずくめの人間を追って山へと下りていった。
※
なにはともあれ、予定通り一行は山の中に再突入した。
一応夜雀の歌も聞こえないところをと考え、最初に入ったルートからは少し離れた川べりに着陸する。比較的見晴らしのよい場所に降り立ち、そこから木々の立ち並ぶ森の中を眺めていた。
改めて入る山の中は、つい先ほどまでの月と星の恩恵むなしく、鬱蒼と生い茂る木々で薄暗かった。
見通しのよい空の上から来たこともあり、山の木立の中の視界の悪さに思わず辟易しそうになる。すぐ隣を流れる川のせせらぎと、なんだかわからない鳥の声以外、耳に入る音もなにもない。
「さて……無駄に時間を使ったわね。ちょっと急がないとボスに会えないわ」
そう言ってレミリアはフヨフヨと飛びながら、森の中へと入っていった。
それになんとなく全員付き従う形で、歩くより少し早い程度の速度のレミリアを追ってゆく。
「そういえば、なんでわざわざ森の中を通っていくんですか?正面から神社を目指すんでしたら境内へ続く道を通った方が早いですし、もしくは空から直接行っちゃってもいいじゃないですか?」
早苗は木々の合間をすり抜けながら進むことに疑問を感じ、思わず尋ねた。
「まったく、無粋ねぇ。せっかく相手の本拠地に突入してるのよ?どうせさっきみたいにいろいろと配置されてるんなら、全部味わってからボスまで行きたいじゃない。空飛んでショートカットなんてズルしたらもったいないわ」
さも当然のように言ってのけるレミリアを前にして、早苗は反論しなかった。
外の世界から来た彼女は、妖怪たちを見たことはほとんどなかったし、こちらに来た今でも、山の妖怪以外と接する機会はそう多くもなかったが、彼女もいいかげん、レミリアのことをわかり始めていた。
――要はせっかくの暴れる機会を減らしたくないのね。……まぁ妖怪らしいっちゃらしい……のかしら?
まだ妖怪と吸血鬼の区別までは、気が回っていないようだが。
――まぁ、“暇つぶし”って言ってこんな大掛かりなことをするくらいだから、幻想郷の妖怪たちはよっぽど娯楽が無いのね。
そんなことをぼんやりと考えながら、黙って列になり進む。
本来早苗は、見た目や態度とは裏腹に負けず嫌いである。そして頭の回転の良い彼女は、勝負事となれば、正面から相手に向かっていくよりは策を弄して勝ちを取りにいくタイプだった。
その彼女が、この戦いの勝利条件である“リーダーを倒す”ということに特化した戦法――例えば他を無視してでも相手のリーダーに一斉攻撃を仕掛ける、といったことを言い出さずに、自分のチームのリーダーであるレミリアの言う通りに動いているのは、確かに、今回の相手が神奈子であるということもあるが――彼女もまた、他の参加者のように今回の騒ぎの空気に“あてられて”きていたのかもしれない。
「まぁ探索の基本は、正解っぽいルートを外れたところから埋めていくことだぜ。そうやって行けば、逆にレアなヤツに会えるかもしれん」
魔理沙はケラケラ笑いながら、微妙にズレたことを言って楽しんでいた。
この少女も早苗からすれば意味のわからない生き物に違いはないが、今の早苗にある意味怖いものなどない。
「ところで、次出てきた人の相手は誰がしましょうか?」
そんな早苗の胸中など関係無しに、文が列の最後尾から急に話題を振ってきた。
「あー考えてなかった。っていうか実際会ってから決めればよくない?」
レミリアは相変わらず作戦的なものに対してアバウトだ。
「まぁ決めとけば後々メンドくさくないのは確かだな。とりあえず、残りのメンツにさっきみたいな状態異常引き起こしそうなヤツはいなかったような気がするし、決めといてもいいんじゃないか?」
その魔理沙の声に、妹紅が口を挟む。
「いや、輝夜の飼ってるウサギがいる。そういう意味では、アイツはちょっと面倒だよ?」
さすが彼女は日頃から永遠亭の主と事を構えるだけあって、その部下のこともよく知っていた。とっさに鈴仙のことが浮かぶのも、チーム発表の際に無意識に永遠亭のメンツの所属チームを押さえていたのかもしれない。
