梅雨に入り、一週間も振り続けた雨が嘘のようにぴたりと止んだ。久々の晴天だ。
外の様子を確認した幽香は、良い気分で家の中から出た。今日差すのは雨傘では無く、馴染み深い愛用の日傘。
それをくるくると回しながら、幽香は軽い歩調で道を行く。
流石に長雨の後なので地面はぬかるみ、そこかしこに水溜りが出現している。正直、散歩に適したコンディションとはいえないが、幽香はお構いなしだった。
長い雨の後は、空気が澄み渡る。埃だの花粉だのといった浮遊物が一切合切洗い流されるからだ。
そしてぽとり、ぽとりと雫を垂らす草花も良い。植物に取って恵みであり、同時に試練でもある雨を乗り越え、咲いている花はいつもと違う風情がある。
今日はそれを眺める絶好の機会なのだ。幽香がご機嫌なのも頷ける話だろう。
最初に向かう目的地は既に決まっている。お気に入りの向日葵畑だ。
幽香の記憶が確かであれば、最後に足を運んだ時は膝くらいまで生長していた筈。さて、長雨を乗り越えた今は如何程か。
まだ見ぬ畑の光景をあれこれ想像し、幽香の心は期待で一杯だった。
「そこの道行くお嬢さん。少し、お時間よろしいかな?」
「ん?」
どこか芝居がかった、渋くて深みのある男性の声が彼女を呼び止めた。聞き慣れない声に何気なく振り向いてみたが、誰もいない。
妖精の悪戯かしら、と少し眉根を寄せた幽香だったが、
「ああ、残念だがお嬢さん。その視点では恐らく私は映らないだろう。ほんの少し、下へ向けてくれまいか」
「下に何が………あら」
言われるがままに視線を落としてみると、そこには凛と咲く一輪の蒲公英の花。
風もないのにみょんみょんと左右に揺れている。心なしか通常の蒲公英より全体が大きいような気もする。
「今私を呼び止めたのは、もしかしなくても貴方なのかしら」
「如何にも。もし気分を害してしまったのなら謝ろう。だが、この奇跡ともいうべき機会を逃したくなかったのでね」
「ふうん」
前屈みの姿勢で聞くにはちと辛い長さの話になりそうだ、と感じた幽香はその場にしゃがみこんだ。
普通なら蒲公英が喋っているという奇々怪々なこの状況に驚くなり呆れるなりしそうなものだが、そこそこ長く生きている幽香はこの程度で動じたりしない。
肝が据わっているといえば聞こえはいいが、慢性的な刺激不足に陥るという欠点があるのであまりよい事でもなかったりする。
だから強い奴を虐めたりからかったりするのよとは幽香本人の談だ。怖いもの知らずの彼女だからこそ出来るやんちゃである。
「まあいいわ。急いでいるわけでもないし、少しだけなら付き合ってあげる」
「おお、その心遣い感謝する。ありがとう、ありがとう」
みょんみょんと左右に小さく揺れる蒲公英の花に、大げさねぇと幽香は苦笑する。
「で? この私に一体何の用事なのかしら?」
「うむ。用事というのは、他でもない。お嬢さん……もとい、風見幽香殿」
ぴたり、と花の揺れを止め、幽香をじっと見据え(?)る蒲公英。その全身ならぬ全草が醸しだす真剣な空気を感じ取り、口元を引き締める幽香。
その肺腑目がけて、蒲公英は臆することなく堂々と宣言した。
「私と結婚してくれ」
「………………………。は?」
今、こいつは何を言ったんだ。幽香の脳裏にまず最初に浮かんだのはこれだった。
まったく予想だにしなかった……というか、色々過程やら何やらをすっ飛ばした爆弾発言を目の前の小さな蒲公英が、しかもよりによってこの風見幽香に対して、である。
結婚? 誰が? 誰と?
