Coolier - 新生・東方創想話

霊夢さん初RPG

2008/12/19 08:37:00
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※rア E:ク○ゲーに寛容な心





rア ぼうけんを はじめさせる

        rア れいむ レベル1





「おきなさい。
 おきなさい。わたしの かわいい れいむや……」

はて、とまどろむ頭で霊夢は考えた。
誰かに起こされるのは滅多にないことだ。
そもそも神社で一人暮らしの身なので、普通は就寝も起床も一人。
宴会の後で魔理沙やアリスなどが泊まっていくこともあるが、基本的に朝が早い霊夢の方が起こす側である。

「もう あさですよ。
 きょうは れいむが おしろに いくひだったでしょう。
 このひのために おまえを ゆうかんなこ として そだてたつもりです」

霊夢は自分をどちらかと言えばボケよりもツッコミであると自覚している。
しかしこうまで突っ込み所しかないものにどう突っ込めば良いものか。
仕方ないので一番大きそうな物から解決することにした。

「……とりあえず、あんたに育てられた覚えは無いわね」
「安心しろ。私もそんな覚えはまったく無い」

起き上がった霊夢の最初のツッコミを、傍らに立った女性──八雲藍はバッサリと切り捨てた。

「あんたが何をしたいのか、寝起きの頭じゃさっぱりわかんないわ」
「じゃあ周りの確認からでも始めてくれ」

藍の言葉に従ってぐるりと見回す霊夢。
まず、寝間着がいつもの襦袢に浴衣ではなくパジャマになっていた。
そして寝ていたのは畳敷きに布団ではなく板張りにベッド。
洋風の部屋は明らかに博麗神社の一室ではない。
窓の外の光景も広がる山々どころか、人里ですらない──どこか知らない町だ。

「……何これ、結界の外? 私そこまで寝相悪くないんだけど。
 もしかして拉致られた?」
「当たらずとも遠からず、と言ったところだろう」

私も目が覚めたらここにいたんだ、とため息を吐く藍。
そしてぺらりと一枚の紙を取り出して見せる。
そこには先ほど藍が発した台詞が記されていた。

「……まだよく事情がわかんないんだけど、説明してくんない?」
「私に与えられた役目は『霊夢の母親』としてお前を起こし、城へ向かうようにするということだけだ。
 その説明は城にいる何者かがしてくれるんじゃないのか?」
「ずいぶんと楽な仕事ね」
「まったくだ。この程度のことにわざわざ人を使わないでもらいたい」

不機嫌な様子の藍。
しかしまあ幻想郷に女性多しと言えど、割烹着が一番似合いそうなのはこの八雲藍だろう。
その点からのチョイスならば悪くない選択と言える。
ただし、洋風の間取りに割烹着が合うかどうかということを除けば、だが。

「これも異変と言っていいのだろうな。見ろ」

そう言うと、藍は窓際にいた猫の首根っこを持ち上げる。
その喉をなでると「にゃー」と鳴き、尻尾を引っ張ってみても「にゃー」と鳴いた。
快感や痛みに関係なく、まったく一緒の反応を返したのだ。

「この通り、この猫に限らず外を歩く人間も作り物なのだろう。
 誰かが仕組んだ異常に、解決役たる霊夢の存在。ほら、いつもの異変と言って差し支えない」
「……ったく、めんどくさい。
 まあ、ここでこうしてても戻れるわけもなさそうだし。とりあえず動いてみるしかないか」

藍の渡す服を受け取って着替える霊夢。
寝間着はわざわざパジャマに着せ替えてたわりに、こちらはいつもの巫女服だった。
着慣れたものだから文句は無かったが。

「なるべく早く解決してくれ。紫様や橙がどうなっているか気がかりだ」
「紫なんぞどこでだって生きていけるでしょーが。
 そんじゃ行ってくるわ、『お母さん』」
「ええ。頑張ってくるんですよ、『私のかわいい霊夢』」

ぐっ、と言葉に詰まる。
からかうつもりで言ってみたのにあっさり返されてしまった。
間抜けなことをしたと気恥ずかしさが襲い、霊夢の顔が赤く染まる。
くつくつと笑う藍を背中に、霊夢は何ともさい先の悪いスタートを切った。




「……お城ってこんなもんなのかしらね」

町の奥に立つ石造りの城。
むやみにデカい紅魔館を見慣れているだけに、あまり威容を感じるほどでもなかった。
定型通りの言葉を発する門番に、城内へ通されていく。
この城へ来る途中にも、町をうろつく人間に声を掛けてみた。
やはり町人もこの門番も、こちらの意図に関係なくそれぞれに決められた台詞しかしゃべることはなかった。
さらにこちらから話しかけない限り、口を開くこともない。わかりやすい作り物だ。

無言のまま案内されていく霊夢。
数人並んで通れそうなほどの広い階段を上って、王のいる謁見の間へ。

「よくぞ来た! 待ってたわよ、霊夢。
 ──ってちょっとぉ!?」

ダッシュから放たれた霊夢の拳を、王様は寸前でかろうじて受け止めていた。

「いきなり殴りかかることないじゃない」
「だって明らかに黒幕っぽかったから。
 この状況であんたが出てきたら疑うのもスジってもんじゃない」
「違うわ。私も巻き込まれた側だもの。
 ──まあ、誘いに乗ったって違いくらいはあるけど」

豪奢な玉座に座る女性──八雲紫は自らを黒幕ではないとやや無理のある主張をした。
紫の話によれば、眠っていた藍と一緒にこの異変へ「キャスト」としての参加を強制させられたとのこと。
無論、紫の力ならばそれを強引に断るのも容易いことだ。
が、このところ何事もなく退屈していた紫は興味本位で誘いに乗ったのであった。

「そう思ったんだけど、あまり出番のある役どころでもなかったみたいねー」

つまんなーい、と頬を膨らませて不満を垂れる。
そういう仕草が許されるのは十代までだ。年長者には歳を考えた行動をしてもらいたい。

「まあ私としちゃ裏で糸引かれるより、こうして出てこられてる方が安心するわ」
「ひどい言い草だこと。
 っと、一応引き受けたからには、私もお役目を果たしておかないと」

藍と同じくメモ書きを取り出して内容を確認する紫。

「ふむふむ。
 端的に言うと、この世界を支配する魔王を勇者であるあなたが倒せば解決ってことのようね」

本当に端的だ。
藍のものより大きいメモには『王様』として振る舞うような指示くらいはあったのだろう。
霊夢としても長ったらしい話はどうでもいいので助かるのではあるが。

「えーっと……、旅立つ勇者にこの剣と旅の資金を与える。
 そして町の酒場で仲間を集めるのだ……と」

それに反応して側に控えていた衛兵が前に進み、持っていた物を霊夢の前に差し出した。
剣──と言うか、どう見てもいつものお祓い棒である。
資金と称された革袋の中身は見たこともない硬貨だ。
この世界でのみ通用する貨幣なのだろうが、どれくらいの価値があるのかさっぱりわからない。

「それじゃ、頑張ってね。私はのんびり見てるから」

と、即座にだらけモードに入った紫をお祓い棒で小突いて、霊夢は城を後にした。




「酒場、ねぇ……。この分なら夜雀でも出てきそうな感じだけど」

作りにあまり特徴が無く、パッと見で商店なのか民家なのか区別が付かない町並み。
その端の方にジョッキを描いた看板を掲げた建物があった。

「あら、霊夢。いらっしゃい」
「咲夜かい。ここ、一応酒場……でいいの?」

中に入った霊夢を迎えたのは、いつもと変わらぬメイド姿の咲夜だった。
暗い店内には咲夜以外にもメイド服の女性が歩き回り、接客のような行動をしている。
霊夢の中での「酒場」というのは、オッさんが与太話にがははと笑いながらがっぱがっぱ酒を浴びるような場所だ。
その時点ですでにあまり一般向けではないが、ここはさらに一つ踏み越えた場所に見える。

「メイドバーですが何か」
「いやまあ、何でもいいけど。紫──王様がここで仲間を見繕えって」
 て言うか咲夜がいるならあんたでいいわ」
「いえ、私は咲夜ではなく、この店を預かるメイドNo.398です。
 ではこの中から三人までどうぞ」
「はぁ……、そうなの」

咲夜がどこからともなく取り出した名簿を受け取る霊夢。
それにはテリーだのアベルだの見たことも聞いたこともない名前がずらずらと記されていた。
しかしよく見れば、その中にいくつか知った名前も見受けられる。
紫や藍がいたのだから、他の連中がいてもおかしくはない。

「じゃ、こいつらで」

フェイクの可能性もありはするが、見知らぬ名前を選ぶよりは後悔も無いだろう。
そう判断した霊夢は、よく知る名前を三つ選択した。





「やっぱ霊夢もこっちにいたんだな」

開口一番、魔理沙はいつもの気楽な笑顔を見せた。

「いやー、目が覚めたら待機室とか言って狭い部屋に押し込められててよ」
「ホント、呼んでくれて助かったわ」
「あの、それでここどこなの? いきなりこんなところで何が何だか……」

ぐっと伸びをして体をほぐす魔理沙とアリス。
妖夢の方は事態の展開に付いてこられていないようだ。
本来は妖夢の対応の方が正しいのだろうが、異常事態にいちいち驚いていては幻想郷ではやっていられない。
霊夢自身もわからないことだらけではあるが、三人へ経緯と紫の話は伝えておいた。

「なるほど、ロールプレイングゲームってわけね」
「ふふん、なら私たちを呼んだのは正しいぜ。
 私もアリスもこの手のゲームはそこそこたしなんでるしな」

えへん、と薄い胸を張る魔理沙。
ロールプレイング……要するに役割を演じることだ。
魔王を演じる異変の元凶、そしてそれを打倒する勇者を演じる霊夢。
紫や藍、そして魔理沙たちもそれぞれの役割を与えられている。
ゲームというものは霊夢には馴染みが薄かったが、最近香霖堂に置いてあったり
早苗の家にあったりとこの幻想郷にもいくつか入り込んでいる。

「ゲームってーと、霖之助さんとこにあったアレ?
 あんたらああいうのやってるんだ」
「蒐集家としちゃ珍しいもんには手を出さないとな。
 アリスとは情報交換したり、どっちが早くクリアできるか競ったりしたもんだ」
「まあ強引な進め方する上に、三徹もキツい魔理沙じゃ勝負にならないけど」
「ふん、クリアしたっつって私の家に乗り込んできたときの
 クマ作ったツラを他のやつにも見せてやりたいぜ」

