[はじめに]
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 O-2 O-3 O-4
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【 Q-2 】
あぁ、神処に風は吹く――。
妖怪の山、守矢神社の境内。そこには四つの影があった。空の天辺にある月が照らすそれらの影は、身長に比する程度にそれぞれ短く伸びている。
真っ黒い夜空にミラーボールのように輝く月が、神と神と、人間と人間。神と人の区別無く、平等に影が浮かべている。影だけを見た時、どれが神の物でどれが人の物だかわからないだけに、それらはどうしようもなく平等であるようだった。
その影の持ち主、四人分の視線が入り乱れ、四人分の意識が交錯する。
「さて」という声が、その絡み合うような意識を切断した。
「そんじゃ、やってやろうかしらねぇ」
神奈子は目を瞑りながら、コキリと首を鳴らす。
ゆっくりとした動作で簡単に体をほぐすその動きからは、明らかな余裕が感じられる。
「あらら、神奈子~。ナメてかかると痛い目見るよ~」
そこに諏訪子が茶化すようにして声を上げる。
そう言う彼女にも、緊迫感というものはまったくと言っていいほど感じられなかった。
「別にナメてかかるつもりは無いさ。相手は二人、うち一人はリーダーに指名されてるくらいだからね」
「しかも、“私のチームのリーダー”だよ?大事なことだから、覚えておくよーに」
「大事なことかねぇ」
「大事なことだよぉ」
そんな二柱のやりとりが交わされる。輝夜と妹紅は、黙ってそんな神たちのやり取りを眺めていた。
簡単に場所を移し、今彼女たちは境内の真ん中辺り。
向かい合うというには距離を多めに取り、二柱と二人は対峙していた。
「まぁ……そう言っても、相手は人間のお嬢様たちだからね。いくら結界の中とは言え、そうそう無茶もしてやれんさ」
「ねぇ?」と口には出さずに、二人の少女へと視線を向けた。
“あなたたちも、それを承知の上でしょう?”そう言わんばかりの顔で、静かに佇んでいる二人を見る。驕りなどではなく、彼我の力の差を考慮しての折衝。神奈子の中では、考えるまでもなく当然の発言だった。
だが、二人の少女は肯定とは言えない顔をしていた。特に妹紅。
彼女たちは共に、神奈子の言葉の意味をわかっている。当然、神奈子がその言葉を発した意味、というものも理解しているだろう。
にもかかわらず。特に妹紅は明らかに。納得のいかない表情のままでいた。むしろ、程度からすれば不満であるように見える方が大きい。
目の前の神の力と自分たちの力の差をわかっていない彼女ではない。
むしろ分かっているからこそ、彼女はこうして、神奈子を訪ねてきたのだから。
だから、言い返すべき言葉も決まっていた。
「――ま、神奈子の言いたいこともわからないではないわね」
だが、そう言って口を開いたのは、輝夜だった。
妹紅が声を上げようとしたタイミングで、被せてくるようにして彼女は口を開いた。
僅かに険しい顔をしている妹紅とは対照的に、彼女は薄微笑を湛えている。
「わかってるけど、方針を決定する前に……ちょっとこれを見て貰おうかしら」
二人の神へと視線を向けたまま、彼女はどこからか、一本の棒を取り出した。それをわかりやすいように、顔の横でヒラヒラと動かしてみせる。
彼女の声と、手元のそれに神奈子たちが興味を示したのを確認し、輝夜はニコッ、と口の端を持ち上げた。
輝夜の手にあるもの――蓬莱の玉の枝。
銀の根を張り、金の茎を伸ばし、真珠の実をつける幻想の宝。彼女の出した、五つの難題の一。
千年近く前に彼女が出した五つの難題で、彼女の元へと奉じられた唯一本物の宝。
だから彼女は、千年前にある男性から貰ったこの宝具を今でも大事に持ち歩いていた。
この宝を送った男の子孫が、それを口実にして自分を殺しに来るように。
蓬莱の玉の枝を二人の神に見えるようにかざす。ヒラヒラと目の前で踊らせ、充分に注意を引いてみせる。
その動きに、二柱の視線が萃まる。隣の妹紅も横目で流し見ていることが輝夜には伝わっていた。
それら全ての視線を楽しそうに受け、彼女はおもむろに、蓬莱の玉の枝をヒラヒラと動かす動きを止めた。
そしてそのまま、その枝先を――おもむろに隣の仏頂面へと突きつける。
目の前の観客と、実験台の少女が疑問符を浮かべるのでさえ、ほとんど一瞬だけだった。
キュンッ!と短く高い発射音を響かせて、蓬莱の玉の枝から魔力光を迸らせる。
「……は?」
思わず、諏訪子が突拍子も無い声を上げてしまっていた。丸く大きな目を、そこから出来るだけ大きく見開いてしまっている。
声こそ上げていないが、隣の神奈子のリアクションも似たようなものだった。
彼女たちのリアクションは間違っていない。
現に目の前に、突拍子も無い事実をつきつけられているのだから。
彼女たち二柱の目に映るのは、輝夜と、蓬莱の玉の枝と――首から上の無い、妹紅の死体だけだった。
蓬莱の玉の枝から放たれた紅い光の弾が、突きつけられた先にあった妹紅の頭を、いとも簡単に吹き飛ばしていた。
ニコニコと笑う輝夜の隣には、頭を失った死体がフラフラとしながら立っている。蓬莱の玉の枝からの光弾の衝撃だろう、平衡感覚を司る頭が完全に消え失せたことで、体はユラユラと揺れたままだ。
弾の軌道に乗っていなかった長髪の端が、ファサッと静かに地面にしな垂れ落ちる。
ぽっかりと頭だけが欠けた人間というのは、ひどく美的バランスに欠け、不恰好だった。
自分たちに戦いを挑んだ人間たちが、目の前で片割れの頭を吹き飛ばした。
その事実に思わず言葉を失う――が、言葉を失っている間にも、彼女の眼にはまだ不思議が飛び込んでくる。
頭を失った、ヒトだったはずのものが、モゴモゴと蠢く。正確に言えば、その本体が動いていたわけではなく、元々頭を乗せていた首の部分が、特にユラユラと震えているのだ。
僅かにそうして揺れている首から、何か細い紐のようなものが飛び出し、ヒュンヒュンとうねりだす。
人間の頭以外が首から生えているという絵面は、相当にグロテスクだったが、そんなことを感じる暇などほとんど無い。
幾本も生えたそれが覆いかぶさるようにして、何かを形作ってゆくのが解る。
そしてすぐ――口に貯まった唾を飲み下すころには、そこに、死体は無かった。
「ふぅ……」
口から息を吐き、さきほどの神奈子と同じように首を鳴らす妹紅の姿が、再びそこにあった。
さっき頭を吹き飛ばされたこと自体が幻であったように、彼女の顔は何も変わっていない。
地面に落ちていたはずの髪の毛も、いつの間にかそこから消滅している。
神様でなくとも――いや、神様であっても、目の前の光景を前に、自分の頬をつねりたくなる気持ちでいっぱいだった。
「おまえ……やるならやるって言いなよ。あー、首痛い」
まるで何事も無かったかのように、妹紅は口を開いていた。傷があったなどとは誰も思わないような、さっきまでの完璧な状態で。
先ほど跡形もなくなった首をコキコキと鳴らし、跡形もなくなった口から、文句を言い、跡形もなくなった目で輝夜を睨んでいる。
むしろ頭が丸ごと消失したことの方が、事実ではなかったかのように。
「ご覧の通り。私も同じことができるわ。痛いから私はやんないけど」
ただ呆然とする神様たちに向かって輝夜が微笑みかける。
神奈子たちのリアクションにも、人の頭が消し飛ぶ光景にも慣れていると言わんばかりに、彼女もまた、何も変わらない笑顔のままだった。
「ま、そういうことで。……私たちを人間とは思わない方がいいわね。一応括りとしては間違ってないけど、残念ながらそんな素敵なイキモノじゃないの」
半ば自嘲気味な調子でそう告げる。その言葉自体に妹紅は文句は無いようで、輝夜と並びながら二柱を見据えていた。
死ねる――輪廻を巡り、転生に思いを馳せる人間とは、すでに違う“生物”である、二人。
リーインカーネーションから弾き出された彼女たちは、不死人――“蓬莱人”。
「なるほど、ね……話には聞いてたけど、こうして目にするのは初めてだよ」
「だねぇ~……幻想郷ってば、やっぱり不思議なトコだわぁ~」
二人の神様は思い思いに口を開き、同じような感想を述べていた。
いくら神と言えど、これほど完璧な“永遠”を前にしたのは初めてのことだったのだろう。
これほどのことを可能にする、術なのか、薬なのか、機械なのか、二人は詳しくは知らない。
知らなかったが――彼女たちが同時に思うことは、そのどれでもなかった。
「まぁ、何が言いたいかは解ったけどね~。ただの“人間相手”以上の力を出して戦え、ってことでしょ?そのために頭吹き飛ばされた方は可哀想だ」
諏訪子はからかうようにして小さく笑った。
「まったくだよ。次はこいつの頭を吹き飛ばしてやってくれ」
「やぁよ。着物が汚れるわ。こう見えて、血も涙もあるのよ」
そうして話をしている様子を見るだけなら、二人はあくまで、ただの人間のように見えた。
年端もいかぬ、ただの少女――不死などという“枷”さえなければ。
だが、それはただの空想論でしかない。
彼女たちは、不死まで含めて、蓬莱山輝夜と藤原妹紅でしかないのだ。
そうして三人がゆるい会話を繰り広げている隣。
残りの一人は、一人だけでも、その場の空気を変える圧を放っていた。
一瞬だけの間を置き、空気が音よりも早く緊張感を伝える。
「神秘……『ヤマトトーラス』」
なんの前振りもなく、突然神奈子がスペルを宣誓していた。
瞬く間に展開される弾幕。彼女の背後から放たれる弾幕は、まるで水流のようだった。
青みかかった弾の色と、それらが一方向へと統制された動きをしているところがそうであり、人間たちを無慈悲に丸呑みにせんと迫る様子も、まさにそのままだった。
神奈子の放った水流は、諏訪子と彼女の間を通って二人の少女に襲い掛かり、彼女たちを取り囲むようにして、ぐるりと一周、輪を描く。
まるで大蛇のようにして流れ出した弾たちは、二人を中心に渦のようになっている。すでに放たれた最初の一滴がどれだかは見てとれない。
だが、目視できない弾幕流の先頭は、確実にその輪を縮めていた。誰が見ても明らかなほどの速度で輪が狭くなってゆく。
気づけばすぐ――妹紅たちが立っていられる場所などほとんどなくなっていた。
彼女たちはそのまま飲み込まれる前に、真上へと飛翔した。自分たちを取り囲んで展開しているのだから、逃げ道は当然そこしかない。
軽い調子で地面を蹴り、飛び上がったタイミングは間一髪。
すでに水流のような弾幕群は、一拍前まで妹紅たちがいたその場所をすでに埋めていた。
とぐろを巻くようにして輪を狭めていた水流はその中心部まで到達すると――そこから真っ直ぐ上へと吹き上がってゆく。
妹紅たちを狙って、というよりは、貪欲に空いている空間へと殺到しているだけのようでもある。
自然現象のようにも見えるし、どこか意志があるようにも取れる。まさに神から放たれた力、そのものであった。
そうして足元から巻き上がる水柱のような弾幕へと、妹紅は手をかざし、叫び返していた。
「不死!『徐福時空』!」
真下へと向かいスペルを宣誓する。彼女の声に応じるように、長い壁状の弾幕が、地面へと降り注いだ。
壁に阻まれた弾の水流は、やはり水のように、壁にぶつかると素直にそのまま弾かれてゆく。
神奈子のスペルが勢いだけで弾壁を壊し、妹紅のスペルが防波堤のように弾の波を止める。
しばらくもその状態を続けていると、すぐに下からの弾の方が先に消えていった。
弾幕の長蛇が連続して生まれてはいないことは確認していたため、妹紅は下でとぐろを巻いている分を頭から尻尾まで相殺しきってみせたのだと確信する。
自らのスペルが地面まで届くのを確かめ、妹紅もスペルを解除して再び地面に足を下ろした。
「――なかなか、手荒い開幕じゃない」
妹紅と同じ行動を取っていた輝夜が、地面に着地するとともに言った。
妹紅は何も言わず、目の前で右手を突き出した神を見ていた。
「やるならやるって言って欲しかったなー」
右手を肩の高さに上げたままの神奈子を流し見ながら、諏訪子も口を尖らせる。
彼女の声にも振り向かず、神奈子は抑揚を抑え、口を開く。
「……今のを避けられるんなら、まぁそれなりに力はあるのかもね。“永遠”を歩む者なだけある」
最後の一節に力を込めてそう言うと、神奈子は右手を静かに下ろした。
どこかその瞳が孕んでいる色が、さっきまでとは少し違っているようにも見える。
彼女の目に映るその感情がどんな意味のものか、隣の諏訪子だけが、ちゃんと解っていた。
