嗚呼、まただ。発作が来る。
目の奥がちかちかと瞬いたので、私はすぐにそれに気付いた。
右手のうちの機械を握ると、瞬時に視界が切り替わった。紅魔館の廊下から、見慣れたいつもの私の部屋へ。
咲夜のおかげだ。機械から飛ばされた信号を聞いて、即座に私をここまで運んでくれたのだ。
ありがとう、咲夜。あと、ごめんなさい。
心の中で、私はそう呟いた。
目の前の壁掛け時計が、爆ぜた。
― ― ―
一般的な見解では、私は感情的で、暴力的で、不快なものを壊さずにはいられない性格なのだそうだ。初めてそれを聞いた時には流石に笑ってしまった。なにが一番面白いかといえば、それを吹聴して回っているのがお姉様だというところなのだけど。
実際にはそんなことはない。私はただ、無感動に、無感情に、確率でものを壊すだけだ。
枕が爆ぜた。
我ながら厭な能力だと思う。この能力のせいで、私は常に好きなものから距離を置かざるを得なくなった。私の部屋の家具は使い捨て。愛着のついたものは皆、お姉様に預かってもらっている。最も心が沈んでいるときに傍にないのは寂しいけれど、そうして手元に置いていたものは、もうすべて壊れてしまったから。
机が爆ぜた。
けれど、今は随分ましになったのだ。具体的には、咲夜がここに来た頃から。それまでは、発作が起きると分かっていても、対処のしようがなかったのだから。
ぬいぐるみが爆ぜた。
発作。そう、発作だ。
能力の制御が、唐突に利かなくなることがある。切っ掛けはわからない。ただ、前兆だけは分かるけれど。目の奥がちかちかと光ったら、遅れてそれがやってくるのだ。
こうなるともう、どうしようもない。私の周囲の物たちが、確率で次々と爆ぜていく。
防ぎようだってほとんどない。私の能力は、強いから。
嗚呼、ほら、まただ。
部屋の端の、戸棚が、爆ぜた。
― ― ―
「いたたたた……」
もはや瓦礫となり下がった戸棚の、その山の下の方から、聞き覚えのある声がした。
「……こいし?」
「もー、フランちゃんたらひどいわ。そりゃあ隠れてた私も悪いけど、でもそれはないんじゃないかな」
がらがら、と山が崩れる。その下からこいしが現れる。ぷはー、と大げさに息を吐いたこいしに、けれど私は強烈に厭な予感がした。
「こいし」
「なーに? フランちゃ」
首を傾げたこいしの、その腕から、ごきり、と鈍い音が聞こえた。
― ― ―
「ごめんね、こいし……ごめんね」
「大丈夫、私は大丈夫よ。そんなに気にしなくていいわ」
何かが私の頭を撫ぜた。ちらと見ると、こいしの袖から伸びた蔦だった。こいしの腕と脚は、みんな変な方向に折れ曲がっていた。
「帰って、ねえ。もうこれ以上、こいしを傷つけたくないの」
「平気よ。この程度では死にやしないわ」
こいしはにこにこと笑いながらそう言ったけど、その表情は、私にも分かるほど蒼褪めていた。
「見てて分かるのよ。痛いんでしょ。死ななくても痛いものは痛いんでしょ」
「痛みなんて余計なもの、意識しなければいいのよ」
「そんなこと」
「できるのよ、私はね」
くすくすと笑ってこいしは言った。「なにせ私は無意識なので」とも付け加えた。痛々しくて見ていられなかった。私はそっと目を伏せた。
「それに、これ以上ここにいたら、本当に壊れてしまうもの」
「大丈夫。私とてそこまでやわじゃないもの」
こいしはひらひらと折れた腕を振って、またそこから厭な音が響いた。
こいしは声の一つも漏らさなかった。私はようやく、こいしの言ったことが本当なのかも知れない、と気付いた。いっそ、声を上げてくれた方が楽なのに、とも思った。
そう考えた自分がほとほと厭だと思った。こんな能力がなければもっと楽だったのにと嘆いた。こんな能力なんて――
「駄目だよ」
――失くなってしまえばいい。そこまで思考が行きついたところで、私はこいしの蔦に絡めとられて、そのままこいしに抱きしめられた。「そういうのは、駄目」と、こいしは囁くように言った。
「なにが駄目なのよ」
「今、こんな能力なくなればいいのに、って思ったでしょ」
「……」
「分かるわ。私も昔、そう思ったもの。だから私はこうなったんだけど」
「なら、なんで駄目なの」