何よ、何だよとにらみ合う二人。
その間に入り、まあまあと妖夢が仲裁する。

「と、とにかく。私はよくわからないけど、これからどうすればいいの?」

紫と幽々子の板挟みで対人スキルが鍛えられてきた妖夢。
火の出そうなところの消化はお手の物だ。

「そうだな、とりあえず外に出ようぜ。この手の基本はレベル上げだ」
「そうね。最初の町に役に立つ情報なんて無いから」

何とも身も蓋もない提案だ。
この瞬間、酒場と城以外の建物と、この町でうろつくほとんどの人間の存在は無為な物となった。
この異変を起こしたヤツをこれから締め上げるのではあるが、
その労力を考えると悲しいものがあるな、と霊夢は少しだけ哀れむ気持ちになった。





ぱらぴらぽー♪
町を出てすぐ、気の抜けるメロディが頭の中に響く。

「今の何?」
「敵とのエンカウントだろ。
 こうやって歩いてると出てくるザコをしばいてレベル上げするんだ」

『スライムが あらわれた!』

虚空に現れたメッセージの後に、わらわらと霊夢一行の前に湧いてくる何か。
スライムと言われて一般的に浮かぶイメージは、もっとゲル状の何かだったりするのだろうが。
目の前でぴょんぴょん跳ねてるのは……饅頭と言うか、生首をデフォルメしたような物体だ。
まあ元々饅頭は人間の頭を模して作られた物なので、こいつは正しく饅頭なのだろう。

「てりゃ」

近くまで寄ってきた一匹を、霊夢が手にしたお祓い棒で無造作にひっぱたく。
饅頭はばふん、と白い煙を散らして消滅した。
これでひしゃげて血とか餡子とかを撒き散らされた日には非常にやりにくかったのだが、あまり心を痛めなくて済みそうだ。
しかし初っぱなの敵にしてはやたら数が多い。
十匹を超えるくらいの饅頭がねりねりと間合いを詰めてきている。
いちいち一匹ずつ殴るのもめんどくさい。

「魔理沙、魔法でまとめてやっちゃってよ」
「ああ無理。今の私は魔法使いじゃないから」
「はぁ!? どういうことよそれ!
 魔法が使えない魔理沙ってアイデンティティの八割くらい失ってるじゃない!」

存在を根底から揺るがすような台詞だ。
普通の魔法使い・霧雨魔理沙が魔法を使えない。
自己紹介で「よぅ、魔法使えないの魔理沙だぜ!」とでもするのか。
当の魔理沙はがーん、と盛大に打ちひしがれて、よしよしとアリスに慰められている。
饅頭の方がどうなったかと思えば、妖夢が手にした剣でひたすら殴っていた。
何だかモグラ叩きのようになっているが、あちらは任せておいていいだろう。

「霊夢だって今は巫女じゃなくて『勇者』じゃない。
 霊力も満足に振るえないでしょ」

確かにアリスの言う通り。
今の霊夢は霊撃のひとつもまともに使えなければ、空を飛ぶこともできない。
「勇者」という枠にはめられているために能力のほとんどを封じられているのだ。
なおかつ「レベル」という概念に縛られ、強制的に力を抑えられてしまっている。

「じゃあ、今のあんたらって何なのよ」
「……盗賊だぜ」
「踊り子。ちなみに妖夢は見習い剣士らしいわ」
「私たちを巻き込んでおいて、魔法使いが選択肢に無いってのはおかしいぜ」

妖夢のはまだしも、二人は明らかに戦いを生業とする職業ではない。
これから選べって言われたの、とアリスが見せたリストを確認する。
学者、羊飼い、バイキング、商人、ギャンブラー、遊び人、エトセトラエトセトラ……。
最後の方に至っては職業ですらない。

「……あ、このバーサーカーってのは?
 辻斬りモードの妖夢とかそれっぽくない?」
「やめといた方がいいわよ。
 それ、敵がいなくなるまで剣振るだけの人形みたいなもんだから」

頭が痛くなってきた。
何を思ってこんな設定に──普通に考えればこちらを不利にするためのものでしかないか。
もう一度妖夢の方へ目をやれば、饅頭にのしかかられて潰れかけていた。
差し当たってどうすべきだろうか、と霊夢は考える。
と、慰められてようやく立ち直った魔理沙がやおら霊夢の袖をぺろりとめくった。
その裏に何やら書いてある。

  れいむ  しょくぎょう:ゆうしゃ レベル 1
  HP 18/18 MP 7/7  スキル:けっかいじゅつ

「一応これが霊夢のステータスな。HPってのが体力でMPが霊力とか魔力みたいなもんだ」
「うーむ、勇者って魔王がいないときは何する職業なのかしらね……。
 ……あと、何で名前がひらがななの?」
「容量削減でしょ。漢字使ったらそれだけ容量がいるから」

なるほど。
「れいむ 」と名前の後に一文字分の隙間しか無いのも四文字までの制限なのだろう。
こうしてしゃべっていることですら、外からこの状況を見ている者がいるのならば
すべてひらがなに見えているのかもしれない。
霊夢自身の確認は済んだので、魔理沙とアリスの方を確認することに。
調べてみると魔理沙はエプロンの裏、アリスはケープの裏にそれぞれ表記があった。

  まりさ  しょくぎょう:シーフ  レベル 1
  HP 17/17 MP 8/8  スキル:ぬすむ

  アリス  しょくぎょう:おどりこ レベル 1
  HP 8/8  MP 16/16 スキル:いやしのまい

「低ッ! アリスHP低ッ!」

仮にもアリスは妖怪なのだから魔理沙より体力が高くても不思議ではない。
何があったのかと尋ねると、

「職業を決めるときに、ステータスの振り分けもあったんだけど……。
 項目の中にINT(賢さ)とDEX(器用さ)があったもんだから。
 仮にもブレインを自称する私がその二つで後れを取るわけにはいかないもの」

その二つに振れるだけ振ったら他まで回らなくて、などと言い、てへっと舌を出すアリス。

「……あんたって頭良さそうに見えて実は結構抜けてるわよね」

素直な感想を漏らしたら、今度はさめざめと泣くアリスを魔理沙があやす番になった。
いちゃいちゃするなら家でやれ、と思ったがそもそも解決しないと帰れない。
見ていると滅入るので饅頭の方に目を向ける霊夢。
ようやくカタが付き、ぜぇはぁと肩で息をしながら妖夢が戻ってきた。
ついでにこちらも確認すべく、わさわさと妖夢の服をまさぐっていく。
……なぜかスカートの裏に書かれていた。

  ようむ  しょくぎょう:みならいけんし レベル 1
  HP 2/20 MP 5/5   スキル:こんぱくりゅうけんじゅつ

饅頭相手に危なかったようだ。これでは先が思いやられる。
アリスが言った項目の方にも目を通してみれば、誰が決めたのやら霊夢は何とも平均的な数値になっていた。
その上でやや守りに重きを置いた感じか。
魔理沙は力とスピードを、妖夢は力と体力を伸ばす方向になっている。

ぱぱらぱー♪
『レベルが あがった!』

饅頭の集団を倒したことで全員レベルが上がったようだ。
一人奮闘していた妖夢が釈然としない顔をしているが、そんなことを気にする霊夢ではない。

一通りの確認が終わったところで、さてと霊夢は再び思案に入った。
妖夢はまだいい。
表記は見習い剣士と言えど戦闘職に違いはないし、妖夢自身の技術を生かすことができるだろう。
ただ手にした剣がいつもの二振りではなく、見るからにナマクラなのが難点か。
異変の主に、名刀である楼観剣は初期状態では強すぎると見られたのだ。
問題は他の二人だ。
魔法が使えない上に、前線に立たせるのも危うい感じがするとなっては足手纏いにもなりかねない。

「よし、あんたら二人チェンジで。
 吟味すればもっと戦えそうなのがいるでしょ」

決断すれば行動は早い。
えぇーと不満そうな二人をよそに、霊夢はとっとと町へと引き返した。


「──って咲夜がいないし!」

メイドバーへと踏み込んでみれば、咲夜の姿はすっかり消え失せていた。

  『やくめは おわったようなので、あとはまかせます  メイドNo.398』

御丁寧に書き置きを残していた。
うろうろしているメイドや客はただの作り物なのでほとんど意味はない。
つまりもうメンバーの変更はできないというわけだ。
沈んだ顔で戻ってくる霊夢。
それを見て、待機室送りにならずにほっとする二人。
容量の関係か、待機室は一人二畳ほどしか無かったのだ。

「ま、まあ見も知らないヤツより気心知れた私たちの方が役に立つって!」
「そ、そうよ! 私だって一応回復能力とかあったりするみたいだし」

アリスが軽いステップを踏むと、きらきらと光の粒が周囲に飛び散った。
それを浴びると、生傷だらけだった妖夢の体が見る間に治っていく。

「あ……、きれいに治ってる」
「ね? ほらほら!」
「あー……。わかった、わかったから。
 そんじゃ気を取り直して進みますか」

変更が効かないならこのパーティで行くしかない。
とりあえず、回復役のアリスがやられたらまずいのはわかったので後衛に徹してもらうことにする。
自分と妖夢の二人で前衛を張り、魔理沙はフォローに回ってもらえばいい。
いつも異変の対処は一人でやっているのだし大丈夫だろう、と霊夢は楽観することにした。




ぱらぴらぽー♪

町を出てすぐ、遠く北の方へ建物の影が見えた。
それが最初の目的地だろうと当たりを付けて、そちらへ向かおうとした矢先にまたこれである。

「ちょっとエンカウント率高くない?」
「まあレベル上げにはいいかもしれないけどな」

『まおうレミリアが あらわれた!』

「ぶぅッ!」

全員同時に吹き出した。
魔王がいきなり登場とあっては吹いても仕方ないというものだ。
魔王──レミリアはいつものピンクの服ではなく、闇色のマントを纏って仁王立ちしている。

「魔王……ってことは、あんたがこの一件の首謀者ってわけ?」
「ええ、そうよ。それは一ヶ月前のある日のことだったわ──」

「何かいきなり回想に入ったみたいだけど」
「今の内に逃げた方がいいんじゃない?」
「それもそうだな。んじゃ、とんずらと行くか」

レミリアが遠くを見るような目で回想を始めた隙に、魔理沙たちは脱兎のごとく駆け出し──

「ぶっ!」

べいん、と見えない壁に弾かれて戻ってきた。

「知らなかったの? 大魔王からは逃げられない……!」

ククク……人生で一度は言ってみたい台詞よね、とうっとり陶酔する魔王。
彼女の中ではこれが最高ランクの名言なのだろう。
逃げられない霊夢一行を前に、再び回想に入る魔王レミリア。