「えっ、と。色々言いたいことがあるけど、まず一つ確認させて。今のは、本気?」
「洒落や冗談でこのような発言を出来るとお思いかね」
「ああ、うん、それもそうね……」
真面目だった。それも本気も本気、ボケ成分一切無しのガチプロポーズ。
むしろ冗談であってくれた方がよかったと幽香は思った。心底そう思った。
長い人生……いや妖怪生を送ってきた幽香だが、道端の花に告白されるのはこれが初めてだ。
ましてやそんな機会が訪れる日が来るなど、考えたこともなかった。当然である。
「もう一つ確認。貴方、結婚の意味を理解してる?」
「男女が伴侶となり、最後まで添い遂げる為に行う儀式と認識しているが、間違っているかね?」
「いや、それはそれでいい。いいんだけどね」
そう、結婚に関して蒲公英が持つ認識自体は特に間違っていない。間違ってはいないのだが。
「それを貴方が口にするのは間違いだと、欠片も思わないのかしら」
「む、私では貴方に釣り合わないと申されるのか。くっ、流石は花を愛する大妖怪、風見幽香殿。まさしく高嶺の花であったか……」
「上手いこと言ったつもりかもしれないけど全然上手くないからね?」
花が妖怪にプロポーズするのが間違いだという事に気づかないのかこの馬鹿蒲公英は。
確かに幽香は花が好きだ。生活の一部だと断言できるくらいに好きだ。しかしそれはあくまでも親愛的な意味。恋愛的な意味では断じて無い。
とはいえ、高嶺の花と評されるのは内心少しだけ嬉しかったりする。自分が高く評価されているのは嫌な事ではない。
「では風見幽香殿。どうすれば私は貴方が結婚するに足る存在となりうるのか。教えていただきたい」
「その前にまず貴方は自分をよーく省みなさい。そして冷静に考えなさい」
正直もうこのイカレ蒲公英の相手などしたくないのだが、あえて助言する。
なんだかんだで風見幽香、大好きな花に対して冷たく突き放す行為は出来ないのだ。
幽香に言われ、ふむとしばし考え込む西洋蒲公英。
それでいい。これでようやくこいつも自分の迂闊な発言の愚かさに気付く筈――
「おお、もしや私が西洋蒲公英である事か。成程。西洋蒲公英は自花受粉でも繁殖できる3n体の植物。しかし故に他花との受粉は成り立たない、という事ですな?」
「違う、違わないけど、そこじゃない」
駄目でした。気付くどころか、斜め上にぶっ飛んでいました。綿毛でも無いのに飛ぶとはこれ如何に。
いやいや違う、問題はそこじゃないと幽香は自分で自分にツッコみ、すぐに虚しくなった。
何故私がこんな支離滅裂な発言一つに気を揉まねばならないのか。頭が痛くなってくる。
「しかし安心なされよ。最近の西洋蒲公英はやり手でしてな、他花…例えば在来種の蒲公英などとも雑種をなせる場合があるのですよ。つまり風見幽香殿とも問題なく種を作れるというわけですな」
「いやいやいや、ちょっと待ちなさい。最後の結論まで過程がいくつもすっ飛ばされてるわよ!?」
「過程や方法などどうでもよいのです。種を残せれば、それでよかろうなのです。それが我々の生の全て。そこは風見幽香殿が一番よく理解されている筈では?」
「……………はあぁ」
花の本質という点では確かに揺るぎない正論だが、今この場においては明らかに間違っている。幽香の中で、色々なリミッターが外れかけていた。
力一杯花を引き抜いてひねり潰したいなどと彼女が思ったのは、今日が初めてだろう。ある意味貴重な体験ともいえるが、それを愉しむ余裕は生憎今の幽香には無い。
「さあ幽香殿。結婚しましょう。今すぐしましょう。さぁ、さぁ、さぁ!」
「…………」
よし、こいつ潰そう。いやマスパで消し飛ばそう。
そう幽香が決意し、愛用の日傘を構えようとしたその時である。
『待て、西洋蒲公英! それ以上は許さんぞ!』
「む、何奴っ!」
「……え、誰?」
いきなりかかった静止の声(複数)に驚き、周りを見渡した幽香の視界に飛び込んできたのは、
「我が名は向日葵(小型)! 幽香りんの寵愛を一身に受ける、太陽の花!」
「俺は向日葵(大型)! 幽香りんの巨乳を体現した、奇跡の花!」
「私は向日葵(八重咲き)! ちょっとマイナーだけど、コアな人気を誇る隠れた名花!」
「「「我等、幽香りん親衛隊スリーヒマワリーズ! 只今見参っ!!」
マッスルポーズで三位一体の構図をビシッと決める、三種類の向日葵だった。
その光景を三文字で簡潔に表すなら、『キモイ』。この一言に尽きる。
「……うわぁ」
普段なら向日葵というだけで無償の愛情を惜しみなく注ぐ(水・肥やし的な意味で)幽香でも、流石にどん引きだった。
ただでさえ常識はずれの蒲公英を相手に精神力をガリガリ削られていたというのに、この超展開である。
一度、幻想郷の植物に対する認識を改めた方がいいのかもしれない。幽香は密かにそう思った。
そんな幽香の心情などおかまいなく、よく分からない花連中の熱い議論が幕を開ける――!
