「お嬢様。本日の朝ご飯です」
「ええ、そう」
すまし顔をしてはいるものの、その羽がぱたぱた動くのだけは隠せない。
彼女、レミリア・スカーレットの感情を一目で判断する目安となるその羽は、ひっきりなしに上下にぱたぱた動いていた。
――この状態の彼女は、何か非常に楽しみなものに心をうきうきさせていたりする。
「本日の朝ご飯はこちらになります」
ここは、紅魔館大食堂。
『大』と名前はついているものの、普段は、この紅魔館を預かる主要なメンバーのみしか使用しない空間である。
そこにいるのは、紅魔館の主である、先のレミリア・スカーレット。それから、彼女の妹のフランドール・スカーレット。さらにはレミリアの友人のパチュリー・ノーレッジと、その従者の小悪魔。給仕を務めるのはメイド長の十六夜咲夜と、他数名のメイド達である。
「わー、おいしそう!」
目の前のご飯を見て、フランドールが声を上げる。
「本日のメニューは、ご飯になめこと山菜のお味噌汁、きゅうりとかぶのお漬物、鮎の塩焼き、なすびの素上げの煮付け、だしまき卵です」
「……吸血鬼の館なのに、まるで温泉旅館の朝食ね」
紹介されるメニュー一覧に、思わずパチュリーはつぶやいた。
室内は絨毯とテーブル、住んでる主は吸血鬼。にも拘わらず、お箸とおわんが必須のメニューは違和感ばりばりであった。
「あら、パチェ。あなた、知らないのかしら」
「何が」
「和食は洋食よりも、ずっと体にいいのよ」
「……吸血鬼が健康を気にするの」
ふふん、と威張るお嬢様にパチュリーはこっそりとツッコミを入れた。
――パチュリーは知っている。
このメニューは、本をただせば、このレミリアが、どこから仕入れてきたのかわからない知識を基に、咲夜に『これから紅魔館の朝ご飯は「朝ご飯」で行くわ!』と言い出したのが原因であることを。
間違いなく、一ヶ月もすれば『パンとコーンスープが食べたい』と駄々をこねるのが目に見えているので、パチュリーはそれ以上、何も言わないのだが。
「それから先日、近くの人里の方から、美味しい納豆を譲っていただけましたので。どうぞ」
「あら、気が利くわね」
「ねぇ、小悪魔。
いくら炒った豆がダメとはいえ、結局、大豆を平気で食べる吸血鬼ってどう思う?」
「よくあります」
「あ、そう」
「魔界では、かつて『鬼神』と呼ばれるほどの大悪魔の方も納豆を酒のつまみにしてましたから」
「そいつ鬼じゃないでしょ」
何だかよくわからない会話を二人が交わしているうちに、レミリアは『あら、フラン。かき混ぜ方が足りないわよ』と妹に対して納豆の指導をしていたりする。
――そんなこんなで、紅魔館の朝食は平和に始まり、そして、平和に終わるのであった。
「ねぇ、パチェ」
「何かしら」
「今朝の納豆は美味しかったわ」
「そう。よかったじゃない」
「美味しい納豆とそうでない納豆は何が違うのかしら」
「元になる豆の品質、熟成期間、あとは使う調味料じゃない?」
片手に本を持ち、何やらさらさらと紙にしたためているパチュリーに、レミリアは『ふーん』と返した。
朝食が終わり、スカーレット姉妹の朝のお勉強タイム(命じたのは咲夜である。逃げると3時のおやつ抜きという恐ろしい罰が待っている)も終わって、お昼ご飯までのちょっとした隙間。
パチュリーの元を訪れたレミリアは、小さく首をかしげる。
「そうなると、いつも美味しい納豆を食べると言うのは難しいのかしら」
「小悪魔に曰く。
『美味しい作物を作るのはとても難しく、さらに一定以上の品質を確保するのは至難の業』だそうよ」
『土と鍬の似合う美人司書』(自称)である小悪魔のセリフは、なかなか重みがあった。
最近では近隣の人里の農家の方々を集めて『魔界流農作業ノウハウ講座』を開講している小悪魔の言うことなのだから間違いはないのだろう。
そう判断したレミリアは、「じゃあ、今日の納豆をまた食べるのは無理なのね」と言う。
「余ってる分がなくなれば難しいでしょうね」
「それは残念ね。
ねぇ、パチェ。いつでも、美味しい納豆を食べると言うのは難しいかしら?」
「豆の品質もあるしね。熟成・発酵させる期間や環境によっても味は変わるでしょうし。
……あなた、何が言いたいの?」
「美味しい納豆が食べたいの」
「あなた悪魔でしょ」
「炒ってないから大丈夫よ」
「いい加減ね」
「悪魔の弱点なんて、半分が個人の気の持ちようだもの」
悪魔と言う存在。そして、弱点と言う世の中の概念を根底から覆すような発言をさらりとなしたお子様吸血鬼は、なぜか偉そうにえっへんと胸を張った。
「何とかならないかしら。
白いご飯に納豆は最強よ。このわたしですら敗北を認めるわ」
「その気持ちはわからなくもないけれど」
「けれど、あなた、納豆はあまり食べないわよね」
「あの匂いが苦手なのよ」
「小悪魔が目じり吊り上げてたわよ」
「えっ」
土を愛する司書は、大地の恵みを粗末にする輩を許さない。そう、紅魔館では言われている。と言うか小悪魔がそう言っている。
――まさかな、と思いつつ、後ろを振り向くパチュリー。その視線の先で、小悪魔が何やら上機嫌に本を片付けている。一瞬、彼女はちらりとパチュリーを見た。
にこっと微笑む小悪魔。その瞳は語る。
『大豆を作るお百姓さんの気持ちを考えたことがあるのか?』
――と。
「……」
「あなたも、ちょうどいいじゃない。納豆を克服してみてはどうかしら」
「そ、そう……ね」
ちょっと声が引きつっていた。
背筋をいや~な汗が流れるのを感じながら、パチュリーは、しかし、努めて平静を装いながらレミリアに向き直る。
「けれど、美味しい納豆なんて、私は作れないわよ」
「どうやって作るの? そもそも」
「さあ? まぁ、『納豆菌』というものがそれに関係していると言うことしか、私は知らないわ」
小悪魔に聞けば間違いなく教えてくれるのだろうが、あいにく、ちょうどその時、彼女は別フロアの本の整理に向かってしまっていた。
う~ん、とうなるレミリア。
「じゃあ、今ある納豆を保存しておくとか」
「いずれそれは0になるわ。今あるものを維持しておくためには、0にならないための『供給』が必要よ」
「じゃあ、増やせばいいじゃない」
「……なるほど」
確かそんな魔法があったわね、とパチュリー。
ここで貴兄に勘違いしてもらいたくないのは、『納豆を増やす魔法』があるわけではなく――そんなピンポイントな魔法が存在していないと、一概に否定が出来ないのが幻想郷なのであるが――、ものを増やす魔法が存在するという意味で、彼女は言ったのだ。
魔法の実験・研究には貴重な素材を大量に必要とする。
当然、財力や入手方法にも限界があるため、かつての魔法使い達は、そうした貴重な材料を何とか維持するために四苦八苦したのだ。その結果、出来たのがその魔法というわけである。
「ただ、これは万能ではないわよ」
「どういうこと?」
「増える量に限界があるのよ。せいぜい、今ある量の二倍か三倍。
しかも、一度かけると二度と同じ対象にはかけられない魔法なの」
「そうなの。不便ね」
「魔法はあくまで技術であって『ルール』ではないからね」
「けど、納豆を増やすことは出来るのね」
「ええ。出来るわ」
「じゃ、お願いね」
変わった吸血鬼もいたものだ、とパチュリーは思った。
美味しい納豆を食べたいからその納豆を増やせ、と誰かに指示をする吸血鬼。文字にすると全くもって意味がわからないが、それをなしたのが、あのレミリアだと言うと実にしっくり来る。
要するに、レミリアと言うのは『わがままなおこちゃま』であり、『奇想天外な人格』であると言うことだった。
――さて。
見事にレミリアとパチュリーの思惑は成功し、レミリアお気に入りの『美味しい納豆』を増やすことは成功した。
咲夜がもらってきたのは、およそ三日分程度の量だったのだが、それが倍の量に増えたのだ。
レミリアはそれに大層満足し、またフランドールも『これ、美味しいから大好き』と納豆そのものをいたく気に入っていたため、こちらも大満足の様相であった。
パチュリーも、何とかかんとか納豆を克服し――というか、笑顔でガン飛ばしてくる小悪魔が怖かったからなのだが――、紅魔館の食卓には『美味しい』『もっと食べたい』という笑顔が満ちた。
「何だか、これで最後と言うのが名残惜しいわね」
「そうですね。
また、今度、お店で買って来ますから」
「そう。お願いね」
増やした納豆も無事に食べつくし、レミリア・スカーレットによる『紅魔館・納豆の宴』は終了した。
――しかし――
「……あら?」
ある日の夜中。
夜勤のメイドが廊下を歩いていると、厨房へ続くドアが開いているのを見かける。
近寄ってみると、それは見間違いなどではなく、確かにドアは開いていた。普段なら、最後にその部屋を使ったものがきちんと戸締りをするはずなのだが、今日はそれがなされていなかったようだ。
「誰かしらね」
とはいえ、それはそれだけのこと。
彼女はドアをぱたんと閉めて鍵をかけると、そのままその場を離れていく。
戸締りが忘れられていることは、実は結構、この館ではあったりすることなのだ。
今度、上の人に報告して、その辺りを徹底してもらおう。そんなことを考えながら、彼女はその場を後にしたのだった。
――そして、翌朝。恐怖は始まった。
「お嬢様!」
「ん~……あと5分……」
「起きてください!」
「ふぎゃっ!?」
ベッドの上ですやすや睡眠に身をゆだねる彼女を、シーツ引っ張って床の上に叩き落し、咲夜は叫ぶ。
「いったいわねぇ!? 何するのよ!」
「大変です、お嬢様! すぐにここから避難を!」
「は? 避難? 何それ?」
自分に対するぞんざいな扱いに怒る彼女の脳内全てに『?』が浮かんだ時、廊下の向こうから悲鳴が響き渡る。
「何事!?」
ぱぱっと洋服を着替え、顔まで洗ってから、レミリアは部屋から飛び出した。
視線の向こう、多数のメイド達が逃げ惑うその光景に目を見張り、次に確認したのは――、
「……え? 何あれ……」
その後ろから、何やら『ごごごごごごご!』とかいう効果音と共にメイド達を追い掛け回す何者か……というよりは、どう見ても津波。
無論、紅魔館の『中』で津波が起こることはありえない。
ついでに言えば、その『津波』は水本来の色をしておらず、濁った色と、そして、