「ちゃんと聞きなさい。それは一ヶ月前のある日のことだったわ──」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ラスボスがやりたいわ」

何を言ってるのだろうか、と咲夜は首を傾げた。
主の唐突な発言はいつものことだ。
そして運命を操るレミリアの言葉はおよそ人間には理解し得ないこともままある。
その意図を汲んでみせるのが従者の務めではあるのだが、今回のものは咲夜の理解の外にあった。

「恐れながら。お嬢様は紅魔館の主であり、また紅霧異変の折の首謀者でもあらせられました。
 『ラスボス』と言ってまったく差し支えないのでは」

咲夜の言に、レミリアは目を細め

「確かに今でも私はラスボスと言えるわ。
 でももっと……そう、苦難を超えてきた勇者にすら畏怖を与えるようなカリスマの極致を味わいたいの」

くいっとワイングラスを煽り、そしてそれを叩き潰す快感もね、と付け加えた。
その手には週刊の少年漫画雑誌。
ああ、また影響されたな、と咲夜は内心頭を抱えた。
掃除中に主がかめはめ波の練習をしていたところへ直面して、気まずい思いをしたのは記憶に新しい。

「話はすべて聞かせてもらったわ!」

そこへばたーん、と扉を開け放って図書館の主が乱入してきた。
火に油がブチ撒けられた瞬間だ。

「レミィがそこまで少年漫画に理解を示すならば、同好の士として協力しないわけにはいかないわね」

瞳に紫炎を燃やしたパチュリーは、一ヶ月間こもって魔法の作成に取りかかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「──と、そういうわけよ」
「話はわかったけど……、こんないきなり出てきちゃ苦難を超えるも何もないじゃない。
 だいたい真っ昼間から何で日傘もなしに動き回ってんのよ」
「ちょっと驚かしてやろうと思ったんだもん。
 日光はこのマントのおかげでへっちゃらよ」

マントを翻すようにくるりと回ってみせる魔王。
カリスマがどうのという話は何だったのか。
これだから気紛れな妖怪は始末に悪い。

「じゃあ行くわよ、霊夢!」

レミリアが大きな構えを取り、周囲に弾幕を展開する。

「ど、どうするの? 私たちまだレベル2なんでしょ!?」
「アリス、アレだ! 低レベルクリアとかやってるだろお前!」
「無茶言わないで! ああいうのは隅々まで攻略してパターン組まないとできないわよ!」

「レッドマジック!」

解き放たれた紅の魔弾は雨のように降り注ぎ、大地を穿ち、霊夢たちの体力を容赦なく削っていく。
攻撃が収まり、土煙が晴れた頃には、魔王以外に立っている者はいなかった。

『れいむたちは ぜんめつした……』





「あらやだ霊夢、死んじゃうとは情けないわね」

霊夢が目を覚ますと、そこは城の謁見の間。紫の前だった。
後ろを見れば棺桶が三つ並んでいる。
もしや、と一瞬血の気が引いたが、棺桶の中から「早く出してくれよー」などと軽い声が聞こえてくる。
どうやら動けないだけらしいとわかり、ほっと胸をなで下ろす。

「そうは言うけどさ、城出て五歩で魔王が出てくるなんて誰も思わないっつーの。
 勝てるかあんなもん」
「まあ私は一介の王様だから手の出しようがないし、何とか頑張ってちょうだい」

それだけ言うと紫は再び怠惰モードに戻っていった。
ババァのサボり癖は困ったものだ、と憤慨する霊夢。
こういうときは心に棚を作って自分は棚上げしておくのが霊夢のやり方だ。


教会に行って三人を復活──と言うか棺桶の蓋を開けてもらう。
町を囲む壁から顔だけ出して外をのぞいてみると、まだ魔王が居座っていた。
ティーセットを広げて優雅にお茶など飲みつつ待っている。
このまま進めばさっきの二の舞は確実だ。

「どうしろってーのよ、これ」
「別のルートとか探した方がいいんじゃない?」

妖夢の意見はもっともだ。
とは言え、作られたゲームにそう都合良く別の道などがあるのだろうか。
もう一度紫に話を聞いてみるべく、霊夢は城へと引き返すことにした。

「あれ、そう言えばアリスは?」
「ん、大事なこと忘れてたんでな。ちょいと頼み事しておいた」

再び謁見の間へ。話を聞いた紫は、

「うーん、何とかできないこともないけど……」

にゅるん、といつものように空間にスキマを作ってみせる。

「この旅のスキマでどこか適当な場所へ送るくらいなら」
「いや、適当じゃ困るぜ」
「でも私、王様役でここから動けないからこの世界の地理なんて知らないもの。
 あまり近くじゃすぐに見つかっちゃうでしょうし」

霊夢はしばし考え、それで行くと決断した。
魔理沙と妖夢も納得し、アリスが戻ってきたところで、四人は紫の作ったスキマへと足を踏み出した。





トンネルを抜けるとそこは──切り立った岬であった。
その先には水平線まで何もない海が広がっている。崖下を覗き込めば、波が砕けて白い煙を散らしていた。
幻想郷に海は無いため、結構新鮮な光景ではある。
そして反対側にはだだっ広い荒野。

「どっち向いて進めばいいのよ、これ……」
「霊夢、あれ」

妖夢が指差す先には灯台があった。
最上階には望遠鏡が設置されており、それをのぞいてぐるりと見回してみる。

「うーん……、建物が見えるけど……かなり遠そうね」

北の方へずいぶんと進んだ先に、わりと大きな街を発見できた。
この海に流れ込む川を遡って行けばたどり着けるようだ。
望遠鏡で見える範囲には他に町らしきものはないため、選択肢もこれ一つに絞られる。
徒歩以外に移動手段を持たない霊夢一行は、そこへ向けて歩き始めた。


散発的に現れる魔物と戦いつつ、ひたすら歩く。
さすがに敵も饅頭よりは明らかに手応えがあり、楽勝とは行ってくれない。
あまり変化のない風景に時間の感覚が狂いそうになるが、太陽の動きが遅々とした時間の進みを物語る。
たっぷり歩いて足が棒になる頃に日は沈んでいった。

「今日はここまでね。夜に進むのは危険だわ」
「はぁ……、こんな何もない所で野宿しなきゃいけないの……」

アリスの提案に霊夢が沈んだ声を上げる。
だが月明かりだけで何があるかもわからない場所を進むのは危険に過ぎる。
特にこの先は森が広がっているし、暗闇で中に入るのは自殺行為だ。

「まったく何もないってわけじゃないけどな」

魔理沙がザックから金属の棒とシートを取り出して組み立てていく。
テントだ。簡易的なものだが地面に雑魚寝よりは遥かに良い。
アリスの方は枯れ枝を集めて火を起こし、湯を沸かしている。
沸いた湯で固形スープを溶かし、パンと干し肉を焚き火であぶる。
お世辞にも美味いとは言えなかったが、疲れた体は味を気にする間もなく食料を収めていった。

「二人とも、ずいぶん手際良いわね」
「まあな、魔法使いはインドアばっかじゃないってことさ」

たいていのゲームでの昼夜の変わりは早い。
それはつまり目的地が近くに見えても、移動には時間がかかっている。
すなわち結構な距離があるということだ。
スキマでここに飛ばされる事態が無くとも、ゲーム経験のある二人はどこかでこういった長距離の行軍があるだろうと踏んだ。
そこで魔理沙は城へ行く前に、アリスに食料とキャンプ用具を調達するよう頼んでおいたのだ。
またそれが手に入ったことは、予測が正しいであろう裏付けにもなった。

粗末な食事の後、霊夢と妖夢はテントに入るなり泥のように眠り始めた。
前衛として戦っていた分、他の二人よりも疲労の色が濃かったのだろう。

「お前は寝ないのかよ」
「誰かが見張りしてないとまずいでしょ。本来睡眠の必要がない私がやるのが妥当だわ」
「そうは言っても、お前だって疲れてるだろ」

放り込んだ枯れ枝が、火の中でぱちんと爆ぜる。
夜襲があるのかはわからないが、夜間に魔物や妖怪の類が強く、活発になるのはどこでも同じ。
ならば警戒は必要であり、眠らなくてもいいアリスがそれに適しているのは確かだ。
だが不要と言えど、体力・魔力の回復に体を休めて睡眠を取るのが適しているのも確かなことである。

「私は戦闘中は守ってもらってばかりだから。
 これぐらいしないと借りっぱなしになっちゃうじゃない」
「この状況だぜ? 仲間を守るのに借りも何もあるかよ」
「いいから眠りなさいって。
 あんたの方こそ、明日になって寝てないから歩けませんなんて言わせないわよ」

反論したかったが、歩きづめで疲れた魔理沙の体はその言葉に逆らうことができず、強引にテントの中へと押し込まれた。





街へ向けて歩き始めてから五日経った。
戦闘で受けた傷はアリスの回復能力によって治すことはできても、心身の疲れまでは取り除けない。
教会への支払いで減ったこともあり、残った手持ちで用意できた食料にも当然限りはある。
そのため休息で余分な日数をかけることもできず、昼間はゆっくりでも進まざるを得ない。

三日目の夜には、頼むから眠れと魔理沙が見張りを申し出た。
しかし強引にテントへ押し込んだものの、二時間ほどでアリスは起き出してきて。
うとうとしかけていたところを見られた魔理沙は、見張りの交代に異議を唱えることができなかった。

この五日間で夜襲は一度だけあった。
だが一度あったことで気が抜けなくなり、見張りの負担は増大することに。

そして一行が──とりわけアリスが──限界に近付いていた五日目の夜。

「やっと……まともなとこで寝られそうね……」

ようやく霊夢たちは街へと辿り着くことができた。
ふらふらと、霊夢の足取りは半ば夢遊病者のようですらある。
街に入る寸前。
張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、ふっと──文字通り糸の切れた人形のようにアリスが崩れ落ちた。
それをあわてて魔理沙が抱き留める。

「……このバカ。
 とりあえず今日は宿に直行だ。アリスを寝かせないと」
「異議なし……」
「同じく……」

気を失ったアリスは魔理沙が背負い、霊夢たちと共に手近な宿へと入っていく。
眠ったままのアリスをベッドへ横たえてやる。
心配ではあったものの付いて看てやるほどの余力は誰も残っておらず、快復を祈って三人は眠りに就いた。
体が沈み込むほどにふかふかと心地良いベッド。
霊夢は布団で眠れるありがたさを、これでもかというほどに痛感した。