もっとも、彼女も知り合いが多い方ではないので、知っている顔の配属先を追っていた、というのもまた事実なのだろうが。
「あー……そういえば、ウドンゲがいたか。やるならやるで構わないけど……アイツの相手するくらいなら違うヤツとやりたいもんだぜ」
「同じく。永遠亭のヤツらとはまた今度個人的にやるよ」
「せっかく山まで来てウサギ追いし、ってやってもねぇ」
「あのウサギは吸血鬼的にも美味しくないぜ、きっと」
「なんかみなさん敬遠してますし、よく知りませんが私もパスで」
そう言って各々反対意見を述べたあと、言いだしっぺの天狗の方へと振り返る。
「って消去法で私じゃないですか。私だってヤですよー。まっすぐ飛べなくなったらどうするんですか」
結局、最後余った文も責任は取らず、満場一致で全員パスだった。
「……もう笑えるほど人気ないなアイツ。しょうがない、ジャンケンでもして決めようぜ」
古今東西、誰もやりたがらない役を押し付ける方法と言えばやはりジャンケンである。
「えーイヤよぅ。私はリーダーってことで好きに選んでよくない?」
「諦めなよ、お嬢ちゃん。ウチのチームは『公正・公平』がモットーなの」
「なんでリーダーの私が知らないところでそんなこと決まってるのよ」
「大丈夫です。どんな人の辞書にも載ってるステキな単語ですよ」
「早苗さん、それちょっとズレてますよ」
「ほら、いくぞー。ジャ~ン、ケ~ン、ポイ」
「げっ」
そうやって月兎と戦うハメになった者が決まったその時。
ゴウンッと鈍い音を立てて、辺りの木々が一斉に体を揺らした。
いや、よく見ると揺れているのは木々だけではない。
地面に転がる石ころも揺れ、近くの川面にはいくつもの波紋が刻まれている。
慌てふためき飛び立つ鳥の声と羽音――どうやら木々が揺れているのではなく、その木の根ざす場所、大地が振動しているようであった。
だが、それもほんのわずかな時間だけ。
不思議なことに、レミリアたちが異変を感じ、地震に気づくころには、地響きはピタリと鳴り止んでいた。
「……どうやら地震だったみたいだな。それも結構デカい。私たちは飛んでてラッキーだったな」
「っていうか、なんかおかしくなかったですか今の地震?前触れ無く急に揺れて一瞬で治まって……」
「あぁ、どう考えても人為的な地震だろうぜ。――こういうことやるようなヤツに、心当たりがある」
「まぁ私しかいないでしょうね」
その声に、そこにいた五人は一斉に反応する。
進行方向上、正面。山を下りてくる形で、その声の主はすんなりと闇の中から姿を現した。
小柄な体躯に、腰まで届かんばかりの長髪、そして、待っていましたと言わんばかりの楽しそうな顔で五人の方へと歩を進める。
「やっぱりおまえか。っていうかここのヤツらは現れるたびに力自慢をするのが流行なのかい?」
魔理沙は目の前の天人、比那名居天子に向かって吐き捨てた。
「あれ!?似たようなこともう誰かやったの?あぁ~なら違う方法で気づかせればよかったわ」
失敗したわぁー、と言いながら、天子は頭を抑えて呻いていた。悔しそうな声を上げてはいたが、その顔はそれすらも楽しんでいるように笑っている。
そんな天子の様子を、他の面々は半ばポカンとしながら眺めていた。
「……で、ちなみにどなたさんなのかしら?」
「とりあえず、さっきまで話題だった兎さんではないみたいですよ」
「まぁ、見れば見るほど違うね」
「初めてお会いする方なんで、写真撮ってもいいですか?」
現れて早々騒がしい天子を前に、レミリアたちは各々疑問符を浮かべていた。
この傍迷惑でワガママな天人と直接面識があるのは、今いるメンツだと魔理沙だけであったのだ。
彼女は以前、幻想郷の天気がおかしくなるという異変を起こした張本人であり、魔理沙だけは雨から逃れるために雲の上まで行ったときに出会っていた。
傲岸不遜な、天上のお嬢様。
「あーそうか。そう言えばあれっきり見てないしな。たまには地上に降りてきて宴会にでも出ればいいのに」
「そんな簡単に天界出てこれたら苦労しないわよ。まぁ、ちょくちょく抜け出してはいるんだけど」
