[はじめに]
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 プロローグ後編
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【 A-1 】
レミリアたちの動きは、どのチームのものより迅速だった。
作戦を立て、実際妖怪の山へと向かうまで、あっと言う間の出来事である。そもそも、立てるほどの作戦では無かった、と言ってしまえばそれまでであるが。
「うーん、実際山には着いたけど……やっぱり夜の山は暗いぜ」
魔理沙は思わず零していた。
夜の妖怪の山は鬱蒼とした木々に覆われ、真っ黒く目の前に佇んでいる。空を飛んでここまで来る間に遠目から見た山は、暗い空を背景にした黒い塊のようであったが、こうして麓で見上げる山は、また姿が違って見える。その全体像が見えないためか、正体を見失いそうになる。
不敬者を呑み込む、そこはまさに、瑕疵なき要塞であった。
夜の眷属である吸血鬼や妖怪などとは違い、ほとんどの人間に夜の闇は味方をしない。わざわざ暗い夜の山に入ろうという愚かな人間など、そうそういはしない。
だが粛々と佇むお山の入り口には、魔理沙の他にも二人の人間がいた。
人間だけではない、妖怪・吸血鬼・式神などが計九名。つまり、レミリアのチームは誰も彼も一緒になって、妖怪の山の麓に位置する鬱蒼とした森の中にいた。団体行動が苦手な妖怪たちからすれば、早くも奇跡的なことである。
「さて、お嬢様。これからどうします?」
美鈴は尋ねた。尋ねた本人も、また、そこにいた他の面々もどうせ答えはひとつだろうということは、解っていたが。
「どうするって……このまま入っていくわよ。裏口からコソコソなんて黒白の泥棒じゃあるまいし」
期待通りの答えが当然のように返ってくる。
魔理沙だけは、
「私は借りてるだけだぜー」
と反論していたが、誰も聞いちゃいなかった。
「そんじゃま、行きますか」
そう言って妹紅が先陣を切り、誰ともなくその後に続き、森の中へと入る。
木々の間を、枝葉を踏みしめながらに歩いてゆく。
ほとんど道無き道だったが、ひとまず上っているであろうことだけを感じながら、それぞれに歩を進めていた。
「――そう言えば、普段山にいる連中はどうしたんだ?いつもならオマエの部下とか出てきて追い返されそうなモンなんだけど」
ふと、魔理沙は文に尋ねた。
妖怪の山に守矢神社ができ、多少の人間の往来が増えてきたのは、ごくごく最近のことだ。元々は名前の如く、天狗や河童といった山の妖怪たちの住まう場所であり、人間はおろか余所者の妖怪でさえ踏み入ることは許されなかった場所である。
天狗や河童などは、種としての数も多く、独自の社会を形成しているため仲間意識が強い。さらに、山という閉鎖空間に住んでいることもあり、他種族に対してあまり友好的ではない。いっそ排他的である、と言ったほうが近いかもしれない。その中で、山から外に顔の利く射命丸文や河城にとりの存在はかなり特殊な例でもあった。
さらに、そんな天狗に気軽に声をかける魔理沙は、人間禁制の妖怪の山にたびたび一人で山菜などを採りに入るという、怖いもの知らずな人間だった。彼女もまた、人間の中では特殊な部類である。
守矢神社のおかげで山の妖怪以外が山に入ること自体は可能になったが、それは神社の境内とそこに続く道だけで、依然、山のほとんどは昔ながらの妖怪の住処であり、縄張りである。
魔理沙はそんなことお構い無しに勝手に入って行くので、無論見つかっては追い出されていた。その“追い出す係”にたびたび指名されるのが、侵入者と面識のある文なのである。
「まぁどのみち椛一人出てきたところでこのメンツは追い返せないでしょうけどね。……それにしても静かなのは確かですね。この辺りから哨戒天狗が見回りをしてても良さそうなんですけど」
「サボりじゃないか?こんな夜だし」
「こんな夜だって言ってサボってたら大天狗に怒られますよ。でも――なんでしょうね?私は今回のことに関して上から何も言われてはいませんし…………」
