新元号平成
「花なんか放っといても勝手に咲くわ、剪定なんかいらないわよ。」
「あらあら、じゃあ何のために、私に妖夢ちゃんがいるのかしら。」
花が咲いた。びっしりという程ではないが、境内の周りにぽつぽつと。
魂魄 妖夢がブツブツと呟き、神社中を縦横無尽に飛び回って伸びすぎた枝をなぎ払っている。
博麗 霊夢と西行寺 幽々子は鳥居の根元に肩を並べて腰を掛け、急須を挟んで茶を飲んでいた。
「そんなことより、これ何よ。あんたがやらせたそうじゃない。」
文文。新聞4月号を拾い博麗 霊夢は西行寺 幽々子に見せる。一面には「新元号平成」の大見出しがでかでかと印刷されていた。
「新しい元号よ!」
西行寺 幽々子がにこにこ笑って答えた。博麗 霊夢はぐにゃりと片眉を歪めて彼女と記事を見比べた。
「そうじゃなくて、何のために元号を変えたのよ。」
西行寺 幽々子は記事を見ず、境内を見渡していた。
「それはね、売ってたのよ。こおりんどー、だったかしら?骨董屋さんにね。素朴な額縁に入った飾らない二文字で、私それに一目惚れしちゃったの!おうちに飾ったらね、これは外の世界の元号だって紫が教えてくれて、すっごく嬉しくなっちゃったの!元号が変わるなんて何百年ぶりかしら~ってね。それで文ちゃんに、この元号のことを記事にしてもらったのよ。」
にこにこと答える西行寺 幽々子から、歪めた片眉を逸らして博麗 霊夢はこぼすように言った。
「わざわざ変えることでもないでしょう、別に良いことがある訳でもない。」
「あるわよぉ!元号が変わるってことは時代が変わる。時代が変わったら気分が変わるわ!これからも益々栄えよう、心機一転頑張ろう!って、元号が変われば、私たちはそう思うことができるのよ。」
血相を変えたような口ぶりだが、彼女は笑っていた。博麗 霊夢はそれを横目に湯飲みをすすった。
「はあ、まぁ好きにすりゃいいけど、別に栄えてないわよ、幻想郷は。ここにいる奴らはみんな、毎日酒呑んでぐーたらしてる奴らばっかなんだから、栄えるはずがないわ。」
「うふふ、霊夢は分かってないわねぇ。毎晩あびる程に呑んでも、まだ幻想郷にはすっごく沢山のお酒が余っているわ。その事実こそ幻想郷がすっごく栄えている何よりの証拠よ。何もしなくても栄えるのなら、これからしっかりと頑張れば幻想郷はもっともっと栄えるに違いないわ!きっと、呑んでも呑んでも追いつかなくて、幻想郷中に酒樽が溢れ返っちゃうわ。」
博麗 霊夢は何も返さず、未だにこにこと笑う西行寺 幽々子を少しの間睨んだ。
「桜の剪定が終わりました、幽々子様。」
魂魄 妖夢がやって来た。頬が少し赤らんでいた。西行寺 幽々子はにこにこと彼女を見上げた。
「あら妖夢、ごくろうさまぁ。それじゃあ落ちた枝を集めてもらえるかしら。」
「かしこまりました。」
魂魄 妖夢が振り返って去って行く。西行寺 幽々子は湯飲みを一口付け、急須の傍らに置いて立ち上がり、博麗 霊夢をにこにこと見降ろした。
「それじゃ、私はこれから紫とお酒を吞まなきゃいけないから、お仕事が終わったら、そのこと妖夢ちゃんに伝えといてね。宴会までには紫と戻るから、またね~。」
西行寺 幽々子は手を振ってそう告げ、タッタタラリラと軽やかに石段を降りて去って行った。
博麗 霊夢は何も言わずそれを見送った。次に枝集めへ向かう魂魄 妖夢を見送って、最後に手元の新聞紙に視線を落とした。
新元号導入を報じる一面は新しい時代を祝う1文に始まり、これまでの歩み、昨今の幻想郷、推察される今後の展望と続く。それらを総括した最期の段落は、次のような文で締められていた。
今まさに歩みを始めた幻想郷の新しき時代は、更なる繁栄の時代と成るか、繁栄の終わり、失われる時代へと変貌するか。その行く末を決めるのが、幻想郷に生きる我々の判断に他ならないことは、最早疑いの余地も無いだろう。
泣くことはないが、笑ってもいられない今の世の中、新しい幻想郷を見据えて我々が採るべき心構えは、冷静と平穏であるべきだと筆者は考える。
楽観、卑屈、焦り。華々しき未来を期待して遊び呆けること、今後に絶望して全てを放棄すること、目先の利益や立場に囚われて無思慮に働き続けることは、いずれも私達の愛する幻想郷とその未来を思って採られる行動として、誤った選択となると筆者は言いたい。
一時の物の値動きに踊ることなく、憎悪を持たず、寧ろ互いの努力を認めあい、信頼と愛を持って肩を並べて歩むことこそ、幻想郷の未来を、より明るくより暖かに繫栄させる選択となると、私は信じる。
時は明治を終え平成元年。新たなる時代の到来を、満開の桜と親友達が祝福している。
願わくばこの幸せな毎日が、時代を問わず末永く続いてくれることを祈りながら。
