Coolier - 新生・東方創想話

土踏み騒動 第6章

2014/03/11 14:14:09
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第5章のあらすじ:人さらい扱いされる文。それでも子どもは手放したくない。そんな中、以下の怪事件が発生。




 【第6章】


【人里で行方不明になっていた人間の子供が、妖怪の山で遺体となって発見された。
 山のふもと周辺を哨戒中の白狼天狗が、森の奥で発見。身体的特徴や服装などが似姿とことごとく一致。同一人物と断定した。
 被食的な外傷が見られたため、獣か低俗な妖怪に襲われたものと思われる。
 現時点で、この情報は白狼天狗および上層部の内に留められている。人里への対応を検討中だ】



「そんな馬鹿な話がありますかっ!!!」

 この話を真っ先に聞いたのが、文だった。
 哨戒天狗の本部への連絡を終えた椛は、大急ぎで文のもとを訪問。文を家の外へ連れ出し、詳細を説明したのだった。

「なぜ私が人さらいの疑いをかけられていると思ってるんです! その似姿と、私の雇った子どもがそっくりだったからですよ! 私も上層部に呼び出されたときに、その似姿は見ました! まさしく、うちの子でしたよ!」
「わ、私だって、遺体をこの目でちゃんと確認しました! 間違えるはずがありません!」
「嘘はやめなさい椛!! もしその遺体が行方不明の子だとするなら……!」

 家の方を振り返る文。

「……今いるあの子は、何だというのです……」







 "生体と死体が両方存在している"
 とんでもない矛盾に答えを出せぬまま、部屋に戻ってきた文。
 椛は「まだすることが残っているから」と、どこかへ去ってしまった。

『おかえり、文おねぇちゃん。何のお話だったの? 椛おねぇちゃんは?』

 不思議そうにしながら、疑問を投げかける子ども。いつものトーンだ。

「なんでもありませんよ」

 そう答えて、頭をなでる。……はずの手が、伸びない。
 子どもから視線をそらし、何でもない風を装って机へ向かう。

 ゾッとした……。
 ほんの一瞬だが、この子が人形か何かのように見えた。次の瞬間、化け物に姿を変えてしまうのではと思えた。

 ――最低だ。

 この子が何者なのか分からない恐ろしさが、愛する子どもへ手を伸ばすことをためらわせた。何も変わらぬ子どもの表情を"怖い"と思ってしまった自分に愕然としたのだった。



 疲弊。
 人さらい疑惑の最中に、この怪現象だ。もう何から考えればいいのか。
 脳内を様々な推測がよぎる。

 ――妖怪による成りすましか? ……いや違う。この子から感じられる"気"は、間違いなく人間だ。人形なんかでもない。
 ――遺体が偽物か誤認か? ……この子とたくさん接してきた椛が直接確認したのだ。疑うことはできない。
 ――行方不明事件自体がでっちあげ? 誰かが私たちを陥れようとしている? ……悪意があるなら、白狼天狗に似姿を持参などするものか。直接噂に流せばいい話だ。
 ……いまいちピンと来る答えが出ない。

 ――こうして頭を悩ませている様を、上層部や白狼天狗達が見れば「ざまぁない」と笑うだろうか。
 ――さっきから顔を合わせない子どもは、私を見て心配しているだろうか。

 視界が狭まり、思考の方向性も定まらなくなってきた文。夏であるはずなのに極端に冷えた手足から、嫌な汗をかいている。
 金縛りのように動かない体。終わりの見えない泥沼の長考。そんな静寂を打ち破る者が訪れた。

「文っ! いるの!?」

 ドカドカと部屋に入ってきたのは、はたて。扉の鍵をかけ忘れていたらしい。

「椛から聞いたわよ! そこの子どもと同じ格好の死体が見つかったって!」
「はたて……」
「なにボサッとしてんのよ! 早く行くわよ!」
「どこに行くんです……?」
「紅魔館! 知ってるでしょ、図書館よ! 生きてるのに死体が見つかるなんて、明らかにおかしいでしょ! じっとしてても分かんないんだから調べに行くのよ! 自分のことになるとホンット不器用なんだから全く……!」
「調べるって……あなた忙しいんじゃないんですか?」
「キャンセルよキャンセル! それにウチの美容のお客さんが『いつでも来い』って言ってんのよ。さっそく行かせてもらおうじゃないの!」