「相変わらず天狗ってのは、堅っ苦しいヤツらだなぁ」
「そうですか?楽しくやってますけどね」
こんな二人の会話に、早苗は黙って耳をそばだてていた。
彼女もまた、現状を不思議に感じていた。
――……天狗たちが見回りをしていない?あの真面目な種族が?――そんなことは有り得ない。大体、河童たちも一緒になって出てこないのはなぜ?もしかして………………
――――――♪―――――――――――――
そう考えている最中、先頭を切っていた妹紅が急に立ち止まった。
すぐ後ろについていた早苗がその背中にぶつかりそうになり、思わず考えを中断して、その背中に問いかけた。
「どうかしました?」
「……聞こえないかい?」
何が、と聞き返そうとした瞬間――早苗の目の前が、真っ暗になった。
それは比喩ではなく、実際の感覚として、視界が一気に闇に覆われたのだ。まるでブレーカーを落としたように、容赦なく光が消える。
ただ、ブレーカーが落ちるのと違うのは、彼女の目には何の光も見えなくなった、ということである。暗い森の中、目先を照らすのは僅かに漏れる月光しか無かったが、それすらも今は目に映らない。闇に慣れかけていた目を、もうひとつ暗い黒で上書きされてしまったかのようだ。
「ちょっ……えぇ!?どうしたんですかコレ!?えっ!?何も見えないんですけど!?」
まったく予想だにしていなかった現象に、彼女の頭は混乱を極めた。なんの前触れもなく、突然視界が奪われたら当然の反応である。
しかし、
「あ、ミスチーの歌だー。久しぶりに直に喰らったなー」
「私も実際こうなるのは初めてですねぇ。って言っても鳥目なんで、そもそも夜はニガテなんですけど」
「あら、だらしないわね。吸血鬼の私は夜目が利くから問題ないわ。って、それでもずいぶん見えなくなっちゃったけど」
「へぇー妖怪の類にも効くんだなコレ。妹紅はどうだ?」
「私は死なないだけで普通の人間だからね。もちろん見えないよ。なーんにも」
「あーこう真っ暗だとなんか落ち着きますね。逆に」
「にゃっ!?ね、寝ちゃダメですよっ、美鈴さん!」
なぜか同じチームの面々は異様に落ち着いていた。
どうもそのうち何人かも、早苗と同じように完全に目が見えなくなっているようだったが、それに慌てる様子も見られない。早苗は今さらながら周りの常識を疑ったが、今そんなことをしても事態は良くはならない。
「ちょっと!!なんでみなさんそんな余裕なんですか!?完全に真っ暗ですよコレ!?」
なので、この反論も意味はない。自体の良化にとっても意味はないし、このメンツに言うこと自体にもそもそも意味がない。
「♪―――――――――――――――――――」
どこかから聞こえる彼女の歌声は、まるで山彦のように反響し、発生源の方向も距離もわからない。視覚を奪われている今、その出所を探し出すのは難しい。
夜雀、ミスティア・ローレライの歌は続いている。
基本的には、普段の彼女の歌にこんなに強い効果はない。本人が意識さえしなければ、ただの歌で済ませることもできる。ただの歌としての彼女の声は、むしろ楽しげで、美しい。
つまり今彼女は、敢然たる敵意をもって、山への侵入者の視界を奪い続けているということだ。
「まぁ落ち着けって早苗。要はこの歌ってる大本を叩けばいいんだ。テキトーにどうにかなる相手だし、なんとかなるんじゃ――――――」
そう魔理沙が言い終わるか終わらないかのタイミング、どこからか聞こえていた歌の上に、さらに別の音が乗せられる。
それは、バイオリンとトランペットとキーボードによる三重奏――――
「「「―――――――――ッ!?」」」
厳かに鳴る弦楽、陽気に跳ねる管楽、好き放題に音を散らす鍵楽。それらが夜雀の歌と混ざり合い、静かだった山を音楽で埋めてゆく。
それぞれが好き放題に音を奏でているようで、それぞれの音がどれほど美しくても、ほとんどそれは騒音だった。
「どうやらプリズムリバーの三姉妹まで騒ぎ出したようですね」
