Coolier - 新生・東方創想話

向日葵の笑顔(Extra)

2008/10/03 04:36:58
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お品書き(注意事項)

・本SSは、百合です。ど百合です。
 その手のお話が苦手な方は、申し訳ありませんがブラウザバックでお戻りください。

・本SSはパロディ要素が多分に含まれております。ご注意ください。

・本SSは、タイトルの通り、拙作 向日葵の笑顔(同作品集) の後時談となっております。
 単体で楽しんで頂くには荷が重いので、出来ましたら前作を読み終えてからご賞味ください。






























 どんちゃんどんちゃん。





 思い思いに話している皆。
 酒や水が入っているコップ。
 葉っぱのお皿の上に乗っている蒲焼。
 小風に揺れる木々の葉。





 所は霧の湖、時刻は夕方過ぎ。昨日の黒雲は姿を消し、赤々とした太陽が西に沈んでいく最中。
 提案者リグル、コスト私持ちのお食事会は、程よくたけなわだった。
 具体的に言うと。

「藍しゃまぁ……うにゃぁ……」

 式の式こと橙は日陰ですやすやとお眠り中。
 そりゃそうだ、と思わないでもない。
 彼女は今朝方の一騒動の前にも、藍先生とお仕事をしていたのだから。
 少しの睡眠時間で精神的肉体的疲労のどちらも取れる訳がなく、お酒が入って一二時間ほどでダウンしてしまった。
 涎を垂らして主の夢を見る彼女は、とても可愛らしくありがたや。

「ふふん、ちぇん、よわいわね! これだけのんでもたおれないあたいってば、やっぱりさいきょーね!」

 頭をふらふらさせながら正面に佇むお地蔵さんに啖呵を切っている、氷の妖精チルノ。
 確かに倒れてはいないが、現状を鑑みるにそれも時間の問題だろうか。
 呂律も回ってないし。
 ふと、彼女をぐるりと取り囲む大ジョッキを見て、疑問に思う。
 こいつ、こんなに強かったっけ?

「ふふ、そうね、チルノちゃん。はい、次のジョッキよ」

 にこにこ笑顔で傍らの氷精に並々注がれたソレを渡すのは『お姉ちゃん』こと大ちゃん。マジ外道。
 ……と思ったが、なるほど、チルノがあれだけジョッキを空に出来ている理由がわかった。
 大ちゃん、それ酒やない。水や。
 彼女の気配り具合は紅魔館のメイド長にも引けを取らないと思うがどうか。
 チルノを愛でる視線の放ち具合も、館の当主殿を眺める彼女と同等かそれ以上。

「ねぇ、大ちゃん、それじゃ嘘……にならないのか。策士だなぁ」

 蛍の妖怪・リグルは、どこぞの閻魔様の様に嘘は嫌いなのか、舌を引っこ抜くつもりなのか、いやむしろ私にリグルの舌を――
こほん、失礼。
 因みに彼女が飲んでいるのはカクテルだったりする。
 結構強いお酒が好みで尚且つ甘いものが好きと言う彼女の為に、私がテキーラをベースにしてちょちょいと制作したモノだ。
 名前は『リグル』にしようかなぁ等と考えていたら、博麗の巫女に『なんだかわからないけど、止めておきなさい』と言われた。
 その後、テキーラを分けてくれている結界の大妖怪に出してみたら、『あら、マルガリータ』と既存の物と教えられ、ガッデム。

「そーなのかー?」

 首をこてんと小さく傾け、宵闇の妖怪・ルーミアはハテナ顔。その仕草は反則だぜ、お嬢ちゃん。
 他の皆と違い、彼女だけはあまりお酒を飲んでいない。
 専ら食べたり話したり、なのだ。
 口元に付いた蒲焼のタレは御愛嬌と言ったところだろう。
 暗闇の中、突然にそんな顔にこんにちはされたら恐ろしくもあるだろうけど、今の表情は子供のソレ。

 ルーミアの質問に、リグルと大ちゃんは応えず、ただくすくすと。

 まぁでも、嘘は言ってないんだよね、大ちゃん。
 『ジョッキ』って言ってるけど、中に入っているモノは言ってないし。
 なので、やっぱり私もリグルと同様、『策士だねぇ』と心の中で囀った。

 と。やや後方から諌めるような物言いで、茶々が入る。



「……ミスティア。頷いてないで、教えてあげたら?」



 目に入りそうな汗を拭いながら、振り向く。



「教えてあげたいのは山々なんだけどねぇ……そう言うんなら、蒲焼作るの手伝ってよ――幽香」



 ジト目の視線を向けた先は、花の妖怪、四季のフラワーマスター、いじめっこ、そして、『優しい臆病者』――風見幽香。

 彼女は欝蒼とした木々の一本にもたれかかりながら、こくこくと水を飲んでいた。
 くぴくぴと、でないのは、彼女を慮っての事。
 いや、彼女の容姿と性格と歳でくぴくぴはないだろうなぁと。

「なにか失礼な事、考えてない?」
「滅相もござーせん」
「そう。ならいいんだけど」

 目を伏せ、幽香はまたコップの水をあおった。

「……って、良くない! そんなとこで涼んでるだけなら、手伝えー!」
「やぁよ。食べるだけならともかく、炙るまでしちゃうと、匂いがついちゃうじゃない」
「私になら付いていいと言うのか!?」
「あら、美味しそうな焼き鳥の元ね」
「ぬがー!?」

 言葉遊びをしながら、ちらりと別の事を考える――さて、この臆病者をどうやって引っ張り出そう。

 初めの方こそ、幽香も輪の中にいた。
 だけれど、徐々に徐々に彼女はそれと気づかれぬ様、輪の外に出てきて、今と言う訳だ。
 普段なら気付くであろうリグルや大ちゃんは、中にいる為、気付かない。
 何気なく語りかけに来るルーミアやチルノでは、外から連れ出すには至らない。
 頼みの橙は――「藍しゃま、もふもふ……」――敬愛する主の尻尾に抱かれる夢を見ていた。

 しゃーねー、私が一肌脱ぐか。

「ほら、幽香。また焼き上がったから、皆に持っていってよ」
「どうして私が給仕の真似事をしなくちゃいけないの」
「あーやだやだ、是だから年はとりたくない」
「……なんですって?」
「年取ると偏屈になるのかねぇ、こんなかぁんたんなお願い事も聞いちゃくれないんだ」
「言ったでしょう、匂いが移るのが嫌だと」
「言ったじゃない、『食べるだけならともかく』って。
それとも、幽香おばさまの歩行速度は炙る並みの時間がかかるのかしらん?」

 幽香の目が細くなる。

「うふふ、言ってくれるじゃない、ミスティア」
「あはは、言わせて頂きましたわ、幽香」
「うふふ、うふふふふふふふふふ」
「あはは、あははははははははは」

 形だけの笑い声が二人の中で疾走する!
 幽香の鋭い視線が私に突き刺さり、私の舐める様な表情が彼女に注がれる!
 因みに私達の声は、皆の和気藹々とした雰囲気を壊さない為に割と小声だ!このへたれーめ!

「ふふふ――教えてあげるわ、ミスティア・ローレライ」

 声を最初に切りあげたのは、幽香。

 すぅっと緩やかな動きで、私に人差し指を向ける。
 『私の妖力は五十三万です』とかほざくんだろうか。
 ……あり得そうだ。いや、台詞じゃなくて、その位の力が。

「あはは――何をかな、風見幽香」

 くだらない思考を切り捨て、襲い来るであろう口撃に備える。

「後ろを、見なさい。後ろの、彼女――」

 なん……。
 後ろ、……だと?
 後ろの彼女、だと!?