「ギリギリどうにか競る程度に大人しくしてようかとも思ったけど――止めたよ。あんたたちには、ちゃんと火遊びの危なさを伝えてあげなくちゃあいけない」
輝夜と妹紅を見る神奈子の瞳には、すでに火が灯っているようになっていた。
その様子を横目で見て、やれやれ、と諏訪子も零す。
「――ということみたいだから。覚悟してね。こうなったら私が手を抜くわけにもいかないんだ~」
そうして彼女も気持ちを切り替える。
諏訪子の瞳にも力が込もるのが見て取れる。
二柱は、神。それに相応しいだけの圧力を放ち、月だけが照らしている暗い境内の空気を丸ごと震わせていた。
乾が揺れる。
坤が震える。
人に向けられるには過分な神の圧力が、二人の少女にだけ、向けられていた。
だが、その気配に二の足を踏むような様子は、少女たちには見られなかった。
「なんだかわかんないけど、望む所ね。これでやっとそれらしくなってきたわ」
「癪だけど、同感だね。こうなってくれないと意味が無い所だった」
輝夜と妹紅は互いにそう言い、どちらともなく、笑った。
怯む様子は無い、必要も無い。
これは、彼女たちが望んだ光景だったのだから。
ここでようやく、彼女たちの“戦い”が始まる。
唯一奇妙なことに、向かい合う二組の思惑は、
まったく逆のベクトルであり、
まったく同じベクトルのものでもあった。
【 Q-3 】
「……山が騒がしいわね」
「ね。神社だけじゃなくて、山の中にも……。また、昨日みたいなのが入ってきてるのかな……」
「そんなこと解るんだ~。神様ってスゴ~イ」
「そんなんで感心しちゃダメよ、お姉ちゃん。私たちだってここに届く重低音が拾えるじゃない」
「それもそうね。スゴくな~い」
「ちょっと!わざわざスゴくないって言いなおすのってどうなのよ!?」
「みんなスゴい、でいいんじゃないかしらねぇ」
「スゴくな~いねぇ~」
「プフォ~」
「……うぅ……ここ五月蝿い……私まだ寝てたいのにぃ……」
五人の騒ぐ声が、守矢の神社の一室に響く。
本来なら別の部屋から聞こえるはずの声たちが、今夜に限っては全部一緒くたになって聞こえていた。
これまで各部屋ですら騒がしかったのが、ひとまとめ。すでに騒々しいどころの騒ぎでは無くなっていた。
だが、何かが壊れるような騒ぎにはなり得ない。
なぜなら、そこにはケガ人だけが固められていて、その部屋にいる者はほとんど手当てを施されて、寝そべっていることしかできないのだから。
「ぐぅぅ……大声出したら……キズに響く……」
「あらあら。はしゃぎ過ぎよ、穣子」
一際大きな声で騒いでいた秋姉妹の妹を、姉がたしなめる。
神様とは言え、怪我はする。痛いものは、痛い。
「あははー!この神様はやっぱりアホなのかしらねー!――ぐう、ぅぅぅ……背中痛い……」
「リリカもアホねぇ~。ププォォ~」
寝っ転がりながら穣子を指差すリリカが痛みに体を震わせるのを、姉のメルランがトランペットを吹いてからかっている。
彼女たち騒霊は、手を使わずに楽器を操ることができるのだ。寝たままの恰好だろうがなんだろうが構わない。
彼女たちは皆、朝になって味方たちに回収され、手当てを受けると、この部屋で寝かされていた。
そして体の自然回復に合わせるようにして、皆、昼間はコンコンと眠っていたのだ。
おかげで今、彼女らの瞳はギラギラと冴えている。とてもじゃないが、大人しく寝てはいられない。
大いに昼寝した彼女たちの目は冴えきっていたが、残念ながら体を動かせるほど回復はしていない。
結局、覚醒した意識を疲れさせるためには、お喋りに華を咲かせるしかないのだ。
「あ――――っ!もう!うっさいよ――――――っ!!今だけ寝かせてぇぇ――――っ!」
ここにいる誰よりもケガの程度の重いミスティアが、体のそこかしこに包帯を巻きながら全力で訴えていた。前夜に戦ったキズが最も深いのが、彼女だったのだからそれも当然だろう。
普段なら気にならない騒がしさも、だが、まだ比較的体のガタが収まらないミスティアにはいい迷惑だった。
――うぅ……私はまだ寝てたいのに…………。
いつもならこの手の騒々しさには血が騒ぐ彼女でも、その身が弱っている時は話が別のようである。
そこにカラリと、襖の開く音がする。
「ほら、騒がないの。お水持ってきたけど、飲みたい人、いる?」
騒がしい室内に、静かに通る声がした。
声量も大きなものではなかったが、その声は、実妹たちは元より、秋姉妹たちすらも大人しくさせる効果を持っていた。
聞くものを沈静化させる“欝”の音を奏でる彼女は、その声音にも同じような力を乗せているのかもしれない。
そんなプリズムリバーの長女ルナサは、ケトルに入った水をお盆に持ちながら部屋の入り口に立っていた。
昨夜の戦いの時点で比較的症状の軽かった彼女だけは、幸いにも今ではこうして動けていた。
だがそんなルナサですら、袖から伸びる腕には包帯が巻かれている。
彼女も、無傷では済んでいない。
上体だけ起き上がらせながら水を受け取る少女たちは、各々に昨日の夜を思い起こす。
ほとんど悪夢のような、あの暗い夜の山の様子を――――
「――ルナ姉は出かけないの?」
不意にリリカが口を開いた。
ぼんやりと、小さなコップの小さな水面に視線を落としている。
「……私もケガしてるんだけど」
「でも動けないことはないじゃない。私たちの世話しなきゃ、って思ってるんだったら出かけてもいいよ?」
そんなリリカの声に、少し困ったように眉根を寄せながら――ルナサはゆっくりと首を振った。
「――いいの。私はもうこのイベントは満足したから。結局よくわからない萃まりだったけど、大怪我してまで……怖い思いしてまで、私は戦いたくないから」
ポツポツと、にわか雨が降るようにして響く彼女の音は、雨が大地を湿らせてゆくように、ゆっくりと部屋中へと浸透してゆく。窓の外の優しい雨音のような、彼女の声音。
「ルナ姉らしいわ~。――私も、もう結構満足かな~」
「まぁ私らはやっぱり演奏会の方が向いてるわよね」
楽団のリーダーであり、姉妹の大黒柱であるルナサの言葉を受け、二人の妹たちが真っ先にそう頷いた。
「……私たちも、もうパスね。あんな痛い思いするのなんか、当分ゴメンしたいわ」
でも結局一回も勝てなかったのがなぁー、と零す穣子と、
「私は初日に雷で、二日目に吸血鬼よ?私の方がもっとゴメンしたいわよ」
もう勝てなくてもいいわよ、と返す静葉も同じく、これ以上の参戦は辞退していた。
「やっぱり、そうなるよねぇ……。わざわざ痛い思いしに行く、ってのもね。一日目みたいなのなら、人間襲ってるみたいで面白かったんだけどなー」
ミスティアも追従しながら、一日目のやり取りを思い出す。
――いや、まぁあの時も負けたけどさっ。
「一日目は確かに面白かったね!私たちも普段あんなに凶悪な音出さなかったから楽しかったー!」
「あれはいいセッションだったね。他のみんなも連携できてたし、いいビックバンドだった」
「どっちかと言うとコミックバンドだったけどね~」
「…………なんでこっち見て言うのよ!?」
「穣子、結局いつ逃げたのかしらね?」
「だから!言ったじゃない!あの時ね――――」
少女たちはワイワイと騒ぎながら、ここ数日を反芻していた。
すでに彼女たちの中では終わった、この“異変”を。
紫の理屈ならば、“妖怪らしい力の振るい方”を一日目で済ませていた彼女たちは、元より“暇”の発散は事足りていたのかもしれない。
フランから大鉈を振り落とされ、ケガをしているのは後からの理由にすぎない。
彼女たちの戦いは、ある意味初日で完遂していたのだから。
殺伐とした、平和な、幻想郷の妖怪・幽霊・神様たちは、もしかしたら、この“異変”の第一達成者たちと言えるのかもしれない。
だが、夜はまだ続いている。
自らの許容する“力”を振るいきれていない“暇人たち”が、夜の闇を跋扈する。
その持ちうる力をもって、素敵な“暇つぶし”を――――
それぞれに、この“異変”を完遂せんと、夜の山は、まだ揺れる。
※
「ただの宇宙人だとばっかり思ってたんだけど……まさか不死人だったとはねぇ」
神奈子は半ば呆れるような調子で口を開いた。
そのままに空を舞い、乱雑に弾で埋まった空間で翻る。様々な弾が飛び交う音が響く中でも、彼女の声ははっきりと聞こえた。
「あれ、言ってなかったっけ?結構今更じゃない、それ」
神奈子の声音に左右されることもなく、輝夜はいつもの調子でのんびりと応えてみせる。
「てっきり私のことは知ってて妹紅のことを知らないだけかと思ってたから、こいつの頭を吹き飛ばしたんだけど。――まぁ、私の不死を知らないってわかってても、同じことをやっただろうけど」
ヒラヒラと、弾の空を舞う。
すぐ近くを飛んでいる妹紅が睨んでいるのも軽く無視し、手にしたスペルカードに力を込める。
それまで放っていた紅と青の弾幕を中止し、新しい弾が彼女の周囲に展開された。
いくつかの弾幕射出の起点を放ち、そこから、五色の短レーザーが発射される。
五色――それぞれ五行の色。
『ブリリアントドラゴンバレッタ』――無数に生まれ、煌く光を放ち、夜の空を斬り進む。
レーザー光が、神奈子の元へと飛来してゆく。
「……どんな理由があろうと、不死に身をやつすのは馬鹿のすることだよ。そんなに永遠が生きたかったのかい?」
彼女へと光が届く前、そして届いてそれを避ける間、神奈子が重く口を開いていた。
それは――彼女の、“神”としての嘆きそのものだった。
身を躱し、それでもまだ飛んでくるレーザーへと、彼女もスペルを呼び出す。
「贄符『御射山御狩神事』」
彼女の周囲に、弾が生まれる。
ザラザラザラッ、と弾倉を体に巻きつけるように、彼女をぐるりと取り囲む。
銃は必要ない。弾はそのままに、弾幕として射出されてゆく。
丸い弾と、尖った弾。
指向性を持ち、大雑把に、真っ直ぐに、目の前のレーザーを押し殺しながら、輝夜へと雪崩れてゆく。
そんな神奈子の様子を横目で見ながら、もう一人の神も呟いた。
「そこで理由を尋ねないとは……めっずらしー。神奈子が熱くなってるねー」
意識は神奈子へと向け、無意識は目の前の弾へと向け、声は自分にだけ向けていた。
そうして独り言も呟ききり、諏訪子は空いたもう一人の不死へと、『洩矢の鉄の輪』を展開し、差し向ける。
多数の輪状の弾が、無作為に飛ぶ。
だが適当に放っているように見せて、その実、それらは妹紅へと確実に狙いを定めていた。
「へぇ、よっぽど私らが気に食わなかったみたいだね。カミサマも大変だ」
自らに飛んでくる鉄の輪を前に、妹紅はカラカラと笑う。
その手にはすでに魔力が充填済。
名を呼ぶこともなく、放ち――『ウー』が弾を斬る。
三本の爪痕を残し、弾を四つに分ける。そのままに諏訪子へと、まだある他の鉄の輪へと、止まることなく進んでゆく。
こうして夜の境内は、弾で溢れていた。
四人がそれぞれ、思い思いに弾を撃つ。
明らかな過剰供給のために牽制の段階で飽和していた空間は、四人がスペルを放つことでその密度のピークを迎えていた。
溢れ出した弾が境内の石畳を破壊する。紅い鳥居にも弾が当たり、漆が剥げる。
境内から見える範囲の木々は、もうかなりの数を被弾している。
その中で、守矢神社の本殿だけは、最初のままの姿でいた。こうなることを予測した神奈子が、戦闘が始まる前に簡易の結界を張っていたのだ。
だが、それもどこまで保つものか、彼女にもわからなかった。
神が直々に張ったものとは言え、その神様自身も戦っているのだ。
――湖に行けば良かったのにぃ。
こっそりと、諏訪子はそう思っていた。
「ま、神様に懺悔できるほど、大層な理由があって不死なわけじゃないしね。――ねぇ、妹紅?」
輝夜はそう言って、おもむろに話を振った。
“敵ではない”程度の意識の共有のもと、隣で戦う彼女へと。
「あ?私ゃ復讐目当てだったよ?」
「あれ、そうだっけ?」
「おまえ――――」
そうして妹紅が意識を逸らしたところに、諏訪子の弾幕が流れた。
気づいた時にはすでに目の前、避ける暇など無い。
『鉄の輪』――諏訪大戦にて使われた鉄輪を象ったその魔力の塊は、標的へと届くと、そのまま盛大に爆散した。
一つが当たるころには、無数が殺到し、魔力の炸裂に妹紅は丸ごと呑み込まれてゆく。
「あら、ご愁傷様。あ、それにね神奈子。ひとつ誤解が――――」
彼女が言い終わる前に、神奈子の弾幕も敵弾を食い散らし、輝夜へと爆ぜた。
神性を帯びた粒子が散り、彼女のいた場所を煙らせる。
「人のことを言ってる場合かい?」
「容赦無いねぇ~」
空を睨む神奈子の声と、鳴るように楽しげな諏訪子の声が通る。