「ここまでくるとうっさくてたまんないわ。――って……そこの人間三人は何をしてるのかしら?」
「……おまえらには効果がないのか?」
「あー?……どうやらそうみたいね。私はとりあえずなんか違和感あるな程度だし、文あたりも問題なさそうね。パっと見える範囲にいるヤツらで困ってるのはあなたたち、人間三人組だけよ」
魔理沙はやれやれとため息をつき、頭を抱える。
彼女にとっては頭の痛い話である。これも比喩ではなく、直接的な意味で。
ミシミシと頭が軋む。頭の中の回路が高速で動いていて、今にも焼き切れそうな気がした。
気分が高揚し、低落しを絶え間なく繰り返す。しかも上がり幅は一番上から一番下まで。気持ちのアップダウンに揺られて、眩暈を起こしそうになる。さすがの魔理沙も、ここまで強制的にテンションの上下を操られたのは初めてだった。
プリズムリバーの三姉妹の奏でる音には、それぞれ特徴がある。
長女ルナサのバイオリンは、聴いたものを鬱状態にする“鬱の音”。次女メルランのトランペットは、聴いたものを躁状態にする“躁の音”。三女のリリカのキーボードは、現実には無い”幻想の音”を奏でる。
彼女たちも普段はこの能力を制御した上で演奏に望んでいる。適度な落ち着き、適度な騒がしさ。そのため、宴会中に彼女たちのチンドン騒ぎを聴いてもこれほど急激に鬱になったり躁になったりはしない。
しかし、今、彼女たちの奏でる音に聴きやすさというものはまったく無かった。
音の調子が伝えるのは、確かな“敵意”だけである。
「まったく、妖怪は便利でいいもんだぜ」
「妖怪と一緒にされちゃ困るわね」
「っていうか妖怪に効かないなら意味ないだろコレ……」
魔理沙は憎々しげに零した。
タネは単純。人間の方が、幽霊の奏でる音への抵抗が低いから。
彼女たちの奏でる音は、言わば“音の幽霊”。そのため、聴覚器官を持たない幽霊たちにも聞くことができるのだが、その刺激は人間には強すぎる。これもまたひとつの、種族的な弱性であった。
だが、そんな原理のことなど、今の彼女たちには瑣末な話である。
「まったくこれだから人間は弱い……で、結局どうなの?やれる?」
「――正直キビシイぜ。頭がガンガンしてテンション上がったり下がったりで……早くここからいなくなりたいくらいだ」
魔理沙には見えなかったが、近くにいる早苗と妹紅も似たような状況であるようだ。時折歌と音楽に混ざって短い唸り声が聞こえた。
レミリアは目の前で頭を抑えてうずくまる魔理沙を一瞥すると、辺りを見回す。
ふん、と鼻をひとつ鳴らして、大きく声を上げた。
「――美鈴!いる!?」
「いますよー。今のところ全然無事ですねー。あ、今そちらに行きますよ」
「あーいいのいいの。声の聞こえる所にいるみたいだし。私はこれから使えない人間三人連れて先行くから、ココよろしく」
「え~私一人ですか~?相手は最低四人いるじゃないですか」
「あら、主人相手にワガママとはいい度胸じゃない?」
「え゛っ!?い、いやいや、そんな滅相も無い!!」
ぶんぶんと風を切る小さな音が聞こえる。彼女が全力で身振り手振り否定している様が容易に想像できた。当の彼女としても、何も見えないほどの暗闇の中で自らの主人がサデスティックな顔で微笑んでいるのが、容易く想像できている。
そこに、
「大丈夫ですよ。私も残りましょう」
割って入るようにして、別の声がどこかから上がった。
「えーっと……永江衣玖さん、でよろしかったでしたっけ?」
「はい。あ、衣玖でいいですよ。美鈴さん」
声だけでも、彼女の物腰の柔らかさが伝わるようだった。
「あら、よかったじゃない美鈴。そんじゃ頼んだわ。――あと他に残りたいヤツいるっ?」
「あ、はいはい。私残る!!音はうるさいけど全然見えるし!」
元気な声を上げ、橙が返事をする。
「じゃあ私も残ろー。これで四人でトントンでしょ?」
なぜか楽しげに声を上げ、ルーミアも立候補した。
二人とも、妙にハイテンションで“はいはい!”と騒いでいる。彼女たちには、少なくとも“躁の音”は効いているのかもしれない。