「リグルの事かー!!」
「や、『後ろの彼女達』」
「あ、ごめん」

 こほん、仕切り直し。

「後ろの彼女達の様子を、見なさい」
「……?」
「見て、そして、考えなさい。賢い夜雀」

 今さら、後ろを見ている隙に不意打ち、と言う事もないだろう。
 私はそれでも少し不安を覚えつつ、首を回し、ちらりと皆を視界に入れた。
 ――けれど、もったいぶった幽香の言葉に反して、別段変った事は何もない様に思える。

 思い思いに話している皆。
 酒や水が入っているコップ。
 葉っぱのお皿の上に乗っている蒲焼。
 小風に揺れる木々の葉。

 やっぱり、先程と変わらないじゃないか。
 幽香に向き直り、嘲る様にはんっと声を上げた。
 是があんたの口撃?――笑わせる。

 次は、私の番だ。

「……その顔じゃわかっていないようね、ミスティア・ローレライ」

 口を広げようとした私に、幽香は淡々と言葉を投げかけた。

 何だと言うのだ。考えろ、と言う事か。
 しかし、考えるも何も、彼女が提示してきたモノは先程と何処も変わらない光景。
 変わっているのは、その話題くら……な、に?



 何も変わらない。先程と、何も変わらない。あ、あ……!



「なにも、変わってない……!」
「ふふ、そうよ、ミスティア。何も、減っていないの」
「もう、もう、……!」
「ふふ、うふふ、うふふふふふ! その通りよ! もう誰も!」



「誰も、私の蒲焼を食べてない……っ」



 崩れ落ちる。
 膝から、がくりと。
 辛うじて地面に着いた両の手にも、力は入らなかった。

 ってか、お腹一杯なら言ってよ、みんな。

 そのままの姿勢でのの字を書いていると、ぽん、と肩を叩かれた。

 見上げると、何時の間にか傍に来ていた幽香の顔が。
 とは言え、彼女は此方を見ちゃいない。
 それどころか、ワザと見ない様にしているんじゃないかとも感じる。

「だから――」

 その理由は、続く言葉により判明した。

「――貴女も、行きましょう」

 照れてやがるな、このゆうかりんめ。

 によによとした視線を向けていると、一人でスタスタと歩いていきやがった。
 私はぱっと立ちあがり、彼女に追い付く。
 手には、出来たばかりの蒲焼を乗せた皿を二つ持って。

「膝の所、汚れてるわよ」
「わかってるって。ったくもぅ、回りくどいんだから」
「貴女に言われたくないわね」

 ありゃ、引っ張り出そうとしていたの、ばれてたのね。

 それもそうか。
 今朝方に彼女を出し抜けたのは、概ね全てがこっちに都合よく動いたからだし。
 でもなけりゃ、私風情じゃ彼女の頭を掻きまわすなんてできやしない。

 そんな事を考えつつ、私と幽香は皆の中に入っていった。










 どんちゃんどんちゃん、どどんちゃんちゃん。



 私達が参戦してから早一二時間。
 太陽殿は御隠れになりやがり、お月様がこの世の春を謳歌していた。
 それにしても、今夜のお月様は、昨日雲に出番を奪われた所為か、聊かはしゃぎ過ぎだ。
 先程からゆらりゆらりと行ったり来たり。
 今夜はあの永い夜の様に明けないのかしらん。



「あはは、お酒美味しいー!お姉ちゃん、次の注いでー!」
「……沈めるわよ」
「幽香、お酒の席でしかめっ面は駄目だよぅ」
「ミスチー、普段あんまり飲まないから忘れがちだけど、酒癖悪いんだよねぇ……」
「はい、ミスチーちゃん、次のジョッキ」

 手渡されたジョッキを勢いよく煽りつつ、私はぐるりと辺りを見渡した。

 橙はまだまだ赤い顔でお休み中。
 飲み続けていたチルノは、大ちゃんの膝を枕にして仰向けになっている。
 大ちゃんはそんなチルノの頭を撫でつつ、また空になった私のジョッキを受け取り、次のを渡してきた。

「ありがとー、おねーちゃーん!」
「……やっぱり、沈めた方がいいんじゃなくて?」
「あ、ミスチー、私の膝なら空いてるよっ」
「賛成したくなるから同意を求めないで、幽香。ルーミアも誘わないの!」
「はい、ミスチーちゃん、次の大ジョッキ」

 んっくんっく、ぶはぁっ、きくぅー!

 割と静かに水をこくりと飲んでいる、先程から物騒な発言をしているおねーちゃん。
 笑顔でぱんぱんと両膝を叩くかわいこちゃんは、ほんとに楽しそうで何よりだ。
 そして、まいらびゅ……えぇと、リグルは微苦笑しながら突っ込みに大忙し。

 あー、ちくしょー、まだまだ酒量が足んないようだ。

 お酒を飲んでほんのり頬を朱色に染めるリグルを、妙に気にしてしまう。
 何時もなら平気な肩と肩が触れ合う距離も、今は駄目。
 早まっている鼓動を抑える努力をしつつ、私は半分ほどになっているジョッキを更に煽った。

 リグルを意識するようになったのは何時からだっけかな、なんて回らない頭で考える。

 随分と昔、真夏の夜に出会った頃からだろうか。
 星座が散りばめられた夜空をフタリで見た時からだっけ。
 それとも、こっそりフタリで忍び込んだ人間の里で、綺麗なドレスに目を奪われた彼女を見た時から?

 頭が回っていようがいまいが、答えなんて出やしないのに。

 劇的な出来事なんてありゃしない。
 何時の頃からか、気がついたら私はそうなっていた。
 蟲の王・リグルの事を誰よりも、大切に思うようになっていた。
 鳥の妖怪の私とした事が、ざまぁないやね。

 心を落ち着かせる為、自嘲するように笑うと、リグルの顔が近づいて……へ?

「ね、ミスチー、そんなにがぶがぶ飲んじゃ駄目だよ」

 だぁもぉ、お願いだから、私の努力を無駄にさせないで!

「けふ、こふ、かはっ」
「わ、ちょっと、いきなり吹き出さないでよ!
もぅだから駄目だって言ったのに」

 私が噎せて咳きこんでいると、リグルはポケットから取り出したハンカチをあてがいつつ背を撫でてくれた。
 重なる様な彼女の姿勢に、私の鼓動はどんどんどんどん速くなる。
 お酒を飲んでいて良かった。
 でなけりゃ、異常に赤くなった顔は誤魔化せなかっただろうから。

「よく私に臆病者なんて言えたものね」

 ……こいつ以外には。

 ぱっとリグルから少し離れて礼を言い、ぽつり呟いた幽香に身を寄せる。

「どーゆー意味よ」
「そのままだけど?」
「だから、それがどういう意味だと」
「言ってもいいなら大声で言ってあげるわよ。リグ」
「わ、わーわー!ストップ、ストップ!」

 小声でのせめぎ合い、内容が内容だけに、私の方に分が悪い。
 そもそも、既に数杯上げてしまった私と全くの素面を保っている彼女とでは、地力が違い過ぎる。
 お互い素面でも彼女の方が賢しいと言うのに……ん?

 あ、こいつ……。

 ちょっとあんた、と幽香に声をかけようとした所、リグルが私にウィンクして、酒瓶を渡してきた。
 私に飲めと言っている訳ではないだろうから、つまり、彼女も私と同じ様に考えたのだろう。
 思考のシンクロに、少しばかり嬉しかったり恥ずかしかったり。

 その一拍の間を見計らったかのように。



「……足りないっ」



 膝枕に沈んでいた、お転婆恋娘がむくりと起き上った。

 あれだけ飲んだのに、まだ飲み足りないのか。
 私は半眼になり、リグルが苦笑を浮かべ、ルーミアは驚き、幽香が呆れる。
 大ちゃんだけは冷静に、此方に渡そうとしていた次のジョッキをチルノに向けていた。
 ソレをチルノは受けと……あれ、足りないのはお酒じゃないんだ。

「遊び足りないのよ」

 大ちゃんの膝に収まりながら、チルノはそう口を開く。

「足りないって、そもそも、今日はお食事会だから遊んでないじゃん」

 昼過ぎに機材・食材を持ち込んで、その時点でスタート。
 それから今まで絶えず騒いでたんだから、遊んでいる時間などなかった筈だ。
 ねぇ、と賛同を求める私の言葉に、リグルやルーミア、大ちゃんも頷いてくれた。

 頷かなかったのは、幽香ヒトリ。

「今朝方の事じゃないかしら」
「……え?」
「だから、向日葵畑に来た時の事。『遊び』に来たんでしょう、貴女達」

 ……なるほど、考えてみればソレで合点がいく。
 私は深夜からずっと『遊び』っぱなしだったけど、チルノ――他の皆もだけど――が畑で『遊ん』だのは、ほんの十数分。
 しかも、チルノは橙と一緒に早々に退場したんだっけか。