そこに――
「いい気味さ。もっと殺っちゃっていいよ」
いつの間にか、すでに元のカタチに戻っていた妹紅までもが、声を並べていた。
二人の神の予想を超える回復速度に、思わず彼女の方を見る。
傷を与えられた記憶など無いかのように、彼女はすでに、新しく弾幕を展開している最中だった。
紅蓮の炎のような魔力をまとい、辺り構わずにその熱を撒き散らしている。
そして妹紅へと傾注している僅かな間に――途切れた彼女の声も、再び続く。
「――ひとつ、誤解があるわ」
煙を薙ぎ、輝夜が再び空へ浮く。
彼女の姿も元のまま。夜の闇に溶けるような黒耀の髪を揺らし、月光のような笑みを湛えている。
その手に振りかざす蓬莱の玉の枝に呼応するように、別のスペルが現れる。
「私たちは、永遠に生きてなどいないのよ。永遠に“死なない”だけ。“死なない”イコール“生きている”ではないの」
彼女がそう言い終わるのを合図にするかのように――――
妹紅の熱が臨界を超える。
「不滅!『フェニックスの尾』っ!!」
輝夜の持つ玉の枝、その紅玉が光る。
「神宝『サラマンダーシールド』」
呼吸を合わせたかのように、タイミングはほぼ同時。奇しくもともに炎の弾幕。
互いに狙う神へと目がけ、境内の三次元空間を往々に紅く、視界の全てを弾で燃やす。
「源符『厭い川の翡翠』――面白そうな話だねぇ~」
「天竜『雨の源泉』――言葉遊びは嫌いじゃないんだけどね」
輝夜と妹紅のスペルを前に、神奈子と諏訪子も新しくスペルを宣誓する。
アイコンタクトすら無しに息を合わせ、同時に水流を模す弾幕を顕わす。目の前をカーテンのように降る神奈子の弾幕と、横に奔りカタチを崩す諏訪子の弾幕で、二人は 迫る炎弾を打ち消してゆく。
弾幕同士がぶつかり、弾ける音が響く。
夜の山全域にまで届きそうな、激しく鳴るその轟音の中にあっても、
「言葉遊び、でもないんだな、これが。残念なことに、私たちにとっては笑えるくらいに現実的な話なんだ」
妙に、その妹紅の声はよく聞こえた。
自虐の色を含んでいるように暗くもあったし、ただそのことを笑い飛ばすように明るくもある。
彼女の傍で笑う輝夜の笑顔も、同じ相を帯びているような気がした。
不死の彼女たちにしか解らない――この世で三人だけにしか共有できない、不思議な色に染められていた。
「そう、ね。生と死の定義について、自称“どちらも無い”蓬莱人たちと討論する、ってのも、確かに興味深い」
二人の少女の視線を真っ向から受け止め、神奈子がおもむろに口を開く。
「――でも、ま。それはまた今度」
そう言って、手をかざす。
目の前で展開させていたスペルへと、その力を追加してゆく。
込められた力に比例し、明らかに降る水流の量が増す。速さも増す。一発の硬度も増す。
土砂降りの雨のようになり、紅い弾を押し返してゆく。
あーあー、という諏訪子の気の抜けた声が混ざっていた。
瞬く間に、目の前にあった弾を消し飛ばし、神奈子は二人と向かい合っていた。
「せっかくだから今は――ヒトを領域を踏み越えたあなたたちに、神様らしく、神罰でも下してやろうかしらね」
抑揚も無く、そう言い放つ。
隣の諏訪子もスペルを解除し、目の前の輝夜と妹紅も新しく弾幕を作らずに彼女たちを見た。
四人前のスペルは、すでに全てが消え失せていた。ポカンと広がる境内の空間の中に、四人の姿と、四人分の影があるだけ。
音も無く風も無く。
神と人間が、黙って向かい合う。
そして――――
「――ぷっ、はははははははっ!いいね、さすがカミサマ!」
爆ぜるように、妹紅が笑い出していた。
「私の頭に描いていた“カミサマ”っていうのは、まさにあんたみたいな人だよ!」
そう言って、高らかに笑った。
隣の輝夜も静かに笑う。
妹紅の笑い声に同調するように。神奈子の神託に頷くように。諏訪子の視線に促すように。
二人は同じことを考え――そしてその思いを、同時に弾幕として形作っていた。
【 Q-4 】
守矢の神社に、四様のスペルが広がる。
弾幕ごっこ――スペルカードルールとは、その勝敗の要因のひとつに“弾幕の美しさ”というものがある。
これは直接戦闘的な意味としては少なく感じるが、こと“弾幕ごっこ”においては、それなりのウェイトがおかれている。
なぜならスペルカードルールは“遊び感覚の決闘”だから、である。美しくない弾幕は、それだけで誰にも認められないほどに、この“弾幕ごっこ”という遊びの中では重要なファクターだ。
それを承知の上で、スペルカードを媒体として戦う彼女たちの攻撃は、今も確かに美しい――が、それもあくまで“ひとつを抽出して見れば”の話である。
大同小異、無数に弾幕を広げている今の状況は、どちらかといえば、ただただ煩雑だった。
どれが誰の弾なのか、どこからどこまでが他人のスペルなのか、もはや俯瞰で見たとしても、それは誰にも判別ができないほどだった。何せ、その渦中にいる本人たちですらあやふやなのだ。
そんな状況というだけでも、今彼女たちがしていることが普通の弾幕ごっこでないことがわかる。
そして、攻撃性に特化させている神々の弾幕は、容赦なく二人の人間の命を掻き消していた。
輝夜を弾が貫く。
妹紅を弾が爆散させる。
輝夜を弾が焼く。
妹紅を弾が消し飛ばす。
それでも彼女たちは、身に受けた致命傷を帳消しにし、再び戦火に飛び込んでゆく。
喜々として。
すでに何度死んだかわからない自らの体を突き動かし、彼女たちはただただ空を胡蝶のように舞っている。
「――ねぇ、なんで私たちと戦おうと思ったの?私たちに救いでも求めてきたのかな?」
不意に、諏訪子が尋ねた。
口を開きながらも、手は休めない。無尽蔵に復活を繰り返す彼女たちを前にして、手を休めると自分たちも危うい。神様だって全知全能ではない。被弾するときは被弾する。
ここまでの戦いの中で、諏訪子が致命傷のような傷を負うことは無かったが、それでも、彼女だって痛いのは厭だった。普通そうである。神様だって痛いのは嫌いだ。
喰らう弾幕の痛みを感じてもなお、前へと向かう彼女たちの方がおかしいのだ。
「救い、ねぇ…………」
諏訪子の言葉を咀嚼するように、輝夜はオウム返しに呟く。
考えながら、『蓬莱の玉の枝』を展開する。それは妹紅の頭を吹き飛ばした宝そのものではなく、あくまでそれを象徴したような弾幕である。
七色に彩られた弾たちが多量に生み出され、夜の境内を鮮やかに飾ってみせる。
そのまま、彼女は諏訪子から渡された言葉の意味を、頭の中で探っていた。
“救い”――多くの人間が神に求めるのは、つまりそれだ。
無条件にそれを求める者もいれば、懺悔をし、許しを乞うた先にそれを求める者もいる。
人が神を求める瞬間というのは、現状を打破して欲しい時――救いを求める時である。
人の救いの声を聞くのが神様の仕事で、神に救いを求めるのが人の姿勢。
だから、
「……うーん、まぁそう……なるのかしら?」
なぜか頭を捻りながらも、そう答える輝夜は、その点では至極人間らしいと言えた。
「身勝手な話じゃないか。今さら不死を持て余した、なんて言っても、後の祭りだよ」
輝夜の返答に、神奈子が声を上げた。
救いを求める人の声を“聞く”のが、彼女たちの仕事で、つまり、叶えるところまでは含まれていない。
そういう意味ではこれも、最も“神様らしい”返答ではある。
突き放す言葉とともに、『ディバイニングクロップ』へと力を注ぐ。
五穀を模した色合いの弾たちが、輝夜の放つ七色とぶつかる。色彩豊かにそれぞれ輝く弾たちがぶつかりあい、その弾の色と同じ爆煙を上げた。
その爆発音に紛れ――神奈子の言葉に、妹紅が笑い声を上げていた。
突き放すような言葉を神様から直々に突きつけられたにもかかわらず、それでも彼女は愉快そうでいる。
妹紅は空を自由に飛びまわり、くるりと空中で一回転して、弾を躱す。
輝夜とは対照的な白銀の髪が揺れる。
夜の闇に染まらない彼女の長髪が、まだ元気であると言わんばかりに踊っていた。
「あははははっ!まっさか!――不良なことに、私は自ら望んで不死人になったんだ。今さら殺してくれだなんて言わないさ」
楽しげに笑い、弾を放ち、躱す。
彼女の元から一本のレーザー光が伸びる。それは誰を狙ったものでもないように、あらぬ方向へと照射されている。
妹紅は、『正直者の死』と叫び、そのレーザーで神奈子の弾幕を薙いだ。
横薙ぎに駆ける光の筋が弾を呑み込み、多数の弾を爆散させる。
「笑えるでしょう?私もそうなの。私の不死を悔やむ蓬莱人もいるみたいだけど……私はひとつも後悔してないわ」
妹紅に追従するように、輝夜も笑う。
アクロバットに飛ぶことはしないが、彼女の軽やかな動きからも、悔悟の念は感じられない。
消し飛ばされる神奈子の弾、その余波とも言える残弾を躱しながらも、やはり、彼女も笑っていた。
「ならなんでさー?」
諏訪子が不思議そうな顔をしたまま、展開していた『七つの石と七つの木』が、彼女の声に従うようにキラキラと光を放っている。
夜空に彩色の弾が増す。すでに境内は、宇宙のように様々な輝きで溢れていた。
「うーん……言葉にするのは難しいけど……」
「そうねぇ……」
二人は僅かに言葉に詰まり、そして出た答えは――――
「神罰ってのを……受けてみたくなったのかもね」
何気なく、輝夜はそう言っていた。自分の言葉に納得できたのか、彼女は満足そうに一人で頷いていた。
反論が無い以上、おそらく妹紅も同じことを考えているようであった。
「あははっ、さっき神奈子が言ってたヤツか!」
思わぬ答えに諏訪子は笑い、
「私これでも祟り神なんだけど、自分からバチ当てて欲しいなんて人は初めてだな~」
「神代から数えて初めてなら、来た甲斐もあるよ」
軽い調子で妹紅も笑っていた。
神に救いを求める人間は数あれど、自ら神罰を下して欲しい人間など、普通はいない。
神に懺悔をし、罰を求む者でさえ、その最終的な帰着点としては許しを得ることで与えられる“救い”だ。
アメをひとつも求めずにムチだけを欲しがる、なんてことは、特殊な性癖でさえありえない。そういう類の人種ならムチこそアメなのだから。
純粋な苦痛だけを望む人間など、いはしないのだ。
「――もうかれこれ千年経ったわ。そしてこれから千年も、すぐに経つ」
輝夜はそうぼんやりと――はっきりと、口を開いていた。
「一度くらい、どうにもならない圧倒的な力ってヤツに、ボコボコにされてみたいのよ。きっと」
そんな輝夜の言葉を、妹紅が引き継ぐ。
「“人”にそれを求めた時期もあった。……でも、ダメだった。誰も彼も羨むばかりで、文字通り話にもならない。不死と知って二言目には、僕も私も、ばっかりさ」
その妹紅の言葉を、今度は輝夜が拾う。
「だから、あなたたち二人みたいな反応は、私たちには“救い”よ。それを求めて私たちは来たのだから」
二人は動きを止める。
宙を舞い、空に立ち、神を前に、魔力を萃める。
「不死を無条件に求める者にはうんざりだ」
「不死を頭ごなしに排斥する者にも飽きたわ」
ひたすらに、力を溜める。
自分たちへと飛んでくる弾など、気にも留めない。
「あんたたちなら違う言葉を見せてくれると思って、私たちはここまで来た」
「あなたたちにしかできない、“神罰”を――私たちに見せてちょうだい」
十二分に魔力を溜めきる。
あとは、発動するだけ――――
「神奈子。これって――」
「――うん。……面倒くさい子たちだねぇ」
呟き、呼吸を合わせる。
隣の神と――目の前の人間たちと。
四人の声が、同時に交わった。
「『インペリシャブルシューティング』!!」
「『蓬莱の樹海』!」
「『風神様の神徳』」
「祟符っ!『ミシャグジさま』ぁ!」
それぞれに最強の手札を切り――全霊を込めた、夥しい弾が飛ぶ。
それらは彼女たちの間、二人の人間と、二人の神の間の空間で激しくぶつかり――光、そして音と衝撃を激しく奔らせた。
ささやかに飛んでいた、それまで展開していたスペルの弾を全て消し飛ばす。
境内に転がっていた小石たちを熱風が吹き飛ばした。
彼女たちの背後にあった木々が悲鳴を上げる。
細い枝が折れ、飛ばされる音が聞こえる。
四人のスペルの交差点を正面から見る、守矢の神社も揺れる。
衝撃は神奈子の結界をも越え、飾られる注連縄がバサバサと身を振っている。
術者である彼女たちの体も、激しい衝撃に押されそうだった。
それぞれに髪を服をなびかせ、宙に踏ん張るようにして正面を睨む。
「ああああああああああああああっ!!」
誰かが叫んだ。もはや誰の声だかわからない。
声は音と光に呑み込まれ――そして、聞こえなくなる。
ゴァッ――ガガガガガガガガガガガガガガァッ!!