「だってフランちゃんには、私と違って、大事にしてくれるひとがいっぱいいるもの」
こいしは私の背中をぽん、ぽん、と叩いた。棚かなにか、木の砕ける音が聞こえた。
「一人で抱えて、自棄になって、綱渡りをしてほしくないのよ。私はうまくいったけど、フランちゃんもとは限らないから」
「……優しいのね」
私は呟いた。自分は傷ついてもいいと思っているくせに、という言葉はどうにか口の中で飲み込んだ。
代わりに、私はこいしに疑問を投げかけた。
「こいしは、どうしてそこまで親身になるの」
「だって、まるで昔の私を見ているみたいなんだもの」
優しい声音でこいしは言った。どんな顔で言っているのか気になったけど、残念ながら、抱きしめられた私には見ることができなかった。
― ― ―
目が覚めた。
こいしは既に去ったようだった。私の発作も収まっていた。
私はしばらくぼんやりとして、ふとあることを思い出して、そらに魔術式を描いた。
「パッチェ、聞こえる?」
「ええ。どうかしたの、フラン」
魔術式はすぐに起動した。声を投げ込むと、すぐにパッチェから返事が返ってきた。
「"手枷"のデータって、まだ残ってる?」
私は尋ねた。
手枷というのは、昔、私の能力を封じるために、パッチェが作ろうとしていた魔道具だ。半分ほどまで組み上がったところで咲夜が来て、私の能力の被害が抑え込めるようになったから、そのまま放置されていたはずだけど。
「ええ、残っているわ」
「それ、完成させてほしいの」
魔術式の向こうから、呆れたような溜息が聞こえた。次いで、逡巡するような間。
「なにか、守りたいものができたわけ」
「そんなかんじ」
正確ではなかった。
傷つけたくないものが、勝手に部屋に入ってくるようになった、というのが正しいところだった。
けれど、そんなことは、誤差の範囲だ。求めるものは、同じなのだから。
「暫くかかるけど。それでもいい?」
「ええ、お願い」
目の奥がちかちかと瞬いたので、私はすぐにそれに気付いた。
右手のうちの機械を握ると、瞬時に視界が切り替わった。紅魔館の廊下から、見慣れたいつもの私の部屋へ。
咲夜のおかげだ。機械から飛ばされた信号を聞いて、即座に私をここまで運んでくれたのだ。
ありがとう、咲夜。あと、ごめんなさい。
心の中で、私はそう呟いた。
目の前の壁掛け時計が、爆ぜた。
― ― ―
一般的な見解では、私は感情的で、暴力的で、不快なものを壊さずにはいられない性格なのだそうだ。初めてそれを聞いた時には流石に笑ってしまった。なにが一番面白いかといえば、それを吹聴して回っているのがお姉様だというところなのだけど。
実際にはそんなことはない。私はただ、無感動に、無感情に、確率でものを壊すだけだ。
枕が爆ぜた。
我ながら厭な能力だと思う。この能力のせいで、私は常に好きなものから距離を置かざるを得なくなった。私の部屋の家具は使い捨て。愛着のついたものは皆、お姉様に預かってもらっている。最も心が沈んでいるときに傍にないのは寂しいけれど、そうして手元に置いていたものは、もうすべて壊れてしまったから。
机が爆ぜた。
けれど、今は随分ましになったのだ。具体的には、咲夜がここに来た頃から。それまでは、発作が起きると分かっていても、対処のしようがなかったのだから。
ぬいぐるみが爆ぜた。
発作。そう、発作だ。
能力の制御が、唐突に利かなくなることがある。切っ掛けはわからない。ただ、前兆だけは分かるけれど。目の奥がちかちかと光ったら、遅れてそれがやってくるのだ。
こうなるともう、どうしようもない。私の周囲の物たちが、確率で次々と爆ぜていく。
防ぎようだってほとんどない。私の能力は、強いから。
嗚呼、ほら、まただ。
部屋の端の、戸棚が、爆ぜた。
― ― ―
「いたたたた……」
もはや瓦礫となり下がった戸棚の、その山の下の方から、聞き覚えのある声がした。
「……こいし?」
「もー、フランちゃんたらひどいわ。そりゃあ隠れてた私も悪いけど、でもそれはないんじゃないかな」
がらがら、と山が崩れる。その下からこいしが現れる。ぷはー、と大げさに息を吐いたこいしに、けれど私は強烈に厭な予感がした。
「こいし」
「なーに? フランちゃ」