ふふん、となぜか自慢げに話し、そのまま魔理沙から他の四人の方へと視線を移した。
「はじめましての方ばかりですね。私は非想非非想天の娘、比那名居天子。天人です。どうぞお見知りおきを」
急にかしこまり、対外用らしい態度で挨拶を送っていた。そもそもの育ちの良い彼女は、そうしている姿が非常に板についていた。
「あぁ~はいはい。咲夜とパチェが言ってた、癪に障るって天人ね」
「っていうと博麗神社倒壊させた方ですね。その後建て直したのに紫さんにこっぴどく怒られたっていう」
さすがにあの異変が起こった当時、色々と動いていたレミリアと文はすぐにわかったようだ。
レミリアは従者と彼女の友人から評判を聞いていたし、文は実際に壊れた神社に取材に向かっており、その名を聞いていた。
「な、なんか妙に評判悪いのばっかりね……まぁいいや。――で、私の相手は誰がしてくれるんですかね?」
そう言って天子は微笑む。
最初に地震を起こしたくせに、結局は堂々と姿を見せたことから、おそらく先ほどの相手のように罠に嵌めるような戦い方ではなく、基本の決闘形式で勝負をしたいのだろう。
彼女のその意思は、その自信ありげな表情からも窺えた。
レミリアチームの側からすれば、それはそれで願ったり叶ったりではあったのだが――問題がひとつ。
「あー……スマン。全っ然決めてなかったわ。ってかオマエが出てくるの早すぎて、今決まってるのは美味しくない兎の相手だけだ」
「え~!美味しくない兎ならまた出てくるから、先に私の相手決めておいてよー」
「そんなん知るか。今決めるからちょっと待っとけって」
魔理沙の答えに不服であると言わんばかりに一気に天子は仏頂面になったが、何かを閃いたようにぱっ、と表情を変え、
「ねぇ、決まってないならコッチで指名してもいい?」
勝手に提案した。
「あら、逆指名とはいい度胸ね。別にいいわよ。それなら断る理由もないしね」
レミリアが率先してそう答える。リーダーとしての彼女なりの責任感からではなく、単純に魔理沙ばかりに喋らせているのが気に食わなかったのだろう。返事は即答だった。
「えっと、リーダーの方ね。受けてくれるようで嬉しいわ」
「そうよ。レミリア・スカーレット。次会うかはわからないけど名乗っておくわ」
「ありがと。でも知ってるから大丈夫よ。――今回参加するにあたって知らない人ばっかりだから、ちょっと色々調べてもらったのよ」
「じゃあこっちのメンツのこと知ってる上での指名ってわけね」
「えぇ、紅魔館のチームの中なら、やりたいのは誰か、ってのも考えてあるわ」
そう言いながら、視線をレミリアから外す。
その先にいたのは――――
「藤原妹紅さん?いいかしら?」
「ん…………私?」
「そ、あなた」
天子はニコニコと微笑みながら、ぼぅっとした目をしている妹紅を見る。
妹紅は完全に蚊帳の外だっただけに、急な指名に驚いていた。
なにせあっちはこちらを調べていると言っていたが、妹紅からすれば完全に知らない相手だったのだ。思いっきり他人事だとばかり思っていて、まさか自分の名前が出てくるなど、夢にも思っていなかった。
「あら?良かったじゃない、指名してもらえるなんて」
ニヤニヤとしながら茶化すレミリアの声に、妹紅は困惑するような照れるような顔をしていたが、
「……ま、せっかく指名してもらったんだしね。私で良ければお相手させてもらうよ」
すぐに切り替えた。
――私のことを知ってての指名っていうんなら、目的はどうせアレだろうし…………。
「それは良かった。正直拒否されたらどうしようかと思っちゃったわ」
天子も嬉しそうな顔をして答える。
「ま、これでコイツの相手も決まったし、用無しな私たちはとっとと先へ進みましょうかね」
「そうですね。やはり記者としては観戦したいところですけど、それで夜が明けてもなんかもったいないですし」
「オマエのノルマは決まってるんだ。逃がさないぜ」
「…………あや、やっぱり覚えてました?」
「それでは妹紅さん、ここお願いしますね」
「はいはい。任せといてー」
そう言って妹紅を残し、四人が再び動き出す。