砕ける音が鳴り、薙ぎ払う音が続く。
これが終幕の合図だった。
※
「……跡形も無くなっちゃったねぇ」
「まぁあんたと私とであれだけやれば、こうなるわよね」
弾幕の全てを収束させ、神奈子と諏訪子は地面に降り立った。なんだか妙に久しぶりに大地に足をつけた気がした。
彼女たちはそのままに、正面に広がる視界を見据える。
それは、彼女たちの知っている境内の風景とは、ずいぶん違っていた。
本殿までを一直線に結んでいた石畳は捲くれ上がり、所々に無残な弾痕を残している。
境内の両脇を囲むようにして鬱蒼と生い茂っていた森の片一方が、大きく消滅していた。ちょうど彼女たちの目の前には、木だったはずの木片が散乱しているばかりだ。
空に浮かんでいた雲までも吹き飛ばしたかのように、空は晴れ渡っている。
大きな月が浮かび、一面を埋め尽くす星たちが並んでいる。
神を前にしていたはずの人間たちは――文字通り、消滅していた。
跡形も無い、とはまさにこのことである。
腕一本、髪一筋、服の切れ端さえ落ちていない。それらに至るまでが、完全に吹き飛ばされていた。
神様の力を全身に受けた人間の末路としては、至極当然のものと言える。
だが――彼女たちは普通の人間では、無い。
何も無い空間を眺めていた神奈子たちの視線が、一点に萃まる。
どう見ても何も無かった宙――そこに、シュルシュルと渦巻く“モノ”があった。
どれだけ見ても、なんだかは解らない。
白いような、そうでもないような、光の筋のようなものがグルグルと小さな円を描いて回っている。
最初に一本の筋しか無かった“それ”は、次第にその数を増していく。
気づけば無数、そして塊へと変わってゆく。
なんだかわからないものを、なんだかわからないまま眺めているうちには――“それ”はほとんどヒトのカタチを成していた。
“それ”はすぐに、永遠に変わらない彼女たちの姿を、そこに現していた。
「あー……体が痛い……」
「ねー。完全に消し飛ばされたってのも、さすがに久しぶりねぇ」
ほとんど元のままに再生された彼女たちは、すぐに口を開き、感覚を確かめるようにして体を動かしている。もっとも、確かめる必要など無かった。
“蓬莱の薬”は、それを呑んだ者を完全に“永遠”とする。
体をゼロから構築しようと、それが変わることは無い。
彼女たちは、その健康状態さえも、万全の時を維持し続けてゆくことができるのだから。
「服まで元に戻るんだね」
「便利だなぁ」
二人の神は呑気な顔で、そんな感想を述べていた。
無から生み出された有も、もうここまでで十分見ている。何度見ても、さすがの彼女たちにも不思議なものではあったが、ずいぶん見慣れてきていた。
「これは一応特注なのよ。面倒だけど、術式を組んで作ったオーダーメイドなんだから」
「限界はあるんだけどね」
二人はそう言いながら、軽く笑ってみせる。
その様子を見て、神奈子が不意に気づいた。
「あ、妹紅。片ソデ無いよ?」
「ん?って、げっ。ホントだ」
諏訪子もほとんど同時に気づく。
「輝夜のスカートも端が欠けてるね~」
「そろそろ作り直さないとだめねぇ」
片腕を上げて眺める妹紅と、スカートの端を摘まむ輝夜とが、相変わらずの緊張感の無い声を上げる。
いくら永遠とは言え、ついさっき殺されたことは事実なのだ。だが彼女たちはそのことに対しては、特にこれといった感慨を持っていなかった。
「――永遠を歩むのも楽じゃない、かな?」
そんな二人が微笑ましく、思わず神奈子が言った。
「まぁね」
輝夜が笑って返す。
こうして永遠を過ごす彼女たちには、彼女たちなりの苦労があるのだろう。
その悩みが服のことだとは、妙に可愛らしかった。
それだけ見ても――神奈子たちからすれば、彼女たちは“人間”であり、“人間”でしか、なかった。
「――ね。あのさ」
不意に、諏訪子が口を開く。
「ん?」
と、視線を向けた先の彼女は、いつものハツラツとした諏訪子とは微妙に違っていた。
言葉を探すように口許をモゴモゴさせながら、輝夜たちを上目遣いに見ている。
そして、拾い上げた言葉は――――
「私は……二人とも好きだよ。面白いし」
ここまでの会話の流れに無い言葉に、狐に抓まれたような顔で、妹紅と輝夜は黙って耳を傾けていた。
「なんていうか……こう…………うー、説明するのってニガテなんだけど……」
二人の視線に耐えかねたのか、手慰みに両手を合わせ、また言葉を探す。
黙ってその言葉の続きを待つ二人は、気づかぬうちに真顔になっていた。
神奈子も黙って聞いている。
諏訪子はどうにか言葉を紡ぐ。
「えっと……二人はそのままで、頑張って永遠を生きればいいと思うよ。“死なない”だけの蓬莱人だって言うんなら、頑張って“生きる”といいんじゃないかな」
二人はまだ応えない。
その言葉を、噛みしめるように。
「困ったらいつでも神社においでよ!私たちは永遠じゃないけど、それでも随分長いこといられるとは思うから……またこうやって遊ぼっ!」
終止符を打つように、少し声を張る。
彼女の声に、彼女なりの思ったことをそのまま乗せ、二人の人間へと告げる。
文字通り、神様からのお告げ。
――永遠を、“生きる”……ね。
「ぷっ」
「くすくす」
「んなっ!わ、笑うなっ!神様の言葉が聞きたかったんじゃないの!?」
「いやまぁ、そうなんだけどね――――ふふっ」
「笑うなー!」
なぜか、二人は笑っていた。なぜかは二人にもわからない。
必死に探した言葉だっただけに、諏訪子としては笑われると恥ずかしい。
そうして顔を紅くし、ジタバタと動く神様が微笑ましくて、彼女たちはまた笑う。
少女らしい笑い声が、境内に響いていた。
「ま、大体そういうことさ。なんとなく、伝わってくれたかな?」
思わず吹き出しながら、神奈子が声を上げた。
隣で諏訪子が睨んでいる視線を無視し、二人へと告げる。
「如何に不死でも、私たちからすれば、あなたたちも“人間”に過ぎないわ。良くも悪くも、ね。今夜みたいに、どうにも所在無くて体ごと吹き飛ばして欲しければ、やってあげる。困ったことがあれば、茶飲み話にも付き合おう。――でもそれはきっと、神様にしかできないことでもないでしょう?」
輝夜も妹紅も、また黙って聞いている。
神奈子の言葉の意図はわかっている。返す言葉もすでに見つかっている。
神奈子が言わんとしていることは、実は諏訪子の言葉でちゃんと伝わっていたのだから。
「あなたたちはそうやって、永遠ではない隣人たち――私たちを含めた、ね。彼ら彼女らと、そうやって“生きて”いけばいいんだよ」
神奈子は、本人も意図していないうちに――笑っていた。
「私たちにあなたたちの永遠を終わらせることはできない。でも、だからこそ、“救い”を求めるのなら、自分たちで探してみなよ。私らも含めて、みんな付き合ってくれるでしょうよ。――これが神様の“ありがたいお言葉”さ」
彼女はそう、言葉を締めた。
その言葉を、二人は頭の中で反芻させる。
正直に言えば――自分たちが求めていたモノが、神奈子の言葉だったのかは、自分たちでもよくわからなくなっていた。
だが、それでも。
神奈子と諏訪子の言葉は、確かに彼女たちを揺らしてくれていた。
「――えぇ。ありがとう。十分なくらいよ」
そう言って輝夜は瞼を下ろし、静かに微笑む。
「――だね」
妹紅も短く追従し、
「私も面白い神様は好きだしね」
そう言って諏訪子へと視線を向けた。彼女の言葉を借りて、からかうように笑っている。
「む、むぅぅ~」
「あんまり苛めちゃダメよ。……でも今日永遠亭に帰ったら、みんなに言いたいわね、コレ」
くすくすと口許に袖を当て、淑やかに微笑む輝夜。
「ヒドいっ!」
「あんた確か“面白いことがありそう”って言ってここに来たわよね?良かったじゃない。面白いわよ」
腕を組みながら隣の諏訪子をニヤニヤと眺める神奈子。
「私が面白くないんだけどっ!」
三人分の笑い声と、諏訪子の叫びだけが、静かな風の社にこだましていた。
立っている木をサワサワと揺らす風が吹く。彼女たちの髪も柔らかく揺れる。
幻想郷らしい――人間と神様の付き合いが、そこにはあった。
「あー……笑わせてもらったわ」
不意に輝夜が口を開いた。
風に泳ぐ髪をかきあげ、肩から掃う。
「――ねぇ、一休みしたらまた戦いましょうよ」
「永遠に、は無理だよ」
その提案を冗談交じりに神奈子が受ける。
「そんなん私らだって無理さ。傷は治るけど、疲れるのは疲れるのさ」
妹紅も笑って返す。
「まだ夜は長いわ。ゆっくりとやりましょう」
微笑む輝夜に、
「いいよ!笑えないようにしてやるから!」
息巻く諏訪子。
「「「そりゃ楽しみだ」」」
「なんでみんなして言うのさっ!」
あぁ、神処に風は吹く――――
そこには、神が二人、そして人間が二人。
夜の風は平等に、全員へと吹いていた。
the last day's card is present.
T.-Y. Y.-Y. Y.-A.P. M.-I. S.-M.
next person of leisure... ... T.-Y. 【 P 】
「ほぅら。やっぱり早かったじゃない」
「――くっだらないわね!」
「でも、私は四季のフラワーマスター。違った色の花を私好みの色にするくらい……訳ないわ」
to be next resource ...
