[はじめに]
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 E-3
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【 F-3 】
「いくぜ!天儀『オーレリーズユニバース』!」
御柱の墓場に、星が瞬く。
そこでは人間二人が神に挑むという激戦が再び始まったところであった。夜の闇に負けない黒い帽子を躍らせ、箒を駆り、金の髪の少女が煌く。
小休止を挟んだ後、先手を打ったのは魔理沙だった。体力・魔力共に先程の休憩で十分に回復しているのをいいことに、開幕早々にスペルカードを宣誓する。
彼女の声に喚起されるように、四つの球体が彼女の周りに展開された。白く丸い玉が、箒に跨る彼女の周囲をまるで衛星のように浮かび、回る。
「さて、先制打!これはどうだ!?」
彼女の意思に呼応するかのように、周回を続ける衛星たち全てから一斉に弾が放たれた。
それらは単体をもって、十分に過ぎる量の弾を吐き出していく。まるでマシンガンの砲門を一気に四つ装備したかのようだ。単純に手数が四倍になったと考えていい。
流れ弾が湖面に当たり、水飛沫を飛ばす。間断無く降り注ぐ様は、まさに弾雨と呼ぶにふさわしかった。まともに喰らえばひとたまりもないだろう。
まともに喰らえば、の話であるが。
神奈子は右手を翳して弾幕を展開し、それを襲い来る弾幕に叩きつけた。
彼女は手数の増加に怯むことなく、相変わらず、先程と同じことをあっけなくやってのけてみせる。
どれほど弾数は増えようと、顔色一つ変えてはいない。
「ふん、さっきも同じモン見せられたんだ。もう驚かんぜ。それなら――――」
周りを取り巻くオービットが斉射を止め、代わりに衛星のひとつひとつに力が込められてゆく。それまで放っていた光を取り込むように、球体が白く輝きを放つ。
「コイツはどうだ!!」
魔理沙が叫ぶと同時に、四基の砲塔の全てからレーザーが照射された。その光線の軌跡は、ひとつの例外なく、一直線に敵へと向かい――神奈子を微動だにさせる間も許さず、光の筋のままに直線上を呑み込んだ。
四本の光はそのまま湖まで届き、水柱を巻き上げる。魔力光と言えど確かな熱量を持っており、ボシュゥゥゥという蒸発音とともに気化した水分が煙を上げる。
レーザーの光は長くは残らず、光の尾を引き、消えていった。
宙に巻き上げられた飛沫がバチャバチャと音を立てて湖へと還ってゆく。
雨のように降り落ちる水滴。そして消え行く白光から浮かぶ影は――――
「オイオイ……マジかよ…………」
飛沫が引く。そこには神奈子と――先程までは無かった四本のオンバシラ。
高さ、太さ、ともに人一人ほどもある大きさの柱が四本、彼女の前に立ち並んでいる。それぞれは隙間を持ってならんでいるが、その後ろには魔理沙の魔法を通していない。
御柱の影にいる神奈子は、薄く微笑んでいた。
防御……あの一瞬で!?
魔理沙が一瞬愕然とする。その刹那、思考に被さるタイミングで声が響いた。
割り込むようにして、早苗が魔理沙の前に立つ。
「次は私です!!開海『海が割れる日』!!」
そう発するや否や、ゴゴゴゴゴッという地鳴りのような音が響く。
彼女の幣の動きに従うようにして――湖が割れる。
通常、彼女の持つ同名のスペルにこれほどのエフェクトは無い。海に見立てた弾幕で周囲を覆い、相手の選択肢を削る、程度のものである。
だが、彼女の宣誓によって引き起こされたこの事態は、もはや“弾幕ごっこ”の枠に留まるものではなかった。
海に見立てて実際に割れた湖は、その体積を変えないように、割れた幅に対して高さを変える。足下の湖がバックリ割れた神奈子はそのまま、あっという間に湖の谷に挟まれる形になっていた。
明らかに普通の“弾幕ごっこ”に発揮すべき力を超えている。それはさながら、モーゼの振るった奇蹟の業。
「……スゲェ……――――」
魔理沙はただ絶句していることしかできなかった。
目の前を浮かぶ現人神の、本気の奇蹟を起こす力を見せつけられて、舌を巻きながら――静かに、歯噛みしながら。
目の前の相手に集中している早苗は、もちろんそんな魔理沙の様子に気づくことなく、攻撃を始める。彼女から飛び出す弾の矢が、神奈子目がけて飛んだ。
湖を割る、という派手な演出にもかかわらず、弾幕自体は普通だった。ごっこ遊びのスペルカードと、やることは一緒。
神奈子はそれを相殺することもせず、全て紙一重で躱していった。
その動きは早くもなかったが、それでもだいぶ余裕を持って避けられてしまっている。完全にパターンが読まれているのだ。言ってしまえば身内同士の戦い、それも当然だろう。
つまり、ここで一泡吹かせるためには、意外性が必要だ。相手が予見することのない、思考の外からの攻撃。
早苗が幣を一振りする。
一般的な形とは言い難いそれは、まるで魔法の杖のように、奇蹟を起こす。
「―――――――――ッ!!」
神奈子は一瞬息を呑んだ。
両脇にそびえる水の壁の中から、今まで避けていたのと同じ弾の矢が飛び出してきたのである。
片側から三つずつ、左右あわせて計六つの矢は、標的を囲むように角度をつけ、ほぼ同時に迫る。どれかに焦点を合わせれば、どれかが必ず死角から飛んでくる。ほぼ全方位をカバーする、容赦の無い同時攻撃。