「そう、そうなの! 折角是だけいるんだから、遊ぼーよ!」
「え、でも、サンニン……今はフタリかな、へべれけなんだけど?」
「私は賛成! 幽香とミスチーは?」
「構わないわ」
「いいけどさ、何するの?」

 チルノが貰わなかったジョッキを受け取り、喉に流し込みつつ尋ねる。
 彼女の言う通り、頭数的には申し分なく揃っていた。
 大合唱も悪くないし、かくれんぼもいいだろう。
 新規加入の幽香もいる事だし、転校生宜しく質問をぶつけまくるのも一興。
 あ、でも、ごっこ遊び、ありゃ駄目だ。あん時はテンションが高かったから言い出したんだし、第一――。



「ごっこ遊び!」



 水吹いた。

「元気に万歳ポーズしてんじゃないわよ!ソレは子供っぽいから私はにが」
「そんな事言ってるけど、今日、ミスチー、ノリノリだったじゃん!」
「テンション上がってたからだってば!大体ね――」
「……ノリに乗ってるノリノリガール……」
「大ちゃん、解り難いネタを呟くのは止めて!あと、私は語彙が貧しくはない!」

 ついでに言うと、鷹でもない。

「ね、ね、いいよね、みんな?」
「あー、題材によるけど、偶にはいいかなぁ」
「私もいいよ? ……あ、でも」

 これだからあんた達は!そんなだから幼稚と言われるのだ!

 裏切り者達をじと目で見るが、賛成の言葉の後に動いたルーミアの視線を追う。
 その先にいたのは、この場の誰よりも大人の幽香。
 加えて、彼女にはごっこ遊びを出来ない理由がある。

「第一ねぇ、幽香、『ごっこ』の元を知らないんだから、出来る訳ないでしょ!」

 ね、と幽香に同意を求める。
 ぐ、とチルノの声が詰まる。
 そ、と幽香が頷き、手を伸ばす。

 ……あぁん?

「だから、台本――でいいのかしら――が見せてもらえるモノにして欲しいわ」
「まるさんかくしかくばつ!?」
「言葉が思いつかないんなら黙っていて頂戴な。語彙が貧しくも豊富でもない夜雀さん」
「がっでむ! さのばびっじ!?」
「思いついた罵倒を並べるのもどうかなぁ。あ、幽香、私は漫画じゃないけど、こういうのがいいなぁ、とか」
「あ、リグルずるい! ねぇねぇ、幽香、あたいはこれがやりたいの!」

 これがしたいあれがしたいと一斉に幽香にお披露目するみんな。

 取り残された私はがっくりと膝をつき、うち震え……さっきもやったな、これ。
 そんな私の肩を叩いたのは、大ちゃんだった。
 でも、大ちゃん、その仮装用の獣耳はどっから引っ張り出してきたの?

「貴女はごっこ遊びを――しますか、しませんか?」

 あぁ、それで兎ね。

「私は、ごっこ遊びを、します」

 答えたら終わっちゃうんじゃないかなぁとか思いつつ。
 だけども、ヒトリで意地張ってるのも馬鹿らしくなってきたので、私は力なく頷いた。
 見上げた大ちゃんは、悪戯兎の様ににんまりと笑っている。

 私が片手に握っていた酒瓶だけが、所在なさ気にしている様な気がした。





「言いだしっぺのあたいから。是がやりたいのよ、是!」

 チルノが取り出したのは、時代錯誤なボディコンのねーちゃんが主人公の漫画。
 確かに妖怪がたくさん出てくるけど、退治される側なんだよなぁ。
 ……あ、私達が今朝方演ったのもそうか。
 因みに、漫画のねーちゃんはこっちの巫女と違い、お金持ち。

「でもさぁ、チルノだと色気不足な気がするなぁ」

 私の発言。解ってるとか言うな。

「ふふん、あたいが演りたいのは主人公じゃないもん。こっちのボスだもん」

 何が「ふふん」なのか。色気がないのは認めるのか。

「あー、最後の最後はピッタリかもね。馬鹿って言われ――ごめ、ごめん、大ちゃん!」
「じゃあ、主人公は誰が演るの?」
「さいきょーのあたいの相手役なんだから、勿論、幽香よ!」
「……私?」
「うん! ルーミアは元幽霊の女の子がいいんじゃないかな?」
「そっかな?」
「で、ミスチーは……ミスチー?」

 大ちゃんにヘッドロック掛けられてるので話せません。

「あぁ、でも、背中にやーらかい感触がっ!?」
「……まぁ、決まってるわよね」
「あはは……私も、同意」

 汚物を見るような目を向けてくる幽香とリグル。

「ミスチーの決まり役……この、チルノ側の妖鳥さん?」
「私もそう思うけど、出番あるのかなぁ。ま、どのみち」
「違う違う、ミスチーはこいつだってば!」

 提示されたのは、主人公の下、時給二百五十一円で働く真っ当な男子高校生。

「なんでよ!?」
「私も、チルノちゃんの配役に賛成だけど?」
「はぁぁぁぁん、耳に息、背中に乳っ!?」

 塵芥を見るような目を以下略。

「――じゃなくて!どっちみち、その漫画は却下!」
「えー、橙やリグルにも合ってるキャラがいるのになんでよー」
「橙は前鬼後鬼がいるから、龍神様の一族かな?」
「そーそ。で、リグルは」
「却下!次々!」
「ぶーぶー!」

 チルノが考えている配役は、言われなくても概ね理解できた。
 リグルに適しているというキャラクターも、まぁ納得出来る。
 そのものずばり、蛍の妖怪だろうしね。
 ……出来るんだけどさぁ。
 橙が起きていたら、今朝方の事をきっと怒っただろうな。
 『私が嫌って言ったのは演ったのにー!』って。
 理由も大体、同じだしね。

 頭ごなしの却下に憤るチルノを宥めつつ、私は、不可思議そうな顔をしているリグルに、なんとはなしに微苦笑を向けた。



「じゃあ、次は私の提案でいいのかな? ――ん」

 私から離れ、大ちゃんはすたすたとチルノの方に歩いて行く。
 未だ頬を膨らませる彼女の頭を軽く撫で、にこり微笑み。
 飲んでいた時に緩められたのだろう、彼女のリボンを手に掴み、言う。

「チルノちゃん。リボンが、曲がっていてよ?」

 ガチすぎるぜ、大ちゃん。

 だが、いかんせん元が小説なだけに、チルノやルーミアはハテナ顔を浮かべていた。
 リグルは少し困った顔をしながら幽香に件の小説を説明している。
 聞き終えた幽香は驚愕の表情。
 ふふ、知りあったばっかりのあんたは知らなくて当然だけど、大ちゃんは大人しい顔をして何時だってクライマックスなのよ?
 方向性が違う所為か、私の様にイジメラレル事は少ないけどね!

「お姉ちゃん、それ、元は何なの?」
「チルノちゃんには早かったかしら。じゃあ今度は漫画が元で――」

 言葉を切り、突然、大ちゃんは足を浮かせ、地面に身を任せた。
 肩を掴まれていたチルノも、引っ張られて折り重なる様に倒れこむ。
 息と息が混ざりあうような距離で、きょとんとするチルノと微笑む大ちゃん。

 呆然とする私達に届いたのは、吐息にも似た大ちゃんの声。

「だめ。――神様が、見てる」

 ……。

「ふえ?」
「ふふ、こういうのしたかったけど、雷が聞こえないから、駄目だね」

 かみさま、かみなり……あ。

「わ、わかりにく!? いや、確かに漫画だけど! 確かに同性だけど!」
「あ、ぁー……私も漸くわかった。えーと、幽香、ちょっと刺激強いけど。ルーミアは見ちゃ駄目」
「むぅ、どうしてよぅ?」
「ありがとう、リグル」

 件の漫画を手渡され、ぺらぺらと頁を捲る幽香。
 その表情は段々と平静を失っていき、遂には頬を朱に染めていた。
 意外と初心なのか、それとも、単に慣れていないのか。

「だ、大ちゃん……フルスロットル過ぎるわ……」

 私もそう思う。
 チルノやルーミアはむぅむぅ唸っていたけれど。
 困惑する私達を尻目に、大ちゃんは至って涼しげな顔をしていた。



 と。



「うにゃぁ……?」

 今まですやすや眠っていた橙が、なんとも愛らしい声を上げつつ、起きた様だ。
 目はとろんとしているので、ひょっとしたらまだ夢見心地なのかもしれない。
 すかさず現状を説明するリグル。

「おはよ、橙。えとね、今、大ちゃんが天使で男の子になって」

 先程の光景に混乱し過ぎだ、お嬢さん。

「ごっこ遊びがしたいなって話してるの。橙も何かない?」

 リグルに代わって、ダメージを受けていないルーミアが至極正しい説明をする。

 ふらふらと船を漕ぐ橙だったけど、ルーミアの言葉はしっかり届いた様だ。
 その場で暫く考えた後、ぽんと手を打ち、妙案が浮かんだよう。
 そして、一本足で立ち、右手を曲げ、左腕を伸ばし肘の部分で曲げ……。

 げぇ、このポーズはぁ!?