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 O-2 O-3 O-4
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【 Q-2 】
あぁ、神処に風は吹く――。
妖怪の山、守矢神社の境内。そこには四つの影があった。空の天辺にある月が照らすそれらの影は、身長に比する程度にそれぞれ短く伸びている。
真っ黒い夜空にミラーボールのように輝く月が、神と神と、人間と人間。神と人の区別無く、平等に影が浮かべている。影だけを見た時、どれが神の物でどれが人の物だかわからないだけに、それらはどうしようもなく平等であるようだった。
その影の持ち主、四人分の視線が入り乱れ、四人分の意識が交錯する。
「さて」という声が、その絡み合うような意識を切断した。
「そんじゃ、やってやろうかしらねぇ」
神奈子は目を瞑りながら、コキリと首を鳴らす。
ゆっくりとした動作で簡単に体をほぐすその動きからは、明らかな余裕が感じられる。
「あらら、神奈子~。ナメてかかると痛い目見るよ~」
そこに諏訪子が茶化すようにして声を上げる。
そう言う彼女にも、緊迫感というものはまったくと言っていいほど感じられなかった。
「別にナメてかかるつもりは無いさ。相手は二人、うち一人はリーダーに指名されてるくらいだからね」
「しかも、“私のチームのリーダー”だよ?大事なことだから、覚えておくよーに」
「大事なことかねぇ」
「大事なことだよぉ」
そんな二柱のやりとりが交わされる。輝夜と妹紅は、黙ってそんな神たちのやり取りを眺めていた。
簡単に場所を移し、今彼女たちは境内の真ん中辺り。
向かい合うというには距離を多めに取り、二柱と二人は対峙していた。
「まぁ……そう言っても、相手は人間のお嬢様たちだからね。いくら結界の中とは言え、そうそう無茶もしてやれんさ」
「ねぇ?」と口には出さずに、二人の少女へと視線を向けた。
“あなたたちも、それを承知の上でしょう?”そう言わんばかりの顔で、静かに佇んでいる二人を見る。驕りなどではなく、彼我の力の差を考慮しての折衝。神奈子の中では、考えるまでもなく当然の発言だった。
だが、二人の少女は肯定とは言えない顔をしていた。特に妹紅。
彼女たちは共に、神奈子の言葉の意味をわかっている。当然、神奈子がその言葉を発した意味、というものも理解しているだろう。
にもかかわらず。特に妹紅は明らかに。納得のいかない表情のままでいた。むしろ、程度からすれば不満であるように見える方が大きい。
目の前の神の力と自分たちの力の差をわかっていない彼女ではない。
むしろ分かっているからこそ、彼女はこうして、神奈子を訪ねてきたのだから。
だから、言い返すべき言葉も決まっていた。
「――ま、神奈子の言いたいこともわからないではないわね」
だが、そう言って口を開いたのは、輝夜だった。
妹紅が声を上げようとしたタイミングで、被せてくるようにして彼女は口を開いた。
僅かに険しい顔をしている妹紅とは対照的に、彼女は薄微笑を湛えている。
「わかってるけど、方針を決定する前に……ちょっとこれを見て貰おうかしら」
二人の神へと視線を向けたまま、彼女はどこからか、一本の棒を取り出した。それをわかりやすいように、顔の横でヒラヒラと動かしてみせる。
彼女の声と、手元のそれに神奈子たちが興味を示したのを確認し、輝夜はニコッ、と口の端を持ち上げた。
輝夜の手にあるもの――蓬莱の玉の枝。
銀の根を張り、金の茎を伸ばし、真珠の実をつける幻想の宝。彼女の出した、五つの難題の一。
千年近く前に彼女が出した五つの難題で、彼女の元へと奉じられた唯一本物の宝。
だから彼女は、千年前にある男性から貰ったこの宝具を今でも大事に持ち歩いていた。
この宝を送った男の子孫が、それを口実にして自分を殺しに来るように。
蓬莱の玉の枝を二人の神に見えるようにかざす。ヒラヒラと目の前で踊らせ、充分に注意を引いてみせる。
その動きに、二柱の視線が萃まる。隣の妹紅も横目で流し見ていることが輝夜には伝わっていた。
それら全ての視線を楽しそうに受け、彼女はおもむろに、蓬莱の玉の枝をヒラヒラと動かす動きを止めた。
そしてそのまま、その枝先を――おもむろに隣の仏頂面へと突きつける。
目の前の観客と、実験台の少女が疑問符を浮かべるのでさえ、ほとんど一瞬だけだった。
キュンッ!と短く高い発射音を響かせて、蓬莱の玉の枝から魔力光を迸らせる。
「……は?」
思わず、諏訪子が突拍子も無い声を上げてしまっていた。丸く大きな目を、そこから出来るだけ大きく見開いてしまっている。
声こそ上げていないが、隣の神奈子のリアクションも似たようなものだった。
彼女たちのリアクションは間違っていない。
現に目の前に、突拍子も無い事実をつきつけられているのだから。
彼女たち二柱の目に映るのは、輝夜と、蓬莱の玉の枝と――首から上の無い、妹紅の死体だけだった。
蓬莱の玉の枝から放たれた紅い光の弾が、突きつけられた先にあった妹紅の頭を、いとも簡単に吹き飛ばしていた。
ニコニコと笑う輝夜の隣には、頭を失った死体がフラフラとしながら立っている。蓬莱の玉の枝からの光弾の衝撃だろう、平衡感覚を司る頭が完全に消え失せたことで、体はユラユラと揺れたままだ。
弾の軌道に乗っていなかった長髪の端が、ファサッと静かに地面にしな垂れ落ちる。
ぽっかりと頭だけが欠けた人間というのは、ひどく美的バランスに欠け、不恰好だった。
自分たちに戦いを挑んだ人間たちが、目の前で片割れの頭を吹き飛ばした。
その事実に思わず言葉を失う――が、言葉を失っている間にも、彼女の眼にはまだ不思議が飛び込んでくる。
頭を失った、ヒトだったはずのものが、モゴモゴと蠢く。正確に言えば、その本体が動いていたわけではなく、元々頭を乗せていた首の部分が、特にユラユラと震えているのだ。
僅かにそうして揺れている首から、何か細い紐のようなものが飛び出し、ヒュンヒュンとうねりだす。
人間の頭以外が首から生えているという絵面は、相当にグロテスクだったが、そんなことを感じる暇などほとんど無い。
幾本も生えたそれが覆いかぶさるようにして、何かを形作ってゆくのが解る。
そしてすぐ――口に貯まった唾を飲み下すころには、そこに、死体は無かった。
「ふぅ……」
口から息を吐き、さきほどの神奈子と同じように首を鳴らす妹紅の姿が、再びそこにあった。
さっき頭を吹き飛ばされたこと自体が幻であったように、彼女の顔は何も変わっていない。
地面に落ちていたはずの髪の毛も、いつの間にかそこから消滅している。
神様でなくとも――いや、神様であっても、目の前の光景を前に、自分の頬をつねりたくなる気持ちでいっぱいだった。
「おまえ……やるならやるって言いなよ。あー、首痛い」
まるで何事も無かったかのように、妹紅は口を開いていた。傷があったなどとは誰も思わないような、さっきまでの完璧な状態で。
先ほど跡形もなくなった首をコキコキと鳴らし、跡形もなくなった口から、文句を言い、跡形もなくなった目で輝夜を睨んでいる。
むしろ頭が丸ごと消失したことの方が、事実ではなかったかのように。
「ご覧の通り。私も同じことができるわ。痛いから私はやんないけど」
ただ呆然とする神様たちに向かって輝夜が微笑みかける。
神奈子たちのリアクションにも、人の頭が消し飛ぶ光景にも慣れていると言わんばかりに、彼女もまた、何も変わらない笑顔のままだった。
「ま、そういうことで。……私たちを人間とは思わない方がいいわね。一応括りとしては間違ってないけど、残念ながらそんな素敵なイキモノじゃないの」
半ば自嘲気味な調子でそう告げる。その言葉自体に妹紅は文句は無いようで、輝夜と並びながら二柱を見据えていた。
死ねる――輪廻を巡り、転生に思いを馳せる人間とは、すでに違う“生物”である、二人。
リーインカーネーションから弾き出された彼女たちは、不死人――“蓬莱人”。
「なるほど、ね……話には聞いてたけど、こうして目にするのは初めてだよ」
「だねぇ~……幻想郷ってば、やっぱり不思議なトコだわぁ~」
二人の神様は思い思いに口を開き、同じような感想を述べていた。
いくら神と言えど、これほど完璧な“永遠”を前にしたのは初めてのことだったのだろう。
これほどのことを可能にする、術なのか、薬なのか、機械なのか、二人は詳しくは知らない。
知らなかったが――彼女たちが同時に思うことは、そのどれでもなかった。
「まぁ、何が言いたいかは解ったけどね~。ただの“人間相手”以上の力を出して戦え、ってことでしょ?そのために頭吹き飛ばされた方は可哀想だ」
諏訪子はからかうようにして小さく笑った。
「まったくだよ。次はこいつの頭を吹き飛ばしてやってくれ」
「やぁよ。着物が汚れるわ。こう見えて、血も涙もあるのよ」
そうして話をしている様子を見るだけなら、二人はあくまで、ただの人間のように見えた。
年端もいかぬ、ただの少女――不死などという“枷”さえなければ。
だが、それはただの空想論でしかない。
彼女たちは、不死まで含めて、蓬莱山輝夜と藤原妹紅でしかないのだ。
そうして三人がゆるい会話を繰り広げている隣。
残りの一人は、一人だけでも、その場の空気を変える圧を放っていた。
一瞬だけの間を置き、空気が音よりも早く緊張感を伝える。
「神秘……『ヤマトトーラス』」
なんの前振りもなく、突然神奈子がスペルを宣誓していた。
瞬く間に展開される弾幕。彼女の背後から放たれる弾幕は、まるで水流のようだった。
青みかかった弾の色と、それらが一方向へと統制された動きをしているところがそうであり、人間たちを無慈悲に丸呑みにせんと迫る様子も、まさにそのままだった。
神奈子の放った水流は、諏訪子と彼女の間を通って二人の少女に襲い掛かり、彼女たちを取り囲むようにして、ぐるりと一周、輪を描く。
まるで大蛇のようにして流れ出した弾たちは、二人を中心に渦のようになっている。すでに放たれた最初の一滴がどれだかは見てとれない。
だが、目視できない弾幕流の先頭は、確実にその輪を縮めていた。誰が見ても明らかなほどの速度で輪が狭くなってゆく。
気づけばすぐ――妹紅たちが立っていられる場所などほとんどなくなっていた。
彼女たちはそのまま飲み込まれる前に、真上へと飛翔した。自分たちを取り囲んで展開しているのだから、逃げ道は当然そこしかない。
軽い調子で地面を蹴り、飛び上がったタイミングは間一髪。
すでに水流のような弾幕群は、一拍前まで妹紅たちがいたその場所をすでに埋めていた。
とぐろを巻くようにして輪を狭めていた水流はその中心部まで到達すると――そこから真っ直ぐ上へと吹き上がってゆく。
妹紅たちを狙って、というよりは、貪欲に空いている空間へと殺到しているだけのようでもある。
自然現象のようにも見えるし、どこか意志があるようにも取れる。まさに神から放たれた力、そのものであった。
そうして足元から巻き上がる水柱のような弾幕へと、妹紅は手をかざし、叫び返していた。
「不死!『徐福時空』!」
真下へと向かいスペルを宣誓する。彼女の声に応じるように、長い壁状の弾幕が、地面へと降り注いだ。
壁に阻まれた弾の水流は、やはり水のように、壁にぶつかると素直にそのまま弾かれてゆく。
神奈子のスペルが勢いだけで弾壁を壊し、妹紅のスペルが防波堤のように弾の波を止める。
しばらくもその状態を続けていると、すぐに下からの弾の方が先に消えていった。
弾幕の長蛇が連続して生まれてはいないことは確認していたため、妹紅は下でとぐろを巻いている分を頭から尻尾まで相殺しきってみせたのだと確信する。
自らのスペルが地面まで届くのを確かめ、妹紅もスペルを解除して再び地面に足を下ろした。
「――なかなか、手荒い開幕じゃない」
妹紅と同じ行動を取っていた輝夜が、地面に着地するとともに言った。
妹紅は何も言わず、目の前で右手を突き出した神を見ていた。
「やるならやるって言って欲しかったなー」
右手を肩の高さに上げたままの神奈子を流し見ながら、諏訪子も口を尖らせる。
彼女の声にも振り向かず、神奈子は抑揚を抑え、口を開く。
「……今のを避けられるんなら、まぁそれなりに力はあるのかもね。“永遠”を歩む者なだけある」
最後の一節に力を込めてそう言うと、神奈子は右手を静かに下ろした。
どこかその瞳が孕んでいる色が、さっきまでとは少し違っているようにも見える。
彼女の目に映るその感情がどんな意味のものか、隣の諏訪子だけが、ちゃんと解っていた。