「何この匂い!?」
「お嬢様! あれは納豆ですっ!」
「……はい?」
咲夜の言葉に、完全に、レミリアの思考がフリーズした。
それと同時に、彼女たちの脇をメイド達が駆け抜け、それを追いかけてきた津波(納豆)にレミリアが飲み込まれていく。
「ああ……お嬢様……おいたわしや……」
「助けなさいよあなたはっ!?」
「ついうっかり」
自分だけ時を止めてさっさと逃げていた咲夜にレミリアはツッコミを入れる。
津波(納豆)はレミリアを押し潰した後、変わらず、メイド達を追いかけてどこかへ行ってしまった。
レミリアは全身ねばねばの納豆スメルを放ちながら、
「何で納豆がメイドを追いかけるのよ!? あれ何!?」
「……と、言われても。
私もわからないのです。今朝方、突然、メイド達から『納豆が襲ってきます!』と言う報告を受けまして……」
「そもそも納豆って人を襲う生き物だったの!?」
「かもしれません」
「んなわけあるかぁっ!」
時々、こいつは本気なのかボケてるのか本気でボケてるのかわからなくなる、とレミリアは思った。
思いはしたが、ツッコミ入れないと話が進まないため、全力で彼女はツッコミ役に回る。
「レミィ」
「あっ、パチェ!」
「あなたくさいわ」
「うっさいっての!」
そしてまたもやどこからともなく現れたパチュリーは、鼻をハンカチで押さえて顔をしかめながらレミリアに言う。
次の瞬間、レミリアの汚れた服は取り替えられ、顔などもきれいな様相になっていた。咲夜が何かしたのだろう。
「レミィ。これを見なさい」
「それは……見るまでもなく納豆ね」
床の上に落ちていたもの。
それを拾い上げるパチュリー。彼女の指先には、誰がどこからどう見ても糸引く大豆――納豆の姿。
「あれは納豆よ」
「……いや、その、えっと……」
「これは一大事――異変よ」
「……うわ規模ちっちゃ」
納豆が人を襲う異変。
文字にしなくても、情けないくらいにしょぼくて規模のちっちゃな異変である。
と言うか、そんなものを解決するために動こうものなら、『納豆すごいけどあいつしょぼい』という評価がご近所の奥様方になされてしまいそうな異変であった。
「そもそも、何で納豆が生き物を襲うのよ」
「それはわからないわ。
わかるのは、すでに紅魔館の7割が納豆によって侵食されたと言うことくらいよ」
「納豆すげぇ!?」
一応、まがりなりにも、紅魔館のメイド達は戦闘経験もありそれなりの実力派がそろっている集団だ。
それがいるにも拘わらず、館の7割を手中に収める――文字にしなくとも、その困難さがわかってもらえるだろう。
「すでに一階と二階は納豆に飲み込まれ、この三階も時間の問題です」
「納豆はあちこちで増殖を繰り返しているわ。各個撃破ではどうしようもない」
「……ああ、撃破してるのね……」
「倒した矢先に増えるのよ」
あれには困ったわ、とパチュリー。
どうやら、一応、納豆と一戦交えてきているようであった。
「えーっと……とにかく、納豆を全滅させればいいのね?」
「ところがそういうわけでもないの」
「は?」
「咲夜」
「はっ」
咲夜が一礼した瞬間、レミリアとパチュリーは館の外にいた。
そこでは、館の中から避難してきたメイド達や、納豆の襲撃を受けたメイドの姿がある。
そして、特に後者であるが――、
「……白いご飯が欲しくなりました」
「しょうゆ、たれ、ねぎ、かつおぶし……! あの時ほど、それを欲したことはありません……!」
と、何だかわけのわからないことを言っていた。
全身納豆でねばねばの彼女たちは、特に怪我をしている様子もなく、いたって五体満足である。
「……何これ」
「レミィ。あの納豆は人を襲う――だけど、別に危害を加えるわけではないの」
「それって『襲う』っていうカテゴリに行動が当てはまらないような……」
「彼は……そう、あの納豆は、ただ『自分を食べて欲しい』故に、自分を食べてくれる人を追い掛け回しているだけなのよ」
もはや意味不明であった。
レミリアは考えるのをやめ、とりあえず、パチュリーの後頭部をはたき倒した。
むきゅ、という悲鳴と共に潰れたパチュリーは、きっかり5秒で復活すると、「これは事実よ」と真剣な眼差しでアホなことを平気でぬかす。
「あなた、一度、永遠亭行って脳みそ洗浄してきたらどうかしら。きっと研究しすぎでバカになってるのよ」
「何を言っているの、レミィ。現実から目をそらしても、目の前の現実は変わらないのよ」
言われてみればその通りであった。
納豆が紅魔館を占拠し、メイド達を襲っている――その事実は、全く変わりのない真実なのだ。
「レミィ。あなたは付喪神と言うのを知っているかしら?」
「知っているわよ。メディスンとか小傘とか言う輩でしょう?
大事にされた物が意思を持ったとか――」
「そう。
つまり、彼は付喪神の一種よ。いえ、むしろ、内在していた意思が解放された結果、付喪神となった、と言った方が正しいかもしれないわ」
「もっと簡単に言いなさい」
これだからレミィは、みたいな目でパチュリーはレミリアを見ながらため息をつく。
あとでこいつをもう一回、はたき倒そうと、レミリアはこの時、心に決めた。
「彼は普段……というか、この一週間、あなた達に『美味しい』『もっと食べたい』と言われながら食べられてきたわ。
納豆として生まれた彼にとって、自分を美味しく食べてもらうのは何物にも代わらない幸せなの。食べ物とは、自分に感謝してくれる人の血肉となることが運命づけられている以上、それに対して、最大限の至福を求める存在なのよ」
そもそも食べ物とは、元が命ある生き物だからして、その命を奪って自分たちは生き永らえて――と考えると、パチュリーの言っていることは実に意味がわからない。
何だ、その理論。食べ物って調理された後に別の意思が宿るのか、とレミリアは内心でツッコミを入れる。
「その通りよ」
「人の心を読むな!」
また一撃。
今度は10秒ほどしてからパチュリーは復活すると、『つまりね』と人差し指を立てながら言う。
「彼は、そんなあなた達の想いに応えるべく、意思を持ったのよ。
そして、それによって私のかけた魔法が増幅され――魔法というのは思念から構成される箇所もあるから、その部分に対して何らかの強い意思が作用した場合、姿を変えても全くおかしくないわ――、切れたはずの魔法が復活し、結果、一粒……あるいは、欠片しか残っていなかった納豆と言う名の『彼』を復活させ、今、この状態を招いたと言うことなのよ」
つまり原因はレミリアだ、とパチュリーは言外に言った。
もちろん、レミリアはパチュリーをはたき倒した。
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
「一番いいのは彼を美味しく、残さず食べてあげることだけど、増殖の魔法が増幅された結果、彼は強烈な再生能力すら有しているわ。
元々、豆類は栄養も豊富だし、その辺りもうまい具合に作用したのね。
はっきり言って、幻想郷中の人間妖怪連れてこないと食べきれないでしょうね」
「……」
しれっとしたたかな顔で言うパチュリーであるが、原因の一部を、彼女が作っているのも間違いないだろう。
そもそも、そんな変な作用をするような魔法をかけたことが原因の片棒担いでいるからだ。
さりげな~く、彼女は全ての責任がレミリアに向くように語っているのはその責任を回避するためなのは間違いなかった。
「……かわいそうだけど、彼は処分するしかないでしょうね。
幸い、彼は火に弱いわ。今、咲夜が火炎放射部隊を編成しているから、それが完成するのを待つしか……」
そしてどこまでも手の早い魔女であった。
と言うか、先ほどから静かだった咲夜は、すでにあっちの方でメイド達にごっつい火炎放射器を渡していたりする。
「……ちょっと待って。フランは?」
そこで、レミリアは気づく。
その場に一人、欠けている人物がいることに。
「まだ多くのメイドが館内に取り残されているわ。フランドールも、恐らく」
「何を落ち着いているの! 助けに行かないと!」
「わかっているわ。
そのための部隊も、すでに編成しているもの」
ぱちんと指を鳴らすパチュリー。
すると、彼女の後ろの人垣(逃げてきたメイド達)がざっと左右に割れ、その『部隊』を吐き出した。
「あら、美鈴じゃない」
「……お嬢様。お給金、割り増しで頂きます」
「……」
こんなアホなことに巻き込まれて、ちょっと怒っているのか、美鈴は低い声で言った。
ともあれ、彼女の連れた精鋭部隊は、皆、強烈な炎を吐き出す火炎放射器に加え、納豆の攻撃を避けるために顔をガスマスクで覆っていた。
「よし! 救出部隊、突撃ー!」
「何でパチェが仕切ってるのよ!?」
パチュリーの指揮の下、美鈴率いる救出部隊が紅魔館へと向かっていく。
入り口のドアを開けた途端、襲い来る納豆の波。それを火炎放射器で焼き尽くし、彼女たちは館の中へと入っていった。
「お嬢様」
「……何よ、咲夜」
「どうぞ」
がちゃこ、と渡される火炎放射器。
「ご武運を」
そして自分はいい笑顔でサムズアップして、次の瞬間、レミリアを紅魔館の中へと放り出してくる咲夜であったという。
「……何かお外が騒がしいな……」
自室で、レミリアからもらったお気に入りのぬいぐるみを抱えていたフランドールは首をかしげ、『ねぇねぇ』と声を上げる。
すると、隣の部屋から彼女つきのメイドが現れ、『どうかなさいましたか?』と一言。
「お外、どうしたの?」
「……さあ?」
「ふーん」
フランドールは部屋のドアへと歩み寄り、それを開く。
途端、彼女の眼前を納豆の波が覆い尽くした。
「わわっ!?」
「フランドール様!」
メイドは身を挺してフランドールを助け、彼女を抱えたまま、部屋の隅まで避難する。
「な、なになに!? 何あれ!?」
「あれは……この匂いからすると……! ……納豆?」
「え?」
次の瞬間、納豆はメイドに向かって襲い掛かる。
彼女はフランドールを突き飛ばし、その攻撃の直撃を受けた。
「あっ!?」
「むぐー!?」
メイドの口の中に突撃する納豆たち。
しかし、色々あれやこれやの展開にはならず、常識的な量を彼女へと提供すると、一旦、身を引いたりする。
「これは……!