「朝よ、魔理沙」

アリスに起こされて目を覚ます。
霊夢と妖夢も起き上がり、めいめい伸びをして体を解している。

「もう大丈夫なのか?」
「ええ、一晩ぐっすり眠ったから。
 ……昨日は支えてくれてありがとね」
「お、珍しいな。もっとありがたがると、魔理沙さんはそのぶん優しくなりそうだぜ」

「おいバカップルども。さっさとしないと置いてくわよ」

見ればすでに部屋を出ていた霊夢が、入り口から顔だけのぞかせて半眼を向けている。
もうちょっと待ってくれてもな、とぼやいて魔理沙は小さく肩をすくめた。


「街に着いたわけだけど、これからどうすりゃいいの?」

霊夢の問いに、とりあえず情報集めるかと魔理沙が返す。
ずいぶん大きい街だし、ここで何かイベントの一つでもあるかもしれない。

「その前にちょっといい? 私の剣、新調してほしいんだけど」

妖夢が手を挙げる。
最初から妖夢が持っていたごく普通のロングソード。
元からナマクラな上に酷使してきたものだから刃こぼれしてボロボロだ。
これでは鉄棒とそう大差ない。

「じゃあ、どこか店でものぞいてみましょうか」

あたりを見回し、「SHOP」の看板を掲げたドアを開けて中に入る。

「あら、霊夢じゃない」

カウンターにいたのは見知った紫の髪にへにょりとしたウサギの耳。

「お前もいたのかよ。『うと゛ん』になるからいないと思ってたぜ」
「いや、そこは『れいせん』でいいでしょ」

事情を話すと、鈴仙は師匠を呼んでくるからと店を空けて出て行った。
しばしの後、鈴仙を伴って永琳がやってくる。

「やっぱり勇者役はあなただったのね」

『えいりん・ザ・バッドメディスンが あらわれた!』

「ちょ、あんた敵なの!?」
「一応魔王レミリア麾下、四天王の一人ってことになってるわね。
 まあ私の方にあなた達と戦う理由は特にないから、かまわなくていいわ」

二つ名が気に入らないしね、と四天王と書かれた名札を捨てる永琳。
レミリアにしては珍しくまともなネーミングだと、一人をのぞく全員の意見は一致した。
誰も口には出さなかったが。
ひとまず、ボス戦はボスキャラの意志により回避された。

「結局あんた達も巻き込まれた側なわけなのね」
「ええ。協力をお願いされたけど、言いなりになるのも面白くないし。
 解決するまでただ待ってるのも暇だったから、少し遊ばせてもらってはいたけど」
「遊ぶって……このゲームでか?」

勇者が魔王を倒すと言う筋道のゲームで、敵役以外に何かすることがあるのか。
そう尋ねてみると永琳は、この街を大きくしたのは私よ、などと口にした。

「この街は私の支配するエリアって設定だから。
 流通を抑えながら街を発展させる経営シミュレーションみたいな感じでどんどんとね。
 ゲーム内だから人手も要らないし、楽なものよ」
「名前が四文字制限のくせに何でそんな自由度高いんだよ!?」
「だいたい私たち以外は同じ台詞しかしゃべれないカカシなのに、よくそんな真似できるわね」
「え? 霊夢のいた場所はそんな適当なの?」

意外そうな顔をする永琳。
彼女の話に寄れば、この街の住人はいくらか柔軟な行動を取っているらしい。

「……このゲーム作ったの、レミリアとパチュリーでしょ。
 たぶん自分たちの周りから作り始めて、一番遠くのスタート地点を作る頃には面倒になってきたんじゃないの?」

そう言ったアリスの推測。それは半分正解だった。
パチュリーは魔理沙たちを巻き込むと決めた時点で、最初の街はスルーされる可能性が高いことを予測していた。
なので城、酒場、店と最低限必要な施設のみを作って後は適当に造った建物を並べ。
霊夢に情報を与える人員は紫たちを配置することでカバーし、残りはカカシをバラ撒いておいたのだ。

「それはさておき、あなたが魔王を倒さないと私たちも戻れないみたいだし。
 一応敵側だから一緒には行けないけど、装備の応援くらいはしてあげるわ」
「助かるぜ。妖夢の得物を新しくしてやってくれよ」
「ええ。伊達に街を大きくしたわけじゃなし、たいていの物はあるから好きに持ってっていいわよ」

永琳は鈴仙にリストを押しつけ、後で倉庫に行くから商品を整理しておくように言いつける。
うげっ、と青い顔をした鈴仙は店の奥へと消えていった。

「どうでもいいけどさ、あんたの所でこの世界に来てるのって二人だけなの?」
「一応、いるにはいるんだけど──」

霊夢の問いにやや言葉を濁す永琳。
そこへばたばたとやかましい足音が響き、何者かが店の中へ飛び込んできた。

「えーりん! レアモンの火鼠狩ったからこれで装備作ってー!」

霊夢は、聞き覚えのある声だったが別人だと判断した。
いつもの服をしていた永琳や鈴仙と違い、その人物は服装がまったく別物だったからだ。
竜の鱗のような素材で作った胸当てに、肘や膝などをプロテクターで保護している。
だが土で汚れてはいても艶やかな黒髪は健在だ。やはり間違いないのだろう。

「輝夜ァ! そいつは私が狩った獲物じゃないの!」

続いて飛び込んでくるもう一人。
こちらは白い長髪と対照的な、黒光りする金属で要所を固めた軽装鎧を着こなしている。

「何言ってんのよ。こういうのは早い者勝ちじゃない」
「アレを仕留めたのは私のヴォルケイノだよ!」

挑発する輝夜の首もとに身の丈ほどもある戦斧を突きつける妹紅。
人間くらい輪切りにできるような両刃がぎらりと凶悪に光る。

「ふふん、私のドラゴンバレッタが狙いを外すわけないわ」

ぐいっと妹紅の腹に突きつけられる輝夜の得物。
鉄板を撃ち抜きそうな矢を同時発射可能にカスタムされた五連装クロスボウだ。
こいつら明らかに私より強いでしょ、と霊夢がいぶかしげな視線を送る。
その視線に気付いたのか、二人はガンの付け合いを中断して霊夢の方へと顔を向けた。

「ああ、霊夢が勇者なんだ。私は手伝わないけどがんばってねー」

それだけ言うと足早に出て行く輝夜。

「あっ、待てこら!
 ……悪いね、霊夢。本当なら私も手伝ってあげたいんだけど、輝夜のヤツと勝負になっちゃって」
「勝負?」
「あんたがこの一件を解決させるまでに、どっちが多く戦果を上げるかって。
 まだ私のが勝ってるから、早いとこ解決しとくれよ」

ごめんね、と手で仕草を送り、妹紅も後を追いかけて行く。

「ちょっと、付いてこないでよ!」
「私たちのレベルに合う狩り場なんてもう少ないんだから仕方ないじゃん!」

ぎゃーぎゃーと罵り合いながらも並んで走る輝夜と妹紅。
息が合ってるのかどうなのか。
そのまま街の入り口近くに設置された魔法陣の上まで行くと、しゅっと二人は消え去った。

「この件、受けたのは姫様なのよ。そのくせ色々できるとわかったらああして遊びに行ってしまって……。
 おかげで私に四天王とやらの役目が回ってきたの」

やれやれとあきれ顔をしてみせる永琳。
霊夢は何だか凄まじい理不尽を感じずにはいられなかった。
本筋に関係ないもの作る余裕があるなら街の間の移動くらい便利にしておけよ、と。


永琳に連れられて店の奥の倉庫へと案内される。
そこには種類ごとにきっちりと仕分けられた装備品の数々。
そしてド真ん中には疲れ果てた鈴仙が汗の海に沈んでいた。通行の邪魔なので端っこの方へ寄せておく。
ひゃっほぅと目を輝かせて物色に入る魔理沙。こうなっては宝の山も同然だ。
手当たり次第に漁っては、ひとつひとつ見定めていく。
妖夢は妖夢でずらりと並んだ刀を検分し、アリスは永琳と何やら話している。
三人の装備については魔理沙に任せ、霊夢は自分の装備はどうするかを考えることにした。

しばし考えたが、やはり慣れた服とお祓い棒を替えることも無いだろうと結論し、護符や御札といった装飾品で身を固めることに。
そうこうしている内に、三人の装備も整ったようだ。

「あの……、これちゃんと効果あるの……?
 どう見ても護ってる部分の方が少ないんだけど……」

着替え終わった妖夢が身に付けているのは、水着をそのまま硬質化させたような物だった。
覆っているのは肩、胸、腰回り、手甲にすねくらいで露出している部分の方が多い。
鎧のくせに腹をさらけ出しているのはいかなる意図で作られているのか。
俗にビキニアーマーと呼ばれるシロモノである。

「この手のゲームじゃ強い防具はそーいうもんなんだよ。
 安心しろ、たいてい魔力で保護されてるからそこらのゴツい鎧より防御性能は高い」
「本当かなぁ……、まあ重い鎧で動けないよりはマシだけど……」

強度を確かめるように鎧や露出した肌を叩いて確認する妖夢。
得物の方は、銘が入るくらいのまずまずの業物を見つけられたようだ。
やはり西洋剣より刀の方が性に合うらしい。
そう言う魔理沙は上下ツナギの黒いボディスーツ姿。
そこに耐刃ジャケットを着込み、腰のベルトにはポシェットとダガーを差している。

「ねぇ魔理沙……! 私のはどう見ても水着にしか見えないんだけど……!」

どういうつもりよ、と詰め寄るアリス。
霊夢から見ても、アリスが着てるのはただの水着にしか見えない。
何と言うか、色んな意味でギリギリだ。

「おいおい、そいつがこの中で一番高価な装備なんだぜ。
 アリスに怪我してほしくないっていう私の心遣いをわかってもらいたいな」
「そ、そうなの……?」

不承不承な様子ながら、鏡に向かって色々と大丈夫か確認するアリス。
後ろでにやにやしている魔理沙のツラは見えなかっただろう。
魔理沙のやることにいちいち口出ししてては身が持たないので、霊夢はスルーする術を身に付けた。