おわり
「花なんか放っといても勝手に咲くわ、剪定なんかいらないわよ。」
「あらあら、じゃあ何のために、私に妖夢ちゃんがいるのかしら。」
花が咲いた。びっしりという程ではないが、境内の周りにぽつぽつと。
魂魄 妖夢がブツブツと呟き、神社中を縦横無尽に飛び回って伸びすぎた枝をなぎ払っている。
博麗 霊夢と西行寺 幽々子は鳥居の根元に肩を並べて腰を掛け、急須を挟んで茶を飲んでいた。
「そんなことより、これ何よ。あんたがやらせたそうじゃない。」
文文。新聞4月号を拾い博麗 霊夢は西行寺 幽々子に見せる。一面には「新元号平成」の大見出しがでかでかと印刷されていた。
「新しい元号よ!」
西行寺 幽々子がにこにこ笑って答えた。博麗 霊夢はぐにゃりと片眉を歪めて彼女と記事を見比べた。
「そうじゃなくて、何のために元号を変えたのよ。」
西行寺 幽々子は記事を見ず、境内を見渡していた。
「それはね、売ってたのよ。こおりんどー、だったかしら?骨董屋さんにね。素朴な額縁に入った飾らない二文字で、私それに一目惚れしちゃったの!おうちに飾ったらね、これは外の世界の元号だって紫が教えてくれて、すっごく嬉しくなっちゃったの!元号が変わるなんて何百年ぶりかしら~ってね。それで文ちゃんに、この元号のことを記事にしてもらったのよ。」
にこにこと答える西行寺 幽々子から、歪めた片眉を逸らして博麗 霊夢はこぼすように言った。
「わざわざ変えることでもないでしょう、別に良いことがある訳でもない。」
「あるわよぉ!元号が変わるってことは時代が変わる。時代が変わったら気分が変わるわ!これからも益々栄えよう、心機一転頑張ろう!って、元号が変われば、私たちはそう思うことができるのよ。」
血相を変えたような口ぶりだが、彼女は笑っていた。博麗 霊夢はそれを横目に湯飲みをすすった。
「はあ、まぁ好きにすりゃいいけど、別に栄えてないわよ、幻想郷は。ここにいる奴らはみんな、毎日酒呑んでぐーたらしてる奴らばっかなんだから、栄えるはずがないわ。」
「うふふ、霊夢は分かってないわねぇ。毎晩あびる程に呑んでも、まだ幻想郷にはすっごく沢山のお酒が余っているわ。その事実こそ幻想郷がすっごく栄えている何よりの証拠よ。何もしなくても栄えるのなら、これからしっかりと頑張れば幻想郷はもっともっと栄えるに違いないわ!きっと、呑んでも呑んでも追いつかなくて、幻想郷中に酒樽が溢れ返っちゃうわ。」
博麗 霊夢は何も返さず、未だにこにこと笑う西行寺 幽々子を少しの間睨んだ。
「桜の剪定が終わりました、幽々子様。」
魂魄 妖夢がやって来た。頬が少し赤らんでいた。西行寺 幽々子はにこにこと彼女を見上げた。
「あら妖夢、ごくろうさまぁ。それじゃあ落ちた枝を集めてもらえるかしら。」
「かしこまりました。」
魂魄 妖夢が振り返って去って行く。西行寺 幽々子は湯飲みを一口付け、急須の傍らに置いて立ち上がり、博麗 霊夢をにこにこと見降ろした。
「それじゃ、私はこれから紫とお酒を吞まなきゃいけないから、お仕事が終わったら、そのこと妖夢ちゃんに伝えといてね。宴会までには紫と戻るから、またね~。」
西行寺 幽々子は手を振ってそう告げ、タッタタラリラと軽やかに石段を降りて去って行った。
博麗 霊夢は何も言わずそれを見送った。次に枝集めへ向かう魂魄 妖夢を見送って、最後に手元の新聞紙に視線を落とした。
新元号導入を報じる一面は新しい時代を祝う1文に始まり、これまでの歩み、昨今の幻想郷、推察される今後の展望と続く。それらを総括した最期の段落は、次のような文で締められていた。
今まさに歩みを始めた幻想郷の新しき時代は、更なる繁栄の時代と成るか、繁栄の終わり、失われる時代へと変貌するか。その行く末を決めるのが、幻想郷に生きる我々の判断に他ならないことは、最早疑いの余地も無いだろう。
泣くことはないが、笑ってもいられない今の世の中、新しい幻想郷を見据えて我々が採るべき心構えは、冷静と平穏であるべきだと筆者は考える。
楽観、卑屈、焦り。華々しき未来を期待して遊び呆けること、今後に絶望して全てを放棄すること、目先の利益や立場に囚われて無思慮に働き続けることは、いずれも私達の愛する幻想郷とその未来を思って採られる行動として、誤った選択となると筆者は言いたい。
一時の物の値動きに踊ることなく、憎悪を持たず、寧ろ互いの努力を認めあい、信頼と愛を持って肩を並べて歩むことこそ、幻想郷の未来を、より明るくより暖かに繫栄させる選択となると、私は信じる。
時は明治を終え平成元年。新たなる時代の到来を、満開の桜と親友達が祝福している。
願わくばこの幸せな毎日が、時代を問わず末永く続いてくれることを祈りながら。
おわり