「幻想郷の未来にご奉仕するにゃんっ」

 ごふっ。

 堂に入ったポージングと台詞に、リグルやルーミア、チルノに大ちゃんが歓声と共に拍手を送る。
 ヒトリ手と鼻を押さえる私にいち早く気づいたのは、またしても幽香。
 寄ってくる彼女に、私は懇願した。

「お願い、幽香……お願いだから、私を殴って!」
「……はぁ?」
「私……っ、私、女の子なのに、今の台詞で駄目な事しか想像できなかった!」

 OK、蔑む視線は間に合っている。

 凍えるような視線を浴びていると、とさりと音が聞こえてくる。
 其方に目を向けると、何て事はなしに、橙が再び眠りに落ちただけの様だ。
 みんなは視線を合わせ、くすりと笑い、近くにあったタオルケットを優しくかける。

 次に橙が起きる頃には題目が決まってるといいな、何て思いつつ、私も微笑んだ。

 ……微笑んだんだから、幽香はその目を止めてくれやがりなさい。



「私はね、大ちゃんの一番目のと同じで漫画じゃないんだけど……」

 おずおずと切り出したのは、リグル。

「あ、だから、他にいいのがあったらそっちに譲るからね? えと、『スターダスト』」
「へ!? リグル、あぁいうのが好きだっけ?」
「……私も驚いたよ。もっと可愛らしいのが好みかなって思ってた」

 作品名に声をあげたのは、チルノと私。

 リグルは、言動からは読み取れないが、私達の中で誰よりも「女の子」だ。
 可愛いもの、甘いもの、綺麗なものが好き。
 だから、私達は目を丸くした。

 そんなリグルが、あんな熱い闘いを演じてみたいだなんて。

「……確かに、可愛らしくはないわね」

 先程、リグルに題材を見せられていた幽香が同意してくる。

「あはは、でも、こう、刹那的な所とかさ。ちょっとだけ憧れちゃうなぁとか」
「う? 刹那的? そんな場面あったっけ?」
「刹那的じゃない。格好いいしさ」
「格好いいとは思うけど。でも、それ演るなら咲夜呼んでこないと。『ザ・ワールド!』って」

 それ、漫画じゃないか。

「あはは、チルノ、違うよ。私が言ってるの、『詩』が元だもの」
「……え、そうなの? 私、小説だと思ってたんだけど」
「ミスチーが好きな小説って、私も読んでる筈なんだけど、そんな名前のあったっけ?」
「んー、ルーミアも読んでると思うよ。まぁ、『スターダスト』がついているのは副題だけど」
「あ、思い出した! 『屋台よ!私は帰ってきた!』って感じね」
「そーそ」

 頷き合う私とルーミア。

 そんな私達を見て、リグルは肩を竦めて微苦笑し、そのフレーズを静かに口ずさんだ。
 余りにも小声だったので、私の耳を持ってしてもよく聞こえない。
 集中しようとすると……ぽん、と肩を幽香に叩かれる。

 彼女の顔は、珍しく真剣で、私を憂えている様にも思えた。

「ミスティア、貴女、素行に気を付けないと、演じる羽目になるわよ」

 何をよ。

 幽香にそう尋ねようとしたけれど、サビにでも入ったのか、少し大きくなったリグルの声が耳に入ってきた。
 拾い上げたものを考える限り、いい詩じゃないか。
 幽香に目配せすると、彼女は首を振り、溜息をついた。
 だから、何でだ。

 そう言えば、この詩の何所が刹那的なんだろう?

 ――お揃いね 私達 是でお揃いね あぁ幸せ



 あれよあれよと言う間に、私が題材を提案する番になっていた。

 気後れしていただけに、決まらなければ最後に提案しようと思っていたが、ルーミアは決めあぐねているようなので仕方ない。
 指を折り曲げたりしているので、配役でも悩んでいるんだろうか。
 ともかく、私は是がいい、と言いつつ、大ちゃんが作った簡素な本棚から数冊取り出し、幽香に手渡す。
 他の面子に見せる必要はない。
 何故なら、その作品はみんなのお気に入りだったから。

「あー、是ならあたいも文句なしでOKよ」

 言うと思った。あんたは勇者だ。

「そうね、人数的にも丁度良さそうだし」

 大ちゃんはお姫様。サービスシーンが多めだけど、許してね。

「橙は……どれだろう。兵士か槍使い?」

 双方とも義に熱いんだよね。私もピッタリだと思う。

「リグルは剣士役かなぁ?」

 あっはっは、言われると思ったけど、ちょい待ち。
 剣士役は闇を扱えるルーミアにして欲しいなぁとか思ってたり。
 そんでもって、私が魔法使いで、リグルが武闘家。

 私情入りまくりの配役だけど、そんなに外れてはないよね?

「――と、言う事は。私は、また敵役なのね」

 数冊の流し読みを終えた幽香が、ぽつりと呟く。

 その言い方が少し寂しそうだったので、歩み寄ろうと――する前に、リグルが先に彼女に声をかけた。

「でもさ、この敵役格好いいよ? 凄く強いしさ」
「……そうかしら?」
「うんっ、幽香に似合ってるんじゃないかな」
「ふふ、こっちの魔法使いも格好良く見えるけど?」

 ちらり。こっちを見ながら、言ってくる。

「うーん、でも、私は敵役の方が格好いいと思うけどなぁ。魔法使いはちょっとえっちだし」
「そう――貴女にそう言われるなら、悪くないわ。ねぇ、ミスティア?」

 えーと。

 解ってて挑発してやがんなてめぇこらぁ!?

 噛みつきそうな表情をしている私に、幽香は愉しそうに目を細めた。
 発端となったリグル、成り行きを見ていたルーミアやチルノはきょとんとしている。
 大ちゃんだけは困った顔をして頬を掻く。

 ふ、ふふ……いいよ、わかったよ。私も、あんたにその役は適任だと思ってたんだ。

「あら、その顔は何かしら、ミスティア?」
「別に。リグルの言う通りだと思うし。任せてもいい?」
「へぇ……何か、裏がありそうね」
「ないない。あぁ、そうだ、あんたが読んでるのって終わりかけだよね? もうちょい前も読んでみなよ」
「どういう……?」

 幽香が言い終える前に、私は題材の中盤の数冊を渡す。

 ――君よ 起て 君よ 征くのだ

 彼女がソレをある程度斜め読みするまで、私は適当な詩を口ずさむ。
 彼女が顔をあげるまでの数十秒。
 リグルは顔を引きつらせ、ルーミアを彼女から遠ざける。
 大ちゃんは溜息をつき、チルノを手元に呼び寄せた。

 漫画から目を離し、歌う私を見やる幽香。

 その瞳には、暗いモノが宿っていた。

「そう、こう言う事」
「く、ふふ、あはは、言った通りでしょう、幽香!」
「馬鹿笑いは止めなさい、ミスティア・ローレライ」
「あはは、遂に最強の妖怪様が私の名前を覚えたわ!ざまぁみろよ!」

「元から散々、呼んでたと思うんだけど?」
「チルノちゃん、今のはごっこ遊びの台詞よ」

「ミスティア、貴女はこの敵役が私に合うと言ったわ。その理由を、教えて」
「ははっ、確認しないとわからないの!?」
「そうね。貴女の口から、ちゃんと聞きたいの」
「齢数千って所がぴったりだって言ってるのよ、幽香おばあさまっ!」

 ギンッ――幽香の目が鋭くなる。

「あぁ、なるほど」
「ルーミア、頷いてないで! ゆ、幽香、ミスチー、酔ってるから!」

 今まさに手を振り上げんとする幽香を、制止するリグル。
 幽香は一瞬、リグルに気を取られ。
 私はその隙をつき、大空に逃げ出した!