「あらあら、幽霊と雀相手に随分とご執心なことね。そこの天狗はどうするの?」
「私も先に進みます。見えないのもうるさいのも勘弁ですよ」
「そう。それじゃ人間みんな連れてきてね」
「いやいや、一人くらい持ってくれてもよくないですか?」
「えー?わたしはお嬢様だから箸より重いもの持てないんだけど?」
「大丈夫です。魔理沙さんあたりの命ならお箸の方が重いですよ」
「ふむ、一理あるわね」
「失礼な話してないで、動くんなら早く動かないか?」
一向に進まない話に、さすがの彼女も若干イラついてみせた。
――人がシンドいって時に、こいつら…………。
「まったく、使えない割には偉そうな食料ね。まぁいいわ、それじゃ行きましょうか」
「で、具体的にはどうするんですか?ついてくとは言いましたけど、私も全然見えてませんが」
文はキッパリと言い放ち、思わずレミリアは満面の嫌そうな顔をしていた。もちろん、そんなレミリアの顔でさえ、今の文にはほとんど見えていない。
「……天狗も使えないのか。イヤになりそうね」
「まま、そう言わず」
「とりあえず……コイツら連れて上昇して一旦山を空に抜けるわ。それから聞こえなくなりそうなトコまで移動してから、また山登りね」
「はいはーい、了解です。ではすぐ近くの妹紅さんと早苗さんのお二方は私がやりましょう」
「えー、結局私が魔理沙なの?ブン投げてもいいかしら。パチェの代わりってことで」
「そこは丁重に扱って欲しいもんだぜ」
「黙ってないと舌二枚とも噛むわよ?」
そう言ってレミリアと文は、近くにいる人間を強引に引き寄せ、その羽をはためかせる。
文が手に持つ扇を真上に払い、鬱蒼と空を隠していた枝葉を簡単に散らした。バキバキッ、バサバサッ、という音が響き、木々に閉ざされていた夜空が見える。夜盲症になっている彼女たちの目にもハッキリと映る、白い月。
そうして人二人分くらいが通れる道を木々の合間に作ると――離陸するのは一息だった。
まず文が早苗と妹紅を抱え、先陣を切る。
先を進む文の空けた道を、わずかに遅れてレミリアが飛び上がる。
「やらせないよ!!」
不意にそう叫ぶ声が聞こえ、なにかが突っ込んできた気配がした。
レミリアはとっさに身構えたが――実際その後なにが突っ込んでくるでもなく、バキッという音と美鈴の声がしただけである。
「それではいってらっしゃいませ、お嬢様」
「あら、美鈴。ありがと」
「なんのことでしょう?――楽しんできてくださいねー」
その応対に満足したのか、レミリアはくすっと口許だけに笑みを零し、再び羽をはためかせ空へと昇っていった。
【 A-2 】
「うーん、お嬢様ホントは普通に見えてたんじゃないのかなぁ?」
中空に佇みながら、美鈴は首を傾げた。
だが、どれほど考えてもわからないことだと思い至り、すぐに止めた。このあたりの切り替えの早さは、彼女の美徳と言える。
木々の高さを飛び越えたところまでレミリアたちを見送り、彼女はそうして夜の空に浮かんでいた。
依然として鳥目にされている彼女の視界には、ボンヤリと月の光が映っている程度である。足元の森の中などは当然見通せず、黒い塊くらいにしか見えない。両手を伸ばす距離までがどうにか見えていることを、彼女は一人で確認する。
「まぁあの人なら見えててもおかしくないでしょうね。なんと言っても、最高峰の夜の眷属ですし。――それにせっかくのファインプレイなんだから見てもらってた方が良かったんじゃないですか?」
衣玖の声が聞こえる。いつの間にか、すぐ近くにいるようだ。
「あれ?衣玖さんもわかるんですか?これだけ暗闇の中なのに」
「ええ、なんとか。まぁあなたやあそこの猫さんもわかるみたいだし、最悪同士討ちは避けられそうですね」
「へぇ……初めてお会いしますけど、なかなか。今度一緒にお酒でもどうです?私普段門の前から動けないんで来ていただくことになるんですけど」
「いいですね。ぜひ」
お互い僅かに微笑み合う。
その顔は二人とも見えていなかったが、互いに互いが笑っていることがわかっていた。