「貴様、道端の蒲公英風情が我等の幽香りんに求婚するなど許されんぞ! ひでりキュウコンに焼き尽くされてしまえ!」
「ふっ、誰かと思えば幽香殿の力無しでは生きられぬ園芸種(笑)達ではないか。外の世界ではいくつもの都会を制圧してきたこの私に挑むなど、片腹痛い」
「いかにも野生種(笑)らしい傲慢な物言いですね。地に這い蹲り、こそこそねちねちと勢力を広げるしか能のない貧弱外来種らしいですよ」
「飼いならされた風情がぬかしおる。花を一輪咲かせる為に他の花芽をそぎ落とさねばならぬなど、本末転倒!」
「そっちこそ抜かしやがれ! 俺達は人の力を借りてはいるが、それに見合った見返りを人に返している!
俺は大量の種を作り、人は勿論小動物の命も繋いでいるんだぜ!」
「そのような芸当、すぐそこに生えておる麻にでも出来るわ! だが私は違う。葉は山菜に、根は珈琲に。そして花は――」
「刺身の飾り(笑)に? ですか? おっと失礼、最近ではコストやら何やらの都合で、造花がほとんどらしいですねぇ」
「ぐぬぅ、せいぜい鑑賞されるしか取り柄のない八重咲きの分際で……! よかろう、ならば死ぬしかないな向日葵供ッ!」
「この幻想郷は閉鎖区域。つまり在来種蒲公英だけで充分事足りる。貴様は消えろ!」
「その命、大地に返すんだな!」
「美しく残酷にこの大地から居ね!」
「待て、お前らだけにいいカッコさせるかよ!」
「お前は花茄子! シーズンは終わった筈じゃ……?」
「残念だったなぁ、改良品種だよ!」
「夏といえば朝顔でしょうjk」
「いやいや朝顔は秋の季語なので場違い。ここは昼顔でFA」
「例え、地味な花しかつけなくても……それでも守りたい幽香りんがいるんだーっ!」
「蓬は人間の餅にでも混ぜ込まれてくださる? 幽香お姉様は私菖蒲が」
「いいえこの杜若が!」
「いやいやこの山百合が」
「ではこの水芭蕉がもらっていきますね」
「幽香りーん! 銭葵だー! 結婚してくれー!」
「いっそ幽香りん逆ハーレムでよくね?」
「その紫陽花らしい好色家な妄想をこの梔子がぶち殺す!」
「わらわらと夏の花どもが集まりおって……。仕方あるまい、ならば戦争だ!」
いつの間にか、辺り一帯の草花全てを巻き込んだ大戦争が勃発し、血みどろ…ではなく草汁どろどろの戦いを繰り広げていた。
ぷんぷんと漂う草独特の匂いがやけに鼻につく。
その光景を、一人取り残された幽香は離れたところからぼんやりと眺めていた。
動けない筈の植物達がくねくねしたりジャンプしたり弾幕展開したり花が粉々に飛び散っても2秒で再生したりする光景は、なんとも筆舌にしがたい。
あの稗田阿求でも『いや、これ無理』と匙を投げるだろう。
もう何もかも馬鹿馬鹿しくなって、幽香はごろりと大地に体を投げ出した。
服に泥が飛び散ったが、気にならなかった。どうせ後で洗えばいいのだし。
そんな彼女の視界に、見知った顔がひょいと現れた。
「あれっ、幽香? どうしたのさ、こんなところで仰向けに寝転んだりして。服が汚れるよ?」
「リグル」
リグル・ナイトバグ。幽香のよきいぢめ相手……もとい知り合いの蛍の妖怪である。
事情を知らない、純粋に幽香を気遣う澄んだ眼。幽香は無言で、しばしそれをじっと見つめた。
やがてハイライトの無い瞳のまま、幽香はぽつりと、しかしはっきりと呟いた。
「ねぇリグル」
「ん、何?」
「結婚しましょう」
「えっ」
そして二人は命蓮寺で挙式した。
ハッピーエンドだよ! やったね幽香りん!
うん…幽香りん、結婚おめでとう!
えーと、結婚おめでとう!
ひでりキュウコンと蒲公英や向日葵は相性が良いのでは、なんても思ったり(太陽神キ〇ワリと、葉緑素〇タッコ的な意味で)
いやぁカオスでしたww
・・・どうしてこうなった
結婚おめでとう。とりあえず俺は激戦地に彼岸花でも添えてくるわ
ゆうかりんおめでとう!
ゆうかりんご結婚おめでとうございます!
やったねゆうかりん!結婚おめでとう!
ひとまず植物共はあの世でス○アやア○リリスの餌になれば良いと思うよ?
間違っても○草剤なんかは使ってはいけない。絶対にだ。
草汁ドロドロの争いに盛大に笑わせていただきました。
蒲公英と向日葵の煽り合いが面白かったです
ていうかリグルは何しに出てきたんだwww
「この大地から居ね!」で噴かざるを得ませんでした
こいつらの草汁最高に臭そう