 振り返ると、幽香が此方を眺めている。
 弾幕が来るか、それとも、彼女自身が飛んでくるか。
 どちらにせよ、そうそう簡単にやられはしない。
 彼女の弾幕は覚えているし、飛ぶ事に関しては私も自信がある。



 さぁ、どうくる、ゆう――ばがんっ――っっ痛ぅぅぅ!?



 何かに当った。
 まず、それしか理解できなかった。
 墜ちる、墜ちる、地面に墜ちる。
 結界、そう、多分、結界だ。
 動かない体とは反対に、頭だけはやけに働く。
 墜ちる、墜ちる、地面に墜ちる。

 墜ちる、墜ちる、地面に――墜ちた。とすん。

 今朝方と同じ様に、その衝撃は少なかった。
 恐る恐る目を開けると、そこには、無表情の幽香。
 怒っているのか、呆れているのか、或いは、その両方なのだろうか。

 無理やりに心情を探ろうとすると、幽香は口を開いた。

「先に手……口を出したのは私の方だったわね。ごめんなさい」
「あ、ゃ、えと」
「貴女も、リグルと同じ様にフォローしてくれようとしていたみたいだし」

 あちゃ、よく見てやがる。

「でも、貴女の言う通り、私も適役だと思うの。台詞も覚えたから、聞いてもらっていい?」
「う、うん。でも、どの台詞かなぁ、やっぱり格好良く技を叫ぶとこ」
「――違うわ。貴女が、似合っていると言った姿の、台詞よ」

 ……って、風向きが妖しくなってきた気がする!あんた、やっぱり怒ってるでしょう!?

 幽香は、抱いている私の肩を強く掴み。
 幽香は、乾いた笑いを浮かべる私に顔を寄せ。
 幽香は、口の動き方が意識できるほどゆっくりと、囁いた。



「知らなかったの…? 風見幽香からは逃げられない…!!!」







「ごっこあそびはやめましょう。とてもきけんですごくあぶないです」

「……戻ってくるなりどうしたのよ、ミスチー?」
「察してあげて、チルノちゃん」
「私が寝てる間に、何があったの?」
「ごっこ遊びの題材を話してただけなんだけど……」
「あ、あはは。ねぇ、幽香、ミスチーに何か……?」
「作った結界にぶつかって額を打ったみたいだけど、それ以外は怪我もないわよ」

 駆けよってくるリグルに、だいじょーぶだいじょーぶとかくかくと動きながら返す。
 私の歪な動きを見て、彼女は疑わしそうに幽香を見やる。
 いや、ほんとに幽香の言う通りで、あれだけドタバタした結果は、おでこが赤くなってる位なんだけどね。

 でも、暫く、ごっこ遊びはしない。

「むぅ、じゃあ、どうしよっか?」
「あ、でも、その前にルーミアが考えたの、聞いておこうよ」
「そう言えば、ずっと考えていたものね。ルーミアちゃん、何か浮かんだ?」

 大ちゃんの問いかけに、ルーミアは、ん、と頷いた。

「その前に。ミスチー、酔いはもう覚めた?」
「とんでゆかれました」
「どうして丁寧語なの? えとね、私が考えてたの、元からごっこ遊びじゃないの」

 丁寧語じゃないぜ、お嬢ちゃん。

 それはともかく、ルーミアの発言は意外だった。
 指を曲げていたのは、頭数と配役を考えていたからではないのだろうか。
 みんなも同じ様に考えていたようで、一斉に首を傾けたり、はてなを顔に貼りつかせたり。

 ルーミアは、そんなみんなに笑顔を向けた。

「折角、ロクニンいるんだから、去年の初冬みたいに踊りたいなぁって」

 嬉しそうで楽しそう、幸せそうな笑顔は、私達――私、リグル、橙、チルノ、大ちゃん――にも同じ表情を浮かばせる。

 ヒトリ、幽香だけは怪訝そうな顔。
 辺りを見回して、指を七回折り曲げている。
 ま、ルーミアの言う『去年の初冬』にいなかったんだから、わからないわな。

 そん時は、寒さもほどほどで、ぎりぎりリグルも元気、レティもぎりぎり起きてきたんだよ。
 そん時も、今と同じで、ナナニンいたんだ。
 けれど、ルーミアの言う通り、踊ったのはロクニン。

 あぁ、だから、ルーミアは私が酔っているかどうか確かめたんだ。



 何故なら――私は、みんなに目配せをして、返答代りの頷きを確認してから、浮かびあがる――私は、歌っていたから。



 あの時、私の歌に合わせて、みんなは踊った。そして、今日も――。



 ――手を取りましょう 愛しいモノの

 チルノが大ちゃんの両手を取り、ぐるぐると回りだす。

 ――楽しみましょう 親しいモノと

 リグルが胸に片手をあてお辞儀をして橙に手を差し出し、橙もスカートの両端を摘み、応える。

 ――踊りましょう 優しい臆病者よ

 フレーズが届いた瞬間、幽香のきっつい視線が飛んでくるが、気にしない。気にしてやんない。

 ――今宵一晩限りの舞踏会 月夜の元の舞踏会

 あんたが気にかけるのは、差し出された小さな手。ルーミアの手。

 ――様式はご自由に 楽しみ方もご自由に

 幽香は小さく息を吐き、ルーミアの手を取る。
 途端に咲く、ルーミアの満面の笑顔。
 途端に回す、幽香がルーミアをくるくると。

 あはっ、あんた、今、笑っちゃったんでしょう!



 ――手を取りましょう 楽しみましょう 踊りましょう 今宵月夜の舞踏会










 歌い明かして踊りまわって、早数時間。



 体力を使い果たした私達は、誰からともなく眠たくなり、思い思いに適当な寝床を探し、横になった。
 火照った体に草々のざわめきはくすぐったかったけど、気持ち良く思わない事もない。
 野生児言うな。

 かさり、と音がした。

 誰かが起きて、何所かに向かう。

 少しばかり気になって、私は薄く目を開け、周りを窺った。
 湖の近くの大岩に背を預けている大ちゃん。
 その大ちゃんの膝を枕にしているチルノ。
 ルーミアと橙はお互いに寄り添う様にくやくやすぴすぴ。

 やっぱあんたか――小さく嘆息を吐き、私は静かに起き上がった。

 ほんと言うと、消去法で考えるよりも先に、何となくそんな気はしていたんだけど。
 ちょいちょいと其処らに散らばっている幾つかを拾い上げる。
 拾い上げた内の一つ、袋から向日葵の種を取り出し、小細工を施す。

 後を追う前に、私は自分の寝床に近づき、其処で眠るもうヒトリに心の中で呟いた。

『行ってくるね、リグル』





「寝なくていいの、おばさま?」

 湖のほとり、ぼぅと夜空を眺める彼女――幽香に声をかける。

 『またお前か』。そんな鬱陶しそうな顔で、幽香は此方に視線を投げてきた。
 だけど、私は彼女よりも、彼女が飲んでいたモノに注意を向ける。
 微かに残る其処に綺麗に映されるのは、空に浮かぶ月や星。

 彼女の傍に傍若無人と腰掛け、思う――呆れたらいいのか、嘆けばいいのか、それとも、怒った方がいいんだろうか。

「……子供は寝る時間よ」
「誰が子供か」
「確かに、あの厭らしい視線は子供には出来ないわね」

 やかましっ、と短く叫び、両手に持っていた酒瓶やらつまみやらを広げる。

 会話が途切れた事もあって、幽香はひょいと袋の中から向日葵の種を摘みあげた。
 酒瓶があるのに、見向きもしねぇ。
 まぁ、その為に、ソレに小細工したんだからいいんだけどね。