状況はまったく変わっていないが、そこには緊張感の無い、和やかな空気が流れていた。
「ちょっと!!人のこと蹴落としておいてなにを和気藹々やってんのよ!?」
そこに、騒々しく割り込む声がする。
美鈴は声の主に覚えが無かったが、どうやら先ほどレミリアの行く手を阻もうとした相手であるようだ。
「おっとっと、すいません。勝負の最中に失礼でしたね」
「っていうかなんでわかったの!?今鳥目になってるんじゃないのかしら!?」
「なってますよー。おかげで全然見えません。どなたか知りませんが、あなたは見えてるんですか?」
「なんか言ってるわね……。とりあえず!私は秋穣子。豊穣の神よ!八百万の神様ナメないでよ!今耳栓してるから、私たちからはまる見えよ!」
「仕掛けるの早いわよぅ穣子。本当ならもう少し様子見なハズなんだけど?」
「え!?何!?なんにも聞こえない!」
どうやら、目の前にいるであろう相手は、秋神の姉妹であるようだ。確かに相手チームのところに名前があったなぁ、と今さらながら美鈴は思い出していた。
――じゃあ神様蹴飛ばしちゃったのか……バチあたらないといいんだけど。
不信心な妖怪である前に、几帳面な彼女である。
当の秋姉妹は、勢いよく話に割り込んできたくせに、あっちで勝手に盛り上がっていた。
よほどしっかりとした耳栓をつけているのか、彼女たちの会話はまったく噛み合っていない。
そんな神様を横目で眺め――と言っても見えてはいないが――衣玖はおもむろに口を開く。
「さて……そろそろですかね」
「――――?なにがですか?」
彼女の言う“そろそろ”の答えは、すぐにわかった。
「♪―――――……って、きゃっ!ちょ、ちょっと橙タンマ!!せっかく気持ちよく歌ってるんだから邪魔しない!」
「ゴメンねぇ。それ聴いてたら無性に鳥を襲いたくなっちゃってぇ~」
「どんな効果よそれ!いや、ちょ、だめ……きゃ、きゃあぁぁぁぁぁ~…………」
そんな断末魔と共に歌が聞こえなくなり、二人の気配も遠ざかってゆく。
「――――ん?……げっ!雀が襲われてる!なによ、あの式神も鳥目になってないの!?」
「一応猫ですからね。夜目が利くんじゃないですか?でもま、おかげで私たちの鳥目も解消されましたよ」
衣玖の言葉通り、美鈴の視界がクリアになってゆく。
暗い森を足元に、そこは空。下にも前にも妖怪の山。ほとんど真ん丸の小望月と満点の星空。目の前に佇んでいる、黄色とオレンジの二人の少女。
そして、すぐ隣に、もう一人。
「――初めまして、神様?」
美鈴の隣で同じ方向を向きながら、微笑んでいる衣玖がいる。
彼女はニコリと笑い、淑やかな佇まいで目の前の神様二人に会釈をしていた。
「……夜雀を止めるように言ったんですか?」
隣に浮かぶ衣玖の方を見て、美鈴は思わず尋ねた。
「いえ、言ってないですよ?ただ、彼女は夜盲症の効果も薄いだろうし……それに頭のいい子のようでしたから。きっとそろそろ原因をなんとかしてくれるんじゃないかな、と思っただけです」
特別なことは何もしてないですよ、と言わんばかりに淡々と語る彼女は、相変わらずの静かな笑みを見せているだけだった。
「……ホント面白い人ですね。とりあえず今日が終わったら、紅魔館に帰ってお茶をご一緒しませんか?もう少しお話したくなりましたよ」
「あら、光栄ですね」
そう言って、にこやかに語る二人とは対照的に、
「なによ!作戦ブチ壊しじゃない!」
「とりあえず、もう耳栓要らないみたいね」
目の前の姉妹は相変わらずの高いテンションでくるくる話していた。
「う、うるさっ!」
「うーん、耳栓、まだしてようかしら」
未だ鳴り止まないプリズムリバーたちの狂騒曲にも負けないほどのリアクションを見せている。秋の神様は晩夏でも元気である。
「まぁいいわ!こうなったら正々堂々戦ってあげる!八百万の神の力を見せて…………ん?」
穣子が話し出したその矢先である。
突然と、闇が降ってきた。
視界の全てが、一息に黒で塗り潰される。しかし、それはミスティアの歌の効果ではないのは明らかだった。