 ……はたても変わったよ。






 
 椛を家に呼んで、子どもと留守番をしていてもらった。
 徒歩なら丸一日はかかるであろう紅魔館も、途中までにとりの協力を得て、陽が沈む前に到着できた。
 朗らかな門番と警戒心の強いメイド長も、はたての来訪とあれば、とすんなり通してくれた。
 ……普段は他愛無いメンバーだが、この一大事には総力を尽くしてくれていた。いざという時にありがたい友だ。

 そして大図書館。陰気な石階段を地下に下り、仰々しい扉の奥にやってきていた。
 ……さっきからギクシャクと緊張気味のはたて。取材の場数をあまり踏んでいない、いつもの様子のはたてを垣間見て、少し微笑ましく思う文だった。

 ゴォン――。
 扉が閉まると、まるで外界から閉ざされたような錯覚に陥る。空気がのしかかるように重く、冷たい。何の物音も聞こえない。気流すらも動かしてはいけないような、何も動かない空間。

 ――今日は天狗の勉強会かしら。
 奥から小さな独り言。止水に一滴の水を落としたように、よく通る。呟いたのは、この図書館の主。
 どういう意味かと思っていると、本棚の間から意外な人物が顔を出した。

「おや、いつぞやぶりですね」
「えぇ!? ど、どうしてここに?」

 天狗の上層部の中にいた、穏やか風の者だ。図書館の司書をそばに連れて、本を物色しているようだった。

「理由はきっと、あなたと同じですよ」

 そう言って、文の瞳を見据える。
 今回の遺体発見は、天狗上層部にも衝撃を与えた。真実が見えるまでは人間にも他の天狗にもアクションを起こさないことになったらしいが、今は一人、個人的にこの場所を訪れていた。
 はたてが、若干の震え声で口を開いた。

「文が人さらいの疑いをかけられているみたいですけど、面接なら私もいました。文は無実です。私が生き証人です」
「あなたは……『花果子念報』の姫海棠さんですね。土踏月の功労者として、私たちにも名が轟いていますよ」
「あ、ありがとうございます。それと……」

 にとりからの証言も併せて報告した。
 道中、にとりに人里の行方不明事件について尋ねたところ、彼女自身も今月に入って、同じ紙を配っている人間を里で見かけたと言っていた。やはり事件は陰謀でも、でっちあげでもないらしい。
 ――部外秘なのですが、噂に蓋はできませんね。と笑いながら話を聞いていた。

「そうだったのですね。いい友を持ちましたね。……ですが、でっちあげの疑いは私はかけていませんでした。それより引っかかるものがあったので」
「というと?」
「これで確固たるものに近づきました。今回の不可思議な騒動。どうやら誰の悪意もない、悲しい事件だったようです」

 そう言って、手に持っていた本を差し出す。指差した項目には、天狗達には聞きなれないものが書いてあった。







「いらっしゃい、美容の天狗。今日という日を待ってたよ」

 無遠慮な大声に聞こえるのは、さっきまでヒソヒソ話だったから。
 図書館に現れたのは、この館の当主、レミリア・スカーレット。
 はたての言っていた"美容のお客さん"は、実はこっち。どこからどう評判が伝わったのか、肌の弱い人間であるメイド長に試すんだと、可笑しそうに笑っていた。
 加えて、はたて執筆の美容ハウツー本を紅魔館から出版しようと話を持ち込んでいた。当然メリットがないので断った。

「そっちははたてに任せますけど、今は一つだけ話を聞かせてください。ちょっと急いでるんです」
「これについて話を聞かせて頂けませんか? あなたの方が詳しいとのことですので」
「何これ・・・"ドッペルゲンガー"? パチェの方が詳しいんじゃないの?」