「ギリギリどうにか競る程度に大人しくしてようかとも思ったけど――止めたよ。あんたたちには、ちゃんと火遊びの危なさを伝えてあげなくちゃあいけない」
輝夜と妹紅を見る神奈子の瞳には、すでに火が灯っているようになっていた。
その様子を横目で見て、やれやれ、と諏訪子も零す。
「――ということみたいだから。覚悟してね。こうなったら私が手を抜くわけにもいかないんだ~」
そうして彼女も気持ちを切り替える。
諏訪子の瞳にも力が込もるのが見て取れる。
二柱は、神。それに相応しいだけの圧力を放ち、月だけが照らしている暗い境内の空気を丸ごと震わせていた。
乾が揺れる。
坤が震える。
人に向けられるには過分な神の圧力が、二人の少女にだけ、向けられていた。
だが、その気配に二の足を踏むような様子は、少女たちには見られなかった。
「なんだかわかんないけど、望む所ね。これでやっとそれらしくなってきたわ」
「癪だけど、同感だね。こうなってくれないと意味が無い所だった」
輝夜と妹紅は互いにそう言い、どちらともなく、笑った。
怯む様子は無い、必要も無い。
これは、彼女たちが望んだ光景だったのだから。
ここでようやく、彼女たちの“戦い”が始まる。
唯一奇妙なことに、向かい合う二組の思惑は、
まったく逆のベクトルであり、
まったく同じベクトルのものでもあった。
【 Q-3 】
「……山が騒がしいわね」
「ね。神社だけじゃなくて、山の中にも……。また、昨日みたいなのが入ってきてるのかな……」
「そんなこと解るんだ~。神様ってスゴ~イ」
「そんなんで感心しちゃダメよ、お姉ちゃん。私たちだってここに届く重低音が拾えるじゃない」
「それもそうね。スゴくな~い」
「ちょっと!わざわざスゴくないって言いなおすのってどうなのよ!?」
「みんなスゴい、でいいんじゃないかしらねぇ」
「スゴくな~いねぇ~」
「プフォ~」
「……うぅ……ここ五月蝿い……私まだ寝てたいのにぃ……」
五人の騒ぐ声が、守矢の神社の一室に響く。
本来なら別の部屋から聞こえるはずの声たちが、今夜に限っては全部一緒くたになって聞こえていた。
これまで各部屋ですら騒がしかったのが、ひとまとめ。すでに騒々しいどころの騒ぎでは無くなっていた。
だが、何かが壊れるような騒ぎにはなり得ない。
なぜなら、そこにはケガ人だけが固められていて、その部屋にいる者はほとんど手当てを施されて、寝そべっていることしかできないのだから。
「ぐぅぅ……大声出したら……キズに響く……」
「あらあら。はしゃぎ過ぎよ、穣子」
一際大きな声で騒いでいた秋姉妹の妹を、姉がたしなめる。
神様とは言え、怪我はする。痛いものは、痛い。
「あははー!この神様はやっぱりアホなのかしらねー!――ぐう、ぅぅぅ……背中痛い……」
「リリカもアホねぇ~。ププォォ~」
寝っ転がりながら穣子を指差すリリカが痛みに体を震わせるのを、姉のメルランがトランペットを吹いてからかっている。
彼女たち騒霊は、手を使わずに楽器を操ることができるのだ。寝たままの恰好だろうがなんだろうが構わない。
彼女たちは皆、朝になって味方たちに回収され、手当てを受けると、この部屋で寝かされていた。
そして体の自然回復に合わせるようにして、皆、昼間はコンコンと眠っていたのだ。
おかげで今、彼女らの瞳はギラギラと冴えている。とてもじゃないが、大人しく寝てはいられない。
大いに昼寝した彼女たちの目は冴えきっていたが、残念ながら体を動かせるほど回復はしていない。
結局、覚醒した意識を疲れさせるためには、お喋りに華を咲かせるしかないのだ。
「あ――――っ!もう!うっさいよ――――――っ!!今だけ寝かせてぇぇ――――っ!」
ここにいる誰よりもケガの程度の重いミスティアが、体のそこかしこに包帯を巻きながら全力で訴えていた。前夜に戦ったキズが最も深いのが、彼女だったのだからそれも当然だろう。
普段なら気にならない騒がしさも、だが、まだ比較的体のガタが収まらないミスティアにはいい迷惑だった。
――うぅ……私はまだ寝てたいのに…………。
いつもならこの手の騒々しさには血が騒ぐ彼女でも、その身が弱っている時は話が別のようである。
そこにカラリと、襖の開く音がする。
「ほら、騒がないの。お水持ってきたけど、飲みたい人、いる?」
騒がしい室内に、静かに通る声がした。
声量も大きなものではなかったが、その声は、実妹たちは元より、秋姉妹たちすらも大人しくさせる効果を持っていた。
聞くものを沈静化させる“欝”の音を奏でる彼女は、その声音にも同じような力を乗せているのかもしれない。
そんなプリズムリバーの長女ルナサは、ケトルに入った水をお盆に持ちながら部屋の入り口に立っていた。
昨夜の戦いの時点で比較的症状の軽かった彼女だけは、幸いにも今ではこうして動けていた。
だがそんなルナサですら、袖から伸びる腕には包帯が巻かれている。
彼女も、無傷では済んでいない。
上体だけ起き上がらせながら水を受け取る少女たちは、各々に昨日の夜を思い起こす。
ほとんど悪夢のような、あの暗い夜の山の様子を――――
「――ルナ姉は出かけないの?」
不意にリリカが口を開いた。
ぼんやりと、小さなコップの小さな水面に視線を落としている。
「……私もケガしてるんだけど」
「でも動けないことはないじゃない。私たちの世話しなきゃ、って思ってるんだったら出かけてもいいよ?」
そんなリリカの声に、少し困ったように眉根を寄せながら――ルナサはゆっくりと首を振った。
「――いいの。私はもうこのイベントは満足したから。結局よくわからない萃まりだったけど、大怪我してまで……怖い思いしてまで、私は戦いたくないから」
ポツポツと、にわか雨が降るようにして響く彼女の音は、雨が大地を湿らせてゆくように、ゆっくりと部屋中へと浸透してゆく。窓の外の優しい雨音のような、彼女の声音。
「ルナ姉らしいわ~。――私も、もう結構満足かな~」
「まぁ私らはやっぱり演奏会の方が向いてるわよね」
楽団のリーダーであり、姉妹の大黒柱であるルナサの言葉を受け、二人の妹たちが真っ先にそう頷いた。
「……私たちも、もうパスね。あんな痛い思いするのなんか、当分ゴメンしたいわ」
でも結局一回も勝てなかったのがなぁー、と零す穣子と、
「私は初日に雷で、二日目に吸血鬼よ?私の方がもっとゴメンしたいわよ」
もう勝てなくてもいいわよ、と返す静葉も同じく、これ以上の参戦は辞退していた。
「やっぱり、そうなるよねぇ……。わざわざ痛い思いしに行く、ってのもね。一日目みたいなのなら、人間襲ってるみたいで面白かったんだけどなー」
ミスティアも追従しながら、一日目のやり取りを思い出す。
――いや、まぁあの時も負けたけどさっ。
「一日目は確かに面白かったね!私たちも普段あんなに凶悪な音出さなかったから楽しかったー!」
「あれはいいセッションだったね。他のみんなも連携できてたし、いいビックバンドだった」
「どっちかと言うとコミックバンドだったけどね~」
「…………なんでこっち見て言うのよ!?」
「穣子、結局いつ逃げたのかしらね?」
「だから!言ったじゃない!あの時ね――――」
少女たちはワイワイと騒ぎながら、ここ数日を反芻していた。
すでに彼女たちの中では終わった、この“異変”を。
紫の理屈ならば、“妖怪らしい力の振るい方”を一日目で済ませていた彼女たちは、元より“暇”の発散は事足りていたのかもしれない。
フランから大鉈を振り落とされ、ケガをしているのは後からの理由にすぎない。
彼女たちの戦いは、ある意味初日で完遂していたのだから。
殺伐とした、平和な、幻想郷の妖怪・幽霊・神様たちは、もしかしたら、この“異変”の第一達成者たちと言えるのかもしれない。
だが、夜はまだ続いている。
自らの許容する“力”を振るいきれていない“暇人たち”が、夜の闇を跋扈する。
その持ちうる力をもって、素敵な“暇つぶし”を――――
それぞれに、この“異変”を完遂せんと、夜の山は、まだ揺れる。
※
「ただの宇宙人だとばっかり思ってたんだけど……まさか不死人だったとはねぇ」
神奈子は半ば呆れるような調子で口を開いた。
そのままに空を舞い、乱雑に弾で埋まった空間で翻る。様々な弾が飛び交う音が響く中でも、彼女の声ははっきりと聞こえた。
「あれ、言ってなかったっけ?結構今更じゃない、それ」
神奈子の声音に左右されることもなく、輝夜はいつもの調子でのんびりと応えてみせる。
「てっきり私のことは知ってて妹紅のことを知らないだけかと思ってたから、こいつの頭を吹き飛ばしたんだけど。――まぁ、私の不死を知らないってわかってても、同じことをやっただろうけど」
ヒラヒラと、弾の空を舞う。
すぐ近くを飛んでいる妹紅が睨んでいるのも軽く無視し、手にしたスペルカードに力を込める。
それまで放っていた紅と青の弾幕を中止し、新しい弾が彼女の周囲に展開された。
いくつかの弾幕射出の起点を放ち、そこから、五色の短レーザーが発射される。
五色――それぞれ五行の色。
『ブリリアントドラゴンバレッタ』――無数に生まれ、煌く光を放ち、夜の空を斬り進む。
レーザー光が、神奈子の元へと飛来してゆく。
「……どんな理由があろうと、不死に身をやつすのは馬鹿のすることだよ。そんなに永遠が生きたかったのかい?」
彼女へと光が届く前、そして届いてそれを避ける間、神奈子が重く口を開いていた。
それは――彼女の、“神”としての嘆きそのものだった。
身を躱し、それでもまだ飛んでくるレーザーへと、彼女もスペルを呼び出す。
「贄符『御射山御狩神事』」
彼女の周囲に、弾が生まれる。
ザラザラザラッ、と弾倉を体に巻きつけるように、彼女をぐるりと取り囲む。
銃は必要ない。弾はそのままに、弾幕として射出されてゆく。
丸い弾と、尖った弾。
指向性を持ち、大雑把に、真っ直ぐに、目の前のレーザーを押し殺しながら、輝夜へと雪崩れてゆく。
そんな神奈子の様子を横目で見ながら、もう一人の神も呟いた。
「そこで理由を尋ねないとは……めっずらしー。神奈子が熱くなってるねー」
意識は神奈子へと向け、無意識は目の前の弾へと向け、声は自分にだけ向けていた。
そうして独り言も呟ききり、諏訪子は空いたもう一人の不死へと、『洩矢の鉄の輪』を展開し、差し向ける。
多数の輪状の弾が、無作為に飛ぶ。
だが適当に放っているように見せて、その実、それらは妹紅へと確実に狙いを定めていた。
「へぇ、よっぽど私らが気に食わなかったみたいだね。カミサマも大変だ」
自らに飛んでくる鉄の輪を前に、妹紅はカラカラと笑う。
その手にはすでに魔力が充填済。
名を呼ぶこともなく、放ち――『ウー』が弾を斬る。
三本の爪痕を残し、弾を四つに分ける。そのままに諏訪子へと、まだある他の鉄の輪へと、止まることなく進んでゆく。
こうして夜の境内は、弾で溢れていた。
四人がそれぞれ、思い思いに弾を撃つ。
明らかな過剰供給のために牽制の段階で飽和していた空間は、四人がスペルを放つことでその密度のピークを迎えていた。
溢れ出した弾が境内の石畳を破壊する。紅い鳥居にも弾が当たり、漆が剥げる。
境内から見える範囲の木々は、もうかなりの数を被弾している。
その中で、守矢神社の本殿だけは、最初のままの姿でいた。こうなることを予測した神奈子が、戦闘が始まる前に簡易の結界を張っていたのだ。
だが、それもどこまで保つものか、彼女にもわからなかった。
神が直々に張ったものとは言え、その神様自身も戦っているのだ。
――湖に行けば良かったのにぃ。
こっそりと、諏訪子はそう思っていた。
「ま、神様に懺悔できるほど、大層な理由があって不死なわけじゃないしね。――ねぇ、妹紅?」
輝夜はそう言って、おもむろに話を振った。
“敵ではない”程度の意識の共有のもと、隣で戦う彼女へと。
「あ?私ゃ復讐目当てだったよ?」
「あれ、そうだっけ?」
「おまえ――――」
そうして妹紅が意識を逸らしたところに、諏訪子の弾幕が流れた。
気づいた時にはすでに目の前、避ける暇など無い。
『鉄の輪』――諏訪大戦にて使われた鉄輪を象ったその魔力の塊は、標的へと届くと、そのまま盛大に爆散した。
一つが当たるころには、無数が殺到し、魔力の炸裂に妹紅は丸ごと呑み込まれてゆく。
「あら、ご愁傷様。あ、それにね神奈子。ひとつ誤解が――――」
彼女が言い終わる前に、神奈子の弾幕も敵弾を食い散らし、輝夜へと爆ぜた。
神性を帯びた粒子が散り、彼女のいた場所を煙らせる。
「人のことを言ってる場合かい?」
「容赦無いねぇ~」
空を睨む神奈子の声と、鳴るように楽しげな諏訪子の声が通る。
そこに――