さらに永琳に頼み、アリスの武器として人形を一体都合してもらった。
右手に銃、左手にサーベル、腰と肩に二門ずつ火砲を装備。
広げた青い羽根も美しいそれは自由度が売りらしいので「自由人形」と名付けられることに。
アリスがいつも戦闘で使っている人形はアリス自身が作ったものであり、それらは魔力と共に命令を送って動かしている。
だが自作の人形ではないこれに関しては各部に糸を繋いでマリオネットのように操る必要がある。
とは言っても、アリスの器用さならば特に問題は無いだろう。

装備も調い、さあ出発だというところで永琳が霊夢たちを呼び止めた。
進行に支障が出るかもしれないから、と霊夢のお祓い棒でこつんと頭を叩かせる。

「やーらーれーたー。
 だが他の四天王は私よりも強い。お前たちの命運もその時までよー」

なんという棒読み。
四天王の一人・永琳は魔王の居場所の方角を教え、力尽き──ずにあくびをかみ殺しながら去っていった。






装備が調ったことで、襲ってくる魔物との戦いはずいぶんと楽になった。
特に名刀を手にした妖夢はほぼ無双状態、アリスも支援に回れるようになって連携も取りやすくなった。

「今日はここで一泊させてもらうとしましょ」

そして永琳の治める街から北西へと歩き、日も暮れる頃。
ぽつんとさびれた教会が建っていた。
人がいるかどうか怪しい感じだが、いなけりゃいないで勝手に使わせてもらうだけだ。

装飾の施された扉──錆びかけていたが──を開いてその中へ。
そこにいたのは神だった。
もっと言えば神奈子であった。

「やっと来てくれたかい。待ってたよ」
「カミサマまで呼ばれてたのかよ。ゲームバランス崩れそうだな」
「うんにゃ、私は早苗に無理矢理くっついてきただけ。
 ぐっすり寝てた諏訪子は気付くのが遅れて無理だったけどね」
「その早苗はどうしたのよ」

あっち、と神奈子が指差す部屋の隅っこにはどんよりとした空気が澱んでいる。
近付いてよく見ると、背中を向けて体育座りで落ち込む早苗だった。

「……何があったの?」
「んー、私は気にするなって言ってるんだけどねー」

ぶつぶつと、誰にともなくつぶやく早苗。
まるで地獄の底から響く呪詛のようだ。

「……おなじ巫女でも霊夢は勇者で、私はこんな寂れた教会に……。
 でもそれはまだ我慢できます……。
 許せないのは八坂様を信仰する私に他宗教のシスターをやれなんて……」

口にしたことで余計に滅入ったのか、さらに早苗周りの空気が重くなる。

「こんなの演劇みたいなもんだろって言ったんだけど。
 いったん落ち込むと早苗は後を引くから……」

無理に付いてきた神奈子はともかく、この世界にいるなら早苗にも何かの役がある。
それを聞いてみると神奈子はああそれなら、とメモを取り出し読み始めた。

「何々……、四天王の一人・永琳を倒した勇者一行。
 だがその部下・鈴仙は生き延びていた。
 復讐に燃える鈴仙は先回りをし、シスターを人質に取って勇者一行に迫る。
 しかしシスターはかまわず悪を討てと、尊い命を投げ出すのであった……と」

読み上げられた設定を聞き、あちゃーと頭を抱える勇者一行。

「それ、パスで」
「あいつら全然やる気無いから、うどんげも来ないぜ」

それを聞き、早苗の周囲はもはや姿も見えないほどの暗闇に閉ざされた。
「私、何でここにいるの……?」と自らの存在意義まで問い始める。

「ねぇ、霊夢。早苗も連れてってやっちゃくれない?
 礼と言っては何だけど、目的地まで送ってやるからさ」
「そりゃ助かるわ。ずっと徒歩じゃやってらんないし」

霊夢は黒い球体に手を突っ込み、探り当てた早苗の手を掴んで引っ張り上げた。

「一緒に行くわよ、早苗」
「あ……はい……」
「元気出しなさい。ふざけた魔王に一発くれてやりましょ」
「霊夢……。
 ……そうですよね! 八坂様を軽く見た輩に神の奇跡をお見舞いしないといけませんよね!」

変なスイッチが入ってしまった。

「ところで、早苗の職業って何なんだ?」
「……拝み屋です。……シスターはいやだったので」
「……せめて祈祷師とか無かったの?」

『さなえが なかまにくわわった!』


当初の予定通り、出発は朝にしてこの教会で一泊することに。
しかし早苗の加入はイレギュラーだったようだ。
街の宿も、そしてこの教会も、初期の人数に合わせてベッドは四つしか用意されてなかった。
順当に魔理沙は床でという意見が出たが、さすがにそれはかわいそうなんじゃといった意見も挙がった。
とっとと眠りたかった霊夢は、

「じゃあ言い出しっぺが責任持て」

面倒とばかりにアリスのベッドへ叩き込んで、満足げに布団をかぶる。
しばらくして、妖夢が口を開いた。

「……私たち、まだレベル15くらいなんだけど。
 このくらいで乗り込んで大丈夫なの?」
「15!? 普通のゲームじゃ絶対無理ですよ!」

そう言う早苗のレベルは5だ。
元々が非戦闘員の腋を出した脇役にしか過ぎないので仕方ないことではあるが。

「そのへんは気合と根性でカバーすんの。
 もうこれ以上だらだらザコをド突きまわすのはごめんだわ。
 早く終わらせてカテキン補充したいのよ、私は」





翌日。
朝食を済ませた霊夢たちが外に出ると、よくわからない物があった。
北西へ向けた仰角30度の発射台にセットされた柱。

「さ、早く乗りな」

猛烈に嫌な予感しかしないが、歩くのを嫌った霊夢が率先して柱によじ登っていく。
五人一列に柱に跨る姿は実に間抜けと言わざるを得ない。

「よーし、しっかり捕まっときなよ」
「おう、掴みやすさもばっちりだ!」
「ってどこに捕まってんのよ!」

振ったアリスの後頭部が魔理沙の顔面に直撃する。

「はいはい、お約束お約束。だいたい丸太のどこに捕まれってのよ」

文句を言う間もなく、すでに神奈子は発射態勢に入っていた。
巨大な木槌を振りかぶって片足を振り上げている。
それを見て、あわてて全員が丸太に抱き付いた。

「エクスゥゥ────パンデッドォ!」

一本足打法のフルスイング。
どごん、と爆発したかのような衝撃で撃ち出された柱は、あっという間に空の彼方へと消えていった。





「うぅん……、平和な朝だなぁ……」

ぐっと伸びをする美鈴。
魔王レミリアの居城、それは天高く伸びる塔である。
そして塔の周囲をぐるりと囲む、高さ十メートルほどの壁。
この世界で飛べる者は限られているので、塔へと入るためには正門──つまり美鈴の立つ場所を越えなければならない。
美鈴はここでも門番だった。

きぃぃんと耳鳴りのような甲高い音。
何だろうと思ったのも束の間、飛来した丸太が外壁を粉砕していた。

「な、何事!?」

丸太が突き刺さったのは、美鈴が立つ正門からわずか五メートルほど離れた場所。
あんな物が直撃していたらと思うと血の気が引いていく。
だが何者かの攻撃には違いないだろう、と美鈴は確認のために丸太へと近寄った。

その瞬間。
滑るように間合いに侵入した霊夢の右掌打が美鈴の鳩尾に突き刺さる。
体がくの字に折れたところへ、左フックがレバーを強打。
左を打つためにひねった右をそのまま引き絞り、雷光のようなストレートを心臓の位置へと叩き付けた。

「博麗無情苦悶拳……。せめて苦痛にもがきながら死ぬがいいわ」

鳩尾・肝臓・心臓と急所への三連撃。
倒れ伏した美鈴は、びっくんびっくんと青い顔で泡を吹いている。

「何が『せめて』なんですかね……」
「うーむ……相当キてるな、ありゃ」
「よっぽどストレス溜まってたみたいね」

霊夢にとって、「異変」とは出向けばその日の内に解決するようなものがほとんどである。
だが今回はもう一週間は経ってしまった。
しかも永琳の街での一泊以外は粗末な保存食に野宿と来た。
魔理沙とアリスは実験材料の採集などで遠出をして、丸一日歩き回ったりキャンプを張るようなことも少なくない。
妖夢は心身ともに自ら厳しい修練を課すようなストイックさも持ち合わせている。
しかし霊夢は努力とか修行の類を嫌う面倒くさがり屋。
日を追うごとにストレスばかりが溜まっていき、爆発したそれを最初に出てきた美鈴が運悪く浴びてしまったのだ。

「さあ、一気に突入するわよッ!」

鉄塊のように重厚な扉を蹴り飛ばし、怒濤の勢いでなだれ込む霊夢一行。
塔の中は単純な造りになっており、仕切の無いフロアの両端にしつらえた螺旋階段が上下の階を繋いでいる。
そして外よりもさらに一段強くなった魔物の群れが霊夢たちを襲う。
だが怒りに燃える霊夢、略していかれいむは構わず突き進む。
アリスの砲撃に怯んだところを霊夢・妖夢の前衛組が斬り崩して道を作る。
さながら海を割りつつダッシュするモーゼのごとく。

そうして十階ばかり上った頃、部屋の雰囲気が明らかに変わった。

「危ないッ!」

妖夢の刀が飛んできた何かを斬り弾く。
──蝶だ。こんなものを使うのはたった一人。

『ゆゆこ・ザ・パピヨンが あらわれた!』

「幽々子様……、敵側だったんですか……!」
「ええ、そうよ」

苦悩するかのような妖夢に対して、幽々子はいつもと変わらない様子。
手にした扇で口元を隠し、笑っている。

「……まずいわ。考え得る限り最悪の相手よ」
「ふふ……、人形遣いは気付いたようね」

滅多に見せないほどの焦りを見せるアリス。

「幽々子の力は言ってみれば防ぎようのない即死攻撃……。
 反則も反則、こんなの入れたらゲームにならないわ」
「で、でも! 例え幽々子様の能力でも、ゲームの中なら本当に死ぬわけじゃ……」

このゲームでの「戦闘による死」は棺桶の中に叩き込まれて動けなくなるだけ。
教会などでしかるべき措置をとれば問題なく元通りになる。

「あなたの言う通りよ、妖夢。私の力でも戦闘不能になるだけなのに変わりはないわ。
 でも全滅したら話は別。強制的に最初の城へ戻される」
「──そうなったらここまでまた足を運ばなければならない。
 ゴール目前で振り出しに戻るなんて、霊夢のモチベーションが保たないわ……!」