彼女の歌が止まっているから――というより、新しく生まれた暗闇は、夜目が利かなくなるというレベルではなかったから。
外界からの光を通さない、完全な宵闇。
「あー。今度のはルーミアさんですね……なかなか気の利いたことするじゃないですか」
そう美鈴が言い終わるうちには、辺りは完璧に真っ暗になっていた。
空に輝く月の光をもまったく通さず、空間ごと切り取られたかと錯覚するほどの、完全な闇である。
「ちょっ……なによコレ!?まったくなんにも見えないじゃない!」
「あぁ、これはウチのチームメイトの作ったものですね。精々自分の周り程度しか暗闇にできないとばかり思ってましたけど……いやぁ~馬鹿にしたもんじゃないですねぇ」
「……でも、これだけ完璧な暗闇よ。同じチームのあなたたちにも弊害あるんじゃない?」
姉の静葉は言った。とりあえず姉の方には、多少の落ち着きと判断力があるようだ。
「ええ。おかげでまたしてもなぁんにも見えません。……でもわたしにはあなたたちの位置が手にとるようにわかりますよ?」
美鈴の声が暗闇に響く。自信に満ちた、いや、もはや確信すらも孕んでいる口調。
「――どういうカラクリか聞いてもいいかしら?」
「いやいや、そんなカラクリってほど大したことじゃありません。――私の能力は“気を使う程度の能力”なんですよ。気の流れはどこにでも通っています。人間や妖怪……神様にもね。それを読み取ることができるだけですよ」
“気”とは、あらゆるものに宿るエネルギーの流れ。妖怪として気を操ることのできる美鈴は、また、それを読み取る術にも長けていた。
“気”は自然界のあらゆるものに流れている。木、川、人……妖怪や神だって例外ではない。日々の練功を欠かさず、功夫を積み上げた彼女には、視界が開けていないことなど、問題では無かった。
「そう言えば、衣玖さんは大丈夫ですか?完全に暗闇になっちゃいましたけど?」
不意に思い立ち、まだ隣にいる彼女の気配に声をかける。
「私も夜目が利くからなんとかなっていた、ってわけではないですから大丈夫ですよ。私の能力は“空気を読む程度”のものです。理屈は美鈴さんと似たようなものですね。まぁ視力がいらないってほどハッキリわかるわけじゃないんですが」
「それは素晴らしいですね。じゃあ……反撃と行きますか」
「ええ」
秋姉妹は、その言葉に身構えた。
完全な暗闇の中、彼女たちには相手を狙い撃つ術はない。
狙い撃つ術がない時、諦め悪く足掻くにはどうすれば良いか――決まっている。
――狙い撃たずに撃つしかないでしょ!
「そんな簡単にやられるもんですかっ!行くよお姉ちゃん!」
「そうね、一応の抵抗はしておきましょうか」
暗闇の中、二人の互いの気配を探り、手を繋ぐと、そのまま上へと飛翔した。
目の前にいた美鈴たちの位置取りを頭の中で思い浮かべ、撃ち下ろせる高さまで僅かに上がる。
どれほど高さを変えようと、そこは変わらぬ暗闇。月も星も、依然として何も見えない。だが彼女たちは、そんなことなど気にはしない。
共に駆け抜けた空の上で、二人は同時にスペルカードを宣誓する。
「いくわよ!豊符『オヲトシハーベスター』!!」
「葉符『狂いの落葉』!!」
スペルの宣誓と共に、辺りには弾幕が展開された。
この暗闇の中ではわからないが、赤と黄を基調とした秋色の美しい弾幕が広がってゆく。
弾幕を展開するのと動きを同じくし、二人は手を取り合ったままに、背中合わせでくっついた。
闇の中で、文字通り闇雲に弾幕を展開するにあたって最も憂慮すべきなのは、同士討ちである。撃っている本人が狙いを定めずに乱射している以上、味方を巻き込む可能性が必ず生じのだ。
それを回避するために、二人は瞬時に暗闇の中の互いの気配を頼りに背中合わせになり、弾幕を展開したのである。これによって同士討ちを避け、かつ、全方位からの襲撃に備えてみせた。
戦闘慣れしていない姉妹にしては迅速で正確な判断である。八百万の神々に席を連ねるだけはある、ということだろう。