「いい気味さ。もっと殺っちゃっていいよ」
いつの間にか、すでに元のカタチに戻っていた妹紅までもが、声を並べていた。
二人の神の予想を超える回復速度に、思わず彼女の方を見る。
傷を与えられた記憶など無いかのように、彼女はすでに、新しく弾幕を展開している最中だった。
紅蓮の炎のような魔力をまとい、辺り構わずにその熱を撒き散らしている。
そして妹紅へと傾注している僅かな間に――途切れた彼女の声も、再び続く。
「――ひとつ、誤解があるわ」
煙を薙ぎ、輝夜が再び空へ浮く。
彼女の姿も元のまま。夜の闇に溶けるような黒耀の髪を揺らし、月光のような笑みを湛えている。
その手に振りかざす蓬莱の玉の枝に呼応するように、別のスペルが現れる。
「私たちは、永遠に生きてなどいないのよ。永遠に“死なない”だけ。“死なない”イコール“生きている”ではないの」
彼女がそう言い終わるのを合図にするかのように――――
妹紅の熱が臨界を超える。
「不滅!『フェニックスの尾』っ!!」
輝夜の持つ玉の枝、その紅玉が光る。
「神宝『サラマンダーシールド』」
呼吸を合わせたかのように、タイミングはほぼ同時。奇しくもともに炎の弾幕。
互いに狙う神へと目がけ、境内の三次元空間を往々に紅く、視界の全てを弾で燃やす。
「源符『厭い川の翡翠』――面白そうな話だねぇ~」
「天竜『雨の源泉』――言葉遊びは嫌いじゃないんだけどね」
輝夜と妹紅のスペルを前に、神奈子と諏訪子も新しくスペルを宣誓する。
アイコンタクトすら無しに息を合わせ、同時に水流を模す弾幕を顕わす。目の前をカーテンのように降る神奈子の弾幕と、横に奔りカタチを崩す諏訪子の弾幕で、二人は 迫る炎弾を打ち消してゆく。
弾幕同士がぶつかり、弾ける音が響く。
夜の山全域にまで届きそうな、激しく鳴るその轟音の中にあっても、
「言葉遊び、でもないんだな、これが。残念なことに、私たちにとっては笑えるくらいに現実的な話なんだ」
妙に、その妹紅の声はよく聞こえた。
自虐の色を含んでいるように暗くもあったし、ただそのことを笑い飛ばすように明るくもある。
彼女の傍で笑う輝夜の笑顔も、同じ相を帯びているような気がした。
不死の彼女たちにしか解らない――この世で三人だけにしか共有できない、不思議な色に染められていた。
「そう、ね。生と死の定義について、自称“どちらも無い”蓬莱人たちと討論する、ってのも、確かに興味深い」
二人の少女の視線を真っ向から受け止め、神奈子がおもむろに口を開く。
「――でも、ま。それはまた今度」
そう言って、手をかざす。
目の前で展開させていたスペルへと、その力を追加してゆく。
込められた力に比例し、明らかに降る水流の量が増す。速さも増す。一発の硬度も増す。
土砂降りの雨のようになり、紅い弾を押し返してゆく。
あーあー、という諏訪子の気の抜けた声が混ざっていた。
瞬く間に、目の前にあった弾を消し飛ばし、神奈子は二人と向かい合っていた。
「せっかくだから今は――ヒトを領域を踏み越えたあなたたちに、神様らしく、神罰でも下してやろうかしらね」
抑揚も無く、そう言い放つ。
隣の諏訪子もスペルを解除し、目の前の輝夜と妹紅も新しく弾幕を作らずに彼女たちを見た。
四人前のスペルは、すでに全てが消え失せていた。ポカンと広がる境内の空間の中に、四人の姿と、四人分の影があるだけ。
音も無く風も無く。
神と人間が、黙って向かい合う。
そして――――
「――ぷっ、はははははははっ!いいね、さすがカミサマ!」
爆ぜるように、妹紅が笑い出していた。
「私の頭に描いていた“カミサマ”っていうのは、まさにあんたみたいな人だよ!」
そう言って、高らかに笑った。
隣の輝夜も静かに笑う。
妹紅の笑い声に同調するように。神奈子の神託に頷くように。諏訪子の視線に促すように。
二人は同じことを考え――そしてその思いを、同時に弾幕として形作っていた。
【 Q-4 】
守矢の神社に、四様のスペルが広がる。
弾幕ごっこ――スペルカードルールとは、その勝敗の要因のひとつに“弾幕の美しさ”というものがある。
これは直接戦闘的な意味としては少なく感じるが、こと“弾幕ごっこ”においては、それなりのウェイトがおかれている。
なぜならスペルカードルールは“遊び感覚の決闘”だから、である。美しくない弾幕は、それだけで誰にも認められないほどに、この“弾幕ごっこ”という遊びの中では重要なファクターだ。
それを承知の上で、スペルカードを媒体として戦う彼女たちの攻撃は、今も確かに美しい――が、それもあくまで“ひとつを抽出して見れば”の話である。
大同小異、無数に弾幕を広げている今の状況は、どちらかといえば、ただただ煩雑だった。
どれが誰の弾なのか、どこからどこまでが他人のスペルなのか、もはや俯瞰で見たとしても、それは誰にも判別ができないほどだった。何せ、その渦中にいる本人たちですらあやふやなのだ。
そんな状況というだけでも、今彼女たちがしていることが普通の弾幕ごっこでないことがわかる。
そして、攻撃性に特化させている神々の弾幕は、容赦なく二人の人間の命を掻き消していた。
輝夜を弾が貫く。
妹紅を弾が爆散させる。
輝夜を弾が焼く。
妹紅を弾が消し飛ばす。
それでも彼女たちは、身に受けた致命傷を帳消しにし、再び戦火に飛び込んでゆく。
喜々として。
すでに何度死んだかわからない自らの体を突き動かし、彼女たちはただただ空を胡蝶のように舞っている。
「――ねぇ、なんで私たちと戦おうと思ったの?私たちに救いでも求めてきたのかな?」
不意に、諏訪子が尋ねた。
口を開きながらも、手は休めない。無尽蔵に復活を繰り返す彼女たちを前にして、手を休めると自分たちも危うい。神様だって全知全能ではない。被弾するときは被弾する。
ここまでの戦いの中で、諏訪子が致命傷のような傷を負うことは無かったが、それでも、彼女だって痛いのは厭だった。普通そうである。神様だって痛いのは嫌いだ。
喰らう弾幕の痛みを感じてもなお、前へと向かう彼女たちの方がおかしいのだ。
「救い、ねぇ…………」
諏訪子の言葉を咀嚼するように、輝夜はオウム返しに呟く。
考えながら、『蓬莱の玉の枝』を展開する。それは妹紅の頭を吹き飛ばした宝そのものではなく、あくまでそれを象徴したような弾幕である。
七色に彩られた弾たちが多量に生み出され、夜の境内を鮮やかに飾ってみせる。
そのまま、彼女は諏訪子から渡された言葉の意味を、頭の中で探っていた。
“救い”――多くの人間が神に求めるのは、つまりそれだ。
無条件にそれを求める者もいれば、懺悔をし、許しを乞うた先にそれを求める者もいる。
人が神を求める瞬間というのは、現状を打破して欲しい時――救いを求める時である。
人の救いの声を聞くのが神様の仕事で、神に救いを求めるのが人の姿勢。
だから、
「……うーん、まぁそう……なるのかしら?」
なぜか頭を捻りながらも、そう答える輝夜は、その点では至極人間らしいと言えた。
「身勝手な話じゃないか。今さら不死を持て余した、なんて言っても、後の祭りだよ」
輝夜の返答に、神奈子が声を上げた。
救いを求める人の声を“聞く”のが、彼女たちの仕事で、つまり、叶えるところまでは含まれていない。
そういう意味ではこれも、最も“神様らしい”返答ではある。
突き放す言葉とともに、『ディバイニングクロップ』へと力を注ぐ。
五穀を模した色合いの弾たちが、輝夜の放つ七色とぶつかる。色彩豊かにそれぞれ輝く弾たちがぶつかりあい、その弾の色と同じ爆煙を上げた。
その爆発音に紛れ――神奈子の言葉に、妹紅が笑い声を上げていた。
突き放すような言葉を神様から直々に突きつけられたにもかかわらず、それでも彼女は愉快そうでいる。
妹紅は空を自由に飛びまわり、くるりと空中で一回転して、弾を躱す。
輝夜とは対照的な白銀の髪が揺れる。
夜の闇に染まらない彼女の長髪が、まだ元気であると言わんばかりに踊っていた。
「あははははっ!まっさか!――不良なことに、私は自ら望んで不死人になったんだ。今さら殺してくれだなんて言わないさ」
楽しげに笑い、弾を放ち、躱す。
彼女の元から一本のレーザー光が伸びる。それは誰を狙ったものでもないように、あらぬ方向へと照射されている。
妹紅は、『正直者の死』と叫び、そのレーザーで神奈子の弾幕を薙いだ。
横薙ぎに駆ける光の筋が弾を呑み込み、多数の弾を爆散させる。
「笑えるでしょう?私もそうなの。私の不死を悔やむ蓬莱人もいるみたいだけど……私はひとつも後悔してないわ」
妹紅に追従するように、輝夜も笑う。
アクロバットに飛ぶことはしないが、彼女の軽やかな動きからも、悔悟の念は感じられない。
消し飛ばされる神奈子の弾、その余波とも言える残弾を躱しながらも、やはり、彼女も笑っていた。
「ならなんでさー?」
諏訪子が不思議そうな顔をしたまま、展開していた『七つの石と七つの木』が、彼女の声に従うようにキラキラと光を放っている。
夜空に彩色の弾が増す。すでに境内は、宇宙のように様々な輝きで溢れていた。
「うーん……言葉にするのは難しいけど……」
「そうねぇ……」
二人は僅かに言葉に詰まり、そして出た答えは――――
「神罰ってのを……受けてみたくなったのかもね」
何気なく、輝夜はそう言っていた。自分の言葉に納得できたのか、彼女は満足そうに一人で頷いていた。
反論が無い以上、おそらく妹紅も同じことを考えているようであった。
「あははっ、さっき神奈子が言ってたヤツか!」
思わぬ答えに諏訪子は笑い、
「私これでも祟り神なんだけど、自分からバチ当てて欲しいなんて人は初めてだな~」
「神代から数えて初めてなら、来た甲斐もあるよ」
軽い調子で妹紅も笑っていた。
神に救いを求める人間は数あれど、自ら神罰を下して欲しい人間など、普通はいない。
神に懺悔をし、罰を求む者でさえ、その最終的な帰着点としては許しを得ることで与えられる“救い”だ。
アメをひとつも求めずにムチだけを欲しがる、なんてことは、特殊な性癖でさえありえない。そういう類の人種ならムチこそアメなのだから。
純粋な苦痛だけを望む人間など、いはしないのだ。
「――もうかれこれ千年経ったわ。そしてこれから千年も、すぐに経つ」
輝夜はそうぼんやりと――はっきりと、口を開いていた。
「一度くらい、どうにもならない圧倒的な力ってヤツに、ボコボコにされてみたいのよ。きっと」
そんな輝夜の言葉を、妹紅が引き継ぐ。
「“人”にそれを求めた時期もあった。……でも、ダメだった。誰も彼も羨むばかりで、文字通り話にもならない。不死と知って二言目には、僕も私も、ばっかりさ」
その妹紅の言葉を、今度は輝夜が拾う。
「だから、あなたたち二人みたいな反応は、私たちには“救い”よ。それを求めて私たちは来たのだから」
二人は動きを止める。
宙を舞い、空に立ち、神を前に、魔力を萃める。
「不死を無条件に求める者にはうんざりだ」
「不死を頭ごなしに排斥する者にも飽きたわ」
ひたすらに、力を溜める。
自分たちへと飛んでくる弾など、気にも留めない。
「あんたたちなら違う言葉を見せてくれると思って、私たちはここまで来た」
「あなたたちにしかできない、“神罰”を――私たちに見せてちょうだい」
十二分に魔力を溜めきる。
あとは、発動するだけ――――
「神奈子。これって――」
「――うん。……面倒くさい子たちだねぇ」
呟き、呼吸を合わせる。
隣の神と――目の前の人間たちと。
四人の声が、同時に交わった。
「『インペリシャブルシューティング』!!」
「『蓬莱の樹海』!」
「『風神様の神徳』」
「祟符っ!『ミシャグジさま』ぁ!」
それぞれに最強の手札を切り――全霊を込めた、夥しい弾が飛ぶ。
それらは彼女たちの間、二人の人間と、二人の神の間の空間で激しくぶつかり――光、そして音と衝撃を激しく奔らせた。
ささやかに飛んでいた、それまで展開していたスペルの弾を全て消し飛ばす。
境内に転がっていた小石たちを熱風が吹き飛ばした。
彼女たちの背後にあった木々が悲鳴を上げる。
細い枝が折れ、飛ばされる音が聞こえる。
四人のスペルの交差点を正面から見る、守矢の神社も揺れる。
衝撃は神奈子の結界をも越え、飾られる注連縄がバサバサと身を振っている。
術者である彼女たちの体も、激しい衝撃に押されそうだった。
それぞれに髪を服をなびかせ、宙に踏ん張るようにして正面を睨む。
「ああああああああああああああっ!!」
誰かが叫んだ。もはや誰の声だかわからない。
声は音と光に呑み込まれ――そして、聞こえなくなる。
ゴァッ――ガガガガガガガガガガガガガガァッ!!