幽々子に次ぐように言ったアリスの言葉にざわり、と三人に戦慄が走る。
霊夢はこの件が終わったら、とりあえず全員殴ろうと心に決めた。
それより先にまずは目の前の相手だ。
全員でかかってやられる前にやるしかないか。
霊夢がそう判断し、口に出そうとした瞬間──すでに妖夢が飛び出していた。
下からすくい上げるような一閃を、幽々子の扇が受け止める。

「みんなは先に行って!」
「おい妖夢! 一人で突っ走んな!」

振り下ろされる扇を、今度は妖夢の刀が弾き返す。

「幽々子様が能力を使うには、わずかだが集中する時間が必要になる!
 私が抑えている内に早く!」

そこは判断に迷いがない霊夢。
妖夢が言い終わる前にすでに走り出しており、残る三人もそれに続くようにフロアを駆け抜けていく。

「そう簡単に抜けられると困るわ」

妖夢と打ち合いを続けながらも、まだ余裕を見せる幽々子。
片手の扇で剣撃を防ぎ、開いた片手を霊夢たちへ向けて蝶を飛ばす。

「瞑想斬ッ!」

霊力により刀身を倍した一閃が蝶をまとめて斬り捨てた。
だがそちらへ意識が行った瞬間、扇がかすめて妖夢の腕に浅い傷を残す。

「……させません」
「良い判断ね」

再び対峙する妖夢と幽々子。
その間に、四人は上への階段に辿り着いていた。

「妖夢の勇気が私たちを救うと信じて……!」
「今までのお供、ありがとうございました!」

「って、まだ戦ってるのに打ち切らないでよ!?」

びしっと敬礼を送り、階段を上っていく霊夢たち。
幽々子はそれをどうでもいいことのように流し、その目は妖夢のみを見据えている。

「霊夢たちはこの階を抜けたからもう関与しないわ。
 ──でも妖夢、あなたはここでリタイアよ」

幽々子の背に、扇が開いた。
誰しもが見惚れるそれは美しくも残酷な死の象徴。
舞い散る桜のように濃厚な死の気配に、妖夢は覚悟を決めた。





螺旋階段を上る霊夢の表情は苦い。
無傷で幽々子を突破したと言っても、その代償は妖夢の離脱。
現状の一行で前衛を務める妖夢の存在はあまりにも大きい。
そして霊夢たちは次のフロアへ。

「……ま、お前も出てきて当然だよな」
「まあ制作者でもあるけど、黒幕の片割れだからね」

『まどうげんすいハ゜チェが あらわれた!』

「こいつはまた仰々しい肩書きだぜ」

挨拶とばかりに飛んでくる火球のつぶて。
見境無しに着弾するそれは、霊夢たちが隠れた柱や壁の周囲で爆炎を撒き散らす。
狙いもつけず適当にバラ撒く戦法はパチュリーにしては無駄が多すぎる。

「先に言っておくけど、私も一応ボスキャラだから。
 喘息とか魔力切れを期待するのは無意味よ」

なんというチート。
無制限の魔力に裏打ちされ、体調までばっちり。
まさにパーフェクトパチュリー。偉い人でもすぐにわかる強さだ。
火球、水弾、丸ノコと多様な弾幕が途切れなく展開され、これでは顔を出すだけでも命取り。
特に魔理沙の周囲で景気よく爆発しているのは狙われているのだろうか。

「……なるほどな。魔法使いを選択肢から外してたのはこのためかよ」
「……魔理沙?」

魔理沙が何かを悟る。
にやりと笑ったその表情は、策を思い付いた不敵な顔だ。

「よく聞け、お前ら。
 こういう場合、たいてい魔王を倒せるのは勇者だけってのが相場だ」
「いきなり何よ」
「いいから聞けっての。
 私とアリス、そして妖夢に割り振られた役は『勇者のお供』じゃない。
 『勇者を無傷で魔王の元まで送るための犠牲』だ」

事実、階段まで辿り着いた霊夢たちを幽々子はまったく追撃してこなかった。
仮に全員で戦うことを選んでいたなら、勝てたとしても攻撃範囲の広い幽々子の蝶にみんな痛手を負っていただろう。
そして続くパチュリーの嵐のような魔法攻撃。
魔理沙、アリスとも魔法を使えない状態では有効な反撃も取りづらい。

「最初は妖夢、次は私ってわけだ」

パチュリーの攻撃パターンを探り、わずかでも弾幕量の少ない時を見計らう。
腰を落として力を溜め、突っ込もうとする魔理沙。
その直前、何事か思い出したようにやたら神妙な顔をする。

「私、この戦いが終わったらアリスと結婚するんだ……」
「はぁ!? ちょっ、いきなり何言ってんのよ!?」
「魔理沙ッ! あんた──」

霊夢の言葉を遮るように、火球の嵐の真っ直中を駆け出す魔理沙。
ベルトに結わえたポシェットへ手を突っ込み、中の物を握りしめる。
取り出したのは十数個の固形燃料のような物体。
装備を調えるときに確保しておいた、使い捨てのマジックナパームだ。
魔法が使えなくとも、霧雨魔理沙は魔法使いであることに全力を尽くす。
投げつけたナパームが炸裂し、飛来する火球をいくつも巻き込んで爆発する。
自分へ向かって飛んでくる弾を迎撃しながら、魔理沙はパチュリーへ向かって走っていく。

「面倒ね。なら一気に──」
「パチュリぃぃっ!」

パチュリーと目が合った瞬間、ばちこーん、とウィンクを一発。

「むきゅっ!?」

パチュリーの心が乱れる。
これがシーフ魔理沙の最強スキル、その名も『ハートをぬすむ』。
ボスキャラとしての耐性が落ちることを拒んだが、それでもほんの一瞬、パチュリーにスキができた。
そして魔理沙がパチュリーを捕まえるのは、その一瞬で十分であった。

「──とったぜ」

間髪入れずに残りのナパームをすべて放り、壁に穴を空ける。
その向こうに広がるのは外の景色。
魔理沙が何をしようとしているのか、全員が理解した。

「さあ、一緒に付き合ってもらうぜ!」
「この──むぎゅ!」

スペルを唱えようとする口を手で塞ぎ、パチュリーを押し出すように走る魔理沙。
──組み付いたまま、二人は開いた穴から身を躍らせた。


「魔理沙、あんたの犠牲は無駄にはしないわ。
 あんたの死を乗り越えて、私は幸せになってみせるから……」

ぐっと拳を握り、わりとひどいことを言う霊夢。
言うだけ言って、気を取り直したように霊夢は階段へ向かっていった。

「ほら行くわよ、早苗。いつまでもボケてないで」
「……ショックじゃないんですか?
 いくらゲームの中だからって、あんなこと……」
「ゲームと割り切ってるから止めなかったの。情けないけど他にマシな方法も浮かばなかったし。
 現実であんな真似しようとしてたら、ぶん殴ってでも止めてるわ」

ふん、と言い捨てて階段へ向かうアリス。
元の世界なら魔法も使えるし、飛べもするからこんな結果にはしないけど、と付け加えて。
表には出さないようにしていたが、実際のところアリスが一番動揺が大きかった。
今でも心臓はばくばくと打つペースを早めている。
どちらのせいにせよ、魔理沙のせいには違いないので後で文句を言ってやらないといけない。
いきなりあれではびっくりして当然じゃないか、と。





次の階に待つ者。
フロアに踏み込んだ霊夢たちの足下に、数本のナイフが突き刺さる。
パチュリーの次に来るのは当然──

『メイドインヘヴン・さくやが あらわれた!』

「メイドNo.398は仮の姿。その正体は魔王のしもべにして四天王最後の一人。
 実は敵だったのか、と驚愕する勇者一行……という設定で」
「いや、実はとか言われても一度顔合わせただけだし……。
 普通そういうのって、ずっと一緒にいた仲間がやらないと意味ないんじゃないの?」

フロアの中央であたかも壁があるかのように、虚空にもたれてたたずむ咲夜。
迂闊に動けばナイフでハリネズミだ。

「どうやら魔理沙の言ってたこともハズレってわけじゃなさそうね」

自由人形を携えたアリスが一歩前に出る。

「霊夢を頼んだわよ、早苗。
 あんたたちが進む間、あいつの足を止めるわ」
「普段のあなたならいざ知らず……、人形一体で私のナイフを阻めるつもり?
 量より質とでも言うのかしら」

抜く手も見せず、咲夜がナイフを投げ放つ。
アリスめがけて飛来したそれを、自由人形のサーベルが打ち払った。

「ところで霊夢。時間を稼ぐのはいいけど……
 ──別に、あれを倒してしまってもかまわないんでしょう?」
「が、がんばってくださいアリスさん!」

ふっと笑い、アリスが駆け出す。
それと同時に、霊夢と早苗も階段を目指して走り出した。

投げるナイフを人形のサーベルで、銃で迎撃するアリス。
咲夜は内心舌を巻いた。
魔理沙、アリスはこの中では魔法を使えないとパチュリーは言っていた。
ならばまともに戦う術すら持ち合わせていないのでは、と思っていたが。
魔力を介さない純粋な技巧で人形をここまで自在に操ることができるのか。
しかし、それでもこのくらいならば咲夜の優勢は揺るがない。
接近戦でアリスを牽制しつつ、駆ける霊夢へ向かって咲夜の手が閃いた。
十数本に及ぶ刃は複雑な軌道を取りつつ、霊夢と早苗に襲いかかる。

激しい金属音。
──殺意みなぎる刃は、別方向から飛んだナイフにそのすべてを叩き落とされていた。

「私のナイフ……?」

それは戦闘中に咲夜が投げ、迎撃あるいは回避されたもの。
地に落ちたナイフの内、五本ばかりが咲夜の元へと戻っていく。
──その切っ先を持ち主へと向けて。

「ッ!?」

ホルダーから居合のように抜いたナイフで反射的に打ち払う。
散り散りに飛ばされたナイフは、今度は柄を向けた方へ飛んでいった。
新たな持ち主たるアリスの元へと。

「……なるほど。複雑な人形を操れるなら、この程度は不思議でも何でもないか」
「ええ、糸を繋げばこれくらいの単純な動きはね。
 どっちかって言うと質より量なタイプよ、私」

アリスの右手五指は自由人形の各部に、左手から伸びる糸はナイフの柄に繋がっていた。
そして、その間に霊夢と早苗は階段へと辿り着き、上の階へと消えていく。

「ま、霊夢はお嬢様におまかせするとしますか。
 にしてもあきれた器用さね……。良い奇術師になれるわよ、あなた」
「遠慮しておくわ。あくまで芸は副業なの」

霊夢を見送り、アリスへと向き直る咲夜。
これで咲夜のやることはたった一つになった。シンプルだ。

「あら、残念ね。その格好ならミスディレクションは思いのままなのに」
「お願いだからそれはスルーして……」

街を出てからここまで、アリスはずっときわどい水着のままだった。
あえて誰もツッコもうとしなかったのは──たぶん優しさではない。





「霊夢……?」

階段の途中で霊夢は足を止めていた。
もう少し進めば上のフロアに着く。
そこには魔王が──レミリアが待っている。
妖夢も、魔理沙も、アリスもいなくなり……残っているのは霊夢と早苗だけ。
果たして、この制限を受けた世界でレミリアに勝てるのか。

アリスの言ったことはあながち間違いではない。
ここでスタート地点に戻されたら、霊夢のやる気は穴の空いた風船よりもしぼむだろう。
そうなったら魔理沙に丸投げするか、レミリアが飽きるまで待つか。
どちらにしても──もし自ら再度進むとしても──また数日を要するのは間違いない。
ここで何としても勝たなければならないのだ。
そのために、霊夢を先へ進ませるために三人はあの場に残ったのだから。

「妖夢も、魔理沙も、アリスもバカばっかりね……」

うつむいてつぶやく霊夢。
それを見て、早苗はいなくなった三人に思いをはせているのだと受け取った。

三人が言ったことを思い返す。

──みんなは先に行って! 私が抑えている内に早く!
──私、この戦いが終わったらアリスと結婚するんだ……
──別に、あれを倒してしまってもかまわないでしょう?