 彼女は、絶対に酒は飲まないと踏んでいたから。

「それ、あんた用に味付けしたのだから、味わって食べてよね」
「種に味付けって、何をどうするのよ。ん――」
「私特製、リグルも大好き極甘ダレを塗りたく」

 淡々とした私の解説は、幽香の声にならない絶叫にかき消された。

 けほけほと噎せる彼女の背を叩きながら、予想以上の反応を見せてくれた事に内心喜ぶ。
 この状態ならば、今朝方よりも切り込みやすいだろう。
 塗りたくられたタレにより、一回り大きくなった件の種の出来に、私は会心の笑みを浮かべた。

「あ、甘いって、程があるわよ! リグル、こんなのが好きなの!?」
「あっはっは、流石にそんな糖質200%アップみたいなのは出した事ないよ」
「な!? じゃあ、どうして私にこんなのだしたのよ!」
「あんた、下戸でしょう? 屋台やってる経験上、下戸は甘いモノが好きって解ってるし」
「下戸じゃないわよ! 大体、その……!!」

 あんたが言おうとした通り、その理屈はてきとーだよ。

 幽香の顔色が露骨に変わる。
 普段の彼女であれば、瞬時に顔を背けただろうに。
 そうする事も出来ずに、ただただ顔を歪ませているのは、私の真意に気が付いたからだろう。

 あんたが思った通り、私が欲しかったのはその否定。



「じゃあ、どうして、今日、酒を一滴も飲んでいないの――風見幽香」



 区切りをつけて言ったのは、フルネームで呼んだのは、考えさせる為。
 気分じゃない、休肝日なの、好みのお酒がなかったわ――そんな陳腐な否定は無駄だと、悟らせる為。
 尤も、私以上に賢い彼女には、そんな気遣い無用だろうが。

 幽香は小さな溜息を零し、視線を湖に向けながら、私の真意を、その先を認めた。

「本当に、嫌になる位、賢い夜雀。『どうして』は、貴女が思っている通りよ」
「あんたの口から、ちゃんと教えて」
「……ったく。口真似も得意なのかしら」

 いや、そんなつもりはなかったんだけど。

「酒は正常な判断を失わせるわ。その影響は、どれだけ普段冷静なモノでも拘わらず」
「ま、大なり小なりそうだろうね」
「それに、感情の波も大きくなる。ちょっとした事で騒いだり、怒ったり、嫉妬したり」
「わ、悪かったなぁ!」
「だから……そうならない様に、そうなって、貴女達を傷つけないよ」

 幽香が言いきるよりも先に、私は彼女の肩を掴んだ。
 突然の接触に、一瞬言葉を失う彼女を、無理矢理振り向かせる。
 そして、ぴんっ、と額を指で弾いた。

 幽香は、ただきょとんとしている。

「あんたの本気が私達を倒せない事は、証明済み」

 目が見開かれる。

「……そうかしら。チルノも橙も、リグルもルーミアも」

 痛い所を突いてきやがる――しょうがないから、譲歩してやろう。

「墜ちたって? そうだね、あんたの言う通り」

 幽香はまた視線を外し、呟く。

「だから、私は」

 呟きが終わる前に、私は彼女の目の前に、さっと酒瓶を突き出した。



「だから、こうやって、受けきった小賢しい夜雀がヒトリで来たんだよ――優しい臆病者の所にさ」



 その言葉は、正しくない。
 私が幽香の一撃を耐えきれたのは、みんながいたからだ。
 そんな事は、私も彼女も解っている。

 だけれど、今は、その事実があればいい。

 ぴちゃん、と手に何かが落ちる。

「え?」

 間抜けな声を出す私に、幽香は言った。

「ばか、さっしなさいよ、こざかしい、夜雀」

 その声は、驚くほど震えていて。
 だから、私は一瞬、彼女に視線を向けてしまった。
 彼女の簡単な言葉の意味さえも、理解できないまま。

 瞳に映ったのは、頬に雫を伝わらせ、ほほ――っ。

 ばっ、と視線を逸らす。
 その顔は、幽香が見られたくなかったもの。
 その表情は、ルーミアが誰よりも先に見るべきもの。

 タブーを破ってしまったような気持ちになって、私は申し訳なくなり、俯く。

「貴女なら……」
「え、ぁ、なに?」
「……いいえ。あぁ、もう良いわよ。――美味しいわね、このお酒」

 許可の言葉で振り向いたのか、称賛の感想で振り向いたのか。
 どちらとも知れぬまま、私は幽香を見た。
 彼女は酒瓶を、静かに優雅に美しく、煽る。

「あ……うん! それ、マルガリータって言うの。リグルも好きなんだよねぇ」
「そう。私も、好みの味だわ」
「あは、良かった……って、やっぱり甘党じゃないかよ!」
「そうじゃないとは言っていないわよ? それでも貴女特製のあの種は辛かったけど。アレ、食べたの?」
「食べる訳ない。私、極端に甘いのは苦手、って、幽香さん、その種はどうするおつもりで?」
「駄目じゃない、ヒトに出す物はまず自分が食べないと。さぁ、ほら」
「い、いや……」
「ほら、ほら、ほら」
「い、いやぁー!?」

 確認とってから迫ってくる辺り、ゆうかりんマジいじめっこ。

 ひとしきり私の悲鳴を聞いて満足した彼女は、その種を自分の口に放り込む。

「た、食べるの?」
「貴女が作ったんじゃない。それに、初めからそういうモノだと理解していれば、問題ないわ」
「いや、流石にアレはその限度を超えてるんじゃないかなぁ」

 少なくとも、私には無理だ。

 冷汗を流す私を見て、愉快そうに目を細める幽香。
 口の中で種を転がし、小さく噛み、嚥下する。
 唇にタレでもついていたのか、舌でちらりと舐めとった。

「お酒と種と……諸々のお礼の代りに、一つ、歌ってあげる」

 柔らかく、そう言う幽香は目を閉じた。

「歌? そりゃありがたいけど、どんなの?」
「内容は、人によって解釈が変わるわ。だから、貴女が判断して」
「う。難しいのは苦手だなぁ、とか」
「私が、まだ貴女達と同じ位の力だった時に聞いた歌。当時の私には、子守唄の様に聞こえたわ」
「それって、何万年まぁ痛っ!? 口が裂ける、額が割れるー!?」

 可愛らしい茶々入れに弾幕で返してきやがった。がっでむ。

 だけど。
 呆れる彼女に、私は額を摩りながら、笑い返した。
 ほら、大丈夫だよ、幽香。



 幽香は立ち上がり喉を震わせ、静かな湖に優しい歌声が響く。



 その歌詞は、とても不思議なモノだった。



 穏やかな子守唄の様にも聞こえる。

 賑やかな童べ唄の様にも聞こえる。

 柔らかな愛の詩の様にも聞こえる。

 寂しげな鎮魂歌の様にも聞こえる。

 判断できないまま、一つだけ断言できるのは、その歌の根底にあるモノ。

 何もかもを、全てを包み込むかのような、暖かさ。



 私の耳が、世界が、ソレに支配される。



 あぁ――もう歌しか聞こえない。



 どれだけそうしていたのかわからない。
 時間の経過を忘れるほど、私はその歌に囚われていた。
 だから、終わったと気付いたのも、幽香が声をかけてきてから。

「――――、是で、終わり。どうだった、ミスティア?」

 此方も見ずに、ぶっきら棒に言ってくる。

 その言葉を契機に、世界に音が満ちた。

 風の音。
 草木が揺れる音。
 雫が数滴、落ちる音。

「この歌は、人々に忘れ去られたモノが集う此処でさえ、忘れ去られた歌。
今、聞いた貴女でさえ、もう歌詞を忘れている筈よ。
一晩眠れば、聞いた事さえ忘れてしまうでしょう。
そういうモノなの、是は」

 彼女の言う通り、もう最後の一篇でさえ、浮かばない。
 あんなにも魅了されたと言うのに。
 だけれど、何故か不思議と納得できた。

「あんたみたいに、つよくなればおぼえていられるのかな?」
「……どう、でしょうね。確かに、八雲の紫や天狗の頭領は覚えていた気がするけれど」
「じゃあ、わたしも、がんばってみるよ」
「簡単に言ってくれるわね。
どうせ忘れるだろうけど、教えておいてあげる。この歌の名前は――」