砕ける音が鳴り、薙ぎ払う音が続く。
これが終幕の合図だった。
※
「……跡形も無くなっちゃったねぇ」
「まぁあんたと私とであれだけやれば、こうなるわよね」
弾幕の全てを収束させ、神奈子と諏訪子は地面に降り立った。なんだか妙に久しぶりに大地に足をつけた気がした。
彼女たちはそのままに、正面に広がる視界を見据える。
それは、彼女たちの知っている境内の風景とは、ずいぶん違っていた。
本殿までを一直線に結んでいた石畳は捲くれ上がり、所々に無残な弾痕を残している。
境内の両脇を囲むようにして鬱蒼と生い茂っていた森の片一方が、大きく消滅していた。ちょうど彼女たちの目の前には、木だったはずの木片が散乱しているばかりだ。
空に浮かんでいた雲までも吹き飛ばしたかのように、空は晴れ渡っている。
大きな月が浮かび、一面を埋め尽くす星たちが並んでいる。
神を前にしていたはずの人間たちは――文字通り、消滅していた。
跡形も無い、とはまさにこのことである。
腕一本、髪一筋、服の切れ端さえ落ちていない。それらに至るまでが、完全に吹き飛ばされていた。
神様の力を全身に受けた人間の末路としては、至極当然のものと言える。
だが――彼女たちは普通の人間では、無い。
何も無い空間を眺めていた神奈子たちの視線が、一点に萃まる。
どう見ても何も無かった宙――そこに、シュルシュルと渦巻く“モノ”があった。
どれだけ見ても、なんだかは解らない。
白いような、そうでもないような、光の筋のようなものがグルグルと小さな円を描いて回っている。
最初に一本の筋しか無かった“それ”は、次第にその数を増していく。
気づけば無数、そして塊へと変わってゆく。
なんだかわからないものを、なんだかわからないまま眺めているうちには――“それ”はほとんどヒトのカタチを成していた。
“それ”はすぐに、永遠に変わらない彼女たちの姿を、そこに現していた。
「あー……体が痛い……」
「ねー。完全に消し飛ばされたってのも、さすがに久しぶりねぇ」
ほとんど元のままに再生された彼女たちは、すぐに口を開き、感覚を確かめるようにして体を動かしている。もっとも、確かめる必要など無かった。
“蓬莱の薬”は、それを呑んだ者を完全に“永遠”とする。
体をゼロから構築しようと、それが変わることは無い。
彼女たちは、その健康状態さえも、万全の時を維持し続けてゆくことができるのだから。
「服まで元に戻るんだね」
「便利だなぁ」
二人の神は呑気な顔で、そんな感想を述べていた。
無から生み出された有も、もうここまでで十分見ている。何度見ても、さすがの彼女たちにも不思議なものではあったが、ずいぶん見慣れてきていた。
「これは一応特注なのよ。面倒だけど、術式を組んで作ったオーダーメイドなんだから」
「限界はあるんだけどね」
二人はそう言いながら、軽く笑ってみせる。
その様子を見て、神奈子が不意に気づいた。
「あ、妹紅。片ソデ無いよ?」
「ん?って、げっ。ホントだ」
諏訪子もほとんど同時に気づく。
「輝夜のスカートも端が欠けてるね~」
「そろそろ作り直さないとだめねぇ」
片腕を上げて眺める妹紅と、スカートの端を摘まむ輝夜とが、相変わらずの緊張感の無い声を上げる。
いくら永遠とは言え、ついさっき殺されたことは事実なのだ。だが彼女たちはそのことに対しては、特にこれといった感慨を持っていなかった。
「――永遠を歩むのも楽じゃない、かな?」
そんな二人が微笑ましく、思わず神奈子が言った。
「まぁね」
輝夜が笑って返す。
こうして永遠を過ごす彼女たちには、彼女たちなりの苦労があるのだろう。
その悩みが服のことだとは、妙に可愛らしかった。
それだけ見ても――神奈子たちからすれば、彼女たちは“人間”であり、“人間”でしか、なかった。
「――ね。あのさ」
不意に、諏訪子が口を開く。
「ん?」
と、視線を向けた先の彼女は、いつものハツラツとした諏訪子とは微妙に違っていた。
言葉を探すように口許をモゴモゴさせながら、輝夜たちを上目遣いに見ている。
そして、拾い上げた言葉は――――
「私は……二人とも好きだよ。面白いし」
ここまでの会話の流れに無い言葉に、狐に抓まれたような顔で、妹紅と輝夜は黙って耳を傾けていた。
「なんていうか……こう…………うー、説明するのってニガテなんだけど……」
二人の視線に耐えかねたのか、手慰みに両手を合わせ、また言葉を探す。
黙ってその言葉の続きを待つ二人は、気づかぬうちに真顔になっていた。
神奈子も黙って聞いている。
諏訪子はどうにか言葉を紡ぐ。
「えっと……二人はそのままで、頑張って永遠を生きればいいと思うよ。“死なない”だけの蓬莱人だって言うんなら、頑張って“生きる”といいんじゃないかな」
二人はまだ応えない。
その言葉を、噛みしめるように。
「困ったらいつでも神社においでよ!私たちは永遠じゃないけど、それでも随分長いこといられるとは思うから……またこうやって遊ぼっ!」
終止符を打つように、少し声を張る。
彼女の声に、彼女なりの思ったことをそのまま乗せ、二人の人間へと告げる。
文字通り、神様からのお告げ。
――永遠を、“生きる”……ね。
「ぷっ」
「くすくす」
「んなっ!わ、笑うなっ!神様の言葉が聞きたかったんじゃないの!?」
「いやまぁ、そうなんだけどね――――ふふっ」
「笑うなー!」
なぜか、二人は笑っていた。なぜかは二人にもわからない。
必死に探した言葉だっただけに、諏訪子としては笑われると恥ずかしい。
そうして顔を紅くし、ジタバタと動く神様が微笑ましくて、彼女たちはまた笑う。
少女らしい笑い声が、境内に響いていた。
「ま、大体そういうことさ。なんとなく、伝わってくれたかな?」
思わず吹き出しながら、神奈子が声を上げた。
隣で諏訪子が睨んでいる視線を無視し、二人へと告げる。
「如何に不死でも、私たちからすれば、あなたたちも“人間”に過ぎないわ。良くも悪くも、ね。今夜みたいに、どうにも所在無くて体ごと吹き飛ばして欲しければ、やってあげる。困ったことがあれば、茶飲み話にも付き合おう。――でもそれはきっと、神様にしかできないことでもないでしょう?」
輝夜も妹紅も、また黙って聞いている。
神奈子の言葉の意図はわかっている。返す言葉もすでに見つかっている。
神奈子が言わんとしていることは、実は諏訪子の言葉でちゃんと伝わっていたのだから。
「あなたたちはそうやって、永遠ではない隣人たち――私たちを含めた、ね。彼ら彼女らと、そうやって“生きて”いけばいいんだよ」
神奈子は、本人も意図していないうちに――笑っていた。
「私たちにあなたたちの永遠を終わらせることはできない。でも、だからこそ、“救い”を求めるのなら、自分たちで探してみなよ。私らも含めて、みんな付き合ってくれるでしょうよ。――これが神様の“ありがたいお言葉”さ」
彼女はそう、言葉を締めた。
その言葉を、二人は頭の中で反芻させる。
正直に言えば――自分たちが求めていたモノが、神奈子の言葉だったのかは、自分たちでもよくわからなくなっていた。
だが、それでも。
神奈子と諏訪子の言葉は、確かに彼女たちを揺らしてくれていた。
「――えぇ。ありがとう。十分なくらいよ」
そう言って輝夜は瞼を下ろし、静かに微笑む。
「――だね」
妹紅も短く追従し、
「私も面白い神様は好きだしね」
そう言って諏訪子へと視線を向けた。彼女の言葉を借りて、からかうように笑っている。
「む、むぅぅ~」
「あんまり苛めちゃダメよ。……でも今日永遠亭に帰ったら、みんなに言いたいわね、コレ」
くすくすと口許に袖を当て、淑やかに微笑む輝夜。
「ヒドいっ!」
「あんた確か“面白いことがありそう”って言ってここに来たわよね?良かったじゃない。面白いわよ」
腕を組みながら隣の諏訪子をニヤニヤと眺める神奈子。
「私が面白くないんだけどっ!」
三人分の笑い声と、諏訪子の叫びだけが、静かな風の社にこだましていた。
立っている木をサワサワと揺らす風が吹く。彼女たちの髪も柔らかく揺れる。
幻想郷らしい――人間と神様の付き合いが、そこにはあった。
「あー……笑わせてもらったわ」
不意に輝夜が口を開いた。
風に泳ぐ髪をかきあげ、肩から掃う。
「――ねぇ、一休みしたらまた戦いましょうよ」
「永遠に、は無理だよ」
その提案を冗談交じりに神奈子が受ける。
「そんなん私らだって無理さ。傷は治るけど、疲れるのは疲れるのさ」
妹紅も笑って返す。
「まだ夜は長いわ。ゆっくりとやりましょう」
微笑む輝夜に、
「いいよ!笑えないようにしてやるから!」
息巻く諏訪子。
「「「そりゃ楽しみだ」」」
「なんでみんなして言うのさっ!」
あぁ、神処に風は吹く――――
そこには、神が二人、そして人間が二人。
夜の風は平等に、全員へと吹いていた。
the last day's card is present.
T.-Y. Y.-Y. Y.-A.P. M.-I. S.-M.
next person of leisure... ... T.-Y. 【 P 】
「ほぅら。やっぱり早かったじゃない」
「――くっだらないわね!」
「でも、私は四季のフラワーマスター。違った色の花を私好みの色にするくらい……訳ないわ」
to be next resource ...
全員が全員、武闘派って訳でもないですしねぇ。
てっきり、永遠になったことを後悔しているものとばかり思っていたから、
意外です。精神構造とかも変わるんだろうか。
天子頑張れ!
>>ヒトを領域を踏み越えたあなたたちに
ヒトの
自分の中じゃこうだろう、って思ったのを今回どうにか形にしてみました。色々ファジーなのは一応仕様。
天子は頑張ってくれるはず!
誤字訂正ありがとうございますー。最近毎回あるw