……何という味わい……! これほどまでに濃い大豆の味と、発酵しているとはいえ、抑えられたこの香り……!
間違いなく、上質の納豆……!」
もはや、それは白いご飯なしではいられないほどの味わいであった。
メイドは視線を室内にさまよわせ、フランドールを見つけると、「フランドール様、お逃げください!」と叫んだ。
「え? え!?」
「ここは私が引き受けます! フランドール様は今のうちに!」
どうやら、この部屋に突撃してきた納豆たちは一個の意思の下に統合されているのか、自分をしっかり美味しく食べてくれるメイドに感謝し、フランドールには意識を向けていない様子であった。
「あ、これはどうも。あら、おしょうゆまで? まあ、刻みねぎ! ありがとうございます、頂きます」
そしてやたらと用意と準備のいい納豆であった。
真っ白つやつやふっくらほかほかご飯としょうゆとねぎという、納豆を食べる上で最強の組み合わせをメイドへと提供する。
彼女はフランドールに向かってウインクし、そして視線で『ご無事にお逃げください』と語った。
「……っ!」
フランドールは彼女の意思を汲み、その場から飛んで逃げていく。
――必ず、あとで助けに来るから!
その言葉を、心のうちで発して。
「えっと、えっと……!」
部屋の外も、すでに納豆に飲み込まれている。
飛行する空間のみが辛うじて納豆の侵食を避けているような状況の中、フランドールは辺りを見回しながら飛んでいく。
何とか外に出ようとするのだが、窓は納豆に完全に覆われ、あちこちの扉も、納豆に埋め尽くされている。
「どうしたら……!」
戸惑うフランドール。
その時、彼女めがけて、納豆が襲い掛かる。
フランドールは納豆の攻撃をよけると、「このっ!」と手にした火炎の刃を振るった。
その一撃は納豆を軽々粉砕し、消し炭に変えるのだが、即座に新たな納豆が襲い来る。
「もう、やだ! やめてよぉ!」
次に振るう一撃も、納豆たちを粉々に吹き飛ばしていく。
ここにいたって、納豆たちも目の前の少女の実力に気がついたのか、単純な突撃はやめ、フランドールの視線と動きを警戒しながら襲うと言う包囲攻撃へと戦い方を変えている。
短期間で自己進化する力すら身に着けた、これはまさにEX納豆であった。
「もう! あんまりわるいことするなら、フランだって怒っちゃうよ!」
全力になれば、彼らを丸ごと幻想郷から消し飛ばせるフランドールだ。
しかも、彼女の沸点はレミリアよりも遥かに低く、おまけに一度、感情が昂ぶると己の制御が利かないという欠点すら持っている。
白熱していくEX納豆たちとの戦いは彼女に火をつけ、彼女が繰り出す攻撃は徐々に苛烈になる。
そして、その手から放たれる虹色の光弾はEX納豆を消し飛ばすだけに飽き足らず、空中で分裂し、紅魔館の壁を、天井を、ぶち砕いた。
「あっ……!」
フランドールは、戦う実力はあっても戦闘巧者とはいえない。
ただがむしゃらに力を振り回すだけの彼女にとって、目先の、もう一歩向こうにあるものは見えない。
己の力が砕いた天井の破片が、彼女の頭上に降り注いだのはその時だった。
それに直撃されれば、いかな頑強な吸血鬼とてダメージを受けてしまうだろう。
そして、子供である彼女は、痛いのが嫌いだった。
慌てて逃げようとするのだが、体が動かない。直撃を回避できない状況――それを悟った彼女は、せめてと腕を頭上に掲げる。
しかし、その瞬間、
「……あれ?」
予想していた衝撃はなかった。
恐る恐る上を見ると、頭上にあるのはEX納豆の姿。そう、彼が身を挺して、フランドールを助けたのだ。
「……えっと……」
EX納豆はゆっくりと身を引くと、まるで『大丈夫?』と言うかのようにフランドールの頭をなでた。
ちょっと納豆くさくなってねばねばしてしまうが、その手(?)から伝わってくる優しさは本物。フランドールは、最初こそきょとんとしていたものの、ゆっくりと、顔を笑顔に染めて『ありがとう』と声を上げる。
――そう。
EX納豆は、何も彼女たちを傷つけようというわけではないのだ。
ただ、自分を美味しく食べてもらいたい――それだけの意思で、彼は今、ここにいる。彼女たちを……自分を美味しく食べてくれた彼女たちのことは、守るべき対象でもあったのだ。
この時、確かに、フランドールとEX納豆との間に心の交流が交わされていた。
二人(?)は互いに視線を交わし、その中にある、本当の『気持ち』をわかりあったのだ。
「ごめんね」
てへへ、と笑うフランドール。
EX納豆は小さく首(?)を左右に振って、それから大きくうなずいた(?)。
そして、差し出される納豆ご飯。
あったかふっくらつやつやのご飯と、美味しい納豆とのコンボは、幻想郷において最強の組み合わせ。もはや誰も、これにかなうものはいないだろう。
それを受け取ったフランドールは、一口、納豆ご飯を食べて、『美味しい!』と顔を輝かせる。
その言葉が、どれほど嬉しかったのだろう。
その笑顔が、どれほどまぶしかったのだろう。
EX納豆は喜びに体を震わせて、まるでフランドールに向かって礼を言うかのごとく頭(?)を下げる。
「フラン! 大丈夫!?」
そして、その場にレミリアが到着したのはその時だった。
彼女は手にした火炎放射器の銃口をEX納豆に向ける。
フランドールは、その瞬間、姉が何をしようとしているのかを悟ったのだろう。
両手を大きく広げてEX納豆をかばうかのようにレミリアの前に立ちはだかる。
「ダメ!」
「フラン……!」
「お姉さま、なっとうさんを攻撃したらダメ! なっとうさん、いい人なんだよ!」
そもそも納豆なのに『人』というカテゴリに区分けしていいのかどうかはさておいて、フランドールのその叫びは、真摯な思いは、レミリアの心を打った。
だが、だからこそ、レミリアはためらわずに言う。
「フラン、そこをどきなさい」
「やだ!」
「いい? フラン。聞きなさい。
彼は……その納豆は、幻想郷にいてはいけない存在なのよ」
「どうして!?」
「どうしてでも。
フラン。世界には秩序と言うものがあるわ。その秩序にそぐわないものは、たとえどのような存在であっても、世界を乱す存在となってしまう。
もし、彼が幻想郷に解き放たれでもしたら、瞬く間に幻想郷は納豆で覆いつくされる。それは、幻想郷の崩壊につながるのよ」
納豆なんかで崩壊する幻想郷のしょぼさときたら、このセリフを聞いた八雲紫が色んな意味で己に絶望しそうであった。しかし、あらゆる意味で事実に程近い現状認識であるため、何も言うことの出来ない事実でもある。
「そして、人の口に戸は立てられない。
いずれ、彼を生み出したのが紅魔館であると言う話が流れるわ。そうなった時、わたし達は、果たしてここにいられるかしら」
「……!」
「……自分勝手なのはわかっている。
けど、フラン。考えなさい。
この世界……あなたの好きな人がたくさんいるこの世界から、わたし達は追い出されてしまうことを。
そして、そうならないためには、自分たちでまいた種は自分たちで片をつけなければいけないことを。
苦しい決断でしょうけど……フラン。わたし達は、彼を、この世界から葬り去らなくてはいけないの」
フランドールは後ろを振り向く。
EX納豆は、ただ、そこに静かに佇んでいた。そして、その手(?)が、そっとフランドールの背中を押す。
レミリアの側へと、彼はフランドールを押し出した。
レミリアはフランドールの手を取り、彼女を自分の後ろへと隠す。
「……悪いわね。ごめんなさい……そして、ありがとう」
小さな言葉の後、レミリアの指先が火炎放射器のトリガーにかかった。
フランドールは目をそむけ、耳を塞ぐ。
最後に、彼女の耳に、EX納豆の『美味しく食べてくれてありがとう』と言う言葉が聞こえたような気がした。
「困ったわ、レミィ。これどうにもなんない」
「おいぃ!?」
全てがきれいに終わったと思ったら、パチュリーのこのセリフであった。
一つ、大人への階段を登った妹を連れて館の外に出てきてみれば、パチュリーが『もうお手上げ』宣言である。
思わず、手にした火炎放射器で彼女の頭をぶん殴ってしまう。
「だって、納豆の増殖力がすさまじいのよ。
しかも、最初こそ一個の意思の元に行動していた納豆たちが、いまや複数の意思を持って別々の行動をしているの。
群体から個体への完全な昇華。自己再生・自己増殖・自己進化の三大要素を備えたこれは、幻想郷生物史の歴史を塗り替えるわよ」
「んなことどうだっていいのよ!?