その後ろ姿たちを、天子の声が追いかけた。
「そうそう。誰がいるかはわからないけど、もう少し行ったら誰かいるはずだから~」
四人はその声を背に、振り返らないまま森の中を先へと進んでいった。
※
「……で、天子さんだっけ?私をわざわざ指名してくれた理由を聞いてもいいかしら?」
チームメイトたちの後姿が見えなくなったところで、妹紅は初対面の天人に向き合った。
何をどう考えても、今目の前にいる天人とは知り合いではない。完全に初めて会う人だ。お互いなにか接点もあるとは思えないし、ここで妹紅が選ばれる理由はない。
――まぁそれでも。
妹紅にはなんとなく理由の察しはついていた。
――わざわざ、あのメンツから私を選ぶ理由と言えば…………。
「あぁ、ぶっちゃけ言うと不死人っていうのに興味があってね。それがどんなものなのか、この目で見たくなったのよ」
やっぱりそれか、と妹紅は内心で溜息をついた。
こう言って彼女のもとに来た人間は初めてではない。それどころか、この千年ばかりの間に掃いて捨てるほどの数の、不老不死を求める者が彼女を訪ねてきた。
時には友好的に、時には攻撃的に、時には崇拝的に、時には排他的に。
彼女に求めた所で、得られる法ではないとも知らずに。
妹紅はその煩わしさが嫌いで仕方なかった。幻想郷に来た今では、そんな輩はほとんどいなくなったが、不快であることに違いはない。
「……で?どうしようっていうの?あなたも不老不死を求める者かしら?」
妹紅の口調には無意識のうちに棘が含まれていた。心なしか先程までと視線の鋭さも違う。
「いやいや、そんな睨まなくてもいいじゃない」
「睨んでないよ」
「私は不老不死になりたいわけじゃないし、縁者にそうなって欲しいわけでもないわ。……っていうか知ってる?天人の寿命もすごい長いのよ?」
そんな妹紅の態度に怯むこともなく、相変わらずのころころとした笑顔のまま、臆面もなく反論してゆく。
「それはそれは。……っていうと結局私を選んだ理由はなんなわけ?」
「あらら……。どうやら相当怒らせちゃったみたいね。っていうか理由は言ったじゃない。不死人に興味あるからよ」
「自身がならずとも?」
「ええ、自身がならずとも。私はいつか死ぬ天人でいいわ。……そうね。あなたに興味がある、って言ったほうが良かったかしら?」
天子は仏頂面の妹紅とは対称的に、ころころと表情を変えながら楽しそうに話していた。
「面と向かって言うのもなんだけどね。不死ってとびっきりの異常だと思わない?変なの揃いの幻想郷でも、やすやすとお目にはかかれないわ。その不死人と本気で戦うだなんて――こんな日じゃないとそうそう出来ないじゃない!まぁ悪いんだけど、お話聞くのは後回しになっちゃうから“不死人”なら誰でもよかったんだけどね。――どう?これが理由なんだけど?」
天子は一息に喋りきり、妹紅に笑いかける。“どう?”と小首を傾げてみせながら、妹紅の反応を待っているようだった。
「――それならホントに他でもよかったじゃないか。あと二人は確定してるよ?」
「さすがにチームのリーダー役になってる人とは、おいそれともやれないだろうしねぇ。もうひとりはどうだかわかんないけど……チャンスは来たときにモノにしないと」
そう答えた天子の顔を見て――妹紅の不快感は、とりあえず落ち着いていた。
天子の顔に、嘘は無い。
良くも悪くも、嘘や打算を腹に隠しておけるような人間にも見えない。
「不死の力を試してみたい……ねぇ。解ってて肝試しに来たヤツは、相当に久しぶりだ」
それはそれで、蓬莱の薬の力だけを望みに選ばれた気がしないでもないが――まだ比較的、気持ちは楽だった。
「力試しに来たんだ。ボコボコにされて帰ることになっても、後悔しないでよ!」
「やる気になってくれたようで嬉しいわ!じゃあ行くわよ!?不死人であるあなたの気質!私に見せて頂戴!!」
二人は向き合い、互いにその魔力を放出した。
そうして再び、山は揺れる。
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