確かに、これは完全に神奈子にも予想外だっただろう。現に、観戦していた魔理沙は、ただのデモンストレーションだと思っていた水壁を目くらましに使うとは予想だにもしていなかった。
神奈子は迫る弾を前に、逡巡する。
――うん、この子も随分逞しくなってくれたもんだ。幻想郷に連れてきたことを後悔した日もあったけど……この子なら大丈夫みたいね。
神奈子は窮地に立たされているにもかかわらず、小さく笑みをこぼし、
そして、呟く。
「……神祭『エクスパンデット・オンバシラ』」
囁きに近いほどの呼び声に応じるかのように、足元から魔力が迸る。
それらは柱状の力の塊となり、神奈子の周囲を取り囲むように発現すると、早苗の放った矢を悉く掻き消した。真下から当てられた同以上の力に、早苗の弾は雲散霧消する。
それだけでは終わらない。
湖の底から湧き出すように生えてくる御柱は、次々と割れた湖の水壁に沿って伸びてゆく。それぞれにかなり巨大な柱だ。神殿などの石柱に近い。
次々と、次々と、次々と、それぞれに隙間無く、水壁一面に突き立てられてゆく。
「なっ――――――!?」
早苗が驚嘆の声を上げる頃には、御柱はまるで堤防のように間断無く生い茂り、せりあがった水壁を覆い尽していた。
水一滴通しそうにないほど、ギッチリと御柱で埋められている。これではもう、先ほどのような奇襲は撃てない。
早苗はあまりの事態に、思わず自分の周囲を見渡してしまう。
不意に視線が神奈子から外れる。
「甘いよ――――」
神奈子が手を翳すと、一瞬にして早苗の四方を取り囲むように御柱が現れ、いとも容易く彼女は動きを封じられてしまった。
動きが止まり、意識が外れた時点で、もう“詰み”はかかっていた。
ただ一度。たった一枚のスペルカードで、状況はあっけなくひっくり返されていた。
いや、ひっくり返された、というのは誤りかもしれない。神奈子からすればこの程度、ピンチの内に入っただろうか……。
「…………っ。――参りました……私たちの負けです……」
事はここに至り、形勢は完全に決していた。
目の前の神との――自らの信仰の対象との力の差は、もはや覆せないほど明らかになっている。ここからどう足掻いても、神奈子に冷や汗ひとつかかせることは不可能だ、そう思わざるを得なかった。
神奈子が、翳した腕を下ろすとともに、全ての御柱は音も無く消えた。それを見て早苗もスペルを解除する。彼女の力で無理矢理維持されていた湖の谷は崩れるように流れ、激しくぶつかり、飛沫を上げ、緩やかに収束してゆく。
「ふぅ……お疲れさん。詰めは甘かったけど、なかなかいい攻めだった。早苗も力をつけてきてるねぇ」
ここで早苗の敗北は決定した。
彼女はそのことに、悔しさ二割、嬉しさ八割という複雑な心境だった。
この神様がどれほど本気だったかはわからない。だが、本気をもって挑むことができた。
誰にも言ったことのない、予てからの願い――“幻想郷で、思う存分に力を振るう”。
その相手に神奈子を選んだことは早苗自身思い切ったことだったと思っていたが、結果としては予想以上に楽しかった。まずそれが嬉しい。
だがそれよりも、神奈子が――自分の仕える神が――これほどの力を持っている、ということをこの目で確認できたことの方が、はっきりと嬉しかった。
幻想郷には力ある妖怪たちがたくさんいる。
でもきっと、神奈子様ならそんな妖怪たちに遅れはとらないハズだ。
そう信じていたし、今それを確信に変えることができた。
神奈子様なら、吸血鬼だって、亡霊だって、蓬莱人だって、圧倒してくれる。
そう強く思えたことが、心底嬉しかった。
だから早苗は、勝負に負けたにもかかわらず、さほど悔しそうには見えない。
そんなところが、つまり、“彼女”と“彼女”の、違いなのかもしれなかった。
「――おいおい、勝手に終わらせてくれるなよ?私はまだ負けてないぜ」
すでに肩の力を抜いて神奈子と向き合っている早苗の後ろから、声がする。その声で我に帰り、早苗は振り返った。
そこには不適に笑う人間の魔法使いがひとり。
彼女の言葉の意味も、彼女が笑っている意味も、早苗には、その時ひとつも解らなかった。
「え……いや、だって……魔理沙さんもスペルカードは破られた、っていうか効かなかったじゃないですか。それに……見てましたよね?私の風祝の力を使ってもダメなんですよ?力の差は歴然じゃないですか。どうやっても、“私たち”じゃ敵いませんよ」
「言ってくれるなぁ。オマエはどっちの味方だよ」
魔理沙は苦笑いでそう返し、
「それでも――“私は”敵わないとは思ってないぜ」
そう、言い放った。
彼女の表情からわかる。見栄や虚言ではなく、魔理沙は本気でそう言っていた。
早苗は思わず言葉を失う。今日だけで何度目かになる呆然を感じていた。
――いや、どうみても決着はついているじゃないですか。牽制弾はおろか、スペルすら通じなかった相手と、これ以上戦っても勝ち目なんて無いですよ。
口にはできず、ただ頭の中でだけ言い返す。
「まさか神奈子までもう終わり、だなんて言わないよな?」
魔理沙は早苗の反応など気にも留めず、直接神奈子に尋ねた。
そうですよ!神奈子様、言ってやって下さいよ!