「さぁ!この暗闇の中でこのスペル、破れるもんなら破ってみなさい!」
穣子は息巻いて弾を撃ち続けていた。
考えようによっては、これはこれで好都合だったのかもしれない。仮に明るい場所で正面からぶつかっていっても、美鈴と衣玖には太刀打ちできなかっただろう。神とは言え、彼女たちは戦うような神様ではないのだ。吸血鬼の館の百戦錬磨の門番妖怪たちと戦うのは、些か厳しい。ましてやこの闇であり、しかも相手は視界の有無が関係ないときた。
今の状況なら、たとえ悪あがきだろうがなんだろうが、腹をくくって撃ち続けるだけだ。分かりやすくて良い。
そう考えたかどうかはわからないが、二人とも開き直ってしばらく弾を撃ち続けた。
「あら!来ないのかしら!?来ないといつかやられるよ!?」
腹を決めて打ち続ける穣子は逆にテンションが上がっていた。元々はこうして、全力で撃ち合うスタンスの方が性に合っていたのかもしれない。
その妹を背にしながら、姉の静葉は一人、どこか違和感を感じていた。
「……ねぇ?穣子?なんか変じゃない?」
「え?なにが?」
「あまりに仕掛けてこなさ過ぎじゃないかしら?あの二人はもっとガンガン攻めてきそうだったけど…………」
「考えすぎじゃない?もしくは買いかぶり過ぎ。こんだけ真っ暗なんだよ?いくら気配が読めてても、突っ込んで来たら避けきれるわけないじゃん!」
その妹の発言に、静葉はハッとした。
――そうだ、いくらなんでもこの状況で真っ向から避けてなど、いられるわけがない。この闇の中で、相手も完全に見えてるわけではないんだ。そんな中でわざわざ危険を冒してまで正面からぶつかってくるか……普通そんなことはしない。
「穣子、ちょっと待って……」
そこまで言ったところで不意に気づいた。
あまりに静かだった。
一瞬なにが足りないのかわからなかったが、すぐにその違和感にも気づいた。
先ほどまでけたたましく鳴り響いていた、プリズムリバーの演奏が消えているのだ。
最初に演奏が始まってからというもの、BGMのように騒ぎ立てていた演奏の音がプッツリと無くなっていた。
――いつから…………?
静葉は記憶を遡る。味方である彼女自身も、耳栓を外してからは騒がしいBGM程度にしか意識していなかったので、具体的に思い出すまで時間が掛かった。
――耳栓を外した時は確かに聞こえていた……その後。二人で上がって、スペルを撃つくらいから、覚えがない……っていうと、じゃああの二人は今頃………………っ!
カッ――――――
静葉が答えに辿り着くその刹那、光の無い妖闇の中に一筋の光が奔り、
――――ピシャァァァァァァッ!
そして遅れて響く、激しい雷鳴。
「――――!?きゃあぁぁぁぁ~~~~~!」
「うぇっ!?お姉ちゃん!?」
穣子は背後からの光と、姉の悲鳴に勢いよく振り向いた。
だが、すでに遅い。光の筋は暗闇に溶け込むようにして消えてゆく最中であり、悲鳴の主の気配は、そこには無かった。
どうやら今の光で姉は撃墜されてしまったのだ、ということに思い至るまでわずかに時間が掛かった。それほどまでにすべてが一瞬の出来事であり、混乱するのも仕方がない。
「これで、あとはあなただけですね」
その声のする方を咄嗟に振り返る。声の方向が正確に合っているかはわからなかったが、背後から声がしたように聞こえた。
「げっ!やっぱり今のはあなたたちなのね!?ちょっと何してくれてんのよ!!」
「なにって……こういう勝負じゃないんですか?」
しれっと応えてのける衣玖の声。
「ちなみに、ポルターガイストのご姉妹にも退場していただきました。今残っているメンツであの音に心乱される方はいませんが……暗闇の中で四方八方に弾幕張っているところに突っ込むのも嫌でしたんで」
「そうですよー。いくらこっちが多少気配が読めててもあれだけ弾撃つなんて。勘弁してくださいよ」
一緒にいるのだろう、美鈴の声も聞こえてくる。
そこでようやく、穣子もプリズムリバーの演奏が聞こえなくなっていることに気づいた。
――さっきお姉ちゃんの様子がおかしかったのは、これに気づいたから!