何、このオチ!? わたし、どうしたらいいわけ!?」
「そもそも、あなたが美味しい納豆を食べたいとか言い出したのが悪いんでしょう」
「うわそこでこっちに責任なすりつけてくるし!」
ちなみに、スカーレット姉妹とEX納豆との心の交流が行なわれている間に、館の中に取り残されていたメイド達は全て救出が完了していた。
さすがは、紅魔館が誇る、美鈴率いる精鋭部隊の実力である。
「もう、こうなったら最後の手段しかないわね」
「はい!?」
「あの納豆たちを全滅させるには、もうこれしかないのよ」
「だったら最初っから使いなさいよ! それ!
ほら、フランがものすごい目でこっち見てるじゃない! あの子、本気で怒ってるわよ!?」
「頑張ってね」
「お前もな!」
ともかく、早く何とかしなさいよ、とレミリアは絶叫にも近い叫びでパチュリーの顔面にストレートを叩き込んだ。
パチュリーはそれを受けて100メートルほど吹っ飛んだ後、「じゃ、何とかするわ」とあっさり復活する。もしかしたら、最初から食らってなどいなかったのかもしれない。残像だ、とか何とかそんな理由で。
「出来るの!?」
「ええ」
「早くやれっ!」
「いいのね?」
「何がよ!?」
「後悔しないわね?」
「今のこの状態のほうがよっぽど後悔するわっ! はよせぇっ!」
「じゃ、ぽちっとな」
いきなりどこかから取り出された一つのスイッチ。『押すな危険』と書かれたそれをぽちっとパチュリーが押すと、次の瞬間、『ずどどどどどどどど……!』とかいう音と共に紅魔館の建物が空の彼方に向かって飛んでいった。
「………………………………え?」
「幻想郷崩壊の危機が来た際、速やかにこの世界から離脱する緊急脱出装置をつけておいてよかったわ」
「んなもんいつつけたぁぁぁぁぁぁっ!」
空の彼方に向かって飛んでいった紅魔館は、やがて雲の切れ間の中に『きらっ』とかいう音と共に消えていく。
きれいさっぱり、何もなくなった。
その場には、紅魔館と言う建物があったという事実も、EX納豆たちが大暴れしていた事実も。
「どーすんのよ! これ!
わたしら、明日からっていうか今日からでもどこで寝泊りすればいいわけ!?」
「あなた、最初に『後悔しない』って言ったじゃない」
「それとこれとは違うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「けど大丈夫。こんなこともあろうかと、実は紅魔館にはいくつも代わりがあるのよ」
うぃーんとかいう音と共に地面が開くと、そこから先ほど飛んでいった紅魔館と全く同じ建物が現れる。
「紅魔館『私が死んでも代わりがいるもの』」
「ナレーションはいいっ!」
本日、何度目かになるレミリアのツッコミ。だがしかし、それを何度も何度も食らうほどパチュリーは愚かではない。
突き出される相手の腕を受け止めると、それをホールドしながら相手の体を地面に叩き付け、同時に自分の体を相手の肺の上めがけて落下させると言う、見事な投げ技で反撃だ!
「げふぉっ!?」
「甘いわね、レミィ。
弾幕格闘アクションシリーズに投げ技がないからといって、受身の訓練を怠るからよ」
なぜかやたら誇らしげなパチュリーであった。
さて、と一同を振り返るパチュリー。
「それじゃ、騒動は終わりよ。いつもの業務に戻りましょう」
「そうですね。
じゃあ、あなた達、そろそろ朝の営業時間よ」
「私たちは門番と、それから、今日は外壁の補修作業があるよ。ほら、急いで急いで」
パチュリーの号令一下、いつもの業務に戻る紅魔館。これこそまさに平常運転であった。
先ほどまで、EX納豆との死闘を繰り広げ、幻想郷の破滅にすら直面していた紅の館は、あっという間に日常へと戻っていく。
そう。
日常のすぐ裏側に、日常とは違う世界が潜んでいる――これは、それを文字通り、体現する出来事であった。
「ほら、レミィ。いつまでもそこで寝てたら溶けて灰になるわよ」
「あんたの投げ技のせいでまともに動けないのよっ!
っていうか、あの、ちょっとフラン! あのね、お姉ちゃん、そういうつもりだったんじゃなくて……!」
「知らないっ! お姉さまの馬鹿っ! 大っ嫌いっ! あっかんべー!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
なお、この後、レミリアがフランドールと仲直りして、まともに口を利いてもらえるようになるまで、実に一週間と言う長い歳月が費やされたことを追記しておく。
結局、組織の構成員がやったことの責任は、組織の責任者が負うものであると言う社会の縮図は、紅魔館でも健在であったと言う。
こうして、『紅魔館納豆異変』は終結した。
しかし、紅魔館と共に幻想郷から放逐されたEX納豆たちが全滅したわけではないのは言うまでもない。
彼らは、まだ、この世界に存在していた。
「……くっ」
手にした刀に寄りかかる形で、彼女は呻いた。
すでに、従えた部下たちは全滅。残された戦力は彼女のみ。
「この私が……まさか……」
彼女の名は、綿月依姫。
月に住まう『戦神』である。
今、月は壊滅の様相を呈していた。
突如として地球から撃ち出されて来たミサイル――それはどう見ても『家』であった――から放たれた無数の納豆によって、月面の9割が侵食された。
この納豆たちを何とかしようと戦った者たちは、皆、志半ばにしてやられている。
何度倒しても無限に蘇る納豆たち。再生と増殖を繰り返す彼らにはあらゆる攻撃が通じず、一人、また一人と納豆に呑まれて行ったのだ。
ちなみに彼らは総じて『納豆ご飯うめぇ!』と目を輝かせていたことは追記する。
「……ふふっ。戦いの中、散るのが我が宿命……。そう考えれば、この戦場……最高の舞台かもしれないわね……」
依姫の攻撃すら、納豆には通じない。
膨大に増殖した納豆たちを一撃で消し去ることが出来ない限り、納豆を倒すことなど出来ないのだ。
依姫は、絶望していた。
この戦には勝てない――そう、薄々感づいていた。
そして何より、彼女は、納豆がちょっと苦手だった。
「納豆ご飯を食べるくらいなら、私は死を選ぶっ!」
「えー」
「依姫さま、好き嫌いはよくないですよー」
「美味しいですよ? ね?」
「しゃらっぷ!」
ちなみに、すでに月では納豆たちは市民権を得るのに成功しており、いくら食べても減らない、美味しい納豆ということであちこちで大ブームを巻き起こしていたりするのだが、それはともあれ。
「我、この月を守るため、いざ、参るっ!」
その使命感の大半が『……納豆って、ねばねばしてて、あの匂いが何か苦手なのよね……』と言う彼女の個人的意思に基づいていることもさておき、鋭く光る瞳で前を見据え、刃を握る手に力を込め、彼女は地面を蹴る。
その一撃が何の効果もない――それをわかっていながら、あえて、彼女は納豆に挑んだ。
――敗北を、その瞳で見つめながら。
振り上げた刃に裂帛の気合を載せ、それを振り下ろす瞬間、突如として、その対象が消滅する。
「え……?」
「全く、情けないわね。依姫。
戦に挑む前から敗北を意識していてどうするのです?」
「……お姉さま!」
優雅に、そして、妖しく。
佇む彼女は笑みを浮かべた口許を扇で隠しながら依姫に問いかける。
「戦いとは、まず、勝つことを目的に行なうものではありませんか?」
「……それは……」
「負けを意識したその瞬間、戦いには負けているものよ」
彼女――綿月豊姫は、その視線を妹と、彼女の前に対峙する納豆へと交互に向けてから、ひょいと肩をすくめる。
「手伝いましょう」
「え? し、しかし……」
「あなた、一人で出来ない時はどうするか。どういう風に教わった?」
「その……一人で出来ない時は、誰かと協力する……」
「そういうこと」
にこっと笑う彼女。
彼女は依姫の隣に立つと、宣言する。
「さて、月の魔力、思う存分、見せて差し上げましょう」
「……承知しました!」
「あ、だけど、わたし、別に納豆嫌いじゃないから。
依姫、好き嫌いはダメよ?」
「それとこれとは話が別ですっ!」
ちなみに、豊姫は、この美味しい納豆の味に大層満足しており、『あなた、月に被害を出さないと言うのなら、一緒に月に住まないかしら?』と、彼に市民権与えた張本人だったりする。安住の地を得た彼ら、EX納豆は、ただいま月の都にて『納豆嫌いの子に納豆を好きになってもらおうキャンペーン』の推進中であった。
そこら辺の裏の事情など知らない依姫が、改めて気合を入れなおし、『ゆくぞっ!』と気迫を込めた叫びを放つ。
ここに、月の都の存亡(ただし、その範囲はものすごく限定的である)をかけた戦いの火蓋が切って落とされるのだった。
「ええ、そう」
すまし顔をしてはいるものの、その羽がぱたぱた動くのだけは隠せない。
彼女、レミリア・スカーレットの感情を一目で判断する目安となるその羽は、ひっきりなしに上下にぱたぱた動いていた。
――この状態の彼女は、何か非常に楽しみなものに心をうきうきさせていたりする。
「本日の朝ご飯はこちらになります」
ここは、紅魔館大食堂。
『大』と名前はついているものの、普段は、この紅魔館を預かる主要なメンバーのみしか使用しない空間である。
そこにいるのは、紅魔館の主である、先のレミリア・スカーレット。それから、彼女の妹のフランドール・スカーレット。さらにはレミリアの友人のパチュリー・ノーレッジと、その従者の小悪魔。給仕を務めるのはメイド長の十六夜咲夜と、他数名のメイド達である。
「わー、おいしそう!」
目の前のご飯を見て、フランドールが声を上げる。
「本日のメニューは、ご飯になめこと山菜のお味噌汁、きゅうりとかぶのお漬物、鮎の塩焼き、なすびの素上げの煮付け、だしまき卵です」