首を傾げたこいしの、その腕から、ごきり、と鈍い音が聞こえた。
― ― ―
「ごめんね、こいし……ごめんね」
「大丈夫、私は大丈夫よ。そんなに気にしなくていいわ」
何かが私の頭を撫ぜた。ちらと見ると、こいしの袖から伸びた蔦だった。こいしの腕と脚は、みんな変な方向に折れ曲がっていた。
「帰って、ねえ。もうこれ以上、こいしを傷つけたくないの」
「平気よ。この程度では死にやしないわ」
こいしはにこにこと笑いながらそう言ったけど、その表情は、私にも分かるほど蒼褪めていた。
「見てて分かるのよ。痛いんでしょ。死ななくても痛いものは痛いんでしょ」
「痛みなんて余計なもの、意識しなければいいのよ」
「そんなこと」
「できるのよ、私はね」
くすくすと笑ってこいしは言った。「なにせ私は無意識なので」とも付け加えた。痛々しくて見ていられなかった。私はそっと目を伏せた。
「それに、これ以上ここにいたら、本当に壊れてしまうもの」
「大丈夫。私とてそこまでやわじゃないもの」
こいしはひらひらと折れた腕を振って、またそこから厭な音が響いた。
こいしは声の一つも漏らさなかった。私はようやく、こいしの言ったことが本当なのかも知れない、と気付いた。いっそ、声を上げてくれた方が楽なのに、とも思った。
そう考えた自分がほとほと厭だと思った。こんな能力がなければもっと楽だったのにと嘆いた。こんな能力なんて――
「駄目だよ」
――失くなってしまえばいい。そこまで思考が行きついたところで、私はこいしの蔦に絡めとられて、そのままこいしに抱きしめられた。「そういうのは、駄目」と、こいしは囁くように言った。
「なにが駄目なのよ」
「今、こんな能力なくなればいいのに、って思ったでしょ」
「……」
「分かるわ。私も昔、そう思ったもの。だから私はこうなったんだけど」
「なら、なんで駄目なの」
「だってフランちゃんには、私と違って、大事にしてくれるひとがいっぱいいるもの」
こいしは私の背中をぽん、ぽん、と叩いた。棚かなにか、木の砕ける音が聞こえた。
「一人で抱えて、自棄になって、綱渡りをしてほしくないのよ。私はうまくいったけど、フランちゃんもとは限らないから」
「……優しいのね」
私は呟いた。自分は傷ついてもいいと思っているくせに、という言葉はどうにか口の中で飲み込んだ。
代わりに、私はこいしに疑問を投げかけた。
「こいしは、どうしてそこまで親身になるの」
「だって、まるで昔の私を見ているみたいなんだもの」
優しい声音でこいしは言った。どんな顔で言っているのか気になったけど、残念ながら、抱きしめられた私には見ることができなかった。
― ― ―
目が覚めた。
こいしは既に去ったようだった。私の発作も収まっていた。
私はしばらくぼんやりとして、ふとあることを思い出して、そらに魔術式を描いた。
「パッチェ、聞こえる?」
「ええ。どうかしたの、フラン」
魔術式はすぐに起動した。声を投げ込むと、すぐにパッチェから返事が返ってきた。
「"手枷"のデータって、まだ残ってる?」
私は尋ねた。
手枷というのは、昔、私の能力を封じるために、パッチェが作ろうとしていた魔道具だ。半分ほどまで組み上がったところで咲夜が来て、私の能力の被害が抑え込めるようになったから、そのまま放置されていたはずだけど。
「ええ、残っているわ」
「それ、完成させてほしいの」
魔術式の向こうから、呆れたような溜息が聞こえた。次いで、逡巡するような間。
「なにか、守りたいものができたわけ」
「そんなかんじ」
正確ではなかった。
傷つけたくないものが、勝手に部屋に入ってくるようになった、というのが正しいところだった。
けれど、そんなことは、誤差の範囲だ。求めるものは、同じなのだから。
「暫くかかるけど。それでもいい?」
「ええ、お願い」
面白かったです
直接その気持ちを伝えはしないけれども、深く想っている。不器用な吸血鬼の神さまが愛おしいですね。
尊い…幸せになって欲しい
よきこいフラでした。
けれどもいつか爆ぜてしまう時が来るのかもしれないですね……
面白かったです。
いつかフランちゃんもこいしちゃんみたいに手枷を外して上手いこと能力と付き合っていけることを吸血鬼の神様に祈って