「まぁ三姉妹の一番末の方には逃げられちゃいましたけどね。とりあえず、今すぐに戦線復帰はないでしょう。……で、ようやくあなた一人まで絞れたわけですよ」
衣玖は相変わらずの調子で喋っていた。
そんな彼女を、美鈴はしげしげと眺めてみる。
――ハッキリはわからない、なんて言ったわりには、この暗闇の中で正確に姉の方に雷を当ててきた。……永江……衣玖さん。どうやら仲間でよかった人と一緒だったみたいですね。
美鈴は衣玖との面識は無かったが、彼女のことをまったく知らない、というわけでもない。
幻想郷の天気が安定しない異変、その調査へと向かった咲夜から、天人のことと一緒に彼女の話も聞いていたのだ。
あの異変はその天人の仕業だったこともあり、途中で出会ったリュウグウノツカイについては多くは語られなかったが。こうして実際肩を並べて戦っていると、ちょっと暇を貰ってでもあの異変に顔出しておけばよかったなぁと思えてきていた。
なんにせよ、今は頼れる味方であることに違いはない。
――いやいや、これは本気で飲み交わしたくなってきましたよ。
美鈴は関係ないことに熱くなっていた。
目の前の敵が減ってきたことで気が緩んでいたのだろう。
近づいてくる気配には、まったく気がついていなかった。
※
「ねぇ~ルーミア~」
「あれ、橙?ミスチーの方は終わったの?」
「うん、なんとか。っていうかさー、この暗いのもう少しなんとかならないかなぁ?まったく光通らなくて、猫の目じゃなんにも見えないんだけど…………」
「えーじゃあ入ってこなきゃいいじゃない」
「だって終わったんだもん」
「まぁ私の闇は最小でも最大でもこんななのよー。悪いけど諦めてねー」
「――なるほどね。じゃあ、とりあえずルーミアにはご退場いただこうかしら」
「え?」
――――ボンッ
※
「さて、できればリタイアしてもらえません?とりあえず逃げるだけでいいんで」
おもむろに美鈴は切り出した。
「いやよ!神様が妖怪相手に逃げ出したなんて知れたら末代までの恥だわ!」
穣子は味方がいなくなった今でも抵抗の意を見せている。
視界が奪われ、周りは敵だらけだというのに、まだ戦う意識を失わない彼女は勇敢である。それがたとえ、プライドと意地だけが頼りの蛮勇だったとしても。
「末代とかあるんですね……じゃなくて、そうは言ってもこっちも神様相手にするのヤですよー。祟られちゃたまんないですからね」
白旗を上げようとしない穣子に、美鈴が困ったように頭を掻いているその時だった。
辺りを取り巻いていた妖闇が、晴れていった。
燦然と輝く大きな月と、眼下に広がる黒い木々が再び姿を見せる。空に浮かんでいる三人の少女たちが、星空の下で再会した。
ルーミアの能力が解除されたのは、一目瞭然だった。
「あれ……?こっちまだやってるんですけど――なんかありましたかね…………」
そう言ってルーミアの気配のある辺りに目をやる。
そして同時に――戦慄した。
ルーミアがさきほどまでいたであろう場所、落下していく彼女の代わりに、そこには先ほどまではいなかった人影が一つ。
その場にいる誰もが、そこに浮かぶ姿に驚愕した。
その人影を知らないものなどいない。
そこにいる少女たちは皆、一度は彼女と弾を交えているのだ。
彼女は、幻想郷における絶対的な調整者――――
紅白の衣が風に揺れる。
「……出てくるの早すぎません?」
そこには相変わらずのつまらなそうな顔で、博麗霊夢が立っていた。
to be next resource ...
個人的に美鈴が活躍しているのが嬉しくて堪りません。このまま主役級の働きをしてくれればもっと嬉しい。まあ、何か死亡フラグ立ってますけど。
では、今回はこれで失礼します。頑張って下さいね。応援してます。
盛り上がるところで誤字っちゃうのはちょっと残念だぜ!
興味持ってくれた方がいてくれたのは嬉しい限り……
今後が肩透かしにならないように頑張らねば……
そしてやっぱり秋姉妹は秋姉妹だった。
リリカが逃げおおせたのは何かの伏線なんだろうかと勘繰ってみたり。
リリカのフラグは……えぇ、っと、お楽しみに!