 言葉を切り、此方を振り向く幽香。
 そんなタメ要らないから、早く教えてほしい。
 視線にそう思いを込めたけれど、滲んでいるので無効だろうか。

 幽香は口を開き――かけ、目を丸くした。

「ミスティア、貴女、何を泣いて……」
「うた」
「……え?」
「すごくすてきで、とってもすばらしくて……あぁ、もう!」

 少し前の、夜の言葉を撤回する。
 私の語彙は貧弱だ。
 その歌を表す言葉が、どう頭を探っても出てこない。

「ミスティア……」

 ぽろぽろと涙を流す私に、幽香は怪訝な表情を向ける。
 まさか泣かれるとは思っていなかったのだろう、何所かうろたえている様にも見える彼女は、少し可笑しかった。
 嗚咽と共に漏れる小さな笑い声に、彼女は更に困惑する。

 だけど、私が幽香に送りたい表現は、涙でも苦笑でもない。

 だから、私は幽香に送りたい感情を、無理矢理に言葉にした。



「幽香、素敵な歌を、ありがとう」



 すんすんと鼻を鳴らしながらだったけど。
 ぐすぐすと涙を流しながらだったけど。
 私は精一杯の笑顔で、感謝を彼女に伝えた。



 途端、どさっと音がする。

 いや、音がした、だろうか。
 音をたてた、かもしれない。
 それとも、音がたてられた、が正しいか。

 理解できない状況に、どうでもいい事ばかりが頭の中を駆け巡る。

 地面に触れた背中が少し痛い。
 両肩を掴んでいる両手が硬い。
 顔に届く彼女の吐息が、熱い。

 感覚が、回らない頭に回る状況を告げる。

 私は、幽香に、押し倒されていた。

 えーと。

 いや、わっかんねぇよ、こんな捕食フラグ!?
 「その礼がいいね」と君が言ったから 今宵今晩 焼き鳥記念日 ……じゃねー! 無茶苦茶にも程がある!
 あぁ、でも、向日葵の暖かい匂いと色気のある吐息の匂いがブレンドされてちょっと気持ちいいかも!?

 戯けた事を考えるが、相対する幽香はそんな事お構いなしに世界を回した。

「……ミス、ティア」
「あ、えと、な、なに?」
「貴女はさっき、口と額が痛いと言っていたけれど――」

 あんたの弾幕の所為だ。

 普段なら咄嗟に出る軽口も、今は噤まれる。
 少しでも動いてしまうと、彼女の口に触れてしまいそうだったから。
 それほどまでに、私と彼女の距離は近かった。

 一拍の間の後、幽香が続ける。



「――口と、額。どちらの方が、より痛いのかしら。教えて、ミスティア・ローレライ」



 どう返すのが、正しいのだろう。
 正誤のない質問の筈なのに、ふとそんな疑問が湧き上がる。
 湧き上がりはしたが、意味のないモノと捨て置き、私は素直に応えた。



「額……おでこの方が、痛い、かな。あ、でも、ちょっとだけだよ」



 ふぅ、と。
 小さな、この距離でさえ息が届かなければ気付かなかったような溜息を、幽香が零す。
 その理由はわからなかったけれど、何故だか肩を掴む力は微かに弱くなっていた。

「貴女は、賢さだけじゃなくて、運もあるのね」
「どういう、意味?」
「……さぁね。教えてあげない」

 その言葉は矛盾します。

 先程よりも空気が緩くなっていたので、軽口を叩こうとすると、その前に軽く額に口をつけられた。



 ……え?



「――今朝方、チルノが言っていたじゃない。
こうすれば、元気が出る……今の場合なら、痛みがマシになるんじゃないの?」



 言いながら、頭に腕を回し、そっと抱きしめてくる。
 だから、そう言う幽香の顔は、私からは余り見えなかった。
 ……微かに映った表情は、羞恥か悔悟か、悲哀か。



 その真意を問う為に、私は彼女を見上げ――「ずるい、ゆーかぁ!」――ようとしたら、元気な非難の声が耳に届いた。



 首を回すと暗闇が猛然とした勢いでこんばんは、頭と頭がごっつんごー。
 幽香の腕がするりと解けたので、私は頭を抑えて呻いた。
 因みに、私にぶつかってきた暗闇も目を回している。

 妖力全開で突っ込んでくるのは勘弁して、ルーミア。

「って、何時から見て」
「あら、たんこぶができているわね。大丈夫、ルーミア?」
「こら、言葉をかぶせ」
「うぅ、平気……だけど! ずるい、幽香! ミスチーにキスしてた!」
「ぅわ、やっぱ見られ」
「ふふ、ルーミアもしたいのかしら?」
「おい、私の話を聞き」
「うん、私もミスチーにキスしたいわ!」

「あぁぁぁぁ、もぉぉぉぉ! 私の話を聞」

「空気読みなさいよ、ミスティア」
「ミスチー、ちょっと黙ってて!」

 わ、悪いのは私か! 私だと言うのか!?

「うーん、でも、痛いって言ってた額には、私がしてしまったし……」
「う……じゃあ、もうしちゃ駄目?」

 今は頭と心が痛いとです。

「そんな顔をしないで、ルーミア。こうすれば、大丈夫よ」
「ふぇ?」
「ね、ミスティア。えいっ」

 似合わねぇ可愛らしい言い草と共に、振りかざされたのはヘビー級ボクサーもかくやの平手打ち。

「たいそん!」
「えいっ」
「らいでんっ!?」

 遠心力を利用した二発目は、伝説の力士すらも霞みそうな程の威力。

 頭が360度回るかと思った。助けて、北神!

 揺れる頭を右手で押え、よくぞ耐えきってくれた首元を左手でほぐす。
 その傍ら、首謀者のフタリに恨みの視線を向ける。
 視界に映ったのは、笑顔のルーミアと、目を細める幽香。

 後ずさりする間も与えられず、私の腕は各々一本ずつ、彼女達に掴まれた。

 右腕に発育十分な感触――「ミスティア……」。
 左腕に発展途上な感触――「ミスチーっ」。
 ここはエデン? それとも浄土?

「痛いの痛いの、飛んで行け」
「痛いの痛いの、飛んでけー」

 右頬に触れる艶やかな唇――ちゅ。
 左頬に触れる柔らかい唇――ちゅ。
 わかった、天国だ。

 ……はらしょー!
 ヘブン状態、ヘブン状態!
 大切な事なので二回言いました!
 いや、もぉ何回でも言っちゃうよ!
 おぱいもお口もおいしいねって、あっしゃっしゃ!



「ねぇねぇ、リグルもそー思何このデジャブ」



 気が付くと。
 リグルがぷるぷると震えて。
 ルーミアが飛び出してきた辺りで、立っていた。

「……いつからいたの?」
「私とずっと一緒にいたよ?」

 ぎしりぎしりと首をこぱい、もといルーミアに回す。

「……ずっとしっていたの?」
「知っていたわよ。私が歌い終わった辺りで、不自然に草が揺れていたじゃない」

 がぎんがぎんと首をおぱお、もとい幽香に回す。

 ぎしぎしがぎがぎと、首を真正面に戻す。

「……どーしてわたしはきづかなかったの?」

「そんなの」
「決まっているわ」
「私達に夢中になっていたからでしょう、ミスチー!」



「ミスチーの、ばか……」



「違、違うの、りぐ」
「何が違うのかしら。ところで、まだ頬が赤いままね」
「あ、まだ痛いのかな、ミスチー?」
「いいえ、両腕に触れるおっぱいの所為です。……じゃねぇ!」
「違うの? じゃあ、もう一度」
「痛いの痛いの飛んでけーっ」
「いえすっ、ヘブン再び!?」

 ごぅっ、と強風が巻き上がる。

 意識を向けるまでもなくわかった。
 その中心に立つのは、俯き、肩を震わせるリグル。
 彼女は小さく口を動かし、一枚の札を練り上げる。

 その声は聞き取れなかったけど、渦巻く風がその札を教えていた。

 彼女の代名詞――蠢符‘ナイトバグトルネード‘!