そんな思いが露骨に込められた視線で、早苗も振り返り神奈子を見る。
だが彼女の返事は、早苗の欲しかった言葉とはほど遠いものだった。
「ふふ、それこそ“まさか”でしょ。私は売られた喧嘩を買わないほど、大人しい神様じゃないよ」
神奈子は薄く笑いながら返す。
その目は、明らかに本気だった。
「ちょ……神奈子様まで!こちらはもう降参しましたよ!?」
「それはさっき聞いた。でも私は早苗の分しか聞いてない。魔理沙にまだ戦う意思がある以上、この子にはその権利がある。でしょ?」
「それは……そうかもしれないですけど……でも神奈子様だって勝負にならないことは判ってるじゃ――――」
「こら、待ちな」
その言葉を言い終わる前に、魔理沙の声が割り込んだ。
まるでそれ以上を言葉にするのを、許さないかのように。
「それは聞き捨てならんな。たかがスペルが一枚ダメだったくらいで、そこまで言われる筋合いは無いぜ」
憮然として言い放つ。
その反論に神奈子も乗り、
「それは魔理沙の言う通りだね。いくら同じチームだからって、勝手に見切りをつける権利は無いよ」
完全に二対一の形になっていた。それもなぜか早苗が孤軍。しかも挟撃。
彼女一人でこの二人を言いくるめるなんて、それこそどう頑張っても無理な話だった。
「~~~~ッ!!なんですか!心配して言ってるのに!もう、知りませんっ!!勝手にやって下さい!ケガしても知りませんからね!!」
早苗はもはや半泣きに近い声で思いっきり叫んだ後、黙ってフヨフヨと魔理沙の後ろへと下がっていった。
考えてみれば、今夜一晩通してこんな感じだった彼女も相当可哀相である。
「へいへい、っと。そんじゃま、承認もいただけたようだし、またやらせてもらうぜ」
下がる早苗と入れ替わりに前に出つつ、魔理沙は口を開いた。
気に入らない、ということをあからさまに表情に出している早苗とすれ違いながらも、彼女には後ろめたい気持ちなど、微塵も無かった。
選手交代とばかりに前に進み出る魔理沙と、頬を膨らませながら下がっていく早苗とを両方視界に入れながら、神奈子は腕を組み、小さく唸り声を上げていた。
「うーん、“同時に相手してやる”って言ったのに、いつの間にか一対一を二回になってるねぇ……せっかくなんだから二人で連携技とか……せめて同時にスペル使うくらいのことすれば良かったのに。まぁ、アンタたち二人ならこっちの方が“らしい”のかもだけどねぇ」
心底残念そうに吐き出す。攻勢の止んだ湖の上で、神奈子の言葉がよく響いた。
神奈子は、拗ねて背を向けている早苗をチラリと盗み見る。
目の前では、魔理沙が不遜に笑っているだけだった。
「ほぉ~?私らひとりずつじゃ不足だってか?」
「まぁそれもあるけど……」
「そこはそんなことないって言えよオイ」
「それより、せっかく早苗が私や諏訪子と別グループにいるんだから、たまにはこう、さ。普段接点無いヤツら――特にアンタみたいな人間の子とも仲良くやって欲しいなぁ、って」
「うわぁ……神様に心配されるほど人見知りなのかよ……巫女としてどうなんだ、それ…………」
「うーん、あの子は小さい頃から友達作るのが苦手な子でねぇ。よく言えばビジネスライクというか……付き合いが浅いっていうか……そりゃあもう、昔っから諏訪子と一緒に色々心配してて――――」
「って、ちょ……ちょっと!!神奈子様!?きゅ、急になに言い出してるんですかっ!!」
後ろに下がった早苗が悲鳴を上げるようにして神奈子の話を遮った。先程までの仏頂面もどこへやら、今は恥ずかしさと焦りで顔を赤くしている。
「ふ、二人でかかってこいって……そ、そういうことだったんですか!?」
「うん。いい機会だし。ほら、“あっち”にいた時も私たちにかかりっきりで、なかなか他の子と遊ばせてあげられなかったし、“こっち”来たら来たで、山の妖怪たちとばかり仲良くなってさぁ。いや、ヤツらが悪いとは言わないよ?けど…………ねぇ?」
「母親か、オマエは……」
しみじみと語る神奈子に、魔理沙が冷ややかにつっこむ。
早苗だけが、落ち着かない声でただただ叫んでいた。
「い、いくら神奈子様でも余計なお世話ですっ!!別に心配していただかなくても大丈夫ですからっ!!」
「えー、でも…………」
「ででで、でもも何もありませんっ!!ないんですっ!」
半泣きになりながら叫ぶ早苗と、
えー、と口を尖らす神奈子と、
なんだかなぁー、と眺める魔理沙とで、湖の上は混乱状態だった。
その時――魔理沙はなにか閃いたように、指をパチンと鳴らした。
彼女がこの手のリアクションを取った時は、だいたいロクでもないことを思いついた時である。彼女のことをよく知る者は、必ずそう言うだろう。
「……これは使えるな」
夜空に小気味よく響くその音に、神奈子と早苗は同時に魔理沙の方を見た。
「なぁ神奈子、ひとつ賭けをしないか?」
魔理沙はおもむろにそう切り出した。
この手の提案をしている時の彼女は、本当に楽しそうだった。いかにも悪そうなことを考えているような、ニヤニヤとした笑い顔が浮かんでいる。
「まぁ賭けってほどのことじゃないさ。もし私が負けたら、この三日間、責任を持って早苗と他の連中を取り持ってやろう。もちろん私も仲良しこよし。なんならその後も保証するアフターサービス付きだぜ」