まったく、バカばかりだ。
なぜ。どうして。

──何でどいつもこいつも「これから死にます」みたいな台詞を言うのか。
これで勝たなきゃ大ひんしゅくだ。

「よし……行くわよ、早苗」

両手で頬を叩いて気合を入れ、二人は決戦の場へと踏み出した。



塔の最上階。
玉座に着き、ワイングラスを傾けていたレミリアは侵入者へと目を向ける。

「待ってたわよ、勇者霊夢。
 この大魔王にたった一人で──って二人いるじゃない。咲夜のやつ、しくじったわね」

まあいいか、と残ったワインを飲み干した。

『だいまおうレミリアが あらわれた!』

玉座から腰を上げ、霊夢と対峙するレミリア。
その二人の間に二十枚程度のカードが出現した。
ぱちんと指を鳴らすと、ざっとシャッフルされてレミリアの手の中へと集まっていく。
そしてデッキの一番上をめくり、霊夢へと飛ばす。

「それがあなたの運命よ、霊夢。
 ──『死神』の逆位置。再スタート、ってことね」
「ふん、私はウチの御神籤以外の占いなんぞ信じないのよ。そのままお返しするわ」

飛んできたカードを投げ返す。
霊夢から見て逆位置ならレミリアからは正位置。『死神』の正位置は終わり・破滅を意味する。

「そいつがあんたの運命よ」
「へぇ、運命を操る私に言ってくれるじゃないの」

カードはレミリアに届く寸前で炎に包まれ、燃え尽きた。
それを合図とするかのように突撃する霊夢。
勝つにしろ負けるにしろ、勝負はすぐに付く。魔理沙たちがいない今、長期戦は望むべくもない。

横凪ぎに払うお祓い棒の一撃を、レミリアの爪が受け止めた。
弾かれた反動で体を回転させて肩口へ蹴りを入れる。しかしレミリアの体勢はまるで崩れない。
不敵に笑うレミリアが手を伸ばし、その掌に紅い光が灯る。
反射的に飛び退いた霊夢へ、十数個の大玉が押し寄せた。
追尾する玉を引き付けながらバックステップを繰り返し、着弾する大玉から何とか距離を取る。

「ふふ……、今のはスペルカードではない。通常弾よ」
「何度も見てんだから知ってるっつーの」

霊夢は今の攻防だけで分の悪さを痛感した。
まず、何よりも致命的に攻撃力が足りない。
「勇者」と「レベル」いう枠に縛られた今の霊夢は、持つ霊力を攻撃に転化できない。
まともに使えるのは結界術くらいだ。
勘の良さは残っているものの、「レベル」の枠は十全な身体能力まで阻害してくれる。
普段なら楽に回避できる弾でさえ、今はギリギリ紙一重と言っていい。
遊ぶかのように放たれるレミリアの弾幕を寸前で回避、あるいは結界とお祓い棒で防いでいく。

やっぱり一人じゃ──
と考えたとき、もう一人を失念していたのを思い出した。

「早苗ーっ! あんたも何かできないのー!?
 得意の奇跡で何かやってよーっ!」
「は、はい! やってみます!」

ひざまずいてぶつぶつと何事か唱え出す早苗。
いかん、あまりアテにできそうにない。

「つっ!」

回避しきれない弾が手を、足をかすめる。
直接動きに関わるような傷ではないが、その痛みは確実に集中力を殺ぐ。
肩を灼いた感触に気を取られた瞬間、足下での爆発に霊夢は体勢を崩して倒れ込んでしまった。

「どうやらまだまだレベル不足のようね……。
 ──もう一度出直してきなさい!」

再び撃ち出された紅の大玉が倒れた霊夢へ殺到する。

──ドジった!
迂闊さを呪い、ぎゅっと目を閉じる。
そして爆発。
だが、その衝撃は霊夢へと届かなかった。

「……え?」

うっすらと開けた霊夢の目に映ったのは──銀色の髪。

「──魂魄流、反射下界斬」

妖夢が作り出した盾は、襲い来る破壊の塊をすべて弾き散らしていた。
すっくと立った妖夢、その予定にない闖入者をレミリアは睨め付ける。
見せる顔は不審に眉をひそめている様子だ。

「ここに現れたということは……。
 まさかお前が幽々子を倒してきたのか……?」
「私が幽々子様を? それこそまさかの話ね」

仁王立ちした妖夢は、ぐっと拳を握って溜めを作り、

「我が主、幽々子様が悪の手先になどなるわけがないだろう!
 例えうわべを闇に塗りつぶされようとも……その……その魂まで屈しはしない!
 幽々子様の心は……えっと……そう、私の言葉で光を取り戻したのよ!」

などと熱げな台詞をぶちまけた。
今度は霊夢が眉をひそめる。
何だか考えながら台詞を作っているかのようなしゃべり方だ。


霊夢がレミリアと対峙するしばし前。
扇を開いた幽々子と数合の打ち合いをした妖夢は、明確に己の敗北を悟っていた。
そして、刀を引いた妖夢はこう口にした。
「私たちが負けたら、幽々子様もまたしばらく滞在することになるでしょうが──ここの食事は気に入られましたか?」
──と。
実の所、幽々子はこの異変が起きる前日に紅魔館へ呼ばれ、晩餐の席で協力を持ち掛けられていた。
わりと義理堅い幽々子はこうして協力していたが、この世界には不満たらたらだった。
一応霊夢たちが食べていた保存食のような物だけでなく、ちゃんとした食べ物もあったのだが……
制作者にあまり調理のスキルがなかったためか、どれも実に大味。もっと言えば雑。
当然幽々子もそろそろ腹に据えかねていたところであった。

「う、うう……。妖夢……、私は今まで何をしていたのかしら……。まったく覚えていないわ……」
「しょうきにもどられたようですねゆゆこさま」

抑揚のない機械じみた声にはあきれが混じっていた。
あくまで記憶がないと主張する幽々子を置いて、重い頭をフル回転させながら階段を駆け上がる妖夢。
最上階へ辿り着くまでに適当にごまかす台詞を考えなくては。


「ふん、お前たち主従の絆を侮っていたというところか。
 でも一人増えたところでさほど変わりはしない」

上手く行ったと内心自分に喝采を送る妖夢。
余裕を崩さないレミリアの右手に紅く輝く槍が生まれる。

「お前の盾など薄紙同然よ。まとめて串刺しにしてあげるわ」

体勢を立て直し、回避行動に移る霊夢と妖夢。
だがグングニルは放たれれば最後、かわしきれるようなスピードではない。
レミリアは霊夢へと狙いを定めて振りかぶり──
投げ放つ刹那、紅き魔槍は忽然とレミリアの手から消え去っていた。

「な……?」
「これくらいを盗むのはお手のもんだぜ」

ひょい、と槍を放り捨てる魔理沙。
持ち主の手から離れた魔力の槍は溶けるように霧散した。

「魔理沙……だと……! バカな、お前は……!」

驚愕に開かれるレミリアの瞳。
対する魔理沙はいつものように口の端を歪めて笑ってみせる。

「こんなベタベタな展開やってるお前のことだ。
 あれだけわかりやすい死亡フラグ重ねてやりゃ、まず私は死んだものと判断すると思ってたぜ」


塔から飛び降りた魔理沙とパチュリー。とは言えパチュリーは魔法が使えるから飛べるのだ。
突然のことに驚いていたパチュリーも、落ち着きを取り戻せばすぐに落下は停止した。
しかしスペルを唱える口を押さえられていては反撃もできず、一緒にふよふよと元のフロアへと戻って行く。
ついでに言うと、その頃にはレミリアの意識はすでに咲夜とアリスの戦いへ移っていた。
そして魔理沙に組み付かれたままのところへ、妖夢までも合流されてはどうしようもないと降参したのだった。


「ちッ! ならば全員まとめて消し飛ばしてやる!」

レミリアがスペルカードを切る。
──「全世界ナイトメア」
全世界。何ともスケールの大きい感じがお気に入りな一枚だ。
その押し寄せる炎のような弾幕は、防御ごと全方位をまとめて飲み込み蹂躙する。

「自由人形、一斉砲撃フルバースト!」

放射する魔力を溜め込む一瞬の隙。そこへ火砲の連射が直撃した。
殺気を込めた視線の先にいるのは、蒼い羽根を広げた人形と、当然その操者であるアリス。

「咲夜まで敗れたと言うの!?」

あり得ない。どんな偶然が重なったと言うのか。

別に偶然でも何でもなく。
咲夜との戦いを続けるアリスのところへ魔理沙と妖夢もやってきて。
ここらあたりが潮時だろうと判断した咲夜はあっさり負けを認めたのだ。
──たまには良い薬でしょ、と言い残して。


レミリアは歯がみする。
霊夢たちはまだまだ魔王たる自分が敗れるようなレベルじゃないはずだ。
彼女の心算では、もっと時間を掛けて刺客など送りつつじっくり楽しむつもりだったのに。