「ミスチーの、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 絶叫と共に札は弾幕になり、竜巻が生じる!
 勢いはそのままに、無数の蟲弾に彩られた渦が牙をむく!
 生半可なスペルじゃない、私はさっと防御陣を――

「愛しのリグルの焼餅よ。受け切ってあげなさいな」

 ――張ろうとしたら、幽香に背中を押された。
 文字どおり、とん、と。
 振り向くと、何時の間にかルーミアを両腕で抱いていた彼女。
 その口が三日月の様になろうとしていたので、私は焦り、視線を戻す。

 あら竜巻が今晩は。

「は、謀ったな、幽ぁくるまだー!?」

 渦に弾き飛ばされた私は、上体を仰け反らされて見事な弧を描いた。

 直後、力と力がぶつかり弾ける音。
 幽香はともかく、ルーミアが飛んでこない事を考えると、幽香はルーミアを抱いたまま、防御陣を展開したんだろう。
 とりあえず、巻き添えになってないようなので安心した。



 風と重力に身を任せながら、思う。

 こうやって、遊んで騒いで楽しんで、何時の日か、みんなで笑えればいいなって。

 そして、その中に、向日葵の笑顔があれば――



「うわーん、ミスチーの馬鹿! もう知らない!」



 ――よーし、綺麗に終われない。



「ま、待って、リグル! 話を聞いてー!?」



 湖上を滑る様に飛んでいくリグルの後を追う。

 ちらりと振り返ると、ルーミアはくすくす笑っていて、幽香は目を細め肩を竦めている。

 私はフタリに届かないデコピンを送り――リグルに追い付き、あわよくば抱きつく下心を胸に秘めつつ、夜空を駆け抜けた。











                       「もうちょっとだけ続くよ」







「ねぇ、幽香」

「なにかしら、ルーミア」

「おでこに、キスしていい?」

「……いきなりね。ミスティアの最後のは、ただの」

「うぅん、そうじゃないの。場所は、胸でもいいのだけれど」

「……ミスティアの悪影響かしら。駄目よ、そういうのは此処じゃ」

「幽香」

「……そう言えば、貴女だったそうね」

「え?」

「最初に、私を寂しそうと言ったのは。今は、どう見えるの?」

「ちょっとだけ、哀しそう……うーん、もっと合ってる言葉があった筈。ぅー」

「……そう。それで十分よ。じゃあ、お願いしてもいいかしら」



「うん。幽香の胸の、心の、痛いの痛いの、飛んでけ――ん」



「――哀しいのは、切ないのは、何所かに行ってしまったわ。……ありがとう、ルーミア」












                      <了>
四度目まして。

前作が割とシリアス分が多めだったので、はっちゃけました。
Extra(番外編)と言う事もあってプチも考えたのですが、同じ作品集に掲載できるなら、と此方を選択させて頂きました。
結局のところ書きたかったのは、一連のごっこ遊び(と言う名のパロディ)とミスチー・幽香に焦点を当てた後半部分です。
到る所に敷き詰めたパロディですが、全部わかる方は素直にすげぇと。大ちゃんの二番目なんて特に。

毎度で申し訳ありませんが、呼称ミス、誤字脱字等あれば、ご指摘お願いいたします。

あと。リグルはヤミません。

以上。
道標
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コメント



0.2330簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
あなたの書くみすちーが大好きです。
おでこと口、もう片方を選んでいたらと考えるとニヤニヤが止まらなくなる……!
6.90煉獄削除
このメンバーは賑やかですねぇ。(苦笑)
でも、その賑やかさが良いところかな。
ドタバタして、でもシリアスで面白いお話でした。
7.100名前が無い程度の能力削除
こんな性格のみすちー大好き。
10.100名前が無い程度の能力削除
チルノの「じーえす」と大ちゃんの「聖母様」位しか分かんないよ!
そんな事はさておき、後日談面白う御座いました。
とにかくみすちーがエロティック可愛い。
ゆっかさんとルーミアにキスされるみすちーがだんだん誘い受けにしか見えなくなってきました。
まぁいいか。
ヤキモチりぐるんは正義。
11.90名前が無い程度の能力削除
貴公の描くみすちーは実に素敵ですな。
どこの少年漫画の主人公かと!
14.60名前が無い程度の能力削除
途中のネタが全く分からなかったので点数は低いですが内容は面白かったです。
次回作も期待。
17.90名前が無い程度の能力削除
ミスティアさんの誘い受け、マジパネェっす。
酒のおつまみに最適なSSでした。ごちそうさま。

車田吹き飛び吹いた。
19.100名前が無い程度の能力削除
ゆー×みすktkr!!
しかも幽は幽でも桜のお嬢様じゃねえとか……っ!

同じ世界観で続編希望!!
21.100ROKI削除
ミスチーのシャツが鮮やかなスカーレットにならないことをお祈りしてます。
28.100名前が無い程度の能力削除
ミスチー的にリグルは『落ちないんだよっ!!!!!』ですね。分かります。
ネタが全部わかって吹いたwww
お金持ちなゆうかりんは似合うだろうなぁ。
乳!尻!ふともも!!なミスチーが最高です。エゲツナイ大ちゃんとか。

Extraあると思ってませんでしたが,続編良かったです。
次もお待ちしてます。
30.無評価道標削除
Extraは番外編と言う意味と、もう一つ。
本編の長さをクリアして頂いた方に、感謝の形として書きました。
その割に好き勝手やっちゃってますが(苦笑。

以下、コメントレス。

>>2様
もう片方を選んでいると、幽香さんが「本気」を出してしまいました。
展開としてもミスチー的にも選ばないのですが(笑。

>>煉獄様
彼女達には、どういう展開でも賑やかでいて欲しいと思っております。
それこそ、周りの者達まで巻き込むほどに。あぁ、それだとますますシリアスのみが書けない(苦笑。

>>7様
本編を読んでいないと確実に「誰てめぇ」だと思います(笑。
ですが、「ミスチーはこんな感じだったらいいなぁ」という私の願望に賛同して頂けて嬉しいです。

>>10様
ミスチー的には誘っているつもりさらっさらないですよー(笑。
リグルの焼餅は、ちょいと唐突かなと思いましたが、雰囲気に流されてしまいました。

>>11様
イイワケヲサセテクダサイ。本編でリグルや幽香さんをヒロインとした以上、ミスチーが必要以上にそうなってしまったんですorz
もうちょい可愛く書ければ、と少し後悔中。

>>14様
我儘にお付き合いして頂き、ありがとうございます(苦笑。 >>ネタ
やりたいネタは概ねやったので、次回以降は控えていこうかと。……控えられるといいなぁ。

>>17様
隠し味のビタースィートはいかがでしたでしょうか。お粗末さまです。
あれは、いいものです。>>吹き飛び

>>19様
……あ。幽々様もネタ考えてたのに、出し忘れてました。ノォォォォォ!
意外とミスチーが動いてくれるので、いずれまたご提供できるかな、と。PHANTASMではありませんが。

>>ROKI様
リグルは病みませんってば!(笑
とりあえず、幽香さんとの決着はついたので、次に一山あるとすればルーミアですかねぇ。

>>28様
もしくは、幽香さんを「私は故あれば寝返るのさ」に想定すると思います。ひでぇ。
大ちゃんがもっとエゲツナクなるお話(チルノとレティ絡めた)も考えてはいるんですが……形にならねぇです(苦笑。

以上
39.100名前が無い程度の能力削除
そういえばスターダスト~っていっぱいあるもんな
41.100名前が無い程度の能力削除
幽白ネタなんていつ振りに見たやら。
こまごまとネタだらけで楽しめました。



うおぉぉあぁおあこgじょじゃお@あ@ゆうかりんかわいいよおおおおおおおおおおおおおおおおお
44.90名前が無い程度の能力削除
刹那的だけどさw

元ネタが半分くらいしかわかんなかったけど面白かった
57.90桜田ぴよこ削除
みすちーがモッテモテ!みすちーがモッテモテ!(大事なことなので二回言いました)
ああもうかわいいなぁみんな!!
60.100名前が無い程度の能力削除
風見幽香からは逃げられない・・・
至極の名言かもしれない・・・