「ふむ、なかなか魅力的な…………」
「神奈子様っ!!」
「で、アンタが勝ったら?」
早苗のツッコミに反応はせずに、魔理沙と神奈子は二人で話を進めてゆく。ここに来て彼女は再び蚊帳の外だ。
「――私が勝ったら……は、特に思いつかないから別にいいぜ」
神奈子の問いに、魔理沙はケロッと言い放った。
彼女の性格からして、この発言こそ間違いなく異変クラスだった。彼女のことをよく知る者は、必ずそう言うだろう。
「なんだいそりゃ?負けた場合のリスクだけ背負うのかい?」
魔理沙の性格を十分把握していない神奈子もさすがにこの提案を訝しんでいた。言い出したのが魔理沙でなくとも普通に怪しい提案だ。当然である。
「あぁ、そうなるな。……ただし!この勝負に乗るなら条件がある。これが私のリターンさ」
そう、ここからが彼女にとっての褒賞。
負けた場合のペナルティを背負ってでも、達成したいもの――――
「神奈子、これからやる私との勝負に本気を出せ」
これが、彼女の望み。
過程と報酬を同時にこなす提案。
神様とのガチンコ勝負――人間には過ぎた望みとも言えるそれを、この程度の提案で叶えられるか……ある意味魔理沙にとってそここそが賭けだった。
そんな魔理沙の言葉に、神奈子は意識的に纏う空気を変える。
“本気を出せ”という言葉がどれほどの重みを持っているのかを、肌で感じさせてゆく。
「……正気で言ってるのかな、人間の小娘。さっきまで手も足も出なかった人間が、本気を出した私に勝てるとでも?」
重く、冷たく、圧迫感のある空気。神の無慈悲さを象徴するかのような、そんな雰囲気だった。気の弱い人間なら、その場で平伏してもおかしくないような威圧感を帯びている。
それに気圧されないように、魔理沙は瞳に力を込める。
「まさかだぜ、カミサマ。おまえの力に人間が敵うかよ」
「ならば、問おう。――なぜ神の力と見えることを望む?」
その神奈子の問いに、魔理沙は思わず小さく笑いを漏らす。
「私は、私の望むままに動いている……とだけ言っておくぜ」
自信ありげな笑みを小さく口許に浮かべながら、魔理沙は堂々とそう返す。
だが、彼女の全てが全て、自尊で満たされているわけでもなかった。
箒を握る手が汗ばむのを感じる。
“身の程知らずが”
“おまえは充分強いよ。そんな無茶する必要ない”
“相手が相手だし、退いても恥ずかしいことなんかないぜ?”
心の底では別の彼女が、悲鳴に近い警告を叫び続ける。
――アホなことを言うもんじゃないぜ、私。神奈子でさえ……通過点にしてみせろよ。
衝動が全てを凌駕する。
湧き上がる理性の悲痛な叫びを全て握り潰すように、彼女は掌に力を込める。
「……私にゃ、ちょっとした目標がある。夢と言ってもいい。それを達成するためにも――おまえは前哨戦になってもらうぜ!神奈子!」
彼女は高らかに叫び、そして神を見据える。
少女の身体に、小さな心。それを尊大な態度でコーティングしてでも、彼女は大きな口を叩いてみせる。
金の瞳が、月光の中で輝く。金の髪が風になびく。
一瞬の静寂、そして、
「―――ふふ、あはははははははははははっ!!」
それを破る大笑。
暗く底なしのような湖面を揺らすかと思うほど、愉快で仕方ないという笑い声がこだまする。
「ふふ……面白い。呑もう、その提案」
神奈子がそう言ったのを確かに聞き、
「お受けいただき、感謝しますわ」
魔理沙もニヤリと笑い、わざとらしく謝辞を述べる。まだ手足の感覚が失われている気すらするが、それどころではない。
「そんな回りくどい提案をしてまで、私とやり合いたいと。そして、私と戦うことですら、前座にすぎないと」
「無礼と断ずるかい?」
「まさか。それほどの大志を抱いていることを、他人ながらに嬉しく思うよ」
「お褒めに預かり光栄だぜ」
「……勇んだ子だ。これに応えずして、何が神か」
ふふ、っと笑い声が尾を引く。
魔理沙の示した条件は、実はまったく対等ではない。
魔理沙に勝利報酬は無いが、彼女の目的は過程の時点で達成されるのだ。勝っても負けても、魔理沙はまったく損をしない。逆に神奈子側は、負ければひとつもメリットが残らない。
だが神奈子にとってはそんなことなど、どうでもよかった。
笑みが消せない、それくらい楽しげな人間を前に、全てはあまりに瑣末だ。
魔理沙も笑う。彼女の心臓は早鐘のように鳴っていたが、自らの決意の前に、それはあまりにも些細だ。
そんな二人のやりとりを目にしながら、早苗はまだ言葉を失っていた。
口を開く材料はいくらでもある。魔理沙が自分をダシにしてぬけぬけと交渉していたこと。神奈子がなぜかその提案に乗り気なこと。
だが、彼女の頭を巡るのは、そのどちらでもなかった。
――――『私との勝負に本気を出せ』――――
口から出ない言葉に喉を詰まらせそうになる。
彼女の脳裏でこの言葉が響き続ける。
彼女は――この魔法使いは、全力での勝負を望んでいる。
それが、“相手が神でも”なのか“神だから”なのかはわからない。
わかっているのは、相手に全力を出させ、それに全力で挑む、そういう戦いをこそ、彼女が望んでいるということだけだ。
つまり、
――これは……………私と同じ…………………?