「……吸血鬼の館なのに、まるで温泉旅館の朝食ね」
紹介されるメニュー一覧に、思わずパチュリーはつぶやいた。
室内は絨毯とテーブル、住んでる主は吸血鬼。にも拘わらず、お箸とおわんが必須のメニューは違和感ばりばりであった。
「あら、パチェ。あなた、知らないのかしら」
「何が」
「和食は洋食よりも、ずっと体にいいのよ」
「……吸血鬼が健康を気にするの」
ふふん、と威張るお嬢様にパチュリーはこっそりとツッコミを入れた。
――パチュリーは知っている。
このメニューは、本をただせば、このレミリアが、どこから仕入れてきたのかわからない知識を基に、咲夜に『これから紅魔館の朝ご飯は「朝ご飯」で行くわ!』と言い出したのが原因であることを。
間違いなく、一ヶ月もすれば『パンとコーンスープが食べたい』と駄々をこねるのが目に見えているので、パチュリーはそれ以上、何も言わないのだが。
「それから先日、近くの人里の方から、美味しい納豆を譲っていただけましたので。どうぞ」
「あら、気が利くわね」
「ねぇ、小悪魔。
いくら炒った豆がダメとはいえ、結局、大豆を平気で食べる吸血鬼ってどう思う?」
「よくあります」
「あ、そう」
「魔界では、かつて『鬼神』と呼ばれるほどの大悪魔の方も納豆を酒のつまみにしてましたから」
「そいつ鬼じゃないでしょ」
何だかよくわからない会話を二人が交わしているうちに、レミリアは『あら、フラン。かき混ぜ方が足りないわよ』と妹に対して納豆の指導をしていたりする。
――そんなこんなで、紅魔館の朝食は平和に始まり、そして、平和に終わるのであった。
「ねぇ、パチェ」
「何かしら」
「今朝の納豆は美味しかったわ」
「そう。よかったじゃない」
「美味しい納豆とそうでない納豆は何が違うのかしら」
「元になる豆の品質、熟成期間、あとは使う調味料じゃない?」
片手に本を持ち、何やらさらさらと紙にしたためているパチュリーに、レミリアは『ふーん』と返した。
朝食が終わり、スカーレット姉妹の朝のお勉強タイム(命じたのは咲夜である。逃げると3時のおやつ抜きという恐ろしい罰が待っている)も終わって、お昼ご飯までのちょっとした隙間。
パチュリーの元を訪れたレミリアは、小さく首をかしげる。
「そうなると、いつも美味しい納豆を食べると言うのは難しいのかしら」
「小悪魔に曰く。
『美味しい作物を作るのはとても難しく、さらに一定以上の品質を確保するのは至難の業』だそうよ」
『土と鍬の似合う美人司書』(自称)である小悪魔のセリフは、なかなか重みがあった。
最近では近隣の人里の農家の方々を集めて『魔界流農作業ノウハウ講座』を開講している小悪魔の言うことなのだから間違いはないのだろう。
そう判断したレミリアは、「じゃあ、今日の納豆をまた食べるのは無理なのね」と言う。
「余ってる分がなくなれば難しいでしょうね」
「それは残念ね。
ねぇ、パチェ。いつでも、美味しい納豆を食べると言うのは難しいかしら?」
「豆の品質もあるしね。熟成・発酵させる期間や環境によっても味は変わるでしょうし。
……あなた、何が言いたいの?」
「美味しい納豆が食べたいの」
「あなた悪魔でしょ」
「炒ってないから大丈夫よ」
「いい加減ね」
「悪魔の弱点なんて、半分が個人の気の持ちようだもの」
悪魔と言う存在。そして、弱点と言う世の中の概念を根底から覆すような発言をさらりとなしたお子様吸血鬼は、なぜか偉そうにえっへんと胸を張った。
「何とかならないかしら。
白いご飯に納豆は最強よ。このわたしですら敗北を認めるわ」
「その気持ちはわからなくもないけれど」
「けれど、あなた、納豆はあまり食べないわよね」
「あの匂いが苦手なのよ」
「小悪魔が目じり吊り上げてたわよ」
「えっ」
土を愛する司書は、大地の恵みを粗末にする輩を許さない。そう、紅魔館では言われている。と言うか小悪魔がそう言っている。
――まさかな、と思いつつ、後ろを振り向くパチュリー。その視線の先で、小悪魔が何やら上機嫌に本を片付けている。一瞬、彼女はちらりとパチュリーを見た。
にこっと微笑む小悪魔。その瞳は語る。
『大豆を作るお百姓さんの気持ちを考えたことがあるのか?』
――と。
「……」
「あなたも、ちょうどいいじゃない。納豆を克服してみてはどうかしら」
「そ、そう……ね」
ちょっと声が引きつっていた。
背筋をいや~な汗が流れるのを感じながら、パチュリーは、しかし、努めて平静を装いながらレミリアに向き直る。
「けれど、美味しい納豆なんて、私は作れないわよ」
「どうやって作るの? そもそも」
「さあ? まぁ、『納豆菌』というものがそれに関係していると言うことしか、私は知らないわ」
小悪魔に聞けば間違いなく教えてくれるのだろうが、あいにく、ちょうどその時、彼女は別フロアの本の整理に向かってしまっていた。
う~ん、とうなるレミリア。
「じゃあ、今ある納豆を保存しておくとか」
「いずれそれは0になるわ。今あるものを維持しておくためには、0にならないための『供給』が必要よ」
「じゃあ、増やせばいいじゃない」
「……なるほど」
確かそんな魔法があったわね、とパチュリー。
ここで貴兄に勘違いしてもらいたくないのは、『納豆を増やす魔法』があるわけではなく――そんなピンポイントな魔法が存在していないと、一概に否定が出来ないのが幻想郷なのであるが――、ものを増やす魔法が存在するという意味で、彼女は言ったのだ。
魔法の実験・研究には貴重な素材を大量に必要とする。
当然、財力や入手方法にも限界があるため、かつての魔法使い達は、そうした貴重な材料を何とか維持するために四苦八苦したのだ。その結果、出来たのがその魔法というわけである。
「ただ、これは万能ではないわよ」
「どういうこと?」
「増える量に限界があるのよ。せいぜい、今ある量の二倍か三倍。
しかも、一度かけると二度と同じ対象にはかけられない魔法なの」
「そうなの。不便ね」
「魔法はあくまで技術であって『ルール』ではないからね」
「けど、納豆を増やすことは出来るのね」
「ええ。出来るわ」
「じゃ、お願いね」
変わった吸血鬼もいたものだ、とパチュリーは思った。
美味しい納豆を食べたいからその納豆を増やせ、と誰かに指示をする吸血鬼。文字にすると全くもって意味がわからないが、それをなしたのが、あのレミリアだと言うと実にしっくり来る。
要するに、レミリアと言うのは『わがままなおこちゃま』であり、『奇想天外な人格』であると言うことだった。
――さて。
見事にレミリアとパチュリーの思惑は成功し、レミリアお気に入りの『美味しい納豆』を増やすことは成功した。
咲夜がもらってきたのは、およそ三日分程度の量だったのだが、それが倍の量に増えたのだ。
レミリアはそれに大層満足し、またフランドールも『これ、美味しいから大好き』と納豆そのものをいたく気に入っていたため、こちらも大満足の様相であった。
パチュリーも、何とかかんとか納豆を克服し――というか、笑顔でガン飛ばしてくる小悪魔が怖かったからなのだが――、紅魔館の食卓には『美味しい』『もっと食べたい』という笑顔が満ちた。
「何だか、これで最後と言うのが名残惜しいわね」
「そうですね。
また、今度、お店で買って来ますから」
「そう。お願いね」
増やした納豆も無事に食べつくし、レミリア・スカーレットによる『紅魔館・納豆の宴』は終了した。
――しかし――
「……あら?」
ある日の夜中。
夜勤のメイドが廊下を歩いていると、厨房へ続くドアが開いているのを見かける。
近寄ってみると、それは見間違いなどではなく、確かにドアは開いていた。普段なら、最後にその部屋を使ったものがきちんと戸締りをするはずなのだが、今日はそれがなされていなかったようだ。
「誰かしらね」
とはいえ、それはそれだけのこと。
彼女はドアをぱたんと閉めて鍵をかけると、そのままその場を離れていく。
戸締りが忘れられていることは、実は結構、この館ではあったりすることなのだ。
今度、上の人に報告して、その辺りを徹底してもらおう。そんなことを考えながら、彼女はその場を後にしたのだった。
――そして、翌朝。恐怖は始まった。
「お嬢様!」
「ん~……あと5分……」
「起きてください!」
「ふぎゃっ!?」
ベッドの上ですやすや睡眠に身をゆだねる彼女を、シーツ引っ張って床の上に叩き落し、咲夜は叫ぶ。
「いったいわねぇ!? 何するのよ!」
「大変です、お嬢様! すぐにここから避難を!」
「は? 避難? 何それ?」
自分に対するぞんざいな扱いに怒る彼女の脳内全てに『?』が浮かんだ時、廊下の向こうから悲鳴が響き渡る。
「何事!?」
ぱぱっと洋服を着替え、顔まで洗ってから、レミリアは部屋から飛び出した。
視線の向こう、多数のメイド達が逃げ惑うその光景に目を見張り、次に確認したのは――、
「……え? 何あれ……」
その後ろから、何やら『ごごごごごごご!』とかいう効果音と共にメイド達を追い掛け回す何者か……というよりは、どう見ても津波。
無論、紅魔館の『中』で津波が起こることはありえない。
ついでに言えば、その『津波』は水本来の色をしておらず、濁った色と、そして、
「何この匂い!?」
「お嬢様! あれは納豆ですっ!」
「……はい?」
咲夜の言葉に、完全に、レミリアの思考がフリーズした。
それと同時に、彼女たちの脇をメイド達が駆け抜け、それを追いかけてきた津波(納豆)にレミリアが飲み込まれていく。
「ああ……お嬢様……おいたわしや……」
「助けなさいよあなたはっ!?」
「ついうっかり」
自分だけ時を止めてさっさと逃げていた咲夜にレミリアはツッコミを入れる。