「霊夢、これを!」

早苗の祈りが完成し、奇跡がここに顕現する。
輝く光の中から現れたそれを、霊夢の手へと渡す。
ずしりと重い一メートルほどの鉄の筒。

「さあ! みんなの愛と勇気と希望を込めたミラクルパワーをホーリーアップです!」

誰が愛で誰が勇気で誰が希望なのか。
それはこの際どうでもいい。しかしホーリーアップは恥ずかしいだろ。

「霊夢!」

魔理沙の、アリスの、妖夢の声が唱和する。
ままよ、と霊夢は肩に担いだ奇跡の結晶を行使した。
鉄の筒に装着された先端がばしゅっと尾を引いて飛んでいく。

愛とか勇気とか希望とか爆薬の詰まった奇跡──のロケット弾は、レミリアの顔面で炸裂した。

「ぁいったぁぁぁぁっ!?」

爆風で壁まで吹っ飛び、ごろごろと転がる魔王レミリア。

「それっ、もう一発です!」

続いて放たれた早苗の第二射が天井を破壊する。
現在真っ昼間。崩れた穴から差し込んだ、刺すような日光がレミリアへと降り注いだ。

「あっつ! 熱ぅぅぅぅっ!」

以前にレミリアが日傘無しで出歩いていたのは闇色のマントのおかげである。
それが先の霊夢の一撃でボロ切れになっていて、もはやレミリアを護る物は存在しない。

「に゛ゃぁぁぁぁぁっ! ま、まだとっときの必殺技が残ってるのにぃぃっ!」

しゅうしゅうと煙を上げてのたうち回る魔王っぽい何か。
何だか哀れに見えていたたまれなくなってきた。

「く、くそぉっ……! これで勝ったと思わないことね!
 私は不死身の魔王レミリア! 何度でもよみが──」

何事か言い終わる前に、魔王は真っ白に燃え尽きた。残ったのは灰の山。
びゅうと一陣の風が灰を巻き上げ、天井の穴から外へと吹き散らしていく。
──室内なのに、ずいぶんと強い風が吹いた。


『まおうはたおれ せかいは へいわになった』






「ああ……、お茶が全身を巡っていくようだわ……。
 私の血はヘモなんとかよりカテキンを多く含むべきね……」

一週間ぶりのお茶をすすり、はふぅと深く息を吐く霊夢。

帰ってきた博麗神社。
元の世界へ戻ると、そこは紅魔館の図書館であった。
異変もレミリアたちの敗北で終了し、めいめい帰っていく強制参加者たち。
そして勇者一行の五人は、異変解決の祝勝会ということで神社に集まっていた。

「にしても、あんたも物騒なもん持ち出したわよねー」
「八坂様は軍神でもあられますから」

えへん、と胸を張る早苗。
シスター役をやらされた彼女の怒りはとても根深かった。
あの物騒な武器がゲームの中に存在したのかは不明だが、予定に無かった神奈子の介入がゲーム破綻の一助であったのは確かだろう。
パチュリーの作った世界の制約よりも神の力は強大であった。
まあそれを言うなら、序盤から顔出して正常なストーリー進行をできなくしたレミリアの方が貢献は大きいのだが。

「お鍋の準備できたわよー」
「おーし、始めようぜー」

台所からアリスが鍋を、魔理沙が酒瓶を抱えて戻ってくる。
炬燵の真ん中にでんと置かれる鍋。その下にはもちろんミニ八卦炉だ。
霊夢が率先して箸を突っ込み、鳥肉を摘んで口に放り込む。

「んー、美味ひい。もーこの手の異変は二度とやんないわよ、私」
「やっぱり霊夢にゃ地道にやるもんは合わないみたいだな」
「シューティングゲームとかなら合うかもしれませんね」

わいわいと騒ぎながらお酒と料理に舌鼓を打つ元・勇者一行。
霊夢はああ言うが、これはこれで仲が深まった気もする。
悪いことばかりではないな、と魔理沙は思う。

「そう言えば、お二人の結婚はいつの予定なんです?」

唐突な早苗の言葉に、ばふぅっ!と盛大に吹き出すアリス。
ぐい飲みの中で吹いてしまったのでびしょびしょだ。
ハンカチを取り出して顔にかかった酒を丁寧にぬぐい取る。

「あのねー……、あんなのレミリアを引っかけるためのブラフに決まってるじゃない。
 だいたい魔理沙の言うことなんかいちいち真に受けないでよ」
「何だよ、つれないな。私は毎日本気全開で生きてるってのに」

ん~、と隣のアリスへ唇を寄せる魔理沙。
そこへ鍋から取り出した大根がぺたりと張り付いた。

「あづぅぅぁっ!?
 うぅ……、ちっとばかし熱烈すぎだぜ……」
「普段の行いが悪いから信用に至らないのよ」

ぷいとそっぽを向き、大根を口に入れるアリス。
そんな光景を二人の巫女は微笑ましそうな笑顔で見ている──が、その片方のこめかみには青筋が浮いていた。
今にも「帰ってからやれ」と暴れ出しそうな雰囲気だ。

「あ、ああ! そうだ、レミリアはどうしたの?
 幽々子様はちゃんと戻っていらしたし、紅魔館を出るときに咲夜や美鈴も見かけたんだけど」

そんな危険な兆候を察知した妖夢がすかさず話題を転換する。妖夢はできる子。

「ん? ああ、あれ」

霊夢はばくばくと鍋の実を頬張りつつ、部屋の隅に転がっていた本を顎で示す。
それを拾った魔理沙がぱらぱらとページをめくっていき、アリスたちも横から覗き込む。
最後の方のページにレミリアとパチュリーが描かれていた。
何となく本を振ってみると、本の中でパチュリーがずっこけ、レミリアがしゃがみガードする。
そして空白部分に二人の台詞が浮かび上がってきた。

『うー……。 ハ゜チェ! ここから でるほうほうは ないの!?』
『わたしは じゃまが はいらないから けっこう きにいってるんだけど。
 なんてんは わたしが よんだことのある ほんしか そんざいしないことかしら』

「紫に頼んで首謀者にお仕置きしてもらってんの。
 不死身の魔王は封印されました、めでたしめでたしってね」
地のマリアリコンビはどう見てもゲーム友達。
そのまま受け取るとクリア後のおまけダンジョンがどうこうってあたりから、少なくともSFC時代くらいのはやってることになってしまうな。
そして早苗さんはNPCと見せかけて神の力でヒロイン役。


巻末おまけ:大公開! これがレミリアのとっておきの必殺技・天地魔闘の構えだ!
──天、すなわち攻撃。相手の防御を薄紙のごとく貫く「スピア・ザ・グングニル」!
──地、すなわち防御。いかなる攻撃をもその無敵時間で無力化する「不夜城レッド」!
──魔、すなわち魔符。すべてのものを焼き払う「全世界ナイトメア」!
これら三つの大技を一瞬で繰り出すカウンターの必殺奥義である!
……本当は天罰「スターオブダビデ」にしたかったけどレミリアには地の付く符が無くて残念。
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コメント



0.3890簡易評価
4.70名前が無い程度の能力削除
盛り上がりに欠ける気もしたけど、くすりと笑えるネタもあったし長さの割りにすらすら読める言い文章でした
おもしろかったです
10.90名前が無い程度の能力削除
ホーリーアップは流石に。歳がばれるぜ。
それから、ラスボス戦で祈るのはやっぱりあのゲームなのか。
11.100発泡酒削除
>>「知らなかったの? 大魔王からは逃げられない……!」
やばい、懐かしすぎてニヤニヤしながら読み耽ってました。
あとタグ理解。早苗さん、君はいらない子なんかじゃないぞっ。
こういうネタは大好きな上、読みやすくてとても面白かったです。
13.100名前が無い程度の能力削除
ホーリーアップw 全部で5人だけど。
RPGを全くやったことがないのですが、面白く読めました。永琳の自由さとか。
ところで妖夢の有能さが序盤から後日談まで素敵すぎる。
16.90名前が無い程度の能力削除
四天王って…えーりんとさくやとぱちぇ、あと一人は?
24.80名前が無い程度の能力削除
あれだ。レベルE思い出した
そんなことはどうでもよくて、面白かったです。多分読んでる間中ずっとニヤニヤしてた
30.80名前が無い程度の能力削除
奇術師vs奇術師、かっこいいですな。この設定は別の話にも生かせそうな。
咲アリに目覚めました。
32.80名前が無い程度の能力削除
自由人形、フリーダムガn(ry
誰も突っ込まないのn(ry

ネタがw各所のネタがw
35.100名前が無い程度の能力削除
全部に突っ込んでたら、どんだけ時間掛かるよ、これw
36.100謳魚削除
妖夢のフォロースキルの高さとホーリーアップに96点を捧げさせて下さいませ。
残りはアリスさんのミスディレクション的装備に。
まじかる腋巫女博麗霊夢はだらけた性根とカテキン命でたたかうのかそーなのかー!
やっこちゃんとマリンちゃんにはガチで百合百合して欲しかった……。
50.100名前が無い程度の能力削除
思った以上にしっかりしたRPGだったw
52.100名前が無い程度の能力削除
RPGだけにトドメはRPG(ロケット;プロペラ・グレネード)ですか。
神奈子は何時からソ連の軍神になったんだw
ロケラン+巫女はすばらしいと思いました。
カツカレー理論
55.100八咫猫削除
開幕してからすぐ魔王~狂気のチートストーリ~

………。
ネーミングセンス悪くて御免なさい。(謝
でも面白かったです。こんな笑えるssはそう簡単に思いつかないwww
これは文句無しの100点で良いですよね!
57.100名前が無い程度の能力削除
これはww
魔王が開始直後にエンカウントするくだりで
昔作ったRPGツクールを思い出したw
根気がない人が作るとそういうネタに走りがちねんですよねえ。
66.80名前が無い程度の能力削除
なかなかでした
68.90名前が無い程度の能力削除
最後までワクワクしながらすらすらっと読めちゃいました。
おもしろかったです。
69.100OIP削除
RPGツクールで作ってみたい気もするな。おもしろかった。

とっときの必殺技がとっつきの必殺技に見えた
分かる人には分かるネタ
76.90名前が無い程度の能力削除
アリスのセリフ、テラ死亡フラグwww
さしずめ「正義の人形遣い」でしょうか
77.90名前が無い程度の能力削除
え?なにこれ、面白っ!
88.90名前が無い程度の能力削除
なにげにプチ低レベルクリアしちゃってるよねこのパーティー。
何ともゆるーい王道(?)RPG、面白かったです。
96.100名前が無い程度の能力削除
やべえ、超面白かった