早苗の幣を握る手に、人知れず力がこもる。
――もしかしたら、私の願いはこの魔法使いを相手にしても……叶うのかもしれない――。
「さて、何で勝負する?さっきと同じ感じでいいかい?」
「いや、もう日の出も近そうだ。こっちの予定で悪いんだが、夜明けまでには帰るんでね。ウチのリーダー様がお日様に弱いせいで。……ってことでタラタラもやってられんからな、お互いのスペルを同時に使っての一発勝負、ってのはどうだ?」
「いいんじゃないかな。好きに決めな」
「オッケー。じゃあそれでいくぜ」
魔理沙は神奈子との打ち合わせを終えていた。
戦いはもう、すぐに始まる。
魔理沙は箒に跨り距離を取る。
神奈子はそんな魔理沙をじっと眺めつつ、動かない。
二人の距離は自然と広がる。
早苗ももはや何も言わない。
黙って今いる位置から横によけ、黙って魔理沙の横顔を見つめた。
「そんじゃ行くぜ!!風神だろうがなんだろうが!私の魔砲で吹き飛ばしてやるぜ!!」
「吠えるね、魔法使い!神の力、甘くないと知れ!!」
二人は叫ぶ。
そして宣誓する。
一撃で雌雄を決する、この勝負に相応しい、彼女の全霊たる弾幕を。
魔理沙は懐から魔導具を取り出す。
八角形をした拳大ほどのそれの名は“ミニ八卦炉”。かつて森近霖之助に作らせた道具であり、魔理沙の虎の子とも言えるマジックアイテム。
それを神奈子に突きつけるようにして構える。
目を閉じる。
意識を集中させ、魔力を集約し、八卦炉へと集束させる。
炉に灯が燈る。
溢れんばかりの魔力が、その小さな箱に渦巻いてゆく。
「――――喰らえ」
魔理沙はゆっくりと目を開き、
「恋符――――――!!」
その力の名を、高らかに叫ぶ。
「『マスタースパーク』!!」
八卦炉に押し込められた、膨大な魔力が溢れ出す。
恋色――七色の魔法は混ざりあい、白い光を放つ。
夥しい量の魔力の粒子による高威力・広範囲を覆う極大のレーザー。全てをなぎ払う破壊力特化の一点集中弾幕。
術者自身の性格をよく反映しているかのようなこのスペルこそ、魔理沙の持つ数々のスペルカードの代表格であり、魔理沙を、霊夢と並ぶ“幻想郷の異変解決者”と言わしめるほどの存在へと引き上げた、最強クラスの武器。
放たれた魔砲は、その衝撃波だけで湖に再び大きな波を起こし、そのまま一直線に標的目掛けて突き進んでゆく。
眩い光が、夜の闇を掻き消す。射線上だけでなく、周囲までを煌く光で照らし出す。
「はっ!魅せるじゃないか、魔法使い!」
今度のレーザーは、先程撃ったものとは威力が桁違いだ。御柱の防御結界をもってしても防ぎきれないかもしれない。
しかもこの決闘のルールは“スペル一枚の撃ち合い”である。
つまり、神奈子は、この高威力スペルに対し、真っ向からぶつかり、それを力でねじ伏せなければならない。
「これは私も、礼を以って返さんとな!」
魔理沙渾身の魔砲が、あと一歩、神奈子へと届くかという刹那、神奈子もスペルカードを宣誓する。
片手を突き出し神託のごとく、その力につけられた名前を呼ぶ。
「『マウンテン・オブ・フェイス』」
彼女から、後光が差した気がした。
その声が引き鉄となり、彼女の背中から色とりどりの弾が伸びた。
射出されるわけでもなく、それらは美しい曲線を引きながら、幾重にも重なりあって広がってゆく。そして息つく間に、それらの弾が織り成す紋様が、まるで魔法陣のように形成される。
これで準備は完成した。
まるでマントラのようにして彼女の背後を飾る弾幕郡から、続々と弾が放たれる。
薄く、平らに、まるで小刻みな壁のような弾が無数に神奈子の目の前へと広がってゆき、群れをなして白い光の塊へと突っ込んでいった。
白光煌めくレーザーとぶつかりあう。
夥しい魔力同士がぶつかることで生まれる炸裂音のような音が、絶え間なく湖上に響き渡った。
激しくぶつかり、散り、光と音と衝撃を生んでは、次の弾が飛び込んでゆく。
壁のように広がる弾幕は、さすがにそれ単体で魔理沙の魔砲を止められるほど大きくも強くもない。
しかし無数に放たれたそれは、ひとつが白い魔力に呑み込まれる前に次の弾、さらにそれが光に消える前にまたひとつ――そうして重なり合うように迫るレーザーを押しとどめていた。
ここに、二つのスペルは完全に拮抗した。
神の力と拮抗状態まで持っていくほどの魔砲を放っている魔理沙は、自らを讃えるでもなく、神奈子の持つ力に改めて奥歯を噛みしめた。
――ちっ!コレでもすんなりいかないとはな……さすがカミサマ、ってか?