 ――レミィのほうが話に実感がこもってるわ。と聞こえてきた。……さっきから暗闇の奥から声だけ聞こえてくるので、少し怖い。
 上役の天狗が、今回の怪事件のことを説明した上で、話を進める。



「私も昔"生き写し"の話を聞いたことがあります。自分と瓜二つの影が姿を現し、その者を苦しめると」
「そうね。私の故郷にはいっぱいいたわ。もちろん私自身のは見てないけど。見た奴はみんな死んだ」
「やはり本当にいるんですね、そんな妖怪が……」
「ちょ、ちょっと待ってください! すると、いま私の家にいるあの子が、そのドッペルゲンガーだというのですか!?」
「死体と全く同じ姿してるんでしょ? そうなるわね」
「そんなっ……で、でも、確かに人間ですよ、あの子は! 妖怪のような"気"は微塵も……!」

 ――補足。妖怪というより、自然現象に近いわ。
 そう声が聞こえると、本がひとりでにパラパラとなびき、あるページを開いて止まった。

「え、ええと……『ドッペルゲンガーは、死期の近い者の存在と、幾重もの霊的条件が織り合うことで生まれる。姿かたち・記憶・気紋などの全てをコピーした状態で現れる』。今いる子どもがドッペルゲンガーとみて間違いないということですか?」
「……本当に、あの子はドッペルゲンガーなのですか。で、でも、何が目的なんです!? 私たちを騙すことですか!?」
「"生き写しは、見た者を苦しめる"と聞きますが、なぜそんなことを……」
 ――そこまでは書いてないわね。

「自然現象……妖怪ではない……。なるほどね、分かったかも」
「レミリアさん!?」

 皆と別の方を向いて思案していたレミリア。彼女らしい観点からのひらめきがこちら。

「私は"運命"を見る力を持っているわ。極稀にね、死期の近い運命のはずなのに、突然それが変わって命を長らえる奴がいるのよ。遭難した奴がひょっこり帰ってくるなんてのが、まさにそれ。今まで不思議に思ってたんだけど、こいつこそがドッペルゲンガーなんじゃないかしら」
「……その生きて帰ってきた者が、ですか?」
「オリジナルは、本当はとっくに死んでるってわけ。運命が変わった奴は皆、まるで初めからそういう運命であったかのように、周りにも受け入れられて、何事もなく一生を終えていくわ。ドッペルゲンガーは人を殺すのではなく、人の"運命"となる。そういう目的だとしたら、私も納得いく。悪い奴だとは思えないわね」

 ――へぇ。それは興味深いわ。"完全にオリジナルになること"自体が目的なわけね。騙そうとも、救おうとも思わない、ただの自然現象。あながち間違いとは言えない。

「つまり、"生き写しがその者を苦しめる"と聞いていましたが、それはドッペルゲンガーのせいではない、と」
「もともと死ぬ運命だったんだからね。本人に見られると交代が成立しない、みたいな条件があるんじゃないかしら。ドッペルゲンガーからしても不慮の事故よ。だから、今回の件は成功ってわけ。運命に従ってオリジナルが死に、ドッペルゲンガーが正常に生き残っている。交代が成立して、その子どもの"生"は続いていることになる」
「……なんだか奇妙な話ですね。自分が死んでも"生きている"ことになるなんて」
「あんただって、本当はドッペルゲンガーかもしれないわよ? 知らないだけで。そーゆーことよ」



「……ということは、今後あの子にどう接していけば……」
「そいつのことを、もうドッペルゲンガーだとは思わないことね。完全なオリジナルよ」
「"行方不明から奇跡の生還"ってところでいいんじゃない? そのあと文の面接会場あたりで迷子になってたって思えば」
「……そういえば、面接に来た理由が思い出せないと言っていましたね」
「矛盾するところの記憶はそうなるのでは? 本当は死んでいたのですし……。その部分を"神隠し"と呼ぶのかもしれませんね」
「記憶も完全にコピーするんだから、ほかのことなら覚えているはずよ。家族のこととか、人里での記憶とか。そのまま親元に帰れればよかったものを、ブン屋なんかに保護されるんだからね。運の悪い奴」
「……もしかしてあいつ、面接に来たんじゃなくて、道を聞きたかったんじゃない? 文が調子に乗って丸め込むから……」
「嘘でしょ……」







