Coolier - 新生・東方創想話

目覚めの時間

2014/08/30 10:47:15
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 夢を視たことはなかった。
 日中、特注の棺の中で瞼を閉じる時。
 私に訪れるのは、一時の『死』のような物で。
 穏やかに沈む感覚と、微かな喪失感だけが、胸を満たした。

 そして、世界に暗幕が引かれれば。
 天空に浮かぶ月をバックライトに、『蘇る』のだ。

 だから。
 夢など視ようはずもなかった。

「どうしたの?」

 でも、ね。
 膝を抱えて蹲る彼女に出会った瞬間。
 睡魔に引きずり込まれるような、抗い難い感覚に襲われて。
 痩せ細った小さな身体を抱き上げた時には、いつの間にか、夢の世界に引きずり込まれてしまったのだと気が付いた。




「咲夜」

 勝手に考えて。
 独断で決定した名前で呼びかける。

「はい」

 素直に頷いてくれる彼女。
 現実味なんて、感じることは出来なくて。
 やっぱり、夢なのだ、と。

「眠れないの?」

 でも、たとえ。
 此処が、私にとっては夢の中だったとしても。
 目の前には、脳裏に焼き付いた忌わしい記憶に追われながら、夢の中に逃げ込むことも出来ずに、目の下に黒いくまを作った、彼女が居たから。
 抱き寄せて、その首に腕を回して、頭を撫でた。

「おやすみ」

 囁けば、彼女の瞼が落ちていく。
 私の夢の中で、彼女はどんな夢を視るのだろうか、なんて。
 そんなことを考えた。




 彼女の目の下からくまが消え去った頃。
 笑顔で彼女はこう言った。

「幸せな夢程、早く覚めてしまいますね」

 それはとても軽やかな声で。
 目覚めと共に消え去る夢の世界を、惜しむ気持などは感じ取れなかった。

 私は、彼女の瞼を手で覆って、囁いた。

「おやすみ」




 繰り返し、繰り返し。
 ただ、夢中である為に。




 吸血鬼のくせに、真っ昼間から出歩いて。
 木の葉が自然の日傘になってくれている木陰に、彼女と並んで腰かけた。
 ふと、頭の高さが近くなったなと思う。
 腰の骨が曲がって。
 随分と、彼女の背は縮んだ。

「もう、すっかり夏ね」

 溢した言葉に、答える声はなかったが。
 頷く気配を、感じたから。

「……」

 骨ばって皺が刻まれた彼女の手を少し強めに握って、言葉を続ける。

「かき氷パーティでも開きましょうか。ああ、でも、去年も似たようなことをしたから、今年はもっと別のこともしてみたいわね」

 そして、来年はこうして、再来年はああして。
 私は語る。語り続ける。
 そんな私の、どうしようもない『夢物語』を、遮るように。
 繋いだ手が、弱々しい力で、握りしめられて。
 しゃがれた彼女の声が、鼓膜を揺らした。

「お嬢様」

 とても、小さな声だった。


「――……おやすみなさい」


 傾いだ身体。
 彼女の頭が、僅かな衝撃と共に、私の肩に乗る。
 色が抜け落ちて、銀から白に変色した髪の毛が、数本舞った。

「咲夜?」

 呼びかける。
 しばらく待つ。
 ――……返事は、なかった。

「……」

 時折吹く風が、葉擦れの音を響かせながら、時間を連れ去る毎に。
 触れた彼女の身体から、熱が引いていった。
 時間の経過に合わせて、向きを変えた陽射しのせいで、影の位置も移動して。
 彼女と繋いだままの私の手も、日光に照らされる。
 じりじりと焦がされていく痛みと共に、立ち昇った煙が、青い空に吸い込まれて消えていくのを見詰めながら。
 そっと、呟いた。


「おはよう」


 彼女と過ごした、束の間の時間は。
 とても素敵な夢だった。


 ――……でも、夢は覚める物だから。

 ご読了、ありがとうございました。

 ※挿絵の貼り方やサイズ等教えていただいた作家スレの方々に心から感謝します!
鬼灯
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コメント



0.790簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
良かったです
6.90奇声を発する程度の能力削除
この雰囲気良いですね
7.100名前が無い程度の能力削除
レミリアにとって正に夢のような時間だったのですね。
「おはよう」が胸にきました。
8.100名前が無い程度の能力削除
おやすみ、メイド長
おはよう、吸血鬼
11.100名前が無い程度の能力削除
良かった
久しぶりに挿絵付きって見た
13.100絶望を司る程度の能力削除
良い夢を、メイド長。
16.90名前が無い程度の能力削除
雰囲気が好きです。良かったです。
挿絵も自作なのでしょうか。ほっこりします。
19.無評価名前が無い程度の能力削除
ボタン押しすぎて間違えて10点押してしまった…100入れようとしてました…
24.100名前が無い程度の能力削除
今回の作品も良かった。
あなたの描く東方キャラクターが大好きです。