また、あれほどの魔力光の塊を数で押しとどめるという法外な力を使っている神奈子も、己の力に驕ることなく、魔理沙の放つ力に改めて感心をしていた。
――ふむ……これで押し返せないとは……人の身にしてよく練り上げたもんだ。
この均衡は、互いの、互いに対する評価を上げていた。
向かい合わせで放たれたスペルは、神奈子の目の前あたりでほぼ停止している。
「ふふ、さすがだよ魔法使い!この私に向かって啖呵を切るだけはある!なら――――」
神奈子が右手を振り上げた。
「もう少し本気を出そうか!!」
弾の速度が上がり、まだ上がり――さらに上がってゆく。
それは目に見えて、一段階……二段階は上がっているだろう。まるで気が狂わんばかりの速度。完全に弾幕が“発狂”しているようだった。
魔砲を止めようと重なりあう弾が密度を増し、厚みを増してゆく。ひとつが光に呑まれる前に、ふたつ、みっつと飛び出し、勢いに任せて白光を押し返す。
魔理沙はその事を、自らの弾幕を介して知った。
反動が増してゆく。弾幕ごと自分の体が押し返されそうなほどだ。
マズい…………っ!!
そう思い、八卦炉へと魔力を足すが、微々たる変化も無い。
それもそのはず、はなから全力でこのスペルを放つ魔理沙に、もはや追加でスペルを強化する余地など、残されてはいないのだから。
すでにスペル同士の均衡は破られた。
ジリジリと這い寄るように、削り取るように、神奈子のスペルが魔理沙の魔法を押し返してゆく。魔理沙の額にはうっすらと汗が滲む。
力負けしていることも問題だが、もうひとつの頭痛の種――それは持続時間である。
恋符『マスタースパーク』は、魔理沙の持つスペルの中では屈指の破壊力を持つ高威力武器なのだが、それ故、支払う魔力代償も大きい。特に今回はこの一撃で勝負をつける気だったのだ。予備魔力なんて残してはいない。
この間にも魔理沙の放つ魔砲は削られてゆく。
そして、その魔砲を放っていられる時間も無くなってきている。
すでに状況としては逆転。神奈子のスペルを、魔理沙が押し留めている形になっている。
その時間が少なくなってきているということは、つまり――――
「こりゃ……キツイぜ」
誰にも聞こえないような小さな声でそう呟いた。
もうこれ以上、スペルを維持できないところまで来ていた。
極大範囲のレーザーは、次第に細くなってゆく。力を失ってゆく魔砲を喰らうように、神奈子の弾幕がみるみるとレーザーの長さを縮めている。
そして――ついに彼女の虎の子の魔砲は、明るさを増してきた空に消える。
攻めぎあう相手を無くした神奈子のスペルが、一気呵成に魔理沙へと殺到した。
魔理沙は素早くミニ八卦炉を懐にしまい、箒の柄を握り直すと、目の前の弾幕から目を逸らすことなく、回避行動に移る。
彼女は、まだ諦めてはいない。
魔理沙にはもう勝ちは無いことは明らかだ。
“スペル一本勝負”で、こちらの放ったスペルが破られたのだから、ここは潔く負けを認める所だろう。
しかし、それでも。
彼女はタダでは負ける気など、サラサラ無かった。
往生際が悪いと笑われようと、このまま何もせずに敗北を決められるなど、彼女は許せない。
――こうなりゃ、このスペルを避け切る!!
箒に跨り、迫る神奈子の弾幕を正面から見据え、そこで彼女は、戦慄する。
はやっ……………………。
以前にも見たこのスペル、明らかにあの時以上の速力である。
弾が風を切る音が轟々と響く。その音だけで、身の危険さを感じることに余りある。徐々に速さを増してゆく、“発狂弾幕”。
目の前に広がる弾はすでにトップスピードに入っているようだった。
「うっ――そっだろ!!」
魔理沙は舌打ち混じりに迫り来る弾を避ける。
気が狂わんばかりの速度で飛んでくる弾を、紙一重とは言え避けられる彼女は流石と言えた。右に左に、上に下に、彼女は箒を強く握り、延々と続いてゆく弾の波を掻き分ける。
だが、
――お、おいおいおいおいおいおい!!マジかよ…………!?