津波(納豆)はレミリアを押し潰した後、変わらず、メイド達を追いかけてどこかへ行ってしまった。
レミリアは全身ねばねばの納豆スメルを放ちながら、
「何で納豆がメイドを追いかけるのよ!? あれ何!?」
「……と、言われても。
私もわからないのです。今朝方、突然、メイド達から『納豆が襲ってきます!』と言う報告を受けまして……」
「そもそも納豆って人を襲う生き物だったの!?」
「かもしれません」
「んなわけあるかぁっ!」
時々、こいつは本気なのかボケてるのか本気でボケてるのかわからなくなる、とレミリアは思った。
思いはしたが、ツッコミ入れないと話が進まないため、全力で彼女はツッコミ役に回る。
「レミィ」
「あっ、パチェ!」
「あなたくさいわ」
「うっさいっての!」
そしてまたもやどこからともなく現れたパチュリーは、鼻をハンカチで押さえて顔をしかめながらレミリアに言う。
次の瞬間、レミリアの汚れた服は取り替えられ、顔などもきれいな様相になっていた。咲夜が何かしたのだろう。
「レミィ。これを見なさい」
「それは……見るまでもなく納豆ね」
床の上に落ちていたもの。
それを拾い上げるパチュリー。彼女の指先には、誰がどこからどう見ても糸引く大豆――納豆の姿。
「あれは納豆よ」
「……いや、その、えっと……」
「これは一大事――異変よ」
「……うわ規模ちっちゃ」
納豆が人を襲う異変。
文字にしなくても、情けないくらいにしょぼくて規模のちっちゃな異変である。
と言うか、そんなものを解決するために動こうものなら、『納豆すごいけどあいつしょぼい』という評価がご近所の奥様方になされてしまいそうな異変であった。
「そもそも、何で納豆が生き物を襲うのよ」
「それはわからないわ。
わかるのは、すでに紅魔館の7割が納豆によって侵食されたと言うことくらいよ」
「納豆すげぇ!?」
一応、まがりなりにも、紅魔館のメイド達は戦闘経験もありそれなりの実力派がそろっている集団だ。
それがいるにも拘わらず、館の7割を手中に収める――文字にしなくとも、その困難さがわかってもらえるだろう。
「すでに一階と二階は納豆に飲み込まれ、この三階も時間の問題です」
「納豆はあちこちで増殖を繰り返しているわ。各個撃破ではどうしようもない」
「……ああ、撃破してるのね……」
「倒した矢先に増えるのよ」
あれには困ったわ、とパチュリー。
どうやら、一応、納豆と一戦交えてきているようであった。
「えーっと……とにかく、納豆を全滅させればいいのね?」
「ところがそういうわけでもないの」
「は?」
「咲夜」
「はっ」
咲夜が一礼した瞬間、レミリアとパチュリーは館の外にいた。
そこでは、館の中から避難してきたメイド達や、納豆の襲撃を受けたメイドの姿がある。
そして、特に後者であるが――、
「……白いご飯が欲しくなりました」
「しょうゆ、たれ、ねぎ、かつおぶし……! あの時ほど、それを欲したことはありません……!」
と、何だかわけのわからないことを言っていた。
全身納豆でねばねばの彼女たちは、特に怪我をしている様子もなく、いたって五体満足である。
「……何これ」
「レミィ。あの納豆は人を襲う――だけど、別に危害を加えるわけではないの」
「それって『襲う』っていうカテゴリに行動が当てはまらないような……」
「彼は……そう、あの納豆は、ただ『自分を食べて欲しい』故に、自分を食べてくれる人を追い掛け回しているだけなのよ」
もはや意味不明であった。
レミリアは考えるのをやめ、とりあえず、パチュリーの後頭部をはたき倒した。
むきゅ、という悲鳴と共に潰れたパチュリーは、きっかり5秒で復活すると、「これは事実よ」と真剣な眼差しでアホなことを平気でぬかす。
「あなた、一度、永遠亭行って脳みそ洗浄してきたらどうかしら。きっと研究しすぎでバカになってるのよ」
「何を言っているの、レミィ。現実から目をそらしても、目の前の現実は変わらないのよ」
言われてみればその通りであった。
納豆が紅魔館を占拠し、メイド達を襲っている――その事実は、全く変わりのない真実なのだ。
「レミィ。あなたは付喪神と言うのを知っているかしら?」
「知っているわよ。メディスンとか小傘とか言う輩でしょう?
大事にされた物が意思を持ったとか――」
「そう。
つまり、彼は付喪神の一種よ。いえ、むしろ、内在していた意思が解放された結果、付喪神となった、と言った方が正しいかもしれないわ」
「もっと簡単に言いなさい」
これだからレミィは、みたいな目でパチュリーはレミリアを見ながらため息をつく。
あとでこいつをもう一回、はたき倒そうと、レミリアはこの時、心に決めた。
「彼は普段……というか、この一週間、あなた達に『美味しい』『もっと食べたい』と言われながら食べられてきたわ。
納豆として生まれた彼にとって、自分を美味しく食べてもらうのは何物にも代わらない幸せなの。食べ物とは、自分に感謝してくれる人の血肉となることが運命づけられている以上、それに対して、最大限の至福を求める存在なのよ」
そもそも食べ物とは、元が命ある生き物だからして、その命を奪って自分たちは生き永らえて――と考えると、パチュリーの言っていることは実に意味がわからない。
何だ、その理論。食べ物って調理された後に別の意思が宿るのか、とレミリアは内心でツッコミを入れる。
「その通りよ」
「人の心を読むな!」
また一撃。
今度は10秒ほどしてからパチュリーは復活すると、『つまりね』と人差し指を立てながら言う。
「彼は、そんなあなた達の想いに応えるべく、意思を持ったのよ。
そして、それによって私のかけた魔法が増幅され――魔法というのは思念から構成される箇所もあるから、その部分に対して何らかの強い意思が作用した場合、姿を変えても全くおかしくないわ――、切れたはずの魔法が復活し、結果、一粒……あるいは、欠片しか残っていなかった納豆と言う名の『彼』を復活させ、今、この状態を招いたと言うことなのよ」
つまり原因はレミリアだ、とパチュリーは言外に言った。
もちろん、レミリアはパチュリーをはたき倒した。
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
「一番いいのは彼を美味しく、残さず食べてあげることだけど、増殖の魔法が増幅された結果、彼は強烈な再生能力すら有しているわ。
元々、豆類は栄養も豊富だし、その辺りもうまい具合に作用したのね。
はっきり言って、幻想郷中の人間妖怪連れてこないと食べきれないでしょうね」
「……」
しれっとしたたかな顔で言うパチュリーであるが、原因の一部を、彼女が作っているのも間違いないだろう。
そもそも、そんな変な作用をするような魔法をかけたことが原因の片棒担いでいるからだ。
さりげな~く、彼女は全ての責任がレミリアに向くように語っているのはその責任を回避するためなのは間違いなかった。
「……かわいそうだけど、彼は処分するしかないでしょうね。
幸い、彼は火に弱いわ。今、咲夜が火炎放射部隊を編成しているから、それが完成するのを待つしか……」
そしてどこまでも手の早い魔女であった。
と言うか、先ほどから静かだった咲夜は、すでにあっちの方でメイド達にごっつい火炎放射器を渡していたりする。
「……ちょっと待って。フランは?」
そこで、レミリアは気づく。
その場に一人、欠けている人物がいることに。
「まだ多くのメイドが館内に取り残されているわ。フランドールも、恐らく」
「何を落ち着いているの! 助けに行かないと!」
「わかっているわ。
そのための部隊も、すでに編成しているもの」
ぱちんと指を鳴らすパチュリー。
すると、彼女の後ろの人垣(逃げてきたメイド達)がざっと左右に割れ、その『部隊』を吐き出した。
「あら、美鈴じゃない」
「……お嬢様。お給金、割り増しで頂きます」
「……」
こんなアホなことに巻き込まれて、ちょっと怒っているのか、美鈴は低い声で言った。
ともあれ、彼女の連れた精鋭部隊は、皆、強烈な炎を吐き出す火炎放射器に加え、納豆の攻撃を避けるために顔をガスマスクで覆っていた。
「よし! 救出部隊、突撃ー!」
「何でパチェが仕切ってるのよ!?」
パチュリーの指揮の下、美鈴率いる救出部隊が紅魔館へと向かっていく。
入り口のドアを開けた途端、襲い来る納豆の波。それを火炎放射器で焼き尽くし、彼女たちは館の中へと入っていった。
「お嬢様」
「……何よ、咲夜」
「どうぞ」
がちゃこ、と渡される火炎放射器。
「ご武運を」
そして自分はいい笑顔でサムズアップして、次の瞬間、レミリアを紅魔館の中へと放り出してくる咲夜であったという。
「……何かお外が騒がしいな……」
自室で、レミリアからもらったお気に入りのぬいぐるみを抱えていたフランドールは首をかしげ、『ねぇねぇ』と声を上げる。
すると、隣の部屋から彼女つきのメイドが現れ、『どうかなさいましたか?』と一言。
「お外、どうしたの?」
「……さあ?」
「ふーん」
フランドールは部屋のドアへと歩み寄り、それを開く。
途端、彼女の眼前を納豆の波が覆い尽くした。
「わわっ!?」
「フランドール様!」
メイドは身を挺してフランドールを助け、彼女を抱えたまま、部屋の隅まで避難する。
「な、なになに!? 何あれ!?」
「あれは……この匂いからすると……! ……納豆?」
「え?」
次の瞬間、納豆はメイドに向かって襲い掛かる。
彼女はフランドールを突き飛ばし、その攻撃の直撃を受けた。
「あっ!?」
「むぐー!?」
メイドの口の中に突撃する納豆たち。
しかし、色々あれやこれやの展開にはならず、常識的な量を彼女へと提供すると、一旦、身を引いたりする。
「これは……!