「さて、どうしますか」

 上役天狗が、改まって文の方を向く。

「私は今回の報告書を作成して、上層部と白狼天狗に提出します。通達を出せば、生き写しの認識もすぐに広まるでしょう。行方不明の子は死んでおり、その生き写しをあなたが預かっていた。あなたの人さらい疑惑は晴れることでしょう。そのあとのことは、私は関与しません」
「文……」

 心配そうな表情で、はたてが文の顔を覗き込む。

「文が子どものことをすっごく大切に思ってるのは……悪いけど椛からも聞いたよ。まだ人間側には何も情報行ってないんだしさ、このまま黙ってれば、ずっと……」

 俯き、考える文。
 人さらいの疑いは、とりあえず晴れる。しかし、それは怪現象の謎が解けたというだけ。生き写しだと分かったところで、親元に返す・返さないとは別な気がする。結局人さらいの扱いはされるのではないか。
 そこに、はたてがひらめく。

「そ、そうだ! 人間側にさ、子どもの死体が見つかったって言えばいいんじゃない? 実際に死体が見つかってるんだし、そうすれば人間も諦めるでしょ!?」
「……もしそうするなら、"遺体のほうが本物であった"と通達を出しましょうか。報告書は上層部のみに留めて。上層部としても、これが一番やりやすいかもしれませんね。どうするかは、あなたの自由ですよ」

 妙案だった。
 死体が本物であることは、嘘ではない。人間側はもちろん、山の皆も、上層部の調査の結果とあれば納得するだろう。生き写しの認識が伝わらなければ、文の子どもは"ただのそっくりさん"だ。こうなると、文の人さらい疑惑は完全に消える。
 上層部としては、嘘はつかないが、黙秘することになる。しかし、人間との関わりをスムーズに断てることになれば、むしろ協力的だろう。「今後人里に下ろすな」とまで言われそうだ。



 この先ずっと、非難されることなく、あの子と暮らしていける。

 そんな未来が、あってもいいのだ。


「わ、私は……」


 ――おおきくなれば墨染めの 織(おり)をまとわせ旅させん 
   どうかそれまで寝んころり そらのお星をかぞうまで――


 いつか歌った子守唄が頭をよぎる。

 あの子が立派に育つまで、ずっと私のそばにいてくれる。

 ずっと、あの子の温もりを胸に抱き続けることができる。


「わたしは……」





 ……でも、あの子の意思は?





 二度と、人里に出られなくなる。

 二度と、家族に会えなくなる。

 どんなに寂しそうな顔をしても、立派に育ってからも、ずっと。









「……土踏月が終わるまでは、あの子との契約です。どうかそれまで、手元に置かせてください」







 夏祭りが、近づいていた。

 お別れの言葉は、そのときに言う。





 【第6章 完】

文お姉ちゃん、宿題です。
最高のお別れの言葉を考えてきてください。
次回、最終章です。悲しいよ。

==評価・コメントありがとうございます==
tailさん
もうこのお話も描写できなくなるのか……。最っ高にきれいな最終章めざします!
4.さん
ホントですよ……。シリアスだけど、暗いお話じゃない。きっと最終話も。
blendy
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コメント



0.190簡易評価
1.100tail削除
研究室で涙腺崩壊しかけました。
コメントは初めてですが、第1章からずっと拝読させていただいています。
最終章、ハンカチを用意してお待ちしております。
4.100絶望を司る程度の能力削除
……聞いてないぜ旦那。何故こんなシリアスになってるんだ。
次回最終回か。どんな道を歩むか文次第ですね。
9.100名前が無い程度の能力削除
かなり前の作品ですが、楽しみに読ませていただいてます。
もっと注目されても良い作品だと思います。