『マウンテン・オブ・フェイス』は、また速度をひとつ上げる。
さっきまでがトップギアだったわけではない。いや、再び跳ね上がった今のスピードですらトップスピードではないのかもしれない。弾幕が象る紋様の真ん中に立つ神奈子の顔には余裕がある。
これが、神の力。
「やってくれるぜ…………くそっ!」
魔理沙も回避行動の回転を上げる。もはや残像が残りそうなほどの速度で、彼女は慌ただしく上下左右にと動き回る。
遠心力で身体が持っていかれそうになる。目の回る速度で小刻みに動き脳が揺られる。
魔力を使っての飛行だ。続けている今身体がダルい。元よりほとんどエンプティ。考えている暇など無い。
足先を弾が掠める。痛い。血が出る。
終わりは、すぐにやってきた。
迫り来る弾の壁のひとつを潜り抜ける。次を見据える。
見据えるまでもなく、それはすぐに目の前まで来ていた。
ついに、捕まる。
力の塊が魔理沙にぶつかり――そして炸裂する。
魔力が弾け、その残滓が煙のように彼女を覆う。その爆煙目掛け、続け様に二発、三発と弾が消えてゆき、煙はさらに広がる。
ズドンッ、ズドンッという重い音だけが、鈍く続いてゆく。
それを確認した神奈子がおもむろに腕を払い、『マウンテン・オブ・フェイス』は、彼女を囲む美しい紋様ごとすぐに消え去った。
それだけの動作で、あれほどの力が姿を消す――それは人為的に生まれた災害のようですらあった。
弾幕が止むと同時に、煙の中からなにかが落下してゆく。
湖面へ向かって真っ直ぐに落ちてゆく、黒い塊――――
「魔理沙さんっ!!」
それは人の姿だった。
魔理沙が力なく落下している。気を失っているように、手足をダラリと、しかし、その手で箒の柄をしっかりと握り締めていた。
神奈子が再び腕を振り、魔理沙を拾うようにして御柱を飛ばした。湖へと落ちてゆく彼女の下へと先回りし、絶妙にクッションを取りながら、巨大な石柱が彼女の落下を止める。
一歩間違えばトドメにもなりそうなその救助も、神様は顔色一つ変えずにやってみせていた。
「だ、だ、大丈夫ですか!!えっと――こういう時は、えっと、あれ、いや、」
柱の上で横になる彼女は、ピクリとも動かない。早苗が慌てて近寄るも、さすがの彼女も軽くパニックになってしまっていた。
なにぜ魔理沙は、まるで死んだように動かない。
「落ち着きなよ早苗。命に別状はないから大丈夫だって」
泣き出しそうな声を上げながら魔理沙のそばで取り乱す彼女を余所に、ゆっくりと近づいてくる神奈子はあくまで冷静だった。
そう、早苗からすれば、信じられないくらいに。
「神奈子様こそ……なんで落ち着いてるんですか!?この人は人間ですよ!さっきみたいな力を直接当てられたら――――」
「死んでてもおかしくない、か。大丈夫、死なないよ。たぶん」
「なにをそんな無責任なっ!!」
神奈子はすっかり明るんだ空を見上げ、
「――この結界は優秀だ。これなら確かに、余程の無茶でも死にはしないさ」
「それ……ってなんのこと――――」
そこで不意に、
「――――うっ―――………」
御柱の上に寝かされた魔理沙が、苦しそうな声を上げた。
顔を歪めながら、ゆっくりと目を開く。確かに彼女は、ちゃんと生きていた。
「魔理沙さん!!大丈夫ですか!?」
その声に、早苗はすでに瞳に涙を満たしていた。鼻の奥がツンとするのが、自分でもわかる。
「あ…………早苗か…………」
魔理沙はゆっくりと開いた瞳で、早苗を見上げていた。金色の瞳が胡乱に輝いていたが、次第に意識がはっきりとしてゆくのが、早苗にもわかった。
「…………ってことは…………私は負けたのか……」
そう呟く魔理沙を、神奈子も早苗の隣で覗き込んでいた。
「あぁ、私の勝ちだね」
神奈子は微笑み、そしてきっぱりと、そう言い放った。早苗が思わず睨むようにして振り返る。
だが、当の魔理沙はと言えば――――
「ちぇっ、負けたか……やっぱり力を隠してやがったな……」
そう言って、笑い返していた。
早苗を挟み、彼女たちは笑い合う。そこに恨み辛みなど無かった。喩えるなら、小さい子供がゲームの勝敗を確認しあっているという風ですらある。
早苗には、まだ、ここで笑いあえることが解らない。
さっき見せた神奈子の力、それは本物だ。遠くで見ているだけの早苗でも、それは感じ取れた。一歩間違えば死んでいてもおかしくないほど――いや、人間ならほとんど無事ではいられないだろう。
そう、彼女も自分も人間なのだ。この幻想郷で、もっとも脆弱な種族。人間。
にもかかわらず、目の前の“人間”はそんなことなどお構いなしに笑っている。
危機感が無いのか?自分は死なないとでも?それとも自らの命に見切りを?