……何という味わい……! これほどまでに濃い大豆の味と、発酵しているとはいえ、抑えられたこの香り……!
間違いなく、上質の納豆……!」
もはや、それは白いご飯なしではいられないほどの味わいであった。
メイドは視線を室内にさまよわせ、フランドールを見つけると、「フランドール様、お逃げください!」と叫んだ。
「え? え!?」
「ここは私が引き受けます! フランドール様は今のうちに!」
どうやら、この部屋に突撃してきた納豆たちは一個の意思の下に統合されているのか、自分をしっかり美味しく食べてくれるメイドに感謝し、フランドールには意識を向けていない様子であった。
「あ、これはどうも。あら、おしょうゆまで? まあ、刻みねぎ! ありがとうございます、頂きます」
そしてやたらと用意と準備のいい納豆であった。
真っ白つやつやふっくらほかほかご飯としょうゆとねぎという、納豆を食べる上で最強の組み合わせをメイドへと提供する。
彼女はフランドールに向かってウインクし、そして視線で『ご無事にお逃げください』と語った。
「……っ!」
フランドールは彼女の意思を汲み、その場から飛んで逃げていく。
――必ず、あとで助けに来るから!
その言葉を、心のうちで発して。
「えっと、えっと……!」
部屋の外も、すでに納豆に飲み込まれている。
飛行する空間のみが辛うじて納豆の侵食を避けているような状況の中、フランドールは辺りを見回しながら飛んでいく。
何とか外に出ようとするのだが、窓は納豆に完全に覆われ、あちこちの扉も、納豆に埋め尽くされている。
「どうしたら……!」
戸惑うフランドール。
その時、彼女めがけて、納豆が襲い掛かる。
フランドールは納豆の攻撃をよけると、「このっ!」と手にした火炎の刃を振るった。
その一撃は納豆を軽々粉砕し、消し炭に変えるのだが、即座に新たな納豆が襲い来る。
「もう、やだ! やめてよぉ!」
次に振るう一撃も、納豆たちを粉々に吹き飛ばしていく。
ここにいたって、納豆たちも目の前の少女の実力に気がついたのか、単純な突撃はやめ、フランドールの視線と動きを警戒しながら襲うと言う包囲攻撃へと戦い方を変えている。
短期間で自己進化する力すら身に着けた、これはまさにEX納豆であった。
「もう! あんまりわるいことするなら、フランだって怒っちゃうよ!」
全力になれば、彼らを丸ごと幻想郷から消し飛ばせるフランドールだ。
しかも、彼女の沸点はレミリアよりも遥かに低く、おまけに一度、感情が昂ぶると己の制御が利かないという欠点すら持っている。
白熱していくEX納豆たちとの戦いは彼女に火をつけ、彼女が繰り出す攻撃は徐々に苛烈になる。
そして、その手から放たれる虹色の光弾はEX納豆を消し飛ばすだけに飽き足らず、空中で分裂し、紅魔館の壁を、天井を、ぶち砕いた。
「あっ……!」
フランドールは、戦う実力はあっても戦闘巧者とはいえない。
ただがむしゃらに力を振り回すだけの彼女にとって、目先の、もう一歩向こうにあるものは見えない。
己の力が砕いた天井の破片が、彼女の頭上に降り注いだのはその時だった。
それに直撃されれば、いかな頑強な吸血鬼とてダメージを受けてしまうだろう。
そして、子供である彼女は、痛いのが嫌いだった。
慌てて逃げようとするのだが、体が動かない。直撃を回避できない状況――それを悟った彼女は、せめてと腕を頭上に掲げる。
しかし、その瞬間、
「……あれ?」
予想していた衝撃はなかった。
恐る恐る上を見ると、頭上にあるのはEX納豆の姿。そう、彼が身を挺して、フランドールを助けたのだ。
「……えっと……」
EX納豆はゆっくりと身を引くと、まるで『大丈夫?』と言うかのようにフランドールの頭をなでた。
ちょっと納豆くさくなってねばねばしてしまうが、その手(?)から伝わってくる優しさは本物。フランドールは、最初こそきょとんとしていたものの、ゆっくりと、顔を笑顔に染めて『ありがとう』と声を上げる。
――そう。
EX納豆は、何も彼女たちを傷つけようというわけではないのだ。
ただ、自分を美味しく食べてもらいたい――それだけの意思で、彼は今、ここにいる。彼女たちを……自分を美味しく食べてくれた彼女たちのことは、守るべき対象でもあったのだ。
この時、確かに、フランドールとEX納豆との間に心の交流が交わされていた。
二人(?)は互いに視線を交わし、その中にある、本当の『気持ち』をわかりあったのだ。
「ごめんね」
てへへ、と笑うフランドール。
EX納豆は小さく首(?)を左右に振って、それから大きくうなずいた(?)。
そして、差し出される納豆ご飯。
あったかふっくらつやつやのご飯と、美味しい納豆とのコンボは、幻想郷において最強の組み合わせ。もはや誰も、これにかなうものはいないだろう。
それを受け取ったフランドールは、一口、納豆ご飯を食べて、『美味しい!』と顔を輝かせる。
その言葉が、どれほど嬉しかったのだろう。
その笑顔が、どれほどまぶしかったのだろう。
EX納豆は喜びに体を震わせて、まるでフランドールに向かって礼を言うかのごとく頭(?)を下げる。
「フラン! 大丈夫!?」
そして、その場にレミリアが到着したのはその時だった。
彼女は手にした火炎放射器の銃口をEX納豆に向ける。
フランドールは、その瞬間、姉が何をしようとしているのかを悟ったのだろう。
両手を大きく広げてEX納豆をかばうかのようにレミリアの前に立ちはだかる。
「ダメ!」
「フラン……!」
「お姉さま、なっとうさんを攻撃したらダメ! なっとうさん、いい人なんだよ!」
そもそも納豆なのに『人』というカテゴリに区分けしていいのかどうかはさておいて、フランドールのその叫びは、真摯な思いは、レミリアの心を打った。
だが、だからこそ、レミリアはためらわずに言う。
「フラン、そこをどきなさい」
「やだ!」
「いい? フラン。聞きなさい。
彼は……その納豆は、幻想郷にいてはいけない存在なのよ」
「どうして!?」
「どうしてでも。
フラン。世界には秩序と言うものがあるわ。その秩序にそぐわないものは、たとえどのような存在であっても、世界を乱す存在となってしまう。
もし、彼が幻想郷に解き放たれでもしたら、瞬く間に幻想郷は納豆で覆いつくされる。それは、幻想郷の崩壊につながるのよ」
納豆なんかで崩壊する幻想郷のしょぼさときたら、このセリフを聞いた八雲紫が色んな意味で己に絶望しそうであった。しかし、あらゆる意味で事実に程近い現状認識であるため、何も言うことの出来ない事実でもある。
「そして、人の口に戸は立てられない。
いずれ、彼を生み出したのが紅魔館であると言う話が流れるわ。そうなった時、わたし達は、果たしてここにいられるかしら」
「……!」
「……自分勝手なのはわかっている。
けど、フラン。考えなさい。
この世界……あなたの好きな人がたくさんいるこの世界から、わたし達は追い出されてしまうことを。
そして、そうならないためには、自分たちでまいた種は自分たちで片をつけなければいけないことを。
苦しい決断でしょうけど……フラン。わたし達は、彼を、この世界から葬り去らなくてはいけないの」
フランドールは後ろを振り向く。
EX納豆は、ただ、そこに静かに佇んでいた。そして、その手(?)が、そっとフランドールの背中を押す。
レミリアの側へと、彼はフランドールを押し出した。
レミリアはフランドールの手を取り、彼女を自分の後ろへと隠す。
「……悪いわね。ごめんなさい……そして、ありがとう」
小さな言葉の後、レミリアの指先が火炎放射器のトリガーにかかった。
フランドールは目をそむけ、耳を塞ぐ。
最後に、彼女の耳に、EX納豆の『美味しく食べてくれてありがとう』と言う言葉が聞こえたような気がした。
「困ったわ、レミィ。これどうにもなんない」
「おいぃ!?」
全てがきれいに終わったと思ったら、パチュリーのこのセリフであった。
一つ、大人への階段を登った妹を連れて館の外に出てきてみれば、パチュリーが『もうお手上げ』宣言である。
思わず、手にした火炎放射器で彼女の頭をぶん殴ってしまう。
「だって、納豆の増殖力がすさまじいのよ。
しかも、最初こそ一個の意思の元に行動していた納豆たちが、いまや複数の意思を持って別々の行動をしているの。
群体から個体への完全な昇華。自己再生・自己増殖・自己進化の三大要素を備えたこれは、幻想郷生物史の歴史を塗り替えるわよ」
「んなことどうだっていいのよ!?
何、このオチ!? わたし、どうしたらいいわけ!?」
「そもそも、あなたが美味しい納豆を食べたいとか言い出したのが悪いんでしょう」
「うわそこでこっちに責任なすりつけてくるし!」
ちなみに、スカーレット姉妹とEX納豆との心の交流が行なわれている間に、館の中に取り残されていたメイド達は全て救出が完了していた。
さすがは、紅魔館が誇る、美鈴率いる精鋭部隊の実力である。
「もう、こうなったら最後の手段しかないわね」
「はい!?」
「あの納豆たちを全滅させるには、もうこれしかないのよ」
「だったら最初っから使いなさいよ! それ!
ほら、フランがものすごい目でこっち見てるじゃない! あの子、本気で怒ってるわよ!?」
「頑張ってね」
「お前もな!」
ともかく、早く何とかしなさいよ、とレミリアは絶叫にも近い叫びでパチュリーの顔面にストレートを叩き込んだ。
パチュリーはそれを受けて100メートルほど吹っ飛んだ後、「じゃ、何とかするわ」とあっさり復活する。もしかしたら、最初から食らってなどいなかったのかもしれない。残像だ、とか何とかそんな理由で。
「出来るの!?」
「ええ」
「早くやれっ!」
「いいのね?」
「何がよ!?」
「後悔しないわね?」
「今のこの状態のほうがよっぽど後悔するわっ! はよせぇっ!」
「じゃ、ぽちっとな」
いきなりどこかから取り出された一つのスイッチ。『押すな危険』と書かれたそれをぽちっとパチュリーが押すと、次の瞬間、『ずどどどどどどどど……!』とかいう音と共に紅魔館の建物が空の彼方に向かって飛んでいった。
「………………………………え?」
「幻想郷崩壊の危機が来た際、速やかにこの世界から離脱する緊急脱出装置をつけておいてよかったわ」
「んなもんいつつけたぁぁぁぁぁぁっ!」
空の彼方に向かって飛んでいった紅魔館は、やがて雲の切れ間の中に『きらっ』とかいう音と共に消えていく。
きれいさっぱり、何もなくなった。
その場には、紅魔館と言う建物があったという事実も、EX納豆たちが大暴れしていた事実も。
「どーすんのよ! これ!
わたしら、明日からっていうか今日からでもどこで寝泊りすればいいわけ!?」
「あなた、最初に『後悔しない』って言ったじゃない」
「それとこれとは違うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「けど大丈夫。こんなこともあろうかと、実は紅魔館にはいくつも代わりがあるのよ」
うぃーんとかいう音と共に地面が開くと、そこから先ほど飛んでいった紅魔館と全く同じ建物が現れる。
「紅魔館『私が死んでも代わりがいるもの』」
「ナレーションはいいっ!」
本日、何度目かになるレミリアのツッコミ。だがしかし、それを何度も何度も食らうほどパチュリーは愚かではない。
突き出される相手の腕を受け止めると、それをホールドしながら相手の体を地面に叩き付け、同時に自分の体を相手の肺の上めがけて落下させると言う、見事な投げ技で反撃だ!
「げふぉっ!?」
「甘いわね、レミィ。
弾幕格闘アクションシリーズに投げ技がないからといって、受身の訓練を怠るからよ」
なぜかやたら誇らしげなパチュリーであった。
さて、と一同を振り返るパチュリー。
「それじゃ、騒動は終わりよ。いつもの業務に戻りましょう」
「そうですね。
じゃあ、あなた達、そろそろ朝の営業時間よ」
「私たちは門番と、それから、今日は外壁の補修作業があるよ。ほら、急いで急いで」
パチュリーの号令一下、いつもの業務に戻る紅魔館。これこそまさに平常運転であった。
先ほどまで、EX納豆との死闘を繰り広げ、幻想郷の破滅にすら直面していた紅の館は、あっという間に日常へと戻っていく。
そう。
日常のすぐ裏側に、日常とは違う世界が潜んでいる――これは、それを文字通り、体現する出来事であった。
「ほら、レミィ。いつまでもそこで寝てたら溶けて灰になるわよ」
「あんたの投げ技のせいでまともに動けないのよっ!
っていうか、あの、ちょっとフラン! あのね、お姉ちゃん、そういうつもりだったんじゃなくて……!」
「知らないっ! お姉さまの馬鹿っ! 大っ嫌いっ! あっかんべー!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
なお、この後、レミリアがフランドールと仲直りして、まともに口を利いてもらえるようになるまで、実に一週間と言う長い歳月が費やされたことを追記しておく。
結局、組織の構成員がやったことの責任は、組織の責任者が負うものであると言う社会の縮図は、紅魔館でも健在であったと言う。
こうして、『紅魔館納豆異変』は終結した。
しかし、紅魔館と共に幻想郷から放逐されたEX納豆たちが全滅したわけではないのは言うまでもない。
彼らは、まだ、この世界に存在していた。
「……くっ」
手にした刀に寄りかかる形で、彼女は呻いた。
すでに、従えた部下たちは全滅。残された戦力は彼女のみ。
「この私が……まさか……」
彼女の名は、綿月依姫。
月に住まう『戦神』である。
今、月は壊滅の様相を呈していた。
突如として地球から撃ち出されて来たミサイル――それはどう見ても『家』であった――から放たれた無数の納豆によって、月面の9割が侵食された。
この納豆たちを何とかしようと戦った者たちは、皆、志半ばにしてやられている。
何度倒しても無限に蘇る納豆たち。再生と増殖を繰り返す彼らにはあらゆる攻撃が通じず、一人、また一人と納豆に呑まれて行ったのだ。
ちなみに彼らは総じて『納豆ご飯うめぇ!』と目を輝かせていたことは追記する。
「……ふふっ。戦いの中、散るのが我が宿命……。そう考えれば、この戦場……最高の舞台かもしれないわね……」
依姫の攻撃すら、納豆には通じない。
膨大に増殖した納豆たちを一撃で消し去ることが出来ない限り、納豆を倒すことなど出来ないのだ。
依姫は、絶望していた。
この戦には勝てない――そう、薄々感づいていた。
そして何より、彼女は、納豆がちょっと苦手だった。
「納豆ご飯を食べるくらいなら、私は死を選ぶっ!」
「えー」
「依姫さま、好き嫌いはよくないですよー」
「美味しいですよ? ね?」
「しゃらっぷ!」
ちなみに、すでに月では納豆たちは市民権を得るのに成功しており、いくら食べても減らない、美味しい納豆ということであちこちで大ブームを巻き起こしていたりするのだが、それはともあれ。
「我、この月を守るため、いざ、参るっ!」
その使命感の大半が『……納豆って、ねばねばしてて、あの匂いが何か苦手なのよね……』と言う彼女の個人的意思に基づいていることもさておき、鋭く光る瞳で前を見据え、刃を握る手に力を込め、彼女は地面を蹴る。
その一撃が何の効果もない――それをわかっていながら、あえて、彼女は納豆に挑んだ。
――敗北を、その瞳で見つめながら。
振り上げた刃に裂帛の気合を載せ、それを振り下ろす瞬間、突如として、その対象が消滅する。
「え……?」
「全く、情けないわね。依姫。
戦に挑む前から敗北を意識していてどうするのです?」
「……お姉さま!」
優雅に、そして、妖しく。
佇む彼女は笑みを浮かべた口許を扇で隠しながら依姫に問いかける。
「戦いとは、まず、勝つことを目的に行なうものではありませんか?」
「……それは……」
「負けを意識したその瞬間、戦いには負けているものよ」
彼女――綿月豊姫は、その視線を妹と、彼女の前に対峙する納豆へと交互に向けてから、ひょいと肩をすくめる。
「手伝いましょう」
「え? し、しかし……」
「あなた、一人で出来ない時はどうするか。どういう風に教わった?」
「その……一人で出来ない時は、誰かと協力する……」
「そういうこと」
にこっと笑う彼女。
彼女は依姫の隣に立つと、宣言する。
「さて、月の魔力、思う存分、見せて差し上げましょう」
「……承知しました!」
「あ、だけど、わたし、別に納豆嫌いじゃないから。
依姫、好き嫌いはダメよ?」
「それとこれとは話が別ですっ!」
ちなみに、豊姫は、この美味しい納豆の味に大層満足しており、『あなた、月に被害を出さないと言うのなら、一緒に月に住まないかしら?』と、彼に市民権与えた張本人だったりする。安住の地を得た彼ら、EX納豆は、ただいま月の都にて『納豆嫌いの子に納豆を好きになってもらおうキャンペーン』の推進中であった。
そこら辺の裏の事情など知らない依姫が、改めて気合を入れなおし、『ゆくぞっ!』と気迫を込めた叫びを放つ。
ここに、月の都の存亡(ただし、その範囲はものすごく限定的である)をかけた戦いの火蓋が切って落とされるのだった。
嫌いな人はとことん嫌いだから、仕方ないね
とりあえずレミリアが悪いんだな!
Ex納豆よりもパッチェさんの方が恐ろしい気がします…
そういや昔ラッキーマンで似たような展開あってなんか怖かったなー(
がんばれレミィ
というか納豆もの多いですね。
本当においしい納豆はいくら食べても飽きないという。
……おせう、不憫www
パチュリー様さすがです
幻想郷の住人全員で納豆パーティーでもすればよかったのに…
実に下らない内容で良かったです。