だが――その笑顔からは、そのどれも感じられない。疑問は拭えず、早苗の心を縛る。
「――くっ、アイタタタタ……あー、こりゃすぐには動けんな」
「しばらく寝てけば?」
「いや……帰るぜ、紅魔館に。一応今回の寝床だしな。……早苗、悪いけど肩貸してくれないか?」
「あ……はい。いいですよ」
魔理沙はどうにか起き上がり、早苗を呼んだ。身体に刻まれた傷が痛むのだろう。起き上がるその動作だけで、彼女は顔をしかめていた。
早苗は御柱の上にしゃがみ込み、魔理沙へと背中を向ける。
「……肩貸してくれりゃいいんだけど」
いぶかしむように、魔理沙が声を上げる。
「そんな状態じゃ飛べませんよ。っていうか肩借りてどうやって箒で飛ぶんですか?おぶっていきます」
「えー…………みっともないからヤだ」
「ワガママ言わないで下さいっ」
そう早苗に咎められ、魔理沙はしぶしぶ早苗の背中におぶさる。
その様子を見て、神奈子だけがケラケラ笑っていた。
「あれ、あんたが早苗の世話してくれるんじゃないのかい?」
「……うるさいぜ」
早苗の背中にすっぽりと収まりながら、魔理沙は小さな声で反論する。もっと大手を振って言い返してやりたかったが、彼女の身体は言うことを聞かず、大人しくおぶさっていろと反旗を翻していた。
「ふぅ、もう夜明けか……今日はもうお開きだね」
神奈子は笑みを湛えながらに呟き、大きく伸びをしてみせる。
「うーん……よし。じゃあ帰ろうかね」
「そうしましょう。でも、その前に――神奈子様。……ひとつよろしいですか?」
早苗は魔理沙を背にしたまま宙に浮かび、神妙な顔で神奈子を見据える。
「先程の結界のお話…………詳しく伺いたいのですが」
【 SAY GOOD-NIGHT 】
「あ、やっと来ましたね」
“御柱の墓場”を出た早苗たちが神社に戻ってくると、彼女たちをひとり待っていたチームメイトの声で迎えられた。
「お疲れ様です。魔理沙さんはこっぴどくやられたみたいですね~」
二人を待っていた美鈴は、そう言って彼女たちの方に寄ってきた。
早苗におぶさりながらの魔理沙は、さすがに恥ずかしそうにしながら、
「うっさいっ……他のヤツらはどうしたんだよ」
ぶっきら棒に訊いた。
「もう夜明けですからね。先にお帰りになりましたよ。それに……ケガ人も結構でましたから。無事な人はその人たちを連れて帰った方がいいってことになりまして……で、お二人がまだ戦ってるみたいだったんで、私が伝令役で残ったんですよ」
美鈴の説明に、
「それはわざわざありがとうございます」
と礼を述べ、そこで早苗も気づいた。
「……って、門番さんもだいぶケガしてるじゃないですか」
「そーだそーだ。人のこと言えないじゃないか」
早苗の心配に乗っかる形で魔理沙のヤジが入る。もちろん背中に乗っかりながら。
「まぁ……早苗さんの背中の人よりは無事みたいですね。少なくとも、自分の足で歩けますし」
美鈴はニヤッとした笑顔を見せて、すぐさまそう返した。ふふふ、という意地の悪い声を上げる姿は、彼女にしては珍しい。
「ほぉ……喧嘩なら値段も見ずに買うこの魔理沙さんに向かっていい度胸だぜ」
「日頃侵入されてる仕返しですよ。アナタが無断で入ると私がメチャクチャ怒られるんですから」
それに、背中におぶさってる人に言われても怖くありませんしね、そう言ってニヤニヤと魔理沙を見る。顔を紅くし必死に睨む魔理沙を見て、完全に面白がっていた。
間に挟まれる形になった早苗は、小さく溜め息を零して、
「はいはい。お二人ともそこら辺にして……とりあえず私たちも帰りましょう」
このままでは収拾がつかなくなりそうだったので、まとまらない話に無理矢理終止符を打つ。
にもかかわらず、
「ん、そういや、ここは敵の本陣だろ?そいつらはどうしたんだ?」
魔理沙がまた雑談で混ぜっ返し、
「あぁ、なんか私たちのチームは全員ここに萃まったんですけど、ここのチームの人はあんまり帰って来なかったんですよ。それで、ケガでもしてたら、ってことで探しに行ったみたいですね」
止せばいいものを、美鈴がその雑談を律儀に拾っていた。
「あぁ……なるほどな……」
魔理沙はキョロキョロと辺りを見渡して、本当に誰もいないということを確認した。
神奈子のチームには、“特に”今のこの姿を見られたくない手合いが“二人”いるのだ。
――あいつらにこの情けない恰好を見られた日には、何を言われるかわかったもんじゃない。それだけは絶対に避けたい……っていうか避ける!
「お喋りは帰りながらしましょうよー。私さすがにもう眠いです……」
「その通りだな!さっさと帰ろうじゃないか!そう、さっさと!」
「この姿を霊夢さんとかアリスさんに見せなくていいんですかぁ?」
「黙っとけ門番!あとで覚えてろよ!」
「はいはい。じゃあ帰りましょうか……我らがホームへ」
言いながら、彼女たちは境内から飛び立った。ゆっくりと飛翔し、紫色に染まっているような、不思議な朝焼け色の空を飛ぶ。
彼女たちを見守っていた月の光は、太陽の出番を感じて薄く消えてゆく。
幻想郷の一日がこうして始まり。
彼女たちの一日が、こうして終わりを迎えた。
ここに紫の企画した遊び――後に『忘暇異変』と呼ばれる三日間――その一日目が終了した。
参加した少女たち、そして戦場となった妖怪の山は、眠りにつく。
それぞれに刻んだ傷を抱え、まどろみの中でそれを癒すために。
上る朝日と入れ違いに、彼女たちは眠る。
これから続く、この異変に備えて。
わずかな時間を、こんこんと。
※
「あら、お疲れ様。わざわざこっちに寄ってこなくても良かったのに」
「何か言いたげにずっと空から眺めてたクセに、よく言うわ」
「別にあなただけを見てたわけでもないんだけどねぇ。せっかく焚きつけたのに、戦闘があったのがお山だけなのだもの」
「……いいんじゃないの」
「そういうわけにもいかないわ。――ご存知の通りね」
「――はいはい、わかってますよ」
「まぁ……まだ一日目。これからが楽しみね」
クスクスという笑い声が響く。
それを聞きながら、霊夢はただただ、物憂げな顔のままだった。
to be next resource ...
やっぱり魔理沙が張り合いたい相手って霊夢なんだろうか。
二日目は竹林組も積極的に動くんだろうか。期待したいところ。
まだ動かしてないキャラが半分以上いますし……そこら辺は次以降でガツガツ使っていきます!
個人的には前になにかで見ましたが、あんまりあるパターンじゃないかもですね。